海軍は陸軍の外局ですか?   作:かがたにつよし

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セーフ(アウト


第10話:銀幕の海軍士官

「広報活動?」

 

 殻の付いた雛どころか親鳥をさばいて取り出した卵の如き新兵達の訓練を切り上げて帰港したところ、ヒッパー提督から告げられたのはそんな用件であった。

 こっちは陸軍への再就職という名の地獄への片道切符が掛っているのだ。

 そんなことでいちいち呼ばないで欲しい。

 

 そう喉まで出かかった言葉を何とか飲み込む。

 そういえば、「海軍の魔導師不足は広報活動の不足が原因ではないか」と提督と話したのも自分ではなかったか、と。

 

 目の前の細事に追われて、未来への投資を「無駄」だと断じてしまうのは組織として末期症状だと言わざるを得ない。

 提督からこのような提案をいただける程度に、海軍は健全だということだろう。

 

「そうだ。士官学校組の陸軍志願者が多いのは如何ともし難いが、徴募組からの志願者は改善できるのではないか、と海軍内でも考えられている」

 

 そう切り出した提督が続けたのは、活動写真を利用した広報プロジェクト。20年代にしては官公庁らしくないハイカラな試みだ。

 現役軍人にこんな事を言い出す人種は居ないだろうから、民間人材の活用というヤツだろうか。零細省庁程こういうことには熱心だ。

 

「この広報活動については、民間の協力を得ている。紹介しよう、ケットナー氏だ」

 

 提督は扉横の従卒に目配せすると、外に待機していたであろう男を招き入れた。

 なるほど、屈強な長身であるにも関わらず、身なりが軍人のそれではない――有り体に言えば、チャラいおっさんだ。

 

「氏は元陸軍航空魔導師の経歴を持つカメラマンだ。魔導師の経験と技能を生かして、海兵魔導師の採用に資する活動写真を撮ってもらう予定である」

 

 確かに、空中機動が売りの魔導師を撮影するのであれば、魔導師の方が都合が良い。

 地上にカメラを配置しているだけでは絵が単調だ。航空機からの空撮も良いが、被写体が航空機より小さく遅いことを考えると、同じスケールの魔導師の方が何かと便利だろう。

 

 しかしまぁ、委託先の選定センスが海軍らしくない。どうせならそのセンスを演算宝珠選定の時に活かしてもらいたかったところだ。

 

 そう少し考えていたところ、提督の紹介を受けたケットナー氏がいつまで経っても口を開かない。

 こういった場合は、自分の方から挨拶すべきだっただろうか。

 ビジネスマナーとやらでは「目下の方から先に」と言われているが、民間の肩書と軍隊の階級がどう比較されているのか、イマイチ理解できていない。

 まぁ、奇妙な沈黙が続くのもアレなので、こちらから挨拶させてもらおう。

 

「海軍魔導中尉を拝命しております。ブランデンベルガーです。良い絵を期待しています」

 

 敬礼か握手か少し逡巡した後、相手が民間人ということで手を差し出した。

 しかし、何時まで経っても彼はそれに応じない。元陸軍航空魔導師なら敬礼の方が良かっただろうか。もっとも、彼の右手が上がることも無いのだが。

 

「――こりゃあスゲェ……。提督さん、神様と契約して天使でも連れてきたんですか?」

 

「違う。愛国心と敢闘精神を雲の上に置いて堕天して来たから、海軍で飼ってるんだ」

 

 もう少し言い方があっただろう。

 

 

 

 再起動したケットナー氏がようやく握手に応じ、話が進み始めた。

 その後もしばらく意味深に自分の右手を見ていたのが気になる。食事の前にはちゃんと洗えよ?

 

「先ずは1分間の活動写真を製作します。それが上手くいけば、第2弾、第3弾と活動写真を追加で製作させていただく予定です」

 

 初めは大いに不安であったが、彼の企画自体は真っ当なものであった。

 海兵魔導師の質を改善するため、精鋭――それも偵察艦隊付の魔導師にのみターゲットを絞るというのは随分と挑戦的だが、その分製作物の内容に凝っていた。

 

「しかし、活動写真のために軍服まで更新するのですか?」

 

 現行のものが良いデザインと問われると難しいが、だからと言ってそこまで貶められるものでもないだろう。

 私が今まで着ていて、「ダサい」と言われたことは一度も無いのだが。

 

