海軍は陸軍の外局ですか?   作:かがたにつよし

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いつになったら大戦に辿り着くんですかね?


第4話:左遷される海軍士官(2)

 

 

 閑職行きは避けられないと思っていたが、まさか物理的な左遷だとは思いもしなかった、ブランデンベルガー海軍魔導少尉です。

 赴任先は極東租借地のティンダー要塞、地球の裏側である。左遷ここに極まれりといったところだ。

 

 同日の辞令でヒッパー提督もケーニヒス海軍要塞司令官となった。最低でも北洋艦隊の主要な部隊を任されるだろうと目されていた男ですら、組織に楯突くとこの有様だ。

 まだ本国勤務とは言え、帝国最優の"海の男"の隷下には、要塞砲を除けば港湾防御用の魚雷艇程度しか存在しない。

 これ以上無いくらいの見せしめだ。

 

「まったく、申し訳ないことをしたと思っているよ」

 

「だったらもう少し申し訳なさそうにしましょうや」

 

「しているさ。お行儀よく兵舎も引き払ってきた」

 

 不敬にも上官の発言に水を差すのはコンラッド軍曹。ヒッパー提督子飼いの3羽烏の1羽である。

 親戚が極東で商社を営んでおり、彼の地にも明るいということで副官にして頂いた。

 

 しかし、餞別に部下を寄こすのはいかがなものか。本人が同意したから良いものの、下手をすればパワハラである。

 まぁ、ヒッパー提督と違って、私は一海軍士官として理想の上司たらんと日々心掛けている。

 例えば、このように出張先で部下にご飯を奢るように。

 

「提督への申し訳なさで、私は食事も進まないが」

 

「巡洋艦の出港時刻待ちとは言え、往来の食堂でモリモリ食ってる将校様のセリフとは思えませんな」

 

 最後の母国の味になるかも知れんのだ、旨いかどうかはさておき。

 土産物になる保存食を除けば、新鮮な食事というのはしばらく無いだろう。植民地や赴任先の租借地にもレストラン位はあるだろうが、まぁ、期待はすまい。

 

「長距離航海に備えての()()()()だ。これでも少ないくらいだよ」

 

「いったいどこに納まるんですか?」

 

「見て分からんのか?」

 

 お伽噺のドワーフの様に筋骨隆々な彼だが、残念ながら胸囲だけは私に一歩及ばない。

 厚い軍服の上からも分かるよう脇を締めて寄せてやったが、帰ってきたのは大きな溜め息だけであった。

 

「頭に行くべきでしたな。提督が浮かばれません」

 

 勝手に殺すんじゃない。

 

 

 

***

 

 

 

「艦隊へようこそ、魔導少尉」

 

「よろしく頼みます、提督」

 

 キィエール軍港で私達を迎えてくれたのは、大巡洋艦ブリュッヒャーとそこに座乗する極東派遣艦隊の提督であった。

 

 ブリュッヒャーは装甲巡洋艦から巡洋戦艦(帝国(ライヒ)では"大巡洋艦"という。)へ進化する過渡期の艦艇であり、主砲は統一されているものの配置は艦の首尾線上ではなく、一部が舷側に配置されている。

 初期の弩級戦艦に見られる主砲配置であり、片舷砲戦時は反対舷の主砲が飾りになるため、火力効率的にはあまりよろしくない。

 それに、主機の安定性に乏しく、航続距離はともかく最大戦速を発揮可能な時間が極めて限られており、新鋭の巡洋戦艦と戦列を組むことは非常に難しい。

 

 要は、旧式艦だ。

 

 本国に置いていても戦力的価値が乏しいので、極東の植民地や租借地の統治のため回航しようという魂胆だろうか。

 列強にとっては何の脅威でもない艦だが、そうでない人々にとっては怪物にも等しい存在だ。

 まぁ、極東(ド田舎)にも気骨のある人種が居たのだが。

 

「まるでヴィンスキー提督の艦隊のようですね」

 

