「銀翼突撃章?」
「ノルデンの戦闘で生前授与された陸軍の魔導師が居たらしい。本土はその話で持ちきりだ」
協商連合の封鎖線から艦隊主力を引き上げてしばらく。帝都の海軍省への報告から戻ってきたヒッパー提督は、そんな土産話を持って帰ってきた。
そもそもそんな勲章を知らないので提督に質問してみたところ、帝国の中でも上から数えた方が早いほど有名な勲章だと、呆れ混じりに答えが返ってきた。
曰く、着弾観測任務中、警戒線を突破してきた敵魔道中隊に対して、背後の砲兵隊を守るため単騎交戦。救援が駆けつけるまで戦闘を続け、重傷を負いながらも複数の敵魔導師を撃墜したとか。
凄まじい武勇だが、そもそも私はそんな地獄から逃れるために海兵魔導師をやっているのだ。
まさか、同じことをやれとは言わないだろうな?
「まぁ、君らには期待せんがな」
最悪の回答ではなかったものの、対敵魔導師全力逃亡ドクトリンは相変わらずお気に召していないらしい。
「一対多はこなせませんが、1人と刺し違えるくらいなら可能です」
やらないけど。
「誰も死ねとは言っておらん。貴様が死んだら誰が艦隊の目となるのだ」
「提督も人が悪い」
意外にも買ってくれていたようだ。
努力が認められたようでちょっと嬉しい。今なら多少の無理は聞いてしまうかも。
「だから貴様を鍛えてやる。喜べ、陸軍教導隊から航空魔導師が出向してくださるそうだ。1000kmを無着陸飛行可能なその鋼鉄の意志で対魔導師戦も修めたまえ」
やっぱ無しで。
しかし、提督は「陸軍教導隊から航空魔導師が海軍に出向」と言ったが、そう簡単に陸軍軍人が出向に応じるものだろうか。
前世の現代のように民需が経済を牽引し、軍人の肩身が狭いのであれば陸海軍はある程度協力するかもしれない。しかし、今世のように軍需が経済を牽引している状況では、予算と言うリソースを奪い合う陸海軍の仲は険悪なのが一般的だ。
特に、帝国はその成り立ちから陸軍高官のほとんどを貴族出身者が占めており、高官も含めて平民だらけの海軍と構成人員の出身階層が大きく異なる事も大きいだろう。
それに、陸軍の教導隊と言えば、魔導師の中でもエース中のエース。エリート中のエリートが集うところ。どうせミドルネームに"von"が入っている連中ばかりなのだろう。
そんなお高くとまったお貴族様が、磯臭い海軍に出向してくるものなのだろうか。
あるいは、そんな貴族クラブから追い出されるような
そこまで思いをはせた後、提督に一言問いただす。
「提督、教官の経歴をご教示いただきたく」
「……能力に問題はない」
何だ今の間は。
「我が海兵魔導師隊の教導に来るのであれば、その指揮官である私には出向者の経歴を知る権利があるはずです」
「陸大12騎士の1人で、このノルデン戦線で6人撃墜のエースだ。これで文句無いだろう!」
訝しむ私が詰め寄ったところ、提督は声を荒げて話を終わらせようとした。疑惑は深まった、どころの騒ぎではない。
提督を逃さないよう執務室に扉側をキープしつつ、ジリジリと詰め寄る。
「そんな人間がタダで
「今言ったことが全てだ! 見る必要などない!」
当の陸軍航空魔導師に関する書類を大事に抱えたまま逃げ切りを図る提督。もはや強硬手段しかあるまい。
一気に距離を詰めて背中に抱えた書類を奪いにかかる。左右どちらに逃げられても良いように、正面から迫って両側から手を伸ばす作戦だ。
提督は逃走方向を決断できなかったのだろう、壁際に押し込むことが出来た。提督の背中に両手を回して件の書類を奪い取ろうとするが――。
――ん?
