海軍は陸軍の外局ですか?   作:かがたにつよし

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原作ではノモンハンと日露が合体した何かが起こってますが、本作は開戦まで史実トレースさせていただきます(でないと破綻するので)。


第2話:存在していたい海軍士官候補生

 我儘も偶には言ってみるものである。十中八九陸軍だと考えていたが、あら不思議、海軍行きとなりました。

 送り出しの言葉は「海軍の予算を削ってきてくれ」。まぁ、私が削らなくても「魔導士官学校生の配属に配慮したのだから、予算は陸軍に融通せよ」くらいは言いそうだけれど。

 

 予算不足により艦艇数が予定よりも減少すれば、ドイツ海軍らしく引きこもりが加速して私の安全がより確保される。何もかも良いこと尽くめだ。上手く行き過ぎてしっぺ返しが怖いくらいだった。

 

 

 

 士官学校の4年次の半分ほどは配属先での実習訓練にあてがわれている。同期が帝国各地に飛んで係争地を駆けずり回っている中、私は海軍工廠で見学に励んでいた。

 

「……このように、陸軍の航空魔導師に求められる宝珠の性能と、海兵魔導師に求められる性能は大きく異なります。したがって、海軍は海兵魔導師用の宝珠工場を有しております」

 

 私を案内してくれている技術士官だ。

 大学在学時からその専門性を買われ、海軍は奨学金を出して囲い込んでいたという。海軍には帆船時代の生き残りのような人種も多い一方、彼のような先端技術に明るい専門家も豊富だ。

 

「現在、私は士官学校から支給された宝珠を使用していますが、配属後は別な宝珠を使うことになるのでしょうか」

 

 支給品の宝珠を胸元から取り出す。性能はまずまずだが、堅牢で安定性重視の宝珠を私は気に入っていた。

 

「別な宝珠、と言うと語弊があるかもしれません。海軍工廠では宝珠の海兵魔導師用改造のみ行っており、新規生産は行っておりません。ブランデンベルガー候補生の宝珠もここでチューニングされたものを使用することになるでしょう」

 

 なるほど。

 陸軍航空魔導師と比較して圧倒的に数が少ない海兵魔導師用の宝珠を新規に生産する必要性は薄い。既存品の改造で事足りるのであれば、それに越したことはないだろう。零戦にフロートをくっつければ立派な水上戦闘機だ。わざわざ水上戦闘機を1から開発しなくてもよかったろうに。

 

「それで、どのような改造を施されるのですか」

 

 まさかフロートというわけではあるまい。

 

「海兵魔導師が求める性能でも特に重要なのが塩害対策です。潮風に煽られ波飛沫を浴び続けた宝珠は、簡単に錆付き、塩が纏わりついて動かなくなります」

 

 実際、沿岸部の自動車は内陸部に比べて早く腐食が進むという。また、同じ金属製品でも軍艦は防錆塗装を施すことができるが、宝珠はそういうわけにもいかない。魔力を内部でうまく伝達させる必要がある以上、それを阻害するような塗料は使えないのだ。廃熱や魔力運用の都合上開口部を設けざるを得ず、塩類の侵入を食い止めるのも難しい。

 

 そこは冶金学の先進的組織である海軍。魔力伝導性と防錆性を併せ持つ合金を開発し、宝珠に使用している。もっとも、防錆に関しては素体よりマシな程度であり、錆びる前に交換・メンテナンスを行うことでなんとかやりくりしているようだ。

 

 手持ちの宝珠を海軍工廠に預け、海兵魔導師用の宝珠を受領した後、しばらく宝珠工場の見学を行った。魔法が神の権能とはいえ、それを利用する過程では演算宝珠という形で科学技術が侵食している。

 

 ――魔法の権能を神の手から剥奪することができれば、少しは鼻を明かすことになるのではないだろうか。

 

 "決して侵すことのできない権能"とほざいた神だが、前世で信仰不足により人間を管理するリソースがショートするという間抜けを晒した連中だ。どこかに穴があってもおかしくない。

