海軍は陸軍の外局ですか?   作:かがたにつよし

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第6話:テストパイロットの海軍士官(2)

 キャンフィールド中尉から放たれる光学術式が掠める度、背中に悪い汗が流れる。

 死なないと分かっていても、当たりたくはない。

 模擬術式とはいえ、ちょっとは痛いのだ。

 

 大柄な連合王国式の演算宝珠は、大出力の長距離射撃を行うために先端に術式投射用の銃身が設けられている。故に、距離を取っていれば相手の演算宝珠の向きを見て術式を避けることは十分可能だった。

 通常の帝国式演算宝珠を使用していれば、という注釈が付くが。

 

 コンペティションに参加したH&K社の演算宝珠は、その圧倒的な長距離作戦能力の代償として、術者に対する反応が致命的と言えるほどに遅かった。

 相手の演算宝珠の銃身を見て、否。予備照射を受けてからでも間に合うはずの回避ですら、この演算宝珠は許してくれない。

 

 

 

 だから、私は決して先手を奪われるわけにはいかなかった。

 

 

 

 常に、先に避け続ける。

 演算宝珠への術式の入力から発動までのタイムラグが大きいなら、先に術式を放り込んでおけば良いのだ。幸い演算宝珠自体は連合王国式のものより幾分軽量小型なので、機動性自体は悪くない。

 後は、キャンフィールド中尉が入力済みの軌道へ術式を撃ち込んでこないことを祈るだけだ。

 

 攻撃?

 Ping3~4桁の回線で当てることのできる猛者が居たら替わってもらえないだろうか。

 

「少尉、バッヘム技師から射撃精度を上げろとの要望が。皇国軍担当者は射撃精度について疑義を持ち始めております」

 

 千日手という名のコイントスを続けていたところ、地上のコンラッド軍曹から通信が入った。

 皇国軍担当者は見る目があるな、そのとおりだよ。

 

 相手が射爆場の的ならともかく、機敏に動く魔導師なのだ。

 照準して術式を放り込み、しばらく経って発射される頃にはキャンフィールド中尉はもうそこには居ない。

 

「バッヘム技師に伝えろ、射撃精度を上げたいなら案山子相手に限るとな!!」

 

 キャンフィールド中尉の照準の精度も上がってきた。私の回避機動が不自然なことに気が付き始めているのだろう。

 しっかりと避けているものもあれば、明らかに外れている射撃に突っ込んでいこうとする動きも生じてしまうのだ。

 

「誤魔化すのも限界なので格闘戦に移行してください、と」

 

 無理難題に大人げなく怒鳴ってしまったところ、返ってきたのはまたしても勝手な要望だった。理系の癖に人使いが荒くないか?

 

 とはいえ、術式が当たらないことを祈り続けるのでは勝ちの目が無いのも確かであった。

 賭博は嫌いだが、それ以外に道が見当たらない。いや、ただ確認していないだけで、その道も行き止まりなのかもしれないのだが。

 

 遠距離での回避行動を止めて近接格闘戦ができるよう軌道を変更し、演算宝珠の柄を背中側に跳ね上げる。キャンフィールド中尉もこちらの意図に気付いたのか射撃を停止し、模擬魔導刃を起動した。

 愚かな。そのまま射撃を続けていれば稚拙な機動で接近する私を落とせたかもしれないのに。

 

 魔導刃同士が交錯し、網膜を焼く火花が飛び散る。射撃戦よりは可能性を感じられる一撃だった。キャンフィールド中尉の顔に張り付いていた余裕の笑みが薄くなる。

 射撃戦では致命的な欠陥だったタイムラグも、ここまで張り付いてしまえば気にならない。なんたって四肢は私の思い通りに動くのだ。

 キャンフィールド中尉の男性由来の屈強な肉体や反応の良い術式も、大柄な演算宝珠に跨っているという姿勢の悪さが足を引っ張り生かし切れていない。

 