「……今憲兵を呼んだらどうなるか分かりますか?」
ちょっとどころでは無いくらい不味い体勢だがピンチはチャンス。
未だ書類を手放さない提督に対して精神攻撃を掛ける。なるべく妖艶な声を出そうと思ったが、胸が潰れてくぐもった声しか出せなかったのは秘密だ。
「貴様の低俗な行動など海軍中に知れ渡っておるわ」
「じゃあ賭けてみます?」
扉が開いた瞬間、予備の演算宝珠を起動して体勢をずらして提督が馬乗りになるようにすれば、たとえどんな背景があろうと言い逃れは出来まい。私の勝ちだ。
もちろん、提督をつまらないスキャンダルで失脚させるつもりは毛頭ない。可能な限り、早急にその書類から手を放してもらって穏便に解決したいところだ。
私の勝ち筋を読んだのだろうか。
巨大な溜息と共に提督は書類を床へと放り投げた。
「ジゼラ・フォン・アルデンブルク。陸軍航空魔導中尉、陸大第20期第11席」
添えられた顔写真は見事な金髪縦ロールだ。こんなものは創作の中でしかお目に掛ったことが無い。恐らく12騎士としての “von”ではなく生粋のものだろう。
後は変な家ではないことを祈るだけだが。
「提督、この“アルデンブルグ”はまさか……?」
「そのまさかだ」
まさかだ、じゃないが。
小さい方とは言え、旧神聖帝国構成国の1国を治めていた血筋の人間がガチの兵隊やってて良い訳ないだろう。そう言うのは名目上の軍務奉仕とやらでいいんだよ。
地味に戦闘理論・実戦に「優」が付いている。可愛い顔してゴリラの一族だったか。
何とか怪しさ満点の経歴を暴く糸口を探すが、書類上は完璧だった。ただし最後の1文を除いては。
「“素行に難”とは一体何を指しているのでしょうか?」
「高貴な御方については、そのような記載のされ方になる場合がある」
ボカすなよ。受け入れるこっちは真剣なんだぞ。
「提督は何かご存じありませんか?」
帝都まで行って直接交渉したのだ。書類に書けない事情を知っていてもおかしくはない。
またダンマリを決め込もうとする挙動が見えたので、こちらが一歩踏み込むと即座に観念した。
「……主として貴様に関することだ」
曰く、私の募兵用ポスターやフィルムをどこからか入手しており、兵舎内の自身の居室に無断で張り付けている。
曰く、私の募兵所行脚スケジュールをどこかから把握し、それを追いかけるため軍務を無断で欠席しようとした。
曰く、毎晩私の名前と共に嬌声を発するため、壁の薄い兵舎では同隊の人員に
「変質者、あるいは性犯罪者予備軍の間違いでは?」
「口を慎め、一応青い血を引く御方だ」
否定はしないんだ。
提督の表情からしても、戦技教導官を求めたらこんなゲテモノが出てくるとは予想してなかったのだろう。教官派遣の話を纏めてから後出しで明かされたのかもしれない。
「“素行に難”どころか大問題です。我が隊の規律が乱れかねません」
「貴様がそれを言うのか」
失礼な。私ほど品行方正な海軍士官は居ないだろう。
***
ヒッパー提督を始め艦隊幕僚達が海兵魔導師隊の能力に不満を持っているというのは、ブランデンベルガー中尉から直接聞かなくとも漏れ聞こえている。
確かに、この第二偵察艦隊付海兵魔導師隊が発足してから、一切対魔導師戦闘訓練を行っていないのは自分でもどうかと思うのだが、一方で空前の長距離作戦行動能力を会得した実績も上げており、只の一兵卒では評価が難しい。
「中尉の“敵魔導師を見たら逃げろ”の指示は正しかったわけだ」
兵卒用の休憩室で、かつて連合王国に偽装した船団から迎撃された魔導師が笑う。
指示通り逃走し、敵が諦めたら取って返すという低レベルな戦法で部下の受けは最悪だったが、敵魔導師は護衛という任務の都合上、船団から離れられないという制約もあり、意外と有効に機能していた。
なにより、我々指揮分隊が駆けつける時間を稼ぐことができ、兵の損失が避けられている。この点は評価すべきだろう。
「敵船を探す。敵魔導師がいれば逃げ、付かず離れずの距離を保つ。船団への攻撃は艦隊に任せる。
飛ぶ距離はしんどいが、これで戦争が終わるんだったら楽な商売だ」
「馬鹿か貴様。レガドニアやアルビオンがいつまでも同じ手に掛かってくれると思っているのか」
兵達は楽観視しているが、敵が学習し、例えばより多数の魔導師を船団に配置したり、あるいは初めから高度有利を得ておくような上空哨戒をされると今の我々では手出しが出来なくなる。
提督達の危惧も理解できるのだ。
平時であれば、長距離作戦行動能力を会得した後から戦闘訓練を行っても問題なかっただろう。しかし、既に戦時下に突入してしまった今となっては、我々魔導師を艦隊から剥がして長期間訓練に投入するのは困難だ。
