本編軸の甘露寺さん視点。
あるいはどこかの定食屋のご夫婦のお話。
いつまでも、ずっと
ああ、よかった
ひとりぼっちじゃなかったのね
きっと、きっと―――
一緒なら、寂しくなんか、ないわよね?
***
甘露寺蜜璃が、その女性と出会ったのは、柱を任命され、初めて鬼殺隊本部を訪れた日だった。
わ、綺麗―――、
思わず挨拶を忘れて、見とれる。
整った顔立ちの、美しい女性だった。明るい空色の羽織、長い黒髪を花の髪飾りで結っている。西洋風の、ヒラヒラした飾りの付いた日傘を差しながら、しずしずと歩くその姿は、一枚の絵のようだった。
その上品な女性が、羽織の下に自分と同じ黒い隊服を着ているのを認め、驚いて声が出そうになった。
「……あら。初めまして。新しい、柱の方ですか?」
女性は甘露寺を見て、フワリと笑った。
その美しい笑顔にドキリと胸が高鳴る。
「お初にお目にかかります。……睡柱を名乗らせていただいております、圓城菫です」
目の前の女性はそう言いながら、ゆっくりと一礼した。彼女が柱を名乗ったことに驚きながら、甘露寺も慌てて頭を下げた。
「は、初めまして。恋柱の甘露寺、蜜璃です!」
「……同じ柱として、今後とも何卒よろしくお願いいたします。恋柱サマ」
言葉を返しながら、上品に笑う彼女を見て、また甘露寺の胸は高鳴った。
圓城菫、という柱は謎めいた存在だった。
甘露寺の一つ年上らしいその女性は、見た目は本当に剣士に見えない。気品があり、優雅で独特な雰囲気を持つ人だった。日傘を差しながら静かに微笑むその姿は、剣士というよりも、どこかの良家の娘に見えた。
菫、という名前を示すように、その髪にはスミレの花の髪飾りが付いていた。しかし、どちらかというとスミレの花よりは、もっと華やかで派手な花が似合いそうだな、と甘露寺は思った。
同じ柱ではあるが、甘露寺と圓城が会うことはほとんどない。なぜか圓城は単独任務を好んでおり、お館様もそれを承知しているらしい。そのため、任務が一緒になることは全くなかった。顔を合わせるのは柱合会議くらいだ。その会議でも、圓城はほとんど言葉を発することはなく、他の柱とも常に一定の距離を置いている様子だった。
会議でお館様の言葉に耳を傾けながら、時折圓城の姿に視線を向ける。
多分、こういう女性だ。
世の殿方が、結婚を望むなら、こういう女性なのだろう、と甘露寺はふと思った。
甘露寺とは何もかもが違う。上品な顔立ち、常に一歩引いている、静かで落ち着いた性格、美しい艶のある長い黒髪。―――決して奇抜な桃色と緑色の髪ではない。
本当に、全てが違う。きっと、圓城のような女性が、立派な男性から望まれて、幸せな結婚するんだろうな、と甘露寺は思った。
圓城と話してみたい。
同じ柱なのだから、どういう人なのか、もっと知りたい。そう思った。
会う度に、甘露寺は積極的に圓城に話しかけてみたが、彼女は仕事以外の話は言葉を濁し、ほとんど答えてくれなかった。何度か食事にも誘ってはみたが、いつも断られてしまう。
「圓城?知らん!ほとんど話したことはないな!」
自分の師である煉獄に、圓城の事を聞いてみたが、煉獄も彼女の人柄をほとんど知らないようだった。
「睡の呼吸というのも聞いたことがない!恐らくは自分で考えた、独自の呼吸なのだろう!甘露寺、君と同じだな!!」
「そうなんですか……」
甘露寺と同じく独自に型を作り出し、そして自分よりも早く柱になったのだから、強い剣士なのだろう、と甘露寺は思った。しかし、時折聞く圓城の噂はあまり良くないものばかりだった。
「睡柱は金の力で柱になったらしい」
「元々は金持ちの家の生まれで、鬼狩りは道楽らしい」
他の隊員達がそう噂をしているのを聞いたことがあった。しかし、どの噂もチグハグで、真実とは思えなかった。
「圓城?ああ、あまりいい噂は聞かないな」
蛇柱の伊黒と食事に行った際、何かの拍子に圓城の事が話題になった。
「伊黒さんはどう思う?」
「……いや、あいつの事は、よくは知らないしな……、なんというか……掴み所がないというか……、何を考えているのかよく分からない、というか……。とにかく、変なやつだ、とは思う……」
「そう……」
「だが、金の力で柱になったという噂は、デマだろうな」
「え?」
「普通に考えて、金の力なんかで、鬼殺隊で柱にまで昇進するわけない。柱になったのも、俺よりあいつのほうが先だし……。戦っているところを見たことはないが、多分強いのだろう……」
伊黒は少し困ったような声でそう話してくれた。甘露寺も首をかしげながら、口を開いた。
「やっぱり不思議な人よね、圓城さんって。仲のいい人もいないみたいだし……」
