皇国陸軍航空魔導師1個中隊9名。
それが、ブランデンベルガー少尉の長距離浸透訓練に参加する全員であった。頭数だけでいえばもっと居るのだが、むやみやたらと多くても訓練の質を低下させるだけだと考え、最小限の選り抜きのみとした。
"お雇い外国人"には国内で最も優秀な者たちを預け、その後彼らが次代を育成する。それが我が国のやり方であった。
――先日の打合せにおける少尉の雰囲気から、生半可な者を参加させた場合の被害が頭をよぎったというのも理由の一つではあるが。
「ごきげんよう」
少尉を整列させた中隊の前に案内すると、鈴のような声を発した。
部下達が少しざわつく。無理もない、見た目は冗談抜きで良いのだ。
西洋の女性は幼い頃こそ人形のように可愛げがあるものの、成長するにつれ――我々の美的感覚からすれば
彼女を叩き上げの兵隊の前に出そうものなら、黄色い声でしばらく仕事にならなかったであろうが、精鋭の第一士官で固めていたため動揺は最小限で済んだ。"陸士卒"の肩書はそれ程までに重いのだ。
「帝国海軍魔導少尉のエーリカ・ブランデンベルガーだ。加藤少佐より長距離浸透訓練の教官として招聘していただいた」
少尉という階級はお世辞にも高くない。教導を受ける側が士官ばかりというのもあって、この中では彼女の階級は同率最下位だ。
しかし、彼女が部下に
人種・母国・性別、普通ならマイナスになりそうな要素を上手に取り込み、どもりの無い良く通る声も合わさって、一段上位の教導者を演出している。
「――とはいえ、過剰に"訓練"だと意識して身体を強張らせるのは、長距離長時間の訓練に悪影響を与える。気楽に行こう。外国人である私に、秋津洲の名所や名産を案内する気持ちで頼む」
少尉の言葉に、部下達が張った気が緩むのが分かった。
陸軍士官かつ魔導師という特権階級の恩恵を二乗で授かれる彼らだったが、その代償として今までの訓練は過酷だった。他ならぬ私がそうしたのだから。
しかし、その訓練の内容は既存の兵科の延長線上にあり、魔導師としての能力――特に皇国陸軍が求める能力を鍛えることが出来ていたかは、甚だ疑問であった。
「まずは――そうだな、加藤少佐からこの時期のクリル諸島の鮭が美味しいと聞いた。手掴みで獲れる程の群れが川を遡上してくるそうだ。是非、食べてみたい」
訓練を散歩や旅行に例えるのは良くある話であった。上官が冗談を言ったときは部下も冗談で返して良いという暗黙の了解もある。
故に、彼女の口から出た地点を聞いて、部下達は笑いながら返すのだ。「遠すぎます」「もっと近くに良い所がありますよ」と。事実、クリルは皇都近郊から気軽に飛べる場所でもなく、冬の足音も近づいてきた季節に赴く場所でもない。
だが、残念ながら彼女は本気でこの国を端から端まで巡るつもりなのだ。
***
加藤少佐に案内されたところには、私より立派な階級章をくっ付けた面々。
教官と生徒が逆なのではないかと疑ってしまう。軟弱な帝国魔導師に皇国魔導師が稽古をつけてやる、と言ったところだろうか。
事実、私は魔導師として戦闘能力に秀でているわけではない。特に先日の模擬戦では演算宝珠の性能差というハンディキャップもあったとはいえ、巴戦で負けてしまった。
士官学校時代の白兵戦成績は下から数えた方が早かったため、サムライ・ソルジャーとの呼び声が高い皇国魔導師、それも精鋭中の精鋭には瞬きする間もなく蹴散らされることだろう。
生徒より弱い教官が下手に厳しい訓練をした結果、後ろから刺されるのはゴメンだった。
その点、長距離行動訓練は都合が良い。飛んでいるだけならそう簡単に恨まれないし、恨まれる頃には凶器になり得る演算宝珠は過熱で使い物にならない。どれ程の手練れであろうとも、武器を失っていれば無力化は容易だ。
とはいえ、初めから舐められるつもりはない。
階級の不足は、この国に蔓延っている舶来コンプレックスで補うことにしよう。術式を応用し、ちょっと声質に威厳を持たせたり、気づかない程度に視覚効果を纏ったりと、ちょっと演出するだけで「外国から招いた専門家」像が出来上がる。
「まるで詐欺師ですな」
「失礼な、女優と言ってくれないか」