 しかし、決め手に欠けるのも事実だった。

 浮いたまま魔導刃を打ち合うのは、若干有利とは言えあと一歩届かない。その一歩を補うべき近距離戦での機動力はこの演算宝珠には備わっていなかった。

 だが、キャンフィールド中尉の体勢が整わない今こそが僅かなチャンスでもあった。

 

 キャンフィールド中尉の死角を取るための機動術式を演算宝珠に放り込み、発動までの間鍔迫り合いを継続する。その後は機動力で中尉を翻弄して勝てる――ハズであった。

 何かを察したような中尉が、絶妙なタイミングで魔導刃を押し返して距離を取るまでは。

 

 慌てて術式をキャンセルするが時すでに遅く、間抜けな機動で中尉の前に躍り出てしまった。

 防御のために戻した両手は冷静に振られた中尉の一撃で跳ね除けられ、無防備な躰がさらけ出される。

 キャンフィールド中尉はそのチャンスを逃さないよう演算宝珠から身を乗り出して右手と共に魔導刃を突き出し――

 

 

 

 ――私の左胸を()()()と掴んだ。

 

 

 

 こういった演習や模擬戦で使用される模擬術式は人体に当たると消失し、当てられた人間が自覚できるようピリリとした電流のような刺激を与える。

 キャンフィールド中尉が突き出した魔導刃はしっかりと私にヒットした。十分に撃墜だと判定されるだろう。しかし、だからといって身を乗り出した中尉の勢いは止まらず、私に当たったことで消失した魔導刃の刃渡りの長さ分つんのめって、身を支えるものを掴んでしまったという訳だ。

 

 どうせ減るわけではない。

 そう思っていると信じていたのだが、20年近く維持していた肌の純潔を失ったのは、私にとって意外と大きな衝撃であったようだ。

 

 反射的に後退機動の術式を叩きこむと共に、右足を蹴り上げてしまった。

 遠心力で加速した爪先が、演算宝珠から身を乗り出した中尉の《当たってはいけない所》に突き刺さり、革製の軍靴越しに嫌な感触を伝えてきた。

 

 

 

「やり過ぎです、少尉」

 

 地上に戻ってきた私に対して、軍曹は辛辣だった。

 大事な所に手を出された上官より、使わないかもしれない部分に爪先が刺さっただけの敵兵に気を使うのか。同性より同国軍人の肩を持って欲しい。

 

「感触的には……大丈夫だと思う」

 

 私はその辺りの塩梅に理解がある女なのだ。あれは致命傷ではない、多分、いや恐らく、きっと。

 

 ガニ股のままふらふらと着地したキャンフィールド中尉は、同僚の肩を借りてなんとか歩いている状態だった。あれはしばらくそっとしておいた方が良さそうだ。少なくとも、戦闘開始前の様な紳士然とした対応は期待すべくもない。

 だからと言って、握手で始まった出会いが金的で終わるのも申し訳ない気がする。仮想敵国の同業者だ、次の機会は模擬戦ではなく本当の殺し合いかもしれない。

 肝心な場面で妙な引け目を感じないよう、何とか清算できないだろうか。

 

 

 

***

 

 

 

 後日、皇国軍は連合王国製の演算宝珠を採用すると正式に通達があった。

模擬戦の場でおおよそ分かっていたことではあるが、いざ書面が届くまでは人は一縷の望みを抱いてしまうようだ。そのバッヘム技師は書類を握り締めながら意気消沈していた。まるで志望校に落ちた受験生のように。

 

「行けると思ったんですがね……」

 

 あれで?