甘露寺の言葉に、伊黒は何かを思い出したように口を開いた。
「ああ、逆に仲の悪いやつならいるぞ」
「えっ?仲が悪い?圓城さんと?」
「ああ。胡蝶だ」
「えぇっ?」
驚きで思わず大きな声を上げる。いつも優しい笑顔の穏やかな蟲柱、胡蝶しのぶと仲が悪いなんて、信じられない。
「うそ、しのぶちゃんと?」
「ああ……。気づかなかったか?あの二人、会議でいつもお互いを避けている。目さえ合わそうとしない。やむを得ず会話をしなければならない時は、あからさまに険悪な雰囲気になるしな」
その後の会議で注意深く観察してみたところ、伊黒が語った通りだった。圓城菫と胡蝶しのぶの二人は絶対に話すことはない。関わりを徹底的に避けている様子だった。会話をしなければならない時は、圓城の声はいつにも増してよそよそしくなり、しのぶも微かにイライラしているのが分かった。
「しのぶちゃんって、圓城さんと仲が悪いの?」
しのぶにそう尋ねると、苦笑しながら答えた。
「いえいえ。仲が悪いも何も、あの人とそんなに話さないので……」
「ええー?でもしのぶちゃんと圓城さん、二人が会議で話す時って、なんだか空気がギスギスするような気がするんだけど……」
甘露寺の言葉にしのぶは困ったような顔をして、何も答えてくれなかった。
圓城さんは不思議な人だ、と甘露寺は思う。
竈門炭治郎と鬼になった妹が、本部で裁判にかけられた時も、ほとんどの柱は兄妹をすぐにも斬首しようとしていた。しかし、唯一圓城だけは、最初から彼らの盾になるように庇っていた。
「いけませんわ」
周囲の冷たい瞳を浴びながらも、両手を広げ、兄妹の前に立つ。そしていつものように華やかな笑顔を見せた。
「この子達を、殺してはいけません」
いつも周囲の目を気にすることなく、一人で動く。何を考えているのか、よく分からない。本当に、不思議な女性だった。
その後の圓城は列車の任務で片足を失ったり、森で遭難したりと慌ただしかったようだが、残念ながら甘露寺は彼女と話す機会はやはりほとんどなかった。
それに気づいたのは、甘露寺が長期の任務から帰ってきたその日のことだった。
「あっ、しのぶちゃーん!」
「まあ、甘露寺さん。こんにちは」
自分の屋敷に帰ろうとしていた時、たまたま胡蝶しのぶと出会った。
「奇遇ね!お買い物?」
「はい。蝶屋敷で必要な物があって、買い出しに……。甘露寺さんは任務ですか?」
「今日やっと長期任務が終わったの!」
「それはそれは、お疲れさまでした」
ニッコリ笑うしのぶに、甘露寺は笑顔を返しながら、言葉を続けた。
「ねえ、しのぶちゃん!もしよければ何か美味しいものでも食べに行かない?」
「美味しいもの?」
「ええ!甘いものとか」
「構いませんが……、でも甘露寺さんはお疲れじゃあ……」
「全然大丈夫!行きましょうよ!」
「そうですね。それじゃあ、この近くの……」
しのぶが考えるような表情で首をかしげたその時、見覚えのある姿が視界に入った。
「あら、圓城さんじゃない!」
声をかけると、圓城がこちらに顔を向ける。一瞬しのぶがなぜか息を呑んだような気がした。
圓城は今日は非番なのか、隊服ではなく、可愛らしい着物を身に付けていた。こうして見ると、やはり剣士には見えない。
圓城さん、可愛いわ!と心の中でときめく。しかし、圓城の方は、なぜかかなり動揺した様子でこちらを見返してきた。
「……っ、あら、ごきげんよう。お二人とも、町で会うのは珍しいですわね」
「こんにちは!今日は私、長期任務の帰りなの!しのぶちゃんとは、たまたまそこで会っちゃって…」
「私は蝶屋敷に必要な物の買い出しに。圓城さんもお買い物ですか?」
「……ええ、まあ」
なぜだろう。圓城は落ち着きのない様子でソワソワしている。今にもここから逃げ出しそうだ。そんな様子を察した甘露寺は圓城が立ち去ってしまう前に、急いで声をかけた。
「ねえ、圓城さん!よかったら、このまま三人で美味しいものでも食べに行きましょうよ!」
「え゛っ…」
変な声を出しながら、圓城の顔が大きく引きつった。
「えっと、いや、私は、これから用事があるので…」
目を泳がせながら圓城がそう言った。しかし、
「おや、よろしいではありませんか、お嬢様。用事なら大丈夫でございますよ。ぜひ皆様とお食事をお楽しみください」
突然誰かが話に割って入ってきた。圓城と一緒にいる眼鏡をかけた男性だ。彼は圓城の家族だろうか?と甘露寺が疑問に思っている間に、今度はしのぶが圓城の腕を掴んだので、思わずびっくりして口をポカンと開けてしまった。しのぶは、戸惑っている圓城の腕を、逃がさないと言わんばかりにしっかりと握っている。