 そんなささやかな反対意見は、彼に「貴女が特別なんです」と一蹴された。

 

「何を着ても似合うのは極一部の例外です。そうでない普通の者にとっては、"自分が身に着けて格好良いか"がもっとも重要でしょう」

 

 軍服等の制服はどれも同じようなものではないのか、というのは素人意見なのだろう。

 事実、前世で「軍服」と言って真っ先に出てきたのは今の時代の陸軍式のものがほとんどだった。時代を越えてなお魅力的なデザインということなのだろう。戦列歩兵時代のものは、余程のモノ好きでないと例えとして出てこない。

 海軍歩兵の古臭い制服を今の陸軍式にしてしまえ、というのも乱暴な気もするが一理あるのだろう。

 だからと言って、海兵魔導師の――それも偵察艦隊付魔導師のみ制服を独自のものに更新するなど、突拍子もない考えではないのだろうか。

 

「海軍歩兵など言ってしまえば2線級部隊です。海軍がコストをかけて育成するものではありません。そして、海兵魔導師、特にこれから優秀な人材を集めようという偵察艦隊付魔導師の制服を陸軍式にしてしまっては、陸軍航空魔導師との差別化が図れなくなります。

 "海兵魔導師、それも偵察艦隊付は特別なんだ"と世間に刷り込まなければなりません。そのための制服更新です。他のを陸軍式にするのは、陸軍の首を縦に振らせるための餌に過ぎません」

 

 もうちょっとオブラートに包めよ。まぁ、元陸軍という話だし、彼の目から見たら海軍歩兵などその程度なのかもしれないが。

 しかし、あまりにもバッサリ言うものだから、顔が引きつっていないか心配である。いや、それでも見苦しくないのがこの神造ボディの恩恵なのだが。

 

「それで、私は何を?」

 

 新しい制服のための着せ替え人形にでもなっていれば良いのだろうか。

 幸い外見には自信がある。撮られ慣れていないから綺麗なポーズを魅せることが出来るかどうかは分からないが、そこはカメラマンの技量で何とかしてもらいたい。

 

「魔導師は飛んでいる姿が最も映えます。なので、陸軍の教導隊のような編隊飛行を撮りたいと考えています」

 

 ちょっと待て。

 

 

 

「彼はああ言ってますが、今の我々では戦技教導隊のような曲芸飛行どころか、ただの編隊飛行ですら怪しい状況です」

 

 ケットナー氏が退室した後、部屋に誰もいないことを確認してヒッパー提督に詰め寄る。

 帝国海軍の情けない現状を誰かに聞かれるわけにはいかない。

 

「員数も技量も足りていないのは理解している。しかし、何もしなくては改善されん」

 

 私だけならフォトスタジオでマネキンになったり、なんならその新型の軍服を纏ってランウェイを歩いたって良い。だが、練度未熟の部下を率いて、ということになると話は別だ。

 とはいえ、何もかも「出来ません」では給与をもらっている身として苦しいところである。

 

「時間が必要です。今までは海上での長距離作戦行動能力の獲得を第一に訓練を行ってきました、逆を言えばそれ以外やっておりません」

 

「新型の軍服の用意には時間がかかるだろう。それまでに形に出来れば構わん」

 

 イチからデザインを起こす必要があるとはいえ、調達数が僅かだ。生産に時間がかかるとは思えない。

 ケットナー氏のやる気の入れようからしても、短期間で用意してくる可能性がある。

 

「2週間だ。その間に軍服が届いても"訓練で洋上中で帰港まで時間がかかる"と言い訳してやる」

 

 学芸会の練習期間じゃあるまいし。

 

 

 

***

 

 

 

 ヒッパー提督の呼び出しを終えた後、直ぐキィエールの巡洋艦にとんぼ返りし、補給も早々に再度出港した。

 せっかくの帰港が早々に切り上げられたため部下達から不満も少なくなかったが、訓練内容が母艦上空での編隊飛行訓練だと説明すると、その声も小さくなった。何という現金な奴らだ。

 

 まぁ、長距離作戦行動訓練が過酷だというのは分からなくもない。

 

 このような反応を見ていると、万が一落ちたとしても助けてくれる母艦が見えている訓練と、長駆母艦を離れる訓練とでは、受けるストレスの大きさに違いがあるのだと思う。

 秋津洲の精鋭ですら、長距離作戦行動訓練ではストレスによる著しい能力低下が見られたのだ。それと比べることすらおこがましい帝国海軍の魔導師はもっと酷くても不思議ではない。その喜びようも理解できる。

