「では、推理を始めましょうか」
大広間に全員を集め、ヱリカはそう切り出した。剣のように指を天井に上げ、たった一人にその指先を銃口のように向けた。
「告発します。あなたが犯人です」
堂々と指し示したその相手は、
「俺、ですか」
建築家、相模達樹だ。犯人と指摘された相模は戸惑っている。
「俺も現場は見ましたが、あの密室は人間業じゃない。俺達人間ができないのなら、先代、筑波宗次郎の仕業じゃないんですか」
最初の反論に対して、
「ゲロカス妄想もたいがいにしてください。幽霊なんざいるわけないでしょう」
淡々とした返し。
「では、真実を暴きますよ」
ここからが本番だ。古戸ヱリカの推理が始まる。
「君も言っていたように、隠し扉は存在しないんだろう?犯人はどうやってあの密室から脱出したというのさ」
最初にして最大の疑問。ここにいる全員が頭を悩ませたそれに対してヱリカは答える。
「隠し扉ではないです。部屋の入口の扉を別の場所、湖に繋げただけですよ!」
「待って、ヱリカさん。繋げたって、扉の先を湖にしたってことだよな。どうやったんだ。それこそ宗次郎さんの魔法でないと──」
思わず口を挟んだ音楽家の湊さんの言葉を遮り、ヱリカは説明をする。
「簡単な話です。つまり、
周囲がざわめく。当然だ。俺だって驚いたさ。密室なんてのは、誰かが意図的に閉じるものだと思ってたからな。
「そもそもとしてこの館が閉じられているのは、ただの水圧!部屋はそれぞれ配電盤が備わっているので電気が切れて不審に思われることはない。魔法なんざありはしないんですよ」
「──っ」
トリックですらない、ただの物理法則。どうやって閉じたかじゃない。この館は全て、はじめから閉じていたんだ。
「先ほどキンジさんが実演してくれたように、この部屋の家具はすべて固定されています。何せ部屋を館からずらしたときに動いていたら、この構造がばれてしまいますからね」
「ということは、シャワーを出していた理由って……」
使用人の加藤さんも気づいたようだ。
「そう、湖の水が部屋に流れ込んだのを誤魔化すためだ。死亡推定時刻自体は大して重要じゃなかったんだよ。火のない所に煙は立たないから、無理矢理火を着けたのさ」
俺も一手、詰めていく。案外探偵も向いているんじゃないか?
「グッド!そういうことですよ」
「だからと言って、チェーンロックがある以上あの密室から人間が抜け出すことはできないだろう。あれは先代当主の犯行だ」
この館の謎は解けたが、依然として密室は解けていないと迫る相模。
「あの扉、一部は木製でして。水を吸えば、それなりにしなるようになっていましてね。チェーンを掛けたままでも人ひとりが抜け出す隙間くらいは作れるんですよ。死体も重りを付けてそこから出してしまえばいい。湖の底の館の、その更に底に沈んでいるなんて思わないでしょうからね」
それも全て解決していると、ヱリカは答えを返す。
「これを設計したのは相模さんだけです。どうやら麗香さんはこの館を見世物にしようとしていたみたいで。犯行の動機は、筑波宗次郎の魔法を守るためですかね」
息を吐いて、集中する。
「日記、拝見させていただきました。筑波宗次郎は稀代の実業家でして、一部の界隈、確か、『イ・ウー』でしたっけ。そこではご自分を真の魔法使いと称して名を馳せていたようで、多額の融資も貰っていたようです。この館という魔法を見世物にしてしまったら、魔法は詐欺だったと見抜かれてこれまでの事業の融資も全て断られてしまうと考えていたのでしょうね」
「因みに、麗香さんが死んだ場合の彼女の会社の代表は、相模さんになるらしいですよ」
これで詰みだろう。トリックに動機まで全て解明されたのだ。もうどうしようもない。相模はそれでもと否定するが、
「違う、俺はやってない。宗次郎さんが魔法で……」
「だーかーらぁー、魔法なんざありャしねーんですよォ!」
一転、表情を柔らかくしてヱリカは微笑む。あれは勝者としての余裕とか、そういう表情だ。
「それでも否定なさるというのであれば。自分はこんな設計はしていないと、館にはなんの仕掛けもないのだと、さあ、高らかにお願いしますッ!」
ここで相模が宣言すれば、ヱリカは容赦なく仕掛けを使ってみせるのだろう。相模が仕掛けを認めれば、つまり彼は罪を認めることになる。
「……クソッ、だがここの全員を殺せば、真相を知るものはいない!死ね、古戸ヱリカァ!」
相模が扉へと走る。扉の仕掛けを使って俺達全員を溺れさせる気だろう。追い詰められた犯人が取る行動は大抵、真相の隠蔽に決まっている。
「させるかよっ!」
ヱリカは動かない。ここからは俺の仕事だ。素早く相模に組み付いて、両腕を抑える。念のためにと持ってきていた手錠で両手を拘束し、確保。
「相模達樹、殺人及び死体遺棄の罪で逮捕する!」
「チェックメイトです。ただ部屋がそこに存在するだけで、古戸ヱリカはこの程度の推理が可能です。如何でしょうか、皆様方?」
最後の一言。これで、事件解決だ。そうして仕掛けを見つけた俺達は地上の館へと上がって、外に出た。
「そういえば、さっきは散々魔法なんてないって言ってたが、なんでなんだ?」
ふとそう思う。ヱリカがあそこまで丹念に否定するのは珍しい。
「単純に、超能力や魔法で思考停止されて、真実が覆い隠されるのが気に食わないだけですよ。なにせ私って、真実の魔女ですから」
ヱリカはくすくすと笑う。
「なんだそれ。魔法が嫌いなのに魔女なのかよ」
それに、真実を覆い隠すのが魔法なら、真実の魔女なんて矛盾している。
「ええ。魔法を殺すなら魔女に限ります。それに──」
新手の冗談なんだろう。そうして俺達が歩きながら話していると、日の光が視界いっぱいに広がって──
「愛なんかがあるから、ありもしないものが、視えてしまう」
声が聞こえた気がした。
──バスの止まる振動で目が覚めた。俺が降りるバス停まではあと少しだ。特にすることもなく車道を眺めていると思い出したが、ヱリカは自分の車を持ってたな。だいぶ高そうな車で、武藤が色々と言ってた気がする。貰いものだって言ってたが、誰から貰ったんだ?
あの館でキンジと事件を解決した数日後、いくつかの日用品を買い忘れていたと気づいたので、私はコンビニまで行っていた。いくらお箸があっても、食事がなければ使えないのだ。
「そういえば、あの書類に書いてた『イ・ウー』って、どんな団体なんですかね」
片手間に調べてみたが、それなりの情報しか出てこなかった。公式の団体ではなくて、私的な組織らしいということくらいだ。それにしては筑波へ渡していた金額はやけに多かったのが気になる。
一応理子にも調べて貰ったが、何も分からなかったらしい。何か言いたそうにはしていたけど、情報が足りなくて推理はできなかった。大方、元の情報の出処だろう。
「それにしても、どうにかならないんですかね、この体質」
事件あるところに探偵ありといえば聞こえはいいが、要は事件に遭いやすくなるということを意味している。愉しい知的強姦の機会が増えるのはいいことだが、たまには普通の休みも欲しい。
「第二条に真っ向から喧嘩売ってますよね」
ノックス第二条、探偵方法に超自然能力を用いてはならない。
「古戸ヱリカだな。私は、いや我々はお前に用がある」
氷のような銀髪の少女と出会った。
もう少しだけ過去編です。