僕のヒーローはハードスーツを着ている   作:壁のほこりバスター

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ヤクザ退治

緑谷出久は緊張の面持ちでその部屋に佇んでいた。

プロヒーローの仮免を活用し、インターン制度を行使する中で緑谷出久は、オールマイトのかつての相棒(サイドキック)である大物プロヒーロー(サー・ナイトアイ)の事務所に世話になっていた。

緑谷出久はインターン活動の初日から一騒動に巻き込まれ、これから起こる大きな案件に巻き込まれる事となる。

それは、彼が〝壊理〟というあどけない少女と出会ってしまった事に端を発する。

そこからナイトアイ事務所の手掛ける重大案件の調査は飛躍的に進み、そしてとうとう事態が動き出した。

 

他のプロヒーロー事務所とチームアップをしての指定(ヴィラン)団体〝死穢八斎會(しえはっさいかい)〟包囲網。

 

現在、緑谷出久を含む一部の雄英高校生徒は、インターン制度の名の下にプロヒーロー、警察関係者達と共に事務所に集結していた。

緑谷出久はヒーローマニアだ。

全国級のプロヒーローはもちろん、地方で活動するマイナーヒーローも知っている。

そんなデク少年は、仕事前の緊張感や壊理少女との邂逅からの複雑な思いも一旦忘れ、その場に集っていた錚々たるメンバーに喜色を含んだ驚愕を見せた。

 

「グラントリノ!!?それに…相澤先生!?

こんなに大勢…すごいぞ…!一体何を…!」

 

チャートに乗るランカーNo.9の〝ドラグーンヒーロー〟リューキュウや、〝錠前ヒーロー〟ロックロック。

他にも事務所所属のサイドキックまでいるからかなりの大所帯だ。

雄英高校ビッグ3と讃えられる3年生三人組までいるから心強い…と同時に不安にも駆られる。

 

(いったいどんな大事件なんだ…!?)

 

そう思うのは緑谷出久以外もだ。

蛙吹梅雨、麗日お茶子、切島鋭児郎も同じように緊張しているように見える。

ビッグ3の一人、波動ねじれが見知ったプロヒーローであるリューキュウへと駆け寄って親しげに言葉を交わす。

ちなみに蛙吹梅雨と麗日お茶子は、波動ねじれと共にリューキュウ事務所でインターンに勤しんでいる為、当然彼女らもリューキュウと知己を得ている。

 

「リューキュウ!ねぇねぇこれ何?何するの?会議って言ってたけどー。知ってるけどー!何の!?」

 

不思議ちゃんオーラを纏いつつリューキュウにハグし尋ねる。

リューキュウも彼女を優しく撫でてやりながら答えた。

 

「直ぐわかるよ。でももうちょっと待ってね。まだ…肝心な人が来てないのよ」

 

「えー誰?誰誰~?」

 

頭を捻っている波動ねじれにイタズラ心を沸き立たせたリューキュウ。

まだまだ待ち時間でやる事もないのでクイズ形式だ。

 

「じゃあヒント。その人は強いです」

 

「うー?んー…エンデヴァー?」

 

「ぶー」

 

「強いヒーローなんてみんなそうだよー。えー?誰、誰?」

 

「第2ヒント。その人はサイドキックを雇いません」

 

「わかった!」

 

バッと手を上げ緑谷出久がそのクイズに乱入した。

 

「勝ち気なバニー、ミルコです!」

 

「はずれ」

 

リューキュウは乱入者にも優しくハズレを宣告してやる。

デク少年も顎に手を当て再考し、面白いと見て麗日お茶子や蛙吹梅雨も共にシンキングタイムに入っていた。

 

「…ケロ。第3ヒントください」

 

「そうね…じゃあ、その人は身長が高い。190cmくらいよ」

 

「むむー…ベストジーニスト…はサイドキックを使うし…今は療養中だし…うーん」

 

お茶子もウンウン唸る。

蛙吹梅雨がソッと控え目に手を上げた。

 

