魔法少女リリカルなのはINNOCENT-crimson the bellwether-   作:聖@ひじりん

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episode5

「こういう日に限って、何か起こるのは必然だろうか」

 

 スピードレーシングが終わった後、みんなで五階にて談笑予定だった所に、俺のスマホに届いたキリエからのメール。これが俺だけを仲間外れにした。

 

 なのはの発想力、アリサに渡すカード、すずかの守備意識など、色々と話題があったんだがな。いい迷惑だ、本当に。

 

 ただ、急用が出来たと伝えると、みんな残念そうな顔をしてくれたのが嬉しかったから、キリエに文句は言わないつもりだ。

 

 ちなみに、試合の後に呼び捨てで構わないと言われ、その場で了承。三人と距離が近づいたので、気軽にブレイブデュエルに誘える間柄になったと思う。

 

 それに、別れ際に三人からお菓子を貰い、これを約束の証として次の機会に返すと伝えてある。

 

 ……そういえば、プレシアさんやリンディさんに挨拶せずに出て来てしまったな。気にしなくていいとは言われそうだが、何かお詫びを用意しておこう。

 

 そう心に決め、目的地への足をもう少し速く進める。すれ違う人からかなり好奇の目で見られているみたいだが、これはキリエのせいだ。幸い、そう遠くない場所にいたので、もう少しでこの視線もなくなるだろう。

 

 俺に送られてきたメールは題名だけ。ただ、それで異常を十分に察する事ができた。

 

『先輩、助けて。エルトリア近くの喫茶店』

 

 俺の読みが正しければ、友達と一緒に入ったはいいが誰も財布を持ってなかったとか、そんな下手な展開だろう。それに加えて姉貴は用事で来れず、俺に応援要請を頼んだって所か。

 

 ちょっと深読みして……ギャル男に絡まれていたり、立て籠もりが起こっていたり。

 

 前者ならキリエはどうにかできる。後者はこんな平和な街で起こるとも思わないしな。

 

 ああ、ブチ切れて衝動的にやってしまい、後がなくなってしまったなら、あり得ない事もないか。

 

 ……あれ? こういう時に使う言葉があったんだが、何だっけ?

 

「ポイントじゃなくて、セーブでもなくて……」

 

 思いつく言葉を呟きながら、どれもしっくりこずに眉をひそめる。

 

 そして、答えが出るよりも早く目的地の喫茶店が見えた。何かフェアでもやっているのか、店の前に人がいっぱい立っている。それに騒がしい。

 

「立っている? あ、旗だ。そうそう、フラグだったな」

  

 ……ん? フラグ?

 

 喫茶店、エステルを覗き込んだ俺は、自分で立てたフラグに後悔した。

 

 外から店の中が見えるガラス張りの壁。その前のちょっとした花壇。外に出ている看板に書いてあるメニューは、パンケーキやパフェといった女性が喜びそうな物ばかり。

 

 エルトリア女学院の近くなので、もちろんエルトリアの生徒に大人気。

 

 一度キリエに連れて来られた事があり、俺が見ても制服が可愛らしいと分かる。味も抜群に良く、活気もあったので中々好印象に残っていた。

 

 そのお陰ですんなりここにたどり着けたし、キリエのピンチに直ぐに駆けつけられた……が、あれはもしかしなくても立て籠もりだろうか。

 

 丸テーブルも椅子も倒れており、まさに滅茶苦茶な状態だ。

 

「み、見せもんじゃねえんだよ!! 早く消えろよっ!!」

 

 茶髪の男にナイフを背中に突きつけられて、ガラスに手を付けたホールドアップの状態にされているのは、見間違いじゃなければ家のキリエ。

 

 ……もしかしなくてもこれはヤバイ状況なのだろう。多分、状況整理は必要ない。おおかた、俺の全ての予想が一致しただけだ。

 

 なら、取れる行動は一つ。キリエを無傷で救い出し、あの男を警察に突き出す。

 

 そこでふと、キリエと目が合った。本格的な危険を肌で感じているのか、涙ぐんではいないが空笑いだ。

 

 俺はそれに笑顔で返し、そのまま入口へ向かう。

 

「君!? 何をしようとしてるの!?」

 

 すると、取り巻きの女性が俺の肩を掴んで来る。

 

「任せて下さい。俺が彼女を救います」

 

