魔法少女リリカルなのはINNOCENT-crimson the bellwether-   作:聖@ひじりん

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episode7

「よし、形だけは完成したな。実戦にはまだまだ威力が足りなくて使えないが、驚かすには十分か」

 

 スキルが全体像の半分ぐらい完成したので、休憩の為にコンソールから手を外して、集中していた意識を切り替える。

 

「ふぅ……」

 

 目を一度閉じて、ゆっくりと、大きく呼吸をしてから開けた。

 

 エンタークンを使えばシミュレーターでなくてもブレイブデュエルができるが、身体を動かさないので、普通のテレビゲームとほとんど変わらない物になってしまう。

 

 例えシミュレーターでやっても、ゲーム中の動きを完全にトレースするわけではないので、運動量で言うならジョギング程度なるが……それでもいいので、俺は少しでも身体を動かしてやりたい。

 

 元々ゲームには慣れていない事もあり、どうもエンタークンだと疲れてしまうからだ。

 

「十六時か。かなり集中していたな」

 

 平日かつ学校帰りの生徒が来ない時間にやっていたので、順番交代がなかった。

 

 お陰で改良が進んだが、この疲れを考えると、途中で息抜きをした方が良かった気がするな。

 

「そろそろ五人も帰って来るだろうし……その前に軽く腹ごしらえだな」

 

 俺はフードカウンターに向かって、料理を頼む事にした。

 

「ご注文はお決まりですか?」

 

 俺の順番が来たので、事前にメニューを見て決めていた料理を注文する。

 

「スペシャルハンバーグセットを二つ、ご飯は大盛り。トッピングは全種類でお願いします。ドリンクは全て緑茶で、付け合せのポテトは必要ありません」

 

 とはいえ、見ていたのはドリンクのメニューだけだ。

 

「か、かしこまりました。お値段は三千円になります」

 

 会計に移ったので、財布を取り出してお金を支払った。

 

 しばらくして料理が出てきて、俺は両手にトレーを持って近くの席に移動。早速食べ始める。

 

「やはり、美味しいな」

 

 スペシャルハンバーグセット。丸皿に乗った直径30cmのハンバーグに、白い米というシンプルなセットだ。

 

 トッピングはデミグラスソースやケチャップ、マヨネーズ、チーズ、ハバネロといった、全十種の中から選択できる。

 

 本来、その付け合せにはポテトがつくが、俺の目当てはハンバーグだけなのでいつも断っていて、アルバイト時代の時から食べているメニューだ。

 

 このフードコートにも研修がもちろんあり、開店の一ヶ月前からアルバイトスタッフに向けての販売が行われていた。

 

 今の受付の女性は見た事がなかったので、恐らく新人さんだろう。 

 

「あれっ、お兄さん?」

 

 一つ目を食べ終わり、いざ二つ目を食べようとした所で、アリシアが目の前に座った。

 

「ああ、おかえり」

 

 フェイトやなのはの姿が見えないので、前のように早く帰って来たのだろうか。

 

「ただいま。一人でウチに?」

 

「ちょっと色々あってな。アリシアは?」

 

「六限に体育があって、ちょっと腹の虫さんが鳴ったから、四人を置いてお先に栄養補給だよ」

 

 なるほど、四人がいる時に一人だけ食べるのが嫌だったのか。

 

「腹が減っては戦ができぬ、だな」

 

「みんなのおねーちゃんとしては、いつでもしっかりいないとね」

 

 そう言って、人一倍しっかり者のアリシアはえへへと笑う。

 

 誰かに指摘されたわけでもないはずだ。ただ、それでも心掛けているのは、純粋にアリシアの性格からだな。

 

 正直、母親のプレシアさんよりしっかりしている気がする。

 

「あ、良かったら食べるか? 今から注文するのも面倒だろう。お金も使う事になるし」

 

「お兄さんが足りてるなら貰うけど、大丈夫?」

 

「一セット食べたし、俺の腹の虫さんは治まっているよ。それに、二セット食べれるから頼んだだけで、一セットでもどうにかなる」

 

 それでもお腹が空いたら、晩飯をその分食べるだけだ。

 