 ただ、残念なことにそれとは別種のストレスと戦ってもらうことになるのだが。

 

「して、なぜ急に訓練内容の変更を?」

 

 流石コンラッド軍曹、良い勘をしている。

 基本的に、「長距離作戦行動」という海兵魔導師にとって最も必要な能力が欠けている彼らに対して、私が訓練の手を緩めることはない。常に「現時点の限界の1mm向こう側」を求め、魔導師の卵達の能力を骨延長の様に引き延ばす訓練を継続していただろう。過酷かもしれないが、最も効果的だ。

 しかし――

 

「重要かつ緊急の任務のためだ」

 

 先程まで浮かれていた新兵達が息をのみ、互いに目を合わせる。

 一刻一刻と外交情勢が緊張を増す今日だ。予定を繰り上げて帰港し、私が提督とあった後とあっては「すわ、開戦か」と勘違いするのも無理はない。

 まぁ、建艦競争に白旗を挙げた海軍から殴り掛かることはないと思うのだが。

 

「ところで軍曹、活動写真は好きか?」

 

 "はぁ?"、という軍曹から漏れた声と共に部下の緊張がほどけたのを感じる。

 無理もない、私だって聞いた時は"そんなこと"と思ったのだから。

 

「喜べ諸君。今日から君達は銀幕のスターだ」

 

 

 

***

 

 

 

 "活動写真"

 自分のような兵卒を始め、労働者階級にも手の届く数少ない娯楽だ。流行りものともなれば、話題に付いていくためにも鑑賞した経験がある者は多いだろう。

 かく言う自分も、何度か足を運んだことがある。

 

 活動写真が世に出る前は、娯楽と言えば舞台であった。ただ、舞台は活動写真より敷居が高く、そして閉鎖的であった。

 

 "生き物"とされ、個々の上演が微妙に異なる舞台は、今世紀の集約化された労働者階級に均一な話題を提供するという点では不向きであった。「特定の上演を鑑賞していないと分からない」というのは、一部のディープな層を除き、受けが悪かった。

 

 また、舞台は舞台の上で完結していた。

 大道具や照明等が演出するとはいえ、海で、空で、山で、街で、平原で、文字通り世界中で撮影が可能な活動写真にリアリティで一歩劣るのは仕方がない事だろう。

 それに、"エキストラ"として自分達が活動写真に出演することだって不可能ではなかった。劇団の門を叩かなければ立てない舞台より心理的な距離が近く、だからこそ主役たる銀幕のスター達は視聴者の憧れであった。

 

 画面の隅に豆粒程度にしか映らないエキストラでさえ、なれたら地元では英雄だ。ブランデンベルガー中尉の言葉に目を輝かせるのも無理はないだろう。

 

 

 

 しかし、その輝きは訓練が始まるとともに消え失せることとなった。

 

 撮影用の編隊飛行訓練は長距離作戦行動訓練とは違う意味で過酷であり、"ただ飛ぶだけ"と高を括っていた想像力の乏しい輩に現実を突きつけた。

 少しでも考える力があったのならば、精鋭の実戦部隊とは別に儀仗兵が存在する理由に思い当たったのかもしれないが。

 

 "編隊間隔を維持したまま既定のコースに沿って飛行する"

 

 言葉にすればたったそれだけの行為が、我々――特に最近飛ぶことを覚えたばかりの新兵――には極めて難しかった。

 風の流れや空気の粗密によって飛んでいる魔導師は常に揺さぶられ、そしてそれを抑えられない者に編隊間隔を合わせている者が釣られる。編隊は振り子のように揺れ動き続けた。

 

「軍曹、これであのカメラマンが満足すると思うか?」

 

「まさか」

 

 予想に反して厳しい訓練を受けさせられた――と思い込んでいる連中を黙らせるために、中尉は1人ずつ編隊の外に出して、我々の編隊飛行がどれほど"素晴らしいか"を観察させた。

 エーベルバッハ曹長を始めとした古参も例外ではなく、我々は自分達が思っていたのより酷く稚拙な編隊飛行を見せつけられることとなった。

 更には、中尉から直接感想を求められる始末。

 

「空中にマス目でもあれば良いのですが」

 