 悪い意味で世界一有名な提督であろう。

 15年ほど前、この欧州から極東まで大艦隊を落伍なく率いるという離れ業を成し遂げた彼だが、ゴール一歩手前で秋津洲人による袋叩きに遭い、その偉業に画竜点睛を欠くどころか一切合切を無に帰してしまった。

 

「海戦の顛末を聞いたときは質の悪い冗談かと思ったよ。後世、同じルートを辿るだけで兵の士気が下がる」

 

 我々は彼とほとんど相違ないルートで極東に向かうことになる。

 縁起でもないが、皇国と戦争状態でもないので大丈夫だろう。

 帝国は地球の反対側の彼らと係争地を抱えるほど広くはない。

 "極東(FAR EAST)"とは侮蔑でもなんでもない、ただの本音なのだ。

 

 とはいえ、別にルーシー人の故事が無くとも士気は上がらなかっただろう。

 回航される艦隊の陣容は、ほとんどあの頃と変わらないのだから。

 

「よくもまぁ、これだけ搔き集めたものです」

 

「港に眠ってた前弩級戦艦を総浚えだ。まさかルーシー人も15年後に同じ規模の艦隊が跡を辿るとは思っていなかっただろう」

 

 汚名を残したとはいえ、ルーシー人の艦隊は当時最強最新鋭の戦艦群であり、極東に回航する価値があった。

 対する我々は今となっては二回り近く型落ちの艦艇だ。連邦への支援ルートの一つ、極東ルートを封鎖するためにはあまりにも頼りない。

 

「万が一の場合、このポンコツで連合王国の極東艦隊やコモンウェルスの植民地艦隊と渡り合え――ということでしょうか?」

 

 であれば、とんでもない貧乏くじだが。

 

「まさか。流石にシェーア提督もそこまでは求めておらん。根無し草の極東租借地のため、漁礁になって根を張る時間を稼げとの事だ」

 

 いや、もっと酷いじゃないか。

 

 

 

***

 

 

 

 キィエール軍港を発って早数週間。尾行していた連合王国の巡洋艦も飽きたのか姿を見せなくなった。

 

 南方大陸西岸を南下するに従って鮮やかになる景色に、北海の灰色しか知らない水兵達はしばらくはしゃいでいたが、数日後には暑さのあまり日陰に死屍累々となった。

 これからは南下するにしたがって涼しくなるとは言え、しばらくはこの暑さが続く。

 居住性の良くない軍艦とはいえ、軍人がして良い態度ではない。

 

「気合が足りん。これなら商船の船員の方が根性があるぞ」

 

 そう兵を叱咤する提督だが、露天艦橋に天幕を張った上、バケツに素足を突っ込んでいては格好がつかない。

 

「君は根性があるな、コンラッド軍曹」

 

「は。親戚が極東で小さいながらも商社を営んでおり、船に乗る機会は多かったもので」

 

 水兵達のように持ち場があるならともかく、客人として乗船している限り涼しい場所を選んで過ごすことが可能だ。

 例えばここ露天艦橋は、艦の前進に伴う風が受けられるため非常に涼しい場所だ。天幕を張っていれば直射日光も防ぐことができる。一等席の一つと言って良いだろう。

 本来であれば自分のような階級の人間が出入りできる場所ではないが、この艦隊に2人しか居ない海兵魔導師と言う立場と、腐っても士官である()()の副官であるというだけで優遇されている。

 恩師を左遷させた張本人だが、そこだけは感謝しなければならないだろう。

 

「海軍は帝国になってから、それまでとは比べ物にならない程にデカくなったが、その水兵の大半は海軍に入ってから海を見たような連中ばかりだ。軍曹のような人材は貴重だよ」

 

「光栄です」

 

「……そして君と同じように、彼女も貴重な人材なのだろうな」

 

 艦長は天幕から顔を出して上空を見上げた。

 日光を躱すため細められた目の先にあるのは、かれこれ半日近く飛び続けている上官の姿だった。

 

 

 

