海軍は陸軍の外局ですか?   作:かがたにつよし

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この世界線って、英独建艦競争が史実より10年長く続いているんでしょ!?!?
楽しみですねぇ!!!(何が)


第1話:戦艦を減らしたい海軍士官候補生

 神とは何か。

 神とは人類が御し得ぬ現象ではないか。故に、文明の進歩とともに神の権能は漸減されてきた。

 例えば、雷は科学技術の進歩と共に電気だと判明し、川の氾濫は治水技術によって制御されつつある。21世紀を迎えた今、神に残された権能は宇宙の創生くらいではないだろうか。

 

「なのに貴様らは、多少とはいえ神に祈るではないか。それはどう説明するつもりだ」

 

 現在、私は神を称する存在と禅問答を繰り返している。ちょっとした戯れかと思えば、なかなか深刻な状況のようであった。

 端的に言えば、爆発的に増加した人口に対して信仰が圧倒的に足りていないらしい。その打開のためのサンプルとして、私は輪廻転生の輪から召喚されたという。

 

「それは諦めと妥協です。現在の自分の力が及ばないところで物事の成否が分かれる時、人は祈っているのです」

 

 本気で祈っているのであれば、貴方が私を召喚した説明がつかない。すなわち、皆本気で祈ってはいないのだ。

 入学試験や入社試験、出世や取引の成功等。

 全て人事であると知った上で、心の平穏を得る為に天命だと言い訳をしている。それは祈りであっても、信仰ではない。

 

「ではどうすれば貴様らから再び信仰を得ることができるようになるのだ?」

 

 回答に対する再質問。神は文章の理解力に乏しいのではないか。

 科学技術や社会システムといった文明の進歩が人を神から切り離す、と申し上げている。であれば、答えはその逆だ。

 

「人類を石器時代に戻すことです。文明の衰退により神は権能を取り戻すことができるでしょう。しかしながら、再び文明の発展と共に漸減されるでしょう」

 

 人類に知的好奇心がある限り、必ず神の権能を手に入れようとする。それは避けられない必然だろう。高度な社会システムを構築せず、科学の発展を目指さない人類など、2足歩行の獣でしかない。

 

「それではイタチごっこではないか。私は貴様に、人類史のいついかなる時点においても同様に信仰が得られる仕組みを問うている」

 

「文明の発展と共に自然現象も発展させるしかありません」

 

 鉄筋コンクリートをなぎ倒し、各種センサーに捕まらない、そんな災害を起こせば良い。文明がいくら進歩しようとも、森羅万象を司るのは神だと言ってやればよいのだ。

 

「それは不可能だ。貴様の言う通り、我々は多くの権能を失っている。それに、貴様らの“地球”で起こりうる事以上の現象を起こすことはできん」

 

 では、この問答はお仕舞だ。

 一部を妥協すれば解決できないことはなかったが、一切の妥協が不可能であれば私にはどうすることもできない。

 

「では申し訳ありませんが、私の知恵では貴方の抱える課題を解決することができません」

 

 神の要求には根本的な矛盾がある。神は人類が文明の発展の過程で生み出した存在にすぎない。その時点では存在価値があったのかも知れないが、時代とともに需要は変わっていくのだ。

 神もまた変わらざるを得ないのだが、旧来の在り方であろうとするなら、残念ながら市場原理に従って淘汰されていただくしかない。

 

「そうか、残念だ」

 

 あまり残念そうには見えない。おそらくこの無意味な問答を何十回も行ってきたのだろう。私を輪廻転生の輪に送り返した後、また別の人間を召喚するに違いない。

 

「ところで、先程召喚した愚か者は"非科学的で"、"女に生まれ"、"戦争を知り"、"追いつめられる"と信仰に芽生えるそうだが、貴様はどうか」

 

 凄まじいドMがいたものだ。

 エリートは赤ちゃんプレイかドMプレイが大好きだというが、彼は後者の性癖持ちだったのだろう。

 

 確かに、科学技術で説明のつかない超常の力があり、それが信仰によって得られるのであれば分からなくはない。私だって、魔法のある世界に生まれれば神を信仰せざるを得ないだろう。

 

