僕のヒーローはハードスーツを着ている   作:壁のほこりバスター

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?回目のデスゲーム・現在31年目

“個性”という名の異能が溢れるこの世界。

この世界には、その“個性”を活かした職がある。ヒーローだ。

その職が成立するまで、非常に多くの紆余曲折があり、非常に多くの問題があったが…今では立派に職業として機能し、現代社会で確立されていた。

なので、ヒーローを育成する教育機関もある。

雄英高校が特に有名だろう。

東京の雄英高校と言えば、全国の優れた“個性”持ちが集まり、合格と無事な卒業を悲願とする。卒業できれば、ほぼ確実にプロヒーローへの道が約束されていると言っても過言ではない。

現役最強ヒーロー、オールマイトの出身校というのもあり、教師陣に現役プロヒーローとしてもトップレベルの傑物が揃えられていた。

メディア嫌いの為あまり一般の知名度は無いが、“個性”を打ち消す“個性”を持つ、抹消ヒーロー・イレイザーヘッド等は、ヒーロー業界でも屈指のエースである。

 

だが、関西の士傑高校もまた有名だ。

とかく雄英高校ばかり注目されがちだが、関西の雄、士傑高校もファットガムなど優れたヒーローを多く輩出している。

雄英高校に比べれば、確かに多くの面で多少劣ると言われても仕方ないが、この高校にもイレイザーヘッドに負けず劣らずのエースヒーローが教師として在籍していた――。

 

 

 

 

 

 

 

夕刻、下校時刻を過ぎ多くの学生が帰宅する。

ヒーロー科の者はまだ多く自習に励むが、普通科等の生徒には帰り道にどこに寄るかを相談しながら、笑顔で歩を進める者もいる。

そんな女生徒の一人が、校庭を歩く長身の教師へ手を振ってはにかんだ笑顔を見せた。

 

「お、岡せんせー!さよーならー!」

 

男は気怠げに振り返って軽く手を振る。

 

「おぅ。気ぃつけて帰りや」

 

女生徒は頬を赤らめて「なぁなっ!うち、岡せんせーと話しちゃったっ!」等と隣の友人とキャッキャと騒いで去っていく。

 

「岡せんせー、さいなら」

 

「あっ、岡じゃん!さよならっス」

 

「せんせー、ほなな」

 

普通科や経済科の少年少女らが足早に帰っていく。

その全てに一々返事をする程、教員の岡は愛想は良くない。

返事もせず、振り返りもせず、ただ掌をひらひらとさせて校舎裏の喫煙スペースまで怠そうに歩いていった。

さっきの女生徒は、返事も貰えて振り返っても貰えたのは、非常にレアな事だったのだ。

裏のベンチに腰掛け、ごく普通のワイシャツの内側からタバコを取り出す。

 

 

 

士傑高校一のエースヒーロー、教員の岡八郎。

年齢31歳。後輩にファットガム。関東の雄、雄英高校の有名教員陣とは何かと腐れ縁。“個性”は謎多き〝ガンツ〟。ヒーローネーム、ピンポンマン。

能力と一切関係の無い、ふざけきったヒーローネームは、若かりし頃にプロヒーロー仮免試験時に出会った雄英高校の少女に付けられたものだ。

露出狂かと思うほどのビキニとその上に羽織るコート…本人の言では「大胆にして実用的、機能美そのもの」のヒーロースーツを着、尖ったデカイサングラスを付けた派手な露出美少女…香山睡(かやまねむり)である。

そのスーツは色々と物議を醸し、日本のヒーロースーツに関する法整備に一躍買った露出過多ヒーロー・ミッドナイトとして今では有名だ。

高校卒業後、本当にそれを名乗ってデビューすると言ってやった際、その少女ですら慌てたという。

 

(…もう卒業シーズンか。来年は、もうちょい気張った奴入ってこんと…またミッドナイトのドヤ顔見させられんはキツイなぁ)

 