「あなたにはいろいろ聞きたいこともありましたし。ちょうどよかったです。さあ、行きましょう」
しのぶが圓城に話しかけるのを初めて見た。その姿に驚きはしたものの、女三人で食事に行けることへの嬉しさがじわじわと込み上げてくる。
「キャーっ!楽しみねぇ」
甘露寺はウキウキしながら店へと向かった。しのぶもニコニコしながら甘露寺と共に歩き出した。いまだにアワアワとしている圓城を引きずりながら。
しのぶちゃんと圓城さん、どうしたのかしら。
しのぶが案内してくれた甘味処にて、品書きを手にしながら、甘露寺は首をかしげた。二人の様子はやっぱり変だ。圓城はまだ落ち着かない様子で絶対にしのぶと目を合わせようとしないし、しのぶの方は逆にいつもと違って積極的に圓城に話しかけている。
二人の関係が変わった。明らかに。
距離が大きく近づいている。
甘露寺はすぐにそれが分かった。
「こうして圓城さんとゆっくり話すのは初めてね!」
そう話しかけると、圓城は必死に冷静な顔をしながら答えてくれた。
「…そうですわね」
ゆっくり話ができるのが嬉しくて、甘露寺は微笑みながら問いかける。
「体の調子はどうかしら?少し前に森で遭難してひどい怪我をしたって聞いたけど…」
「ゴホッ!」
甘露寺の質問に圓城は大きくむせ混み、ハンカチで口を押さえた。
「…ご心配には及びませんわ。既に完治しております」
「結局蝶屋敷に通院しませんでしたが、大丈夫だったようですねぇ」
「……」
しのぶの言葉に圓城は何も答えず、必死に甘味を見つめながら、その視線を受け流していた。その姿を不思議に思いながら、今度はしのぶに話しかけた。
「しのぶちゃんと圓城さんは前にもこの店に来たのよね?2人は一緒にお出かけしたりするの?」
「いえ、圓城さんは、以前私の姉の継子だったので、その時に……」
「まあ、そうだったの?知らなかったわ!」
初めて知る事実に甘露寺は驚いて声をあげた。しのぶの姉の話は聞いたことがあったが、圓城がその継子だったとは、初耳だ。質問を続けようとしたその時、慌てたように圓城が口を開いた。
「こ、恋柱サマは、最近どうですか!?今回は長期任務だったとさっき言っておりましたが…」
「私?全然大丈夫だったわよ。長期任務と言ってもそんなに大変じゃなかったし……」
徐々に話は大きく逸れていく。やがて、話題は甘露寺の鬼殺隊への入隊理由の事へと切り替わった。
「でね、仕事の方はいいんだけど、添い遂げる殿方はなかなか見つからないのよ~」
「……え?殿方?」
甘露寺の言葉に圓城が不思議そうな顔をする。しのぶが解説するように言い添えてくれた。
「甘露寺さんは、添い遂げる男性を見つけるために鬼殺隊に入ったそうですよ」
「そうなの!自分より強い人を見つけたくて!柱の人はすごく強いでしょう?だから、自分でも柱にならなきゃと思って、すごーく頑張ったの!」
甘露寺の話を聞いた圓城は、
「……素敵な話ですね」
と、ポツリと呟いた。甘露寺の話を馬鹿にする様子はなく、蔑むような表情もしない。それに安心した甘露寺はモジモジしながら、恥ずかしさを隠すように圓城に声をかけた。
「え、圓城さんは恋人はいるのかしら?慕ってる方とか」
「え、あー、昔、婚約はしていましたが、今はいませんねぇ」
その言葉に大きく衝撃を受けた甘露寺は思わずその場で叫んだ。
「えー!婚約!?」
圓城の隣に座るしのぶの顔から笑顔が消えた。
「は?」
しのぶの表情を気にするどころではなくなった甘露寺は、問い詰めるように圓城へと顔を近づける。
「え、圓城さん!婚約って?誰と!?」
「……いや」
圓城が顔をしかめた。話したくない様子で顔をそらす。その時、しのぶが圓城の両肩を持ち、強引に自分の方へと向かせた。
「え、えっと、蟲柱サマ」
「……詳しくお話を聞きたいですね、圓城さん」
しのぶは笑ってはいるが、その顔には青筋が立っていた。圓城の顔が青くなっていく。
「あ、いやー、あの…」
「私も聞きたいわ、圓城さん!」
甘露寺は叫び、しのぶは冷たい声を出した。
「……あなた、婚約までしている相手がいたんですか?私、知らないんですけど」
「圓城さん、どんな方だったの!?」
圓城はしどろもどろになりながら、やっと声を出した。
「いや、あの、すみませんが、黙秘します」
「あらあら、圓城さん。そんなこと言わずに。是非教えてください。先日の森での事も含めてあなたとはじっくり話し合う必要がありますし、ね」
次の瞬間、圓城の顔が真っ赤に染まった。プルプルと震え、言葉に詰まったその様子に、甘露寺はまた胸が高鳴った。
何これ。すごく、可愛い。キュンキュンしちゃう。
この人、本当に私より年上?
