彼女が街にやってきた   作:なんじょ

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「――dress_off()」

 唖然とするアーチャーと凛の前で、七海は再び詠唱を唱えた。すると赤原礼装が光の粒にほどけて消え失せ、元の制服姿へとたちどころに戻っていく。

「……キャスターが、七海は魔力の流れが違うっていってたらしいけど、本当ね。あなた、私たちとは全く違う魔術構成で力を行使してる」

 我に返った凛がさっそく、目を鋭くして分析を始めている。七海はこくりと頷き、

「ごめんね、びっくりさせて。手紙に書こうかと思ったんだけど……長すぎて全部書き切れなさそうだったから」

「では、君は本当に記憶を取り戻したのだな? 一体どうやって思い出したんだね」

「それは……うーん、やっぱり色々説明しないと……」

 困ったように眉根を寄せた七海は、すっと周囲を見渡した。

 先ほどまで広場を埋め尽くす勢いで迫ってきていた影の群は、一掃されたようだ。街全体にはびこる数が数なだけに、いずれまた奴らはやってくるだろうが、ひとまず教会の周りは穏やかな夜に戻っている。

「……話だけなら大丈夫かな」

 その様子を確認し、独り言を呟いた七海は、アーチャー達に振り返ると、ほっそりした指を広場の先――教会へ向け、

「詳しい事はあそこで話すよ。人を待たせているから、よかったら一緒に来てくれる?」

 そう言って、にこっと笑いかけた。

 

 ぎいい、ときしみながら、扉が左右に開く。

 目の前に広がるのは、常と変わらぬ光景――整然と長椅子が並ぶその奥、十字架に吊された主がまします、静謐な神の家。

 外とは隔絶されたように清浄な空気が満ちるその場で待っていたのは、先ほどの影と同じような黒衣に身を包んだ神父と、青い衣をまとうサーヴァントだった。

「綺礼、それにランサー? ……あなた達が七海の待ち合わせ相手なの?」

 神父はともかく、ランサーの登場はいささか意外だ。眉を上げて凛が声をかけると、ランサーは軽く手を挙げて応えた。神父が感情のない目で微笑み、

「ずいぶんと待たせてくれたものだな、七海君。今回はもはや間に合わないかと思っていたよ」

 なにやら意味ありげな言葉を放つ。対して七海は軽く頭を下げた。

「すみません、予想以上に『彼ら』が多くて。全部相手をしていたら力つきてしまいそうだったから避けて回り道をしてたら、遅くなってしまいました」

「何なら俺を呼べば良かったのに。露払いくらいはしてやったぜ?」

 朱槍を肩にかけ、ランサーがにっと笑う。その気安い笑みは、アーチャーや凛が知らない事を理解している、実に苛立たしいものだ。アーチャーは彼らの元へ歩き出そうとする七海の肩を掴み、

「? アーチャー?」

 きょとん、と目を瞬かせるその前に進み出て、男達を睨みつけた。

「――これはどういう事なのか、分かるように説明をしてもらおうか。言峰綺礼、貴様は彼女を使って、一体何を企んでいる? この街を襲っている異常事態も、貴様が引き起こしたものなのか」

「…………」

 神父はアーチャーを見返し、目を細めた。途端、ぞくっと背中を寒気が走る。唇の両端を持ち上げたあの笑顔は、獲物を前にした猫のように、気まぐれで残酷だ。

「もし仮に私が七海君を利用して、例えば、そうだな……この世の全てを、聖杯の泥で埋め尽くそうとしていたとして。

 君はそれにどう対処するつもりだ?

 外の様子を見れば分かるだろう、事はほぼ成就しつつある。あと数時間もすれば、この街は全て消え去り、泥は速やかに広がってありとあらゆるものを食らいつくしていくだろう。

 もはや、いちサーヴァントの手に負える事態でない事は、とっくに理解していると思ったが」

「……彼女はこれに、どう関わっている」

 手中に生み出した剣の柄を握る手に力を込めて、さらに問う。そして半ばの予想通り、神父は愉しげに微笑んで、

「泥を生み出す中核に、彼女という異分子を埋め込んだとしたら、どうだ?

