IF ~インフィニティ・フェザー~   作:影のビツケンヌ

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雀の千声鶴の一声

「この時間は実戦で使用する各種装備の特性について説明する」

 

 休み時間を挟んでも教室の空気が晴れないことに、恋羽はいよいよ自分の行動が失敗であったと思い始めていた。

 

「だがその前にクラス代表を決めなくてはな。クラス代表は生徒会の開く会議や委員会への出席を担う、要するに学級委員だ。来月中旬に行われるクラス対抗戦――入学時点での各クラスの実力を測る試合への出場者でもある。今の時点で大した差は無いが、競争は向上心を生む。一度決まると一年間変更は無いからそのつもりで頼むぞ。誰か立候補はあるか? 推薦でも構わん」

「……」

 

 もし生徒達の雰囲気が明るいものであったなら、彼女らは挙って一夏や翼をクラス代表に推薦しただろう。個人的には是非とも立候補したいところではあるが、彼らが推されるならその結果に賛同するのも吝かでない。勉強するなら楽しい方がいいに決まっている。

 確かにISは正しい知識と技術を身に付けねば危険――当然一夏の行動は褒められたものではない――だが、元来兵器などではなく人が空を飛び宇宙に飛び出す為のものだったのだ。束の意思を知る者としては、より多くの人にISに親しんで欲しい。その為には目先の試合の勝敗や現時点での知識量の多寡よりも、敢えて親しみやすさを優先するべきこともあると恋羽は考えていた。代表候補生である自分が下手に誰かを推すのも好ましくないだろう。

 しかし今、クラスの活気はゼロに等しい。一夏や翼に箒、それにまだ見ぬ三人目の男を案じた恋羽の言葉で「男性IS操縦者はISを動かしてしまったが為に自由と未来を奪われた者である」という現実に直面してしまった彼女達は、二人をクラス代表にすることに迷いを感じている。友人関係もまだ然して構築できているとは言えず、周りとの相談も覚束ない状況で、教室は沈黙に支配されていた。

 

「あのー……僕、立候補していいですか?」

 

 だが翼本人の自薦があるとまでは、恋羽は考えていなかった。おずおずと挙手したまま翼は続ける。

 

「僕がここに来たのは確かに自分の意思ではないですけど、どうせ習うからには沢山経験を積みたいなって。あと、それが全体として技術の向上に繋がればいいかなあ、なんて……」

「……そっか、人に教えると自分の知識の整理になるっていうもんね」

「いいかもしれない!」

「あ、それと同じ理由で一夏さんも推薦します」

「お、俺ぇ?! 自薦しつつ他薦もするのかよ翼?!」

 

 自分が思っていたよりも、翼は現状に対してかなり前向きだったようだ。恋羽はいい意味で予想を裏切られたことに安堵した。彼に推薦された一夏も、女子達が徐々に元気を取り戻していくのを感じてか、驚いてこそいるものの表情は明るい。

 

「よし、じゃあ私は……えっと、翼くん、でいいかな? 彼を推薦します!」

「はい! 私も翼くん!!」

「なら私は織斑くん!!」

「私も~!」

「……やるしかないみたいだな。でもどうやって決めるんだ?」

「多数決かな? それかじゃんけんか」

 

 次々に二人を推す声が上がっていく。最終的にどちらかに絞る必要はあるが、何にせよ和気藹々と勉学に励むことができるなら誰が代表になろうと問題ない。恋羽はゆっくりと背もたれに体を預け、杞憂だったかと一息ついた、

 

「納得がいきませんわ!」

 

 瞬間、前の背中がガタッと立ち上がった。

 

「そのような選出は認められません! 大体男が、無知蒙昧で軟弱な輩や中学校も出ていない子供がクラス代表だなんていい恥晒しですわ! わたくしに、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえと仰るのですか!?」

 

 金髪の少女――セシリア・オルコットが張り上げた声に、再び教室は静まり返る。イギリス代表候補生である彼女については、恋羽は先の自己紹介以前から知っていた。代表候補生である自分と彼女、客観的に見てエリートと表現して差し支えない二人に推薦の声がかからなかったのは、男性IS操縦者という肩書が(少なくともここの女子生徒達にとって)ISに暗いという短所を補って余りあるネームバリューであったからのようだ。

 それが、セシリアは気に入らないという。

 

「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを、物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります! わたくしはこのような島国までIS技術の修練に来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ございませんわ!」

 

 だとしても、この発言は看過できない。彼女は敵を作り過ぎる。決して求心力に自信があるとは言えないが、一夏か翼でなく彼女がクラス代表になる位ならいっそ自分が立候補してもいいと、恋羽は心中で批判した。元よりISの操縦技能を高める絶好の機会なのだから。

 その思いが通じたのか、それまで静観を決め込んでいた千冬が口を開いた。

 

「オルコット、少し黙れ」

「お、織斑先生……?」

「お前は今“実力”と言ったな。確かにお前は本学園の入試をトップの成績でパスしている。だがお前の言う実力がISの操縦技能、戦闘能力を指すのなら、お前は二番手だ。相応しくない」