そう思った次の瞬間、圓城は強い力でしのぶの手から離れた。そして、お金を机に置き、
「すみません、失礼します!」
そう叫ぶと、見たこともないくらいの速さで甘味処から飛び出していった。
「あーん、逃げられちゃったわ」
圓城が逃げた後、甘露寺が残念そうにそう言うと、しのぶの方は無言で何かを考えるような表情をしていた。その顔にいつもの優しい笑顔はない。
「しのぶちゃん?どうしたの?怖い顔をしているわ」
甘露寺が心配になりそう言うと、しのぶは瞬時に顔に笑顔を浮かべた。
「すみません。ちょっとびっくりしてしまって…」
「慌てる圓城さん、可愛かったわねぇ。キュンとしたわ。なんだか幼く見えて。私より年上なんて信じられないくらい!」
「……ああ、そうですね」
しのぶは苦笑しながらお茶を一口飲んだ。そんな姿を見つめながら甘露寺は思う。
圓城さんとしのぶちゃんの間に何かがあったんだわ。きっと、決定的な何かが。二人が仲良くなれれば、いいな。そうしたら、三人で、もっといっぱいお出かけしたり、おしゃべりできるのに。
そう思いながら目の前の大きな団子を頬張った。
次に甘露寺が圓城と関わったのは、意外にもそのすぐ後の事だった。
突然始まった、鬼による刀鍛冶の里の襲撃。
任務で一緒になる事はないだろうと思っていたのに、刀鍛冶の里を来訪していたらしい圓城と予期せず共闘することとなった。
圓城の攻撃を見て、甘露寺は目を丸くする。速い。とにかく速い。甘露寺のような、なめらかで柔らかい動きではないが、とにかく素早く俊敏で、しかも力強い攻撃を繰り返していた。長い戦いになったが、その動きは全く衰えず、正確な斬撃を繰り返す。いつもの上品で穏やかな姿とは大違いだ。
やっぱり噂って当てにならないわね、と甘露寺はこっそり心の中で呟いた。
甘露寺と圓城、そしてその場にいた隊員全員で協力しながら鬼と戦い、ギリギリではあったが、なんとか勝利した。圓城はそのすぐ後に倒れこむように気絶し、甘露寺も傷だらけだったので、そのまま全員が蝶屋敷へと運ばれて行った。
甘露寺の傷は驚くほど早く治ったが、別室に入院している圓城はまだ意識が回復しないらしい。その様子を聞いて心配になり、お見舞いに行くことにした。痛む身体を動かして圓城の部屋を訪れる。部屋に入ろうとしたその時、誰かが圓城のベッドのそばに立っているのに気づいた。
「……しのぶちゃん?」
「ああ、甘露寺さん」
胡蝶しのぶが振り向いた。
「お見舞いですか?残念ですが、彼女の方はまだ意識が戻らないんです」
「う、うん。ちょっと心配になっちゃって、」
甘露寺が近づくと、穏やかな顔をして眠り続ける圓城の姿が見えた。身体中包帯だらけで、点滴もしている。
「圓城さん、大丈夫かしら?」
「……目を、覚まさないんです。傷も深いし」
しのぶは呟くように声を出す。その表情は暗く、何を考えているのかよく分からなかった。
「……本当に、しょうがない人……そんなだから……」
「しのぶちゃん?」
甘露寺が声をかけると、しのぶはハッとしたようにこちらへ微笑みかけた。
「甘露寺さんも、決して傷は軽くないので、お見舞いもほどほどにしてくださいね。無理してはいけませんよ」
「う、うん」
戸惑いながら頷く。しのぶは軽く頭を下げると、その場から去っていった。
甘露寺はしばらく圓城を見つめる。そしてその手に少しだけ触れてから、小さく呼びかけた。
「圓城さん。早くよくなってね……また、来るから」
早く、目が覚めますように。
甘露寺はそう願いながら自室へと戻った。
その日は圓城の様子が気になって、何度か部屋へ様子を見に行った。
「……しのぶちゃん」
甘露寺が圓城の部屋に行くと、必ずしのぶはベッドのそばで圓城の様子を見ていた。
「しのぶちゃん、ずっとここにいるの?」
「……ずっとでは、ありませんよ」
しのぶが微かに微笑んだ。
「この人への治療は終わっていますしね。後は意識が戻るのを待つだけ、なんです」
「そ、そう……」
「……ただ、ちょっと気になって……」
しのぶはベッドで眠り続ける圓城の姿を、ただ見つめ続けていた。
後から蝶屋敷の少女に聞いたところ、しのぶは仕事以外は必ず圓城のそばに付き添っていたらしい。その話を聞いて、甘露寺は驚いた。よほど圓城の事を心配しているのだろう。
そして、その日の真夜中、甘露寺が厠に行くために静かに廊下を歩いていると、小さな声が聞こえた。
「……ん?」
圓城の部屋からだ。もしかして意識を取り戻したのかもしれない、と思い、そっと部屋を覗く。そして目を見開いた。
しのぶがベッドのそばに座り、圓城の手を握りしめていた。か細い声が甘露寺の耳に届く。
「……菫、………菫」
しのぶは甘露寺がいることに気づかず、ただ圓城に向かって呼び掛けていた。
