海軍は陸軍の外局ですか?   作:かがたにつよし

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短いですけどキリが良いので。


第3話:左遷される海軍士官(1)

「実習訓練ご苦労だった。ブランデンベルガー候補生」

 

 ヒッパー提督の巡洋艦隊にて約半年間の実習訓練を終えた私は、海軍司令部のあるキィエールにて提督以下艦隊幕僚の送別を受けていた。

 

「貴官を訓練するつもりが、逆に我々が訓練されてしまったようだ。半年前と比較して、我々が抱える海兵魔導師の成長ぶりは凄まじい」

 

 提督子飼いの3名を基幹に1個中隊ほどを鍛え、約200kmの作戦行動半径を得るに至った。

 同じことが可能な海兵魔導師隊が他に存在しないことが欠点だが、作戦立案における自由度が大きくなったことは間違いないだろう。

 現に、提督は艦隊幕僚に海兵魔導師を主軸とした新たな海戦教義を考案させているという。

 

「――そんな貴官を送り出すこの場で、このようなことを聞くのは不愉快かもしれないが――『海軍建設の今後と仮想敵国について』、本当にこれを卒業論文とするのか?」

 

 提督の表情は祝いの場に相応しくないものであった。

 それも当然だろう、海兵魔導師にテコ入れするため引っ張った候補生が艦隊主義者ではなかったのだから。

 

 皇帝の深い思慮なのか、浅いノリと勢いなのか分からないが、沿岸警備隊に毛の生えた程度であった帝国海軍はこの20年で連合王国海軍に次ぐ世界2位の規模となった。

 それが素晴らしい大戦略上必要なものか、それとも税金と鉄鋼の無駄遣いかはさておき、箱が増えれば予算もポストも増えるのだ。

 官僚組織の一つである海軍が歓迎しない訳が無かった。

 このご時世、艦隊主義者であることは帝国海軍軍人として"当然のこと"であり、そうでない人間は出世街道を外れる――いや、むしろ海軍軍人にあらず、といった状態だ。

 

 私は別に出世しなくて良いが、査読した提督の出世街道まで閉ざしてしまうことには多少の罪悪感がある。

 

「勿論です。しかし、提督のご指示であれば取り下げることに異論はありません」

 

「私はそこまで恩知らずではない。だが、君の出世が損なわれるのは帝国海軍にとって許容しがたい損失だと考えている。四半世紀後の帝国のために、ここを耐える気はないか」

 

 ヴァイキングの様な厳つい見た目から出てくる人格者の言葉に違和感を覚える。けれど、提督がそれなりに私を買ってくれていることには感謝しなければならない。

 だが、それは神が目論む大戦争を前にしてはあまりにも悠長なのであった。

 

「――それまで世界に待って貰えるのであれば」

 

 

 

***

 

 

 

「――それで、彼女の卒業論文を通したと? 正気かヒッパー」

 

 彼女を送った後、私はキィエールの自宅に同期のシェーアを招いていた。

 

「25年物だ、どうだ?」

 

 彼は、私が地下のワインセラーから持ってきたボトルをむんずと掴むと、荒っぽくコルクを抜いた。

 注いだ量の1割が飛び散ったのではないかと思うような注ぎ方をした後、ぐっと一息に煽って吠えた。

 

「馬鹿かお前は! 将来の北洋艦隊司令とも目された男が、あんな女で躓くのか!? この論文が提出されてみろ、お前も彼女も閑職行きだ! それこそこの論文の言う海軍建設は永遠に不可能だろう!!」

 

「よく読んでみろシェーア、彼女は本文中に"戦艦が不要"とは書いていない」

 

 簡素な糸閉じの論文を鞄から取り出して卓上へ投げた。

 彼に向って滑って行く冊子を、ワインの瓶を文鎮にすることで止める。

 