 我々海兵魔導師が艦隊内の伝書鳩扱いされ始めたのは、出航して間もなくであった。

 手旗や旗旒信号よりも大容量の情報を運ぶことが可能であり、内火艇よりも素早くて海面の状態も選ばないとあっては、当然の帰結であった。

 

 もちろん、使い走りの対価として階級以上の待遇を融通して貰えたものの、あまり勤勉でない上官は頻繁に呼び出されるのがお気に召さなかったらしく、適当な任務をこじつけて逃れようとした。

 

 「演算宝珠の耐久試験」とやらもその一つだ。

 

 戦艦という男所帯に居る少尉(女性)に気を使っているのか、提督は「飛べるだけ飛んで来い」と許可してしまった。

 お陰様で、今日の伝書鳩は1羽で2倍の業務をこなさなければならない。苦言の一つや二つ許されるだろう。

 

「変わったお方です。優秀なのは間違いありませんが」

 

「"聡明にして類稀なる長距離作戦能力。ただし、戦意と協調性に極めて乏しい"――左遷に際しての評価だ。部下である君はどう思う?」

 

 彼女より長期間海兵魔導師として訓練を積んだ我々より、遥かに海軍の可能性を拡張する能力を持っていることは間違いない。

 帝国海兵魔導師の役割が、ただの着弾観測から索敵・制空に発展しつつあるのは、他ならぬ彼女のお陰だ。

 だからと言って、その歯に衣着せぬ物言いで自身どころか恩師を左遷させるのはどうかと思うのだが。

 

「"聡明"というよりは"視点が高い"と言う表現がしっくりと来ます。我が国を取り巻く外交関係をしっかりと整理した上で"勝てない戦争はするべきでない"と論じることができる。しかし、論理的に正しくとも軍人として相応しくないとされるその言動が評価に繋がっているのでしょう」

 

「"勝てない戦争はするべきでない"――か。もちろん、そのとおりだ。

 では軍曹、次の戦争で帝国は勝てると思うか?」

 

「――相手に依る、としか」

 

 そう答えたところ、提督は少尉の卒業論文の写しを引っ張り出して苦笑した。

 

「ここに書いてあることとそっくりだ。君も上官に似てきたな」

 

 不本意な評価に少し顔を歪ませてしまったのだろうか、提督が肩を叩きながら「冗談だ」と笑った。

 

 

 

 日が西の水平線に顔を隠した頃、東の空にパッと光が生じた。

 少し涼しくなって元気を取り戻した水兵達が、やれ一番星だ、やれ流星だと騒ぎ始める。

 

 そんな水兵達を上空から見下ろしながら、艦隊各艦から搔き集めた日報を手にブリュッヒャーへと着艦する。

 

「軍曹ご苦労。今日の伝書鳩はこれで終わりだ。晩飯が君を待っている」

 

 艦内の食堂の位置を指す提督に礼を言い、艦橋を降りようとするが。

 

「――そう言えば軍曹、少尉は一緒ではないのか」

 

「いえ、先程までまだ上空で飛んでおりましたが……」

 

 食い意地の張った上司の事だ、流石に晩飯まで抜くことはないだろう。

 未だ食堂には行っていないとのことであり、訝しんで空を見上げるが、日没後の光量では少尉を確認することができなかった。

 魔導師は飛行機と違って静かなのも発見を困難にしている。演算宝珠を起動して魔導反応を探ってみるが――。

 

「魔導反応もありません。既に降りたのでは?」

 

「この艦以外にか?」

 

 海兵魔導師の増員に伴い女性も増えたとは言え、彼女らは基本的に本国勤務だ。地球の裏側に左遷されるような問題児は未だ一名しかいない。

 すなわち、女性向けの施設がこの艦にしか備わっておらず、他の艦に降りてしまえば寝床どころか着替えもままならないらしい。

 

「意外と平気そうですが」

 

「船上の男は皆餓狼だ。魔導師とて無事ではすまん」

 

 厄介なことに見てくれだけは100点満点中120点だ。

 水兵達は毎晩お世話になっていることだろう。中身を知らないのは幸せなことである。

 

