海軍は陸軍の外局ですか?   作:かがたにつよし

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明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。



第9話:帰国する海軍士官

 

 

「遂に帰国か。見送りたい者も大勢いるだろう、出立の日が決まれば教えて欲しい。送別会を開催したい」

 

 ティンダー要塞から大使館を通じて駐在武官の解任と帰国命令が届いたので、二つ目の雇い主たる秋津洲陸軍航空魔導師隊指揮官の加藤少佐――もとい、出世して中佐だ――にも伝えたところ、ただの挨拶がパーティーの日取りに化けてしまった。

 

「いえ、一介の尉官には分不相応なこと。お気持ちだけで十分です」

 

 "この国が想像するテンプレートな外国人"を演じ過ぎたのだろうか。少佐の好感度が高止まりしている。

 そんな盛大な見送りは本当に貢献のあったお雇い外国人に行うべきであって、本国から飛ばされた新人、それもパートタイムにやることではない。

 

「ブランデンベルガー少尉は謙遜するが、貴官のお陰で我が魔導師隊は見違えるほど精強になった。以前なら夢見ることすら叶わなかったシベリア鉄道攻撃は、今や陸軍内の対ルーシー作戦の1つとして当然のように加えられている」

 

 いや、私が教えたのは魔力を垂れ流しで飛ぶだけで、隠密行動による補給線破壊工作には全く向いていないのだが。あぁ、ルーシー連邦は魔導師を全員収容所に送り込んでいるので、魔力垂れ流しでもバレないのか。

 

「もはやルーシー連邦恐れるに足らず、そういった言葉すら陸軍省内では聞かれるようになった。この間まで我々の中に当然のようにあった意識は、今では”恐ル病”とすら揶揄される。信じがたいことだ」

 

 そこは恐れておけよ。

 ルーシーは腐っても列強の一角。連合王国との同盟関係でかろうじて列強の末席にしがみついている秋津洲が正面から殴り合って勝てる相手ではない。

 かつてのように国内情勢で揺さぶりをかけることは、赤化した今のルーシーでは不可能だ。例えシベリア鉄道攻撃が成功したとしても、人口・国力、そして何より総力戦のための”狂気”に劣る秋津洲では島の本土はともかく、大陸の喪失は避けられないだろう。

 

 まぁ、そんなことを口に出すのは無粋なことだ。

 帝国もルーシー連邦を仮想敵国の1つとしており、その陸軍戦力を極東に張り付けてくれる秋津洲は潜在的な同盟国といっても過言ではない。現実的な意見を言って、連邦と外交的に妥協されれば大損だ。暴発しない程度に甘い言葉を囁いて、極東の緊張を適度に高めてもらいたいところである。

 

「いえ、元々秋津洲の魔導師が精強だったのです。私は、その力が十全に発揮できるよう、お手伝いをしたに過ぎません」

 

「お世辞として受け取っておこう」

 

 お世辞ではなく。

 実際、魔導の先端を走る帝国陸軍魔導師よりは劣るかもしれないが、帝国海軍のそれよりは遥かに優秀なのだ。

 

「――とはいえ、こちらとて貰いっぱなしでは面目が立たん。何か手伝えることがあれば遠慮なく教えて欲しい」

 

「では、先般購入した自宅なのですが……」

 

 意外と秋津洲赴任が長かったので、皇都に自宅まで購入した矢先に異動命令だ。

 本俸と秋津洲でのパートタイムとで使い切れない金が舞い込んで浮かれていたことと、「きっと中央は左遷した後私の存在を忘れてしまったのだろう」との希望的観測に基づいた行動だったが、やはり裏目に出たようだ。

 社員の忠誠心を試す悪名高き人事異動を、今世でも経験するとは思わなかった。

 新品少尉という不安定な立場で亡命するのもお先真っ暗なので母国に戻らざるを得ないのだが、だからといってこれから価値が上がると分かっている大都会の一等地に建てたばかりの新築を手放すのも惜しい。

 放っておいても良いのだが、空き家は早く朽ちると言う。適当な借家として使ってもらえれば幸いだ。

 

「そんなことか。お安い御用だ」

 

 勝手に劇的な大改造を施されたら溜ったものではないが、中佐に任せておけば大丈夫だろう。

 

「維持に必要な費用は残していきますので」

 

 どうせ大戦後に紙屑になる帝国通貨に換金するよりは、パートタイムの給与としてもらったまま皇国通貨として置いておくほうが良いだろう。皇国通貨もその内インフレで漸減するだろうが、敗戦のハイパーインフレより遥かにマシだ。

 もっとも、現金として残しているのは当座を凌ぐ分だけで、残りは"来るべき大戦"で伸びるであろう重化学工業株だ。

 

 我ながら酷いインサイダー行為だと思う。まぁ、職務上知り得た知識で取引した訳ではないから、大目に見て欲しい。

 しかし、金融関係の法に引っかからなくとも、そもそも軍人が敵国企業の株を買って良かっただろうか? いや、未だ平時だし関係は良好だ。戦時になったらマズいだろうが、「元々持っていました」で押し通そう。

 最も怖いのは皇国政府による強制差押えだが、こればかりはどうにもならない。ダメもとだが加藤中佐の頑張りに期待しよう。

 

 

 

***

 

 

 

「行ってしまいましたね」

 

「あぁ」

 

 ブランデンベルガー少尉が皇国陸軍航空魔導師の軍事顧問として招かれていた期間はあまり長くはないが、それを意識させない程、強烈な印象を残していった。

 