「大筋は聞いたよ、君の所の幕僚がこっそり相談に来てくれたからな。確かに直接"戦艦が不要"とは書いていないようだ。だからこそ質が悪い」

 

 彼女は戦艦の存在意義に疑問を呈しているわけではない。

 彼女が言うには、戦艦は伝説の存在であり、その神話を敵味方共に信じている限り有効な兵器なのだと。

 問題は、彼女が疑問を呈しているのは海軍そのものの存在意義であることだ。

 

「自分の組織の価値を疑うなど、組織人としての資格が無いのではないか。士官学校の教官は何を教えたんだ!?」

 

「だが、価値ある組織として育ててこなかったのは我々だ」

 

 『海軍建設の今後と仮想敵国について』の内容はその題が示す通り、海軍が取るべき大戦略――所詮「誰を相手にどう戦うか?」ということに尽きる。そして、そのために何が必要かを論じたものだ。

 悪い言い方をすれば、こんな論文を士官学校生に書かれてしまうほど、海軍にはまともな大戦略が無かったのだと言えよう。

 そしてその大戦略を仮定したとき、"海軍の陣容はこれで良いのだろうか?"と突っ込まれたわけだ。痛いところを突く正論だが、それを言われて喜ぶ人間はいない。

 

「シェーア、我々は過去1度でも本気で戦争をすることを考えたことがあっただろうか?」

 

 シェーアは2杯目のワインを注ごうとした手をふと止めた。

 

「……毎日考えているだろう? 連合王国海軍の本国艦隊を打倒する方法を」

 

「違うぞシェーア。"連合王国に勝つ方法"だ。同じように、協商連合・共和国・イルドア・連邦・合衆国……ありとあらゆる敵対国の組み合わせに対して、海軍は一体どうするべきなんだ? そして、それを考えたことが我々にあるか?」

 

 

 

 例えば、連合王国と連邦が敵に回ったとき、連邦は確実に連合王国からの支援を求めるだろう。

 彼らは革命の後遺症で他の列強に対して技術力で遅れを取っており、その巻き返しの政策のため歪な産業構造となっている。他国の支援無くば長くは戦えない国家なのだ。

 連合王国から連邦への支援ルートは3つ。

 北海と白海を経由して連合王国から海路で直接連邦北部へ至る北海ルート、連合王国植民地から陸路と河川で連邦南部へ至る南方ルート、太平洋から連邦東部へ至る極東ルートである。

 

 北海ルートは北洋艦隊が全力で封鎖するとしても、他の2つは?

 帝国海軍の南方大陸艦隊は解散して久しく、極東艦隊は極東大陸の権益保護のため数隻の巡洋艦と旧式の砲艦が浮かんでいるだけだ。連合王国海軍の極東艦隊どころか、コモンウェルスの植民地艦隊にだって勝てやしないだろう。

 

 連邦がその産業構造的弱点を補えるのであれば、列強最大の人口が暴力となって帝国陸軍に叩き付けられる。

 そうなったとき、我々に勝機はあるのだろうか。

 

「――彼女が論じた通り、我々の海軍陣容は歪だ。正面戦力だけは世界2位を謳っているが、支援艦艇に欠け、配置も本国に集中しており戦略的柔軟性に乏しい。我々は張子の虎であってはならない。いざという時に勝てる軍隊でなければならんのだ」

 

「ヒッパー、君の言うことは良く理解できた。だが、こうも"今の海軍は役に立たん"と言われて黙っていられる海軍軍人は少ないだろう。我々も只の人に過ぎん」

 

 エリートも人の子だ。特に面子で生きているような軍人や官憲は特にその節が強い。

 鼻面をベキベキにへし折られて"ごもっとも"と引き下がるような人種は、出世レースで既に淘汰されている。

 そして、彼らを淘汰してきた私が今、()()()側に回ろうとしていた。

 

「シェーア、君が北洋艦隊司令をやると良い。私の役目はこれを世に出すことだ」

 

