魔法少女リリカルなのはINNOCENT-crimson the bellwether-   作:聖@ひじりん

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episode13

 

「よし、これで最後であるな」

 

「お疲れ様、キングス」

 

「うむ」

 

 先程の謎行動は本当に何だったのか……今の様子を見る限り、大丈夫そうだが。

 

「では、シュテルとレヴィよ。そろそろたどり着くであろうから、出迎えを」

 

『畏まりました / 了解!』

 

 二人が部屋から出て行き、T&Hの皆を呼びに。

 

「そういえば、どんな試練を?」

 

 ふと気になったので、キングスに問い掛ける。

 

「あ奴らに必要になるであろう動き。その猛者たちとの戦いを、な」

 

 なるほど、ポジショニングとかの話か。

 

 と、なると……。

 

 チラッと、キリエと姉貴を見る。

 

「ん、そういう事になるであろう」

 

「了解した。その時は合わせよう」

 

 頷いたと同時に扉が開き、T&Hの皆を引き連れたレヴィとシュテルが帰って来た。

 

「うむ、よくぞたどり着いた」

 

「ようこそ、いらっしゃいました~」

 

 T&H組の反応は上々だ。

 

 そりゃそうだろう。ささやか……とは言えないと思うが、この料理の数々。主にキングスだけで準備した訳だが、誰が見ても驚く。

 

「これ、ディアーチェちゃんがっ?」

 

「皆の手を借りてだがな。急だった故、あまり豪華な物は準備できなかったが許せ」

 

「そんなことないよっ! 凄く綺麗で、美味しそうでっ……ありがとう」

 

 なのはちゃんが食い気味に否定してくれた。

 

 まあ、研究所のパーティーはこの非じゃないので、確かにキングス基準では豪華ではないが……そりゃ、十分以上だ。

 

 凝り性が進むと、終わりがないな。

 

「む……ならよい」

 

「楽しんで頂けたら、嬉しいです~」

 

 うん、ユーリの方が嬉しそうだ。

 

「しっかし、本当に美味しそうよね」

 

 アリサちゃんの呟きの横で、アリシアが唾を飲んでいる。

 

 皆、限界だろう。

 

「料理も冷めちゃ可哀想だし、頂こうか? 博士、挨拶をお願いします」

 

「了解したっ。それでは皆、手を合わせまして」

 

 ぱんっ。と、それぞれが手を合わせる。

 

『いただきます!!』

 

「いただきま~す」

 

 博士、遅れてます。

 

 和気藹々と夕食パーティーが始まった。

 

 そんな中、俺は何となく少し離れた位置で皆を眺める。

 

 博士が望んでいた、ブレイブデュエルがもたらしてくれた光景が、ここにあった。

 

 夢は叶うもんだと、一人、喜びを噛み締めてしまっている俺がいる。

 

 この想いは、誰かと共有する方が良いのかも知れないが、言わずとも皆は理解しているだろう。

 

「どうかしましたか、真紅?」

 

 傍観している俺に気が付いたのか、シュテルが近づいて来てくれた。

 

「いや、楽しいなと……しみじみ」

 

「なるほど、日本の侘び寂びですか」

 

 少し違うと思うが、まあ、そうか。

 

「そんな所だ」

 

「てっきり、誰も寄って来ないと寂しかったとか思って、私が来たのですが」

 

 おっと、いらぬ気遣いをさせてしまった。

 

 ただ、多少はあったかも知れない。T&Hメンツが食べさせ合いをしてるのを見て、ふと思う。

 

「なら、シュテルに感謝しないとな。はい、あーん」

 

 食べやすいサイズに切られたマツザカ肉を箸で持ち上げ、シュテルの口元へ。

 

「えぇ、ふ、ふむ。これは役得ですね……頂きます」

 

「あぁっ、そこの二人! ずるいっ!」

 

 レヴィの大声に少しビクッとしたが、何とか色々と落とさずに済んだ。

 

 というか、なんでこういう時だけアイツは一番初めに気づくんだ、毎度毎回。

 

「はい、ボクにも」

 

 そして、この催促だ。

 

「分かった分かった。肉で良いかって、肉しかないが。ほい」

 

 味の好みの問題で、基本的に肉しか取ってない。

 

「あーん……うん、ありがとう!」

 

「で、並んでいるのは、全員これを所望か」

 

 ユーリ、姉貴、キリエ、アリシアが並んでいた。

 

『もちろんです / もちろ~ん』

 

 キリエ以外は純粋な気持ちだろうが、アイツはきっとからかいに来たな。

 

「まあ、いいけどな」

 