 彼女の協力で行った、長距離・全天候作戦能力獲得のため我が国とその勢力圏を一周する訓練は、陸軍内で非公式に"ブランデンベルガー旅行"と呼ばれ、魔導師教育課程の必須訓練として定着しつつある。

 今までの魔導師の常識を超える長距離を、南洋の台風の中だろうがクリル諸島の吹雪の中だろうが関係なく突き進むことを要求するこの訓練は、新兵から忌み嫌われているものの、「初回からそうだった」という理由で経由地では観光が推奨されていたり、宿泊地で振舞われる料理が名産品の大盤振る舞いであったりと、中堅~古参兵には評判が良い。この訓練を楽しめるようになれば一人前だと言われている程だ。

 

「魔導師としての能力、指導能力、人柄、どれをとっても素晴らしい帝国軍人だった」

 

 マンチュリアの皇国-連邦勢力境界線からシベリア鉄道のボトルネック地点まで「飛べる」と教えてくれたのは彼女だ。実際に、相応の距離を飛んでみせた。

 現実を見ない夢想家の寝言だと一笑されていたそれを軽々と行ってみせ、参謀達に"検討に値する現実だと"兵棋演習上にすら持ち込んだのは、他ならぬ彼女の能力によるものだ。幾ら優秀な陸大卒達でも、"ありえない"と頭の外に追いやっていることは検討できないのだから。

 

 加えて、類稀なる指導能力を持っていたことも大きいだろう。

 今までの軍隊での教育というのは、教官が指示したことを新兵が行う一方向なものであった。ところが、彼女の教育では新兵から自身の状態を事細かに聞き取り、訓練が上手くいった/いかなかった理由をしっかりと把握・説明することとしていた。

 特に、新兵が所定の訓練をこなせなかった際に怒鳴ったり殴ったりして無理矢理こなさせるのではなく、新兵の身体や魔力運用、精神状態を観察して対策を講ずる科学的アプローチは、非常に効果的であった。陸軍魔導師隊でも取り入れるべきではとの意見もあったが、余りにも難しかったため、そういった研究・学問分野の創設から必要ではないかと考えられ、残念ながら未だ取り入れられていない。

 

 そして、最も優れていたのは人柄だ。

 いわゆる"お雇い外国人"は欧州列強から招いた技術者達だが、当然の如く彼らの母国の価値観を色濃く持っている。端的に言えば、人種差別だ。

 もちろん、彼らは秋津洲政府が各国政府を通じて招聘したエリートであるので、あからさまに出す不届き者は少ないものの、日常のちょっとした仕草で感じるところは多々ある。内向的な我が国の人間は、そういったことに非常に敏感だ。幸運(不運)にも欧州列強に留学できた人間であれば、”我が国に渡来する”という篩にかけられてない本物のソレを投げつけられた。お陰で過激な人間は「極東から欧州列強を駆逐する」などと言い出す始末。

 その点、彼女にはそういった偏見が一切存在しなかった。強いて言えば人間を対象とした話の最中に虫けらを比喩に出すくらいだ。その例えが良いか悪いかはさておき、肌の色に囚われずに人を評価出来る、稀有な存在であった。

 些細な仕草にしても完璧で、他のお雇い外国人が嫌がる我々との食事も始終にこやかであった。挙句、我々をホームパーティーに招くことも抵抗がない。

 

「それに、顧問としての給与は実質我が国に全て置いて行ったようなものです。信じられません」

 

 お雇い外国人の給与は高い。モノにもよるが、総理大臣より高給取りな者までいたともいう。

 我が国の持たない技術を仕入れるため、相手の言い値で招聘する以上仕方がない部分もある。この世界では遅れていることが罪なのだ。

 

 我が国も、そして欧州列強も金本位制を採用しているので、お雇い外国人に支払われた給与はそのまま母国に持ち帰って両替することが出来る。お雇い外国人には高給のため実質的な出稼ぎに来ている者も多く、支払われた給与の多くが彼らの母国に流出し、ただでさえ不足している我が国の外貨準備を減らした。

 

「自宅と調度品、そして企業の債権。全て我が国のものだ。彼女に支払った給与は全て我が国に落ち、そこで循環している――お雇い外国人の理想形だ」

 

 彼女が当然のように我が国で発注を行おうとした際、大慌てで制止した。

 欧州列強のように代金に比例した品質が保証されるほど、我が国の民度は高くない。油断をするとすぐ値段不相応な粗悪品まみれになる。

 部下達に相談し、信頼できる業者を紹介することで事なきを得たが、彼女の信頼を失っていたらこの綺麗な別れは無かったであろう。

 

「他の我が国に貢献のあった者と同様、高級勲章の授与や送別会を行ってもおかしくない貢献だ」

 

「せめて、佐官であれば違ったのでしょうね」

 

 彼女に渡すことが出来たのは、陸軍の中級将校でも持っている程度の勲章だ。我が国では別段珍しいものでもない。

 

「何かで補償できないかと聞いてみれば、"自宅を頼む"とはな」

 

 その分の代金まで貰ってしまった。到底無下には出来ない。

 

「信頼できるものを使用人として置き、朽ちることの無いよう手入れさせよう。すぐ戻ってくることは無いだろうが、10年、20年後でも使えるようにしておけ」

 

 偶には陸軍魔導師隊で使わせてもらって、あの過酷で楽しい訓練の話に花を咲かせるとしよう。

 

 

 

***

 

 

 

