夢で逢えますように   作:春川レイ

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手紙

 

鬼になった少女、竈門禰豆子は人間に戻った。

そして、鬼の始祖である鬼舞辻無惨は、鬼殺隊によって追い詰められ、日の光を浴びて消滅した。千年以上に渡る鬼との戦いが終わった。

多くの被害と犠牲を伴うものだった。一般の隊員はもちろん、柱でさえ命を落とした。

 

 

 

 

竈門炭治郎はベッドの上で一人で外の景色を眺めていた。静かな光景が広がっている。さっきまでいろいろな人がお見舞いに訪れ、騒がしかったのが嘘のように静まりかえっている。お見舞いに訪れた人を見送るため、妹の禰豆子もこの場にいない。

「ごめんください」

その時、誰かの声がして炭治郎は振り向いた。そこに立っていたのは、眼鏡をかけて髭を生やした優しそうな男性だ。一瞬、誰だっけ?と首をかしげたが、すぐに思い出した。

「圓城さんの……」

「はい。使用人を勤めておりました。お久しぶりでございます」

じいやは炭治郎に向かって深々とお辞儀をした。

「お、お久しぶり、です……」

炭治郎は戸惑いながらも頭を下げる。

「お体の調子はいかがですか?」

「は、はい。もうすっかりよくなって……。もうすぐ、家に帰る予定です!」

「それはよろしゅうございました」

じいやはニコニコと微笑みながら言葉を返す。

「あの、圓城さんのことは……」

炭治郎がそう切り出すと、じいやが持っていた鞄から何かを取り出した。

「こちらを……」

「?」

炭治郎がキョトンとする。じいやが差し出したのは封筒に入った手紙だった。

「圓城菫様から、竈門炭治郎様への、お手紙でございます」

「え……」

「戦いが始まる前に、お嬢様からお預かりしました。全てが終わった後、竈門様に渡すようにと……」

炭治郎は驚きながら、それを受け取る。手紙をじっと見つめ、じいやの顔をもう一度見てから、ゆっくりと封を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

『  竈門 炭治郎様 

 

 拝啓 

 

そちらは桜の季節となり、輝かしい春をお迎えのことと存じます。

あなたがこれを読んでいるという事は、私はこの世にいないのでしょう。

どうしてもお伝えしたい事があり、筆を取りました。私はいつも大切な言葉を言えずに、後悔することが多いから、せめて手紙で伝えたかったのです。

 

炭治郎さん、ありがとう。

 

直接この言葉を言えないことを、とても悲しく思います。

最後まで、戦ってくれてありがとう。

あなたの、諦めない強い心が、鬼殺隊を奮い立たせ、鬼舞辻を倒した。

戻ってきてくれて、ありがとう。

あなたが戻ってきたことが、皆の大きな希望になったはずです。

本当に、あなたにはどれほど感謝しても足りないくらいです。

あなたの優しさが、私には眩しかった。

その心の強さに、私は救われたのです。

だから、もう一つ、感謝を伝えます。

 

しのぶと話すように、と言ってくれてありがとう。

炭治郎さん以外からもたくさんの人に、しのぶとの事を心配されました。

多くの人に話すように、と言われました。

怖くて、怖くて、たまらなかったけど、でも、いつかの、あなたの言葉に、背中を押されました。

しのぶから嫌われていない、と教えてくれて、ありがとう。

大丈夫、と言ってくれてありがとう。

あの言葉によって、あなたが想像しているよりもずっと、私は勇気を持つことができたのです。

 

先日、しのぶと話をしました。

四年間の溝は埋まらないかもしれないけど、それでもたくさん、話をしました。

大好きだ、と伝えることができました。

私は、今度こそ、間違えません。

しのぶのために、鬼を滅する刃となります。

私の刃が届かなくても、絶対に思いを繋げます。

 

私は、成し遂げられたでしょうか?