 とりあえず、キリエを飛ばして、順番に一口づつあげる。

 

「嫌がらせかしらん?」

 

「絶対にからかいに来たと思って」

 

「そんなことは、まああるけど……なんなら、口──っ!?」

 

 まるで光の速度が如く、姉貴に口を塞がれていた。

 

 本当にキリエは油断も隙もない。

 

 姉貴の行動が迅速だったお陰で、およそ皆には分かられずに済んだ。

 

「そ、そう言えば、いつもの場所じゃなかったわ……」

 

 きっちりと反省はしたみたいなので、肉を差し出した。

 

「え?」

 

「ほら。また危ない事を言い始める前に餌付けしておく」

 

「ひっど。でも頂くわ……あーん」

 

 しっかりとキリエの口に入ったので、箸を離す。

 

「美味しいだろう」

 

「うん。これって何のお肉? 王様の味付けはいつも通り美味しいけど、それだけじゃないって言うか」

 

「マツザカだ」

 

『マツザカっ!?』

 

 知らなかった全員が驚いている。

 

 そして、それぞれが美味しさに改めて納得がいったのか、じーっと肉のプレート見ていた。

 

「まあ、お祝いだからな。多少の奮発なら良いかなって」

 

 元手はある意味でキングスなので、俺は得をしただけなんだが。

 

「ふ~ん。確かにアリだけど、先輩の自腹?」

 

「まさか。軍資金から出したからな……出所秘密の」

 

「……皆が喜んでくれるなら、それでも良いんじゃないかしら。後で追及するけど」

 

 いらぬ事を喋ってしまったかもしれん。

 

「あ、そうだ。皆、今日のデュエルはどうだった?」

 

 とりあえず、キリエから逃げる為に、エレメンツに近づいて話を振る。

 

「そうですねー、色々と経験が出来て、絶対に強くなれたと思いますっ……あ、そうだ」

 

 なのはちゃんは、俺に一礼してから博士の元へ。

 

 本当に、律儀な子だ。

 

「あの、グランツ博士」

 

「ん? なんだい」

 

 食べる手を止めて、話を訊くモードになる博士。

 

「さっきの部屋、特訓に使ってくれてもいいってお話しなんですけど」

 

「ああ、もちろん構わないよ!」

 

 そんな話をしていたのか。

 

 なるほど、色々と合致した。

 

「えーと、その……」

 

「なんなら、そこの二人にコーチして貰えばいいのではないか?」

 

「それは名案だねっ!」

 

『えぇっ!?』

 

 急にコーチの話を振られて、驚くキリエと姉貴。

 

「デュエルの相手ならともかく、わ、私たちが教えるだなんて……」

 

「そ、そーよぉ。それならもっと得意そうな人が。ほらっ、その横に」

 

 やっぱり矛先を俺に向けて来たか。

 

「俺はあまりにもタイプが違うからな、それこそ、デュエルの相手は出来るが、ある意味で教えるのには向いてない。それなら、姉貴とキリエの方が、武器的にも基礎から教えれるから良いと思うぞ」

 

 嘘は言っていない。

 

 俺はガチガチの近接武器なので、ある程度では参考になるが、それ以外は逆効果だ。

 

 武器のリーチと射撃の範囲も違うし、ポジションも全く別。

 

 必然と反論が出来ないだろう。

 

 ……二人から物凄く視線を感じるが、話は終わりと、肉に手を伸ばしておく。

 

 改めて、これからが楽しみになりそうだな。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 それから、エレメンツ五人からの本気の圧力と、マテリアルズの支援によって、二人は折れた。

 

 元々、面倒見は良い姉貴とキリエなので、コーチする人物としてはベストだ。

 

 マテリアルズになると、これまたポジションが確立され、チーム単位での動きも決まっている。

 

 ここまでの練度に至れば、そもそもこちらから教える事はない訳だし。

 

「ふぅ」

 

 自室にあるエンタークンと向き合うのをやめ、身体を伸ばす。

 

 今日はなのはちゃんたちが泊っていくとの事で、まだまだ女子会の真っ最中だろう。

 

 と思い、時計を見ると、時刻は既に12時を回っていた。

 

 流石に、もう就寝しているか。

 

「なんだかんだ、健康的な人間ばっかりだしな」

 

 風呂に行く道具を揃えて、部屋の外に。そして、風呂場に向かう。

 

 風呂場は、留学生四人が来ると同時に改装がなされ、今は正に大浴場となっている。

 

 研究所内の圧倒的女子率により、俺は一人で入るので無駄に広い。

 

 一度だけ泳いでみたが、あまりに泳げるのでそれっきりだ。

 

 使用中のプレートが無い事を確認し、脱衣所へ。

 

 男の着替えは早いので、タオルだけ腰に巻いて浴場に……あれ、なんで電気が付いているんだ? 