 我々には"間隔を揃えて飛ぶこと"の他、"定められたコースを逸れずに飛ぶこと"の2つの課題がある。

 地上では腕の長さを用いて間隔を揃えたり、地面にレーンを描いてコースを可視化したりと、直感的にそれらの課題が解決できるのだが、空中ではそうもいかない。

 棒や物差しで間隔を測ろうとも、地上の行進よりはるかに高速で行われる編隊飛行中の接触は大惨事になりかねず、当然のことながら空中にレーンは描けない。スモークで一時的に線を引くことは可能だが、時間と共に風に流され、コースが変わってしまう。

 

「光学術式で引いてみようか、誤って触れればただでは済まないが」

 

 銃口管理が厳格な軍隊組織で、軽々しく口に出して良い言葉ではないだろう。

 もっとも、術式に関しては演習用の非殺傷式もあるので不可能ではないが、あれは触れれば消えてしまうので、スモークよりマシ程度でしかない。

 

「中尉。ここは帝国で、教導中なのは本物の部下です。好き勝手出来るイエローではありません」

 

「だからといって、甘やかしながらでも目的が達成できるほど、彼らが優秀でもあるまい」

 

 やりたい放題した極東の成功体験が、悪い意味で上司の脳にへばりついているのではないか。

 あまり言いたい事ではないが、部下に死傷者が出る前に方向転換を促さなければならない。

 

「中尉が10人分の飛行術式を管制する方が現実的では?」

 

 

 

***

 

 

 

 余りにも部下達の編隊が酷いのでコンラッド軍曹に等身大のイライラ棒を提案したところ、却下されるどころか「全部あんたがやれ」との文句が返って来た。

 これが最近の若者を部下に持つということなのだろうか。とはいえ、軍曹の方が一回り年上なのだが。

 

「私の脳か宝珠、どちらが先に焼け付くか我慢比べをしろと?」

 

 まぁ、バッヘム技師の言い分を真に受けるのであれば、宝珠が焼け付くことはないのかも知れない。

 だが、心配なのは替えの利かない自分の身体である。いくらこの神造ボディとはいえ、飛行術式を並列10個となると厳しいのではないだろうか。

 

「放っておいたら大西洋でも横断しそうな魔力量です。10人くらい余裕でしょう」

 

 量の問題ではない。宝珠を管制するこの灰色の脳みそが持つかどうかだ。

 

「一度焼き付いた方が、その桃色の脳みそも良い塩梅に火が通りますよ。そうしたら、突飛な発想も落ち着くことでしょう」

 

 こっちは大真面目に"大戦"から可能な限り逃れる方法を考えているんだ、君らの分もな。

 その過程でヒッパー提督の左遷という多少の犠牲は出てしまったが、許容して欲しいものだ。現に、我々は地獄の陸戦から遠ざかりつつある。

 ――この宣伝が上手く行き、帝国海軍が解体されて陸戦に投入されない程度には、王立海軍を抑えることが出来る存在となれたのならば、の話だが。

 

 

 

 用意された2週間の訓練期間が終わらないうちに、キィエールのヒッパー提督から「ケットナーが来た」との連絡が入った。せっかちすぎる、こっちはそろそろ帰港のための日程と航路を相談していたところだぞ。

 

 あまりにも氏の押しが強いため、「未だ洋上だ」と突っぱね続ける提督も辟易としたらしく、直ちに帰港するよう命令が入った。2週間の訓練期間に加えて移動時間というロスタイムを加える予定だったが、叶わないようだ。

 あまり気が進まないが、軍曹の提案を受け入れざるを得ない。

 

「軍曹、予備として使えるはずだった移動時間が短くなった。非常に残念だが君の意見を採用しようと思う」

 

「ようやく決心がついたようで何よりです。して、あと半日もしないうちにキィエールですが、いかがいたしましょう」

 

 軍曹は私が見て分かるほど上機嫌だ。

 成果が見えない上に戦力に繋がっているように思えない編隊飛行訓練だ。カッコいい航空魔導師を夢見て入隊したら、軍艦に放り込まれて無意味な訓練に付き合わされていると思い込み、ストレスをため込んでいてもおかしくない。先任として部下を宥めるのも大変だったのだろう。

 だからと言って、今からの訓練が優しくなるわけではないのだが。

 

「キィエール上空まで無着艦で訓練を行う。諸君らは編隊を組んだ後、私に演算宝珠の権限を委任するだけでいい。後は振り落とされないように宝珠にしがみついていれば母港だ」