 H&K社からすれば商売の機会を逃したのだが、皇国からすれば不良品を掴まされずに済んだのだ。第三者としては、悪徳商売に加担せずに良かったというのが正直な感想である。

 

「皇国が求める長距離作戦能力と格闘戦能力、どちらも十分だったハズですが……」

 

 グチグチと嘆き続けるバッヘム技師とて、自身の演算宝珠が致命的な欠点を抱えているのは十分理解してるのだろう。模擬戦の後、演算宝珠のログを確認したのは他ならぬ彼なのだから。

 

 言い方は悪いが、所詮バッヘム技師――いやH&K社は工作機械メーカーであった。演算宝珠を製造するための機械は作るセンスは有していても、演算宝珠自体を作るセンスは育っていなかったのだろう。

 一度でも正式採用された演算宝珠を設計していれば、術式分割機構の遅延は致命的な欠点だと分かったはずだ。

 

「まぁ、ダメで元々だったのです。良い所まで行ったため変に期待を抱いてしまいましたが、本来の目的は達成できました」

 

 本来の目的とは、帝国軍の演算宝珠コンペティションに参加することだとか。

 帝国軍の仕様書には一見さんお断りのため、参加要項に"過去に軍用演算宝珠を設計した経験を有するもの"との記載がある。H&K社はそこに参入しようとしているのだ。

 皇国のコンペティションに参加したことで、採用されなかったとはいえ"軍用演算宝珠を設計した経験"が担保されたので、次回以降の帝国軍のコンペティションには参加できることになっているという。

 

 とはいえ、実際には技術力と経験で既存の装備品を供給している工廠に軍配が上がると思うが。仕様やコンペティションの結果を捻じ曲げようにも、軍に対する政治力も民間企業では限界があるだろう。

 

「幸い、シェーア提督から海兵魔導師用次期演算宝珠の案内をいただいております。当分はこれを目指して開発を続けることになるでしょう」

 

 私達用のものか……。

 その時までにはもう少しマシなものになっていることを祈っているよ。

 

 

 

***

 

 

 

 その後、バッヘム技師らH&K社の面々は皇国軍の担当者や技術者と1カ月程度の交流をし、帝国へと帰還することになった。皇国軍としても、ライセンス生産のみならず技術供与まで提案しているH&K社を、コンペティションに落ちたからと言ってばっさり切り捨てるつもりは無かったのだろう。

 

 戦艦・戦闘機・戦車・演算宝珠。

 これらの近代兵器が自前で設計開発・製造できる国家は限られており、それができてこそ"列強"であり"一等国"であった。秋津洲は列強の末席に座ってはいるものの、未だ演算宝珠の自力製造には漕ぎ着けておらず、真の"一等国"とは言えない状況であった。

 

 開国以降なりふり構わずに富国強兵に努めてきた秋津洲にとって、H&K社の提案は非常に魅力的なものであった。コンペティションに落ちたにもかかわらず、"お雇い外国人"としてH&K社の技術者を招く話もあったという。

 

 しかし、H&K社の本来の目的である帝国海軍海兵魔導師用演算宝珠の開発のため、技術者達は帝国へと帰国することとなった。無理に引き留めて連合王国からの要らぬ警戒を買うことは、まだ時期尚早だと判断されたようだ。

 その機会が来たときのため、パイプを繋いでおくことの方が重要だと考えられたのだろう。

 

 

 

 このようにコンペティションが終わった後も引っ張りだこであったバッヘム技師とは異なり、私はまたしても事実上の休暇を謳歌していた。

 キィエールから"秋津洲大使館付駐在武官"の辞令が届き、しばらくこの国に滞在することとなったが、ティンダー要塞に赴任した時と同様にやることが無かった。しばらくは演算宝珠が過熱するような長距離訓練にコンラッド軍曹を付き合わせることで遊んでいたのだが、彼は溜っていた休暇を放出するという卑怯(真っ当)な戦術で逃走したため、文字通り手持無沙汰となってしまった。

 暇すぎて、勤務時間中に謝罪を兼ねてキャンフィールド中尉をお茶に誘ったほどだ。

 

 そのキャンフィールド中尉だが、皇国軍で新規採用された連合王国製演算宝珠の教官を務めているとのことで、余り暇そうではなかった。

 私に付き合ってくれたのは連合王国人らしい紳士然対応ということだろうか。

 