 性別の逆転が信仰に繋がるかは答えかねる。女性で生きたことが無い以上、彼女らが信仰を育んでいたのかどうか分からない。

 

 また、戦争になれば極限環境で祈る人間も出てくるかもしれないが、戦争という行為自体が人間の作り出した国家という社会システム同士の衝突である以上、人事でしかない。微視的には神に祈る行為に妥当性があるが、巨視的には全く意味のない行為である。

 

「魔法以外の部分は意味がないと考えられます」

 

 人類が神を求め、そして人類が手放した。であれば、人類が手放せないよう、侵すことのできない神の権能を一つ追加すればよい。

 

「人類の知的好奇心によって奪われる権能ではない、ということで間違いなければ」

 

「無論だ。その辺りに抜かりはない」

 

 神を称する存在の表情が少し穏やかになり、ふぅ、と一息ついた。

 依然、私が生きていた世界に対する課題は何も解決していないが、どうやらこれで良いらしい。まったく、迷惑な話である。死後もこき使われるなど予想していなかった。さっさと私を輪廻転生の輪に還して欲しい。

 

「"魔法"という解決策は、先ほどの人間が言っていた世界に包含される。実験のために世界を何個も作っていては到底コストに耐えられない」

 

 なぜだ、なぜそんな話になる。相談に乗っただけで、ドMの仮定を私が実証する責任はないはずだ。

 

「サンプルは多いほど良いと思っていたところだ。黙って行ってこい」

 

 私として最後に聞いた言葉は、あまりにも理不尽で無慈悲だった。

 

 

 

***

 

 

 

 なるほど、神の言った通りだ。

 私が転生した先には、確かに超常の力があった。教会では超常の力をつかさどる神に対して信仰をささげるよう、神父や修道女が説いていた。

 

 ここまでは神とやらの実験に付き合ってもよかった。

 

 しかし、今世では私の体は女性であり、教会に預けられているように親無き子であった。つまり、私の前に神との問答を行ったドM野郎のとばっちりを受けていた。

 

「……糞ったれ」

 

 修道女に聞こえないように、十字架に向かって悪態を吐く。理不尽な不利益が自然法則によるものであれば諦めもつこう。社会システムによるものであれば溜飲も下げて見せよう。

 

 だが、ドMのツケなど、私が黙って受け入ると思うなよ。

 

 

 

 統一歴1900年。

 それが私の生まれた年である。ここが前世の地球における欧州に類似した地域であり、国はドイツ帝国を模していた。

 

 社会的基盤は先述の通り良好とは言えなかったが、戦争といえば最近のものでも30年ほど前の普仏戦争にあたる帝国~共和国間戦争であり、帝国が拡張主義を唱えていたとしても世界情勢的にも当面――第一次世界大戦すら起こりそうになかった。

 強いて言えば、日露戦争にあたる連邦~皇国間戦争の足音が聞こえていたのだが、遥か極東のことなど帝国国民の大多数にとっては知ったことではなかった。

 

 ただ、戦争がなくとも社会的基盤が脆弱な人間にとっては、日々を生きることに必死にならざるを得ない。衣・食・住、いずれも十分でないのはもちろん、学習環境が致命的に足りていなかった。最低限の読み書きは修道女が教えてくれるものの、それだけではこの先必要な稼ぎが得られるとは到底思えないのだ。

 

 

 

「修道女、私はこの先どうなるのでしょうか」

 

 そう問うたとき、修道女は困ったような悲しいような複雑な表情を作った。孤児院出身の子供の進路のうち、男は簡単だった。

 ――兵隊か工員か。

 産業革命に出遅れ、周囲を列強に囲まれている帝国にとって、いくらあっても足りない社会の歯車である。

 しかし、女はそうではない。この時代はまだ女性教育というものが浸透しておらず、高等教育を受けるなど滅多に無いことであった。端的に言えば嫁に行くしか選択肢がなく、そして孤児院出身者の嫁ぎ先などあまり大きな声で言えるようなところではなかった。

 

「みんなと同じように……といっても、貴女をそうするのはとても惜しいことだわ」

 