 ティンダー要塞で正式な辞令を受け取った後、再び船上の人となり地球を半周して我らが帝国へと向かう。

 辞令交付の際に少し耳が悪くなった振りをしてみたが、何度聞き返しても内容は変わらず、コンラッド軍曹の冷たい目の温度がさらに下がっただけに終わった。

 

 ティンダー要塞では、極東に回航されてきたであろう新造された巡洋艦やサービス艦隊が錨を下ろしていた。

 帝国としては「明日から戦艦を作りません」と言いたいところだが、造船業者やその下請けメーカーの事も考えると急な軍縮は経済的な損失となってしまうため、陸軍の軍拡に合わせて海軍産業を徐々に陸軍向けに転換している。彼らはその間の埋め合わせで発注された補助艦艇だろう。

 

「その内、ペラウに回航されるのでしょうな」

 

「あそこは暑いからな。ここで可能な限り長く涼んでおいた方が良い」

 

 何度か軍曹を連れまわしてペラウ環礁に遊びに行ったが、あそこはリゾート以外の用途にあまり向いていない。

 エメラルドグリーンの海で遊ぶのは最高だが、実際に要求されるのは炎天下で石灰岩と鋼鉄の陣地に籠ることだ。勿論、空調は付いていない。

 

「少尉は極東がお好きなようでしたが、自分は長く居たいとは思いません。それに、万が一連合王国や皇国と事を構える場合、我々はペラウを拠点とすることになります。それをお望みでしたか?」

 

 確かに、その可能性も無視できない。しかし、海兵魔導師が海軍要塞に籠るような時点で、白旗を上げた方が賢いだろう。

 最も有り得るのは、大巡洋艦ブリュッヒャー以下帝国海軍極東艦隊の海兵魔導師として西太平洋の航路を荒らすことくらいか。それなら海軍要塞での我慢大会に参加しなくて済むが、"勝利"のビジョンが見えない。根無し草の極東艦隊が連合王国の有事になった場合に捨て石にしかならないのは、当初から織り込み済みだからだ。

 

「損な役であることは確かだな」

 

 勇敢に戦って討ち死にしようにも、補給の関係で満足に戦うことが出来るかどうかも怪しい。敵艦隊から逃げ回りつつ嫌がらせのように敵輸送船をいじめる、映えない戦闘が精いっぱいだ。

 一方で、それも出来なくなれば、さっさと降伏してしまえば良い。本土みたいに銃後に守る者が居るわけではないペラウは、”死守”しなくて良い場所だ。

 

「だが、責任も少なく、気楽だ」

 

 国家だとか民族だとか、そういったものを背負わされると身動きが取りにくくて仕方がない。

 私が軍に志願したのは、この時代で最高の教育と福利厚生を受け取るためで、沈みゆく国家と心中するためではないのだ。

 

「提督は少尉を買っております。だからこそかつては盾になって左遷され、今回は偵察艦隊に呼び戻されたのです。その事をお考えの上、発言なさってください」

 

 だが、模範的な帝国軍人である軍曹はこの考えがお気に召していないらしい。真面目な部下も考え物だな。

 

 提督には世話になっているが、それとこれとは別だ。

 ――いや、世話になっているのか?

 

 あの論文を通してもらったのは確かにそうなのだが、候補生にもかかわらず軍曹達の長距離作戦行動訓練をさせられたり、欠陥演算宝珠のテストパイロットをさせられたりと、こちらの持ち出しの方が多いような気もしないでもない。

 もちろん、そんなことは口が裂けても言えないが。

 この距離の殴り合いなら、演算宝珠を起動する前に拳が届く。流石にステゴロで軍曹に勝てるとは思っていない。胸のデッドウエイトも邪魔だ。被弾面積は増えるが防具になってくれない。

 

「感謝しているよ。だが、私を偵察艦隊に置いたところで何かが変わるわけでもない」

 

 こういう厄介者を呼ぶということは、何らかの変えたい現状があるのだろうが、まぁ望み薄だ。

 

「少尉、貴女も加藤中佐と同じ士官です。イエローに出来たことが、なぜ我々にできないのです?」

 

「同じではない。彼は皇国陸軍航空魔導師隊の司令官だ。魔導師隊の――否、陸軍の総意として考え、実行したからこそできたのだ。私は何だ? 部下は君だけだ、一体何ができる?」

 

 佐官という肩書も軍隊という巨大な組織を動かすには不十分だが、"陸軍航空魔導師"という部分に限っていえば彼は十分な裁量を与えられていた。

 「創設間もない秋津洲陸軍の魔導師隊をどのように形作って行くか」ということについて、彼は考え決定する責任と権利を持っていた。魔導師でもない人間や時代遅れの将官ではなく、現役の魔導師内で優秀な者に任せたのは秋津洲陸軍の英断だろう。

 ――流石に他国の尉官の考えで自国の戦時作戦計画に影響を受けるのは無謀だと思うが。

 

「裁量があれば、と?」

 

 任せられた仕事相応の裁量があれば出来なくはない。

 だが、尉官にそんな大きな裁量を与えることは組織的な禍根を残しかねない。ヒッパー提督も経歴書に()()がついてしまった人間だ。あまり目立つ行動は避けた方が良いのではないか。

 

「――誰の所為だと……まぁ、承知しました。提督に伝えておきます」

 

 何を?

