「眠れない…」
来たるべき最終海域攻略を明日に控え、今夜は早めに就寝せよ、と指示が出ているのに眠気が一向にやってこない。神経が昂っているのか、それとも柄にもなく緊張しているのか。
『響ちゃんは緊張しないっぽい?』
「いつも通りやるだけだよ」
『さすが秘書艦は肝が据わっているっぽい!』
・・・
「夕立にあんなこと言ったのに、説得力無いな」
部屋に入る前に夕立と話した内容を思い出して自嘲気味に呟く。
ベッドから身体を起こし、コートを羽織って部屋から出る。外は寒いけれど、少し頭を冷やした方がいいと思った。
消灯時間は過ぎているので、音を立てないよう気を付けて階段を上がり屋上へ出る。3月とはいえ夜中の屋外は冷える。冷たい風を感じ、澄んだ空気を身体に取り入れた所で自分以外の姿に気が付いた。
「司令官、まだ起きていたの?」
「ん?ああ響か」
そこには鹿屋基地所属の提督、私たちの司令官がぼんやりと海を眺めていた。改二改装して名前が変わっても、司令官は変わらず響と呼んでいた。
「明日に備えて早く寝るように言ったはずだよ?」
「なんだか目が冴えちゃって…。司令官こそ部下にそんなこと言ったのに自分は起きているなんて」
「明日の仕込みが終わって少し夜風に当たりたくなってね。そうそう!明日のケーキはとっておきを用意したから楽しみにしててよ」
キラキラした笑顔でそんなことを話す司令官に私は苦笑してしまう。本当に甘いものに目がない人だ、今だって持っているカップの中はコーヒーじゃなくてココアだ。
司令官は元洋菓子職人で普段から艦娘用にお菓子を作っているが、大事な作戦前には特別気合の入った物を用意してくれる。当然それらのお菓子は出撃メンバーにしか振舞われず、特別なケーキを目当てに日夜鍛錬に勤しむ人もいるほどだ。
「昔は6人分でよかったのに、今は12人分いるもんね」
と連合艦隊での出撃が当たり前になった頃、司令官が笑いながら話していた。
司令官の作るお菓子は絶品で、そのお菓子に支えられてここまでやって来た。それはこの鹿屋基地にいるみんなが思っていることだろう。
そんな司令官と一緒にここまで戦ってきたのだ。
「ねえ司令官、眠くなるまで思い出話に付き合ってよ。大丈夫、作戦に支障がないようにするからさ」
「…しょうがない、本当に少しだけだよ?終わったら速やかに寝ること」
「はーい」
そんなやり取りを交わしながら私たちは話し始める。
それは4年前の7月。元洋菓子職人という異色の経歴を持つ青年が、鹿屋基地に着任した日までさかのぼる。