雄英高校で働く現役プロヒーロー、ミッドナイトこと香山睡とは出身校こそ違うが同学年であり、学生時分の仮免試験の時から何だかんだと今でも頻繁に連絡を取り合う仲だ。

香山の後輩、相澤消太(イレイザーヘッド)山田ひざし(プレゼント・マイク)ともその頃に知己を得て、今でも交流がある。

というよりも、最近は香山の後輩組…特にプレゼント・マイクから頻繁に連絡が来る。

曰く、「あんたが責任とらねーまま香山先輩は魅惑の三十路になっちまったヨ!?」との事であった。

岡八郎31歳。

色々と忙しいお年頃になりつつある。

教員として生徒の色々…指導…ケア…就職斡旋…他校との折衝。プロヒーローとして出動要請。そして、様々な人間関係。

色々と考えている内に、気付けば呑んでいたタバコは3本目だ。

 

「あかん、遅れる」

 

ちょっと一服のつもりだった。

自主練中のヒーロー科生徒達は、今も岡の到来を待っている筈だ。

 

「…なんか、全部オレがやっとる気ぃするな」

 

首を捻ってコリを解すと、骨がこきっと鳴る。

 

「………ファットガムを臨時講師に雇えんのかいな。ったく」

 

校長に何度も談判しているが中々実現しない。関西で圧倒的子供人気を誇る丸っこい後輩を思い出し、愚痴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で?俺は何すりゃええねん」

 

体育館の一区画…訓練エリアに登場するやいなや、昼に頼んでおいた事を忘れている素振りの教師に、ヒーロー科1年肉倉精児(ししくらせいじ)はキツネ目を更に細くして岡を軽く睨んだ。

 

「私が昼にあれ程陳情した事をもうお忘れになったのですか!」

 

「冗談や。レベルアップしたから見てくれ…だったな」

 

「そうであります!」

 

まるで軍人か何かのように固い喋りの肉倉。今にも敬礼でもしそうだ。

対照的に、岡はやはり気怠げだった。

 

「…見るだけでええんか?」

 

「いえ!出来れば自分と手合わせ願います!」

 

「ええで」

 

短く答えたきり、岡は黙って肉倉の前に突っ立っていた。

 

「…?岡教員、“個性”はお使いにならないのですか?」

 

「アホやな。お前の“個性”は触れなきゃ使いもんにならん。俺に触れるか?」

 

「触れます!もう今までの自分とは思わないで頂きたい!」

 

生徒の勇ましい言いように、岡がニヤッと笑った。

 

「1対1じゃ“個性”使う気にもならん。えーから来い」

 

「っ!ならば遠慮無し!!」

 

肉倉の腕の肉がぶくぶくと膨れ上がり、ぶちゅるっと肉塊の弾丸が撃ち出される。

その肉の弾丸達は、しかも意思を持つように軌道を変えつつ岡に迫った。

 

「…肉倉ァ、確かにちぃっとは動きが良ーなっとる。頑張ったな」

 

「ありがとうございます!!」

 

「でもこの数じゃ俺には当たらへんよ」

 

岡は周り中を飛ぶ肉片を、今もひょいひょいと最小限の動きで躱し続けている。

実にリラックスした様子すらあった。

だが、1年間、岡に教えられていた肉倉も彼我の実力差はとっくに身に沁みていた。全く憤慨した様子も慌てた様子もない。

 

「そうでしょう!ですから、精度だけでなく数も増やす!我が精肉にもはや死角無し!」

 

肉倉の腕から更に肉塊がうねって飛び出る。

先程の奴よりも大きい。どうやら指を模した肉塊だ。

 

「ええな。だいぶ量も増えた。やるやないか」

 

「ありがとうございます!!」

 

生徒を褒める岡。肉倉の射出する肉の量も精度も実戦レベルになりつつある。

この1年間の成果が、3学期末になって結実しつつあると実感できるのは教員にとって大きな喜びだ。

岡の無表情の中にも歓喜があった。

見る人が見れば分かるレベルであったが、寡黙で無表情な岡八郎が喜んでいるのは確かだ。

肉倉精児は、多少嫌味で融通が利かない性格をしているが、士傑高校1年の中では三羽烏とも言える秀才であった。

当初は小生意気に色々と岡八郎に突っかかってきたりもしたが、今では熱心な岡信者とも言える。

岡が短い言葉で簡潔に褒めてくれれば、肉倉少年は至福を感じる程なのだ。

 

「…動きもええ。巧みに俺の逃げ道塞いどる。ほんま頑張っとるな」

 

「っ!…あ、ありがとうございます!!!」

 