 

 こちらが聞き返す前に、軍曹は艦の電信室へ行ってしまった。

 上官権限で覗きに行っても良いのだが、今までの経験からして彼の提督当て私信は強力な抵抗にあって見せてもらうことが出来ない。別に男同士の手紙を見たいとも思わないのだが、今回に関しては仕事関係のやり取りが入っていると思われるので気になるところだ。

 

 

 

 極東は良いところだった。

 インフラは不十分だし、大陸では欧州列強が永眠中の獅子にウジ虫の如く群がっており、マンチュリアでは皇国(蛮族)連邦(無法者)が大軍を張り付けて睨み合っている。

 

 だが、次の大戦は極東が舞台ではない。それだけで評価に値する。

 

 あの偏屈の神が、そしてこの世界を望んだドMが、こんな田舎の戦争で満足する訳が無いのだ。高い工業力を持ち、狂気の総力戦を行うことが出来る先進国が集中している欧州こそ、地獄の舞台に相応しいのだろう。

 事実、極東に送られてくる情報にも、帝国周囲の係争地での緊張が日に日に高まっていると記されている。既に導火線に火は点いており、あとは火薬庫に辿り着くのを待っているだけだった。

 

 「さようなら、極東の自由と放埒の日々」

 

 水平線の向こう側に沈むティンダー要塞へ別れを告げ、私も艦内に戻った。

 

 

 

***

 

 

 

「極東では随分と羽を伸ばしていたようだな」

 

 キィエールに着いたところで早速ヒッパー提督に呼び出され、辞令の前にお小言をいただく羽目になった。

 

「いえ、そのようなことは……」

 

 おかしい。レポートに書いてないようなことまでバレている。

 左遷先で意欲的に勤務に励む必要はないだろうし、就業時間を無視するほど怠けていたわけでもないのだから、お咎め無しが相場だと思うのだが。

 

「本来ならば我が偵察艦隊で1個魔導小隊を率いてもらおうかと思ったが、コンラッドからの報告で気が変わった」

 

 やっぱり余計な事まで報告していたようだ。

 ヒモ付きの部下はいかんな。私にも信頼できる子飼いが必要だ。

 

「貴様に我が偵察艦隊の海兵魔導師隊を指揮してもらう。遠慮はいらん、思いっきりやれ」

 

 は?

 

 

 

 帰国後出た辞令は中尉任官の上、ヒッパー提督隷下の第二偵察艦隊所属海兵魔導師隊指揮官だ。

 恐ろしいことに偵察艦隊付き魔導師の定員は36。中尉が大隊を指揮するとはどういう状況だ。訓練中に実弾が士官室に直撃したのだろうか。

 

 曰く、「階級だけが高い無能は他の艦隊に押し付けた」とのこと。

 軍隊、それも仲間(海軍)内でババ抜きみたいなことをするな。

 

「軍曹、流石に36人と一度に顔合わせするのも大変だから、まず士官だけ集めておいてくれ」

 

「よろしいのですか?」

 

「下士官には後で埋め合わせをするよ」

 

 適当な額を包んで「飲みに行ってこい」で事足りるだろうか。

 まともな現場経験なく事実上の大隊長など、経験も勝手も分からない。そもそもそんな奴に部下が付いて来るのだろうか。私だったら怖くて付いていかないか、小銃が暴発するかの2択なのだが。

 友軍誤射だけは勘弁だ。何らかの対策を考えねばならない。

 

 自己保身の思考に浸っていたところ、部屋の扉がノックされた。どうやら軍曹の準備が整ったようだ。

 提督選りすぐりの魔導師を見に行こうじゃないか。

 

「中尉、部下が見たいそうだな? 私が案内しよう」

 

 軍曹、私は提督本人を連れてこいと指示しただろうか?

 

 

 

「士官だけとは言わず、全員を集めた。着任時の挨拶は分けない方が良い」

 

 提督から仕事に対するアドバイスをいただいた。

 その辺は本当なら小隊長あたりからコツコツ学んでいくのだろうが、残念ながら3段飛びで大隊長。上官も中尉から佐官をすっ飛ばして将官たる提督なので、本来であれば頂かないような指導まで提督から受ける始末。

 私の出来も良いわけではないが、これに関しては組織的な問題の方が大きいのでは、と弁明したい。

 

 提督が私と部下達を交互に紹介したのに合わせ、私からも挨拶する。

 

 会議室の端にズラリと並んだ部下達はなかなか壮観だった。提督と私が歩くのにつれて首を正す仕草がなんとも心地よい。儀仗隊の存在理由が分かるというものである。

 しかし。

 

「――提督、私の数え間違いでなければ、大隊どころか両手に収まる程度の数しか居ない気がするのですが」

 

 部屋の四辺を使って並ばせているのかと思いきや、一辺で終わった。

 

「質か量のどちらかを妥協せざるを得なかった結果、量を妥協した。今すぐ完全編成の魔導師隊が必要な訳ではない。いずれ、定数を満たせば良いのだ」

 

 軍靴の足音が聞こえている状況で、初めから定員割れとは。

 始まる前から末期ドイツ軍とはこれ如何に?