「忍者ヒーローのエッジショット?」

 

「残念。違うわね」

 

ケロ…と梅雨は無表情ながら残念そうに見えた。

そんな風にどこか穏やかに時間を潰していた時に、ドアが開く。

 

「おー…………遅れたみたいで、すみません」

 

よれたスーツ姿の長身男がそこに立っていた。

一見してだらしない先輩サラリーマン、或いは売れない私立探偵。それともしがないルポライターか。

しかしモデルのようなスラリとした四肢が、ややだらしないスーツの着こなしを一転、ワイルドに仕立て上げる。

そんな雰囲気の男が、申し訳無さそうに後頭部を指で一掻きしながら、軽い会釈のように頭を下げた。

だがその申し訳無さがただのポーズであるのは、経験の浅い高校生達から見ても明らかだ。

謝った割に堂々としている。

そんな悪びれぬ男を見て、緑谷出久は「あっ!」と声を挙げた。

 

「あの人は…ピ…ピンポンマン!!!!ビルドボードチャートJPランク3位!!!!

その強さと功績はオールマイトに次いでエンデヴァーと並ぶとも噂されるのに、数多の()()()()件数から万年No.3止まり!

飛び抜けた警察との共同作戦数で警察協力章授与回数は26回!

併せて、“個性”〝ガンツ〟の解析協力による科学の発展協力もあって瑞宝章の授与さえその若さで検討されるも、

ヒーロー活動に伴う危険行為の数の多さが問題視されノミネートから外される事7回!!!

授与7回取り消し(クリア)の男…ッ、岡八郎ッ!!!!」

 

さすがはヒーローオタクだった。

岡八郎本人ですら覚えていない(興味のない)章の授与回数を把握しているのは脅威の記憶力といえる。

あまり一般的でない、7回クリアという因果的な渾名で呼ばれ、岡は視線を緑谷出久へ向けた。

 

「あっ…」

 

熱の無い視線と目が合い、緑谷は「しまった」という顔をする。

己の悪い癖が出たという自覚がある。

オタク的な発言は気味悪く思われる事が多いし、何より〝万年No.3〟とか〝7回取り消し〟とかの、聞く人によっては不名誉とも思われかねない評をデカイ声でのたまうのは宜しく無かったと思わないでもない。

エンデヴァーのように苛烈で気難しい面があると思われる岡八郎に、初っ端からこういう態度はまずかった。少年はそう思った。

 

「…詳しいなァ。よく調べとる…中々の情報収集能力や。“個性”とは別にそのスキルは大切にした方がええ」

 

だが、岡は呟くと出久のボサボサ頭にポンッと軽く手を置いて、それきり興味なさげに部屋の奥へと歩いていく。

子供にそういう評価を一言添えて褒めてやるのは、教師という職が板についてきた証拠だろうか。

呆気にとられて去りゆく岡の背中を見送る出久。

プロヒーローに頭を撫でられる等…しかもそれをやったのが()()ピンポンマンだ等と、プロヒーローマニアであればある程「あり得ない!」と嫉妬の文句を垂れるに違いない。

 

(ピンポンマンに…なでられて褒められた!?う、うわぁぁ…なんというレア体験を僕は…っ!す、すごいぞ…!)

 

そしてお察しの通り緑谷出久は感極まって停止した。

オールマイトこそ至高であるが、プロヒーローは軒並み好きな真正オタクなのだからこうもなる。

それはさておいて岡だ。

 

「遅いわよ」

 

「悪かった」

 

すれ違いざまリューキュウにぴしりと言われる。

 

「岡先輩が香山先輩から乗り換える現場を目撃するとは…」

 

すれ違いざまにイレイザーヘッドこと相澤消太に言われる。

挨拶しただけで不貞認定とは、相澤消太のモラルの高さには恐れ入る。

視線だけで「勘弁してくれ」と関東の後輩に訴えかけるもリューキュウがクスッと笑う。

 