実に簡単そうに避けているように見えるが、岡の動きも少しずつ激しい回避運動になっている。

気怠げモードで大体6割の力で回避しているから、肉倉の努力は大したものだ。なにせ、2学期までは気怠げモードの1割で全弾回避だったのだから。

だから、岡は、頑張った生徒にご褒美もやりたい気分になっていた。

 

「なら、ご褒美やらんとな。特別やで肉倉…俺の〝ハードスーツ〟、ちょこっと見せたる」

 

「っ!!あ、ありがとうございます!!!!」

 

岡は尋常ではない身体能力を持っている。

勿論それだけでなく、攻撃予測、危機察知、相手の戦力分析、弱点解析、etc…武闘派ヒーローとして求められる全てを高レベルで持っている。

そんな男だから、苛烈で危険な校外実習等でも岡は、生徒達の“個性”フル使用に対しても、“個性”不使用で完封してしまう事が多い。

岡八郎の“個性”を拝めるというのは、力量が認められた証拠でもあった。

 

「ガンツ、転送」

 

岡が呟くと、岡の腕が青白く光る。

 

(で、出たぁーーーー!!岡教員の黒光りする攻防一体の装甲腕っ!!太くっ!そして力強し!!)

 

キツネ目を大きくして肉倉は思わず見惚れてしまう。

そして、次の瞬間には『パウッ』と装甲腕の掌が光り、岡を激しく追尾していた肉塊達は一瞬にして霧散するのだった。

 

「い、一瞬…!は、はは………我、情けなし…!」

 

情けないと言いつつ肉倉の顔には、悔しさ以上に喜びがあった。

 

「おいおぃ、そこは悔しがらんとアカン。向上心持てや」

 

「持っております!今度は腕一本ではなく、二本…いや、全身を目指し、日夜特訓に精を出す所存!!」

 

「いや、ハードスーツは特別のご褒美やって。まずは俺にガンツスーツ着させるとこから頑張りや」

 

「はい!岡教員!!精進致します!」

 

ハードスーツの腕を再転送で消しつつ、直立不動の敬礼をしている生徒を見る。

 

「…毛原(もうら)現見(うつしみ)はもう帰ったのか?」

 

「いえ、先に食堂で夜食のパンを買い貯めておくと言っておりました」

 

「体育館の使用は8時までやで」

 

「はっ!心得てます」

 

そのまま別れ、後は全生徒が帰るまで職員室で生徒らの内申を…と思っていた岡だが、体育館を出る際にバッタリと毛原と現見に会って捕まってしまった。

結局、岡は8時まで彼らの特訓に付き合う事になってしまうのだった。

今日も残業は確定だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

岡八郎が大阪の繁華街に現れる。

少しよれたサラリーマンといった姿であるが、長身で男前の岡がそういう格好をしていると、それだけでダンディ感溢れる魅力がある。

 

「…やっぱ先輩はずるいなぁ」

 

「なんやいきなり」

 

岡八郎を出迎えた黄色い丸っこい巨漢、プロヒーローのファットガムが嫉妬心全開で開口一番言った。

 

「頭もぼさぼさ、格好もよれよれ!なのに男前やん!いややわぁ!こんなんずるいわぁ」

 

「大阪一の人気ヒーローが何言うとる」

 

「あっ、いただきましたぁー!大阪一の人気ヒーロー!どの口が言うてんねん!ピンポンマンの方がぶっちぎりやん!」

 

「お子様人気はお前に敵わん」

 

それは暗に子供人気以外はピンポンマン…自分が持っていると自覚しているということだ。

ファットガムは愛嬌ある顔を思いっきりしかめてから、すぐに大きな歯をむき出しにして笑う。

 

「フフフ…先輩!子供人気こそ世情の人気指標やでぇ!」

 

「そう思う。俺はエンデヴァータイプやしな」

 

「そそ!実力あるけど嫌われもんや!」

 

「アホ。そこはフォローせんかい」

 