 

 ドアを開けると、すぐ目の前に、見覚えのあるピンクの髪が見える。

 

 あれは、確か、そう。キリエの髪色……。

 

「って、なんでキリエが!?」

 

 タオルをしっかりと巻いたキリエがそこにいた。

 

「ぷっ、驚いてる驚いてる」

 

「驚くには驚くが、使用中のプレートなかったが……あれ、俺が間違えてないよな」 

 

「うん、そうよ」

 

 驚いていると、背後でカチリという、何かの締まる音が。

 

「おい、何をしている」

 

「まぁまぁ、一緒に入りましょう」

 

 えーと、なんだこれ。何かのドッキリか。

 

 いや、そうに違いない。

 

「さて……と」

 

 そして気が付くと、一緒に浴槽に。いつの間にか、手を引かれて入れられたらしい。

 

 まずい、思ったより心にダメージが。早く出よう。

 

「って、何で腕を組む!?」

 

 思わず視線を左に逸らし、右腕を犠牲に身体だけは離す。

 

 絶対に、ワザと胸の間に挟まる様に掴んでやがる。

 

「お返し的な? それに、話もあるって言ったでしょ、先輩」

 

「た、確かに聞いてはいたが、今じゃなくても良いだろ」

 

「今しかないのよん。あえて先輩に話をするなら」

 

 すすっと近づいて来たので、とりあえず一回諦める。 

 

 多分、ある程度は真面目な話なんだろう。

 

「で、こっち向いてくれない?」

 

「向く訳ないだろう。頼むから、一回離してくれ」

 

 出来る限り力を込めて離そうとして、色々考えた結果、微動だに出来なかった。

 

 既に当たっている分はノーカウント? として、暴れた末にタオルがはだけたらヤバイからだ。

 

「ふふっ、先輩可愛い」

 

「マジで余裕がない。頼む」

 

「もう、仕方がないわね」

 

 そう言って、右腕は解放されたが、右手は解放されなかった。

 

 しっかりと、キリエの左手と繋がっている。

 

「はぁ……何が目的だ。話はなんだ」

 

 抵抗は無駄になりそうなので、とりあえず目的と話を訊こう。

 

 それが終われば、帰れるはずだ。

 

「うーんと、大切な話は特にないんだけど、色々と質問があるというか」

 

 大切な話がないのに、ここまでしないだろう。

 

 言い難い話なのか、それとも本気でただコレがしたかっただけか。

 

 くそう、分かりにくい人間はこれだから。

 

「先輩ってば、モテるじゃない?」

 

 ……よりによってそっち系の話か。

 

「そうだな……それなりに恵まれていると思うが」

 

「まあ、私もモテる方ではあるけど、女子高だし……って、それはいいんだけど。彼女とか作らないのかしら?」

 

 また、面倒な話を持ってきたな。

 

「えーと、キリエにはある程度だけ話をしたと思うが……柊家の伝統的な物を」

 

「うん。家訓とか色々よね?」

 

「そう、それだ。女子の肌見れば、責任取るべし。とか、本当、無駄に項目があってだな……」

 

 多いので割愛して教えたのだが、それとは別に特殊な決まり事もある。

 

「家訓ではないのだが、ある意味ではそうとも言える一つが……特に言って無かったが、俺は許嫁としか結婚、出来ないんだ」

 

「へ? 許嫁?」

 

 ああ、そういう反応になるよな。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「そう、許嫁。あくまで、家のルールであって、正直な所は守らなくても良いんだが……守らないにしろ、理由もないってのは良くないと思ってな。だから、彼女を作るのは、そうなった時だろうな」

 

 苦笑いをしながら、先輩が天井を見上げている。

 

「いやいや、待って。先輩って許嫁いたの?」

 

 本当に苦笑いしていのは、こちらの方だ。

 

「ああ、それも特に言っていなかったが」

 

 こ、この男。秘密主義だなと思ってはいたけど、まさかそこまで……。

 

 エマージェンシー、デンジャー、アウト。E・D・Aじゃない。

 

 一度、深呼吸して、状況を見極める。

 

 女子会にて、恋バナで盛り上がって、その辺りから気になってしまい、私はここで先輩を待っていた。

 

 その仮定で一応リサーチしてみようと試みて、結果、許嫁がいる……と。

 

「ん、どうした?」

 

 えーと、私一人で解決できる話題じゃなくなってしまった。

 

 しかし、私がある程度だけでも情報を仕入れないと、これは事件に発展するわよね。

 

「そ、その許嫁さんって、どんな子なの?」

 

「いや、会った事はないぞ」

 

 会った事がない?