 

「士官学校卒は陸軍がまず美味しいところを攫っていると理解できますが、幼年学校の方は?」

 

 そもそも魔導師を戦力としてカウントするためには、その辺の歩兵と違ってある程度高度な教育を受けさせねばならない。したがって、魔導師に兵卒は居らず、最低でも幼年学校卒の下士官が充てられるはずなのだが、そちらにまで陸軍の青田買いが行われているのだろうか。

 良くも悪くも余程の存在でなければ幼年学校で優劣付けることは難しいと思うのだが。

 

「海軍への志望者が少ない。士官学校を目指す志願兵は勿論の事、徴募組も海軍が魔導師を募集していることを知らん」

 

「広報活動の不足、ということでしょうか」

 

 まぁ、海軍は伝統的に志願兵制だから、徴兵された彼らへの知名度が低いのも頷ける。

 しかし、原因が分かっているのならば、広報活動に精を出すなど対策を取ればよいと思うのだが。戦艦が減ったお陰でバックオフィスが充実しているのだから、人が足りないということはないだろう。

 これからの戦争は銃砲弾も無論だが、新聞と電波とフィルムを投げつけ合うものにもなるのだ。絶妙に広報センスが無い帝国も、ここら辺で鍛えておいた方が良いのではないだろうか。

 

「貴官の意見も尤もだ。検討しよう。だが、貴官も指揮経験が不足している。まずは中隊規模からやってみたまえ」

 

 それを引き合いに出されると、何も言えないじゃないか。

 

 

 

 提督が選別した海兵魔導師は士官・下士官合わせて8人。私とコンラッド軍曹を含めて10人と、中隊にすら少し届かない。

 指揮分隊として私達を除外して、この8人で2個小隊を作らねばらない。

 エーベルバッハ曹長ら懐かしい顔も居たので少し安心する。彼らには小隊の先任をやってもらおう。

 

 問題は他の初見の面々だ。少し聞いたところ、多い者でも飛行時間が3桁に届かない。初めて出会った頃の曹長らが200時間超えであったことを考えると、大いに不安である。

 彼らではドイツ伝統の引き籠り(艦隊保全)戦術しかできない。いやまぁ、それで十分と言えば十分なのだが。

 

「ヒッパー提督の選抜基準は、"可能性"で行われた、と?」

 

 戦争が始まった瞬間から、艦隊どころか魔導師まで"保全"を謳うのはいささか無理がある。あまりにも仕事をしていないと、国民擲弾兵ならぬ”国民魔導師”という名目で地獄の陸戦に放り込まれかねない。

 適度に海兵魔導師の存在意義を示す必要があるだろう。なので、せめて初めに配られる手札は良いものであってほしいのだが、現実は非情である。

 

「情勢の悪化に伴って、両学校では課程を削減した短期促成教育が行われている。洋上航法訓練は真っ先に除外され、事前に長距離作戦能力を測ることは不可能となった。苦肉の策だ」

 

 未だ大戦が始まっていないのにこの有様。帝国は大丈夫なのか。

 

「なに、良いニュースもある」

 

 

 

「お久しぶりです、ブランデンベルガー少尉――いえ、中尉」

 

 提督の案内で久々に海軍工廠に赴いたところ、懐かしい顔と再会した。

 ハインツ&カール(H&K)精密機械のバッヘム技師だ。

 

「秋津洲ではお世話になりました。あれ以来、中尉のアドバイスを元に宝珠を改良し、この度海兵魔導師隊の演算宝珠の一つとして採用頂ける運びとなりました」

 

 あの欠陥宝珠を採用するとは、さては担当者が接待攻勢でも受けたのだろうか。

 

「そう怪訝な顔をするな。コンペティションの上、真っ当に採用されたのだ」

 

 ping300msオーバーという致命的な欠陥が改善されていれば良いんですがね。

 半信半疑でいると、「現物を見て納得いただきたい」とバッヘム技師に引きずられる羽目になった。この技術オタク、変なところだけ強気である。

 

「Hk211型演算宝珠は秋津洲でのコンペティションを踏まえ、演算宝珠及び術式分割機構に大幅な改良を加えたものになります」

 

 案内された区画に鎮座しているモノの覆いを取ると、ティンダー要塞で見たそれよりさらに一回り大きくなった演算宝珠が現れた。

 柄の部分に大口径自動砲を内蔵。機構部の上に座面があり、その後ろに術式分割機構を格納。これだけで既に2m程度、更にその後ろに2機の宝珠核が配置されている。全部含めれば秋津洲も採用している連合王国式の演算宝珠の大きさに準ずるほどだ。

 あちらは投射火力と瞬時速力に重きを置いているが、こっちは巡航速度と航続距離。マトモに殴り合ったらかなり苦しい。以前同様宝珠を背中側に跳ね上げるアタッチメントもあり、その場合の格闘戦能力は上だと謳っているものの、図体の大きくなったコイツでどの程度使えるのかは疑問だ。

 

「個々の宝珠核は、帝国陸軍の最新型と同等の性能があります。勿論、海上での運用や艦上での整備を考慮した堅牢な設計です」

 

 帝国陸軍の最新型が相変わらず懐中時計サイズなのに、こっちは座布団ぐらいの大きさがある。「工廠の専用機器が無くとも、艦上で整備士が扱える大きさ」を謳っているが、その実ただ個々の部品がデカいだけだという。

 あまり大きくなりすぎると、艦上機と比較したときのメリットが薄くなるので止めていただきたいところだ。

 

「術式分割機構は作動周波数を上げ、遅延を可能な限り低減しました。聖句の分割単位を細かくすることで、それぞれの単語/文節が割り振られた宝珠核の同期に要する時間を小さくしています」

 

 何を言っているのか良く分からないが、比較的分かりやすい言葉を選ぶバッヘム技師でこうなのだから、実装内容の複雑さは推して知るべし。まぁ、ユーザからしてみれば、改善されていれば問題ないのだ。

 

「結果、分割機構は複雑になったため、艦上整備を諦めて弊社工場によるパッケージとしております。整備の際は丸ごと交換していただければ、と」

 

 そこだけ妙に現代的だな。宝珠ごと鹵獲されても技術流出の可能性が低いのは良いことだが。

 