 笑顔で答え、女性の手を払って俺は店内に入った。

 

「な、なんだてめぇ!! 殺されたいのか!!」

 

「いたっ」

 

 俺を警戒してか、男は一番近かった壁に背を向けて、キリエの髪を引っ張りながら、露わになった首筋に向けてナイフを構えた。

 

 また一段上がった危機的状況に、キリエの鮮やかなアメジストは、煌めきながら揺らめいている。

 

「キリエを離せ」

 

 男との距離をゆっくり詰めながら発した声は、自分でも驚くほど太い声だった。

 

 自覚はない。今の自分が冷静じゃないなんて思ってもいない。

 

 だけど、キリエと目が合うと、心の奥底から溢れて来る水は激流なんだ。激しい怒りが、全身を流れている。血が沸騰して、身を焦がす熱を感じる。

 

「く、くんなよ!! この女が刺されてもいいのかっ!!」

 

「もう一度だけ言う。キリエを離せ」

 

 ああ、そうだ。これは怒り。俺が持っている、赤の色。真の紅だ。

 

「ふざけんなっ!!」

 

「なら、力で解決させて貰うさ」

 

 手は要らない。加減はしない。然るべき流れに身を任せるだけで良い。不要な力を抜き、必要な力を込め、低い体勢で踏み込む。

 

 二間。

 

 もう完全に、俺の間合いだ。

 

「ふっ!!」

 

「あがッ──!?」

 

 ナイフを左手の一指しと中指で挟んでから、右手で男の顎に掌底をヒットさせる。

 

 そしてそのまま、キリエを抱き寄せた。 

 

「わっ」

 

「…………ふぅ」

 

 男は壁にもたれながらずるずると崩れ落ちていく。完璧に顎にヒットさせたので、しばらくは目を覚まさないだろう。

 

「大丈夫か?」

 

 無傷で済んだはずだが、念の為キリエに訊ねる。

 

「う、うん。五体満足だけど」

 

「それなら良かった……って、やっぱり偽物か」

 

 キリエの安否を確認できたので、気掛かりがあったナイフを拾ってみると、ナイフは物凄く精巧な作りの偽物だった。

 

 指で掴んだ時の温度がぬるかったのは、このせいか。

 

『わぁぁぁ──!!』

 

 そこでやっと、事件が終わりを迎えた現状についてこれたのか、人だかりから歓声が上がった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

(凄い、あの人)

 

 買い物からの帰宅途中、偶然喫茶店の前の人だかりの中にいた中島ギンガはただ率直にそう思っていた。

 

 青年が堂々と店に入り、男を倒して女性を無傷で救出。それは、ギンガにとってまさに神業である。

 

 ギンガはかなりアウトドア派な少女で、まだまだ齧っている程度ではあるが、趣味で格闘技をやっている。

 

 だからこそ、そんなギンガが人だかりの中で誰よりも一番、青年の動きを凄いと理解していた。

 

(私は全然足が動かなかったのに……)

 

 女の子で、明らかに体型で負けている。何より格闘技は趣味の範囲だから、動けなくて当然。何も、誰にも責められる事はない。

 

 ただ、それを頭で分かっていても、動けなかった事実はギンガにとって悔しい事であり、自身が一歩も動けずにいた状況を、何事も無かったかの様に解決した青年に憧れを感じたのだ。

 

 声を掛けたい。衝動的にギンガはそう思い、足を進めようとするが、気になったのは青年の隣で笑っている美少女。

 

 ガラス越しに見えるその様子は、ギンガの目に恋人の雰囲気として映った。

 

 ギンガは中学一年生であり、恋愛について当然知っている。だから、今自分が感じているのは恋心ではなく憧れだと理解していた。それに、二人が恋人同士と確定したわけでもない。

 

 それでもギンガは、声を掛ける事に引け目を感じている。

 

 あの雰囲気に自分が混ざる事で、壊してしまう可能性を考えたのだ。

 

(う~ん、どうしよう)

 

 何度も思考が繰り返す中、ギンガの視界に警察が入って来て、事情聴取としてか青年に話を訊いている。

 

 ギンガの母、クイントの教えにより、ギンガは決して人見知りではない。むしろ、好んで人と会話しに動く方だ。

 