「あら。乗り換えてくれるの?」

 

ミッドナイト(あいつ)にどつかれるで」

 

「ミッドナイトにどつかれるくらいで乗り換えてくれるならチャレンジする価値あるわね」

 

「笑えん冗談や。それにどつかれるンは俺でお前やない」

 

「先輩がどつかれるン見てみたいなァ!」

 

ファットガムまで大きな歯をむき出してイタズラ小僧染みて笑う。

勿論、イレイザーヘッドの発言からの一連の流れはただの冗談だ。

大人達の肩の力を抜いている様子を見て、緊張に身を染めていた少年少女達も幾分心を安らいだ様子だ。

岡はともかく、他者に気を使えるリューキュウやファットガムはそういう理由もあって、岡とフランクな会話を楽しんだのかもしれない。

岡が席に着くと、サー・ナイトアイが彼を見る。

 

「久しぶりだな。ピンポンマン」

 

「久しぶりやな、サー」

 

サー・ナイトアイは7歳年長だ。

しかしプロヒーローというのはあまり年の差で言葉遣いが変わらない。

岡と相澤、豊満のように学生の頃から先輩後輩とかであればそのまま慣れ親しんだ敬語でいく場合もあるが、

現場に出るようになってから知り合う場合は、共に現場で命を張る者同士…そこに順列は無く同じ戦友という価値観から言葉遣いを気にしない者は多い。

岡とサーもそういう関係である。

また、どうでも良い情報だが一部では岡の変装姿(スーツと眼鏡)はサー・ナイトアイと似ていると指摘する者もいるが、唯の偶然だ。

だが本当に似ているので、かつて共に仕事をした時には替え玉作戦でヴィランの目をだまくらかした事もある。

大きく違うのは身長がサーの方が10cm高い事と、そして肌の色が岡の方が浅黒い事ぐらいで、その他細かい点は良く見れば勿論違うがパッと見ではそっくりなのだった。

 

「さて…皆、役者は揃った。会議を始めましょう。

…死穢八斎會という小さな組織が何を企んでいるのか…知り得た情報の共有と共に協議を行わせて頂きます」

 

皆の表情が一変する。

弛緩した空気が吹き飛ぶ。

大捕物の始まりだ。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

会議後、しばらく後。

 

某月某日、AM8:30。

死穢八斎會 事務所・邸宅前に令状を持ったプロヒーローと警察の一団が陣取る。

大ベテランのグラントリノの姿は無いが、彼は緊急の別件が入ってしまった為に余儀なく離脱した。

 

兎にも角にも作戦決行だ。

既にヤクザ達の登録“個性”リストは分かる範囲で全員が頭に叩き込んでいる。

正面はリューキュウ事務所が受け持ち、内部にその他がなだれ込む。。

 

(…かったるい)

 

皆と歩調を合わせ、話を合わせ、そしてヴィランをなるべく五体満足で捕らえる。

岡八郎にとってそれらは強い自制を伴う作業だった。

しかし、彼もわがままし放題の子供でもないから、仕事と割り切ってそういう事を無難に熟せる。

だがそれにしても周りの速度は遅い。

物理的に遅過ぎて合わせるのが少々つらい。

 

今生…“個性”で溢れるこの世界は、“個性”を持った人間はそれを使用する為か、肉体が『無“個性”』よりも強い傾向にある。

“個性”使用の反動か反作用か、そういうモノに幼い頃から慣れ親しむせいなのか…

それとも個性因子が“個性”を使う為に(肉体)を強くするのかは、まだ現代医学では解明しきれていない。

だが、明らかに“個性”持ちは肉体強化能力者以外も、身体能力に優れている。

それでも岡と比べると足が遅いと言わざるを得ない。

岡も“個性”持ちの常として肉体は常人より上…そこをガンツスーツでさらに強化しているのだから、まさに今の岡は超人なのだ。

岡の全速力について来れるプロヒーローなど、今は引退したオールマイト(彼の場合は岡よりも速い)やホークス、エッジショット、ミルコ…などトップヒーローの中でも極限られている。

