「どうして会長から告白してくれないのよ!」
とある一室にそんな声が響いた。その声の主は四宮かぐや。
今日も今日とて、白銀との恋愛頭脳戦が失敗に終わったのだ。
——恋愛頭脳戦。
恋愛は戦。
好きになったほうが負け。
そんなルールの元、生徒会室ではかぐやと白銀による勝負がよく繰り広げられていた。
なお、勝敗はともかく恋愛としての進展は全くないのだが。
「結局、ラブレター作戦は失敗しましたね」
乱心するかぐやの様子を見て声をかけたのはかぐやの付き人、
今回の頭脳戦は下駄箱に入っていたラブレターを利用したもの。
突発的な作戦ゆえ成功確率はグッと下がってしまうが、それでも天才であるかぐやだからこそ形になった作戦。
しかし、白銀の一手でかぐやの想いはヒートアップしてしまい、最終的には藤原の泣き攻めをモロに食らって、失敗に終わった。
またしても
痛みを何とか無視して、早坂は主に助言する。
「かぐや様、いい加減に自分から告白してみてはどうですか?」
「いやよ!なんで私から会長に告白しなくちゃいけないのよ!」
「ですよねー」
即答するかぐやに、わかっていたとため息をつく早坂。
お互いにプライドの高い人たち。
この様子じゃいつになっても白銀と結ばれる未来が見えてこない。どう考えても両想いななのに、相手に告白させようとして焦れったい。
2人の頭脳戦に巻き込まれる早坂にとって、主の変化に喜びはあれど、やっぱりめんどくさいものはめんどくさい。
これが彼女たちの今の日常。
激務の早坂が毎日苦労を感じているが、同時に心落ち着く数少ない瞬間でもあった。
(私もいつかかぐや様みたいな、そんな恋をしてみたいものですね)
一瞬緩んだ気持ち。しかし、早坂はすぐにきりっとした表情を作ると、かぐやに伝えておかなければならないことがあった。
「お話の途中ですが、かぐや様に一つだけ伝えておきたいことがありました」
「何かしら?」
突然の話題の転換。
ぷんぷんと不満を漏らすかぐやも、早坂の声音と表情の変化に意識を切り替える。
そして、早坂の言い回しに疑問を抱く。早坂は大抵、用事があるならもっと早い時間に伝えているはず。いくら天才なかぐやとはいえ、日々溢れ続ける四宮家の務めは一息に終わることはない。
それなのにこんな夜遅く、2人だけしかいないこのタイミングで重要そうな話をするのか。
それはつまり
「うちのクラスの〝
警戒したような表情で早坂の口から出た名前。
かぐやはそれに対して。
「……あまの?……って誰だったかしら?」
「えー」
かぐやは聞きなれない名前に小首を傾げる。早坂、自分の主の口から出た言葉に思わず呆れの声が漏れてしまった。
まさか、自分の主は頭の奥までお花畑になってしまったのか。心の中で酷い予想を立ててしまう。
「かぐや様、本気で忘れたわけじゃないですよね?天野羽衣とは、うちのクラスにいる〝天野グループ社長のご令息〝ですよ」
「あぁ、そういえばそんな生徒がうちのクラスにいたわね」
早坂の補足でピンときた。
無論、四宮かぐやがクラスメイトの名前を忘れるなんてことはない。
ただ、あまりにも天野羽衣という男子生徒がかぐやにとって〝使えない〟ものだから雑草程度の認識でしか頭に残っていなかったのだ。
「そんな扱いだと彼も可哀想ですね。あれでも四宮家に敵対する天野家の人間なのに」
天野グループとは海外にまで力を広げる今最も活躍している多国籍企業、その企業の代表の一つ。四宮家の縦の支配と違い、天野家は横の繋がりを強みにしていた。
四宮家と同じ京都を拠点としている。
そして、方針やテリトリー争いなど様々な理由でこの両家は敵対関係にある。
当然、四宮家ご令嬢のかぐやと天野家ご令息の天野は子どもとはいえ敵同士ということになる。
「仕方ないじゃない。彼が外部入学で同じ高校に来たときは私も肝を冷やしたけど。……実際に彼を見れば、私の敵じゃないことは早坂もわかっているでしょ」
「まあ、それは否定しませんけど」
容赦ないかぐやの言葉に早坂も肯定する。
天野羽衣は天野家社長の息子という大それた肩書きを持っている。しかし実際の能力値は全体的に低い。早坂の分析だと一般的な庶民レベルぐらいだ。