 

 

 

 軍曹ら先任下士官に命じて、やる気のない新兵達を無理やり巡洋艦上空に連れて来させた。不平不満が顔に出ている彼らであったが、訓練内容を伝えると急にパァッと明るくなる。何という現金な奴らだ。

 

「合図と共に自分の演算宝珠の管制権限を私に譲渡、そのまま軍港上空まで訓練飛行を行う。良いな?」

 

 念のため最も重要なことを伝えるが、浮かれた彼らにはどうも伝わってないようだ。

 20世紀初頭とは言え、魔法が飛び交う世界でリテラシーの低い部下を持ちたくはない。自分の宝珠(デバイス)の管理者権限を渡すことが何を意味するか、体で覚えてもらわなければ。

 

 宣言通り、秒読み終了と同時に全員の演算宝珠にアクセスし、あっさりと管制権限を取得。

 予測はしていたが、脳髄に流れ込んできた10人分の飛行術式の負荷は相当量だった。この神造ボディでさえ、ガツンと頭を殴られたような衝撃を受け、気が付いたら目の前に海面が迫っていた。

 頭に余計な思考が走っていると管制が覚束ないので全て放りだし、全力で引き起こしにかかる。隣で軍曹を始め部下が何か叫んでいるが全部無視、それどころじゃないんだ。

 人類が耐えられる限界までプラスGを掛けながら、海面スレスレで引き起こす。悪いな、君達の分どころか私の分さえ対G術式を組んでいる余裕はない、軍人の端くれなら物理で耐えてくれ。

 

「殺す気ですか!!」

 

 何とか水平に持ち直したところで、ようやく軍曹の叫び声を聞き取ることが出来た。この灰色の脳みそがウェルダンになりかけたのだから、こちらの心配をして欲しいところだ。

 

「結果オーライだ、軍曹。皆生きている」

 

 ざっと見渡した限り、海に還った者もGで首が逝った者も居なさそうだ。宝珠の上でグロッキーになっている者は多いが、悪態を吐く余裕がある。どちらかかというと、余裕が無いのは私の方だ。

 単純な水平飛行で何とか周りに気が配れる程度、旋回等の複雑な機動をすれば直ぐに脳みそがパンクしてしまうだろう。

 それもそのはず、自分1人だと気にならない飛行術式をイチから構築するのも、流石に10人分となると大事である。脳に負担を掛けない、選択するだけで発動するようなインスタント術式が欲しいところだ。

 

 ところで、魔導師用に支給されている小銃は歩兵用のものと異なり、攻撃術式発現用のアシスト機能が付いている。平たく言えば、「光学術式を撃とう」と思えばわざわざ宝珠で術式を組まなくても、小銃にプリセットされている術式に魔力を流し込めば発現してくれる機能だ。

 宝珠側には何のプリセットも用意されていないが、元々陸軍の宝珠は小さいサイズの中から出力を目一杯絞り出す設計思想のため、その余裕が無いのだろう。反面、デカいだけが取り柄のコイツなら詰め込めないこともない。

 

 休憩の名目の下しばらく水平飛行を続ける間、適当なプリセットを演算宝珠の空き領域にセットする。

 あのカツカツの陸軍式演算宝珠と同等の演算能力を謳いながら、随分と空き領域が多い。10人分の編隊飛行なら余裕をもって使用できるだろう。唯一の不安は、この空き領域を一般ユーザが使用して良いものなのか分からないことだが、今の所問題ないのでヨシとする。

 

 

 

***

 

 

 

「酷い訓練だった」

 

 キィエール軍港に帰還し、ブランデンベルガー中尉がヒッパー提督に呼び出されたのを良いことに、部下達が公然と愚痴を言う。

 

「あの容姿でなければ付いて行ってないよ」

 

「違いない。見た目だけは最高だ」

 

 イエローの実験で上手く行ったからと言って、帝国で同じ発想を用いた訓練を実施すればどうなるか分かっていたことだが、中尉には伝わらなかったようだ。

 もっとも、背後から撃たれないのは、本人の言う"神造の容姿"が寄与しているのかもしれないが。

 

「コンラッド軍曹は中尉の極東出向にも付いて行ったらしいじゃないですか。どうです、2人だけだったら何かイイ事無かったんですか?」

 

