夢で逢えますように   作:春川レイ

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尋問の時間

 

 

 

結論から言えば、圓城は蝶屋敷へ通院しなかった。

「お嬢様、本当によろしいので?」

「…よくないけど、いいのよ」

民間の病院で治療し、傷はほとんど治った。何度も蝶屋敷から鴉が飛んできたが、無視をする。しのぶも忙しいだろうに、一度圓城の屋敷を訪ねてきたが、居留守を使った。多分バレていただろうが。

「胡蝶様、かなり怒ってましたよ。凄まじい笑顔でした」

「でしょうね」

「でしょうね、ではありませんよ。対応する私の身にもなってください。胡蝶様に視線で殺されるかと思いました」

「大丈夫。もう治ったし、今日からまた任務にも行けるから。蝶屋敷にも鴉できちんと知らせるわ」

じいやが大きなため息をつきながら頭を抱えた。

とにかく圓城はしのぶを徹底的に避けた。どんな顔で会えばいいか分からない。今だに森の中で自分がしのぶに言った言葉を思い出すと顔が赤面し、悶えそうになる。

「あー、死にたい……いや、死なないけど…」

「…本当に一体何をやらかしたんです…?」

じいやが何度も尋ねてくるが、口が裂けても話せなかった。

 

 

 

 

鬼殺隊では大きな動きがあり、騒がしくなった。音柱一行が130年ぶりに上弦の鬼を撃破する偉業を成し遂げた。しかし、音柱、宇髄天元はその戦いにより左手と左目を失い引退することになった。

「……そういうわけで、俺達なんとか頚を斬れたんです!」

「まあ、大変でしたわね。炭治郎さん、お疲れ様でした」

圓城は蝶屋敷を訪ね、大怪我をした炭治郎の話を聞いて、ニッコリ笑った。

上弦の鬼との戦いから炭治郎は2ヶ月もの間意識不明だったが、3日ほど前に目覚めた。圓城がお見舞いに訪れると、炭治郎はお土産に持ってきた饅頭をパクパクと勢いよく食べながら、戦いの話をしてくれた。ちなみに今、蝶屋敷にしのぶはいない。炭治郎を見舞う前に、任務で外にいることをしっかり確認した上で圓城は蝶屋敷を訪ねた。