「では軍曹、今更訓練を実施すると? まぁ、後方に下がれるのであれば、こっちとしては万々歳ですが」
とはいえ、艦隊幕僚達の不満の声は大きく、これを放置出来るとも思えない。
実際、提督は海軍省から戻り次第、中尉を呼び出している。どうせ、なんらかの対策を打たせるつもりなのだろう。それが、お茶を濁す程度のものなのか、本腰を入れて行うほどのものなのかは分からないが。
「さぁな。だが、提督が帝都から戻ってすぐ中尉を呼び出した。我々を遊ばせておくつもりは無――」
そう言い終える前に、休憩室の電話が鳴った。
ワンコールで拾い上げると相手は件の中尉殿で、内容も噂の対魔導師戦闘訓練であった。
***
「お慕いしております!! お姉様!!!!」
我が海兵魔導師隊に
間一髪躱すと、陸軍魔導師隊のトレードマークである携帯型演算宝珠を起動したのか、慣性を無視した軌道でバランスを取って身を立て直す。
そして、部屋の中を見渡すと、ここがキィエール軍港内のヒッパー提督の執務室であることを思い出したようで、突入時に少し乱れた服装を整えた。
「……と、教導隊から出向いたしました、ジゼラ・フォン・アルテンブルクと申します。陸軍では魔導中尉を拝命しておりますわ」
済ました表情と口調で淡々と自己紹介しているが、既に全然取り繕えていないからな。
想定どおりの人材が来たと半ば達観しているヒッパー提督はもちろんのこと、私の従卒として付いてきたコンラッド軍曹など、口の中で苦虫入りのガロン瓶がひっくり返ったような表情だ。
「アルテンブルク中尉。高貴な身分であられる貴官に、我が第二偵察艦隊付海兵魔導師隊への出向に応じていただけたこと、艦隊を代表して感謝申し上げる。
だが、艦艇というのは益荒男共の巣窟だ。素行にはくれぐれも注意していただきたい」
開口一番、“素行に難”のあるアルテンブルク中尉に釘を刺すヒッパー提督。
その視線がアルテンブルク中尉を見た後、なぜかこちらに向いたように感じたのは気のせいだろうか。
「ご心配には及びませんわ。私が貴艦隊の水兵の皆様を誘惑することも無ければ、
そう、姿勢を正して自慢げに言い終わるや否や、私が瞬きをした隙に私の懐に潜り込んでいた。
「私の想いは
私より少し小柄なアルテンブルク中尉が、その見かけからは想像もつかないような力で私の腰をがっちりホールドすると、私の双丘に頬を擦りつけてきた。
やめろ、その豪勢な縦ロールが暴れて色々なところに刺さる。
「スゥーーーーッ……あぁ、これが生の
その体に流れる青い血は年月を経て腐ってしまったのだろうか。
あの連合王国の
変な気分になってくる前にこの変態を無理矢理引きはがさなければならない。しかし、この変態はゴリラ育成学校で12騎士に選ばれるような生粋のゴリラだ。魔導無しの私の力ではビクともしない。
「軍曹、この変態を引きはがして拘束してくれ」
そんな上官の苦境を前にして、忠実なる部下は真剣な顔で問いかけてきた。
「どちらの変態を?」
覚えていろ。訓練と称して北大西洋のど真ん中に放置してやるからな。
***
「総員傾注!」
キィエール軍港の側の練兵場にコンラッド軍曹の声が響いた。
綺麗に整列した第二偵察艦隊付海兵魔導師総勢17名の前に、私が歩み出る。
「諸君も知ってのとおり、我々海兵魔導師隊が対魔導師戦闘能力を欠いていることについて、ヒッパー提督以下艦隊幕僚は酷く憂慮されておられる」
一応真剣に言ったつもりなのだが、冗談だと受け取ったらしい一部の部下から失笑が漏れる。
残念ながら遊んでいる場合ではない。秋津洲でボコボコに扱かれた私と違って、貴様らが文字通り敵魔導師の的にしかならないのは紛れもない事実なのだから。
部下のリアクションを無視したまま目線だけそちらに向けることしばらく。根負した部下がバツの悪そうに俯く。素直でよろしい。
「そこで、我が海兵魔導師隊に陸軍航空魔導師が出向してくださることとなった。
紹介しよう、ジゼラ・フォン・アルデンブルク陸軍魔導中尉。教導隊所属かつノルデン戦線で6人撃墜の本物のエースだ」
視界の端に映る金髪縦ロールに目線をやると、待ってましたとばかりに歩み出て私の隣に並んだ。
いや、近いんだよ。縦ロールが刺さる。
「ご紹介にあずかりましたジゼラ・フォン・アルテンブルクです。陸軍では魔導中尉を拝命しております」
部下達を見定めるようにゆっくりと視線を動かしたかと思うと、最後に私の方に向き直り、その高貴な造形を溶解させる。