相変わらず敬意もへったくれもない軍曹だったが、言わんとしていることは分からなくもない。ちょろっと大陸から演算宝珠で飛んできただけで高給取りの"お雇い外国人"扱いしていては、秋津洲中の女工が生糸を紡いでも足りないだろう。
私としてはお人好しの国民性に感謝する一方、悪い奴に騙されないか心配である。
口だけの授業もほどほどに、さっさと実践訓練を行うことにした。
魔導は雑に言ってしまえば"原理は分からないけれど再現性があるから使っている"という、工学者は納得させられても科学者が助走を付けて殴りかかってくるような代物だ。それに、私自身"飛べるから飛んでいる"ところもあるので、下手に話を続けるとボロが出てしまう。
事前に加藤少佐に話を付けてもらった駐屯地を経由して、秋津洲の弧状列島を太平洋沿いに北上して行く飛行計画を提示する。経由地の間隔は、コンラッド軍曹らの実績を考慮して200km程度から徐々に伸ばしてゆくことにした。
流石私、教導者の鏡である。
「飛行距離が長すぎるのでは? 最後の行程に至っては1,000km近くあります」
そこ、うるさい。
君達がサハリンと交換したクリル諸島に全然駐屯地を置いていないからじゃないか。まぁ、島伝いに飛ぶ予定なので最悪その辺りに降りれば良い。心配は無用だ。
実のところ、"イザとなったら降りられる"というのは非常に重要な要素である。
第二次世界大戦時の撃墜王がドイツ人で占められているのは、何度か撃墜されても歩いて基地まで帰ってこれるからだ。如何にエースと言えども、その時々の体調やうっかりミス、ラッキーヒット等で不運に見舞われることがある。そこでリカバリーが利き、貴重な人材を失わずに済むことは大きい。日本人は鮫の餌になるしかなかったのだから。
なお、勝ち戦で余裕のある連合国軍は別枠だ。
それに、私には候補生時代、コンラッド軍曹らを飛行訓練中に疲労困憊で"撃墜"しかけたという前科がある。
「自分ができるので他人にも同様の成果を求めた結果、失敗する」というダメ上司の見本のような失態であった。正直、お咎めなしで卒業できたのが不思議なくらいだ。
それ以降、本国での飛行訓練ではヘボでも貴重な海兵魔導師を失わないよう、恐る恐る飛行訓練を行わなければならなかった。
対して、ここは他国の精鋭に言いたい放題、好きな訓練メニューを押し付けることが出来る。大西洋と比較して秋津洲近海や西太平洋は島嶼が多く、休憩地点にも事欠かない。
それに、万が一の場合は本国に高跳びするという最終手段もある。
秋津洲からも謝礼は出ているとはいえ、所属は帝国海軍である。馬鹿正直に「仮想敵国の兵隊を鍛えてきました」では、駐在武官として2流どころか3流だ。多少無茶を押し付けても大丈夫なモルモットを使って、何か+αの成果物を持ち帰らなければならない。
***
てっきり部下達を扱き倒すのかと思われたブランデンベルガー少尉の訓練は、その予想に反して気遣いに富んだものであった。
部下が過度な疲労を訴えれば目的地でなくとも降着休憩を挟んだし、飛行速度も落とした。
疲労を訴えた部下は「部隊の足を引っ張った」という自責の念に駆られることも多かったが、1対1での個別面談等による精神状態への配慮にも余念がなかった。
飛べなかったことを責めるのではなく、"何故飛べなかったのか"、"どのような症状が心身に生じたのか"を細緻に聞き取るという、我が国の諺である「罪を憎んで人を憎まず」を文字通り実行出来る軍人は、皇国でもあまりお目に掛かれないものだ。
「魔導技術には未知の領域が多く、長距離長時間の作戦行動でのそれもまた同様です」
クリル諸島最北端の皇国軍駐屯地。寒空の中、部下達が川に飛び込んで遡上する鮭を手掴みで獲るのを眺めつつ、焚火で焼いたそれを頬張りながら彼女は言った。
「出来ない事には2種類あります。原理的に不可能なこと、未知の原因が妨げていること。少なくとも同じ人間である私が可能なのです。前者はありえません。であれば訓練を通じて後者を一つ一つ暴いて潰すだけです」
事実、障害となっていた原因は、この訓練を通じて複数特定されている。
例えば、魔導師の精神状態。特に"航法が確立されている"か否かというのは長距離作戦能力に大きな影響を与えていることが分かった。
