──スクール水着で壁を登る
映画や漫画の導入よりもよっぽど厄介なのが現実なんだと俺、遠山キンジは痛感したのだ。ある種の達観とも言うが。
「
空からは女の子が降ってきた数時間後には、事件に興奮したスク水の変態と遭遇する。本当に、トチ狂った日常だ。
「えっと、それでですね。チャリジャックの被害者であるキンジさんに、お話ししたいことがありまして。探偵として、現段階での報告です」
東京武偵高校、武力を行使する探偵である武偵を育成する学校で、俺と、空から降ってきて俺を爆弾から救出した少女──アリアと会ったその日の放課後、
古戸ヱリカ。探偵科の二人目のバカだ。Sランクの武偵であり筋金入りの変態で、自他ともに認める事件解決率百パーセントの知的強姦者。事件解決のために
この探偵とは去年に任務で偶然会ったのが初めてだが、その時から変人度合いは変わらず。というか事前に聞いていた噂よりひどい。本当にこいつは武偵なのかと疑ったが、Sランクの武偵を続けられている以上はちゃんとした良識も持っているのだろう。発揮するかどうかは別として。
「なあ、それはここで話すことなのか?」
自分が被害にあった事件について堂々と喋られるのはあまりいい気分じゃない。
「ええ、そうですね。聞く人間は多い方がいいでしょうから」
ヱリカは深い笑みを浮かべる。どうせ、推理を聞く人間は多い方がいいとか、そういうことなんだろう。コイツに護衛って名目で散々
「さて、順番に整理していきましょう。今回の事件、ハウダニットは爆弾。フーダニットは武偵殺しの、えっと模倣犯ってことになってるんでしたっけ。面倒なので武偵殺しと呼びますね。まあこの武偵殺しが誰かは後々推測するとして、まずはワイダニットから始めましょう。武偵殺しがキンジさんを狙った理由ですね」
ヱリカは嬉々として語りだし、歩き始める。
だが、まずそもそもが分からない。相手は爆弾魔だ。てっきり無差別な犯行だと思っていたが。俺がそういうとヱリカは肩を竦める。
「まず、自転車の爆弾だけならともかく、セグウェイを使って追っかけてきたんですよ。明確にターゲットの行動を把握していないと、そんなことはできないじゃないですか」
「それは分かったが、わざわざ俺を狙う理由があるのか?」
武偵をやってるからには心当たりはいくつもあるが、どれがそうなのか分からない。
「あるじゃないですか。武偵殺しに
ヱリカは笑う。
なにか妙だと違和感を覚える。いつも、ヱリカは俺を名前で呼んでいるはずだ。それを名字で呼ぶってことは……
「武偵殺しがチャリジャックやバスジャックをするなら、シージャックぐらいやりかねないと思いませんか?」
遠山にシージャック。ヱリカが言いたいことは、まさか。
「──武偵殺しの逮捕前の、名武偵
疑問形で話してはいるが、これは『古戸ヱリカの推理』だ。推理を修正する、つまり間違いを認めることを極端に嫌う彼女にとっては、もはや確定した事実なのだろう。
つまり、武偵殺しが兄さんを殺したのだと。ヱリカはそう結論づけたのだ。
辺りがシンと静まり返る。風も凪いでいて、ヱリカの靴音だけがよく響いていた。
あまりの衝撃に呆然とする俺を放っておいてヱリカは推理を進める。
「では、フーダニットですが。論点はなぜキンジさんの自転車に爆弾がついていたかです。バスと違って自転車は一人乗り。さらに言えばキンジさんが登校に自転車を使うかなんてわかんないですよね」
もしかしたら自転車置き場の置物になっているかもしれないのにとヱリカは続ける。
「まあ埃の積もり方で推測してるかもしれませんが、白雪さんがそれを放置するとは思えません。そして、我々は武偵です。当然周囲の警戒はしますし、もしもキンジさんの行動を探っている部外者がいれば、誰かがキンジさんに伝えるでしょう。理子さんに調べてもらったのですが、キンジさんがネットに自分の個人情報を流すような真似はしていませんでしたし」
「あ、うん。そうだよ」
不穏な空気が漂う。どこか取り返しのつかない方向へと突き進んでいるようで、この季節に似つかわしくない寒気を背筋に覚えた。