 そんな自分を理解しているギンガだからこそ、気が進まないなら素直に帰るべきだと思い始めた。

 

(でも……)

 

 ただ、そう決めて足を自宅に向けると浮かんだ、"会えない"の予感。

 

 ギンガの足はどちらにも進まなくなっていた。 

 

「ああ、もうこうなったら!!」

 

 はっきりと聞こえる大きさで発したギンガの声に、周りにいた人たちがぎょっとした。何度も悩んで動けない自分にじれったくなったギンガは、声を出すことで気を紛らわせたのだ。

 

 そして、何も考えずに青年に声を掛ける事を決めたのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「あのっ!! ちょっといいですか?」

 

 警察への事情説明が終わり、これからキリエを家に送ろうとした所で、目の前に来た少女に声を掛けられた。

 

 菫色の長髪に隠れて、ちらりと見える白いリボン。容貌が整っており、可愛らしくも綺麗な顔立ち。服装は無地で、薄い緑色のTシャツに白いショート丈ベスト。ベージュのハーフパンツを履いており、とても動きやすそうだ。

 

 右手には、ネギが飛び出して見える買い物袋を持っているので、お使いの帰りだろう。

 

「ああ、どうかしたかな?」

 

「凄く恰好良かったです!!」

 

 袋を左手に持ったまま両手をぐっと握りしめ、少し興奮した様子で少女が発したのは、まさかの褒め言葉。素直に嬉しいが、どう反応すれば分からなかった。

 

「良かったわね、先輩。こんな可愛い子から褒められたじゃない」

 

 俺の困惑具合に気づいたのか、キリエが会話を繋いでくれる。 

 

「そうだな……えーと、名前を聞いてもいいか?」

 

 そのお陰で落ち着き、少女の名前を知らない事に気づいたので名前を訊ねる。

 

「はっ、そうでした。中島ギンガ、中学一年です。趣味で格闘技をやってます」

 

「なるほど。格闘技をやっているから、俺の動きが格好良いと感じたんだな」

 

「はい。といっても、あくまでも趣味なので……お二人のお名前を伺ってもいいですか?」

 

 どうやら、今度はこっちの番らしい。

 

「柊真紅、高校二年。真紅で良いよ。武術一家の跡継ぎで、中島さんに合わせるなら趣味は格闘技だな」

 

「キリエ・フローリアン、高校一年。同じくキリエでいいわ。私は普通の女子高生で、趣味はガーデニングよ~」

 

「分かりました。私の事はギンガって呼んで下さい」

 

 ギンガはニコッと笑い、俺たちに向けて軽く頭を下げた。

 

 俺はそれに釣られる形て返し、隣のキリエも同じ挙動だ。

 

「さてと、お互いの挨拶も済んだ事だし……歩きながら話そうか。目的地はギンガの家で良いかな?」 

 

 一度ギンガに目を合わせてから、買い物袋に視線を移す。

 

「あ、そうでした。案内しますね」

 

 ギンガはどうやら、買い物の帰宅途中だったのをうっかり忘れていたらしい。

 

 口調や雰囲気からしっかり者だと分かるが、今回は完全に失念していたのだろう。

 

 帰り道で立て籠もりの現場を目撃し、無事に人質が救助されるまでの一部始終を見ていたのならしょうがない。

 

「時間とか、中身とか大丈夫?」

 

「はい。直ぐに冷やすべき物がなくて良かったです。アイスなんてあったら、今頃は絶対にどろどろに溶けてますね」

 

「それは間違いない。まだ涼しいが、それでも立派に夏だからな」

 

 眩しさに備え、顔を手で覆いながら空を見上げる。雲一つない、快晴だ。

 

「夏はちょーっと苦手なのよね。汗とか気になるのが」

 

「あ、わかります。ちょっと運動しただけで凄い事になってたりするんですよね」

 

「そうそう。真夏のガーデニングは一苦労よ~」

 

 だからって、俺に手伝わせるのはこのキリエなんだが……今は口に出さないでおこうか。俺も嫌々やっている訳でもないし、誰かの役に立つならそれでいい。 

 

 無論、気にはなるが。

 

「真紅さんは苦手ですか?」

 

「むしろ、得意な人がいたら教えて欲しいな。嫌いではないが、暑さに参る時はあるよ」

 

「ですよね」

 

