偽りだらけの人生だった
嘘にまみれた生涯を送ってきた
たくさんの物を捨てて、それでも生きてきた
いつか報いを受けるとしても、私は、最後までこの思いを繋ごう
交わした約束を、決して忘れない
しのぶ、私は絶対に諦めないよ
絶対に曲げない
絶対に折れない
大丈夫
一人じゃないからね
***
もみくちゃにされながら蝶屋敷に入り、まずは仏間に向かった。仏壇の前に正座し一礼する。線香に火を付けて静かに合掌した。
「……帰ってきました。師範、遅くなりましたが、圓城菫、ただいま蝶屋敷に帰還しました……遅くなって申し訳ありませんでした」
ゆっくりと再び一礼する。その姿を後ろからしのぶが見つめていた。
「……姉さんも、喜んでると思うわ」
「……うん」
仏壇にお参りした後、二人で話しながら並んで台所へと向かう。
「今は、患者はいるの?」
「ええ。柱稽古で怪我した隊員が何人か……アオイが中心になって治療しているわ」
「ああ、しのぶは、毒の研究をしてるんだっけ?」
「ええ。毒と薬の研究を、珠世さんと一緒に……」
「珠世さん?」
知らない名前が出てきて首をかしげる。しのぶが言いにくそうに言葉を続けた。
「さっき言ったでしょう?お館様から頼まれて、鬼と共同研究をしてるの。……珠世さんは、お館様から紹介された、鬼、よ……」
しのぶの顔が複雑そうに歪む。圓城はその気持ちが痛いほど分かった。尊敬しているお館様からの頼みでも、鬼そのものに対する憎しみや怒りを抑え切れないのだろう。思わずその手を握ると、しのぶは笑みを浮かべて圓城の方を向いた。
「……大丈夫。大丈夫よ。分かってる、から……」
「……」
なんと声をかければいいか分からず迷っていると、カナヲが駆け寄ってきた。
「師範、菫様。夕食が、出来たそうです」
「あら、早かったですね。それじゃあ、食べましょうか」
しのぶが笑いながら手を引いた。それを見てカナヲが微かに顔を綻ばせた。
「……」
しのぶに手を引っ張られながら、こっそりと小さくため息をついた。
夕食は豪勢だった。しのぶや圓城の好物が並んでいる。どうやら急遽アオイが作ってくれたらしい。皆が笑顔を浮かべて話しかけてくる。その明るさに圓城も笑顔を浮かべながら賑やかに食卓を囲んだ。
真夜中、皆が寝静まった時間に圓城は蝶屋敷の庭に出る。静かな夜だった。空気が澄んでいて、天空には数多の星が瞬いている。眠らなければならない、と分かっているが、昼間の出来事による高揚感が残っていて眠れなかった。
「……」
ゆっくりと庭を歩いて、縁側に座った。じっと夜の庭を見つめる。
初めてしのぶと名前を呼びあった夜を思い出す。この場所が、とても好きだった。
物思いにふけっていると、誰かの小さな声が聞えた。聞き慣れない声だ。そちらに顔を向ける。
縁側を歩いてきたのは見たこともない人物だった。奇妙な二人組だった。一人は、着物を着た美しい女性。もう一人は、不機嫌そうな眼付きの青年。その気配は、間違いなく鬼のものだった。
「ーーー」
反射的に立ち上がって殺気を放つ。刀へ手を伸ばしたところで、青年が女性を庇うように前に立った。しかし、すぐにその鬼の女性の正体に気付き、殺気を消した。そして一礼する。
「初めまして。……珠世さん、ですね?」
「……あなたは、」
「鬼殺隊、睡柱・圓城菫と申します」
顔を上げると、珠世と青年は警戒を露にしてこちらを見ていた。圓城は薄く笑いながら言葉を続けた。
「……しのぶから、話は聞いています。薬の開発をしているんですよね?…すみません。私はもう、部屋に戻りますので……」
そう言って背中を向けてその場を立ち去ろうとする。その時、珠世が声をかけてきた。
「私を殺さないのですか?」
「珠世様!」
青年がギョッとしたように声を上げた。圓城は珠世の方へ向いて笑った。
「……なぜ?」
「……」
「だって、あなたが、鬼舞辻を殺す鍵を握ってるんでしょう?」
「……私はーー」