「でも、一皿は食べれないから、残ったらお願いっ」

 

「了解した」

 

 それもそうかと、快く了承する。

 

「それじゃ、あーん」

 

 そして、アリシアがこちらに向いて口を開けた。

 

 言葉から察するに、食べさせろという事だろうか。

 

「ハリーハリー」

 

 俺の見間違いじゃなければ、物凄く瞳が輝いているんだが……こいつ、楽しんでるな。

 

 もっとも、これで何度目か忘れたぐらいに慣れているから問題はない。

 

 始めこそ戸惑ったものの、俺と仲良くなる為の行動だったと後日に聞かされて、アリシアは良い子なんだと関心したぐらいだ。

 

「分かったよ。どっちから?」

 

「ハンバーグで」

 

 アリシアの指示通り、ハンバーグを食べやすいサイズに割ってから、口に運ぶ。

 

「もぐもぐもぐもぐ……うん、美味しい」

 

「咀嚼音は口に出さなくてよろしい」

 

「はーい。でも、お兄さんにこうして貰うの、少し久しぶりだね」

 

 アリシアの言葉を聞き、俺は前がいつだったか思い返してみる。

  

 ……確かに、少し久しぶりだった。

 

「開店準備の追い込み期間は忙しかったしな。多分、一ヶ月は丸々開いているはずだ」

 

「そうだよね~。次、お米」

 

 今度は、白い米を適度な量だけ挟んでアリシアの口に入れる。

 

 次は間違いなくハンバーグなので、アリシアがお米を食べている内に切り分けておく。

 

「あ、ハバネロは無理だったよな?」

 

 切り分けている途中で左端のハバネロソース部分に気がつき、アリシアが辛すぎる物が駄目だった事に思い至った。

 

「うん。この前も挑戦してみたんだけど、やっぱり駄目だったよ。フェイトは大丈夫なんだけどね~。お姉ちゃんとして、ちょっぴり情けないやら悔しいやら……」

 

「そうか」

 

「ん」

 

 本気で気にしている訳ではなさそうだったが、アリシアの頭を撫でて慰める。

 

「それじゃ、この部分は俺が食べるよ」

 

 左端と言っても、十種類もソースがあれば量はそこまでじゃないので、俺はまとめて口に突っ込んだ。

 

 そして、何故か目をぱちくりさせているアリシアの視線を受けながら、米を口に入れて味のバランスを調整した。

 

「やっぱり美味しいな」

 

 ハンバーグは分類的には洋食だが、基本的なレシピは日本独自の物なので、ご飯と緑茶に合わない訳がない。

 

 俺は、これが至高の組み合わせだと思っているし、本当は毎日でも食べたいが……週一は確実に晩飯で出るから、家の料理長に無理は言えないんだよな。

 

「ねえねえ。お兄さんって」

 

「ん?」

 

 緑茶を飲んで後味をスッキリさせた所でアリシアに呼ばれ、俺は言葉短く返す。

 

「好きな人か、彼女いたっけ?」

 

 ……好きな人? 彼女?

 

「ごほっ──」

 

 アリシアの唐突な質問に思わず咽る。 

 

「あぁ、ごめんねっ」

 

 何とか口を押さえる事に成功してよかったが、危うく食べた物が戻ってくるところだった。

 

「い、いきなりなんだ」

 

 少しして落ち着き、答える前に俺は質問で返す。

 

 本当に、いきなりどうしたのだろう。

 

「えー、っと……お兄さんに食べさせて貰うのはあったけど、間接キスは無かったなぁって」

 

 そういえば……そうなるのか。いや、待て。落ち着いて判断している場合じゃない。

 

「す、すまない!!」

 

 俺は頭を下げて、言葉を続ける。

 

「責任とかとった方が良いだろうか? それとも詫びか? いや、とりあえずプレシアさんに謝りに──」

 

「いやいやいや、そこまで気にしてないよっ!?」

 

「そこまで、なら少しは気にしているんだろう? ここは男として責任を──」

 

「だから、大丈夫だって!!」

 

 バンッ──と、アリシアが机を強く叩いた。

 

 そのお陰で思考が中断され、徐々に落ち着きを取り戻す事に成功する。

 