「――とまぁ、100の言葉を尽くすより1度飛んでいただいたほうが分かりやすいでしょう。以前の弊社の演算宝珠を知る中尉なら、すぐに違いが理解できるかと」

 

 やたらと強気なバッヘム技師がぐいぐいと押してくる。そこまで言うのなら、と提督に目線をやれば、「キィエール軍港上空の飛行許可は取ってある」と準備が良い。

 ではご自慢の新型の性能とやらを見せてもらうとしよう。

 

 

 

 キィエール軍港上空で通常の巡航飛行から戦闘機動まで一通りこなした結果、バッヘム技師の強気は事実に裏打ちされたものだと判明した。

 

 確かに、帝国式の機動性はもはや語ることすらおこがましくなったものの、双発重戦闘機ならぬ重演算宝珠としては合格点であった。欠点だった反応の遅さは目を瞑れる程度に改善され、さらに拡張された術式処理能力の余裕は強引な戦闘機動も難なくこなした。通常の演算宝珠なら悲鳴をあげるような急降下中の上昇術式割り込みによる急制動にすら、過熱一つ起こさないのは驚きであった。

 

 バッヘム技師は「術者の強度と魔力の残量が許す限りの無茶が可能」だと豪語したが、あながち嘘でもないのだろう。

 

 なお、最大の欠点は値段で、陸軍の新型演算宝珠の倍だという。

 宝珠核を2個搭載しているため分かりやすい足し算だ。もっとも、技師曰く宝珠核は単純なので安いが、分割機構や塩害対策等の通常の演算宝珠に無い仕様に掛る費用で結果的に2倍になるらしい。

 

 お陰で全然数が揃っていない。まぁ、使用に値する海兵魔導師の数も足りていないのだからお相子だ。どちらかが余らなくて良かったと喜ぶべきか。

 

「任務柄、偵察艦隊付きの海兵魔導師から順次配備する予定だが、戦時でもない限り到底海兵魔導師全員に支給する予算が付かん」

 

 まるで専守防衛国家の年間装備調達数のようだ(直喩)。

 

 

 

***

 

 

 

 提督曰く「可能性の塊」の新品士官下士官を何とかものにすべく、北海や北太平洋をタクシー代わりの巡洋艦と共に飛び回り、ようやく皆の飛行時間が100時間を越えた。

 天候・昼夜関係なく飛べる魔導師は飛行時間が稼ぎやすく、促成栽培に向いているのではないだろうか。パイロットの訓練では天候の兼ね合いもあって年間飛行時間が300時間程度という。けれども、風雨をものともしない魔導師の場合、無理すれば倍くらい稼ぐことが出来そうだ。

 

「そんな非常識な思考をしているのは中尉だけですよ」

 

 士官室に入ってきたコンラッド軍曹に次の訓練内容を相談しようとしたところ、上官に対してあるまじき言葉が返ってきた。

 

 君達が陸軍の精鋭並みに優秀なら、このような手段を取らなかっただろう。むしろ、意図的に訓練時間を減らして我が海軍の戦闘教義(fleet in being)に向いた兵士に仕立て上げたいところだ。

 

 ところが、現実に与えられたのは並みの兵隊どころか、「北洋艦隊も頑張っています」というポーズすら取れるか怪しい新兵。

 軍港に引き籠って大戦をサボタージュするにも、”戦っているフリ”くらいはやって貰わなければならない。何もしていないのは逆に目立つのだ。

 

「残念ながら訓練密度は現状維持だ。陸軍に再就職したくなければ、な」

 

「いえ、訓練は中止していただかなくてはなりません」

 

 なぜ私がやる気満々の教官みたいなことを言わなければならないのか。

 軍曹のキャラクター性からして、私と台詞が入れ替わっているような気がしないでもない。

 

「ヒッパー提督から帰港命令が」

 

 それを先に言え。

 

 

 

***

 

 

 

「お堅い軍隊様の、それも海軍(マイナーな方)から広告作成の依頼なんて、どういう風の吹き回しです?」

 

 分厚く筋肉の付いた長身という恵まれた体躯だけ見れば、キィエール軍港司令部という場に相応しいものの、軽薄な口調とだらしない長髪が、彼が軍人ではないことを表している。

 

 だからといって、ただの民間人ではない。隣に抱えた機材や旧式の()()()()が示す通り、彼は"元魔導師"という肩書を持つフリーのカメラマンだ。かつては陸軍航空魔導師だったそうだが、係争地の戦闘で片足を失って退役し、趣味のカメラで食べているらしい。

 キィエール周辺の製作会社に海兵魔導師募集広告の話を持っていったところ、「ピッタリの人間が居ます」と紹介されたが、余りに態度が軽く不安になる。

 

「既存の海軍の募兵のやり方は水兵向けだ。我々が欲している魔導師には効果が薄い。その分野に強い人間を紹介してもらったまでだ」

 

 断じて貴様の様なチャラ付いた輩を指名した訳ではない。

 

「なら正解です。魔導師に売り込むなら魔導師に任せた方がいい。貰った分の仕事はさせてもらいますよ」

 

 "だからちょっと提督さんにも協力してもらいますよ"と彼は笑い、詳細な打ち合わせを要求した。

 

 彼はその言動の軽さとは裏腹に、自身の魔導師としての経験に裏打ちされた確かなものであった。

 元来、海軍は志願兵制に頼ることから、水兵の給与や福利厚生、技術訓練を重視していた。実際、海軍が身近な帝国沿岸部では「海軍に入っておけば食いはぐれない」とも言われている。