 

今回の岡の任務は、ヴィラン逮捕だけでなく学生達の保護もある。

インターンなのだから学生もプロと同じように扱うし、仕事中の負傷や死は自己責任…という建前はあるが、当たり前だが彼らは未成年。

プロ資格を持った未成年ならばまた話は変わるが、持っていても精々が仮免の学生達で、本来の所属はあくまで学校だ。

大人とプロヒーローが保護すべき対象で、インターンシップの根幹は〝教育〟である。

〝労働〟ではない。〝奉仕〟でもない。

彼らに致命傷を与えられてしまったり、ましてや死なれたりすればヒーロー公安委員会が、ひいては警察庁がどんな非難をされるかは想像に難くない。

十数年前、雄英高校のホープ、白雲朧がインターン中に死亡した時などは、メディアが水を得た魚のように大騒ぎし雄英高校だけの問題ではなくなりヒーローのインターン制度そのものが危ぶまれた。

だから警察庁は岡八郎に依頼を出したのだ。

「学生達を守ってくれ」と。

死穢八斎會とヴィラン連合という危険極まりない任務に、子供達を無防備に矢面に立たせるわけにはいかない。

面倒な依頼ではあったが、教育者でありプロヒーローでもある岡が、社会的責任から断ることは不可能だった。

 

サー・ナイトアイが“個性”〝予知〟によって得ていた情報のお陰で次々に邸宅を突破していく一行。

隠し通路もあっさりと見つけ、時折飛び出るヤクザを打倒、確保しどんどん進む。

 

「道が塞がれている!」

 

「治崎の“個性”なら通路をこうやって塞ぐことも出来るか…!」

 

「止まってられない!破壊して――」

 

一行がそう言っている間に、既に腕を振りかぶっている男がいた。

迅速な判断力に定評がある岡八郎なのは言うまでもない。

轟音と共に砕ける壁。

 

「さっさと行くで」

 

「は、はやっ」

 

切島鋭児郎がプロの判断の早さに舌を巻く。

とにかく、岡は己が先頭を張る。

子供達をこのミッションで先頭に立たせるつもりはなかった。

 

(インターンで生徒の成長を促す…理屈は分かるが、もうちょいガキ共を使う仕事を選べや、事務所ヒーロー共が。

ヴィラン連合との抗争で死人も出した本格の筋モン相手した大規模作戦に、ケツの青いガキを使うべきやない。

今は弱小に落ちぶれたとはいえ、相手は“個性”持ちのヤクザ…ガキにはリスクが高過ぎる)

 

それは一教師としての岡の感想でもある。

出動させた事務所ヒーローだけでなく、それを是とした雄英高校…そして、そこの教師である後輩・相澤消太の判断も、是非ゆっくりと問いただしてみたい所だが…。

 

(…まっ、俺の生徒(受け持ち)やない。今回は〝上〟からの依頼やからケツ拭いたるだけや…これから後、雄英のガキ共が死のうが俺の知ったことやなィ)

 

思考を一気にドライに切り替える。

その時だった。

 

地下フロアの壁という壁。

床、天井も、そして地上と地下を繋ぐ隠し階段までがうねって伸縮し、こじ開けてきた扉を覆い隠していく。

このままでは地上に残留し、せっせと現行犯逮捕をしている大半の警察、ヒーロー達との合流も難しくなってしまうだろう。

 

「道が!うねって変わっていく!?」

 

「治崎じゃねぇ…逸脱している!考えられるとしたら…〝本部長〟入中!」

 

「しかし規模が大きすぎるぞ!奴が入り操れるのはせいぜい冷蔵庫程の大きさまでと――…!」

 

突入組の警官達は狼狽を隠せない。

だが、不測の事態に慣れている経験豊富なプロヒーロー達はやはり一味違うようだ。

ファットガムは努めて冷静に言った。

 

「かなーーりキツめにブーストさせれば無い話じゃァないわ。

モノに入り自由自在に操る“個性”…〝擬態〟!