道頓堀で、目立つファットガムと、そして男前の大阪ヒーローとして有名な実力派・ピンポンマンがくっちゃべっているので、当然大阪の人々はすぐ気づく。

あっという間に周りは人だかりで、パシャパシャと携帯で撮影会が始まっていた。

ファットガムは愛想よく「どもー」とか言って手を振る。飴ちゃんもばら撒いている。

岡八郎は、薄く笑って軽く手をあげる程度。

対照的だが、この正反対な雰囲気のコンビは大阪で絶大な人気があった。

明るく陽気なファットガムと、クールでハードボイルドな雰囲気の岡八郎。

大阪を象徴する2大エースヒーローだ。

 

「通行の邪魔やな。先輩、歩きながら話そ」

 

「食べ歩きやろ、お前の目的」

 

「なははっ!ばれてるぅー」

 

道すがら、店の人々から「ファットぉ!うちの食っていき!」「こんなん作ってん!食ってみて!」「うそ!今日ピンポンマンおるやん!めちゃラッキーなんやけど!」と人々から施しを受けてしまう。

それを笑顔で受け取るファットガムを横目で眺めつつ、岡八郎は本題を促した。

 

「で、なんや。せっかくのオフの日に呼び出して」

 

「すんません、忙しい時に。…もう卒業シーズンですもんね」

 

「ああ」

 

「毛原くん、卒業したら下さいよ」

 

「まだ来年2年や。それに本人の希望優先だしな。第一、お前雄英高校の2年に唾つけとんのやろ?」

 

「うわー、耳早いなぁ。そうなんですよ。有望株で、おもろい“個性”持ってるんです。環くん、いうんですけどね」

 

「…天喰環(あまじきたまき)か。確か〝再現〟の子だったな」

 

「うぉ、さっすが教師。把握してるぅ!」

 

「…また話それたで」

 

「すんません。で、なんやけど…またクスリ…えらい出回ってて、それで調べたら国内に小さい工場見つけたんですわ」

 

「またか」

 

「そや、またなんや…んで……忙しいとは重々承知しとるんですけどォ…その…」

 

「構へん。俺が突っ込むんが安全やからな。で、どこや」

 

「ミナミです」

 

「…じゃあ行こか。今からやれば昼前には終わるやろ。そしたらお前の奢りで昼行こう」

 

「ひゃー、後輩に奢らすんですか」

 

「肉吸いで勘弁したるわ」

 

「おっ、いいですねェ!肉吸い!」

 

「…決まりやな。行くで」

 

「うす」

 

大通り、少し開けた所で二人は足を止める。

 

「ガンツ、エアバイク」

 

岡八郎が呟けば、青白い光線がその場で3Dモデルを構築するかのように、黒い大きな機械を呼び出す。

 

「…相変わらず、チートやな」

 

「謎ばっかやな、ガンツ」

 

個性(ガンツ)”の主、岡八郎にとってさえ、ガンツは未知数な所が多い。自他共に認める未知の“個性”だ。

()()()は使い捨てだった武器の数々も、1日のインターバルを挟めば自動修復されるようになっているし、あの得点集計機能も消えていた。大分変質していて、岡でさえ全てを把握していない…かもしれない。

今も、時折政府から“個性”解析の為に定期検診を受けるよう依頼が来る程だった。ガンツが齎す超アイテムの数々のメカニズムが解明できれば、日本のみならず人類全体の科学水準が爆発的に進化するだろう。

残念ながら、未だに殆ど解明できていないが…。

 

「それ自分で言う?」

 

ファットガムもやや呆れて突っ込む。

そうこうしている内に、大きな一輪バイクが二人の目の前に出現していた。中央のスペースが操縦席、タイヤの前部にエンジン、後部に座席。

バイク全体の周りを、更に黒い輪っかが横倒しになって覆っている。

本体を囲む横倒しの輪っかが飛行ユニットだ。

本来は、飛行ユニット無しに一輪で激走する一輪バイクである。

 

「乗れ」

 

座席に腰掛け、後部座席を親指で指す岡。

 

「うーん、ほんま不思議やなぁ」

 

ファットガムの巨体ですら危なげなく座れてしまう程に丈夫なバイクだ。

岡がアクセルを吹かすと、エアバイクは『ドッドッドッ』と唸るようなエンジン音を轟かせて浮かび上がる。

周りの民間人達は、やはりあっという間に人垣を作って岡のバイクの撮影会だ。

ファットガムが笑顔で眼下の人々へ手を振る。

 

「落ちるなよ」

 