いえ、絶対に出来たはずです。

なぜなら、私は知っているから。

人の思いが不滅であることを。

しのぶの御姉様であり、私の師範でもあるカナエ様に言われました。

人の強い想いと希望だけは、誰にも奪えない。鬼にさえも。

それを覚えているだけで、永遠になる。

決してそれは、なくならない。消えたりはしない、と。

私は忘れません。絶対に。

 

変な話になってしまいましたね。ごめんなさい。

あなたに御礼を伝えたかっただけなのに、長くなってしまいました。

これを書いている今は静かな夜です。

もうすぐ、何にも怯える必要のない夜が来るのだと思うと、限りない嬉しさを感じます。

さっき、しのぶに早く寝なさいと、怒られたので、そろそろ筆を置くことにします。

 

でも、最後に、もうひとつだけ。

あなたは今見ている世界は、私が想像しているよりも、きっと、ずっと美しい世界なのでしょう。

きっと、美しい青空がどこまでも広がっているのでしょう。

世界が変わっても、これからたくさんのつらいことや苦しいことがあるかもしれません。

でも、どうか、挫けないで。

どんなにつらくても、あなたの隣には仲間がいる。

どんなに苦しくても、必ず太陽は昇ります。

必ず明日は来るのです。

その、美しい世界で、心のままに生きてください。

あなたが思うままに、生きてください。

どうか、あなたにとって、これからの未来が明るく優しいものでありますように。

たくさん幸せになれますように。

では、また逢う日まで

ごきげんよう

 

 

                    敬具

 

                    圓城菫

 

 

追伸

 

カナヲのこと、よろしくお願いします。私から言う事じゃないかもしれないけど、とても優しくて、強い子です。私の大切な人達の、大切な大切な、妹です。私にとっても、可愛い妹のような子です。支えてあげてください。どうか、幸せに。 』

 

 

 

 

炭治郎の瞳からポタポタと涙がこぼれ、手紙に落ちる。全てを読み終わった後、微かに笑いながら口を開いた。

「すごい、ですね。圓城さん、まるで俺達が勝つのが、分かってた、みたいです」

「ええ、分かっていましたよ、あの方は。絶対に負けるわけがない、と確信しておりました」

炭治郎はじいやの方へ顔を向けた。

「……圓城さんは、俺が、禰豆子のことで、裁判に、かけられた時、唯一、庇ってくれたんです…」

「はい。存じております」

「……すごい、人だった。強くて、優しくて、温かい、……本当に、すごい人でした……」

その言葉にじいやが笑った。

「そうですか。竈門様の前ではそうでしたか」

「え?」

じいやの言葉に炭治郎がキョトンとする。

「……あの方は、私の前では、本当に我が儘で、高飛車で、意地っ張りで、泣き虫なくせに必死に一人で我慢していて、……本当に困ったお嬢様でした……」

じいやは今にも泣き出しそうな表情でそんなことを言う。その言葉は確かな温もりがあった。

「……どれが、本当の圓城さんなんですか?」

「全てです」

炭治郎の言葉に、じいやがきっぱりと答える。

「我が儘で意地っ張りで、泣き虫で、………それでも優しく強い柱であろうと常に心がけていました。あの方の師範である、カナエ様のようになりたい、と……」

じいやがまた笑った。

「竈門様にそう思われていたのならば、何よりでございます。」

そして再び頭を深く下げた。

「お嬢様の最後の思いを受け取って頂き、感謝申し上げます。ありがとうございました」

炭治郎はまた泣きそうになった。頭を上げたじいやに声をかける。

「……あの、あなたは、これからどうするんですか?」

その問いにじいやが笑って答えた。

「お嬢様はたくさんの物を残していきましたから……微力ながら、それを繋いでいこうと思います。」

そしてまた頭を下げて静かに部屋から出ていった。炭治郎はその後ろ姿を見送り、再び圓城の手紙を最初から読み直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

栗花落カナヲは縁側に座り、蝶屋敷の庭を静かに見つめていた。

花が咲き乱れ、蝶が飛んでいる。手を伸ばすと、その指に蝶がとまった。

目を閉じて、思いを巡らせる。いつも思い出すのは、カナエ姉さんやしのぶ姉さんの笑顔。この静けさと寂しさに慣れるのは時間がかかりそうだ。

そして、

 