 提督が手隙の水兵を呼びつけて少尉を探させようとしたところ、伝令が艦橋へ登って来て妙なことを告げた。

 

「提督。艦隊左方に現れた火球ですが、流星ではなく炎上した人工物のようです。波間を漂流しながら燃えているように見えます」

 

 また連合王国が尾行のついでにちょっかいを掛けてきたのか、と提督は双眼鏡を手にする。

 自分もそれに倣うが、下士官用の安物では倍率も光量も足りず何も見えない。日中ならまだマシだったのだろうが。

 

「なるほど……ほとんど消えかけているが、確かに燃えている。南方大陸の植民地から気球が流されて来たのではないか? 万が一、人が乗っていた可能性もある。軍曹、少し見てきてくれないか」

 

 艦隊を崩したり、内火艇を下ろしたりする程ではないらしい。

 巣に戻りかけた伝書鳩は、浮き輪を片手にもう一っ飛びする羽目になった。

 

 

 

「助かったよ軍曹」

 

 提督の言う"万が一"が正しかったと気づいたとき少し冷や汗が出たが、波間に漂う影が見知った顔だと分かった途端に、浮き輪を取り落としそうになった。

 

「何をしているんですか?」

 

「海水浴」

 

 浮き輪だけ放り投げて帰還だ。後は南方大陸まで泳ぐなり、鮫の餌になるなりどうぞ。

 

「冗談だ軍曹。演算宝珠が熱暴走した。工廠は連続12時間駆動を考慮していなかったらしい」

 

 そんな無茶をさせるのはアンタだけだ、と喉まで出かかった言葉を飲みこむ。

 

「泥沼の塹壕戦を想定した陸軍の個人装備にしては、()()()だとは思わないか?」

 

「小銃だって連続射撃を続ければ焼き付いて撃てなくなります。少尉がやったのはそういうことですよ」

 

 陸軍の航空魔導師とて、四六時中演算宝珠を起動しているわけではない。

 むしろ、非魔導依存訓練等がある辺り、塹壕に籠っている間は魔導反応を探られないように起動しないのだろう。

 

 その点、海兵魔導師は下が海なので作戦行動中は常時演算宝珠を起動しなければならない。

 新しくかつ小さな兵科であるが故に陸軍と同じ装備を使用していたものの、昨今の騒動の後、海兵魔導師はゆっくりではあるが兵科として独り立ちを始めた。

 装備の設計思想と兵科の運用思想がズレていることが問題視されるのは遠い未来ではないだろう。

 少尉の道楽も、あながち的外れではないのかもしれない。

 

「軍曹の言うとおりだ。装備の設計思想を誤って解釈すると碌なことにならんな」

 

 少尉が海面に浮いている炭に手を突っ込むと、半分溶解した演算宝珠が取り出された。

 

「よくご無事で」

 

「術式が使えない状態で軍服に燃え移ったときは焦ったがな、完全装備で飛んでいたのが幸いした。銃剣でベルトごと裂いて事なきを得たよ」

 

 嫌な予感がしたが時既に遅し。渡した浮き輪に乗せた上体は危惧したとおりの恰好だった。

 濡れた躰に月明かりが反射して艶めかしい。この状態で連れ帰ったら艦内は乱痴気騒ぎになることだろう。

 

「……相変わらず、見た目だけは良いことで」

 

 こちらの動揺を隠すために、奥歯で頬の内側を噛んで苦い顔を作る。 

 

「見た目"も"良い、だろう? ところで軍曹、上着を貸してくれ。このままでは流石に不味い」

 

 不味いどころか大事件だ。

 ただでさえ、男所帯の水兵の中に異性が混じっているというだけで、提督に気を使わせているのだ。

 これ以上問題を起こさないでいただきたい。

 

 

 

***

 

 

 

「不貞腐れているんじゃないかと心配したが、元気そうで安心したよ」

 

 再度編制された帝国極東艦隊が無事ティンダー要塞へ到着したとの知らせを受け、ケーニヒス要塞へと赴いた。

 要塞司令官を務める同期は要塞砲の射撃訓練の最中であり、砲撃音と自身の部下を叱咤する声にかき消され、私の声は届いていなさそうであった。

 