「……菫……お願い、起きて……、菫……」
甘露寺はその姿をしばらく見つめた。その後、声をかけることはせず、ゆっくりとその場から立ち去った。
きっと、しのぶちゃん、圓城さんの事、大好きなんだわ。
仲が悪いなんて、とんでもない。
きっと、誰よりも何よりも、大切なんだわ。
二人の間に何があったかは分からないが、そのわだかまりが解ければいいな、と思った。
その次の日、圓城は意識を取り戻した。意識を取り戻した時、たまたま見舞いに来ていた甘露寺がしのぶを呼びに行くと、しのぶはその場の仕事を放り出してすぐさま部屋へと駆けつけた。その姿を見て、甘露寺はホッと息をついた。
よかった。無事で。本当によかった。これでしのぶちゃんも安心ね。
二人の関係、どうなるのかしら。
きっと、大丈夫よね。
きっと、すぐに仲直りできるだろうと思っていたのに、二人の関係はそう簡単に修復できるものではないらしい。退院してすぐに行われた柱合会議で、圓城としのぶは何事か諍いをしていた。二人の間に再び険悪な空気が流れる。しのぶが珍しく声を荒げ、圓城が鋭い瞳でしのぶを睨んだ。甘露寺はどうすればいいのか分からず、ハラハラする。結局風柱と岩柱によってその場は収められたが、圓城はしのぶを避けるように素早く帰ってしまった。
しのぶちゃんは、きっと圓城さんの事が好きよね。
でも圓城さんはしのぶちゃんの事を、どう思っているのかしら。
「あ、圓城さーん」
「……恋柱サマ」
甘露寺は圓城の屋敷を訪ねたのは、柱稽古が始まる少し前の事だった。
「ごめんなさいね、突然来てしまって」
「いえいえ、私もお会いしたいと思ってましたので。蜂蜜、ありがとうございます」
お土産にと甘露寺が持ってきた蜂蜜の瓶を持って圓城が笑う。屋敷の客間に案内され、二人向かい合って座った。
「圓城さん、忙しかったでしょう?本当にごめんなさいね」
「いえいえ、稽古の準備はほとんど終わっていますから、大丈夫ですよ」
「よかったあ。それにしても、大きな屋敷ね。ここに一人暮らしなの?」
「ええ。使用人が離れにおりますが」
「使用人って、さっきの優しそうなメガネの人?」
「はい」
使用人という言葉に少し驚いていると、その使用人がちょうどお茶とお菓子を運んできた。
たくさんの焼き菓子に思わず甘露寺は顔が綻ぶ。圓城が微笑みながら、
「恋柱サマ、さあ、どうぞ召し上がれ。おかわりもありますので遠慮はいりませんよ」
と言ってくれた。
「そんな、悪いわあ。でも、せっかくだから、いただきます!」
少しだけ、と思ったのに、そのお菓子が美味しくてどんどん食べてしまった。
気がつくと目の前のお菓子はほとんど甘露寺の胃袋の中へと消えていた。
「あ、ご、ごめんなさい。私ったら、つい夢中になっちゃって」
「いえいえ、遠慮なさらないでください」
圓城が特に気にする様子もなく、そう言ってくれたので、安心した。
その後はお互いに仕事のお礼を言い合う。圓城は穏やかな顔をしていたが、甘露寺が
「圓城さんは、しのぶちゃんのこと、好き?」
と問いかけると、その表情が変わった。
「………っ、」
飲んでいたお茶を吹き出しかけるが、無理やり飲み込んでいた。動揺しながら口を開く。
「……えーと」
「ごめんなさいね、突然。ずっと気になってて…」
甘露寺は興奮が隠しきれずに、圓城に顔を近づけた。圓城が誤魔化すように、
「……んー」
と笑う。やがて、誤魔化しきれないと諦めたのか、使用人の男性を外に出すと、姿勢を正した。そして口を開く。
「……恋柱サマ。なぜそんなことを?」
「私ね、しのぶちゃんや圓城さんと仲良くしたかったの。だって、同じ柱で、女の子同士だったから。三人で、おでかけとかできればいいなーとか思ってたの。まあ、任務が忙しいから難しいけど。」
「はあ」
甘露寺の言葉に困った表情で首をかしげた。
「でも、しのぶちゃんと圓城さんって会議で会う時、すごくギスギスしてて、特にしのぶちゃんはイライラしてて。それがとても残念だなって思ってて。だから、この間入院した時はすごく意外だったわ」
「……意外?」
「圓城さんが意識不明だった時、しのぶちゃんね、仕事をしている時以外はずーっと圓城さんのそばにいたの。私が圓城さんの様子を見に、何度か来たとき、必ずしのぶちゃんが部屋の中にいたわ。手を握って、何度も圓城さんの名前を呼んでた」
圓城が目を見開く。何も言わずにそっと顔を伏せた。甘露寺はその様子を見つめながら言葉を続ける。
「二人がどんな関係なのかよく知らないし、私が口を出すことじゃないけれど、……きっとしのぶちゃん、圓城さんと仲良くしたいと思ってるんじゃないかしら?」
しばらく沈黙が続く。そして、圓城が体を震わせながら、ようやく口を開いた。