 もし浸食を止めたいのであれば、彼女を殺せば全て終わる。そうなれば私には相当な痛手だが、やろうと思えば君には簡単な事だろう。いたいけな少女一人屠(ほふ)るくらい、すでに一度実行済みなのだからな」

「えっ、アーチャー……そうなの?」

 凛の戸惑ったつぶやきが聞こえたが、振り返らない。アーチャーは微かに震えながら、神父を睨みつけた。

(街を救う為ならば。彼女を殺さなければならない)

 その事に、迷いを抱いてはならない。

 個々の命を優先して、大多数を死に至らしめるような選択など、アーチャーには出来なかった。例えそれがどれほどの苦悩を引き起こそうとも、彼はいつも最小限の犠牲で、最大限の命を救ってきた。

(この夢はまた覚めるのかもしれない。だが、もう覚めないのかもしれない)

 四日間を繰り返し続ける街。いつまでこの循環が続くのかは分からないし、影に全てが飲み込まれた途端、突然終わりを告げるのかもしれない。どちらにせよ、悪夢を抜け出すには、その中に居る自分たちが行動を起こさなければ、話にならないだろう。

(彼女を――七海を、殺す)

 そうしなければならない。理性は声を限りに叫んでいるのに、言葉だけで、自身の胸を刺されたような激痛が走る(イヤダ、モウ二度ト彼女ヲ殺シタクナイ)その痛みに顔を歪めながら、アーチャーはそっと振り返った。

 肩越しに後ろの、おそらくは怯えているだろう少女の姿を見下ろし――だが。

「……さっきから何、嘘八百並べてるんですか、神父様。皆が本気にしちゃうじゃないですか」

 予想に反して、少女は半眼になって神父を見据えていた。

「原因は分かりませんけど、あれは私たちとは違う、別のものが引き起こしてるんでしょう? 私がどうにかなったとしても、この現象はおさまらないです。アーチャーをからかうのはやめて下さい」

 むーと眉根を寄せての抗議に、神父はハッハッハッ、と実に軽やかな笑い声をあげた。大仰な仕草で腕を開き、

「何、彼は私が何か企んでいるに違いないと確信しているようだったからね。その期待に応えたまでだよ」

「あいっかわらず趣味悪いぜ、この悪徳神父が……アーチャー、嬢ちゃん、話半分に聞いとけ。どうせこいつは夢幻みたいなもんなんだからな」

 ランサーがげんなりと口を曲げる。凛もまた目を細め、

「……じゃあ、今のはまるっきりデタラメな訳? 何でそういう意味のない嘘つくわけ? ……って、どうせむかつく答えしか返ってこないから、何も言わなくて良いわよ、腹黒神父」

 口を開きかけた言峰を手で制した。七海の側に歩み寄って、それで? と促す。

「七海、どういう事なのか、あなたの口から説明してちょうだい。記憶が戻ったっていうけど、そもそもあなたはどこから来た、どういう人物なの?」

 改めて問われて、七海がすうっと息を吸い込む。意を決しての告白と見て、アーチャーは体ごと振り返った。

 そうして見下ろした先で、少女はすっと指を上へ、頭を越えてなお先へと向けて、

「私はあそこから来たの――あの月から、この世界へ」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 沈黙は五分続いた。凛とアーチャーは七海の言葉を解しかねて難しい顔で黙り込んでしまい、事情を知っているらしいランサーと神父はそれを見守っている……いや、神父は二人が困惑する様を面白がっているようだが。

「……ごめん、ちょっとよく分からないんだけど」

 これ以上黙考しても無意味と割り切り、凛が口火を切った。柳眉を寄せて、

「あなた、月から来たって言うのは……本気? 何かの比喩とか、そういう事じゃなく?」

 対して七海はあっさり首を縦にした。

「うん、たとえ話じゃないよ。私は月にいた。そしてそこで、聖杯戦争に参加してたの」

「月の聖杯戦争……だと?」

 ますます事態がややこしくなった。アーチャーはついうなり声を漏らした。腕を組んで、七海へ険しい視線を向けてしまう。

「まさか君がこの状況で、嘘や冗談を言うとは思わないが……今現在、人類は月に至ってはいるが、そこに居住できるほど宇宙開拓は進んでいないぞ」

「うん、生身で月にいってる人はいないんじゃないかな。西欧財閥が宇宙開発の技術を全部押さえてるって話だし。

 だけど魔術師(ハッカー)だけは、霊子ハックでSE.RA.PHにアクセスでき……って、そうか。ここじゃそういうの、無いんだ」

 話の途中でぽんと拳を打つ。何かと思えば、

「あのね、多分私が居た世界とここって、別の世界なんだと思う」

 いきなり爆弾発言をした。はぁ? と凛が目を丸くする。

「またいきなりすっ飛んだ事言い出して……ちょっと、順番に話してくれない? 西欧財閥だの何だの、分からない事だらけなんだけど」

 これは確かに長い話になりそうだ。

 ごめんごめんと謝る七海、凛、それにアーチャーは神父の薦めに従って、思い思い椅子に腰を下ろす。

 そして、少女の口から語られ始めたのは――こことは次元を異にする世界の月で繰り広げられた、聖杯戦争の全てだった。

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