IF ~インフィニティ・フェザー~   作:影のビツケンヌ

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あの声で蜥蜴喰らうか時鳥

「げえっ、変態生徒会長!?」

「それまだ根に持ってたのね……」

 

 クラス代表決定戦当日。第三アリーナの観客席に現れた水色の髪の二年生を見て、翼は絶叫した。丁度一年前の今頃に遭遇した彼女には、翼が使う――現在は一夏も使う――寮室の鍵をピッキングして待ち構え、彼の心胆を寒からしめた前科がある。

 

「かいちょーに何されたの~?」

「聞いてくださいよのほほんさん! この変態エプロン一枚でドアの向こうにスタンバってたんですよぉ!! 僕はもう一体どこの回し者かと気が動転して……!」

「遂に生徒会長とすら呼ばなくなった?!」

「たまたま私も見ましたけど、翼くん半べそかきながら転がるように逃げていきましたよね……」

「小学校出たばっかりの子に色仕掛け……お姉ちゃん最低……」

「ち、違うのよ簪ちゃん、私は翼くんの緊張をほぐそうとして小粋なジョークを……」

 

 彼女は更識楯無。簪の姉であり、この学園の生徒会長だ。家族と引き離されたばかりで精神的に余裕がなかった当時の翼には、楯無の繰り出した「ご飯にします? お風呂にします? それともわ・た・し?」との“小粋なジョーク”は通じず、その後彼が助けを求めた千冬にこってり絞られている。

 IS学園に於いて生徒会長の座は即ち学園最強の座でもあり、元々楯無が翼に近付いたのは護衛が目的であった。だが予想に反して、彼の身が危険に晒される事態が起こることは一度たりともなかった。男性IS操縦者であることが発覚するまでの軟禁生活と生徒会長による護衛は、翼には大人達の杞憂だったのではないかと思われており、衝撃的な出会いの影響もあって彼から楯無への信用は低い。生徒会長権限で副会長と書記にそれぞれ任命された、三年生の布仏虚と一年生の布仏本音――通称のほほんさん――もそれを知るところとなり、簪の冷たい視線も相まって、この場の楯無の株は急激に下落していた。

 

「……まあいいや。変態はほっといて試合観よう」

「ごめんなさい謝るからせめて会長って呼んで……」

 

 翼がアリーナのフィールドに意識を向けると、丁度そこへ二機のISが左右から飛び出してくる。イギリス製第三世代IS『ブルー・ティアーズ』と、日本製第三世代IS『プセウドフラガ・プロブレマティクス』。東西の国家代表候補生が激突するこの試合に対して、翼はセシリアのクラス代表就任を危惧する心とは別に、純粋な興奮をも覚えていた。兵器を扱うといえどもスポーツとして大衆に受け入れられているIS、その試合を間近で見るという経験は、彼にとって初めてのものだったからだ。セキュリティー上の観点から行動範囲を著しく制限されていた昨年度も、アリーナに入ることはついぞ叶わなかったのである。

 

「あ、そうそう翼くん」

「……何ですか‘会長’殿?」

「恋羽ちゃんが中学校時代に同級生からなんて言われてたか知ってる?」

「司馬懿ですか? それかぼんじり」

 

 気を取り直して試合に集中しようとしていたところで、楯無に水を差された翼は胡乱げな目を彼女に向けた。それに若干怯んだ様子を見せつつも、楯無は翼に問う。彼の知る限り、姉の渾名はその()()()()()に親しみを込めて詰ったものばかりだ。すると楯無はふふんと笑って指を振り、その後ろにいた三人が代わりに答えた。

 

「『立てば熊鷹』」

「『座れば(ノスリ)』……」

「『歩く姿は扇鷲』~!」

 

 さもありなん。翼はすぐに納得した。

 恋羽の特徴の一部、その大きな尻はただの脂肪の塊などではなく、彼女の大臀筋が破壊的且つ致命的な脚力を生み出せることの証左でもあるのだ。

 

 

 

 

 

「鷲宮さん、一つ提案がありますの」

 

 空中で静止し、正面から向き合った相手のISに個人間秘匿通信を入れる。セシリアは一週間前から考えていた言葉を口にした。

 

「今回の試合で勝っても、貴女はクラス代表になるつもりはないのでしょう? それに素人二人のどちらが相手になろうと、代表候補生たるわたくし達が勝つのは必定。であれば、この試合に意味はありません。棄権してくださいな」

 

 恋羽の参戦がなければ、セシリアにとってこの試合は文字通りの消化試合になる予定であった。二つも年下の少年も、つい先程専用機が到着したばかりのもう一方も、鍛錬に費やした時間は自分とは比較にもならない。そんな彼らを埃を払うように進む道から除け、己の目的への一歩とする――彼女はこんなところで止まる訳にはいかなかった。

 しかしセシリアの前に、クラス代表になる気のない、関係のない人間である筈の恋羽が立ち塞がったのだ。その目的はただ一つ、セシリアをクラス代表にさせないこと。純粋に、邪魔をする為だけにここにいるのである。セシリアにはそれが理解できなかった。何故男の一人や二人の為に、と。