「そしてブランデンベルガー中尉のファンクラブ会員ですの。会員番号は1番ですわ」
いつの間にそんなものを。
恐らく彼女がその地位を乱用して作ったのだろう。会員番号1番は創始者でもない限り不可能だ。どこぞの政党の様に501番から始めて水増ししなかっただけマシかもしれない。
「お姉様……いえ、ブランデンベルガー中尉が陸軍にいらっしゃらないことを嘆かなかった日はありません。陸軍にいらっしゃれば、私以下精強な魔導師隊がお姉様の玉肌や貞操をお守りすることが出来ます。ですが、軟弱な海兵魔導師隊に同じことが出来ましょうか? 私は幾度もお姉様を陸軍にお連れするようありとあらゆる手段を講じましたがそれも叶わず、ならば私から海軍に赴こう、そして海兵魔導師隊をお姉様の盾として鍛えようと、この場に立つことといたしました」
中々に恐ろしい事を言う。
青い血の力、それも旧神聖帝国構成国の統治者一族のような上位の力で陸軍に引っ張られるなど、地獄の陸戦から逃れようとしているこちらの努力を踏みにじる様な行為だ。断じて許されることではない。
部下達も8割は聞き流したであろう長文のとおり、彼女の頭がおかしいと判断されて関係者に相手にされなかったのが幸いだ。その彼女を海軍に厄介払いしたことは咎められるべきだが。
「――それで、この中で最も強い方は? 海軍魔導師隊がお姉様の側を固めるに値するか、測ってさしあげますわ」
残念ながらここにいるのは頭のネジの飛んだガチ恋オタクではなく、ヒッパー提督が産廃処分場から何とか選別した比較的マシな一般魔導師。初期は肉欲に満ちた目線を向けてきた者も多かったが、長距離作戦行動訓練に連れ回しているうちに大人しくなった。
彼女なりの――とは言え180度間違った方向の――演説が部下達に響いていないことに気付いたのだろう。長文演説を右から左に聞き流している部下達に対して、実力行使に出ることにしたようだ。
とはいえ、部下達の対魔導師戦闘能力は五十歩百歩、それも0に近い方だ。アルテンブルク陸軍中尉の言葉を受けてそれぞれ目線を右往左往させるが、直ぐに決まるそぶりは見えない。
強いて言えば、コンラッド軍曹を始めヒッパー提督子飼いの三羽烏がマシな方だろうか。先程の軍曹の不敬の腹いせに、軍曹を推薦してやろう。
そう、考えて口を開こうとした矢先、当の軍曹に機先を制された。
「アルテンブルク中尉殿。我々偵察艦隊付海兵魔導師隊はその創設以来対魔導師戦闘訓練を実施したことがありません。強い/弱い以前の問題かと思われます。
対して、ブランデンベルガー中尉は秋津洲駐在武官の際、皇国陸軍魔導師より対魔導師戦闘訓練を受けております。したがって、我々偵察艦隊付海兵魔導師隊で最も強い魔導師は、ブランデンベルガー中尉になるかと」
コンラッド軍曹の上官売却に、アルテンブルク中尉はしばし絶句していたものの、気を取り直したのかこちらに向き直った。
「それは大問題……ですが、好都合。お姉……ブランデンベルガー中尉、お手数ですがお相手を。魔導師というものが何であるか、海軍の皆様にお見せいたしますわ」
キィエール軍港沖、訓練海域。
対魔導師戦闘訓練であれば別に艦艇を借りるまでもない。ギャラリーはその辺を飛んでおけ。椅子など不要だ。
起動しているのは随分馴染んできたHk211型演算宝珠ではなく、偵察艦隊付海兵魔導師隊では予備兵装となった従来の懐中時計型演算宝珠。押し込んだ胸元で懐炉の如くほのかな熱を持っているのを感じ、そういえばこんなものだったと幼年・士官学校時代を回想した。
そして手には小銃、腰にはいつぞやの秋津洲製軍刀をサーベル外装に誂え直したものをぶら下げる。
対するアルテンブルク中尉は演算宝珠以外丸腰。
これで十分ということだが、実際そうなのだろう。
射撃の成績はパッとせず、白兵戦の成績に至っては下から数えた方が早い自分と、陸軍有数のゴリラ。これくらいハンデがあってもなお追いつかない壁というものがある。
「それでは、始め!」
コンラッド軍曹の宣言と共に模擬戦開始。
一切の遠慮なく、小銃を構えて光学術式を投射する。
「良くご覧になって。これが乱数回避――」
術式が彼女の下に到着する直前、アルテンブルク中尉は慣性を無視したような、まるで直角にも見える複雑な軌道変更を繰り返す。
いや、私も士官学校で習ったが、乱数回避は敵魔導師の照準予測線を狂わせるために軌道の進行方向をランダムに振るだけで、あんなに軌道を編み絡めるものじゃなかったぞ。
エースの魔力と軽快な宝珠のなせる名人芸だ。
「――そしてこれが光学
多い!