ティンダー要塞から本土まで約1,000kmを飛んできた実績を持つブランデンベルガー少尉が編隊を先導した場合と、なんの実績も無い皇国魔導師が先導した場合では、最初の落伍者が出るまでの航続距離に倍以上の開きがあったのだ。
「皇国魔導師に足りないのは長距離作戦における成功体験です。然るべき技術と経験を取得した上で、"出来る"という自己暗示が成ればこの障害を乗り越えることは容易でしょう」
意外なことに、彼女は魔力量等の個人の資質に言及しなかった。
否、言及したものの、「甲虫にダンプカーを引かせるような無理難題ならばともかく、甲虫同士の喧嘩の勝敗には体格差ではなく"勝った経験があるかどうか"が最も支配的です。もちろん、体格があるに越したことはありませんが」といったように、重要視していないようであった。
人間と昆虫を同列視する思想には苦笑いを隠せなかったが、そもそも自民族以外を人間として見ない連中もごまんといる中では一番マシな部類ではある。
出来た人間なのだろうか。
あるいは、そもそも興味が無いのか。
旬の幸をある程度堪能したところで、変わりやすい北国の空が暗い色と重い風で嵐の到来を告げた。
「少尉、中に入ろう。もうじき荒れ模様になる」
しかし、少尉はその場から動かず、迫りくる雪雲を見つめたままであった。
「少佐、悪天候はどれくらい続きそうなのですか?」
「"しばらく"としか。冬の北太平洋は人の居るべき場所ではない。大型船舶ですら、経済的な大圏航路を避けて通る程だ」
列島沿いであればそこまで荒れはしないが、霧が酷く、こちらも航路に向いているとは言い難い。お陰で、この辺りは冬になると残っている兵隊以外に人間が居なくなってしまう。
訓練前に部下達が"もっと良い所がある"と言ったのは、ある意味冗談ではなかったのだ。
「そうですか。では、休息が取れ次第出発の準備を」
「は?」
少尉は私の話を聞いていたのだろうか。
悪天候で行動を阻害されるのは船舶だけではない。航空機や魔導師だってその例に漏れないのだ。
***
うっかりしていた。
大体定刻通りに飛んでくれる飛行機がある時代の人間には想像し辛いが、この時代の航空機は雨や曇りで飛べなくなる。某南の島の大王並みの稼働率だ。
厳密には、飛べないことは無いが降りることが出来ないというのが正解だろうか。
雲が垂れ込めていれば、どこに滑走路があるのか分からない。適当に高度を下ろせば雲中から突然現れる山腹と熱いキスを交わすことになる。
もちろん、魔導師も例外ではない。
しかし、ヘリコプターの様に垂直離着陸やホバリングが可能な魔導師であれば、運用次第で前述のような事故は減らすことが可能だ。付近の想定障害物よりも高い高度を飛べば良く、迷ったら真っ直ぐ降りてしまえば良い。航空機の様に滑走路も要らなければ、ヘリコプター程の面積も不要だ。下が市街地だろうと山林だろうと、魔導師は降りることが出来る。
なので、秋津海上を飛行し、サハリンを経由してマンチュリアを目指す行程は、可能か不可能かで言えば十分可能だと言える。
海上は高速飛行しても激突する障害物がなく、マンチュリアの冬は高気圧に覆われて晴れやすい。経由地の天候に不安は残るが、慎重に降りれば問題ないだろう。
障害となるのは、北太平洋の比ではない荒れっぷりの冬の秋津海を通ること、その辺の地面がツルハシを弾き返すようになる極寒のマンチュリアが目的地であること程度だ。まぁ、ちょっと距離があるのだが、皆ここまで飛んでこれたので案外大丈夫なのではないだろうか。
けれど、少佐にとってその程度の問題がお気に召さないらしい。
ここは適当な屁理屈で丸め込んでしまおう。せっかくの優秀なモルモットを自由に使える貴重な機会だ。なるべく逃したくない。
「少佐、魔導師の飛行術式は天候により妨げられるものでしょうか」
「いや、そのようなことは無いが……」
「では、索敵術式や攻撃術式が天候により妨げられることは?」
この問いにも否定の言葉が返ってくる。
もちろんそうだ。演算宝珠が濡れたぐらいで術式が発動しなくなったりなんてことはない。まぁ、雨天だと光学術式の減衰が多少早くなったりもするかも知れないが、誤差の範囲だ。