「……私は」
「うん?」
甘露寺が笑って首をかしげると、圓城は言葉を詰まらせながら、小さく声を出す。
「……私は、蟲柱サマーーしのぶに…」
「……うん」
少しだけ、圓城が息を吐く。そして、唇を震わせながら、言葉を続けた。
「また、優しい言葉をかけられる資格はないんです。そばにいることは、許されない……」
泣いているみたいだわ、と甘露寺は思った。
しかし、圓城の瞳から涙は流れなかった。必死に泣くのを堪えるように、唇を噛んでいる。
「ひどいことを言ってしまった。ずっと、ずっと後悔しています。過去の自分を殺したいほど憎いです。ずっと、ずっと、嫌われるのが怖くて、死ぬよりも怖くて、目をそらし続けていました。逃げていたんです……」
苦しそうな顔をしている。絞り出すように、声を出していた。
「でも、これだけは、本当の気持ち。幸せになってほしい。護りたい。しのぶが大切だから。傷ついてほしくない。生きてほしい。私の名前を呼んでくれた彼女が愛しくて、あの笑顔を護りたかった。幸せになってほしかった。それだけだったんですよ。本当に。ただ、それだけ……」
なんだ。
なんだ、そうだったのね。
やっぱり、二人は、すれ違っていただけで、とっても仲良しなんだわ。
甘露寺は圓城の隣に移動し、そっと肩を支えた。
「……それじゃあ、気持ちを伝えなくちゃ」
ゆっくりとその細い肩を撫でる。
「大きな戦いが始まるわ。生きて会えるか分からない。だから、言葉に出して、伝えなきゃ。背を向けちゃダメ。逃げないで、勇気を出すの。でないと、一生伝わらないわ。そんなの、ダメよ。ね?」
「……はい」
「大丈夫!しのぶちゃんはとっても優しい子だもの!きっと、ちゃんと言葉にすれば、必ず伝わるわ!だから、絶対に諦めないで!」
「はい。ありがとうございました。」
圓城は少しだけ笑ってくれた。
それから、二人の間に何が起きたのか、甘露寺は何も聞いていない。
柱稽古が始まり、それぞれ忙しくなったからだ。お互いにゆっくり話す暇がなかった。
でも、実はほんの少しだけ、知っている。
柱稽古の合間を縫って、伊黒の屋敷を訪れた帰り道で、しのぶの姿を見かけた。買い出しをしている途中のようで、大きな荷物を抱えている。
「し――、」
甘露寺が顔を輝かせて声をかけようとしたその時だった。
「しのぶ!」
しのぶを追いかけるように、誰かが名前を呼びながら、走ってきた。
しのぶを追いかけて来たのは、可愛らしい少女だった。甘露寺は、それが誰なのか、一瞬分からなかった。しかし、すぐに気づいて、目を見開く。
それは、圓城菫だった。しかし、前のような彼女ではない。羽織の模様がちがうし、頭にはスミレの髪飾りではなく、黄色の蝶の髪飾りを二つ、付けている。
何よりも雰囲気が、全然違った。同じ顔なのに、別人のようだ。上品だが近寄りがたい笑顔ではなくなっていた。その顔は、小さな子どものように無邪気に笑って、輝いている。
しのぶの荷物を半分ほど奪い取るように持つ。そして二人は何事か話すと、そのまま手を繋いだ。
「………あ」
思わず声が出る。
しのぶが、今まで見たことのない顔をしていた。満面の笑みを浮かべており、その全身から幸せが溢れている。圓城も同じくらい楽しそうに笑い、お互いに手を絡めるように繋いだ。
そして二人は、甘露寺に気づくことなく、寄り添うように歩きだした。
「そう……そうなのね」
甘露寺は小さく呟く。
よかった。二人、ちゃんと話せたのね。
本当によかった。
甘露寺は微笑みながら、二人の後ろ姿をずっと見つめていた。
しのぶちゃん
圓城さん
二人の思いは、繋がったのね
本当によかった
やがて、二人の後ろ姿は見えなくなり、甘露寺も自宅へ向かって足を踏み出した。自然と口が緩んでしまう。そして、願った。
二人が、ずっと、いつまでも、一緒にいられますように
もう決して離れませんように
これから先、どんなことが起きたとしても
甘露寺はそれからも何度か、二人の事を考えた。
全てが終わったら、三人でお出かけしたい。買い物をして、美味しい物を食べるの。そして、たくさん、おしゃべりしたい。きっと、それはとても楽しくて、素敵な事にちがいないわ。
甘露寺はそんな事を想像しながら、口を綻ばせた。
そして―――
「カアァー!!撃破!!撃破!!胡蝶シノブ・圓城菫ノ両名ニヨリ上弦ノ弐、撃破!!」
鴉の声が響き渡り、甘露寺は顔を上げた。
「死亡!圓城菫、死亡!!上弦ノ弐ヲ打倒シ、死亡!!」
その言葉に、一瞬だけ呆然とした。
「しのぶちゃん、圓城さん……」
息が詰まる。頭が真っ白になった。
信じられない。
二人に、もう二度と、会えない、なんて。
悲しみが心を支配する。
あまりの苦痛に胸が張り裂けそうだ。