地下を形成するコンクリに入り込んで()()()()にしおった!

イレイザー!消せへんのか!!!?」

 

「本体が見えないとどうにも…」

 

イレイザーヘッドは口惜しそうに(かぶり)を振るしかない。

思ったよりも大規模な異能の発揮。

大人達の動揺が伝搬したか、生来の臆病性である〝サンイーター〟の天喰環を筆頭に子供達を徐々に不安が飲み込む。

子供達の中でも最も心の強い〝ルミリオン〟通形ミリオが、怯えを見せた友人や後輩達を鼓舞しようと思い立ったその瞬間に、やはり一人の先達のプロヒーローが動いていた。

 

「こけおどしやな。所詮、周りは全部コンクリや」

 

コンクリート程度の強度、この男には発泡スチロールと同じだ。

岡八郎ことピンポンマンが、先程と同じようにうねる壁をまるで無人の野を行くが如く()()()()()先行する。

 

「す、す、すげぇ…」

 

切島はまたもあんぐりとなって、そして緑谷出久も愕然となる。

 

(なんて…パワーだ…!ピンポンマンは…オールマイト並のパワーを持っているの!?)

 

出久のそういう感想は半分当たっている。

全盛期のオールマイトには及ばないが、衰えきった神野区戦時のオールマイトよりは総合力で言えば上だろう。

ガンツスーツでこれであるから、ハードスーツまで持ち出せば、今の男盛りの岡ならばオールマイト超えもそう夢物語ではない。

 

「ガキどもは俺の後ろから来ィや」

 

「そ、そんな事言ってられません!こうしている間にも…壊理ちゃんは…泣いている!!

俺なら、うねる壁を無視して先に行ける!

スピード勝負…奴らもそれを分かっているからこその時間稼ぎでしょう!

先に向かいます!!」

 

通形ミリオが〝透過〟の“個性”で壁をすり抜けようとしたが、しかし岡がそれを許さない。

 

「お前、死ぬで…分からへんのか」

 

「俺は…死にません!泣いている子を助けるまでは、死ねない!」

 

「精神論の話やない。お前如きが一人で先走っても、なんも解決せん、ちゅーことぐらい分かれ」

 

「でも!このまま、ピンポンマンの進み方でも時間がかかりすぎます!」

 

「いつまでも俺がこんな事するわけないやろ」

 

猛る若者を窘めつつ、岡が腰のXガンを構える。

もう片方の手には小さな機器。

まるで一昔前のウォークマンのコントローラーにも似るそれをチキチキと弄れば、岡は迷い無く、とある方向に破壊エネルギーを連射しだす。

 

――ギョーン、ギョーン、ギョーン

 

間の抜けた音。

数拍後にはうねる壁面が加速度的に抉れ破砕されていく。

ひたすらに破壊されていく。

 

「こ、こんな事をして…!間に合わなくなります!ピンポンマン…すみませんが、俺はもう行きま――…ッ!?」

 

焦り、痺れを切らしたミリオが壁を半ばまで通り抜けた時、四方の壁がギクリッと激しくうねりだした。

グネグネうねうねとのたうち回るように脈動する。

地下通路全体が、危険から逃れようとするミミズのようにうねった。

 

「!?」

 

「こ、これは!?」

 

驚く周囲を尻目に、岡は顔色一つ変えずにもう一度コントローラーを操作する。

 

「今度はこっちや」

 

――ギョーン、ギョーン、ギョーン

 

レーダーに映る赤い点。

真下に待ち受ける3つの赤い点とは別に、やや離れた障害物の中をゆるゆる動く赤い点が一つ。

岡は、さっきからこの一つ離れた赤い光点の方へひたすらに攻撃を加えているのだ。

また壁がうねった。

激しく、急速にうねる。

 

「なんだ…?今までとうねり方が違う…!」

 

「こいつは…怯えているようにも見えるでぇ!?