 

「許嫁よね?」

 

「許嫁ではあるが、その辺りはまだ決定していなくてな。大事な跡取りの嫁になる人間を、一つの家から決める訳にも行かないって事で、立候補制らしい」

 

 な、なんて面倒な家なのよ。

 

 今時じゃないとは思っていたけど、本当に意味が分からない。

 

「決まる時期はいつ?」

 

「さぁ? 早ければ、今年の夏休みぐらいじゃないか? どちらにしろ、家から連絡が入るし、長期休暇じゃないと会えないからな」

 

 つまり、あと二ヶ月以内って事ね。

 

「それで決定しちゃうの?」

 

「いや、相手には申し訳ないが、基本的に断ると思う」

 

 基本的、ねぇ。

 

「相手の女の子が、相当可愛かったりすれば?」

 

「現金な話になるが、そういう事もあり得るかも知れん。まあ、あり得ないだろうが」 

 

 そうよね、先輩はこういう人だ。

 

 少なくとも、中身を見ずに判断はしない。

 

 だからこそ、会ってしまうのが一番怖いはず。

 

 無駄な優しさを発揮して、そのまま決定しちゃう可能性。そうなると、私に止める術がない。

 

 で、あれば……私がしないといけない事は。

 

「ふーん。もう既に、一女性とこんな関係にあるのに?」

 

 掴んでいた右手を、右腕へと移行する。先輩に対して効果があるので、多少の恥ずかしさを押し殺して。

 

「こ、こんな関係って言われても、俺は少なくとも望んでないぞ」

 

 やはり照れる先輩。

 

 これだけ見ると──「ああ、本当に好きなんだ、私」と改めて実感がある。

 

 けど、今はもうそんな悠長な話では駄目。

 

 いくら何でも、許嫁という反則カードは切らしては行けない。

 

 なら、覚悟は足りていなくても、実力行使に移るべき……でも、それだけは先輩に止められるはず。

 

 そういう所で、発揮できる優しさを持っている……いや、待って。そうなれば、逆にその可能性が。

 

「でも実際、許嫁がいたとして、この関係はどう説明するのよ」

 

 抜け駆けという文字が頭に浮かんだので、違う責め方をしてみる。

 

 こんなに頭を使うのは、本当に久々っていう位に、アイデアを止めちゃいけない。

 

 絶対に、そんなものを成立させたりしないんだから。

 

「…………確かに、そうなんだが。あー、んー」

 

 先輩は、急に歯切れが悪くなっている。

 

 これは、自分でも思う事があるのか、葛藤しているのね、きっと。

 

 なら、ガンガン詰め寄って、選択肢という道を無くしてしまえば。

 

「じゃあ、先──」

 

「キリエと、こういう関係であるのが、嫌じゃないんだ。むしろ、そこは好きと言っても良いな」

 

 言葉の途中で、カウンターパンチを頂いてしまう。

 

 なんて、冷静に分析は出来るけど、とりあえず顔を背けた。

 

 間違いなく、私の顔が真っ赤になっているからだ。

 

 もちろん、その好きの意味じゃないのだけれど、これは痛いわね。

 

「だから……」

 

「だから?」

 

「もし彼女がいてくれるなら……俺はキリエが良いなと、素直に思うが」

 

 …………へ?

 

「え、えぇ、えーと?」

 

 今、先輩はなんて言った?

 

「はぁ、そうだな、逃げていた代償か…………キリエ・フローリアンさん」

 

「は、はいっ!?」

 

 真っ直ぐに向き合われ、名前をフルネームで呼ばれ、思わず正座してしまう。

 

 大きく息を吸い、目を閉じる先輩。

 

 その状態から少し時間が経ち、そして──

 

「可能であれば、俺の彼女のフリをして下さい」

 

「はい!!」

 

 ……ん? フリ?