 しかし、模擬戦での一件以降、秋津洲人から尊敬を買っていたその紳士的態度が、助平の代名詞となってしまったと嘆いていた。

 申し訳なかったと言いたいところだが、残念ながら自業自得ではなかろうか。模擬術式は射撃も魔導刃も当たれば消えることを知らなかったとは言わせない。演算宝珠から身を乗り出した攻撃は実戦なら有効だったであろうが、今は平時なのだからその後の事を考えるべきだった。

 

「アウェーな環境で愉快な個性が付いて良かったのでは?」

 

 秋津洲人も取っ付き辛い気障野郎より、変態紳士の方が話しやすいだろう。異文化交流だと思って大目に見て欲しい。

 

 事実、キャンフィールド中尉も嘆きながらもまんざらではなさそうであった。世界帝国たる連合王国の軍人なのだ。多種多様な人種の中で上手くやっていく必要がある。いや、やっていかなければならないのだろう。本国は小さな島国で、本当の力の源は遠く離れた植民地だ。過剰な偏見は彼の国では出世を阻む要素となる。もちろん、私がかつて生きていた時代とは物差しの目盛間隔が全く異なるが。

 

 

 

「ところで、ブランデンベルガー少尉は暇なのか?」

 

 何度目かの()()の際、キャンフィールド中尉が切り出した。

 曰く、件のコンペティションを見ていた皇国魔導師の一部から、長距離作戦の顧問として私を招きたいとの声があるとのこと。

 いや、大使館を通じて言えよ。

 

 内実は皇国魔導師隊の組織に由来する問題であった。

 連合王国を模範として組織された皇国海軍とその海兵魔導師は連合王国製の演算宝珠とその戦闘教義に満足していたが、建軍以来帝国陸軍を手本としていた皇国陸軍とその航空魔導師には不満があるようだ。

 

「まぁ、同じ演算宝珠を採用しているだけ、我が国(連合王国)の陸海軍の仲の悪さと比べれば遥かにマシさ」

 

 どこも似たようなものか。

 軍事費という限りある予算を奪い合う官僚組織なのだ。仲良くなれるはずがない。

 

 しかし、H&K社の演算宝珠と比較して長距離作戦能力に劣る連合王国製の演算宝珠で、皇国海軍が満足しているとはどういう了見なのだろう。彼の国の海軍は色々な要素を切り捨ててまで航続距離を重視するのではなかったのだろうか。

 

 その疑問は大使館経由で正式に顧問としての要請が来ることで解決した。

 

 

 私の教導を要請したのは、皇国陸軍の加藤少佐。設立されて間もない皇国陸軍魔導師の実戦部隊指揮官だという。

 少佐の開口一番は、意外な情報であった。

 

「海軍の連中は長距離作戦能力というのをあまり重視しておりません」

 

 え、そうなの? 海広いじゃん。

 

 もちろん、一部には長距離作戦能力を与えようと考えている人間もいるらしいが、それは少数派とのことであった。汎用性に富む魔導師だが、如何せん数が少なかった。希少な魔導師を母艦から遠く放って損耗することは、リスクに対してリターンが少ないと考えられていた。

 それもそのはず。未だ大戦が起こっておらず、内南洋を手に入れていない弧状列島の海軍は、対ルーシー戦役の様に「近海で敵主力艦隊を迎え撃つ」ことを金科玉条としており、荒れ狂う太平洋にちっぽけな魔導師を飛ばす必要はどこにもなかった。

 

 艦隊同士の決戦が起こる様な戦争であれば、少なくとも宣戦布告あるいはそれに準じた最後通牒等が手渡されてからであり、奇襲を受ける可能性は少なかった。また、戦艦を持つような列強が極東に艦隊を派遣しようとすれば、自ずとルートが限られてくるため、そこを前線配備した通報艦で捉えれば十分だとの考えであった。

 