「……まさかお前、武偵殺しは武偵だって言いたいのか」
最悪の想像を口にする。それはあり得ないと切り捨てていた可能性だった。武偵憲章どころか、人間としての一線を踏み越えている手合いが仲間にいると考えたくなかったからだ。
「はい。そうですね。大方、武偵殺しは武偵でおそらくキンジさんの知り合い、同じクラスの人間あたりだとは思っていますが。あ、キンジさんは除きますよ。今のキンジさんは自転車の運転をしながらセグウェイの操作ができるほど器用じゃないと確認済みですし」
それを
「そんな……そんなはずがあるかよ!」
誰かの声。それも当たり前だ。ヱリカの言ったことは、この中に武偵殺しがいるかもしれないということに等しい。
「ああ、武偵憲章の一条でしたっけ。私だって仲間は信じますけど、探偵が容疑者を信じてどうするんですか。疑っているから容疑者なんですよ」
ヱリカが平然と言い放つ。違う、周りが言っているのは心情としての話だ。武偵法や武偵憲章といった理屈の話じゃない。それを分かったうえでヱリカはああ返したのだろう。
「アドバイスですけど、
ざわめきにヱリカは笑みを深める。推理への反響が大きいことに満足しているのだろう。
「ああ、それと。探偵科は謎解きが本業ですよ?性格の悪い人間の集まりだってことくらい、探偵として推理できませんでしたか?」
ニヤニヤと笑い、ヱリカは言葉を止める。クラスメイトを疑うのには納得しきれなかったが、あの推理の反論は思いつかなかった。一言も声が上がらないことから、周りもそうなんだろう。
場が完全に静まったのを見てヱリカは足を止める。顔だけをこちらに向けて一礼。
「ただ爆弾がそこに存在するだけで、古戸ヱリカにはこの程度の推理が可能です。如何でしょうか、皆様方」
推理の終わりにヱリカがいうセリフだ。いつものようにどうしようもなく澱んだ目で、見下すようにアイツは嗤った。
「そうだ。というわけでキンジさんに伝えたいことですが。以上の推理によって、知り合ったばかりのアリアさんは武偵殺しじゃないってことです」
アリアも武偵殺しに襲われていたんだからそうだろうとは思う。だが、アイツは俺を追いかけ回してきたうえに風穴を開けようとしてきたんだ。どうせなら、俺が明日から無事に過ごせる方法を教えてほしい。
受け止めきれない事態に回らない頭で、そんなことを思った。
私、古戸ヱリカにとって、遠山キンジは理想的なワトソン役だ。十分な知識を持ち、私だけでは対処しきれない荒事は担当してくれる。なおかつ私に匹敵するかもしれないくらいの推理をすることもあるとくれば、パートナーとしては満点だ。たまに女に惚れられているのも、まあそういうものだと思っておけば問題ない。彼はあの浮気男とは違うのだ。まあ、別に恋愛対象にはならないが。
だからこそ、彼が探偵科に来たときは驚いた。探偵がどういうものかなんてずっと見せてきただろうと疑問に思ったが、武偵を辞めると知って納得した。ただ、一年とはいえほとんどパートナーのように事件を解決してきたのだ。多少は思うところがあるわけで。それに、
「武偵を辞めたところで、傷が癒えるわけじゃないでしょうに」
物理的な傷ならともかく、精神的なそれが自然に治る事はない。傷つけた相手を汚し尽くした快楽で忘れるしかないのだと私は思っている。だからこそ、私は知的強姦者なのだ。
今回大勢に推理を聞かせたのもそうだ。一番信じているべきキンジさんですらもっともらしい虚実に圧し潰されかけていたのが見ていられなかったから、なんて私らしくもない親切だった。
今はローマで異端審問官でもやっているのだろう友人のようなことを思っている自分をらしくないと一笑し、バスが来るまでの暇つぶしにとツイッターを眺めることにする。
「
タイムラインに流れてきた、とある一件で友達になった男のツイートを見て少しだけ頬が緩んだ。相変わらず楽しく暮らしているみたいで、いくら何十億の金を手に入れても人はそうそう変わらないのだと実感する。妹とも仲良くやっているみたいだし、今度の休日にでも遊びに行ってみようか。
黄金郷は開かれませんでした。/六軒島は爆発しませんでした。