「で、では誰が!?」

「お前の後ろにいる」

 

 全員の顔の向きが変わる。今度は恋羽が一夏らの立場になった。

 

「鷲宮姉は、実技試験の成績に於いてはオルコットなど比較にもならん結果を残している。クラス対抗戦に出たならこの場の誰よりも善戦するだろう」

 

 淡々と事実を述べる千冬。セシリアに遮られて表情は窺えない。互いに目を合わせられる位置まで移動してから、千冬は恋羽に問うた。

 

「鷲宮姉、丁度私の手元に実技試験の映像データがある。お前のものは公開できるか?」

「問題ありません」

「感謝する」

 

 遅かれ早かれ見せることになる機体とその性能を、同じクラスの人間に今見せることに躊躇はない。或いはクラスの皆がISに親しむ助けになるやもしれぬ。恋羽が即答すると、千冬の操作で部屋のカーテンが閉まり照明が落とされる。十分に室内が暗くなったところで、ボードに大きく映像が投影された。

 

「オルコット、お前が担当教官を倒したタイムはどうだった?」

「十分二十九秒、ですが……」

「そうか、ではますます駄目だな」

 

 教師と生徒のやりとりを尻目に、恋羽は一月前の試験を回想していた。

 

 

 

 

 

「始め!」

 

 担当教官の駆る機体は、フランス製IS『ラファール・リヴァイヴ』だった。汎用性が高く操縦者を選ばない、世界第三位のシェアを誇る傑作機である。教官が手にしているのはアサルトライフル。これが試験でなければ、彼女はラファールの『飛翔する武器庫』の異名の所以である豊富な拡張領域(バススロット)にこれでもかと武装を詰め込み、十五の小娘を叩き落とさんとしただろう。

 だが専用機を持たず、IS自体動かしたこともない者が大半を占めるだろうこの試験では、アサルトライフルの他にはせいぜい近接ブレードが関の山と見ていい。未経験者が貸し出された互角の装備で負けるのも無理はない。尤もその‘公平さ’には、ここの教員としての高い能力――標準装備だけで素人を軽く捻るだけの実力が裏打ちされているのだが。

 相手にとって不足なし。恋羽は右手の得物で雨あられと銃弾を見舞いつつ急接近する。

 

「くっ、なんて馬鹿げた威力……」

 

 懐に潜り込んだ時には、相手は既に近接ブレードに持ち替えていた。それでも一メートル以下のこの間合いならば、ブレードが振るわれるその前にこちらが一撃を叩きこむことができる。

 

「ごっ?!」

 

 膝蹴り。突撃衝角で顎をかち上げる。物理的に装甲されていない場所も被膜装甲(スキンバリア)に覆われ、操縦者が傷付くことはないものの、人体の急所の一つを攻撃されればその衝撃は少なからぬ影響を及ぼす。姿勢制御が不安定になった隙を突き、流れるように両足を振り上げた。

 

「――そこ」

 

 仰け反って離れた相手の腹が自機の‘踵’部分に来るのと、振り上げた足の勢いで杭即ちパイルバンカーが展開されるのとは、ほぼ同時だった。空中にいる恋羽の姿勢は、さながら敵を蹴爪で切り裂かんとする軍鶏のようだ。だがその蹴爪は角質(ケラチン)の棘などという生易しいものではなく、これまで生み出されてきたIS用武器の中で最高クラスの瞬間火力を叩き出す金属の暴力そのものである。

 

「がはっ……」

 

 火薬の爆発力で撃ち出されたパイルが教員の腹に直撃する。見た目に恥じぬ破壊力がラファールのシールドエネルギーをごそっと削り取り、有り余る反動はプロブレマティクスを機体ごとひっくり返した。

 それも恋羽は計算済み。反動に逆らわず、頭を下にした状態のまま、追い打ちとばかりに非固定浮遊部位に隠された左右六つずつのセルを開放。計十二発のミサイルがラファールに向けて殺到し、爆炎を上げた。

 

「今年の、活き良すぎ……」

 

 煙の中からラファールが飛び出す。パイルにぶっ飛ばされながらもなんとか態勢を整えようとしていたらしいが、ミサイルが直撃したと思しき後背部のカスタム・ウィング四枚のうち一枚がひしゃげ、ふらふらとして飛行もままならない。恋羽が手を下すまでもなく、アリーナのフィールドと観客席を隔てるシールドにぶつかってエネルギーが切れた。

 

「そこまで! 勝者、鷲宮恋羽」

 

 ブザーが鳴り、試験官のアナウンスが響く。恋羽はくるりと宙返りしてから着地した。垂直方向からの衝撃に強い逆関節型の脚部は、操縦者に伝わるショックも最小限に抑える。用済みになった後も遠心力を利用する為に残していたパイルの射出機構が、少し遅れて炸薬でパージされ、アリーナの地面に転がった。

 

「……拍子抜け」

 

 評価が賭かっているとはいえ、少々毛負い過ぎたかもしれない。恋羽はそんなことを考えつつ、踵を返しピットに歩いていった。

 