「ん? あぁ、シェーアか。華の戦艦部隊提督は暇なのか?」

 

 三度声をかけたところようやく気付いたヒッパーであったが、その声色は極めて不機嫌であった。

 

「忙しい中わざわざ訪ねてやったんだ、感謝の言葉を期待していたんだがな」

 

「ここに居れば不機嫌にもなるさ」

 

 そう言って顎で指した先は要塞砲陣地である。

 野砲とは異なる大口径砲独特の重低音が響く。

 

「……問題なさそうに見えるが?」

 

 そう訝しんだところ、ぐいと無言で双眼鏡を押し付けられた。

 遠方の標的の辺りに高々と水柱が上がる。

 

「そこそこ近いじゃないか」

 

「今ので一体何斉射目だと思っている? これは艦砲じゃない、要塞砲だ。射程内の海域には諸元を作成しているべきなのに、未だ夾叉弾すら得られていない」

 

 "職務怠慢だ"とヒッパーが憤るとおり、十分な練度を有しているとは言えない海軍要塞であったが、原因の一端は私が勤める戦艦部隊にある。

 

 この二~三十年で急速に拡大し、世界第二位の戦力を有するに至った帝国海軍。

 その世界有数の工業力で艦艇はドンドン造れても、肝心の水兵(セイラー)の育成が全く追いついていなかった。

 連合王国との建艦競争の真っ最中であった帝国は、並べた戦艦群が()()()()()だと悟られないよう、海軍要塞兵員等の陸上勤務の兵隊を片端から戦艦に放り込んだ。

 

 その結果、砲が扱えるからと戦艦に載せられた水兵モドキは未だ船酔いを完全に克服することができておらず、主要要員を引き抜かれた海軍要塞は備砲の運用ノウハウすら失いかけているといった有様である。

 建艦競争から降りたことで水兵不足は将来的に解消される見込みであるが、新規起工艦が無いだけで、現在建造中の改バイエルン級戦艦や改マッケンゼン級大巡洋艦の就役は今後もしばらく続く。帝国海軍史上最も大型であるこれらの艦級はその体躯に応じて必要な乗員数も多く、就役前から海軍省を悩ませていた。

 

「悪いとは思っている。だからこその在庫一斉処分だ」

 

 極東に派遣した大量の前弩級戦艦は、そこで(フネ)として運用するために地球を半周させたわけではない。

 文字通り帝国極東植民地の「礎」となるべく、戦略的に重要な根拠地の即席要塞として半永久的に錨を下ろしたのだ。

 なお、文書手続き的には座礁により除籍である。

 

 前弩級とは言え戦艦は戦艦。

 漁村に毛の生えた程度の極東植民地があっという間に海軍要塞へ早変わり。

 

 動かなくて良いので、機関要員や航海要員は本国へ召還して新造艦の乗員へと充てることも可能だ。

 

「極東に送った前弩級戦艦の乗員が帰ってくれば、海軍の人手不足も少しはマシになるだろう」

 

「だと良いがな」

 

 そんな付け焼刃で、帝国海軍が慢性的に抱える問題を解決できるほど、世の中は甘くない。

 

 そもそも、陸軍国家に生まれたにもかかわらず海軍を志すなど、出世的にもあるいは世間体的にも初めから二番手を目指すようで具合が悪いらしく、志願者だけで兵員を満足した年度は一度も無かった。

 (兵員の多くを徴兵制で賄っている陸軍と違って、海軍は志願兵に頼る傾向にある。)

 

 そしてついこの間、連合王国との建艦競争から降りた帝国海軍は、その拡大のペースを大幅に落としてしまった。

 去年までのイケイケドンドン状態であればともかく停滞期に入ってしまった以上、ただでさえ少ない海軍志願者は、来年には大幅に減ることだろう。

 