士官学校では2~3のデコイを出現させることが出来れば合格だったのに対して、アルテンブルク中尉のそれは両手の指で数えることが出来るかどうか。
しかも、それらが全て魔導刃を展開して突撃してくるのだ。
真剣で良いといったのは貴官だ。実力差から無いとは思うが、万が一があっても恨むなよ。
急に縮まった彼我の距離から小銃は役に立たないと判断してギャラリーの方に放り投げ、代わりにサーベルを抜刀。突っ込んできたアルテンブルク中尉の内一体を袈裟斬りにするが、その姿は幻の様に揺らりと消えた。
「残念、ハズレですわ」
いつの間にか真後ろに回り込んだアルテンブルク中尉に拘束され、妙に甘ったるい声が耳元で発せられる。
だから近いって。
「帝国軍の魔導師は火力はもちろんのこと、その火力を発揮するための機動力をも持ち合わせてこそ。宝珠に自動砲を装備させている連合王国や重防御を施している共和国の魔導師に対して遠距離射撃戦は不利ですわ。
他方、中近距離戦闘では取り回しに優れた小銃と小型宝珠による軽快な機動により、鈍重な連合王国・共和国の魔導師に対して優位にあります。
ブランデンベルガー中尉の光学術式――火力面は悪くありませんでしたが、機動力に関しては不合格。協商連合に居る自称義勇兵を相手取るためにも、皆様にはこれくらいは出来るようになっていただきます。」
縦ロールが襟元からうなじに入り込んでチクチク刺さる。
それに私を拘束している振りをして変なところを揉むんじゃない。やめろ、なんか探そうと指を動かすな。
模擬戦の役得を手放さないアルテンブルク中尉の鳩尾へ肘鉄を食らわせて引きはがし、若干乱れた軍服を整えて彼女に向き直る。
「流石だ中尉。しかし、貴官の理屈はあくまでも“陸軍式の演算宝珠”によるもの。諸外国の演算宝珠より出力に優れかつ軽量小型であり、それを基にした陸軍の戦闘教義は確かに強力なものだろう。しかし、それは演算宝珠の耐久性を犠牲にしたものだ。
たった数時間の連続稼働で術式の並列発動に難を抱えるほどに発熱し、半日も使い続ければ溶融する。そんなオモチャは海兵魔導師に必要なモノではない」
「・・・・・・ケホ、そんな野蛮な使い方、陸軍ではいたしません」
「では中尉、陸軍の様に都度宝珠を休ませるために降りてみるといい」
海の上だけれども。
水平線上には、建物の形状が視認できる程度の距離にキィエールの街並みが見えるとは言え、ここも立派な北海上空。季節にもよるがドボンと漬かろうものなら30分もせずに低体温症だ。
アルテンブルク中尉も気付いたのだろう。その双眸を眼下へと落とし、少し不服そうに口元が歪む。
「コンラッド! 我々の宝珠を持ってこい。陸軍中尉殿に海兵魔導師隊が何たるかをご理解いただこう」
「これは、中々重い宝珠ですわね」
コンラッド軍曹をパシってしばらく。彼から手渡されたHk211型演算宝珠を手にアルテンブルク中尉が呟く。
秋津洲で乗った連合王国製演算宝珠と比べると軽い方だと思うが、軽快な機動力による優位性が相対的に損なわれているのは確かだ。故に、陸軍式とは異なる戦闘教義が必要なのだが。
「――分かりましたわ」
コンラッド軍曹からHk211の使い方を聞いたアルテンブルク中尉は、準備完了と言わんばかりに宝珠に跨った。
さて、見知らぬ演算宝珠とは言え、アルテンブルク中尉にはコイツを使った戦闘教義を考えてもらわなければ。
仕切り直して、Hk211を使用して再度模擬戦を実施。お互いハンデは無く、装備は宝珠についている自動砲と小銃のみ。一応私に関しては軍刀もあるけれど、Hk211での想定戦闘距離で使うことはあまり考えられない。
彼我の距離が離れているうちに、自動砲により光学術式を放つ。
アルテンブルク中尉は従来の戦闘教義のまま戦うようだ。Hk211を格闘戦モードで運用し、乱数回避で光学術式を避けてみせた。
しかし、先程見せた稲妻のような軌道は見る影もなく、緩慢な曲線を描くだけ。これなら私でも当てられそうだ。
流石にアルテンブルク中尉も乱数回避だけでは避けられないと悟ったのか、今度は光学欺瞞術式も併用して回避を試みる。Hk211の広大なキャパシティは、両手の指に収まらないデコイを生み出した。
こちらは増速しつつ接近。機首の自動砲でデコイを数体かき消したものの戦果無し。格闘戦モードへの移行は行わずに、そのまま離脱する。