 年がら年中、気温が四十度近い国の人なら得意かも知れないが、出来れば適度な温度が良いはずだ。もちろん、それが好きな人がいても変ではない。

 

「そう言えば、ギンガはどうして先輩に声を掛けたの?」

 

 良く考えれば、そこを聞いてなかったな。ナイス質問だキリエ。

 

「さっき伝えた言葉がほとんどなんですけど……純粋にどんな人か気になったからでしょうか」

 

 どうやら、ギンガの中で答えは出ていないらしい。

 

「つまりは何となくなのね」

 

「そうなります」

 

「なるほど」

 

 俺も衝動で何かをしたくなる時があるし、確かに理解できる気持ちだ。衝動といえば、一番はレヴィだろうが。

 

 それから、ギンガの案内にて歩いていると、ギンガが足を止めて指で一軒の家を示した。

 

「あれが私の家です」

 

 昔ながらの木造の家。見た目から古さを感じがするが、それと同時に温かさを感じ、とても味がある家だ。

 

 中島家とは対照的な家? が、右隣に立っていなければ、もっとこの趣のある中島家を眺める事が出来ただろう。

 

 そちらの家主には悪いが、なんか残念だな。もうちょっとましな外観にして欲しい。

 

「へぇ~、良い雰囲気ね」

 

「そう思いますか? 洋風な見た目も好きですけど、やっぱり自分の家が一番好きです」

 

 心から好きに違いない。ギンガから笑みがこぼれていた。

 

「これは楽しみだ。内装は洋風とか言わないよな?」

 

 とりあえず、隣の家は視界から意識的にフレームアウトする事に決め、中島家へと興味を移す。

 

「ちゃんと見た目通りですよ」

 

「それなら良かった。ある意味で面白いだろうが、ちょっとな」

 

 間違いなく、鳩が豆鉄砲を食らったような反応になる。

 

「ただいまー。あ、スリッパ出しますね」

 

「お邪魔します」

 

「お邪魔しまーす」

 

 そして中島家に入り、ギンガが用意してくれたスリッパを履いた所で挨拶をする。

 

「お帰りなさいギンガ。お友達かしら?」

 

 玄関までギンガを迎えに来たのは、母を呼ばれた女性。髪型は違うが、ギンガをそのまま大人にした感じの綺麗な人だ。

 

 そう冷静に容姿を観察したが、ふと頭に浮かんだ二人の女性。プレシアさんとリンディさん。やはりとても、娘がいるように思えない。

 

「まだ、友達と思っても──」

 

「友達です」

 

 ギンガが何を言おうとしたか分かったので、言葉を遮る様に言い切った。

 

「むしろ、私たちの勘違い?」

 

「真紅さん、キリエさん……うん。母さん、友達です!!」

 

 ギンガは俺とキリエを見てから、笑顔でそう答える。

 

「ふふっ、分かったわ。初めまして、私は中島クイント。ギンガたちの母親やってるわ」

 

『よろしくお願いします』

 

 ギンガたちって事は、他に子供がいるのか。もしかしたら、今日に会うかも知れないな。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 そこから、長くいるのもアレだと思い、小一時間ほどで帰路につく。中島家の夕食まで時間があった為に誰とも会わなかったが、連絡先や家族の構成を教え合い、また会おうと約束を交わした。

 

「で、今度からは挑発しないように」

 

 そして、ギンガと出会った事で一度はスルーしたが、帰り道を使ってキリエにお説教の時間だ。

 

「先輩。それで三回目よ」

 

 なんでも、事件の発端はナンパかららしい。

 

 テイクアウト可能なメニューを買おうと喫茶店に向かっている途中、あの男に声を掛けられて断ったが喫茶店までついて来た。

 

 そこで──「警察に連絡するわよ」と言ったが、帰ってくれず、余りのウザさに呆れてちょっとだけキリエが挑発。キレた男が模造ナイフを取り出し、あの状況になったんだとか。

 

「俺、姉貴、博士、奥さん、キングス、シュテル、レヴィ、ユーリ、ギンガ、周りの人……ぶっちゃけ、まだまだ言い足りないんだが?」 

 

 大ごとにして欲しくなかったので、警察の人にお願いして家族への連絡はやめて貰った。

 

 みんながこの事を知ったら、解決済みだろうと間違いなく迷惑を掛けるからだ。それに、俺にまで飛び火する可能性がある。

 