 もちろん、海兵魔導師もその延長線上だ。

 

 一方、徴兵された兵卒が大部分を占める陸軍はそうではなかった。高給取りなのは士官学校卒の高級将校だけで、兵卒はその辺りの地方公務員にも劣る有様だった。徴兵が忌み嫌われていた理由が垣間見える。

 

 だが、そんな陸軍でも"魔導師"は別格だった。

 その兵科柄、砲兵や工兵と同等以上の教育を受けることができ、給与も海軍のそれに準じていた。兵舎等の福利厚生も、一般の兵卒とは比べ物にならない。

 

 つまり、特に志望の無い魔導師にとって、陸軍だろうが海軍だろうが、給与面での大きな相違は無い。後は、塹壕で土と泥水に塗れるのが良いか、数カ月の航海で汗と海の匂いが抜けなくなるのが良いか選ぶだけだ。

 

「そうなった時、()()()()()()はどっちを選ぶか。簡単です、"外聞の良い方"――これに尽きます」

 

 彼がそう言ったとき、私は思わず眉をしかめた。

 確かに、陸軍のような華々しい戦績は無いものの、後発とはいえ帝国が広大な海外領土を持てるようになったのは、他ならぬ海軍の力によるものだ。

 連合王国や共和国のような先発国家が油田や鉱山を先に押さえてしまっており、めぼしい資源は無いものの、帝国の生活や食卓を彩っている消費財や嗜好品は、それら植民地からもたらされている。

 このように、帝国海軍は陰になり日向になり帝国の秩序と安寧を担っているのだ。それが臣民が分からないとでもいうのだろうか。

 

 そのようなことを思わず苦い顔で口走ってしまったが、彼はうすら笑いを崩さずに言い放った。

 

「分かりませんよ。興味ありませんから」

 

 普通の魔導師は興味が無い、だから建国に貢献した歴史があり日々国家の盾として活動している陸軍を選ぶ――その仮説は、誇り高き海軍軍人として認めがたい事だった。

 今すぐ目の前の男の長髪を掴んで机に叩き付け、その生意気な口を塞いでやりたい衝動に駆られた。

 だが、"彼女"の言葉が脳裏をよぎり、何とか思いとどまることに成功する。

 

 ――艦隊は存在していれば良い(Fleet in Being)――

 

 ()()が普通の魔導師なのかはさておき、海軍軍人ではない人間にとって、戦艦は港に並べて列強としての威信を担保する存在であり、必要ではあるが積極的に関わっていく存在ではないのだろう。

 

「艦が浮かんでいるだけではイカンということか」

 

「ええ、よくお分かりで。

 海軍には市井に対する“魅力”に欠けています。端的に言えば“海軍に就職した”と友人や家族に自慢できるほど、世間体が良くありません」

 

 沸騰寸前の腑に無理やり蓋をして、歪んだ一文字の唇を作る。

 

 確かに、連合王国海軍の様な華やかな歴史も無ければ、皇国海軍の様な伝説的勝利に恵まれたわけでも無い。

 そもそも、帝国が帝国でなかった頃から、我が海軍はマトモな戦争をしていないのだから。

 

「“海軍の戦争”が必要ということか?」

 

「まさか。今やってる係争地の小競り合いですら死人が出ているんです。戦艦が出張る様な戦争など、誰も望んでいませんよ」

 

 義足になった片足を叩いてみせ、彼自身も小競り合いの被害者であることを改めて認識する。小火器の撃ち合いでこの有様だ。艦砲クラスの砲弾で人間がどうなるのか、想像に難くない。

 だからと言って、艦艇が実寸大の模型であって良いと言う訳はないだろう。それでは現状維持だ。なんの改善にもならない。

 

「何を難しく考えているんです?」

 

 思考の袋小路に入っていると、彼はヘラヘラと答えを見せびらかすように笑った。

 

「簡単なことです。格好を良くすればイイ」

 

「その格好が付く機会が無いと言っとるんだ」

 

 そう、言葉のやり取りが千日手になりかけた時、彼はふと気付いたように真顔に戻り、その後襟と背筋を正していった。

 

「だから、こうやって格好"だけ"付ければいいんですよ」

 

 

 

 彼が提案したのは、文字通り「格好良い」だけの宣伝。

 

 見てくれの良い俳優を起用し、流行を取り入れた軍服にする。

 徹頭徹尾、世間受けを狙った提案だった。

 

 現役の軍人から適当に選んだ人間をバックに"君達の志願を待っている"等の黴の生えたようなキャッチコピーをくっ付けたポスターを募兵所に張り出すだけでは余りにも官僚的で、前時代的。

 ――そう、彼は今までのやり方をこき下ろし、広報・採用活動への人的・物的資源の投入を提案した。

 

 余りにも常識外れで突飛な提案であったがために、怒ることも忘れて逆に頭が冷えてしまった。だが、そうすることで冷静になれたのは幸いだったのだろう。

 考えてみれば当然で、軍隊一般において最も優秀な人材や予算の大半は第一線に費やされるのが常であり、後方ましてや広報など窓際も良いところであった。海軍とて例外ではない。

 

 さらに言えば、海軍の思想も問題であった。

 海兵魔導師は海軍歩兵の延長線上の存在だとされていた。そしてその海軍歩兵は、艦艇を操作する水兵よりワンランク下に置かれており、お世辞にも待遇が良いものではなかった。

 もっとも、海軍の考えからすれば、「常に陸に居られる」というのは大きな福利厚生なのだが、それが海軍歩兵に理解されているとは言い難かった。

 