彼女はこの演算宝珠に慣れていないとは言え、陸軍のゴリラ相手に格闘戦など自殺行為以外の何物でもない。
どれほど距離を取れただろうか、と振り返って確認したところ、私の側を光学術式がすり抜けていった。
どうやらアルテンブルク中尉も巡航モードでこちらを追っていたようだ。
教科書通りの乱数回避で進路を振ってみるが、アルテンブルク中尉はしっかり合わせてくる。
私の飛行術式が放出している魔力残滓をしっかりとらえているのだろう。では少し小細工をしてみよう。
現在のHk211型演算宝珠は、
こと意匠面では手を抜くことを知らないケットナー氏は、羽一枚一枚を可動式にすると共に断面形状を航空機のそれに類似したものにするよう指示していた。
普通に使っている分には全く意味のない、プロパガンダ写真用の機能だと思っていたのだが、これが意外と馬鹿にできない。
ただの板でも適切な迎え角を取ればある程度の揚力を得られるところ、適切な形状のそれを利用したのであれば、飛行術式の出力に対して無視できない程の揚力を生み出すことが出来る。
つまり、「飛ぶためには飛行術式による推進力を得るしかない」との先入観を持ち、魔力残滓しか見ない魔導師を騙すことが出来るのだ。
「先程のはどのような手品でしょうか?」
アルテンブルク中尉との模擬戦を1勝1敗のイーブンに持ち込んだ後、彼女が尋ねてきた。
別に隠すことでもない。むしろ、陸軍式演算宝珠ではなく我々のHk211型演算宝珠によった戦闘教義を考えて貰わなければならないからな。
残念ながら私は理論派ではなく実験派。
ただ長く飛ぶだけであっても
「航空力学のちょっとした応用だ」
陸軍大学では将校の教養として各兵科――当然航空隊も含む――を学ぶらしい。
航空機に関する知見を既に有していたアルテンブルク中尉は、私の小細工を早速モノにしてみせた。流石元教導隊所属のエリート、凡才とは出来が違う。
私の伏せ札が無くなった3戦目は言い訳のしようも無い黒星。
これ以上負け越すのも癪なので、さっさと部下達の訓練に移ってもらいたいところだが、私が逃げるのに使える体のいい言い訳がない。
そう逡巡していると、キィエール軍港の方から高速艇が走ってきた。
「ブランデンベルガー中尉、ヒッパー提督がお呼びです」
流石提督、ナイスタイミング。変態を招聘したことによる減点を多少は軽減してやってもいい。
可能ならば、私を呼び出した用件が「彼女を陸軍に送り返す」等であれば尚良しだ。
***
「アルテンブルク中尉はどうだ?」
ヒッパー提督に呼び出されて何事かと思ったら、別に訓練後でもいいような話。
ただ単に私を訓練から遠ざけるために呼んでくれたのだろうか。いや、提督に限ってそんなことはあり得ない。どうせ、碌でもない話題に入る前のジャブと言ったところか。
「素行に難はあれど実力は本物です。精強で知られる陸軍航空魔導師それも教導隊所属のエースという肩書に嘘はありませんでした。今日初めて手に取ったであろうHk211型演算宝珠も、直ぐに問題なく乗りこなしております」
「そうか、それは良いことだ」
我々の相棒は
「――して、アルテンブルク中尉が長距離作戦行動能力を会得するのに、どの程度の時間を要すると考えているか?」
「は?」
なぜあの変態を海軍、それも私の家たる偵察艦隊付海兵魔導師隊に永久就職させるような話にすり替わっているのか。
「状況が変わった。多少難があるだけで駒を選り好みできるほど、贅沢は言ってられん」
提督は私の背後の扉に目配せした後、小さく手招きをした。
指示に従い、部屋の扉が閉まっていることを確認し、執務机に近寄る。
「簡潔に言おう。ノルデンの問題を解決するため、陸軍は動員を決定したらしい。既に、御前会議も通過しているとみていいだろう」
動員が決まった
確かに、動員は国家の最重要機密だ。
しかし、末端の実戦部隊とは言え、同じ国家の暴力装置の片割れたる海軍にその情報が届かないのは陸軍国家たる帝国の常か。
「実際の動員直前には海軍へも公式に通達されるだろうが、こちらの対応を考えれば情報は早いに越したことはない。
これが海軍情報部のカナリス提督からのレポートだ。ありとあらゆる情報が大陸軍の動員を示唆している。これは北方軍の増強程度ではない。陸軍は断固たる一撃をもってノルデン問題を解決し、協商連合に膝をつかせるつもりだ」
机の上に広げられたレポートを流し見する。どうせ私程度が知ったところで、神が望む