「本当によく頑張りましたわねぇ。あなたはやっぱり強いですわ」

圓城が頭を撫でると、炭治郎はそれを避けるように身を引いた。

「あ、いや、当然です!俺、長男なんで!」

「……?そうなんですの?」

長男が何か関係あるんだろうか、と圓城が首をかしげていると、今度は炭治郎が圓城に話しかけてきた。

「そういえば、圓城さんもとても大変だったって、聞きました。任務で森の中で遭難したって…」

「あ、ああ、私の場合は自己責任なので…強い鬼と戦ったわけではありませんし…」

圓城は思わず炭治郎から目を逸らしながらそう答える。炭治郎は圓城を不思議そうに見つめると、口を開いた。

「あのー、圓城さん…」

「はい?」

「…間違ってたら、すみません。もしかして、しのぶさんと何かありましたか?」

「……」

圓城の顔が真っ赤になった。炭治郎は、突然圓城から発せられた匂いに驚く。強烈な恥じらいとほんの少しの喜びの匂いだった。

「……ダメっ!」

「うっ!」

圓城が突然炭治郎の鼻をつまんだ。

「……っ、私の感情を、嗅いじゃダメっ!」

「は、はい!自分で鼻をつまみます!」

そう言われた炭治郎が慌てて自分の手を鼻に持っていくと、圓城は炭治郎から手を離し、そのまま顔を両手で覆った。炭治郎がその姿を見て、鼻をつまんだままオロオロする。

「あ、あの、圓城さん…」

「ごめんなさい。動揺しましたわ。柱として不甲斐ないですわね」

圓城が顔から手を離すと、そこには穏やかな顔があった。

「……恥ずかしながら、遭難した時、蟲柱サマに助けられましたの。それで、少し…いろいろありまして……」

圓城が言い淀んだようにそう言って、再び炭治郎から目を逸らす。炭治郎は鼻をつまみながら口を開く。

「……しのぶさんと、仲直り、できないんですか?」

「あら」

圓城はその言葉に苦笑した。

「仲直り?そもそも喧嘩などしておりませんわ」

「え……、だって…」

「あの人とはそれぞれ違う方法で戦っているだけ。目的を成し遂げるために、お互いに邪魔しないと、そう約束しておりますから…」

炭治郎が不思議そうな顔をする。

「圓城さんは、しのぶさんのお姉さんの継子だったんですよね?」

「よくご存知ですわね。誰かから、聞きました?」

「あ、アオイさんから…。すみません」

「なぜ謝るんですの?別に構いませんわ。昔の話ですしね…」

胡蝶カナエの顔を思い出して、圓城は微笑んだ。

「蟲柱サマとはその時に交流があっただけですわ。もう終わったことですが…」

「でも、圓城さん、しのぶさんのこと……」

「え?」

炭治郎が鼻から手を離す。そして言葉を続けた。

「あの、嘘、ですよね?しのぶさんのこと、とても大好き、ですよね?」

「……」

「しのぶさんの名前が出ただけで、圓城さんから甘い匂いがします…、悲しい匂いも濃くなって…」

「炭治郎さんに、嘘は通じませんねぇ…」

圓城は笑いながら炭治郎から目を逸らす。ゆっくりと目を閉じて口を開いた。

「そうですよ。あの人の事が好きです。誰よりも、何よりも。どんなに足掻いても、この感情を断ち切れないほどに。でも、知られたくなかった。私はそんな気持ちを持つ資格はないから--、」

森で助けられた時、なんで、あんなこと言えたのだろう。自分に対して腹が立ち、虫酸が走る。決して言ってはいけない言葉を言ってしまった。後悔しても、もう遅い。圓城は目を開いて、炭治郎に笑いかけながら言葉を続けた。

「昔、私は、あの人の大切な人を護れませんでした。しかも、あの人に対して言ってはいけない言葉を言いました。私は、あの人の、しのぶの決めたことを、否定せずに見守るべきだった…」

「……」

「もう元には戻れないでしょう。いえ、違いますわね。私は、私が許せない」

「…どうして」

「私は弱いんですのよ。本当に。しかも馬鹿なんです。救世主気取りの馬鹿な女。大切な人の盾にもなれなかったひ弱な女。過去の自分が殺したいくらい憎い…。過去に戻れないのならば、せめて、仇を打ちたい…」

「……」

「しのぶは、鬼を殺すために、自分の感情を切り捨ててしまった。空っぽの笑顔で、嘘をつきながら、師範の思いを繋いでいる。あの小さな背中にたくさんのものを背負って。それを一度否定してしまった私は、……もう共には戦えない。」

「圓城さん--」

「それでも、私も鬼を殺したい…、しのぶの、そばにはいられなくても、せめて同じ柱として、師範の仇を、この手で…」

圓城はそう言いながら両手で拳を握った。一瞬だけ目を閉じて、笑顔を作ると顔をあげる。

「申し訳ありません。つまらない話をしてしまいましたわ。ところで炭治郎さん、話は変わりますが、禰豆子さんはどうしました?」

「え?禰豆子?まだ夜じゃないので箱の中で寝てますけど…」

「……夜しか、出られません、ね?」

「…?鬼ですから…」

炭治郎が不思議そうな顔をした。圓城は笑って立ち上がる。

「長く居座って申し訳ありませんでした。そろそろお暇しますわ」

「は、はい。お饅頭、ありがとうございました」

「これからも頑張ってくださいね。あと、今日の話は忘れてください。お大事に」

圓城はそのまま素早く病室から出ていった。

 

 

 

「いつなのかしら…?」

帰り道で、圓城は呟く。禰豆子は太陽をいつ克服するのだろう。恐らくはそんなに遠い未来ではない。あの夢の、あの感覚はかなり鋭かった。胸がザワザワして、光景も鮮明だった。いつの、どこの光景かは分からないが、必ず近いうちに来る未来だろう。

少しだけ顔をしかめる。禰豆子が、太陽を克服したら、その時は--、

「きっと、来る。大きな、戦いが…」

もうすぐだ。きっともうすぐ--、

怯むな。恐れるな。私は、もう、

 