 大戦が終わったら大学に行って演算宝珠の研究をするのも悪くないだろう。

 

 

 

 しかし、帝国海軍と世界情勢はそんな夢想すら許してくれなかった。

 海軍工廠見学が終わると同時に巡洋艦に放り込まれ、今では北大西洋のど真ん中である。逃げ出そうにも西太平洋と違って島嶼は皆無だ。

 

「ブランデンベルガー候補生、私は貴官の長距離作戦能力を見込んで艦隊に招聘した」

 

 司令塔で20に満たない乙女相手にカイゼル髭と三白眼で脅しに来ているのは、当巡洋艦隊の司令、ヒッパー提督である。基本的に引き籠り艦隊である帝国海軍において珍しく好戦的な人物だ。余り構って欲しくない。

 

「最近の海兵魔導師は母艦が見えるところでしか活動せん。私が若いころは大西洋を飛び回って略だ……ほかの船に遊びに行ったものだ」

 

 海兵魔導師が生まれたのは最近ですし、そんな大法螺は辞めていただきたい。

 とはいえ、提督の要求も分からなくはない。陣取りゲームの要領で進む陸戦とは異なり、大海原で双方が縦横に動き回る海戦では索敵の優劣がものをいう。索敵のため、長駆海兵魔導師を艦隊から敵艦隊に向け出撃させることができれば、海戦において大幅に有利になることは間違いない。

 幸か不幸かこの時代、航空母艦は未だ机上の空論でしかない。艦載機といえば水上機だが、カタパルトがまだ開発中のため、運用には艦を停止させクレーンで水上機を海面に降ろさなければならなかった。そのため、作戦行動中の艦艇から自由に出撃できる海兵魔導師は、海戦の帰趨に寄与できる存在であるとする提督の考えには同意できる。

 

 しかし、主砲の射程である20~30km程度飛べばよい着弾観測とは異なり、索敵のためにはその10倍以上の距離を飛ばねばならない。もちろん帰ってくる必要があるので、実際の移動距離はその倍だ。

 

「士官学校で洋上航法を経験済みのブランデンベルガー候補生には朝飯前かも知れないが、本艦東方200kmの位置に別働隊が待機している。洋上進出訓練だ。1個小隊を率いて別働隊が牽引している訓練標的を破壊し、本艦に帰投せよ」

 

「……しかし」

 

 海兵魔導師とは言え、私以外の士官学校卒は碌な連中ではない。そんな重りを担いで往復400kmの洋上作戦行動など御免だ。

 

「案ずるな。彼らは私秘蔵の海兵魔導師である」

 

 

 

 司令塔を降りると、甲板には私が率いる1個小隊が既に整列していた。

 小隊、とはいえ私含めて4名なので、提督から与えられたのは眼前の3名だけである。男2女1とここだけ見ればおおよそ帝国海軍の魔導師の男女比と一致するが、私がいるので半々になってしまう。

 

「エーベルバッハ曹長です。小隊の先任となります」

 

 赤毛の壮年が一歩前へ進み、自己紹介をしてくれた。候補生(士官学校生)とはいえ、士官相当なので下士官である彼は一応敬語を使ってくれる。

 しかし曹長か。士官学校卒ではないとすると、提督がコネクションを利用して海軍内に囲い込んでいたのかもしれない。

 

「よろしく曹長。ところで、長距離作戦行動に従事した経験は?」

 

「十分、とは言えません。飛行時間こそ全員200時間を超えておりますが、飛行距離は最長でも連続300kmです」

 

 なるほど、提督も無茶を言う。おそらくこれは、提督の中にある焦りなのだ。

 海軍に責任ある立場の者なら皆が理解している"このままでは連合王国に勝てない"という焦り。海軍内ではこのまま建艦競争を続けることで数的優位を作り上げようというのが主流だそうだが、基礎国力でも植民地の大きさでも、そして何より大型艦建造可能ドック数でも負けている以上、差が開くばかりだ。

 