「そりゃあ、家族以外で間接キスとか初めてだし……ちょー、っとは気になるよ。けど、相手がお兄さんだし、好きな人とか彼女さんがいないなら、私は気にしない。いたら悪いなって思うけどね」

 

 アリシアは、いつもと変わらない笑顔でそう話す。

 

 家にいるみたいに油断して、アリシアに迷惑を掛けたのは俺だ。それなのに、まずは俺を気遣って笑顔でいてくれるなんてな……全く、何をしているんだ、俺は。

 

 これだけしっかり者で、アリシアはまだ小学六年生。俺は全然成長していないな。

 

 俺は、そんなアリシアの為に、何一つ隠さずに答えると決めた。

 

「残念ながら、人生でまだ誰もいないな」

 

「あれれっ? 意外だね」

 

 これで、何度目の言葉だろうか。

 

「良く言われるが……そんなに意外か?」

 

 別に、どこからどうみても普通の人間だろう。俺より優れている人は沢山いるし、そういう人に彼女がいるので、俺にいなくても不思議に思ったことはないしな。

 

「あー、なるほど」

 

 俺の答えに納得できたのか、アリシアはうんうんと頷いている。

 

 ただ、何に納得したのだろうか。

 

「お兄さん、告白された事あるよね?」

 

「多分、ない」

 

 本当にないか確かめる為に、思い出せる限り腕を組んで考えてみる。

 

「買い物に付き合ってと頼まれたりはあるが…………告白は、ない」

 

 学校生活を振り返ってみたが、やはり無かった。

 

「なるほどぉ。それって……今度、一緒に商店街を歩きませんか? とか言われて?」

 

「良く分かったな。その通りだ」

 

 アリシアは、エスパーかなんかだろうか。この手の話は誰にもしていないし、情報が回っているとも思えない。

 

「う~ん……好きです!! 付き合って下さい!! って、言われた事もあるよね?」  

 

「あるな」

 

 やっぱり、アリシアはエスパーだったのか。

 

「で、お兄さんは……ああ、ありがとう。女性と友達になれて嬉しいが、買い物に付き合うのは俺でいいのか? って、返したでしょ」

 

「凄いな。どうやってその超能力を手に入れたんだ?」

 

 一語一句、アリシアの言葉が間違ってないので、素直に凄いと思い習得方法を尋ねる。

 

「……あー」

 

「ん?」

 

 心なしか、アリシアの視線が痛い。それに、今日の昼時のキリエと同じ怒気が見える気がした。

 

「お兄さんに今度……ううん、今日。今日、私の持ってる少女漫画貸すから、全部読んできて。これ、宿題ね。女心の勉強だから」

 

「んん? 分かった」

 

 正確には良く分かっていないし、アリシアのエスパー行為や、今までの質問と繋がっていないのは気になるが……何か意味があるのだろう。宿題、女心の勉強、という位だしな。

 

「それじゃ、とりえあず……ご飯の続き~」

 

「了解。ハンバーグだな」

 

 アリシアの怒気らしき物が霧散したし、今は深く気にしないでおこう。

 

 俺は、アリシアの口にハンバーグと米を運び続けた。

 

 

◆ ◆ ◆ 

 

 

 それから、今日はT&Hのメンバーが忙しいとの事だったので、アリシアから漫画を受け取り帰宅を決めた。

 

 片手に二つずつの合計四つで、いっぱいに漫画が入っている紙袋を持ち、家まで帰って来たのは中々良い筋トレだったと思う。

 

「ただいま」

 

 そして、居住フロア玄関から入って一度リビングに寄ると、ユーリとキングスがいたので声を掛ける。

 

『おかえりなさい / 帰ったか』

 

 どうやら、晩飯の下準備らしい。

 

「む。その紙袋はどうしたのだ?」

 

「アリシアからの借り物。中身は全部少女漫画だ」

 

「「え?」」

 

 二人の顔が、なんとも表現しにくい顔になった。

 

 確かに、普段漫画を読まない俺が、いきなり少女漫画を読むのはおかしいだろう。

 

「言いたいことはわかるが、どうにも宿題らしい。女心を勉強するのに必要だと言っていた」

 