ああ、でも――、
「……よかった。二人、最後は一緒だったのね」
震えながら、囁いた。
「ごめんね……ありがとう……」
瞳から涙がこぼれた。
「きっと……きっと、大丈夫よね」
二人の笑顔が脳裏に浮かんだ。そして、呟く。
「しのぶちゃん、圓城さん……、二人一緒なら、きっと寂しくない、わよね……」
泣いている暇はない。ゴシゴシと目元を拭う。
想いを繋ぐのだ。二人の分まで。
自分も戦う。命を懸けて。
そして、甘露寺蜜璃は足を踏み出した。
***
そして、時は巡る―――
***
ある日のこと。
小さな定食屋の店主は、自分の妻の様子に首をかしげた。さっきからソワソワしている。
「どうした?」
声をかけると、妻は無言でチラリと客席を見た。
「……?」
そちらに顔を向ける。現在、定食屋にいる客は、紫色のリボンを頭に付けた小柄な少女一人だけだった。
その紫リボンの少女には見覚えがある。近くにある鶺鴒女学院という学校に通っている少女だ。たまに顔の似ている姉らしき人物や、友人らしき少女と甘い物を食べに訪れる、定食屋の常連客だ。
その紫リボンの少女が、今はメガ盛りの定食を食べていた。
どう見ても全部食べきるのは不可能ではないか、とは思うが、客の注文なので仕方ない。
無言で黙々と定食を食べるその少女は怒っているような泣き出しそうな、よく分からない奇妙な表情をしていた。
「……ねえ、どうしたの?何かあったの?」
様子が気になったのか、我慢できずに、妻が少女に話しかけた。仕事中ではあるが、他に客もいないし、別にいいか、と店主は思い、それを見守る。
「……何も、ないです」
「でも、さっきから、何だか様子が変だわ。大丈夫?」
紫リボンの少女は箸を持つ手を止めると、うつむいて、小さな声を出した。
「……と、友達と、喧嘩しちゃって……」
「友達って、最近転入してきて、仲良くなったって言ってた子?うちにもよく来る、あの可愛い子、かしら?」
少女はコクリと頷いた。妻が心配そうな表情をする。
「何が原因か、聞いてもいい?」
「……さ、最近、よそよそしく、て……。姉さんと何かずっとコソコソ話してるし……。この前、遊びに行こうって誘ったけど、断られちゃって……、その日、姉さんと二人だけで出かけた、みたいで……」
泣き出しそうになりながら言葉をこぼした。
「……私だけ、仲間はずれに、されて……。どうしてって、聞いても、何も答えてくれなくて……。喧嘩に、なっちゃって……」
「まあ、……そうなの……」
妻は何度も頷くと、紫リボンの少女の肩を慰めるようにポンポンと叩いた。
「きっと、何か事情があるのよ。きちんと話した方がいいわ」
「………でも……」
「二人、とっても仲良しじゃない。最近出会ったばかりとは思えないくらい」
妻は客と世間話をすることが多く、彼女達の事もよく知っているらしかった。優しく言葉をかけ続ける。
「転入初日に、ハンカチを拾ってあげて、すぐに仲良くなったんでしょう?」
「……はい。クラスも一緒で……、話しているとすごく、楽しくて……」
「その子のこと、大好きなのねぇ」
妻の言葉に、紫リボンの少女が照れたように下を向いた。
「見ていたら分かるわ。あの子の方も、あなたの事が大好きのはずよ。だから、きっと何か誤解があるのよ」
「……そう、でしょうか」
「ちゃんと、話さなくちゃ。背を向けちゃダメ。逃げないで、勇気を出すの。ね?」
「……」
紫リボンの少女が再びうつむいたその時だった。
「あー!ここにいた!」
扉をガラリと開けて、大声を出しながら誰かが入ってくる。
入ってきたのは、長い黒髪と大きな瞳が印象的な少女だった。少し怒ったような顔をしている。紫リボンの少女の友人だ。
「もう、ずーっと探していたのよ。こんな所にいたなんて」
黒髪の少女は軽く店主や妻に頭を下げながら、紫リボンの少女に近づいてくる。紫リボンの少女は動揺したような顔をしながら、顔をそらし、口を開いた。
「……なによ。私よりも、姉さんと仲良くしたいんでしょう。私のことなんて、放っておきなさいよ」
仲直りしたいくせに、なんでそんな事を言うんだ、と店主は頭を抱えそうになった。妻もオロオロしている。
黒髪の少女が少し怒ったような顔で口を開いた。
「だから、違うんだってば。誰もそんな事、言ってないでしょう、もう……」
「……」
「お姉さんも心配してるよ。早く帰ろう」
「……仲間はずれにしたくせに、そんな事……」
黒髪の少女は大きなため息をついた。そして、
「……はい、これ」
何かを紫リボンの少女に向かって差し出す。
「なに?」
それはリボンの付いた小さな包みだった。黒髪の少女が言葉を続ける。
「今日、誕生日でしょ?」
その言葉に紫リボンの少女が一瞬だけポカンとした。