「けど、先輩だって危険だったじゃない」

 

「俺はいいんだ。鍛えているから」

 

 柊家の武術が現実で使われるとは、ちっとも思ってなかったがな。

 

「ぷっ、なに自慢げに子供っぽい理屈を展開してるのかしら」

 

「ほほう。まだ懲りてなかったか」

 

 がしっと頭を掴み、少しだけ力を込める。通称、アイアンクローだ。

 

「いや~ん、先輩のエッチ。道端でいけないたたたたたたっ」

 

 掴む力を強くした後、一度頭から放して右手をわきわきさせる。

 

「で?」

 

「もうお嫁に行けないわ。先輩が貰ってくれる?」

 

 すると、まさかの言葉による反撃。キリエは正面に抱き付いてきて、上目づかいでそう言って来る。

 

「うぐっ」

 

 回避しようにも、キリエの言葉が予想外すぎて動けなかった。

 

「本当に、先輩ってばこの手の攻撃に弱いわね……対戦中にも使わせて貰うわ~」

 

 俺の精神に割と大きなダメージ残して、してやったりと、いつもの笑顔でキリエが離れる。

 

「それを人は卑怯だと呼ぶ」

 

 ただ、反論は行っておく。こんな事を試合のたびにやられたら、慣れるまで圧倒的敗北を味わってしまう。

 

 ある意味で俺の精神統一が出来てない結果に繋がるが……果たして、そういう次元の話なのだろうか。

 

 それに、俺が慣れるとも思わない。

 

「卑怯なのは変身中の攻撃だけよん。弱点を突くのは基本でしょ?」

 

 さすがキリエ。人の心を把握するのが上手いだけあって責めるのが上手いが、俺も伊達にキリエと一緒に過ごしているわけじゃない。反撃の手は残っている。

 

「なら仕方がない……大人気ないが、今日の事をみんなに話そうか」

 

「うっ」

 

 今度は、キリエが声を上げる番だった。

 

「先輩も十分卑怯だわ……」

 

「ははは、あの環境で逞しく成長したからな。男一人の心細さを舐めるなよ」

 

 正確には違うが、博士は研究室に籠っている事が多いので、基本的に一人と言っても過言ではない。

 

 知っているか? テレビのリモコンを握っても、何故かチャンネルを操作できないんだぞ。

 

 知っているか? 頼まれたらノーと言えないんだぞ。

 

 昔の俺に会う機会があったら、山ほど言いたい名言があるな。 

 

「……先輩、本気だった?」

 

 話の流れを、キリエは急に折ってくる。

 

「本気も何も、心細いのは──」

 

「真紅先輩」 

 

 キリエは俺の正面に回って、目を合わせて来た。どうやらキリエの方が、本気らしい。先ほどと同じ、瞳の輝きだ。

 

 せっかく話の流れを元に戻そうとしたのに、これじゃ意味ないな。

 

「ああ、情けない事に本気だったよ。あの時とは違って、怒りで我を忘れてはいなかったが……ギリギリだ。キリエに傷の一つでもあったら、もう少しあの男は……」

 

 自分でその状況を想像してしまい、首を振った。

 

 終わった事を口から出してまで言う必要はない。

 

「ごめんなさい。今回もまた、先輩の迷惑になっちゃたわ」

 

 俺に向かって、キリエは頭を下げてくる。

 

「今回は相手が悪かった。前のは俺が悪かった。だから、キリエは気にするな。両方とも、もう過去の話だ」

 

「けど──んむっ」

 

 返事は予想できたので、左ポケットに突っ込んであった飴玉を、素早く袋から取り出してキリエの口に放り込んだ。

 

「ピンクだから、それは確かなのはちゃんに貰った奴だ。あ、完全に溶けてるな……このチョコ」

 

 何を貰ったか確認してなかったせいで、銀紙に包まれたチョコの存在を知らなかった。

 

 捨てるのは悪いし、帰ったら冷やして頂こう。

 

「……先輩が気にしてないから、私が気にするのよん?」

 

「キリエが気にしてるから、俺が気にしないんだ」

 

「意味が分からないんですけど、のI・W・Dね」

 

「その無理やり略語にする心意義こそ、I・W・Dなのは俺の気のせいだろうか?」

 