 私の人事に口を挟んでいただいただけあって、提督は魔導師を利用した新しい戦闘教義に賭けているのだろう。もっとも、本気で勝とうとしているのは提督だけであって、私は港に引き籠っておくほうが良いのだが。

 

「……標的艦にたどり着くことは可能だろう。帰投が難しければその場で拾ってもらえばよい。これは訓練なのだから」

 

「小官が言うのも何ですが、目標が低くありませんか」

 

 所詮候補生では部隊の先任の理解を得ることは難しいのだろう。それとも、本当に提督に心酔していてここまでついてきたのかもしれない。

 

「真面目だな曹長」

 

「任務なので」

 

 可愛げがない。

 まぁ、自分より1回り以上年上のおっさんに向かって、可愛げも糞も無いのだが。

 

「話は飛行中に聞こう。往復4時間程度の長丁場だ。時間はいくらでもある」

 

 

 

 思ったよりエーベルバッハ曹長は饒舌であった。

 如何に帝国が外交的に困難な状況にあるか、そこで海軍が果たすべき役割とは何かについて熱く語ってくれた。曹長という立場で得られる情報以上に思考を回転させ帝国の未来について論ずる彼は、士官学校へ行くべき人材なのだろう。おそらく、戦艦建造費とバーターで幾ばくかの士官学校卒の魔導師が海軍へ配属されることになるので、その暁には推薦状を書こうではないか。

 

 往路は危なげなく標的艦までたどり着き、牽引している気球を術式で破壊することができた。

 

「さて小隊諸君、帰れるかい?」

 

 先程まで好戦的な曹長を適当にいなしていた戦意薄弱な私がまだ余裕で飛んでいることに思うところがあるのだろうか、3名とも休息無しで復路に就くという。

 

 

 

 往路ではあれほど饒舌だった曹長も、今では飛行術式に集中するためか一言も喋らない。他の二人に至っては顔色もよくない。

 だからといって私が手加減すると思ったら大間違いだ。往路で話してくれた君の考えに対して、私の答えを話そうじゃないか。

 

「曹長、私が士官学校で学んだことは、"勝つ必要はない。負けなければ良い"ということだ」

 

「――それは……」

 

 もちろん、教官達はそんなこと一言も発してはいない。しかし、士官学校で手に入る情報をすべて統合すれば、曹長ならその結論に至るだろう。

 

 協商連合や連邦の海軍はあってないようなものだ。共和国海軍とだって十分以上に戦うことができる。

 けれど、それだけであった。

 七大洋を制する連合王国海軍(Royal Navy)にはどう逆立ちしたって勝てない。

 仮に、偶然と幸運に恵まれて欧州を統一したとしても、次は合衆国だ。あの時空犯罪者が作ったとしか思えない国家は地政学的にあまりにも有利な位置にあり、合衆国以外の国家が束になってかかってようやく、といったところだろう。帝国単独で相手にした場合の結果は火を見るより明らかだ。

 

「故に、海軍は連合王国の参戦を躊躇わせる程度に強力であればよい」

 

 第一線兵力に偏重した今の帝国海軍では徒に連合王国を刺激するだけだ。表面は可愛く、その内は真に戦争をするために――そういった海軍にする必要があるだろう。

 

「それを成すのは戦艦ではなく、我々――」

 

「ヴァルトハイム伍長――!」

 

 そう言い切るか言い切らないか、息も絶え絶えな曹長が目を見開いて叫ぶ。どうやら一人、限界が来たようだ。

 

 気を失ったのか、私を挟んで曹長の反対側を飛んでいた少女――ヴァルトハイム伍長の高度が急激に下がる。下は海だが、この高度からの自由落下のダメージは飛込競技の比ではない。

 咄嗟に動こうとする曹長を制する。彼ではミイラ取りだ。

 

 急降下して彼女を抱きかかえ、慣性を殺すよう徐々に減速。体温・脈拍ともに問題なさそうだ、ただの疲労だろう。このままでは両手が使えないので、背負うように彼女の位置を変え、ベルトを利用して私に縛り付ける。