「皇国陸軍では魔導師を騎兵に代わる兵科だと考えております。対ルーシー戦役で我が国の騎兵隊が任されたが実現できなかったこと、これを魔導師で実現したいと考えております」

 

 対ルーシー戦役時、ルーシー軍の補給線は首都ピチルブルグから遥か東方のマンチュリアの前線まで、1本の鉄道"シベリア鉄道"で賄われていた。なお、開戦当時シベリア鉄道は全線開通しておらず、輸送力が不足していた。敷設の終わっていなかったバカイル湖周辺は、険しい地形による難工事となっており、秋津洲との戦争中にようやく開通したほどであった。

 そんなルーシーのアキレス腱を、皇国が狙わない訳が無かった。

 

 ところが、皇国軍の前線からバカイル湖までは約2000kmもあり、とてもではないが騎兵で到達可能な距離ではなかった。諦めて手前のマンチュリア支線を狙い、度々騎兵の小部隊を派遣したが、ルーシーの反撃やマンチュリアの自然に阻まれ、最後まで叶わなかったという。

 

「騎兵隊がルーシーの補給線を叩けなかったため、我が軍は数的優勢なルーシー軍相手に大きな損害を出すこととなりました。次の機会では、同じ失敗を繰り返すわけにはいきません」

 

 帝政が崩壊して共産主義国となったルーシーだが、秋津洲に復讐戦争を挑む気は変わっておらず、マンチュリア周辺には大軍を置いていた。もちろん、皇国もそれに対抗して軍隊を配置しているが質量とも十分とは言えない状況だった。

 シベリア軍団だけではなく、欧州から増援が来るようであればマンチュリアどころか大陸が持たない――そう考えた皇国陸軍は、シベリア鉄道の破壊工作が可能な兵科を探し、魔導師に行きついた。

 マンチュリアの広大な荒野を抜けるためには、大喰らいの機械化部隊では物資が足りず、この時代の航空機では航続距離が足りなかったのだ。

 

「つきましては、長距離飛行の権威たるブランデンベルガー少尉には、皇国陸軍魔導師に長距離浸透訓練を行っていただきたい」

 

 いつの間に権威とやらになったのだろう。

 それに、私にできることは海上を魔力垂れ流しで飛ぶことであり、隠密に浸透することではない。

 とはいえ、馬鹿正直に宣言してお断りするのもキャリアに瑕がついてしまう。何とか適当にごまかせないだろうか。彼らはニンジャの末裔なのだ。飛ぶことだけ教えれば、後は彼らが創意工夫で何か良い感じにやってくれることを期待しよう。

 

 

 

 魔導師の能力は生まれ持った才能に依存する。単位時間あたりに生成できる魔力量、自身に蓄えて置ける魔力量、単位時間あたりに放出できる魔力量。そういった術式運用の根本的な要素は、個人の"定数"とされており、訓練では運用効率を上げることしかできない。

 ――と、経験的に言われている。

 

 不思議に思って士官学校時代に文献を漁ってみたが、どいつもこいつも「昔から言われている」で誤魔化していたり、出展も定かではない古の書籍を参照していたり、再現性に乏しい計測であったりと、ついぞ確実かつ定量的な証拠を見つけることができなかった。

 魔導師という魔法のプロフェッショナルになって薄々感じたことではあるが、我々は「なんとなく」で魔法を使っている。

 今使っている術式も、古来から伝わっている聖句であったり、それらを組み合わせたらある日偶然上手くいったものだったりと、ブラックボックスを開けるには至っていない。

 

 魔法というエネルギーが一体何なのか。

 それを物理世界に干渉して事象を発現させる術式はどういったものなのか。

 

 人類は、これを定量的に計測し、または人語に読解する術を未だ持っていない。故に魔法は「神の権能」と比喩されているのだ。

 

 

 

 しかし、私は科学者(サイエンティスト)ではなく技術者(エンジニア)だ。三現主義に基づいて、現実的に魔法で実現可能な範囲を調べなければならない。

 