「ほぼ確実に、共和国やダキア、連邦が横槍を入れてくると思いますが」
「陸軍は“ダキアと連邦の動員速度は遅いため北方が解決次第の対応で良い”と考えているようだ。対共和国には、動員兵力の一部を西方軍に回して遅滞戦闘を行うつもりらしい」
さて、WW1を経験しておらず価値観が日露戦争で止まっているこの世界の欧州諸国――特にフランソワ共和国――は、どのように戦争を進めるのだろうか。
プラン17の様にフランス=ドイツ国境から馬鹿正直に東進してくるだろうか。
いや、そもそもベネルクス3国が無いのだから、シュリーフェン・プランの逆、すなわち低地地方から攻め入ったとしても史実ドイツがやらかしたような国際的な問題は生じない。
むしろ、低地地方はフランソワ共和国にとってアルザス・ロレーヌと同じ奪還すべき土地だ。主攻はこちらだろう。
とは言え、我が帝国軍も敵の共和国軍も機械化率は限りなく0に近い。この時代の主力は歩兵であり、輸送力の主力は人夫と馬匹だ。
共和国がシュリーフェン・プランの逆をやる場合、ドードーバード海峡沿いに最も長距離を進軍する部隊は、生物の能力を超越した行軍を行う羽目になる。すなわち、史実ドイツが失敗したように、フランソワ共和国の攻撃も低地地方を突破し切る前に戦線が膠着し、長い長い塹壕戦が始まるだろう。
私が見たところこの時代の航空機や戦車では、残念ながら塹壕陣地を突破して戦線を打開する程度の能力は未だない。
「多少は押し込まれるかもしれませんが、直ぐに戦線は膠着するでしょう。戦争は国家の体力勝負――世界大戦――になります」
「貴官は時折突拍子もない事を言う。かつてマンチュリアではルーシー軍を秋津洲軍が機動戦により打ち破ったが、それと同じことがこの欧州で起こらないと?」
鋭い指摘だが、それはマンチュリアの広さとマンチュリアに展開したルーシー・秋津洲両軍の数を見てから言って欲しい。
「兵力密度が全く異なります。100万人動員するだけで青息吐息の秋津洲と、本国から細く長いシベリア鉄道で兵力を送り込まなければならなかったルーシーが広大なマンチュリア平原で戦うためには、必然的に機動戦になります。
対して、その気になれば1000万人単位で動員できる列強諸国がひしめいている欧州では、開戦当初こそ機動戦が行われるかもしれませんが、北海から誓約同盟まで戦線が出来てしまえば、あとは陣地戦です」
「なるほど、飛躍した考えだが筋は通っているようにも思う。して、陣地戦の期間はどの程度だと予想している? アルチュール要塞は4ヵ月で落ちたが」
「双方背後に本国を抱えております。根無し草のアルチュール要塞とは比較にならないでしょう。少なくとも、5年は見ておいた方が良いかと」
史実では4年戦った後、20年の休憩を挟んで6年戦ったからな。
神が信仰を取り戻すためにどれ程の厄災を振りまく気かは分からないが、最低でもWW1相当の4年、最長でWW1と2を合わせた10年はかかる可能性があると思っておいた方が良いだろう。
「5年!? 5年だと!? 動員したまま5年も過ごせば、例え勝ったとしても帝国が10回破産してなお借金漬けだ!!」
時代相応の反応だ。これは別に提督が悪いわけではない。
実際、世界大戦までの戦争は国家予算の範囲内で行われていたのだから。
「それが可能なのです、提督。金兌換を停止し管理通貨制に移行することで、国家予算の枠を越え、近代国家が今までに蓄えた国富を全て戦争へ投入することができます。現在の欧州列強であれば、5年ないし10年は戦えるかと」
「――途方もない話だ。それで勝ったところで、一体何が残るというのだ」
「何も」
何も残らないと知っていれば、誰も始めなかっただろう。
しかし、なし崩し的にそうなったというだけで、始めた時は誰もそこまで考えていなかったのだ。
その結果の強烈な反動により、再び同じ過ちを繰り返す、あるいは固定化された国際秩序に苦しむ未来が待っているだろう。
「ですが、いえ、だからこそ負けるわけにはいかないのです」
***
「――世界大戦、だそうだ」
「喋ったのか。艦隊司令までの機密事項だったはずだが?」
キィエール軍港からシェーアの居るカイザースハーフェン軍港へ移動して顛末を伝えたところ、眉をしかめて防諜上の懸念を示した。
たしかに字面だけ見れば自分の懲戒免職ものだが、我々のこれからを考えるうえで必要なことだと判断したまでだ。それに、彼女は動員の機密性をよく理解していた。漏らすようなことはすまい。