一言ボソリと言って、岡はアクセルをフルスロットル。

エアバイクは滑るように空を飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれやな」

 

「そです」

 

エアバイクから見下ろす。

鬱蒼とした雑木林の中に、一見寂れた廃工場らしきものがある。

 

「もう周りに警官隊はいるな」

 

空から見ると分かるが、あの隠れ方ならば工場からは見えないだろう。

どうもエアバイクでの移動時間も計算して、この後輩は事前に警官隊に要請していたらしい。相変わらず用意が良い。

 

「裏からお前、表から俺でええか?」

 

「はい!またそれで頼んます」

 

そして、徐に二人はエアバイクを飛び降りた。

落ちながら、岡八郎はノーマルスーツを転送させ纏っていく。

通常ならば、ほぼ全てのヒーローは専門の会社に依頼し、国の審査を経た上でヒーロースーツを纏う。

だが、岡八郎は“個性”の都合上、身体能力向上のガンツスーツがあるのでヒーロースーツがいらない。

一応、正規のヒーロースーツはあるが高校卒業以来一度も袖を通していないのだ。ヒーロースーツ涙目である。

落ちつつ、後輩へ掌をひらひらさせるだけの挨拶で別れ、そして見事な着地。

と同時に扉を蹴破った。

 

「なんや!?」

 

「正義のヒーローや。お前ら皆、死にたくなかったら大人しくしーや」

 

一目見てスジモンと分かる男共がわんさといる。

 

「何やコラァ!?」

 

「てめぇ礼状あんのかコラァ!」

 

「っっすっぞてめぇコラァ!!」

 

恫喝の叫びをあげつつ、全員が懐から銃を取り出して躊躇無く発砲。

だが、岡はそれらを各々の目線、指の動き、銃口の向き、それらを見ただけで最小限の動きで回避していく。

腰のXガンもYガンも、ブレードも展開すらしない。

 

「っ!あいつ!ピンポンマンや!!」

 

「うそやろ…当たらん!」

 

「エンデヴァーとためはるっちゅーんはマジや!!やばいで!」

 

ふぅー、と軽く息を吐いて岡は足へ力を入れる。

 

――ギュィィィィン

 

スーツの脹脛が血管が浮き出るように異様な膨張を見せ、そして岡は跳ねた。

『ボンッ』とコンクリートが砕ける。横に跳ね、壁を蹴る。ヤクザ者の背後に着地、そして間髪入れず跳ねる。

それを繰り返すこと数度、ヤクザ達の怒号と銃声が少し響いて、しかしものの数分でそこは静かになった。

直後、扉から警官隊がわんさと突入してくる。

 

「あっ!も、もう皆倒れてる!?」

 

「うっわ…これが、ピンポンマンかぁーー!かっけぇぇ!」

 

警官隊の中にもピンポンマンのファンが多い。

マヌケなヒーロー名に誰もが一度は吹いてしまうが、実働する姿を見ればヴィランと見紛う黒尽くめの装備の数々は、岡八郎の危険な雰囲気も相まって全ヒーローの中でも異色のスタイリッシュさを醸し出している。

そのギャップが萌えると一部の者達からの支持も厚い。

倒れたヤクザ達を次々に確保していく警官。

 

(…後は裏手組か―――)

 

岡がそう思った時、その裏手方面から轟音が響く。

余程のことでもない限り、後輩のファットガムは大丈夫だ。

それは確信しているが、ファットガムが自分を呼んだのだから、きっと後輩が追っているヴィランの影がここにはあるに違いない。

凄まじい跳躍の連続で、岡は2秒とかからずに裏手へと到着。

 

「無事か?」

 

「あきまへん!」

 

体中を掻きむしっているファットガムと警官達が床の上で悶えていた。

 

「…痒くなる“個性”か?」

 

「みたいですわ!もうノミに噛まれたみたいにめっちゃかゆーてかゆーて!地獄や!!あっ!先輩後ろ!!」

 

「っ!」

 

言われると同時に背後に気配を感じ、岡は咄嗟に跳ねた。

先程まで岡がいた場所に、ノミのような虫人間が多数ある拳を突き立てていた。

 

「のーみのみのみ(笑い声)!畜生!ハズレたまんねーん!」

 

こてこてのキャラであった。

 

「拳で接近戦…つまり、接触系で対象に痒みを与える、か?」

 