 要は、落ちるまで飛ばせればよいのだ。

 流石"精神エネルギー"と言われるだけあって、精神論と相性が良いな。

 

 

 

***

 

 

 

「皇国は広いそうですね。案内してもらえないでしょうか」

 

 ブランデンベルガー少尉に長距離浸透の教導を依頼した際、彼女は冗談交じりにそう言った。

 確かに皇国は広い、と言うよりは細長い。北はクリル諸島から南は高砂島まで、緯度にして30度も幅があるというのは、陸地が小さくまとまった欧州では考えられないことなのだろう。

 軍隊、それも士官ともなれば全国転勤は避けられず、それを理由にエリートコースを避ける人間もいるのだが、帝国の様にわざわざ海軍の艦艇を借りなくても長距離訓練ができるのは得難い利点だ。

 

 少尉は軍機に当たらない程度の大雑把な地図を眺めながら、「どうせ飛ぶなら観光がしたい」と言い出した。

 西洋人にとってはオリエントな風景が物珍しいのだろうか。しかし、皇国に貢献してくれる所詮"お雇い外国人"だから許されるものの、秋津洲の軍人が発そうものなら"職務怠慢""敢闘精神の著しい不足"等の官僚文書的罵詈雑言で履歴書が真っ黒になってしまうだろう。

 一応、彼女の要望に応える様に、各地の名産や観光地を提示する。それを聞いた彼女が地図上に航路と経由地を線と点で描くのだが、線が異様に長い。

 

「少尉、航路が長すぎるのでは? 道中で魔力が尽きて落ちてしまうだろう」

 

 少尉は非常識な程長く飛べるようだが、それは彼女の先天的な才能によるものだ。皇国陸軍が想定しているのは陸地での長距離浸透であり、無着陸飛行という前提は必要ない。休憩を挟んでも辿り着くことが出来れば良いのだ。

 だが、彼女は無着陸飛行にこだわった。いや、魔導師の可能性というものに執着していたのだろう。

 

「"魔力が尽きる" 本当にそう思っていらっしゃいますか?」

 

 どういう意味だろうか、と一瞬考え込んだ。

 工廠の技官じゃあるまいし、現場指揮官にそういった学者的な思考はあまり備わっていないのだ。

 

「一般的に"魔力量"というのは、ある魔導師に失神するまで消耗させた時の総魔力量を指します。失神すれば術式の行使は不可能ですから、それ以上の計測も不可能です。

 しかし、この計測方法には欠陥があります。失血死するまで血を流したとしても、人間の血の量を量るのには適していないように」

 

 清流の様にさらりと彼女の口から流れ出た言葉は、私の背中を冷たく下った。

 本当にやる気なのだろうか、たとえ魔力を消耗し尽くして失神したとしても、叩き起こして飛ばさせる。蠟燭が燃え尽きてもなお燭台に着火するような理不尽を。

 だが、彼女の表情は微動だにせず、声の抑揚にも違和感は無かった。

 まさかとは思うが――

 

「……少尉は実践したのか? 魔力が尽きたとしてもなお飛び続けるということを」

 

「試したのですが、先に演算宝珠が音を上げまして。退役後は頑丈な演算宝珠で、賞金が付いているような長距離飛行に挑んでみたいと考えております」

 

 柔らかな微笑を崩さずに答える彼女を見て確信する――頼む相手を間違えた。

 優秀な兵士は、必ずしも優秀な教官になるとは限らないのだ。

 

「ご心配なく、少佐。十字教圏では魔法のことを"神の御業"とも称します。信ずれば叶う、不可能はありません」

 




後2~3話で戦争に突入するといったな?
あれは嘘だ

いや、あまり戦前編が長くなると仮想戦記としての面白みが漸減するのは分かっているのですが、ちゃんと書こうと思うとどうしてもやっておきたいことがありまして。。。
多分後2~3話で戦争に突入します(2回目

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