 

「本当かっ、助かる」

 

 思わず、返事をしてしまったけど、フリって事は、フリよね。

 

「元々、断る口実に協力して貰おうと思っていたんだが、本当に助かる」

 

「え、えぇ、いいわよん」

 

 良くない。良くないわよ、私。

 

 そ、そりゃ色々と勘違いしたけど、そうよね、この先輩がそんな人間じゃないわ。

 

 鈍感的な何かを失っても、人間性は変わらず。

 

 むしろ、ある意味で悪化していると言っても過言ではない。

 

 なら、このお願いは最もであって、勘違いした私は……相当、恥ずかしい人間だった。

 

「そうと決まれば、心構えも大丈夫だな。で、キリエの話は終わりか?」

 

 むぅ。なんか手玉にされている気分。少し。いや、かなりムカつく。

 

 前向きに考えれば、一歩前進なんだけど。

 

 ある意味で私と先輩の関係においては、後退したかも……よね。

 

「キリエ?」

 

 ほんと、これからどーしましょ。

 

 許嫁というカードに対しては、回答を得たんだけど、根本的な解決には至ってないし。

 

 皆がいる手前、一人で進んでも意味がない。

 

 日本は一夫多妻じゃないから、そこの問題もある。プラス、先輩の家がとても面倒。

 

 前者はどうにでもなるとはいえ、果たして後者がどうなのか。

 

「……話がないなら、身体とか洗って出るぞ?」 

 

 実際に会った事がないから、正直、そこを考えるだけ今は無駄なのかしら。

 

 けど、会ってみてその時点で対策を考える方が、無謀よね。

 

 皆に知恵を借りるのは当然として……その先が一番重要。私たちが、どうしたいのか。先輩が、どうなるのか。

 

「あぁ、もう!! めんどくさい……って、あれ、先輩がいない」

 

 考え事をしている内に、そそくさと出て行ったらしい。

 

 私も、そろそろ上がりましょうか。

 

 とりあえず、先輩の部屋に行って、後半戦ね。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「焦ったが、キリエが固まってくれて助かったな」

 

 結果、何事も無かったので、問題はない……はず。

 

 しいて言えば、今だ胸の動悸が収まっていない所か。

 

 部屋に戻り、ベッドに入って天井を見上げているが、収まる気配はない。

 

 身体的には決して悪くはないのだが、心臓には悪そうだ。

 

 にしても、どうしてキリエがあんな行動を取ったか分からない。

 

 風呂場で待機して、それだけを聞きたかったのか。それとも、他の要件もあったのか。

 

 まあ、また話す機会で、解決できるだろう。

 

 目を瞑り、布団を頭まで被って、睡眠へと意識を持っていく。

 

「っ」

 

 ガチャ──っと、ドアの開く音がして、布団を除ける。

 

「先輩」

 

 そこには、またキリエがいた。

 

「な、なんだ。俺の就寝を邪魔しに来たのか?」

 

 未だ胸の動悸は収まっていない。

 

 今日はこれ以上、キリエと会わないと安心したとたん、これだ。

 

「そうとも言えるわね……じゃ、お邪魔します」

 

「おい」

 

 キリエは、まるで自分のベッドの様に、何の躊躇いもなく寝転がって来た。

 

 そして、布団を奪われる。

 

「床で寝ろと」

 

「ううん。一緒に寝ましょう」

 

「……何故」

 

「私がそうしたいの。それとも、一緒に寝る価値もないのかしら?」

 

 そう問われると、難しい問題だ。

 

 男女が同じベッド。それも一つのベッドで寝る事に関しては、特に問題はない。

 

 それに、キリエたちと一緒に寝た事は何回もあるし。

 

 ただ、それ以降の事態に発展する可能性がある。

 

 これが、近しい歳……じゃなくてもアレだが、近しいなら既に問題だろう。

 

「はぁ……分かった。話の続きか?」

 

 キリエに背を向けて、壁を向いて寝転がる。

 

 わざわざ、今になってこんな手段を取るなら、大事な話があるのだろう。

 

 むしろ、その話をする為に、風呂場で待っていたはずだ。

 

「そうとも言うけど、そうじゃないと言うか……」

 

 あれ、違うのか。

 

「とりあえず、先輩と一緒に居たかっただけよ?」

 

 そう言って、キリエは俺に近づいて来た。

 

 また、動悸が一段階上がる。

 

 本当に、今日のキリエは何がしたいんだ。

 

 そうか、俺の事が、からかい足りないのか。

 

 良い根性だ、全く。

 

「分かった、とりあえず寝よう」

 

 多分、逃げても追いかけて来そうだ。

 

 ここは、素直に諦めて、就寝してしまおう。

 

「うん、ありがと」 

 

 色々と気になるが、訊いても教えてはくれないだろうし、起きた後で話をすればいい。

 

 何せ、考えるのが億劫になるほど、既に眠気は限界だ。

 

 キリエも朝早く起きて、一日中行動していたし、言っている間に眠りに就く。

 

「おやすみ、キリエ」

 

「……」

 

 もう既に、キリエは眠っていた。

 

  


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