 

戦う準備はできている。死ぬための準備も。

 

 

そして圓城は真っ直ぐに前を見て、歩き続けた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

でも、この準備はできていなかった。

「さあ。何を食べようかしら?迷うわね!」

「どれもいいですねぇ」

「……」

ここは甘味処だ。目の前には甘露寺蜜璃が、右隣には胡蝶しのぶが品書きを手にして座っている。右隣の方へ顔を向けられない。圓城は黙って品書きを見つめるふりをしながら、冷や汗をかいていた。

どうして、こうなった?

圓城は数分前の事を思い出した。

 

 

 

今日は久しぶりに非番だった。じいやと共に買い物のため、町へ出向くことになり、圓城は上機嫌だった。

「うふふ。なかなかいいモノが手に入ったわね」

「……短刀を買って、そこまでウキウキできるのはお嬢様くらいでしょうねぇ」

珍しい短刀が手に入り、圓城は歩きながらニコニコしている。じいやは荷物を運びながらため息をついた。

圓城は可愛らしい雛菊柄の着物を着ており、淡い色合いの羽織を身につけている。長い髪は後ろで編み込み、大きめの赤いリボンを着けていた。どう見ても上品な可愛らしい娘にしか見えないこの少女が、危険で鋭利な短刀を全身にたくさん隠しているなんて誰も思わないだろうな、などとじいやは思った。

「帰ったら、早速投げてみましょう。切れ味も良さそうだったわねぇ」

「あっ、壁に投げるのはやめてください!これ以上稽古場を傷つけたら承知しませんよ!」

「分かってるわよー。でも……」

「あら、圓城さんじゃない!」

突然声をかけられ、圓城は後ろを振り向いた。そして笑顔が固まる。視線の先には甘露寺蜜璃と胡蝶しのぶが立っていた。

「……っ、あら、ごきげんよう。お二人とも、町で会うのは珍しいですわね」

「こんにちは!今日は私、長期任務の帰りなの!しのぶちゃんとは、たまたまそこで会っちゃって…」

「私は蝶屋敷に必要な物の買い出しに。圓城さんもお買い物ですか?」

「……ええ、まあ」

しのぶの顔から目を離す。久しぶりに話しかけられて、対応が分からない。

「えー、それでは私はこれで…」

圓城がその場を離れようとすると、甘露寺がグイッと近づいてきた。

「ねえ、圓城さん!よかったら、このまま三人で美味しいものでも食べに行きましょうよ!」

「え゛っ…」

輝くような笑顔でとんでもない提案をされて、思わず圓城の顔は引きつる。

「えっと、いや、私は、これから用事があるので…」

「おや、よろしいではありませんか、お嬢様」

突然じいやが話に割って入ってきた。圓城は鋭い目をじいやに向ける。その視線を受けても、じいやは穏やかに微笑み言葉を続けた。

「用事なら大丈夫でございますよ。ぜひ皆様とお食事をお楽しみください」

「いや、あの…」

「そうですよ。圓城さん」

今度はしのぶが圓城の腕を掴んできた。逃がさないとでもいうように強く掴まれて思わず変な声が出そうになる。

「……えっ、あのっ」

「あなたにはいろいろ聞きたいこともありましたし。ちょうどよかったです。さあ、行きましょう」

「キャーっ!楽しみねぇ」

一人空気を読んでない甘露寺が歓喜の悲鳴をあげる。そして、そのまましのぶに引きずられるように圓城は引っ張られていった。

「じ、じいやぁ、……」

圓城は引きずられながら声を出す。じいやは穏やかな笑顔で手を振ってきた。

しのぶに引っ張ってこられたのは、見覚えのある店だった。

「……」

継子だった時代に、しのぶとカナヲと共に訪れた事もある甘味処だ。チラリとしのぶの顔を見るが、いつもの張り付けたような笑顔を浮かべており、何を考えているか分からない。

3人は席に座り、品書きをそれぞれ手に取った。

「しのぶちゃん、圓城さん、何を食べる?どれも美味しそうね!」

「たまには甘いものもいいですね」

「……」

圓城は品書きを睨むように見つめて、冷や汗を流す。本当になんでこんなことになった?今の状況に心が追い付かない。頭が混乱してぐちゃぐちゃになる。

「圓城さんは何が好きかしら?」

「……えーと、鯖の煮込みとか…」

「残念だけど、甘味処に鯖の煮込みはないわぁ」

「……」

甘露寺の質問に思わず的はずれな答えを言ってしまい、圓城は頭を抱えた。

落ち着け、落ち着け、私。何かを適当に頼んで食べてすぐに帰ればいいんだから!