「ちゃうわっ!わてはノミじゃ!ノミっちゅーたら、この立派なそそり勃つ馬並みのごん太針でぶっ刺すが故に痒いにきまっちょるんやで!!」

 

ノミ男が言うが、そんな理由でファットガムが痒みを食らうわけがないと岡は思う。

案の定、背後で痒みに苦しむファットガムはそれを否定した。

 

「ちゃうで!先輩、そいつきっとノミ操ったりできるんちゃうかな!?俺触られてないもん!」

 

「チッ!」

 

ノミ男が舌打ち。

 

「そうらしい。俺の足元に黒い点おるわ。ノミやな、これ」

 

岡は這い寄っていた黒点の群れを発見していた。

 

「のみのみのみのみ(笑い声)!分かった所でどうしようもないでぇ~!既にピンポンマン包囲網は出来上がっとるさかい!かかれワイの可愛いノミちゃんズ!」

 

壁、天井、そして床、無数の黒点が一斉に跳ねる。

見る人が見れば、この時点で失神しそうなおぞましい光景だ。

 

(雄英の山田あたりだったら、ここでK.Oやな)

 

虫嫌いの他校の後輩を思い出し、クスリと笑いつつ岡八郎は“個性”〝ガンツ〟を起動した。

普段は呟くが、実は起動を念じただけで呼び出せる。

次の瞬間には岡の肉体を、黒いマッシブな装甲服が覆っていた。

特に目を引くのは腕と頭だろう。

頭は10の青白い光点の目があるような無機質な黒いマスク。マスクの後頭部から生える無数の管。

そして腕は身長と同じぐらい長く、そして丸太のように太い。

 

「気ーつけや。この姿になると、弾けるで」

 

この強力な外骨格スーツ…ハードスーツ・通称『岡スーツ』は、岡八郎の最も象徴的な姿として多くの人々に認識されている。

このスーツは岡の戦闘センスもあって、まさに強力無比。

長年使用し続けた事で、様々な応用的使用方も岡は見出していた。

 

――チュイイイイイイイイイイン

 

ハードスーツが独特の唸りを上げた。

腕から射出すべきエネルギーを、全身に付いている丸い液晶メーターからエネルギー派として放つ。

『パァッ』という音ともに放たれたエネルギー派が、岡に群がろうとしていたノミ達を瞬時に消滅させてしまう。

 

(…ぬらりひょん(100点)の真似みたいで、気にくわんけどな)

 

岡の遠い記憶にある、かつて己を殺した強敵。

そいつが放っていた不可視の波動攻撃の要領であった。

 

(…生まれ変わっても、この黒アメちゃんと付き合う事になるなんてな。まったく…こいつは俺のストーカーかっちゅーねん)

 

それとも、今回も黒アメ(ガンツ)のせいだろうか。

そんな事も時折考えるが、ガンツに強制転送される事もなく今の人生31年が過ぎている。かつての世界での命懸けのゲームの記憶も、もはや大分薄い。

それに、逆に今では岡の命令でガンツは起動し、望んだ所で望んだ働きをしてくれるという…唯一無二の“個性”として己の半身にすらなっていた。

つくづく謎の物体である。

 

「…!わ、わいの…可愛いノミちゃん達がぁぁぁぁぁっ!!!?」

 

愕然としたノミ男に、岡は表情の窺えぬ10の目を向けていた。

 

「悪いな。こう見えて俺、学生時代…ピンポンやってんねん」

 

『パァッ』と、光弾がノミ男の脳天に直撃し、「ぎゃっ」と叫んで昏倒した。

勿論、出力は調整してあるので殺していない。

 

「…おーい、ファットガム。やっといたで」

 

まだ背後で体中をかいかいしている黄色い丸だるまの後輩に、岡はなんとも怠そうな声で終了を宣言した。

 

「あーっかゆっ!かゆかゆかゆっ!届かん!あっ、背中の真ん中ァーー!!届かんねん!そこっ!警官ちゃん、そこやで!そうそうそこ!」

 

「…いつまでやっとんねん」

 

結局、保健所に殺虫剤噴霧をされるまでファットガムと一部警官隊は痒みに苦しむ事になったのだった。

昼飯が流れたのは言うまでもない。

 


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