 

「……」

 

 恋羽からの返答はない。セシリアが「悔しくないのか」と怒りを交えて問うた一週間前と変わらない、アジア人としては彫りの深い顔をぴくりともさせない反応の薄さ。

 

「……まあ尤も、あくまで貴女がわたくしと技術を競い合いたいとおっしゃるなら、相手になって差し上げてもよろしくてよ。貴女の実技試験の映像――確かにタイムは素晴らしいものでしたが、あれは殆ど不意打ちで勝利したようなもの。貴女のプセウドフラガは、果たしてわたくしのブルー・ティアーズに肉薄できるのかしら?」

 

 何にせよ、自分のすることは変わらない。対戦相手を打ち倒し、クラス代表の座に就くこと。恋羽さえ下してしまえば、後は汗の一滴も流さずに終えられるだろう。幸いなことに、千冬の采配によって、自分の試合回数は恋羽が参戦しなかった場合と同じであった。加えてカタログスペック上のスピードでは僅かながら自分の専用機に軍配が上がるし、脚部のパイルバンカーにさえ気を付けていればそれほど恐ろしい相手ではない。セシリアはそう考えていた。

 イギリス代表候補生として、BT兵器試験機のパイロットとして、ブルー・ティアーズの有用性を示さなければならないという義務感と、力を手にして両親の遺産を守り抜かんとする使命感、そしてそれらの為に重ねてきた努力に裏打ちされた自信、自尊心。それが彼女の挑発じみた言葉として表出したのだった。

 

「――『木鶏』」

「……は?」

 

 ようやく口を開いた恋羽の、たった一語。IS台頭後は、開発者が日本人であることから世界各国で日本語教育が徹底されるようになったが、それはセシリアの知らない単語だった。

 

「私の座右の銘。木彫りの鶏のように全く動じない、闘鶏に於ける最強の状態」

「……何の話かと思えば、野蛮なブラッドスポーツの話題ですか?」

「転じて、敵に対して全く動じないこと」

「何が言いたいのです!」

 

 返答らしい返答もせず、傍若無人に一人語る姿勢に苛立ち、セシリアは思わず声を荒げた。この日本代表候補生の悠々自適且つ泰然自若ぶりは度が過ぎている。素人を地に叩き落とすよりも、彼女を代表候補生として叩き直す方を優先すべきだろうか、そんな思考さえ浮かぶ程に。

 故にセシリアは、次の言葉を予想だにしていなかった。

 

「……よく鳴く軍鶏が強いとは限らない」

 

 小さく嘆息してからの恋羽の一言。表情こそ変化しなかったが、その一連の行動は、セシリアを突沸させるには十分過ぎた。

 

「馬鹿にしてッ!!」

 

 試合開始のブザーと同時に相手をロック。得物の大型レーザーライフル『スターライトMk-III』を発射する。感情に任せた一撃だったが、狙いは自分でも清々しい程正確だった。それを、恋羽はこともなげに回避してみせる――相も変わらぬ無表情で。沸点を超えた怒りが圧力を増していくのがわかった。

 

円舞曲(ワルツ)で踊れ、などと生易しいことはこの際言いませんわ。貴女には鎮魂歌(レクイエム)がお似合いでしてよ!!」

 

 次々にトリガーを引き、追い立てるように脇へ、移動先に置くように前へとレーザーを撃ち放つが、その度に恋羽は折れ曲がった無茶苦茶な軌道で、尚も表情を変えずに躱してしまう。それがセシリアを更に苛立たせた。

 あの超然とした振る舞いは、余裕の表れだとでもいうのか。自分と同じ、たかだか十五の娘が、他国の代表候補生を歯牙にもかけずにいられるのは、それだけの実力を持つことへの自負からくるものなのか。あの鉄面皮の裏側で、実技試験に十分以上かけた自分を人知れず嘲笑っていたのではないか――先週以来大した会話もせず、それ故に謎の多かった鷲宮恋羽という少女へのセシリアの疑念が、全て彼女の中で怨嗟へと直結して燃え上がる。引火した激情が、目前の無礼な()()()()()を撃ち落とさんと渦を巻く。皮肉にもこの時ばかりは、恋羽が庇った男二人への怒りを忘れていた。

 

「くっ、埒が明きませんわね……行きなさいティアーズ!」

 

 手持ちの射撃武器だけでは仕留められない。セシリアはそう判断し、全機を使いたい衝動をぐっと堪えて、専用機の名の由来となったビット六機のうち四機を射出する。

 身を焦がす憤怒の炎の中で、ミサイルタイプの二機を手元に残しておいたことを、セシリアは誰にともなく自慢したくなった。レーザータイプ四機の包囲網に意図的に穴を残し、そこを抜けてきた敵をスターライトで射貫く。包囲を破って接近されればミサイルで迎撃――だが彼女は、恋羽がここまで一切の攻勢に出ていないことをも忘れていたのである。

 

「……?」

 

 ビットを操り全方位から攻撃を仕掛けつつ、空の一点に留まって狙いを定める中、一瞬急停止した恋羽の姿に、セシリアは違和感を覚えた。ビットで巧みに誘導し、何とか彼女の背後を取ることに成功した筈だ。だというのに、