 そうだ、そう迷わせるように今まで努力を重ねてきた。

 修道女がバラバラに教える読み書きをまとめて体系化したのは私だ。修道女に代わって年少の子の教育を行ったり、読み書き以外の簡単な理科の教鞭まで執ったのも私だ。加えて、魔法の才覚まである。その行く末が専業主婦というのはあまりにも状況に対して主導権がなさすぎる。

 あのドMが想像した世界だ。

 いつ不測の事態が起こるか分からない。せめて、経済的に自立しておきたいのだ。

 

「私は魔法が使えます。軍隊に入ることはできないでしょうか」

 

 魔法が存在する世界とはいえ、それは希少技能。近年、演算宝珠が発明されたことによって、帝国はせっせと自身の軍事体系の中に魔導師を取り込んでいた。

 

 勧めない。

 そう修道女の顔には書いてあった。彼女は私から見て、"古き良き女性像"というモノに拘っているように見えた。

 男女平等国民皆兵とはいえ、職業軍人と徴兵では話が大きく異なる。数年の兵役を終えた後は嫁ぐのでなくとも、教会の修道女や貴族または官僚の女中等はどうかと提案してくれた。

 有難いことだ。しかし、それは兵役の後の選択肢。

 幼年学校を受けるというのは、兵役の前にある選択肢なのだ。

 

 ――落ちたら、そうします。

 

 私達の妥協点であった。

 

 

 

 結論から申し上げれば、私は幼年学校へ入学することができ、更にその上の士官学校に進学することができた。

 

 士官学校に入学することで、孤児院では難しかった様々な情報にアクセスすることが可能になり、自分の身の振り方を考えるための材料が豊富になった。帝国の外交戦略や軍備の状況等もその一つである。

 

 あろうことか、帝国は"周辺列強を全て仮想敵国"とし、"有事の際には多正面作戦を取りつつ内線戦略によって各個撃破を狙う"事を金科玉条としていた。同じような状況で同じようなことを考えた国を私は知っており、その末路も把握している。

 すなわち、帝国はいずれ負ける戦争を始める、あるいは始めざるを得ないということだ。

 

 さらに問題なのは、私が士官学校に入学してもなお戦争が起こっていない、ということだ。未だに連合王国との建艦競争が続いているなど、国庫を預かる者からしたら悪夢的状況である。バイエルン級どころかマッケンゼン級も揃い踏みしており、観艦式は壮観であったが、私の心の暗雲は広がるばかりであった。

 

 神は、第一次世界大戦と第二次世界大戦を合わせた規模の戦争を、この世界に起こすつもりなのだ。

 

 

 20世紀前半のみ行われた総力戦。

 

 帝国主義の狂気の成れの果て。

 

 あまりにも暑く眩しい戦争の季節。

 

 

 魔法もあった、社会的基盤が脆弱な女性に生まれた。けれど、非常事態はまだないとどこかで安心していた。

そんなことはなかった。ただ、彼の者が極限状況を作り出すために、つかの間の平穏が訪れていただけであった。

 

 何か、自分が生き残る確率を上げるような手を打たなければならない。

 しかし、士官学校に入学した今となっては何もかも手遅れであった。軍人である以上、戦争からは逃れられない。もっとも、帝国国民である以上、戦火を避けることは叶わないだろう。この時代、既に都市爆撃や市街戦を行うことが可能な技術的基盤は整ってしまっている。

 あとは、「誰が思いつくか」だけであろう。平和な国に移住・帰化しようにもこの魔導の才能が邪魔をする。帝国出身の魔導師など、どこに行っても軍隊に放り込まれ、世界大戦に参加する以外の道が無い。

 

 結局のところ、帝国国民かつ帝国軍人である私が生存する上で、ある程度の権利を保障してくれるのは帝国しかなかった。であれば、せめてマシな道を模索するしかない。

 

 次の戦争が全部ひっくるめた"Great War"として勃発すると仮定して、陸戦が地獄になることは明白であった。第一次世界大戦だけでも、不発弾によって21世紀に至るまで非可住となる地域を作り出すほどだったのだ。

 今次大戦の陸戦など想像したくもなかった。

 

 対する海戦であったが、連合王国と帝国の間には狭い北海しかなく、前世で日米が繰り広げたような大洋での消耗戦とはならなさそうであった。連合王国に対する無制限潜水艦作戦は行われるかもしれないが、空中機動が武器の魔導師は潜水艦には配備されなさそうだと判断できる。