「……あ」
「忘れてたの?」
「だ、だって……姉さんと、あなたの事ばかり、気になってたから……」
黒髪の少女が苦笑した。
「プレゼント選びに迷って、……お姉さんに、手伝ってもらったのよ。絶対に、喜んでほしかったから……。この間のお出かけも、これを買いに行ったのよ。ごめんね。内緒にしてたから、最近よそよそしくなっちゃったわね」
そして、微笑みながら言葉を続けた。
「お誕生日、おめでとう。生まれてきてくれて、ありがとう!」
紫リボンの少女は戸惑いながらも、そのプレゼントを受け取った。
「……開けて、いい?」
「もちろん」
ガサガサと包みの開く音がする。
「これって……」
「どう、かな。この前、可愛いねって話してた、新しいブランドのハンカチ、なんだけど」
「あの、【ENJYO】って会社の……?」
「うん!」
それは、紫色の生地のハンカチだった。スミレの花と蝶の刺繍が可愛らしい。
「……かわいい」
「最初に出逢ったとき、私のハンカチを拾ってくれたでしょう?私にとっては、すごく、大切な思い出なのよ」
黒髪の少女は、照れたように笑いながら言葉を紡いだ。
「あなたと出逢えたことが、本当に、とても嬉しいの。友達になってくれてありがとう。――これからも、ずっと、ずっと、そばにいてくれる?」
しばらく沈黙した後、紫リボンの少女が吹き出した。
「ふふ、よくそんな恥ずかしいこと、言えるわね……」
「……だって、本当にそう思ってるんだもん。……嫌だった?」
「そんなわけ、ないでしょう。嬉しいに、決まってるじゃない」
紫リボンの少女がハンカチを胸に抱き締めながら、笑った。そして、口を開く。
「もちろん。ずっと、ずっと、そばにいるわ」
その言葉に黒髪の少女は顔を輝かせた。
二人の少女は笑い合う。店主とその妻もホッと息をついた。
黒髪の少女は、テーブルに乗っているメガ盛りの定食に視線を向けた。首をかしげて口を開く。
「ねえ、なんでこんな大盛のごはん食べてるの?」
「……ちょっとやけ食い」
「これ、食べきれるの?」
「……無理かも」
「仕方ないなぁ。手伝う!すみませーん、お茶をお願いします!」
黒髪の少女が大声を出す。妻は笑いながら、
「はーい!」
と答えた。
その後、二人は仲良く話しながら、メガ盛りの定食を食べ終えた。
「ありがとうございましたー!」
勘定を済ませ、二人の少女は楽しそうに話しながら立ち去っていく。その姿を、妻がじっと見つめており、店主は声をかけた。
「どうした?」
「うん。なんだかね、嬉しくて」
「何が?」
妻はニッコリと微笑みながら、言葉を紡いだ。
「あの二人が、仲良しなのが、なぜか、すっごく嬉しいの。きっと、いつまでも、ずっと、ずーっと仲良しだと思うわ。とっても、とっても素敵よね!」
その笑顔が眩しくて、店主も笑い返した。
「そうだな。それは、とても、素晴らしいことだな……」
定食屋の夫婦はお互いに微笑み合いながら、二人の少女の後ろ姿をいつまでも、見つめ続けた。
※鶺鴒女学院に通う名も無き少女
最近、父親の仕事の都合で鶺鴒女学院に転入してきた。元気で明るい普通の女の子。
花を育てるのが好きで、園芸部に入っている。特にスミレの花が好き。最近は、【ENJYO】という会社の新しいアパレルブランドの商品が気になっており、スミレの花と蝶のロゴが可愛いなーと思っている。
転入初日に、落としたハンカチを拾ってくれたことがきっかけで、鶺鴒女学院の美人姉妹と友達になる。しょっちゅうお互いの家に泊まりに行くほど仲良し。二人の事が大好き。特に妹の方とはクラスも同じで、一番の友達である。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
「夢で逢えますように」はこれで完結となります。
予想していたよりも長期の連載となりましたが、たくさんの方々に読んでいただけたようで、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
断ち切れないほど固い絆を持つ女の子達の話が書きたくて、この話ができました。決して強くなくても絶対に挫けず、どんなに絶望的な状況でも自分の力で立ち上がる主人公の話を書こうと思ってできたのが、この小説です。今読み返すと主人公のキャラがブレブレで不安定ですね。申し訳ありません。
こうして多くの方の目に留まり、評価や感想をいただいたこと、とても嬉しく思っております。もしかしたら、今後、小話を思いついたら投稿するかもしれませんが、一応は完結となります。
重ね重ねとなりますが、最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。