 

「往復400kmでこれとは、ラバウル~ガダルカナル間は無謀だったのだろう」

 

 なんせ片道1,000kmもある。片道3~4時間の長丁場だ。

 移動と戦闘での消耗によって、欧州であれば帰還できたであろう機材や搭乗員が帰路で失われたことは想像に難しくない。別な要因も大きいとはいえ、片道750kmのアウトレンジ戦法もあまり戦果を挙げなかったあたり、過剰な長距離作戦は避けるべきなのかもしれない。

 

 事実、母艦が見えたあたりで緊張が解けたのか、残り2人も疲労により失神し、私が3人とも連れ帰る羽目になった。

 

 

 

***

 

 

 

 演習後の報告は演習前と同様ブランデンベルガー候補生一人で行われた。候補生に鍛えてもらう、あるいは候補生を鍛えるために付けた3名は帰還次第医務室送りとなっている。

 

「片道200km、実戦としても少し短いであろう距離だが、やはり難しかったか」

 

 そもそも、碌な魔導師がいない海兵魔導師だ。長距離作戦行動訓練など大して積んでいなかった。私が幼年学校時代から青田刈りした彼らとて"マシ"な程度である。

 

「連合王国の海兵魔導師であればともかく、帝国の魔導師であれば十分な結果でしょう」

 

 一番若いヴァルトハイム伍長で350km程度、他の二人も380km程度は飛んでいる。これまでの訓練内容からすれば飛躍的な進歩といえるだろう。

 だが、これではダメだ。

 

「やはり、連合王国の海兵魔導師は飛んでくると思うか」

 

「魔導師を索敵に長駆放つ、というのは大陸国家である帝国すら思いつくものです。海軍先進国の連合王国が先んじていないと考えることは難しいでしょう」

 

 自分だけが特別、なんてことはない。よほどのことがない限り、世界は平等だ。

 しかし、連合王国も同じことを考えているとすれば、索敵に放った魔導師同士の会敵も考えられる。更に、敵の魔導師を自艦隊上空から排除する必要もあるだろう。

 

「……対魔導師戦闘も必要だな」

 

 観測魔導師同士の小競り合いではなく、海兵魔導師同士による制空権争いが発生する。

 今までの海戦ドクトリンでは想定していない領域だが、私の思い付きを軽々実践するブランデンベルガー候補生を見ていると、夢物語ではないことは明らかだ。

 

「それに、対艦戦闘も考慮すべきかと考えます」

 

 魔導師による対艦攻撃。それが机上の空論でないのならば、既存の艦艇の攻撃範囲は一気に10倍程度増すことになり、艦砲は歩兵の銃剣やシャベルの様に近距離兵器扱いされてしまう。戦場の女神は海では砲兵ではなく魔導師になる時代が来るというのか。

 もっとも、柔な人間とは違って戦艦は重装甲重防御の鉄塊である。魔導師程度で沈むのであれば帝国海軍は苦労しない。

 

「正気か。戦艦の装甲は術式で抜けないだろう」

 

「おっしゃる通り、術式では戦艦への決定打になり得ません。しかし、バイタル・パートを抜かれなくても戦艦が無力化される可能性があることは、ルーシー人が身をもって教えてくださいました」

 

 確かに、彼らは地球を半周した先で秋津洲人の艦隊に袋叩きにされ、火達磨になって壊滅した。

 非装甲区画への攻撃や上部構造物への放火等、考えてみれば魔導師にできることは多い。それに、敵は戦艦だけではない。巡洋艦や駆逐艦といった補助艦艇は軽装甲であり、術式が致命傷になることもあるだろう。

 

 そうならば、魔導師が艦隊決戦の帰趨に影響を与えうる――否、大きく関わってくることになる。

 数百kmの作戦行動半径及び数十分の戦闘行動は今は現実的ではないが、彼女と共に海兵魔導師を徹底的に鍛えることができれば、5年後には中隊が数個出来上がるのではないだろうか。