 眼福なイベントはあったとはいえ、四方八方に迷惑を掛けながらだったので、一緒にいる身としては冷汗が途切れなかった。楽しめる状態ではない。

 

「今と何も変わらんな」

 

「ですよね、中尉は何かとガードが堅い」

 

 こいつらの目はガラス玉か何かで出来ているんじゃないのか。脇が甘すぎてこっちはひやひやしているんだが。

 

 

 

 そんな馬鹿話は、当のブランデンベルガー中尉のノックによって遮られた。もう提督達との打合せが終わったのだろうか。

 一応上官なので起立し、一番扉に近い奴に目配せして開けさせる。

 

「諸君、楽にして良い」

 

 入室した中尉は開口一番そう言うが、誰も動かなかった。

 皆、中尉に目を奪われていたのだ。

 

「どうした? 掛けて良いぞ」

 

 自分だけ妙に自覚の乏しい中尉が再度声をかけるが、皆が気にしているのはそこではないのだ。

 当然の如く誰も答えないので、間を埋めるためにも自分が声を出す。こんなことをするために、極東くんだりまで付いて行ったわけではないのだが、変な能力ばかり身に付いた自分を少し恨んでしまう。

 

「訓練の後はお色直しですか?」

 

「あぁ、新しい軍服だ。活動写真撮影の前に、その説明も行う」

 

 時代遅れの海軍歩兵式軍服に袖を通していた頃でさえ、その"ダサさ"を貫通してなお「神造の美」に恥じない容姿だったのだ。あの胡散臭いカメラマンが持ってきた今風のデザインのものを身に付ければどうなるか、火を見るより明らかだった。

 

 新しい軍服はかつての戦列歩兵の代名詞であった"ライヒスブルー"から、黒とネイビーブルーを基調に白をアクセントで加えたものとなっていた。

 艦上で行動することを考え、海軍歩兵よりは水兵や海軍将校のものにテーマを近づけたのだろう。海上勤務の軍服が詰襟を廃したのと同様、こちらの軍服も開襟として着用することもできるようになっていた。

 生地も無駄に分厚くゴワゴワした旧式のものから、薄く機能的なものに洗練されており、身体の線が出やすくなっている。こと中尉に関しては大問題だと言えよう。

 

「良い生地なのでしょうが、これで上空を飛ぶのは気温的な意味で不安ではないでしょうか」

 

 後から運ばれて来た軍服を受け取りながら、何とかカバーできないか考える。

 せめて上着があれば周囲の被害は軽減できるのだが。

 

「服装規程も更新され、軍服の上にフライトジャケットを羽織ることが可能だ。支給はされないから、好きなものを着ると良い」

 

 なお、今回の撮影ではそのフライトジャケットは使用しないとのことだ。意味がない。

 まぁ、この中尉の下に配属されてしまった以上、慣れるしかないのだろう。彼らが退役後、普通の女性に目移りできなくならないよう祈るしかあるまい。

 

「軍服を受け取ったら袖を通してサイズ確認を行え。合っていない状態でフィルムに映りたくはないだろう?」

 

 確かに、そんな状態で活動写真に出たくはないだろう。

 そこの女優モドキはともかく、普通の人間にとっては一世一代の大舞台だ。

 

「中尉の軍服は大丈夫そうですが、既に衣装直しをされたので?」

 

「さっきポスター用の写真を撮る際にな。まぁ、私に掛かればどんなサイズの服も着こなせるさ。なに、それとも着換えが気になったのか? 見てもいいが、高くつくぞ」

 

 そういうところが良くないんだ、と言いたいのをぐっと飲みこむ。

 

「いえ、遠慮します」

 

 

 

 あれほど帰港を急かしたにもかかわらず、活動写真の撮影は延期されていた。

 原因は我々海兵魔導師にではなく、発案者のケットナー氏にある。

 

 彼は軍服を着たブランデンベルガー中尉や部隊の面々を見て絵的に満足していたものの、演算宝珠を見ると顔を顰めた。曰く「デザインが魅力的ではない」とのことだ。

 急遽ハインツ&カール社から設計主任のバッヘム技師が呼び出され、演算宝珠の設計変更が依頼された。変更箇所は演算宝珠のシルエットの大部分を担う宝珠核廃熱板と自動砲カバーであった。

 バッヘム技師は「自動砲のカバーは何とでもなる」と請け負ったものの、宝珠核廃熱板の設計変更には抵抗した。「性能に影響する部分であり、直ちに変更できない」とのことだ。