「「あー、なるほど」」

 

 理由を伝えると、どうしてか納得されてしまった。

 

「納得できるのか?」

 

『はい / うむ』

 

 物凄く息が合っている所を考えると、恐らく俺が変なんだな。

 

 なら、俺ができる事はただ一つ。

 

「そうか……とりあえず、晩飯になったら呼んでくれ。俺は早速、読み始めるよ」

 

 自覚していない、どこかおかしい部分を治そう。

 

 アリシア、ユーリ、キングスの意見が一致しているなら、間違いなくおかしい部分があるはずだ。 

 

「それは構わぬが……くれぐれも、自分を責めるでないぞ。責める暇があるなら、前に進むと良い」

 

 優しいキングスのトーンじゃない。これは、本気のトーンだ。

 

「分かった。これで俺が変われるなら、その言葉を信じる」

 

「うむ」

 

「が、頑張ってください」

 

 前に進め……か。

 

 キングスの言葉を重く受け止め、自室に到着した俺は、アリシアのメモ通りに本を並べて始めの一冊を読み始めた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「朝……か」

 

 アリシアから借りた漫画を全て読み終わり、部屋には光が指している。時計には7時と表示され、そろそろ学校に向かう準備をしなくてはいけない。

 

 だけど、俺は動けなかった。身体が重いんだ。

 

 飲み食いもせずに、その世界に入り込んだ。移り変わる景色、情景、心情に惹かれた。時間にして、約12時間。その集中力は、尋常じゃなかったと思う。

 

 ただ、この身体の重みは、疲労感では無い。

 

 ……心だ。

 

 キングスは、責めるより前に進めと言った。

 

 その結果は、残念ながらこのザマだ。

 

 ベッドから動けず、カーテンの隙間から差し込む光を顔に受けてなお、目を閉じる事も叶わない。

 

 最後に読み終えた本は、右手の中にある。ぼんやりと、されどしっかりと。意識はここにある。

 

 だが、俺の心は、どこにある?

 

 身体が動かないほど重くのしかかっている物は、間違いなく心だ。この重さを認識して、動けない事を認識している物は、間違いなく意識だ。

 

 全てを理解してなお、問う。

 

 俺の心は、どこにある?

 

「……なんて、馬鹿な事を考えていても一緒か」

 

 時間は、どうしても進む。全世界の時計を一斉に止めたとしても、人が生きている時は止まらない。

 

 俺の意識も、心も同じ。ここにあって、進んでいる。俺の止まった現実を持ってしても、それらは理解できる。

 

 つまり、無駄だ。全ては、無駄だ。

 

 どれだけ現実から逃げ出そうと、逃げ出している現実がある限り、その行為は無駄でしかない。

 

 奇跡や魔法で時間を止めようと、止めている本人の時間は決して止まらず、これもまた無駄でしかない。

 

 前に進め……か。

 

 その通りだ。進むしかないなら、進めばいい。

 

 結果は過去。過程も過去。時がある限り、全ては今か過去でしかないんだ。

 

「ありがとう、キングス。お陰で、前に進めるよ」

 

 届かない相手に向けて言葉を放ち、俺は立ち上がった。

 

 そして、てきぱきと色々な準備を終わらせ、リビングに足を運ぶ。

 

「おはよう。キングス、ユーリ」

 

 リビングに入り、いつものようにキッチンいた二人に挨拶をする。

 

「おはようございます」

 

「ふむ……我の言葉は役に立ったか」

 

 キングスは、色々と鋭くて困る。同時に、助かる事の方が多いんだがな。流石は王様だ。

 

「ああ。改めてありがとう、キングス」

 

 俺は、笑顔と共にそう伝える。

 

「気にするでない。我は王として当然の事を──」

 

「ははっ」

 

 キングスの優しい言葉に、思わず声が出た。

 

 こんな王様がいれば、その国は幸せだろうな。

 

「……何を笑っておる、真紅」

 

「え? ああ、ちょっとな。ユーリもだよな?」

 

 間違いなく同じ理由で笑っていたユーリに話を振る。

 

「ふふっ、はい」

 

「二人して妙な笑い方をしおって……全く、我は朝食作りに戻るからな!!」

 