さすが先輩、いや、ピンポンマン!もう入中の動きを完璧に把握し、捕捉しとる!!」

 

ロックロックとファットガムが、先程とは違う驚愕の顔で岡を見る。

ミリオもだ。

 

『なぜ…!なぜ俺の位置が!!!く、くそおおおお!!!』

 

地下中に反響する、野太い男の叫び声が皆の鼓膜を揺らす。

それは岡八郎が〝生き迷宮〟のコアを的確に追い詰めている証左だ。

 

「声だ!奴ァ焦ってるぜ!!」

 

「…俺の出番無さそーですね。ピンポンマンがカチこむ…成程、合理的だ」

 

ロックロックが興奮し鼻息を荒くし、相澤消太は少し気を抜き出した。

 

(岡先輩は、どうやら今日は結構やる気があるらしい。…という事は、俺は楽が出来る)

 

付き合いの長い相澤消太は分かっていた。

いつもは、岡八郎という男はチームで動く時、自分の役割を最低限こなした時点で動かなくなるタイプだ。

だが今日は、どうやら色んな事をしてくれそうな雰囲気がある。

だったら全部任せてしまおう。

生徒達の成長を思うと、インターンで辛い思いを潜り抜ければ爆発的な成長が見込めるが、しかしその辛い思いも程度が必要だ。

今回の事件では、相澤はインターン中止を提言しに来た程だから、ピンポンマンというチート先輩が来てくれたのは心底ありがたい。

 

(…今回のインターンは、ピンポンマンの活動を観察する事。これも合理的授業だな)

 

オールマイトとはまた違った方向性のチートヒーローがいる。

世の中は広い。

そう知る事の出来る得難い授業となりそうだった。

 

『こうなれば…!こうなればぁぁぁぁ!!!そのまま全員、貴様ら押し潰して殺すッッ!!!』

 

より激しく、より狂おしく壁という壁が蠕動する。

急速に迫る天井、床、壁。

大慌てになる警官達を嘲笑うように岡は呟く。

 

「アホぅが。もう目の前なンや」

 

跳ねた岡が拳を振りかぶる。

砕き抜いた即興のトンネルの向こうへ、思い切り拳撃を突き立てれば、砕けたコンクリートの向こうで無数の瓦礫礫と拳の衝撃に打ちのめされ、白目を向きながら血反吐を吐く男。

 

「入中や!サンイーター、確保や!!!」

 

「っ!はい!!」

 

天喰環がタコの足となった腕で気を失った男…死穢八斎會〝本部長〟入中を捕縛。

生き迷宮であった地下通路が急速に元のそっけないモノへと戻っていく。

 

「…ルミリオン、もう一度言うで。お前は俺の後ろや…えーな」

 

「ピンポンマン…!こ、これが…プロ中のプロヒーローの、強さ…!!」

 

通形ミリオは戦慄する。

雄英高校でNo.1と謳われた。プロを含めてすら、No.1に手の届き得る男とも呼んでくれる者もいる。

だが、今、通形ミリオは上には上がある事を痛感した。

今まで、通形ミリオは(オールマイトは別格として)サー・ナイトアイを超えるプロヒーローはいないと思っていた。

しかし、初めて生で見た関西随一のプロヒーロー、ピンポンマンの化け物っぷりを見て、その考えは少し揺らいだ。

 

(こ、こんなハイレベルに、パワー、スピード、判断力、洞察力をまとめている!しかも…なんて便利なアイテムの数々…!雄英のサポート科なんて目じゃないんだよね!!!)

 

「さて…お前が急ぎたがっとるからな。こっからは、もうちょい飛ばしていくで」

 

レーダーマップを広域に見れば、更に離れた地下に赤い点が複数、群れている。

 

「治崎はここや」

 

岡八郎には全てが見えていた。

 


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