 未だ数的劣勢を覆すことができない帝国北洋艦隊は、艦隊保全主義(Fleet in Being)を取ることになるだろう。そうなれば海兵魔導師も一緒にドックでお休みだ。

 

 後は、余り酷い負け方にならない程度に頑張ればよし。

 

 

 

***

 

 

 

 エーリカ・ブランデンベルガー。

 幼年学校を経て士官学校に入学したという、当時としては珍しい経歴の女性であった。孤児とはいえ見目麗しい少女であったため、「士官よりウチの女中の方が高給取りだ」と誘惑する将官も少なくなかったという。今でこそ、齢一桁で入学してきた()()に士官学校女性史の印象を持っていかれているものの、当時の男連中にとっては時の人であった。

 

 とはいえ、純軍事的に彼女の能力を図った場合、()()ほど初期から飛び抜けていたわけではなかった。

 在学中の成績は中の中から中の上辺り。座学の成績は良かったものの、女性の常か、非魔導依存環境下での実技が足を引っ張っていた。

 

 ブランデンベルガー候補生の評価が変わるのは3年次を待たなければならなかった。

 

 

 

 魔導士官学校生は魔導師であり、魔導師に飛行技能は欠くことのできない能力の一つである。

 近接戦闘機動はもちろん必要だが、何よりも「目的地にたどり着く」能力が重要である。その場にいない戦力など、全く役に立たないからだ。

 

 それを鍛える航法の科目は1年次から座学に含まれており、2年次からは陸上における地紋航法の実技がある。地紋航法とは、陸上の山河や市街、主要な道路等のランドマークをもとに自らの位置を把握する航法であり、これができない魔導師は欧州大陸での戦争の役に立たないため、何が何でも叩き込んでいたものである。

 

 対して、全く目印の無い洋上で飛行するための技術が洋上航法である。洋上で目的地にたどり着く手段として、主に無線航法・天文航法・計器飛行の3種類があり、世界情勢にも余裕があった当時は全て履修させていた。

 

 もっとも、洋上航法は候補生から忌み嫌われた科目であった。

 帝国は大陸国家であり、帝国国民である候補生の多くは全く海に馴染みがなかった。実技のため北海へ巡洋艦で繰り出すだけでも、船酔いで倒れる連中が続出するくらいである。

 更にランドマークがない洋上で、水平線の向こう側の目的地に向かうというのは候補生にとって大きな精神的負担となり、集団行動すらままならない事例が多々発生した。道中で精神衰弱に陥り、頭で理解しているはずの航法を満足にいかせないまま遭難するのが常であった。

 陸軍からの批判もあり、世界情勢の悪化に伴う短期促成化の際には真っ先に削除されている。

 

 そのような中、ブランデンベルガー候補生の小隊は、300km離れた駆逐艦へ危なげなくたどり着いた。無線航法はもちろんのこと、別の実習では電波封鎖している目的地にもたどり着くことができたという。冒険飛行家や熟練の海兵魔導師であれば分からなくもないが、候補生としては驚異的な成果であった。

 早速配属に関して海軍が首を突っ込んできたほどである。

 

 

 

「先日の洋上航法訓練では見事だった」

 

 ブランデンベルガー候補生を教官室に迎え入れ、本題に入る前の挨拶。彼女は「恐縮です」と答えると、コーヒーにどんどん角砂糖を入れ始めた。先日の超人的技能の後に、こういう年相応の行動を見ると少し安心する。

 

「海軍が君を欲しがっていたよ。もっとも、陸軍だって手離したくはないだろうがね。辞令には逆らうことができないとはいえ、一応希望は聞いておきたい。遠慮せずに言ってほしい」

 

 とはいえ、十中八九陸軍行きだ。

 対連合王国や対協商連合等、世界情勢を考えると渡洋作戦が必要になるケースはいくらでもある。

 

「海軍が希望である、と申し上げます」

 

「……その訳を聞きたい」

 

