彼女が街にやってきた   作:なんじょ

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 水の音が聞こえる。

 緩やかな落下感に包まれて、まるでゆりかごの中にいるように心地よい。

 ぼんやりと瞳を開いてみると、辺りは一面の青だった。

 水。いや、これは……光に閉じこめられた、膨大なデータだ。

(ああ……戻って、きた)

「……マスター」

 帰還と同時に、傍らの温もりに安堵を覚える。ゆっくり頭を巡らせると、すぐ目の前に、たった今別れを告げてきたばかりの、アーチャーの顔があった。

(だけど、違う)

 同じ顔、同じ声、同じ姿。けれどあの街で出会ったアーチャーと、彼女のアーチャーは別人だ。それがサーヴァントの宿命なのだと理解していたから、寂しくはない。

「マスター? 何を笑っている」

 だが、どうした事だろう。自分があれだけ会いたい、会いたいと切望していたのは、今目の前にいるこのアーチャーのはずなのに、戻ってこられて嬉しいという気持ちに、ほんの少し残念な気持ちも混じっている。

「うん……あのね、アーチャー……私、夢を見てたの」

 くすりと笑って、アーチャーの顔を手で包み込む。まるで本物のような暖かさが愛しく、けれど心のどこかで、あの街のアーチャーの温もりが恋しいと思う自分もいる。

「それでね……私、もう一度、アーチャーが好きになったの……」

 その時、触れた手の指先が、不意に消えた。

 いや、ただ消えたのではない。指先からするすると糸がとけるように、手が消えていく。端々から少しずつほどけていく虚脱感に襲われ、彼女は落胆のため息を漏らした。

(ああ……聖杯のエラー処理が始まっちゃった……)

 聖杯はデータの精査を終え、異常データとして彼女を処理し始めたのだ。

 彼女はやがて全てデリートされ、おそらくはアーチャーも同じように処理されるだろう。そして、聖杯戦争の勝利者は居なくなる。

 正規のマスターであれば外へ出られたのだろうが――彼女にはそれが叶わない。

(ごめんね、凛……『私』は、約束、守れないや)

 もう二度と彼らには会えない。これでおしまい。悲しい。切ない。でも嬉しい。

「マスター、まだ聞こえているか」

 なおしっかりと彼女を抱きしめ、アーチャーが囁く。目の前で分解されていくこちらを、ひどく悲しげに見つめながら、

「……君と共にあったこの日々を、オレは忘れない。君に出会えて、オレは……オレは、幸福だった。言葉では言い尽くせないほどに……幸せだったよ、マスター」

 切々と告白し、崩れ消えていく彼女をつなぎ止めようとするかのように、更に強く抱擁する。

「アー……」

 体の密度が薄くなり、もはや手足どころか、喉をふるわせることもできない。中途半端に漏れ出た音に思いを込めて、せめて最期は笑って見せた。

 ――ありがとう、アーチャー。私も、本当に幸せだった。

 その思いはきっと伝わった。アーチャーもまた、こちらに応えて笑ってくれたから。だから安心して、私は目を閉じ、青い大海へと身をゆだねた。

 刹那の永遠、たまらなく幸せで、たまらなく切ない夢を見せてくれた聖杯へ、感謝を捧げて――

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