「私達魔導師は"理論上"
さぁ頑張れ私。口八丁手八丁で堅物の首を縦に動かすんだ。
穏やかな笑みを貼り付けて少佐に一歩近づく。どうだ、神造の美に屈するが良い。
「……それは、皇軍に必要な能力なのか? 部下を危険に晒してまでも得るべき力なのか?」
じり、と一歩後ずさる少佐。美女を前に失礼な男である。
「秋津洲大陸派遣軍――"関東軍"がマンチュリアで睨み合っているのは、世界最大のルーシー連邦シベリア軍団です。共産主義者と相容れない政体である貴国に対して、彼らはいつ戦端を開くか分かりません。訓練を恐れるべきか、それとも赤の津波を恐れるべきなのか、良くお考え下さい」
少佐が下がった分だけ私が進む。
もっとも、真正面から行っても引かれるだけなので、斜め前に踏み出して、彼の耳元で囁くように伝える。見てくれ相応の声で良かった。少佐は1920年代にASMRを体験した初めての人間となっただろう。
「帝国の、貴官の真意はなんだ?」
うーん。帝国の信用度が足りていないのだろうか。
帝国の軍需産業は極東大陸に武器を売りさばいており、軍閥の群雄割拠状態という火に油を注いでいる。勿論、帝国政府もそれを大っぴらに支援しているのだ。勘違いした軍閥が手に入れた兵器でマンチュリアにちょっかいを出すこともある。
極東大陸の安定を望む秋津洲としては、帝国の行動にフラストレーションも溜まろうというもの。
しかし、帝国にとっては貴重な外貨収入源なので、適当に見逃していただきたいところだ。
「何も。ただ、共産主義者を相手にしている限り、帝国は貴国と共にあります」
ルーシーの戦力を極東に分散してくれるのであれば、別に誰でも構わなかったりするのは内緒だ。
「先日から秋津洲の兵隊の目つきが厳しくなりました。何をしたんですか?」
加藤少佐の説得に成功し、全天候作戦能力獲得に向けた実験もとい訓練の準備を行っていたところ、コンラッド軍曹から不穏な一言が発せられた。
彼らの中に憲兵や特高は居なかったはずだが。
「まさか。加藤少佐に訓練の必要性を説明して、快く了承してもらっただけだ」
上官の前でデカい溜め息を吐く軍曹。
最近溜め息しか吐いてないのではないか。幸せがどこかへ行ってしまわないか心配である。
「何か知りませんが、不適切な言動があったことは承知しました。精々刺されないように頑張りましょう」
勝手に決めつけるんじゃない。
なお、訓練自体は順調に進んだ。
秋津海上の分厚い雪雲を突破し、氷点下のマンチュリアの大気を抜ける。道中風邪を引きそうになる者が出たため、環境制御用の術式を教える羽目になりスケジュールが後ろ倒しになったが、まぁ許容範囲内だろう。
ちなみに、クリルからマンチュリアまでの最短ルートは、ルーシー連邦領の沿海州に引っかかってしまうため、これを避けるために南下して遠回りをする必要があった。
人民"平等"を謳うルーシー連邦は特定個人に特殊能力を付与する魔導師を良しとしておらず、全員収容所に放り込んでしまったようなので、上空を侵犯しても魔導反応の探知ができずバレないのではないかとも思い、加藤少佐には提案してみたものの、一顧だにされなかった。
常識的な外交判断だと思うが、もったいない気もする。
その後、当初目的は達したという少佐に対して、「極東での皇国の役割を考えると、熱帯での作戦能力も必要」や、「皇国の地理的環境を考えると、渡洋能力も必要」といった適当なそれっぽい理屈をくっつけて、南西諸島から高砂まで巡ることが出来た。
最初は渋っていた少佐も、私の魅力的な提案と部下の加速度的な成長に最後は気を良くして、進んで協力してくれるようになった。「季節が許せば台風の中を飛んでみたかった」等、私ですら尻込みするような発言すら出るありさまだ。
そんな隊長の魂が伝搬したのかはわからないが、いつの間にか彼らは世界中大体どこにでも持っていけそうな魔導師へと成長してしまった。
「……やり過ぎたかもしれない」
「今更でしょう」
訓練終了後、しばらく駐在武官として暇をしていたところ、加藤少佐より"皇国陸軍魔導師の発展に著しく貢献"と称して叙勲の案内が届いた。本国の勲章を1つも持っていないのに、である。