 事実、水兵の制服は幾分前に更新されたものの、海軍歩兵の制服は未だ戦列歩兵時代からあまり進歩しておらず、それに準じている海兵魔導師も同様である。

 自分の親どころか祖父世代ですらもう時代遅れだっだ軍服に袖を通したいか、と問われて首を縦に振る人間は多くないだろう。

 

 "ライヒス・ブルー"が格好良いとされたのはもう100年も前の事だ。

 当時花形だった戦列歩兵の後継である陸軍の軍服は、既にフィールドグレーに移行して久しい。

 

 

 

「君の考えは理解した。広報活動の強化や宣伝ビラの刷新の提案は直ぐにでも認可されるだろう。だが、軍服の更新は相当な予算が必要だ。直ちに手を付けることはできない」

 

 水兵より数が少ないとはいえ、海軍要塞や海軍管轄の植民地の駐屯部隊を合わせれば軍規模で存在する海軍歩兵と、最近増えた海兵魔導師の軍服を一度に更新するとなると、結構な規模の事業である。

 戦艦建造程ではないとはいえ、予算的にかなり弱体化した海軍ではその費用を捻出することは難しい。

 

 しかし、彼はその辺も問題ないという。

 

「何も、全ての軍服を更新する必要はありません。私達が必要なのは魔導師――それも精鋭の、です。それ以外は考える必要はありません。もしくは、糧になってもらうべきでしょう」

 

 更新する軍服は巡洋艦隊付の海兵魔導師のみ。なんなら、普通の海兵魔導師や海軍歩兵はスケールメリットを得るため、陸軍の軍服の徽章違いにしても構わないという。

 流石に特別扱いしすぎではないか、と苦言を漏らしたところ、陸軍では普通にやっているとのこと。

 

 例えば、戦車や装甲車搭乗員用の軍服は一般歩兵のフィールドグレーのものと違い、黒一色で作りも凝ったものだ。明らかに「格好良さ」を意識して作っているという。

 これは、自動車の運転や整備といった特殊技能を有する人間をより多く採用するための試みで、それなりに上手くいっているのだとか。

 

「更に、軍服が異なることにより、その兵科に"エリート意識"を植え付けることが出来ます。戦車や装甲車は先頭に立って突撃し、敵弾に晒される危険な兵科ですが、自他ともに"エリートである"という意識を持たせることで任務を遂行させやすくなります」

 

 現に、「勇敢でないものは戦車兵にあらず」といった教育もされているという。

 陸軍は先進的なのだろうか、それとも倫理観をどこかに置いてきたのだろうか。

 

「よく言えば、現代のノブレス・オブリージュ、ということか」

 

「ええ、我が国らしいでしょう」

 

 未だに「フォン」の貴族称号がそれなりに意味を持つ帝国だ。陸軍大学では成績優秀者を一代貴族とする制度もある。

 流石に貴族称号の新規創設であれば色々と大変だが、見てくれだけであればそう手間はかからない。採用可能な範疇だ。

 

「そしてここからが本番ですが」

 

「まだあるのか」

 

 よくもまぁ、ポンポンと考えが出てくるものだ。

 これで多額の予算を投入するような事業であれば、国相手の詐欺師ではないとかと勘ぐられても不思議ではない。

 

「本業はカメラですから。こんなことは良い絵を撮るための前座です。そしてここからは、少しカネとヒトが必要になってきます」

 

 

 

 他人に何かを伝える時に、より短時間でより多くの情報を伝えられる方法。

 それは文章より画像であり、画像より動画だという。

 

 だからこそ、より多くの人に読まれる新聞に文字広告を入れるより、募兵所の入り口に紙面いっぱいのポスターを貼っている。それと同様に、宣伝は新たな段階へ進むべきだという。

 

「活動写真は広く大衆に親しまれています。そしてその上映前には、"広告"という形で協賛企業のコマーシャルやニュース映像が流れています。ここに食い込むのです」

 

「軍隊が民間の、それも娯楽に金を出すというのか?」

 

 軍需産業からの調達ですら、コンペやら入札やらの面倒な手続きを経なければならないのが官公庁の一つたる軍隊だ。本業とは関係の無い分野への税金投入の言い訳など、あまり考えたくはない。

 

「後ろめたい気持ちも分かります。試しに1本撮らせてください。きっと流したくなりますから」

 

 自信満々の彼の実力を見るためにも、撮るだけなら構わないだろう。

 活動写真自体は、海軍でも記録映像として利用することがある。軍艦に撮影機材を持ち込むことは、特段珍しいことではなく、手続きも簡単だ。

 

「ただ、活動写真を撮るにあたって、一つお願いがあります。見た目の良い魔導師を手配していただきたい」

 

 立って撮るだけの宣伝ビラなら俳優を使えば良いが、動画となると被写体も魔導師である必要が出てくる。

 術式を特撮で無理やり再現しても構わないが、本物の魔導師を抱えている組織がわざわざリソースを割くようなものでもないだろう。

 

 それに、見た目だけで良いなら()()がいる。

 

「分かった。飛び切りの魔導師を用意する」

 

 

 




第6話の後書きで「後2~3話で戦争に突入します(2回目」って書いたけど、未だ大戦に辿り着いていません……
後2~3話で戦争に突入すると思います(3回目

1920年代の活動写真に上映前広告ってあったんですかね?
サクラ大戦活動写真では、ダグラス・スチュアート社の広告っぽいニュース映像が入っているから、まぁヨシ!
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