 もし、それで連合王国海軍との艦隊決戦の結果を覆せるのであれば――。

 

「ブランデンベルガー候補生、仮に海兵魔導師を率いて敵艦隊に打撃を与える任を負った場合、何人くらい必要か?」

 

「……1回の出撃当たり300人程度与えていただければ、3割の損害を以って連合王国の主力艦隊に打撃を与えられるでしょう。この規模の対艦攻撃を10回も行えば本国艦隊を無力化することも夢ではありません」

 

 解散だ解散。

 質を問わずに帝国中の海兵魔導師を搔き集めても4桁に届かないというのに、その海兵魔導師を作戦の度に100人も使い捨てるようでは話にならない。

 

「現行の海軍教義において、海兵魔導師は上陸作戦等の特殊な状況を除いて大規模な消耗を前提としていない。それは艦艇も同じだ。1度あるいは2度の艦隊決戦において連合王国の本国艦隊を撃破し、海上封鎖を打破。連合王国の海上交通網を脅かし、講和のテーブルに持ち込むのが我々の仕事だ」

 

 秋津洲人達が2度の戦争でそうしたように、と押しても彼女は表情一つ変えなかった。

 まるで、我々が20年前に見てきた戦争とは違う戦争を見ているように――。

 

「提督。お言葉ですが、彼のような艦隊決戦が帝国と連合王国の間で起こり得る可能性は極めて低いと思われます」

 

 

 

***

 

 

 

 "艦隊決戦"という言葉を聞いて笑うことができるのは、20世紀中盤以降を生きた人間だけだ。

 現に、20世紀前半では、他ならぬ我が国が艦隊決戦による勝利によって相手を講和へと引きずりだしたのだ。その成果を以って"戦艦"は神話を纏い、戦略兵器(伝説)となった。

 そのベールが剥がれるのは第1次世界大戦――のユトランド沖海戦――を待たなければならない。

 艦隊決戦の帰趨が戦争の帰趨に直結しないことを、人は身をもって知る以外に知覚する方法が無いのだから。

 

「それはなぜだ、候補生」

 

 少し怒気を孕んだ問いかけ。この時代の海軍軍人の多くにとって、艦隊決戦の否定は存在意義の否定にも等しい。

 ――いや、そもそも海軍の存在意義を考えればそれが間違いであることが分かると思うのだが。

 

「戦艦は高価です。国民にも広く公開され、国家の象徴としても愛されております。万が一にも無駄に失うことがあれば、国民の士気は潰え、戦争遂行に支障をきたすことでしょう」

 

 ルーシー人の様に。

 だから、艦隊決戦には勝たなければならない。可能であれば、秋津洲人の成し遂げたようなパーフェクト・ゲームが必要なのだ。

 では、我々は数で優越する連合王国海軍との艦隊決戦に勝てるのだろうか。

 我々が有色人種と蔑む秋津洲人ですら、2度の海戦共にルーシーとほとんど同数の戦力を整えたというのに。

 

「彼我の戦力差から勘案するに、連合王国海軍とまともにぶつかっては十中八九負けます。従って、艦隊決戦前に連合王国海軍を"漸減"し、勝機ある戦力差へと詰めねばなりません」

 

 答えは"――勝てない――"。

 この単純明快な回答を得てもなお、戦うことを強要された軍隊の末路とは世界中どこも似たようなものだ。

 戦艦以外を使って敵の戦艦を削ること、それが可能かどうかは棚に上げておいて。

 

「巡洋艦、駆逐艦、魚雷艇、潜水艦、航空機、魔導師。戦艦以外のありとあらゆる資源を投じて、敵の戦艦を減じねばなりません。ですが、それを連合王国海軍が黙って受け入れてくれるでしょうか。同じ様に補助戦力を投入して対抗してくるに違いありません。

 

 そうなれば終わりなき消耗戦です。

 