 しかし、ケットナー氏は「活動写真を直ぐ撮りたいから、指定の形状に削ってくれ。正規の形状変更は後で良い」と強引に事を進めたがった。実際に演算宝珠を扱う中尉は苦言を呈したものの、面倒ごとを避けたいヒッパー提督の了承もあり、応急的な改造を施すことになり、全員の演算宝珠が海軍工廠へ預けられることとなった。

 そうしてできた時間で、サイズの合っていない数人分の軍服の手直しも行われた。

 

 工廠から帰ってきた演算宝珠は、粗削りだが放熱板が陸軍式のものと同様に鳥の翼をモチーフにした形状に加工されていた。

 ケットナー氏曰く陸軍同様鷲がモデルだそうだが、華々しい対魔導師用の戦闘訓練を一切していない我々は「カモメの方が良かったのではないか」と思わずにはいられなかった。

 

 

 

 新品の軍服と改造宝珠で挑んだ活動写真撮影は途中まで順調に進んでいた。それもそうだ、ブランデンベルガー中尉以外はただ演算宝珠に跨っているだけで良いのだから。

 

 カメラを持って編隊の周りをぐるぐる飛び回るケットナー氏は、矢継ぎ早に中尉に指示を飛ばし、それを受けて我々は編隊を組み、旋回し、散開した。

 ケットナー氏は即席の海兵魔導師隊が高度な編隊飛行を実現したことに驚き、そして褒め称えていたが、そのトリックが露呈するのは時間の問題だと思われた。一応、中尉は我々に対して個々の行動の前に指示をする()()をしているものの、受ける部下側がカメラに緊張して中尉の方を向いていないからだ。

 

 もっとも、その心配は途中から別の問題によって上書きされた。

 

 編隊飛行中、唯一フル稼働している中尉の演算宝珠の宝珠核が徐々に光を持ち始め、時間と共に眩く爛々と輝きだした。熱暴走であることは明らかだ。

 ケットナー氏は「幻想的な光景だ」と興奮してカメラを回し続けていたが、編隊の後方でその熱風を受ける我々はたまったものではなかった。しばらくはカメラの手前我慢していたものの、滝のように流れる汗を拭うため、演技に支障をきたし始めた。

 ケットナー氏からは「気合が足りない」だの「陸軍では云々」だの小言が飛んできたが、生理現象は如何ともしがたい。

 当の中尉からも演算宝珠の挙動がおかしいとの声が上がり、撮影は一旦中断して休憩となった。

 

 

 

「残念だが撮影はここまでだ」

 

 休憩時間終了間際、ブランデンベルガー中尉が皆にそう伝えた。

 地上に戻った際、中尉は駆け付けたバッヘム技師と何か話していた。きっと、あの熱暴走が良くなかったのだろう。先程まで中尉は我々同様演算宝珠を手にしていたが、戻ってきたときには手ぶらだった。

 

「無理に放熱板を削ったのが良くなかったのだろう。バッヘム技師からの助言で、改善されるまでHK211演算宝珠の運用禁止が決まった」

 

 あのデザインを維持したまま以前の性能を発揮するためには、海軍工廠ではなくメーカー引き取りとなる大規模な改修が必要だそうだ。我々の演算宝珠もH&K社に引き渡すように、との指示が下った。

 

ケットナー氏は「理想にはまだ遠い」と文句を言っていたものの、ヒッパー提督の「今ある映像で完成させろ」との鶴の一声で大人しくなった。提督もいい加減うんざりしたのだろう。

 まぁ、彼も軍人だ。完璧を目指すより手持ちのモノで何とか形にする大事さは理解していると思われる。

 しかし、そもそもこんなところに理想の被写体が転がっている方が根本原因ではないだろうか。何もかも中尉が悪い。

 

「それで、これからどうします?」

 

「休暇だ軍曹、宝珠の無い魔導師はただの人だ」

 

 中尉の口から「訓練」の言葉が出そうになったら膝の裏でも蹴ってやろうかと思っていたが、意外なことに常識的な指示が出された。

 

「しばらく訓練漬けだったからな。里に帰って親御さんに顔を見せると良い」

 

 ええ全く、その通りで。

 

 

 

***

 

 

 

 魔導師の価値は様々だが、一つに絞るのであれば"飛べる"ことだろう。

 宝珠を失って飛べなくなった魔導師など、ただの高価な歩兵に過ぎない。アドリア海の豚もそう言っている。

 