 やれ、大巡洋艦を囮に敵艦隊を各個撃破するだの、機雷源に誘い込むだの、潜水艦隊の狩場に誘引するだの小手先の戦術ばかり考えている連中に、目の前の大問題を認識してもらわなければならん。

 軍人は"○○があれば勝てます"と言って予算を持ってくることだけが仕事ではない。"何があっても負けます"と言うのも仕事の一端だ。

 そうして政治家に冷や水をぶっかけ、この全周が敵だという外交関係をどうにかしてもらわんと、戦争の土俵(リング)すら整わない。

 

「君ほどの人材をここで失うのは惜しいがね……。安心しろ、禊が済んだら偵察艦隊辺りに引き上げてやる」

 

「だったら彼女もくれ。やりたい事がある」

 

 テーブルの上のボトルとグラスを避けるよう指示すると、その上に世界地図を広げる。

 ()()()を駒に見立てて語り合う大戦略は、朝日が昇るまで続いた。

 

 

 

***

 

 

 

 統一歴1919年は帝国海軍にとって波乱の年であった。

 

 とある士官学校生から提出された論文が、海軍内部に留まらず陸軍や果ては政界にまで飛び火したからだ。

 内容は自国海軍戦略の再提案という、半ば海軍自身を批判するものであり、題目だけならば少し尖った学生が書きそうなものであった。事実、現在は資料請求によって閲覧できる文献の中にも、出来はともかくとしてその論文より過去に海軍について批判したものが存在する。もっとも、人事記録を見る限り著者の異動先は碌でもないような場合がほとんどであった。

 

 風通しの良い組織とは言えないが、自身の体に巣食う異物を排除できる程度の免疫機構を海軍は有していた。

 それがこれほど大問題になった原因は、海軍自身がこの論文に反論できなかったこと、そして彼女が陸軍と繋がっていたことだ。

 

 『海軍建設の今後と仮想敵国について』が提出されたとき、陸軍は士官学校から送り込んだ事実上のスパイが行動を開始したと判断し、ここ最近デカい顔をするようになった海軍叩きに奔走し始めた。もちろん、陸軍自身の"内線戦略"がまともな大戦略かどうかの議論は、そのやたらと大きな棚の上だ。

 具体的な戦争計画をおざなりにし、戦術的にも連合王国に勝てる目算も立てず、ズルズルと建艦競争を続けてきた――と一方的に断定されてしまった海軍はぐうの音も出ない程に論破されてしまい、議会にそっぽを向かれてしまう。

 

 もっとも、海軍からすれば建艦競争は皇帝主導の下でトップダウン式に行ってきたのであって、その恩恵に授かって組織拡大を行っていたに過ぎず、陸軍ほど議会への積極的な働きかけもしていなかった。所詮、彼らは大陸国家の海軍であり、本能的な部分で国家のメインプレーヤーでないことを自覚していたのだろう。

 それに、連合王国海軍との戦いに勝機を見出せないことは彼ら自身が薄々感じていたことであり、無理に"勝てます"と主張して議会に変な期待を抱かせるより、素直に"負けます"と認めた方が傷は浅いとの判断であった。

 事実、この事件で海軍内主流の艦隊派から退役や辞任に追い込まれた将官は皆無であり、戦後に軍事裁判で"戦争責任"を取らされた者も居なかった。

 

 つまり、帝国海軍はこの時点ですべての外交・戦争に関する判断責任を、皇帝と議会へ放り投げたと言えるだろう。

 

 "今の帝国海軍ではこの程度が精一杯です、後は煮るなり焼くなりお好きにどうぞ"と言う訳だ。そして、"連合王国と戦争になった場合、我々に出来ることは勇敢に戦って死ぬことだけ"とも。

 海軍拡張に積極的だった皇帝は残念がったが、彼もまた20年に渡って続けた建艦競争に()()が来ており、少し文句を言う以外のことはなかった。

 自分が言い出した手前、駄目だと分かっても止めることができずに10年近く引きずってしまったのだ。当の海軍が空中分解してくれるのは、むしろありがたいことであった。

 