 そして、補充能力に劣る帝国は櫛の歯が欠けるように補助戦力を失い、丸裸にされた戦艦群は港を出ることなく終戦を迎えるでしょう」

 

 あるいは、進退窮まって出撃し、タコ殴りにあって壊滅するか。

 

 そこまで言った後に提督の顔を窺ったところ、思考の海に沈んだように焦点が合っていなかった。

 帝国には珍しい"海の男"の見本のような提督は、やはり艦隊決戦を夢見ていたのだろう。しかし、夢想家でありながらも艦隊決戦に勝機を見出すために海兵魔導師に力を入れるなど、地に足を着けた着眼点も持つ男であった。

 理想と現実が彼の中で拮抗し、蹴りが着いた頃に視線が合った。

 

「君の考えは良く分かった。一考に値する。

 だが、最後に聞いておきたい。"勝てないのなら我々はどうするべきだ?"」

 

 提督の口から出たのは思考時間の割に、簡単な質問であった。

 しかし、本質的でもある。

 

Fleet in Being(存在していれば良いのです)

 

 

 

***

 

 

 

 報告は候補生一人で終えたのだろう、演習終了後医務室に寝かされていた我々のもとにヒッパー提督がやってきた。

 起き上がろうとする私達を制し、医官が持ってきた椅子に腰かけると、そのまま医官を退席させた。

 

「諸君らにとっては実績の3割増しの飛行とはいえ、散々だったな。彼女の指示か?」

 

「いえ、我々の意思です」

 

 実際、形だけかもしれないが、候補生は標的艦で休息をとることを提案していた。

 しかし、我々が彼女の指示に従いたくなかっただけだ。

 あるいは、そう仕向けるように戦意薄弱な会話をしていたのかもしれないが。

 

「エーベルバッハ曹長、君はもう少し客観的に自分を見ることができると思っていたが」

 

「はい。端的に申し上げれば、候補生の提案に乗ることが気に食わなかったのです」

 

「らしくないな。何があった?」

 

「……候補生の戦意に疑問が生じたためです」

 

 ここで少し提督の表情が曇る。

 候補生は提督に対してどのような報告をしたのであろうか。

 

「候補生は"勝つ必要はない。負けなければ良い"と言いました。提督や皆が必死になって連合王国との戦いに備えている中、戦意あるいは協調性を欠いた発言であると愚考しました」

 

「曹長、彼女は私への報告でも同じことを言ったよ。なかなか勇気ある行動だと思わんか?」

 

 勇気。いや、蛮勇と言っても良いだろう。

 昔は"海賊"とまで噂されたこともある苛烈な性格だ。丸くなったとはいえ、下手なことを言えばあの部屋で乙女でなくなっていても文句は言えない。

 

「そして、私は彼女の発言に一考の価値があると考えた。

 我々は、"連合王国海軍に勝てない"という認識から目を背けていた。そして、それを覆そうと小手先の技に頼らんとしていた」

 

 それは痛いところだ。

 戦いの本質は数である。数の差を覆そうとする奇策は、堅実な常道で簡単に破られる。

 その矛盾に、帝国海軍は陥っていることに気が付かなかった。

 

「何も、帝国海軍が連合王国海軍との戦いに勝つ必要はない。帝国が連合王国に勝てばよいのだ」

 

 七大洋を制する連合王国は、守るべきものが多い。そして、その全てを守り切れるほど、連合王国海軍が多いわけでもない。

 北洋艦隊主力がキィエールにいる限り、例え港で遊んでいようともその1.5倍の本国艦隊を拘束することができる。

 協商連合を無視するという都合の良い仮定があるが、その隙にフィヨルド沿いに北方から北海を出ることができれば、あとは連合王国の大事で柔らかい大西洋だ。

 

 そう雄弁する提督はいつになく楽しそうだった。

 

「"海賊艦隊" 良いと思わんか?」

 




エーリカ「港でじっとしておけって言ってるだろ!!!!」


漬物はこれで打ち止めなので、後は気が向いたときに更新します。

というか、本命が放置状態なのが一番いけない。

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