『……許さ、……ないで、ね。一生、……恨みな、さい……』

 

あの人の言葉が胸に響く。そっと蝶の髪飾りに手を当てる。指にとまっていた蝶が離れて、舞うように飛んでいった。

 

 

あの人の覚悟は、痛いほど、分かる。

命を懸けたしのぶ姉さんと共に、鬼を倒した強い人。

恨むことなんて、できない

だって、あなたが、仇を取ってくれた。

 

 

カナエ姉さん しのぶ姉さん 菫様

私、自分の意思を叫べるようになりました。

表か裏か、それしかなかった私は、

自分の心の声が聞こえるようになりました。

今なら、表か裏かなんて気にせずに、

全部選ぶことだって、できます。

 

 

懐から銅貨を取り出す。しばらく見つめて、苦笑しながらピンと弾いた。弾かれた銅貨を受け止めようとした瞬間、誰かの笑い声が聞こえて、ハッと前を向く。カナヲのすぐそばで、音を立てて銅貨が落ちた。

蝶屋敷の静かな庭に圓城菫が立っていた。

カナヲは大きく目を見開く。圓城はフワリと優しく笑った後、大きく手を振った。そして後ろを向いて、どこかへと駆け出す。

「……あ、」

思わずカナヲは声をあげた。駆け出した圓城が、ふと立ち止まり、右を向く。何かに気づいた表情をすると、今度はカナヲの方へ振り向いた。人差し指を口に当てて微笑む。

「………す」

「カナヲ!」

右からやって来たのは炭治郎だった。名前を呼ばれて、そちらへ顔を向ける。炭治郎が手紙らしき物をカナヲに差し出してくる。

「これ、圓城さんが……」

「菫、様……」

カナヲは再び顔を庭に向けた。もう庭に圓城の姿はなかった。静かな景色が広がっている。

「カナヲ、どうした?」

「……今、」

幻、だったのだろうか。

「カナヲ?」

「……なんでもない。それより、炭治郎、どうしたの?」

「これ、この手紙。圓城さんから、手紙をもらったんだ」

カナヲはその言葉に大きく目を見開いて、それを手に取る。

そして、全てに目を通して、泣きそうになりながら笑った。

「……菫様」

その手紙を強く抱き締めた。

最期に握った傷だらけの、手。あの時は、冷たかった。でもカナヲの手を力強く握ってくれた。

 

 

 

どうか、幸せに

 

 

 

手紙の最後の一言が、胸に響く。

 

 

 

 

『愛される、ため……に、……幸せに……なる、……ために、生まれ、て……き……た……』

 

 

 

声が。

 

 

あの時の、あの人の言葉が、脳裏に響く。

 

 

ーーーー愛されるために、生まれてきた

 

 

ーーーー幸せになるために、生まれてきた

 

 

私は、生きている。

 

 

そして、これからも、心のままに、生き抜く。

 

 

必ず幸せに、なってみせる。

 

 

 

菫様、私、忘れません。

 

 

あなたとしのぶ姉さんの笑顔を。

 

 

『時々、想像するの。争いがなくて、誰も戦う必要がなくて、家族を愛して、友達と語り合って、何にも怯える必要のない、平和な未来を』

 

 

あの日の言葉を、忘れない。

 

 

『でも、待ってるだけじゃ、それは来ないから。だから、ね。私は作りたいの。平和な世の中を、未来を。カナヲさんが生きる世界はそんな希望のある世界であってほしいなぁ』

 

 

私はあの時の光景を、大好きな人達の笑顔を、握ってくれた手の温かさを、真っ直ぐな瞳を、尊い願いを、

 

 

きっと、死ぬまで忘れないでしょう

 

 

 

 

 

カナエ姉さん 

 

しのぶ姉さん

 

菫様

 

 

ありがとうございました

 

 

 

慰めるように炭治郎が肩を抱いてくれる。

その手は、あの人よりも、大きくて、そして、泣きたいほどにーーーー、

 

 

温かかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あと一話で最後です。日付が変わる頃に更新します。
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