 志を曲げさせるような辞令は後味が悪そうだ。

 自分の精神安定のために、更問を用意する。どうせ、候補生位の若人にありがちな「自分の能力を活かすために~」といった理由がつくのであろう。ほとんどの場合、希望先でない部署でも問題ないものだ。

 

 だが、返ってきたのは想像とは全く異なるものであった。

 

「海軍の拡張を止めるためです」

 

 

 

***

 

 

 

 私達は何のために戦うのか。

 それを知らずに死ぬほど悲しいことはないだろう。理由もなく「周辺列強全てが敵だから頑張ってね」などと言われて、納得できる人間などいまい。

 

 では、なぜ周辺列強が全て仮想敵なのだろうか。

 少なくとも"一度も戦争に負けたことのない"帝国は、過去に2正面以上の戦争を戦ったことがない。常に1国のみを相手に戦い、勝利を収めてきた。であれば、金科玉条とすべきは"常に1国のみを相手取る"外交戦略であるはずだが、内的・外的それぞれの要因によりそうもいかなくなったようだ。

 

 外的要因は、帝国が戦争に勝ち過ぎたことによる包囲網である。

 周辺列強は少なくとも1度帝国に負けており、賠償金や領土的な恨みを持っている。「君は殴り終わったから今度から仲良くしようね」などと言われて、笑顔で握手できる人間など存在しまい。

 そして、同盟を組めなくなった帝国は、多正面作戦のために周辺列強を凌駕する軍事力を整備せざるを得ず、それを見た周辺列強は帝国を恐れ、包囲網を益々きつくする悪循環に陥っていた。

 

 内的要因は、戦争に勝ち過ぎたことによる軍隊の巨大化である。

 軍隊は巨大な官僚組織であり、そのピラミッド状の人員構成を保つためには、組織拡大か天下りを行わなければならない。そして戦争に勝ち続け発言力が大きくなった軍部は、周辺列強を凌駕する軍事力を整備するため自らの組織拡大を是とした。

 そして、納税者へその軍事力の保持が妥当であることの説明として「周辺列強全てが仮想敵だ」との建前を取り続ける必要があった。

 

 連合王国との建艦競争はその代表例であろう。

 欧州大陸に覇権国家が生まれることを良しとしない連合王国は、帝国を仮想敵とすることに躊躇がなかった。帝国もそれに対応して連合王国を仮想敵とし、連合王国との戦争に必要となる弩級戦艦の整備に手を付けた。

 当初は「連合王国への抑止力になればよい」程度だったかもしれない戦艦群であったが、整備に伴う予算やポストの増加は官僚達の目を瞬く間に曇らせてしまった。今となっては、無為に国庫を浪費し、連合王国を完全に敵に回し、陸軍戦力の整備の足かせとなる、3重の役立たずでしかなかった。

 

「海軍へ入隊し、国庫を傾けて戦艦を建造するよりも、陸軍同様魔導戦力の拡充による戦闘教義の更新をすべきと提案したい次第です」

 

 

 

「……正気か、君は。自らの組織の縮小を望む人間がどこにいる」

 

 残念ながら、教官は普通の官僚であった。

 贈収賄も、横領やコネクションの不正利用もしていない清く正しい官僚であろう。軍隊という小さな視点であれば、花丸付きの満点であった。

 しかし、帝国に迫っているのは第一次と第二次を併せた未曽有の世界大戦であり、国家という大きな視点で及第点を得る必要がある。その点では、赤点であった。

 

「帝国が次の大戦に負けないためです。私に基本的な権利を有したままの生存を保障してくれる国は帝国以外に無く、帝国を存在させ続けるためには、所属組織の多少の不利益には目をつぶらなければならないと考えます」

 

「なるほど。だが、次の戦争相手は連合王国かも知れん。海軍を縮小して良いとする根拠は何だ」

 

 教官は陸軍出身者だからな。予算を食いつぶしている戦艦には多少なりとも言いたいところがあるのだろう。

 今日の問答がどこで役に立つのかわからないが、教官の異動先によっては日の目を見るかもしれない。

 

「このまま建艦競争を継続したとしても連合王国に勝利することは不可能です」

 

「それは建艦競争の勝敗、あるいは戦争における勝敗のどちらを指している」

 