 もっとも、ここの所母艦をローテーションしながらぶっ続けで訓練を行っていた所為で、「ブラックだ」との口コミが広がるのを恐れたというのもある。せっかく宣伝を打つのに、当の本人たちの口からマイナスイメージが発せられては意味が無い。

 確かに連勤は続いたがそれは上官たる私も同じだし、何より艦上勤務とはそんなものだ。度が過ぎないよう長期休暇を挟むことで、年単位で見ればホワイトになる。

 

 コンラッド軍曹ら下士官・兵を順次シャバに送り出し、ついでに自分も提督に休暇申請を行ったところ、相当量の事務作業が押し付けられた。曰く「海上に居た期間に溜ったモノ」だという。何というブラックな上官だ。

 

「我が艦隊の士官魔導師は貴様しか居らんのだから仕方ないだろう」

 

 人材不足も甚だしい。

 さっさとマトモな人間を士官学校から引っ張ってきてほしいところだ。

 

 こんな事なら軍曹だけでも置いておくべきだったかと後悔しながらなんとか片付け、念願の休暇申請に辿り着いたところで提督からありがたい一言をいただく。

 

「外に出るなら顔を隠すことだ。貴様が士官室に籠っている間に巷は騒がしくなった」

 

 

 

 ケットナー氏は材料が足りないとボヤいていたにもかかわらず、何時編集したんだと言わんばかりの速さで上映用フィルムとついでの募兵用ポスターを納入した。フィルムは焼き増しされた上で各地の映画館へ上映前広告の一環として配布され、ポスターも全ての海軍募兵所に十分な数が行き渡るよう送付された。

 これで1人でもマシな魔導師が来るようになればいい、そう広告の効果に半信半疑だった海軍にもたらされたのは、まったく別種の報告であった。

 

 ポスターの盗難である。

 

 ある募兵所では、外に張り出したポスターを目にした通行人が足を止めるのを見て効果を実感していたところ、翌朝には無くなっていたという。何度貼り直しても盗まれるため、外に張り出すのを止めて目の届く屋内に掲示せざるを得なかった。

 もっとも、そんな募兵所はまだマシな部類で、酷い所は内部犯による盗難により掲載すらされなかった。地元の募兵所に掲載が無いことに怒った住民からの通報で発覚するほどだ。

 

 

 

「同様に活動写真も大人気だ。海軍の窓口には映画会社からの電話が殺到している、"あの女優は誰だ"とな」

 

 思ったより大事になってしまったようで恐縮である。

 ただ、責任はケットナー氏を雇ったヒッパー提督にあるので、私を責めるのはお門違いというものだ。

 

「それで、もう止めるのですか?」

 

「ターゲットではないが水兵の志願者はここ数日で先月分を越えておる。止める理由などない」

 

 魔導師はその入り口が幼年学校又は士官学校に限られており、通年募集ではないから効果が判明するまでには時間を要する。

 しかし、代替の指標となる水兵の志願者数に良い傾向が表れているのなら、魔導師も同様だと見積っているのだろう。

 

「懸念事項は貴様が女優に転職しないか、ということだ」

 

「魅力的な提案ではありますが」

 

 やり方しだいで海兵魔導師より稼げるだろうが、帝国本国に滞在する必要が出てくる。

 大戦末期には西から飛んでくる戦略爆撃機が都市という都市を破壊するだろうし、東から大地を埋め尽くす労農赤軍がなだれ込んでくるだろう。

 その時ただの女優という肩書はあまりにも心もとない。魔導師の良いところは演算宝珠による最低限の自衛能力と行動能力があることだ。その気になれば海峡を越えて亡命も出来る。

 

「落ち着くまではこのままでいようかと」

 

 大戦さえ終わって神が満足すれば晴れて自由の身だ。身の振り方はその時考えても十分間に合うだろう。

 

「それを聞いて安心した。休暇は了承しておこう」

 

 ひょっとして辞めるなら休暇なしだったのか?

 




本当はもう少し区切りの良いところまで書ききるつもりでしたが、これ以上(文章量と前話からの空き期間が)長くなるのも微妙なのでいったん投稿しました。
リアル事情で長期にわたって長文を書く必要があり、脳内常駐タスクから執筆.exeを削除したら、再起動時にめっちゃ時間かかるという...

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