しのぶの方を見ないようにしながら深呼吸をして、自分を落ち着かせる。しかし、そんな圓城にしのぶが声をかけてきた。

「圓城さん、また品書きの物、全部頼みますか?」

「……っ、」

しのぶがあからさまに昔の話を持ってくるのは初めてだった。圓城は一瞬息が止まる。

「あら、なあに?全部って?」

「圓城さんは、前にこの店に来た時、全部の品物を注文したことがあるんですよ」

「まあ、前にも来たことがあるの?しのぶちゃんも一緒に?」

「ええ」

分からない。しのぶが何を考えているのか全然分からない。

圓城の顔にまた冷や汗が流れる。そんな圓城をよそに、しのぶと甘露寺は話を続け、なぜか以前のように品書きの物を全て注文していた。まあ、食べる量が多い甘露寺がいるから大丈夫だろう。

「おいしー!」

「美味しいですね。ね?圓城さん」

「……………はい」

目の前の膨大な量の甘味を甘露寺が凄まじい勢いで食べていく。隣ではしのぶが笑顔で団子を手に取りながら圓城に話しかける。圓城は必死に視線をそらしつつ、あんみつをすくいながら小さな声で返事をした。

昔、しのぶとカナヲと三人でこの店を訪れた事を思い出した。あの時は幸せだった。三人で甘いものを食べて、しのぶといろんな話をして、帰りはカナヲとシャボン玉を買って、蝶屋敷に帰ったら師範が笑顔で「おかえりなさい」と迎えてくれて----、

「……」

もう二度と戻ってこない幸福の時間が恋しくて、圓城はそれを誤魔化すように白玉を口に含んだ。甘い。

甘露寺が大福を食べながら圓城に話しかけてきた。

「こうして圓城さんとゆっくり話すのは初めてね!」

「…そうですわね」

「体の調子はどうかしら?少し前に森で遭難してひどい怪我をしたって聞いたけど…」

「ゴホッ!」

甘露寺の質問に圓城は思わずむせ混み、ハンカチで口を押さえながら答えた。

「…ご心配には及びませんわ。既に完治しております」

「結局蝶屋敷に通院しませんでしたが、大丈夫だったようですねぇ」

「……」

しのぶの視線が痛い。必死にあんみつに入っているサクランボを見つめ、その視線を受け流した。

「しのぶちゃんと圓城さんは前にもこの店に来たのよね?2人は一緒にお出かけしたりするの?」

「いえ、圓城さんは、以前私の姉の継子だったので、その時に……」

「まあ、そうだったの?知らなかったわ!」

圓城は慌てて口を開き、話題を変えた。

「こ、恋柱サマは、最近どうですか!?今回は長期任務だったとさっき言っておりましたが…」

「私?全然大丈夫だったわよ。長期任務と言ってもそんなに大変じゃなかったし……」

うまい具合に甘露寺が中心となり話が進む。圓城はため息をつきそうになるのを押さえながら表面上はニコニコと甘露寺の話を聞き続けた。

「でね、仕事の方はいいんだけど、添い遂げる殿方はなかなか見つからないのよ~」

「……え?殿方?」

甘露寺の言葉に圓城が目をパチクリさせると、しのぶが解説するように言い添えた。

「甘露寺さんは、添い遂げる男性を見つけるために鬼殺隊に入ったそうですよ」

「そうなの!自分より強い人を見つけたくて!柱の人はすごく強いでしょう?だから、自分でも柱にならなきゃと思って、すごーく頑張ったの!」

甘露寺が顔を赤くして、モジモジしながらそう言った。

「……素敵な話ですね」

圓城は心からそう言った。恋のために、結婚のために、鬼殺隊に入って、柱に昇りつめたのだからきっと相当の努力をしたのだろう。圓城は素直に感心する。真っ赤な顔で恥ずかしがる甘露寺はとても可愛らしかった。