 俺の言葉で、帰り道に沈黙がおちた。

 

 交差する視線。そして停止する俺たち。周りから見れば、ちょっとおかしな光景だろう。

 

 先に口を開いたのはキリエだった。

 

「く、癖なのよ。パパも、お姉ちゃんも使うし」

 

「い、いや、それは知っているし、別にそんな事を訊きたかった訳でもないんだが……」

 

 普段キリエが見せない照れ顔に、こっちの言葉が詰まる。

 

 大抵の事は平然な顔して言えたり、やってのけたりするのに……何故、こういう時に見せるんだ。天邪鬼とは言わないが、弱いポイントがずれているのはかなり困る。 

 

 自信満々に責めたのに、不意打ち気味に貰うカウンターが強烈だからだ。

 

 特に、キリエと姉貴は強い。ただ単純に歳が近いからかも知れないが、四人組とは威力が違う。

 

「ああ、もうっ!! 先輩といると調子崩れるわ。敬語も面倒だし」

 

「だからそのままでいいって何回も伝えただろ」

 

 そもそも、完璧に敬語になってないのには突っ込まなかった。

 

「負けた気がするのよね~」

 

「何にだ、何に」

 

「うーん」

 

 思った事を率直に伝えると、キリエは首を傾げながら唸り始める。

 

「自分に?」

 

 どうやら、正確な答えは出なかったらしい。疑問系なのが良い証拠だ。

 

「諦めて敬語をやめてみろ」 

 

「破壊力抜群よん?」

 

「……それが敬語じゃないんだけどな」

 

「はっ」

 

 そこから研究所に着いて別れるまで、キリエはずっと無言だった。

 

 二年経ってやっと気が付いたキリエに、俺も声が出なかったのは言うまでもない。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 それから、晩御飯の時間。20時まで自室で宿題等を行っていた。

 

「あれっ?」

 

 そして、姉貴に呼ばれて一緒にリビングに向かっても、テーブルにご飯は見当らない。滅多にないが、キングスから連絡があった時以外は、必ず定時に用意されているのだ。

 

「キングス……いや、三人はどうしました?」

 

 姉貴の疑問に合わせて、珍しく博士がいる中で、三人組がいない理由を博士に訊ねる。

 

「僕は知らないよ。ユーリ、連絡は?」

 

「まだですね。真紅さん、冷蔵庫の中にアクアパッツァが」

 

 ユーリの言葉を聞いて、冷蔵庫の戸を開けてみると、確かにアクアパッツァがあった。

 

 恐らくはこれが晩御飯なのだろうが、作った本人がいない為にどうすれば良いか分からない。ユーリと博士も同じ気持ちだから、とりあえず席について待っているのだろう。

 

「あらん? 三人は?」

 

 冷蔵庫の戸を閉めたと同じタイミングで、キリエがリビングにやってきた。

 

「連絡待ちだ。多分、ブレイブデュエルが白熱してるんじゃないか?」

 

 八神堂に向かう流れで別れてから三時間も経っているし、集中しているとはいえ、そろそろ気づく頃だろう。

 

 ただ、夏になって暗くなるのが遅くなったとしても、あんまり褒められたものじゃないし、帰ってきたら注意しないとな。

 

 もっとも、怒られる事は理解しているだろうから、うるさくは言わないつもりだ。

 

「それじゃ、三人が帰って来るまで待機かしら」

 

「そうなるな」

 

 椅子に座って俺は言葉を返した。

 

「ただ、かなりお腹ぺこぺこなのよね」

 

 隣にキリエが座り、お腹をさすりながらそう言う。

 

『そうだな / そうですね / お姉ちゃんもです / 僕もだよ』

 

 昼食を食べてから既に九時間。毎日ほぼ定時にご飯を食べている身としては、自然と腹が減ってしまう。みんな同じ気持ちなのは、当然の事だろうな。

 

 ただし、腹が減っているといくら言っても、商店街の主ことキングスとその従者たちが帰って来ない限り、正確な晩御飯ではない。 

 

「まあ、きっとそろそろ帰って来るよ」

 

「だといいけど」

 

 ……あれ、なんか既視感があるな。えーっと、こういう時って何を立てるんだっけ?

 

 それから、キングスたちが帰るまでの一時間。俺は、既視感の正体に気が付かなかった。

 

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