「もうすぐ、鬼舞辻は倒される。鬼は、消滅する。あなたの力が必要です。だから、頑張ってください。……絶対に完成させてください。」
「うるさい、醜女が!お前に言われずともーー」
「愈史郎!」
愈史郎と呼ばれた青年が圓城を睨みながら罵倒し、珠世がそれを止めた。
「……まるで、あの鬼が、死ぬことが確定しているかのような言い方ですね」
珠世が話しかけてきた。思わず笑う。
「殺しますよ。私は弱いから、無理かもしれないけど、私がダメでも、私と同じ意思をもつ他の隊員達が必ずやってくれるでしょう。私達の代で、全て終わります」
「……」
「あなたも同じ意思を持つ人なのでしょう?それならば、私はあなた方を良き隣人として受け入れます。共に、励みましょう」
珠世は目を見開いた。圓城の言葉に嘘はないように思われた。心から信頼している目をしていた。
「……不思議な人ですね。鬼である私のことも、人と呼ぶ隊員。それも柱とは……」
そう珠世が呟いた時、しのぶが現れた。
「……菫?」
珠世と対峙している姿を見て戸惑ったように声をかけてくる。圓城は苦笑してしのぶに近づき口を開いた。
「ちょっと挨拶しただけ。もう寝るわ。研究頑張って」
「……大丈夫?」
「ええ。何か手伝えることあったら、いつでも声をかけて」
しのぶの手を軽く握ってから、珠世と愈史郎に一礼する。そして、与えられた部屋へ戻っていった。その姿を珠世がじっと見つめていた。
それからの日々は穏やかだった。圓城は自邸に戻り、隊員の稽古を再開したが、それ以外のほとんどの時間を蝶屋敷で過ごした。出来る限りのしのぶのそばにいたかった。稽古の後は蝶屋敷へ向かい、アオイと共に柱稽古で負傷した隊員の治療をし、機能回復訓練を行う。しのぶは研究が忙しいようで顔を合わせることは少なかったが、それでもなんとか時間を作って二人で過ごした。
二人で研究用の材料を買いに行ったり、時には蝶屋敷の庭や縁側で会話を交わし、短いが幸せな時間を過ごす。静かに寄り添って話すだけだが、しのぶの顔を見るだけで喜びがあふれた。研究のこと、日常生活のこと、蝶屋敷で起こったこと、些細で他愛もない会話ばかりだったが、圓城にとってはこれ以上ないほど幸せな時間だった。ただ、しのぶは疲れた顔をすることが多くなった。心配だったが、見守ることしか出来ない。
そんなある日、アオイが大きな荷物を持ち、声をかけてきた。
「菫様、少し出掛けてきます」
「どこに行くの?」
「風柱様のところへ、薬や包帯を届けに行ってきます」
その言葉に苦笑する。柱稽古では怪我をするのが日常茶飯事だ。その度に蝶屋敷へ治療するのも手間がかかるため、隊員達は軽い怪我ならば、わざわざ蝶屋敷には来ずに、各地で処置をしている。
「私が行くわ」
「えっ、でも…」
「ちょうど用事もあったから。アオイは患者さんの治療をしてあげて」
にっこり笑って荷物をアオイの手から取る。アオイは迷いつつも、
「それじゃあ、お願いします」
とペコリと頭を下げた。
「では、行ってきます」
圓城は荷物を持って、不死川の屋敷に向かって足を進めた。
不死川の邸宅に行くのは初めてだった。鴉に案内してもらいつつ、圓城の屋敷と同じくらいの大きさの屋敷にたどり着く。
「ごめんください」
門戸を叩くが、返事はない。人の声や気配はあるので中で稽古をしているのは間違いない。仕方なく勝手に門戸を開いて中へと足を踏み入れる。
「……まあ」
庭の光景を見て、思わず声が出た。口元に手を当てて目を見開く。そこには屍のように多くの隊員達が倒れていた。話には聞いていたが、相当きつい稽古らしい。
「……私の稽古って甘かったのかしらね」
今更少し後悔して呟いたところで、後ろから声をかけられた。
「………胡蝶?」
その声に圓城は振り向く。そこには呆然とした表情の不死川が立っていた。圓城が振り向いた瞬間、顔をしかめる。
「……圓城か。何しに来やがった?」