まぁ、あの藤原よりは成績がいいからマトモだが。
「それでその天野くんが、私にどんなアプローチをしてきたの?」
そこでかぐやは、ようやく本題について触れた。
平凡な人間ではあるが仮にも敵対者。四宮家の人間としては手を抜くつもりもない。
「実は今日の放課後、天野羽衣はかぐや様に声をかけようとしました。なので私が妨害しておきましたよ」
「それぐらいなら特に問題はないと思うけれど?」
早坂の言葉にかぐや、再び疑問を抱く。
声をかける、それぐらいなら他の生徒でもすることだ。もしかしたら生徒会に所属しているかぐやに何か用事があって声をかけた可能性のほうが高いと思うが。
でも、それなら早坂がわざわざ邪魔をする必要もない。
かぐやは視線で早坂に話の続きを促す。
「いえ、大問題です。確実にあれはかぐや様と
「はぁっ⁉︎」
早坂の次の言葉で思わず声を上げてしまうかぐや。
付き人が無表情で言ったその言葉は天野がかぐやに好意を抱いていること。
敵対しているはずの存在が自分を気にしているという事実が信じられない。
でも、こんな時に彼女が嘘をついてまでそんなくだらないことを言う性格でもない。
「ま、まぁ……、確かに私ほどの美少女なら好かれてもおかしくはないと思いますけど。なんで会長は私に告白をしてくれないのかしら」
(頭の中がお花畑。いえ、卑屈になられるよりはマシですか)
早坂、内心でそんなことを思うが口にしない。
「でも、さすがに彼には興味がないわ。それに……」
「そうですね。かぐや様は会長が好きなんですから」
「好きじゃないわよ!」
天野、知らないところで振られる。
彼女自身は認めることはないが、好きな相手は
今更、そこらの男に
当然、告白されるようなことがあってもお断りさせてもらうつもりでいる。
「とりあえず早坂には天野くんが私に声をかけないように妨害を続けてちょうだい。あとできるだけ天野くんの情報も集めておいて」
「わかりました」
頬を赤らめつつも息を整えたかぐやは、早坂に命令する。
早坂も自分から伝えた手前、主からの命令に素直に従う。
それから話題はすぐに白銀攻略に切り替わる。
(情報収集に関しては彼本人と接触して集めればいいですが。ですが、妨害のほうはどうしましょうか)
その最中も早坂の頭の中では、天野について意識を働かせていた。
情報収集に関しては特殊だ。
天野家では四宮家がよく使う裏工作が意味をなさない。
一度、彼の家に盗聴器を仕掛けてみたこともあったがすぐにバレてしまった経緯もある。
絡め手は使えない。
だが、何も問題はない。
情報は直接彼から聞けばいいのだから。
天野羽衣はかぐやと同じぐらいの家柄であろうとその能力はあまりにお
正直、そこらの庶民と同じぐらいには平凡な彼に対しての脅威度はたかが知れている。
(まぁ、いっか。男は
早坂、まさかの押し付け。
別に普段の予測不可能な行動で邪魔をしてくる藤原に仕返しとか、そんなことは考えていない。
内心でそう結論づけて、今なお楽しそうに話す主を見る。
その様子に思わず呆れながらも微笑む。それから彼女の話に時折あいづちを返しながら、耳を傾けるのだった。
★
かぐやと早坂が話している最中、とあるアパートで、1人の少年がゲームコントローラーを手に、テレビ画面を見ていた。
今日もバイトをしてきたからか疲れていて、ベッドに脱力するようにもたれかかっている。
部屋は大学生が1人暮しで使うような程々の広さのもの。本棚には漫画や小説、ゲーム類が綺麗に並べられていて、まさしく学生の部屋と呼べるものだった。
そして、現在もゲームをしているこの少年こそが、かぐやたちの話題に上がっていた天野グループ社長の息子、
「なんで俺、漫画の世界に来てもゲーム三昧なんだろ」
思わず口から秘密が
どうして〝かぐや様は告らせたい〟の世界に転生したのか。その理由は
現状わかっていることは、四宮グループと敵対している原作には登場していない天野グループが存在して、その社長の息子であること。
そして、父からの命令で、
〝高校3年以内に四宮かぐやと恋仲にならなければ、天野家から勘当される〟
という酷い事実だけだった。
「いや、かぐや様攻略とか無理でしょ」