 四方に係争地を抱える帝国としては、こんな余興に金と時間を使っていることはあまり好ましい状況ではなかったのだ。現に、協商連合は帝国陸軍の拡張が止まったのを見て、ノルデンへとちょっかいを出すことが増えた(低地地方の失地奪回と復讐戦に燃える共和国は言わずもがな)。

 

 この事件により、戦艦の新規建造スケジュールは全て白紙撤回され、改マッケンゼン級大巡洋艦4隻の就役を以って帝国は連合王国との建艦競争から降り、その資材と予算は伝統と信頼の陸軍へと振り替えられることとなった。

 そのバーター取引の結果として魔導師の海軍割当てが若干増えたものの、事件の主因が海兵魔導師であったことから海軍主流派は魔導師にあまり良い印象を抱いておらず、海兵魔導師を大々的に用いた戦闘教義は大洋艦隊の一部提督だけが研究を進めるのみであった。

 

 

 

 この事件を受けて震え上がったのが協商連合と共和国で、一息ついたのが連合王国であった。

 

 

 

 七洋を制する連合王国はアーシアン・リングを国力の基礎としており、相対的な海軍力の低下はその維持を困難とさせていた。

 ただでさえ礼儀がなっていない植民地人(合衆国)や同盟国でありながら分不相応な欲を出し始めた極東の蛮族(秋津洲)に手を焼いているというのに、帝国まで海洋進出を図ってきたのは悪夢的状況であった。

 世界2位と3位の合計より大きな海軍力を備えるという連合王国の方針は、帝国との建艦競争で国庫に尋常ならざる負担をかけていたのだ。

 帝国が大陸国家らしく陸に引き籠っているのであれば、地続きの共和国や協商連合と睨み合ってもらえば良く、連合王国は労せずして本国周辺の安全保障を手に入れることができる。

 

 帝国の海洋進出を抑えるため連合王国は共和国や協商連合に接近したが、陸軍に注力するのであればいけ好かない共和国らとつるむ必要はないのではないかという声も政権内で聞こえてきた。

 得体の知れない()()の膨張を抑える意味でも、陸軍が強化された帝国は共和国や協商連合より同盟国として有力だろうとの見方であった。

 

 

 

 対して、共和国と協商連合はより強固な同盟関係を構築し、帝国の侵略に備えることとした。

 

 帝国が主戦場とは関係の薄い海軍力整備に注力している隙に、係争地を少し齧り取ったりしていたのだ。強化された帝国陸軍による報復が行われるのは目に見えていた。

 一応友好的関係にある連合王国だが、腹黒な彼らは十中八九帝国との戦闘正面に立たないだろう。帝国が大陸を統一することは良しとしないが、だからといって共和国や協商連合が勝つことも望んではいないのだ。双方共倒れこそ連合王国の望みであり、そのためには帝国にすら援助を送ると思われていた。

 

 共和国や協商連合が望む決定的な勝利のためには連合王国は微妙に役に立たない存在であり、彼らに依存しない対帝国包囲網を作るべく、ダキアとの同盟関係を結んだり、帝国とイルドアの離間工作を図った。

 更には、連邦の政権に帝国の脅威を吹き込み、万が一の対帝国戦の際には参戦するよう要請して見たりもした。アカと手を結ぶことに国境を接する協商連合は難色を示したが、政権が半分人民戦線に染まっている共和国は積極的で、帝国の東西で関係は深化しつつあった。

 

 

 

 こうして、帝国と帝国を取り巻く外交情勢が大きく変化しつつあった時期、当の震源地は船上の人となり、極東に飛ばされていた。

 




どんどん「血沸き肉踊らざる戦記」になってきました。
あと2-3話で戦争に突入するんじゃないですかね?(知らんけど
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