「“勝つための海軍”は元をたどれば彼女のアイデアだ。未曾有の戦争を前に我々がどうすべきか、選択肢は一つでも多い方が良い」
「それで、彼女は何と?」
「国家の全てが投入される戦争になる、と」
我々の価値観の遥か外側にあるような仮説。
しかし、よくよく聞いて要素を分解してみれば、個々の要素は現時点でも判明していたり十分予想が出来たりすることだった。であれば、そんな素晴らしい予想を論文にするなどもっと欲張っても良い気がするのだが、その予想を語る彼女はまるで歴史の授業で教科書を朗読するかのように淡々として抑揚が無い。
何が彼女をそうさせているのかは分からないが、我々としては今ある手札で最良の結果を得るために動くだけだ。
「欧州列強は大なり小なり労働力や資源と言った国力の一部を植民地に依存している。植民地獲得競争に出遅れた帝国はその割合が小さいが、先行した共和国と連合王国はそうではない。海上封鎖・通商破壊の影響が大きいのは、我々より彼らだ。
持久戦が予想される陸戦で敵の体力を削るのは費用対効果が悪い。通商破壊により彼らを植民地から切り離し、彼らの戦争遂行能力を漸減する」
植民地から切り離されるのは帝国も同じ、いや帝国の方がより海上封鎖を受けやすい立地であり、連合王国が敵に回ればほぼ確実だ。
しかし、大きな我慢は必要だろうが帝国は大陸内で自給することが出来る。対して、連合王国や共和国はそうではない。
特に、当面の敵国たる共和国は南方大陸への依存度が高い。本国化を進めている北部3県は南フランソワから地中海航路でアクセスでき、この封鎖は至難の業だ。一方で、それ以外の南方大陸植民地の大部分は、大西洋岸からアクセスするしかない。世界地図上では陸送できるように見えるが、砂漠と密林の中に陸路は無いのだ。
「分かった。本日付で第二偵察艦隊の協商連合海上封鎖の任を解こう。準備出来次第ノース・アルビオンギャップを通過して大西洋に出撃、帝国の動員に合わせて宣戦布告してくるであろう共和国の海上交通路を破壊せよ」
シェーアもそれを理解しているのだろう。第二偵察艦隊を大西洋へ派遣することを了承してくれた。
「ヒッパー、頼んだぞ」
しばしの雑談の後、シェーアの執務室を去る際に背中側から声が掛かった。
「任された、と言いたいところだが、これが上手く行っても勝てるかどうか分からんらしい」
***
世界大戦におけるターニング・ポイントはどの時点であろうか?
これは、今なお度々議論され、なおも結論が出ない命題である。
有力なものとしては、ライン戦線におけるフランソワ共和国軍主力のブレスト港からの脱出成功や、東部戦線におけるヨセフグラード攻防戦が上げられるだろう。
大戦初期は戦争を有利に進めていた帝国が、そのイニシアチブを失った時点とするものだ。
しかし、本当にそうだろうか。
果たして、帝国は戦争当初からあの大戦に関するイニシアチブを有していたのだろうか。
レガドニア協商連合による最後通牒及び係争地への侵攻から始まった大戦は、次いでフランソワ共和国やダキア王国と芋づる式に飛び火していった。いずれの国家も周囲の国家を併呑し巨大化する帝国を恐れ、そうなる前に叩こうと参戦したのだ。
帝国はその周辺諸国に優越する国力と軍備を以って戦争を有利に進めてはいたものの、開戦に関する決定権は持っていなかったといえるだろう。
もちろん、帝国からは戦端を開いていないからといって帝国に非が無いとするのは誤りである。
帝国は外交というものにあまりにも無頓着であった。
外交的孤立を内線戦略の完遂で補完しようと周辺諸国を凌駕する経済力や軍備を備えた結果、更なる外交的孤立を生んでいることに気付くべきであっただろう。
加えて言えば、アレーヌ市の悲劇や東部戦線における絶滅戦争は、列強諸国に「帝国を覇権国家としてはならない」と思わせるものに十分であった。
だが、著者は1923年における帝国の動員決定を大戦におけるターニング・ポイントと提案したい。あれこそが、帝国が大戦に対して取ることが可能な唯一の能動的選択肢だった。 そして、その二者択一を誤ったからこそ、帝国は大戦を通じて破滅へと向かったのだろう。
――『統一歴1923年の敗戦』
「半年未満は連載中」が座右の銘ですが、流石に2年弱は言い訳できないエター
こういう脱線ばっかりしているから話が進まないんですね