 ぷいっ、とキングスは背中を向けたが、僅かに見えた顔の赤みは見間違いじゃないだろう。

 

『ははっ / ふふっ』

 

 俺とユーリは顔を見合わせて、そのキングスの様子に笑い合った。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「放課後、時間あるだろうか?」

 

 学校での昼休み、俺は特定の女子生徒に声を掛けて回っていた。

 

「う、うん。大丈夫だけど、どうしたの?」

 

「ちょっと話したいことがあってな。それじゃ、放課後になったら俺のクラスに頼む」

 

「え、あの、ちょっと!?」

 

 俺は一方的に要件を伝えて、足早に次のクラスに向かう。

 

 上級生の階に上がるだけで独特な緊張感があるが、時間が惜しいのでそんな緊張感は無視だ。

 

「あ、先輩」

 

 目的の先輩を廊下で発見し、そのまま声を掛ける。

 

「あれ? 柊君じゃない。どうしたの?」

 

「放課後、時間ありますか?」

 

「ええっ!? 柊君からお誘い!?」

 

 ああ、やっぱりそう思うよな。そう思われていたんだな。

 

 でも、今は気にせず話を進めよう。

 

「はい。時間があれば、放課後に俺のクラスに来てください」

 

「わ、わかった。もちろん行く」

 

 先輩の嬉しそうな顔を見て心が痛むが、ここはぐっと我慢だ。これは今までの俺の罪なのだから。

 

 その尻拭をするのは俺だし、結論は自分勝手で許しがたい。だが、気づいて無視をするほど、俺は最低な人間になりたくない。

 

 もっとも、この時点で最低な人間だが……本当に、しょうがないな。

 

「それじゃ、お願いしますね」

 

「え、もう行くの?」

 

「はい。では」

 

 ぽかんとした先輩を置いて、今度は別の先輩を探す。残るはあと三人なので、何とか間に合いそうだ。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 放課後、集まって貰った女子生徒に事情を説明し、俺は身勝手に謝罪した。

 

 ただ、俺の予想とは裏腹に、俺は無傷だ。

 

 みんな良い人で、こんな俺を少なからず想っていてくれた事が、嬉しくも申し訳なかった。なので、気が済むまで自由にしてくれて構わないと思った。

 

 これを伝えると、満場一致で──「気にしないで」の返事。本当に良い人たちだと思う。というか、間違いなく良い人たちだ。

 

 まあ、結果……俺だけが相変わらずの最低人間だったらしく、人としての成長は難しいなと思い知った。

 

 それから俺は、漫画をアリシアに返す為にT&Hにやって来た訳だが……。

 

「忙しそうだな」

 

 お客さんが途絶える事なく入れ替わり、アリシアに声が掛かっている。表情に疲れは一切見せていない様子だが、そこそこ疲れているに違いない。

 

「しょうがない。プレシアさんに渡しておこう」

 

 一人呟き、俺はスタッフルームに向かう。アリシアへの労いの言葉は、落ち着いてからで問題ないはずだ。

 

 もっとも、今の状況に声を掛けるのは、アリシアとお客さんに悪いしな。

 

 俺はスタッフルーム前に到着し、その扉を二回ノックした。

 

「はーい」

 

「どうも」

 

 この前と同じく、リンディさんが俺を出迎えてくれる。

 

「今日はどうしたの?」

 

「アリシアに用事があったんですけど、タイミングが……ちょっと」

 

 俺はリンディさんの背後、ちょっと奥にあるカメラモニターに視線を向けた。

 

「ああ、なるほど」

 

 そこに写っているのは、玩具コーナーにいるアリシア。その状況に、リンディさんは察してくれた様だ。

 

「なので、落ち着くまで時間を潰すのはもちろんですが、どうせなら何か手伝おうかなと──っ!?」 

 

「グッドタイミングよ、真紅くん!!」

 

 どこからともなく胸元に突っ込んできた、しっかり者の母親を受け止める。

 

 今まで姿が見えないし、完全に油断していた。こっちこそ、グッドタイミングと言わせて欲しい。

 