素の気持ちが出てしまう。
理解できない。敵対しているのになぜかぐやと付き合わなければいけないのか、天野にはまったく理解できなかった。
そもそもかぐやと恋仲になるというのは難易度が高すぎるし、この恋愛は始まる前から負けているのだ。
プライドが高くてかぐや本人は気づいていないがかぐやは白銀のことが大好きだ。そして、同じくプライドの高い白銀もかぐやのことが好き。
両想いなのである。手を出す暇もなく、ただの恋愛と比べても難易度はルナティック。もしくは無理ゲー。
「そもそも話す機会すらほとんどないのに、早坂の妨害まであるとか……」
あまりのストレスに口から次々と言葉が零れていく。が仕方ない。所詮、社長の息子や転生者という属性が付与されても、中身はただのチキン童貞。
特典もなければチートもない一般人。
ギリギリ原作知識をもっていることだけがまだ救いかもしれない。
天野の近侍からは『盗聴される可能性もあるので、部屋の中でもあまり余計なことは喋らないでくださいね。まあ、あなたのことを監視するモノ好きは中々いないでしょうけど(笑)』なんて注意を受けていたが、それを思い出す余裕も今の天野にはない。
早坂みたいな近侍がいるのに、まったく仲良くなれない。それどころか下に見られているのも今のストレスの一つだろう。
(愛が欲しい。早坂のほうじゃないやつ)
天野、それほどに癒しを求めていた。今ならあのウザ可愛い藤原でもオーケーなぐらい精神が落ち込んでいた。それでも
「でも、今日の作戦も失敗したなぁ……」
天野の声かけ作戦は今日も失敗した。
恋仲になるとはいえ敵対関係であるせいでかぐやとは直接の関わりはない。天野がかぐやと恋仲になるためにもまずは普通に会話を始めるだけのきっかけが欲しかった。それを狙って放課後にかぐやに声をかけたのだが、ギャルモードの早坂にあっさりと妨害を受けてしまった。
さすが、早坂。会話スキルの
(でも、早坂って漫画で見るよりも可愛いかったな)
この男、とんでもなくちょろかった。
早坂のあのギャルギャルした笑みが演技だということを原作で知っておきながら、そんな彼女のギャップにときめいていた。
やっぱり美少女はずるい。
「あー、負けた……」
早坂のことを考えていたせいで、ゲームで負けてしまった。テレビ画面には英語で負けという文字が浮かぶ。
ゲームをするのも疲れた天野はコントローラーを床に置き、ベッドの上に寝転がる。
(どうしようかな、これから……)
とにもかくにも、天野は高校3年以内にかぐやと恋仲にならなくてはいけない。
しかし、原作を知っているからわかる。
本当の期限は致命的で残酷なほどに短かった。あの2人が付き合う文化祭最終日、それまでがタイムリミット。実際はもう1年もない瀬戸際だった。
かぐやと白銀が付き合ってしまえばこの命令は失敗になる。
そうなればあとは流れるように将来が決まる。
高校生の間は騙せても以降はバレる。高校生活を終えた後は確実に破門され、天野は一人でこの社会を生きていかなければならなくなる。
2度目の人生ではあるがそれで満足に生きていけるのかわからない。常にその不安と恐怖が胸にあるが、とりあえぶ天野は気にしないようにしている。
破門が嫌なら天野は何がなんでもかぐやと恋仲にならなくてはいけない。
(やるしかないよな。正直、俺の恋愛はほぼ負け戦だけど……)
天野は天井を見上げながら嘆息する。
結局のところ、彼にとってこの考えは意味がない。選択肢は初めから一つしかない。もしくは選んだ選択肢の行き先は同じ地獄の終着点。
彼にとって恋愛は負け戦。
かぐやの難易度、早坂の妨害、そして白銀という圧倒的ライバル。他にも障害はある。
初めから負けることがほぼ確定した恋愛頭脳戦を天野は行わなければいけないのだ。
でも男なら、負けるとわかっていても戦わねばならぬときがある。それがたとえ負けるとわかっていても。可能性がゼロでない限り、希望は捨てられない。
そう言っておけば少しはカッコよくなるような気がして。
だから、四宮かぐやを攻略する。
天野は胸の中に新たな決意を抱き、この世界で重要な言葉を最後にこぼした。
「恋愛頭脳戦……」
恋愛頭脳戦。