 

「――ッ?!」

 

 何故スコープ越しに、()()()()()()()()()

 否、目が合うどころの話ではない。恋羽の殺風景な顔全体が、まっすぐにこちらを向いている。

 

「ひィッ!?」

 

 彼女の首は、セシリアのいる方角に向けて()()()()()()()()()()()()

 思考が恐怖で硬直したのも束の間、ハイパーセンサーで捉えていた恋羽の顔面は、既にセシリアの目と鼻の先にあった。

 

 

 

 

 

 プセウドフラガを改造して生み出されたプロブレマティクスを第三世代ISたらしめているものは、第三世代ISの要件であるイメージ・インターフェイスを利用した兵器、空間跳躍システム『オメガドロメウス(終わりの走者)』だ。

 プセウドフラガの長い脚部は単なる衝撃吸収機構としてのみならず、そのスペース自体が余分なペイロードを機体に提供していた。小型のミサイルやジャミング装置などを積み込むことを想定されていたその部位には、プロブレマティクスの場合本体のそれとは独立した左右一機ずつのPICが搭載されている。装甲脚に複数のPICを載せるという発想は、アメリカが既に第二世代IS『アラクネ』にて実現しているものだが、閉鎖空間での機体安定性を確保することが目的のアラクネとは反対に、プロブレマティクスのオメガドロメウスは機動性を追求した結果誕生した独自性の強い第三世代兵装である。

 操縦者が任意に行う「空間を蹴る」動きに応じて、足元の空間を瞬間的に圧縮、進行方向と逆向きに解放することで、その反作用によって高速移動を行う。エネルギー消費の増加を伴うスラスターの増設や高出力化の必要なしに、瞬時加速(イグニッションブースト)に匹敵するスピードでの超高速機動を実現し、格闘戦に於ける破壊力も飛躍的に増大させることができる。理論上同量のエネルギー消費で移動できる距離は一般的なISの十倍とされ、プロブレマティクスを巡航能力と機動性を高度に両立させた唯一無二のISとしていた。

 その一方、両足自体が推進装置となる都合上、最大限の性能発揮を担保するべく、操縦者の肉体――特に股関節――には並外れた柔軟性が要求されるという欠点を持つ。これこそ能登重工がテストパイロットを見つけることができなかった最大の理由だったのだが、恋羽はその点に於いて適任といえる代表候補生であった。彼女の柔軟運動の成績は、日本代表候補生の中でトップだったのだ。

 

「あ……あら……?」

 

 呆然とするセシリアの背後で、恋羽はミサイルビットを握り潰した。ただしそれは手ではなく足である――オメガドロメウスに備わるフクロウに似た鉤爪、誘導加熱式熱溶断クロ―『デイノニクス(恐ろしい鉤爪)』。ISを掴んで振り回せる程の握力を持つばかりか、四本の爪が互いに向かい合う構造は如何なる方向に蹴り出しても敵を切り裂くことを可能にする。膝の突撃衝角、そして恋羽が実技試験で用いた単発式大口径パイルバンカー『ガリミムス(鶏擬き)』と併せて、プロブレマティクスの格闘戦能力はオメガドロメウスに集約されていると言っても過言ではなかった。

 返す刀で、恋羽は停止したままのビットを墜としにかかる。右手に持っていた奇妙なサブマシンガン、電離気体装弾筒短機関銃『ストレプトペルタ(柔軟な盾)』が唸りを上げて弾丸を吐き出した。発射される弾丸をプラズマで包み込んで空気抵抗を抑える機構が超高初速を生み出し、同口径のIS用サブマシンガンの三倍の連射速度、四倍の破壊力、二倍の有効射程でビットに襲いかかる。セシリアがようやく状況を把握した時には、既に全てのビットが使い物にならなくなっていた。

 

「そ、そんな……ぐぅっ!?」

 

 狼狽しながらも距離を取ろうとするセシリアを、恋羽は追撃した。右足でがら空きのセシリアの背中をむんずと掴み、空いた左足で下向きに加速、アリーナの地面に叩きつける。

 

「インターセプ――きゃあっ!!」

 

 窮地に陥ったセシリアがなりふり構わず呼び出したナイフも蹴り飛ばして無力化。大地を踏みしめ、デイノニクスをますます締め上げて、駄目押しとばかりにPICで制動しつつパイルを地面に撃ち込めば、セシリアにはもう為す術はない。銃身の長いスターライトは、近接戦闘には文字通り無用の長物だ。

 

「……『木鶏』は、戦わずして勝つ抑止力。抑止には、実力が必要」

 

 恋羽は後背部の非固定浮遊部位、垂直投射装置『ブロントステガ(雷の屋根)』のミサイルセルを開放し、穏やかに語る。それらは全てセシリアに直接向けられ、ロックオンすら不要。

 

「……参りましたわ」

 

 恋羽が聞いた最も震えた降参であった。




あの声で蜥蜴喰らうか時鳥:外見と中身が異なり驚かされることのたとえ。
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