「何度も言っていますが、やめて下さい。男として、プレシアさんみたいな綺麗な人を受け止めるのは嬉しいですし、役得だと思いますが……旦那さんとアリシア、フェイトに申し訳ないです。夫持ちの母親が、自分よりちょっと年上の男性に抱きついている姿を見て、素直に喜べないでしょう?」

 

 ただ、俺の意見を素直に、はっきりと伝えておく。

 

 今までは深く考えていなかったが、旦那さんからしてみれば良い光景じゃないだろう。そりゃ、恋愛としてじゃない事は明白で、気にしない方ではある思うけどな。

 

「あ、頭でも打ったの? 大丈夫?」

 

 プレシアさんに、上目遣いで心配されてしまった。

 

「大丈夫です」

 

 俺は、すっとプレシアさんの身体を離して、目を見て言い切る。

 

 これが、今まで俺が重ねてきたイメージなんだと理解すると、なんだか無性に落ち込んでしまうな。仕方がないと言えばそれまでだが、もう少しましな人間でいたかった。

 

「もしかして……鈍感のスキルを失ったの?」

 

「……言われると思いました」

 

 俺は思わず口元を手で覆う。

 

 学校の女子生徒たちにも言われたので、俺の鈍感さに気づいていた人からは言われるんだろうと思っていたが、プレシアさんに言われるのはかなり恥ずかしい。

 

「デ……デ……デ……」

 

「デデデ?」

 

 丸い王様がどうかしたのだろうか。

 

「デレ期が来たのね!!」

 

「いや、そう言う訳では」

 

 どこか興奮して見えるプレシアさんに、俺は冷静に突っ込む。

 

「いいえ、デレ期よ!!」

 

「まさかの断言!?」

 

 驚いた。しっかり否定したのに、俺自身の事を決めつけられるとは……さすがプレシアさんだ。

 

「はいはい。盛り上がってる所に悪いけど、真紅くんに頼みがあったんじゃないの?」

 

 リンディさんが二回手を叩いてから、プレシアさんに本題の催促をした。

 

「そ、そうだったわ。ブレイブデュエルのフロアにいるフェイトから、忙しいからヘルプ要請が来たのよ。だから、真紅くんに是非手伝って貰おうと思って」

 

「それなら早く向かった方がいいですね。分かりました、フェイトの救援に行ってきます」

 

 俺は荷物を一つにまとめさせて貰い、少し駆け足で階段を使って最上階に向かう。

 

 何かイベントでも行っているのだろう。そうでないと、仕事のできるフェイトが救援要請を出すとは思えない。

 

 そに加えて、俺に頼んだって事は、ブレイブデュエルに詳しくて戦える人を探していた可能性が高い。T&Hでこの役目を果たせるのは、恐らくアリシアだけか。

 

 人手不足ではないだろうが、フェイトやアリシア並になろうと思えば、かなりのやり込みが必要だしな。もう時期、なのはたちにも声が掛かるかも知れないな。

 

「なるほど、こっちも忙しそうだな」

 

 フロアに入ると、左側のシミュレーターにはフェイトの姿。右側には三人の少年の姿。お客さんがその戦いを見ており、その数は百人に満たない程度だが、これが順番待ちだと考えると中々に多い気がする。

 

 俺の考えが正しければ……ショップ店員とのデュエル演習って所か。エイミィさんがオペレーターになっているし、説明を加えながらの多対一だな。

 

 素早く状況を判断した俺はエイミィさんの元に向かい、その肩を軽く叩く。

 

「あ、真紅くん。話は聞いてるよ。とりあえず、フェイトちゃんの救援をお願い。ずっと休憩なしだから」

 

「了解しました」

 

 俺はフェイト側のシミュレーターに入って起動を待ち、身体が浮いた所で現れたウインドウに素早く条件を入力する。

 

「ブレイブデュエルスタンバイ!!」

 

 そして、ブレイブホルダーを胸の前に掲げて、ゲームを始める行程に身を任せた。




『主人公は、鈍感スキルを失った』

バッドステータスだったのか、グッドステータスかは本人次第。作者的にはなくなるほうが楽だ。


さてさて、話の流れのテンポが悪いのは次の話ぐらいまで。そろそろテンポアップしていこう。

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