 

 

 

 

「七秒だ」

「え」

「それが鷲宮姉の成績だ。被弾すらしていない。専用機の違いはあれど、それ以外の条件は全て同じ……それで十分以上かけたお前と秒単位で終わらせた鷲宮姉との差は火を見るより明らかだ」

 

 映像が消え、照度の回復した教室の中で呆然とするセシリア。結果の全てがそこにあった。猫騙しのような勝ち方をしてしまい、十分な機動戦闘にならず()()を発揮できなかったのは反省点であり残念な点であると恋羽は顧みていたが、勝ちは勝ちだ。

 

「あの踵落としかっこよかったね~」

「踵じゃあないけどね」

「え、全然見えなかった、もう一回見たい」

「肝心なところが文字通り瞬きする間に終わってしまった……」

「山田先生の自滅で終わった俺とはえらい違いだなあ」

「姉さんすっご……」

 

 セシリアを除くクラスの皆が口々に感想を言う。恋羽に慢心こそないが、称賛されるのは素直に嬉しいことだ。特に感心した様子の一夏を見ると、柄にもなく気分が良くなる。……対戦相手だったらしい真耶が自滅したというのは気になるところではあるが。

 ふとセシリアの方を見ると、俯いていた彼女は向き直り、バン、と恋羽の机に手を突いた。

 

「……貴女は、悔しくないんですの?!」

 

 恋羽はセシリアの言葉の意図を図りかねた。

 

「……悔しい?」

「あれだけの実力を得る為に、代表候補生になる為に、この学び舎に来る為に、貴女は努力してきたのでしょう?! それをあんなぽっと出の男に何の苦労もなくここに来られて、挙句“自分の意思で来た訳じゃない”だなんて言われた上でそれを庇う!! 貴女は代表候補生のプライドをどこに捨ててきてしまったというのですか!?」

 

 言われて初めて、恋羽はセシリアのように考える人間の存在に思い至った。

 日本に限らず世界からISについて学ぼうという少女達が集まるIS学園の倍率は凄まじい。それだけの努力を重ねた者しかここにはいないのだ、本来ならば。男性IS操縦者というイレギュラーの発生は、ある意味では彼女達の努力を無価値なものにしてしまう‘不正’でもある。彼女が試験にて教官を打ち倒したのなら、自分と同じく、或いはそれ以上に自己研鑽を重ねてきたのだろう。それが否定されるのが、彼女は我慢ならなかったのだ。

 

「集団維持の為の犠牲? 当然ですわ! たかが男の一人や二人に、庇われた身で図々しくも候補に挙がる匹夫にわたくしの邪魔をされるなど、あってなるものですか!! そんなことでは、何の為にこんな文化としても後進的な島国に足を運んだのかわからなくなりますわ!!」

 

 無論、それが彼女の失言の免罪符になどなる筈もないが。女尊男卑に毒され、立場を弁えずに他国を誹謗するのでは、彼女に同情の余地はなくなる。長い金髪を振り乱すこのイギリス代表候補生のクラス代表就任を阻止するには――

 

「――そんなだから推薦もして貰えないんだよ」

 

 恋羽が何を思考したり行動を起こすより早く、立候補した翼がセシリアを咎めた。

 

「……何ですって?」

「実力以前の問題じゃん。プライドよりも先に自覚を身に付けた方がいいんじゃないの? 代表候補生としてのさ」

「そうだ、こんなだったらお前よりも俺か翼の方がクラス代表は務まるな」

 

 怒っている翼を見るのは、恋羽には数年ぶりだった。一夏も彼の怒りに同調する。

 

「このわたくしが! 素人に劣るというのですかっ?!」

「恋羽は確かに努力はしてきたさ。でもお前みたいに自慢も中傷もしねえんだよ。大違いだ」

「そんな姉さんが立候補も推薦もしなかった。遠慮したんだよ。僕らに譲る為に」

 

 二人が自分の気持ちを酌んでくれていたことに、恋羽は嬉しく思った。翼は立候補した時から自分の狙いを理解し、一夏もそれがわかっていたからこそ翼や女子生徒達の推薦を受け入れたのである。

 本当に自分は、良い弟を持って。

 良い人を、好きになったものだ。

 

「……決闘ですわ!!」

「いいぜ、四の五の言うよりわかりやすい」

「あんたの墓の前で踊ってやるよ」

「ではセシリア・オルコット、織斑一夏、鷲宮翼の三名でクラス代表決定戦を行う。日にちは来週月曜日だ。異論はないな?」

 

 だからこそ。

 

「先生」

「どうした、鷲宮姉」

「私も決闘に参加します」

「お前は立候補していないが?」

 

 自分もただ黙っているだけではないと、知らせなければならない。

 恋羽は決闘をISでの試合に取り纏めた千冬に、自らの参加を申し出た。

 

この人(オルコットさん)を、クラス代表にする訳にはいかない」




雀の千声鶴の一声:つまらない者の千声よりも優れた者の一声の方が勝っているということ。
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