不死川は動揺を隠すように言葉を放つ。圓城の後ろ姿がかつての花柱とそっくりだったため、思わず名前を呼んでしまった。圓城の髪に付いている二つの蝶の髪飾りを睨むように見つめる。
「すみません。勝手に入ってしまって。これ、蝶屋敷から届けに来ました。隊員のための薬や包帯です」
荷物を差し出すと、不死川は訝しげな顔をしながらそれを受け取った。
「……なんで、てめェが届けに来た?」
「……今、蝶屋敷で少しお仕事をしてるんです。私の稽古はほとんど終わりましたし……」
不死川が今度は圓城の髪に目を止めた。
「……その頭はなんだ?」
「……変、でしょうか」
髪飾りに手を当てて、思わずうつむいた。
「……一つは、昔、師範ーー花柱様にいただいたもので、もう一つは、先日、蟲柱様にいただいたんです……」
その言葉に不死川は少し驚いたような顔をした後、ニヤリと笑った。
「……胡蝶と話をしたようだなァ」
「……」
その言葉になんと答えればいいのか分からず、ただ困ったように首をかしげた。
「ーーおら」
「え?」
突然木刀を渡されてキョトンとした。
「ちょうど、全員気絶して暇していたところだ。手合わせしていけェ」
「……えーと」
「どうせ、痣も出てねェんだろ?いい機会だし、相手しろ」
その言葉に顔をしかめた。仕方なく木刀を構える。
不死川が木刀で斬り込むように技を繰り出した。それを素早く避けながら自分も木刀を振るった。久しぶりの戦いに気持ちが昂る。呼吸を整え、出来る限り血液を循環させる。心拍数が上昇していくのを感じながら、木刀で攻撃を繰り返した。
「なんだあれ……」
「すげえな……」
目を覚ました隊員達がその戦いを見て、呆然としていた。
「睡柱って、弱いって噂があったけど、やっぱり噂って当てにならねえな…」
「風柱と対等に打ち合ってる…」
「すげえ攻撃。なんであんなに速く動けるんだ?」
ヒソヒソと話す声は、戦う二人の耳には届かなかった。
「圓城、なかなかやるじゃねえか!」
「どうも!」
そのまま何本か木刀を折りながらも打ち合いを続けた。
全てが終わった後、息切れもせずに涼しい顔をしている二人を見て、隊員達が引いていた。圓城は乱れた髪や服装を直して頭を下げる。
「大変有意義な時間でした、風柱様。ありがとうございました」
「おう」
不死川は短く答えて、出口まで見送ってくれた。
「……圓城」
「はい?」
「お前、雰囲気変わったなァ?」
圓城は少し驚いて目を見開く。
「そう、思いますか?」
「前のお前は、胡散臭い言葉を使って、何を考えているのかも分からねぇ得体の知れないヤツだったがよぉ…」
「そんな風に思ってたんですか?」
「でも、なんと言えばいいのか分からねェが、今のお前、いい顔してるぜ」
そして不死川は頭を軽くポンと叩いた。
「よく、頑張ったなァ」
圓城は思わずポカンと口を開いた。
「なんだ、その顔?」
「……いえ、びっくりして。風柱様にそんな言葉をかけられるとは、思わなくて…」
そう言いながら、不死川の言葉がじわりじわりと心に染み込んできた。
「……私、少しは柱らしく、なりましたか?」
「馬鹿なことをほぞいてんじゃねェ。てめェは柱だ。今までも、これからも、な。」
「……ありがとうございました」
「おう」
圓城はペコリと深く頭を下げる。そして背を向けて足を踏み出す。
少し進んだところで、突然後ろから声がした。
「圓城!」
不死川の大声に振り向く。
「その頭、似合ってるぞ!!」
その言葉に思わず泣きそうになりながら笑って、不死川に向かって手を大きく振った。
明け方、圓城は蝶屋敷の屋根の上に座り、空を見つめていた。空が明るみ始め、星のまどろみを消し去っていく。現実とは思えないほど美しい光が少しずつ広がっていく。
「……何をしてるの?」
しのぶの声が聞こえて、そちらに顔を向けた。しのぶが近づいてきて、隣に座る。笑いながら口を開いた。