 回りくどい、言わなくても分かってほしいところだ。

 

「もちろん、連合王国との戦争における勝敗です」

 

 

 

「ブランデンベルガー候補生、その発言はいささか戦意に欠けるのではないか」

 

 遠慮せずに話した内容は、余りお気に召すものではなかったようだ。教官は私の後方、扉に何度か目線をやって閉まり具合を確認していた。

 

「私の戦意次第で無力化できる敵兵の数は変わるかもしれません。しかし、戦意で戦艦は増えず、また大戦の帰趨にも影響を与えることはないでしょう」

 

 私の手の届く範囲であれば、私のやる気次第で何とかしよう。

 しかし、戦艦同士の艦隊決戦や戦争の帰趨等は個人の意思で左右できるものではない。

 

「……君の思いは理解した。私も陸軍出身者だ。海軍の浪費には思うところがないわけではない。思う存分やってくれたまえ」

 

 しばしの沈黙の後、長考を終えた教官から発された言葉は私の望むものであった。

 

 

 

***

 

 

 

「魔導士官学校生の人事担当は陸軍のポストだったと記憶しておりましたが、これはどういうことでしょうか」

 

 陸軍軍人を見ると一言以上嫌味を言わなければ死んでしまうのが海軍軍人という人種である。海軍の希望通り、とある候補生の配属内示を通達したところ、わざわざキィエールから暇人が飛んできた。

 

「海軍の意向を反映しただけですが、何か問題でも」

 

「いえ、非常に感謝しております。しかし、このようにこちらの要求が通った例が過去に存在しないため、何か候補生に問題があるのではないかと」

 

 余計な詮索だ。ブランデンベルガー候補生に関する成績や講師の所見をまとめて突き出す。

 

「座学は優秀だが実技に若干の難。総合成績は中の上。出自や思想、周囲との協調性に特段の問題なし。――これで満足でしょうか」

 

「……いえ、問題ありません。大変失礼いたしました」

 

 渡した書類に目を通し終えたあと、彼はスゴスゴと引き下がっていった。問題があるとすればあの面談だけであったが、それは聞かれなかったので黙っておいた。

 

「戦艦を求めない海軍軍人など、聞いたこともない」

 

 ほとんど陸軍のスパイみたいなものだ。海兵魔導師も陸軍航空魔導師と同じく若い兵科である。

 しかし、士官学校生からは碌な人材を送っていないので、海兵魔導師の今後は彼女によるところが大きくなるだろう。

 そんな彼女が海軍予算を減らそうと提案してくれるのだ。ありがたい話である。

 

 では、彼女は減らした予算をどこに使うつもりなのだろうか。

 「陸軍戦力の拡充」とは流石に言ってくれなさそうである。その仮定が正しいとすると、消去法で公共事業または民需となる。だが、それで彼女の言う「大戦に負けず、帝国が存在し続ける」ことが達成可能なのだろうか。

 

 彼女の言葉を反芻したとき、何かが引っ掛かった。

 なぜ彼女は「大戦」という言葉を用い、「帝国の存在」を保障したがったのだろうか。

 

 普通、「大戦」といえば、かつてフランソワの皇帝が起こした戦争を指す。文字通り「欧州の国のほとんどが関わった戦争」だからだ。

 だが、彼女の用法では言葉の趣旨が異なるように思えた。

 

――欧州のほとんどが戦場となる戦争

 

 いくつかの候補の内、これが最もしっくり来た。

 その中で、彼女は「帝国の存在」についても言及している。

 

 しかし、戦争の帰趨によって存在が脅かされる列強が存在するのだろうか。

 フランソワの皇帝が敗北しても、フランソワは残った。連邦=皇国間戦争においても、どちらの国も滅んではいない。 強いて言えば、皇国は負ければ滅んでいたかもしれないが、有色人種の国家なので例外である。

 先の対共和国戦争、更に遡って対ダキア戦争でも、お互いの国が地図上から消えることはなかった。

 

 一体、彼女はどのような戦争形態を描いているのだろうか。

 

 奥歯に挟まったそれが取れるのは、()()が「世界大戦」と「総力戦」を提唱するのを待たなければならなかった。




ターニャちゃんはMの気質があると思います。
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