用がある。そう言って私の前に立った少女は、自らを『魔剣』と名乗った。
「『
まあ、大方私の持っている金が目的だろう。どこから情報が漏れたかは知らないが、そのくらいはできる相手と承知している。それか、私自身の事件に遭いやすい体質。これは超能力と言えなくもないでしょうけど、それなりに珍しいのかもしれない。だが、返ってきたのはそんな想像より少し上の答えだった。
「
英語にしては違和感のある訛り方の発音の後。一拍、その場を沈黙が埋め尽くす。ああ、無理だ。そんなことを言われてしまえば、私はこうせざるを得ない。『教授』とやらもわかっているだろう。なにせ、私は──
「お断りします。むしろあなたの、いえあなた方の親玉の『教授』とやらの正体を暴いてみたくなりましたから」
探偵なのだから。魔剣が超偵を狙っているのも『教授』とやらのまとめ上げている組織、おそらくは例のイ・ウーのためだろう。超能力と魔法使いと奇麗に符合する。それほどまでに強大な組織を作り上げるのには、相応の目的があるのだろう。知的強姦者としても探偵としても、そんな格好の獲物を見逃す方が不出来だ。
後方に跳ぶと同時に、懐に仕舞っていた杭を投擲する。直後、私の立っていた場所が凍り付く。
「無駄な足掻きだ」
『魔剣』は私の投げた杭を銃剣で弾く。カラカラという音とともにそれは明後日の方向に飛んで行った。『アレ』は切り札である以上、ここで切るわけにはいかない。もう一度後退しようとして、片足が氷におおわれていることに気づく。おそらく、避けきれなかったのだろう。おそらく凍傷をしていないのは幸運だ。
「ふん、確かにお前は探偵だな。戦闘は得意でないと見えるぞ。殺しはしない。少し眠ってもらうだけだ」
これで私の打つ手はなくなった。つまり──
「いやあ、持っててよかったですよ。たかが文鎮だと思っていましたが、それなりには使えるじゃないですか」
仕込みもこれで十分だということだ。
『魔剣』が振り上げた右肩には、目論見通りに一本の杭が突き刺さっていた。戦人さんから一本だけ借りていた、
「
舌打ちが聞こえる。思ったよりも効いていなかったみたいだ。その分収穫はあったけれども。
それについての思考は後回しと、今のうちに奥の手を少しだけ取り出して、足を覆っていた氷を砕く。相手はこっちを注目していなかったので、こちらの手札を見られなかったのは幸いだ。
とはいえ相手は犯罪者で、私は武偵というより探偵。敵の方が戦闘者としては上だ。すぐさま杭を抜いて応急手当をした『魔剣』は背後に手をやるが、何をするでもなく殺気を解く。
「これ以上
「理解者なんて必要ないですよ。フランス訛りの、悪魔を嫌う魔剣使いさん。エクソシストか聖女サマでもやってらっしゃいましたかぁ?」
顔をしかめ、返答はない。聖女の部分でより一層顔をしかめていたのは不用心だと思いつつ、さらに情報を与えてくれたことは思わぬ収穫と喜ばしい気持ちになる。
となると正解か。フランスで聖女と言えばジャンヌダルクが真っ先に出てくるが、さて、どうなんだろう。今までの経験則からして、この手の人間はそれこそ何でもありだ。実は生きていた有名人の子孫だったなんてことはざらにある。悪魔に吸血鬼、それに魔女に至っては散々目にしてきた。無言で立ち去っていくあたり、相当に図星と見える。まあ、少なくとも、彼女は犯罪者なのだから、今現在は聖人でないことは確かだろう。先祖がどうであれ。
「さて、どうしたものでしょうか」
一度退くということは、また何かの形で接触してくるのだろう。ここまであっさりと撤退するとは思わなかったが、『教授』とやらに何かしら言われていたのだろうか。もう少し情報を引き出したかったのだが、そういう点では相手の方が上手と感じる。それにしても──
「おなか減りましたねぇ」
そもそも、夕食を買いに出かけたのに戦闘する羽目になるとは思わなかった。疲れ切っていて、料理をするのも本当に面倒くさい。
「刺身、高いんですよね」
少し切り分けて、箸で白米に乗せる。手軽でいて美味な日本食として気に入ってはいるけれども、値段の高さについては少し厄介に思っていた。いくら収入があっても、値段を見て多少は躊躇するものだろう。金銭感覚については、探偵自体が不安定な収入である以上、そう簡単に変わるものではない。そういえば、今着ている制服も傷だらけだった。買い物に行く前に、一度家に帰らないと。きっとそのまま寝てしまうんだろうと予測して、家路についた。
「っ──痛い」
氷漬けにされて、動きにくい足を引きずりながら。そういえば、こういう荒事はめっきりキンジさんに任せていたんだったと思い出す。以前までは親友と組んでいたし、信用できる相方は便利だけれども、些か頼り切りになっていたかもしれない。
──そんな、事件とも言えない荒っぽい邂逅が、昔あった。そんなことをふと思い出して少し不愉快になる。武偵殺しなんてビックネーム、あのフランス人が目をつけていないとは思えない。イ・ウーに勧誘している、もしくは既に仲間だったのだろう。それに、覚えておくといいとまで言っていたのだから、おそらく魔剣はまた私に会いに来る。なんとなくそう考えて、根拠のない思い付きと一蹴する。
そういえば、あの時はキンジさんが武偵を辞めるとは思っていなかった。まあ、私は探偵だ。過去を推理して未来の犯行を防ぐことはあっても、はじめから未来を予測して事件そのものを防ぐような真似はしない。結局、私には向いていないことだし、そもそも、そんなことは探偵の領分じゃない。むしろ黒幕とでもいうべき手合いのすることだ。
「さて、今日やるべきことは終わりましたし」
箸の手入れはとっくに済んでいて、SNSやメールの確認も速やかに終わらせている。特に目新しい連絡もなく、穏やかな食後の時間が訪れた。
そう、何もない穏やかな時間だ。普段なら事件に関わっていて推理の最中であったり、事件が起こるだろうと見当をつけて張り込んだりしているのだが、それもない。武偵として活動するようになってからは久しぶりの休みといってもいいだろう。なにやら近所でドタバタと音がする気もするが、武偵高校自体が変人の集まりだ。誰かが暴れたりしている程度のことでわざわざ騒ぐほどでもない。
「キンジさんですかね」
女運のあり過ぎる知り合いが原因だろうと見当をつけてベッドに向かう。見ていて退屈しないのも、彼の面白い部分の一つだろう。彼はきっと今日も明日もろくな目にあわない。そんなことを思いながら目を閉じていると、いつの間にか意識は沈んでいた。
そういえば、あの文鎮はまだ持っていた気がする。どこに仕舞ったのだったか。
──カタカタと、音がした。
ひぐらしのアニメが始まったので。