「……出来るだけ、いろんな景色を目に焼き付けておきたいと思って。もうこんな景色を見ることはできないかもしれないから…」
「……」
しのぶが何も言わずに圓城の手を握った。それを握り返す。しばらく二人で黙って夜明けの光を見つめた。
「……研究、うまくいってる?」
先に口を開いたのは圓城だった。
「ええ。珠世さんのおかげで、ね。」
「あの人、凄い人なのねぇ。何年くらい生きてるのかしら…」
ポロリと出た言葉に、しのぶの手がピクリと動いた。
「……人、じゃないわ」
「……あ」
ハッとして口元に手を当てるが、しのぶの顔は怒っている様子は見られなかった。
「……ごめん」
「………菫。珠世さんから、聞いたわ。あなたが、彼女を受け入れるって言ったって……」
「……うん。言った」
「……菫、本当のことを言って。あなた、昔と同じように、……鬼を救えたらって心の底では思っているでしょう?」
その指摘に目をそらしそうになる。しかし、しのぶの目を真っ直ぐに見ながら口を開いた。
「救えたら、とは思ってない」
「……」
「でも、可哀想だとは、思ってる」
しのぶから視線を外し、夜明けの空を見ながら言葉を続けた。
「哀れで、虚しい、生き物、だと思う。この美しい朝日を憎まなければならない、可哀想な生き物……決して仲良くは……出来ない。でも、それでも、望んでないのに鬼になった人間もいる。……禰豆子のように。鬼であることに苦しみ、悲鳴をあげている人を、私は、傷つけたくない……」
「………」
「……だって、人間、なのよ。私達と、同じ……人間、だったのに……」
しのぶが握っている手に力を込めた。
「……あなたが、炭治郎くんを庇った時、……」
「うん?」
「柱合会議で、炭治郎くんを庇った時、姉さんを思い出したわ…」
「……師範を?」
「……姉さんなら、真っ先に炭治郎くんを庇ったと思う。あなたのように。……結局、私には無理なのよ。姉さんと同じ、鬼と仲良くなりたい、なんて考えは持てない。鬼が憎い。全てを奪った鬼が……」
「……それで、間違ってないよ」
しのぶの手を強く握りしめた。
「しのぶは、間違ってない。……ごめんね。私、こんな柱で。変われなくて、ごめんね。でも、もう嘘はつきたくないの」
「……」
「憎くて当たり前、なのよ。ずっと苦しかったよね。ごめんね、一人で頑張らせてしまって。」
「……」
「これだけは、信じてね。例えこの身が滅びようとも、必ずカナエ様の仇は取るから。…もう絶対に迷わない。あなたのために、鬼を斬り裂く刃になるから…」
「……うん」
しのぶの小さな声が聞こえた。
やがて太陽が昇る。その眩しさに目を細めながら呟いた。
「綺麗な、景色ね。私、この景色を絶対に忘れない。生まれ変わったら、ずっとこんな綺麗な景色を見ていたいなぁ」
「……生まれ変わりなんて、信じるの?」
「あら、しのぶは信じないの?」
笑いながら目を向けると、しのぶは首をかしげた。
「……そうね、あったらいいな、とは思うわ。もしも、鬼のいない、平和な世界で生まれ変われるなら、とても素敵なこと、だと思う……」
「もうすぐ、その世界は来るよ。もしも、なんかじゃない。その日は必ず、来るからね……」
微笑みながらキッパリ言う。しのぶが圓城を見つめながら口を開いた。
「……あなたは、生まれ変わったら、何がしたいの?」
「え?うーん、そうだなぁ……」
少し考えて、笑いながら言葉を続けた。
「カナエ様としのぶが、また姉妹で生まれてきてほしい。それで、幸せになってほしい」
「……なんで、自分のことじゃなくて、私達のことなのよ」
「あはは、だって、私、二人が一緒に笑っていると、すごく幸せなんだもの。だから、自分のことなんて、どうでもいいのよ」
「……」
「呆れちゃった?」
「まあね」
「でも、本当に、そう思うのよ。ずっと、ずっと、笑っていてほしい。今度こそ、幸せになってほしいの……」
しのぶから手を離し、膝を抱えて腕の中に顔を埋めた。その姿をチラリと見てから、しのぶが立ち上がった。