「水兵の人気が無いのはもちろんだが、魔導師からの人気が無いのも問題だ。陸軍は建艦競争から降りたことへの補填として海兵魔導師の割り当てを増やすと言っているが、これではまた碌でもない連中を押し付けられるだけになりかねない」

 

 これまで着弾観測を主な任務としてきた海兵魔導師であったが、ブランデンベルガー候補生(当時)の登場によりにわかに索敵任務への適性が拓けた。

 飛行船よりも気象状況を問わず、水雷戦隊より速くて視認範囲が広く、艦載機より発着艦の手間が少ない。

 そんな、艦隊の"目"に求められるところに丁度手が届く、そんな存在に海兵魔導師は昇華しようとしていた。

 更に、ヒッパーは魔導師による長距離対艦攻撃すら検討しているらしい。

 

 ところが、これまで使えない魔導師の最終処分場として機能してきた海兵魔導師には、まともな士官が少なかった。

 ヒッパーが望む対艦攻撃等、母艦から遠く離れた魔導師隊の指揮を一体誰が取れるというのだろうか。

 

「そういえば、"彼女"は元気なのか?」

 

 本国には候補生としてしか居なかったというのに、良くも悪くも逸般的な海兵魔導師の代名詞と化したブランデンベルガー少尉。

 彼がこんな窓際にいる原因だが、なんだかんだと彼女を買っているのか。

 

「元気だよ、元気過ぎて困るぐらいだ」

 

 極東艦隊の航海中、中継地の南方大陸植民地等から報告書が随時送られてきていた。

 

「演算宝珠を連続12時間駆動させて炎上・溶融で全損させた。それも着任後支給したての新品をだ」

 

 海軍工廠曰く、前代未聞だそうだ。

 初期不良の線も考えられたが、十分なスクリーニングを通過しているので薄いという。

 

「左遷先でくらい大人しくできんのか」

 

 のほほんとした要塞師団相手に辣腕を振るっている貴様が言うことじゃないと思うがな。

 

 しかし、左遷されてもなお血気盛んなヒッパーと違って、彼女は"演算宝珠を喪失した"ことを理由に随分とのんびりしているらしい。

 一応、演算宝珠の一件に関して始末書も出させたのだが、「現行の演算宝珠では海兵魔導師の任務に対して能力不足」と、自分の行動を棚に上げて演算宝珠に責任を押し付けてきた。

 同行しているコンラッド軍曹からは、「少尉は"演算宝珠が無く職務を遂行できない"と女優の様に嘆きつつ、極東植民地で優雅にバカンスを楽しんでおります」との愉快なメモすら送られてきている。

 

「海軍は彼女にお灸を据えるために極東に蹴り出したのであって、太平洋の赤道直下で海水浴をさせるために公費を使って船旅をさせたわけではないんだがな」

 

 "優秀な怠け者だ"、とヒッパーは笑った。

 半分どころかほとんど彼女自身の所為とは言え、左遷された部下が元気だと分かって少し機嫌が良くなったようだ。

 

「彼女の言うとおりだな。普通の兵隊なら銃が無くとも塹壕を掘ったり輜重を運んだりと仕事があるものだが、魔導師の職務は演算宝珠の所持が大前提だ」

 

 一応、士官としてのデスクワークもやっているようだが、そもそも極東艦隊の規模が小さく書類仕事の絶対量が少ないため、彼女を十分に拘束できていない。

 

「確かに、遊ばせてしまっていることは否めない」

 

 帝国魔導師の最終処分場こと海兵魔導師士官の中ではトップクラスに使える人間であることは間違いない。

 多少、士官学校の卒業論文が尖っていたところで、捨ててしまえるほど海軍の人的資源には余裕が無かった。

 だが、禊は済まさなければならない。

 

「海軍中央に目を付けられない程度には仕事を回してやろう。左遷の経歴も後から見れば、皆が通る駐在武官として扱ってもらえるかもしれん。その方が彼女のためだろう」

 

 




書いてなかったわけじゃないんです。
この文書ファイルのプロパティには「作成日時2020.6/21」ってあります。
ただ、出来るまで半年以上掛っただけなんです(言い訳)
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