流石にキィエールも真っ新な軍服で公の場に立たせるのはまずいと思ったのか、適当な理由を付けて勲章を贈ってきた。
特段戦功を上げているわけではないので、女性皇族用に設けられていた儀礼的な勲章を授与してもらうことになったのだが、陸軍国家である帝国では彼女らが海軍に入隊した前例がなく、慌てて陸軍のものを真似て新設したようだ。
お陰で、同封されている勲章の説明書きと実際の造形に著しく差異が生じている。酷い手抜き製作であり、世が世なら「箱絵詐欺」と呼ばれても仕方がないだろう。
「……その、個性的な勲章ですな」
叙勲の場で出会った加藤少佐も顔が引き攣ってしまう。無理もない。
一応、勲章のデザインは「人魚と錨」ということになっているが、錨の造形が稚拙で蛸足にしか見えない。非常にセンシティブな形状だ。
送って来ない方がマシとしか言いようがない。
「海軍女性士官用の儀礼的なものです。お気になさらず」
恥ずかしいと思うから恥ずかしいのであって、堂々としていれば相手も「そういうものだ」と誤解してくれるのではないか。
変な文字のTシャツを着ていても、母国語でなければ問題ない理論でいこう。
顔に出てしまった少佐と違って、皇族は場慣れしているのか式典中眉毛一つ動かさなかった。流石である。
下賜されたのは皇国の勲章と"恩賜の軍刀"。
残念ながら私は秋津洲の剣術を履修していないので、極東帰りの米兵よろしく自室に飾っておくことしかできない。
私より格闘戦が強そうなコンラッド軍曹に渡しておけば、それなりに活躍してくれるのではないだろうか。
「それはあくまで儀礼用の刀だ。古式ゆかしい製法で作られており、美術品としてならともかく実戦で使うものではない」
式典後、貰った軍刀を軍曹に振らせて遊んでいたところ、少佐がやってきた。
彼自身が佩用している軍刀を見せてもらって比べてみたが、私には違いが分からない。
「装備としての軍刀は、冬のマンチュリアでも夏の高砂でも変わらない切れ味と強度を提供できるよう、新たに開発した刃物鋼を使用し、強力なスチームハンマーで叩き上げた逸品だ。加えて、我々魔導師に支給されるものは特殊な合金鋼を用いており魔導伝導度も高く、魔導刃より効率の良い格闘戦が可能となっている」
曰く、対ルーシー戦役において、秋津洲兵が個人でマンチュリアに持ち込んだ由緒ある刀剣が、冬期になると低温脆性でほとんどダメになってしまった反省だとか。
そんなところに冶金学のリソースをつぎ込んでいる暇があれば、もっと他の所に手当てをするべきだとも思わなくも無いが、なんらかの理由があるのだろう。それで納税者が納得しているのであれば、何も言うまい。
しかし、魔導刃より魔力が効率良く運用できるのは魅力だ。十分な攻撃力を持つ高出力の術式を顕現したままとなる魔導刃は、大変燃費がよろしくない。
重量が無いのは魔導刃の代えがたい魅力だが、直感的にリーチや打撃力が把握できず、慣れを要する欠点も併せ持つ。私の近接戦闘科目の成績が良くない原因だ。だからと言って、全く素養の無い刀を今更手に取る気も無いが。
「演算宝珠のコンペティションの時に思ったのだが、少尉は格闘戦が苦手と見える。長距離作戦教導の礼だ、一つ秋津洲の剣術を覚えて帰るというのはどうだ? 実戦用の軍刀も私のコネで用意できる」
いや、銃砲弾飛び交う中で刀を振り回すのはナンセンスだ。近接戦闘なら短機関銃と手榴弾が大正義、ロシア人もそう言っている。
しかし、私が断る言葉を口に出す前に、軍曹が一歩前に出た。
「素晴らしいアイデアです。我がブランデンベルガー少尉は近接戦闘に難があり、本官としても不安に思っていたところです。加藤少佐の教導があれば、帝国海軍一の魔導士官へと成長するのではないかと考える次第です」
見事な上官売却である。
私から逃げるために休暇を使い切ったかと思いきや、今度は上官を秋津洲のブートキャンプに放り込むとは。
覚えていろよ軍曹、戻ってきたら秋津洲からペラウまでの無着陸訓練に連れ出してやる。
めっちゃ今更ですが、コンラッド軍曹は”副官”ではなく"従卒"が正しかったかもしれません。
尉官に1:1で従卒が付くのか問題もあるのですが。