「そろそろ研究に戻るわね。少し冷えるから、風邪ひかないように気を付けなさい」
「……うん、わかった」
しのぶが屋根の上を歩きながら、下りようとしたその時だった。
「……しのぶ!」
名前を呼ばれて、振り向く。圓城が立ち上がって、まっすぐにしのぶを見つめていた。
「……ごめん。また、嘘をついた。本当はね、一つだけ、叶えたい願いがあるの。もし、もしも、……あなたと、同じ世界に生まれ変わることができたら、その時は………」
言葉を絞り出すように、紡ぐ。
「その時は、また友達になってくれる?そばにいても、いい?」
しのぶは少しだけ驚いたような顔をして、フワリと微笑んだ。
「……来世でも、あなたには苦労させられそうね」
圓城は涙をこぼしながら、しのぶに駆け寄り、抱きついた。お互いに強く抱き締める。
「……しのぶ……しのぶ、しのぶ。大好きよ。」
「ええ。私も大好き」
「本当は、離れたくないの。さみしい。ずっと、ずっと、そばにいたい……しのぶがそばにいてくれないと、私、また泣いちゃうよ…」
「…それでも、あなたは自分の力で立ち上がるでしょう?どんなに泣いても、あなたは、あなたの戦いを始め、そして必ず勝つのでしょう?」
「……っ」
「菫。あなたは弱くない。必ず勝つわ。だって、姉さんの継子だもの。どんなに傷ついても、苦しんでも、最後は必ず勝利する。……私は、信じてるの。あなたの強さを、思いを。それは、絶対的で揺るぎない、確かなことよ」
その言葉にまた涙がこぼれた。
しのぶ
本当は、私、本当は、
あなたを止めたい
行かないでって、大声で叫びたい
一人にしないでって、泣きたい
ギリギリの世界を生きる私達はいつも否定されてばかりだ
きっと私はあなたを無理矢理にでも止めるべきだった
それでも、私は
敢えてあなたを肯定する
あなたの強さを、戦いを肯定しよう
あなたの命の使い方を、全て肯定しよう
それがあなたの意思ならば
今度こそ、肩を並べて、共に戦おう
「……ありがとう、しのぶ」
「そろそろ泣き止みなさい。目が腫れてしまうわ」
体を離すと、しのぶが頭を撫でてきた。その温かさと優しさがカナエにそっくりで、また涙があふれそうになる。しのぶの手がそのまま頬に触れ、涙を拭ってくれた。
「……本当に、泣き虫ね。今回だけは特別よ。次からは、自分で涙を拭いなさい」
「……うん」
「……菫、私、待ってるわ。あなたを、ずっと、待ってる。だから、大丈夫よ。自分を信じて」
「うん…っ」
そのまま、二人は屋根の上で、お互いの手を強く握り締めた。
「緊急招集―――ッ!緊急招集―――ッ!」
戦いは、突然始まった。
「産屋敷邸襲撃ッ!産屋敷邸襲撃ィィ!!」
ああ、お館様。
圓城は涙が出そうになるのを必死に抑えながら、駆け出した。
柱を始め、剣士は一斉に産屋敷に走り出す。屋敷が見えた瞬間、ドン!!と大きな音が辺りに響き渡る。それが爆音だとすぐに気づいた。燃え盛る屋敷を見て、唇を噛む。火薬の匂いにクラクラする。早く、早く行かなければ。お館様の命を無駄にするわけにはいかない!
屋敷へと向かった時、異様な光景が見えた。一人の男が無数の黒い棘に身体を串刺しにされていた。その男の前には、腕を突き刺している珠世の姿があった。
「無惨だ!!鬼舞辻無惨だ!!奴は頸を斬っても死なない!!」
悲鳴嶼の声が耳に届く。柱が一斉に刀を構えた。攻撃を一気に加えるために、圓城も呼吸を整える。
「睡の呼吸 参ノ型ーーーー」
あと一歩で技が出るという瞬間、突然足元が消えた。
「……っ!」
浮遊感に襲われて、悲鳴をあげそうになるのをこらえた。
それは、恐らく血鬼術で作られた空間だった。上下左右に襖や畳が張り巡らされている、城のような謎の空間。
「……あ」
落ちる瞬間、確かにしのぶと目が合った。思わずそちらに向かって手を伸ばす。しかし、届かない。
そのまま、吸い込まれるように落下していった。