甘露寺は恥ずかしさを誤魔化すように口を開く。

「え、圓城さんは恋人はいるのかしら?慕ってる方とか」

「え、あー、昔、婚約はしていましたが、今はいませんねぇ」

圓城はお茶を飲んで、ぼんやりとそう答える。圓城に婚約者がいたのは、鬼殺隊に入る前、実家にいた頃の話だ。父親が決めた結婚相手だった。子どもの時から結婚することが決まっており、何度か会ったこともあるが、もう顔も覚えてない。かなり年上の上流階級の家の男らしかったが、何一つ印象に残らなかった。そういう意味では、結婚相手を探すために鬼殺隊に入った甘露寺と圓城は正反対だ。圓城は鬼殺隊に入らなければ今ごろ結婚していただろう。

「えー!婚約!?」

「は?」

甘露寺が大声をあげて、しのぶは笑顔を消して圓城の方を向いた。

「え、圓城さん!婚約って?誰と!?」

「……いや」

しまった。余計なことを言ってしまった。

甘露寺がグイグイ近づいてくる。圓城が思わず顔をしかめて、どう誤魔化すか思案していると、今度は隣のしのぶが圓城の両肩を掴んできた。そして強引に自分の方へ向かせる。

「え、えっと、蟲柱サマ」

「……詳しくお話を聞きたいですね、圓城さん」

しのぶが怖い笑顔を浮かべる。顔には青筋が立っていた。間違いなくめちゃくちゃ怒っている。圓城は生唾を飲み込んだ。

「あ、いやー、あの…」

「私も聞きたいわ、圓城さん!」

恋柱サマ、空気読んで、と圓城は思わず叫びそうになる。しのぶが全然笑っていない瞳で真っ直ぐに圓城を見据えて言葉を続けた。

「……あなた、婚約までしている相手がいたんですか?私、知らないんですけど」

「圓城さん、どんな方だったの!?」

圓城は二人の勢いに押されながら答える。

「いや、あの、すみませんが、黙秘します」

「あらあら、圓城さん。そんなこと言わずに。是非教えてください。先日の森での事も含めてあなたとはじっくり話し合う必要がありますし、ね」

しのぶの言葉に忘れかけていた熱が身体中に走った。顔が真っ赤になるのが分かる。

圓城は渾身の力でしのぶの手から離れると、お金を机に置いた。

「すみません、失礼します!」

そして今までで一番の速さで走り、甘味処から飛び出していった。

 

 

 

「あーん、逃げられちゃったわ」

「……」

しのぶは黙ったまま思わず舌打ちをする。また逃げられた。あの速さではもう追いつかないだろう。

何度も圓城と話したくて、接触しようとするのに、圓城はしのぶから逃げ続ける。そもそも、しのぶも任務や他の仕事が忙しくて、接触自体が難しい。

あの森で、圓城から告げられた言葉。それを思い出すだけで、しのぶの心には温かい灯火のようなものが宿る。

もう一度、ゆっくりと圓城と話したかった。いい機会だと思ったのに。この後、隙を見て甘露寺に協力を依頼して、蝶屋敷に無理やりにでも連れていこうと思ってたのに。

「しのぶちゃん?どうしたの?怖い顔をしているわ」

甘露寺がしのぶの顔を覗き込むように見て、そう言った。しのぶは瞬時に顔に笑顔を浮かべる。

「すみません。ちょっとびっくりしてしまって…」

「慌てる圓城さん、可愛かったわねぇ。キュンとしたわ。なんだか幼く見えて。私より年上なんて信じられないくらい!」

「……ああ、そうですね」

意外と甘露寺は鋭い。実年齢は圓城の方が年下なのだから。しのぶは苦笑しながらお茶を一口飲んだ。

さあ、今度はどのようにあの子に接触しようか。

 

 

 

 

 

 

 


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