彼女が街にやってきた   作:なんじょ

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「……で、七海さんをうちで預かるってことでいいのか? 遠坂」

 いつもの居間でいつもの団らんを囲みながら、士郎は確認した。それに対して、手みやげにと持ってきた江戸前屋の大判焼きを頬張りながら、ええ、と凛が頷く。

「もちろん士郎がよければ、だけど。今は私、ほとんどこっちに住んでるようなものだし、七海を遠坂の家に一人で放っておくのもどうかと思ってね。出来れば、彼女もここに置いてほしいっていう相談よ」

 そういう凛の隣には、緊張して座っているブレザー姿の少女。

 七海という仮の名を与えられた彼女の事情は、凛から電話で「そっち、空いてる部屋まだあるわよね? ちょっと訳ありの子を引き取ったんだけど」と切り出された後、一通り説明されている。

「そうだな。俺としては特に異存はないけど」

 記憶喪失で何も覚えてないなんて聞いてしまえば、手助けせずにいられようか。凛の言うように、衛宮家にはまだ客人を泊められる部屋が余ってはいる。

 また女性が増えるのか、という懸念はややあるものの、すでに女子合宿所のような様相を呈している現状では、一人二人増えたところで、大きな違いはない。

 むしろこの場合、重要なのは、他の女性陣がどう思うか、だろう。そう考えて士郎は周りを見回す。

 緊急会議ということで、居間には衛宮家の居候が全員そろっていた。

 テーブル奥に座る士郎、その隣にセイバー、桜、ライダー。凛と七海はその向かい側に座し、メンバーの視線を一身に集めている。

「……事情が事情だし、俺は構わないんだけど、皆はどうかな」

 水を向けると、まずセイバーが一つ頷いた。もぐもぐ大判焼きに取りかかりながら、

「この家の主はシロウです。あなたが彼女を受け入れるというのなら、私には是非もない」

「私も、です」

 そっと手をあげて桜も同意した。七海を見つめるその表情は気遣わしげで、彼女の窮状に胸を痛めているのがよくわかる。

「先輩がよければ、泊めてあげてほしいです。ここならいつでも誰かいるから、困った事があってもすぐ助けてあげられますし」

「ライダーは?」

「私はサクラの意見を尊重します」

 寡黙な美女はそれだけ言って、お茶をすする。個人的な考え云々より、桜がよければいい、というのはいつも通りのようだ。反対意見もなくすんなり決まったので、士郎は七海に顔を向け、

「……というわけだけど、それでいいかな、七海さん」

 最後に本人の意志を確認する。ブレザーの少女はぴくんと背筋を伸ばし、

「は、はい。皆さんのご迷惑でなければ、とてもありがたいお話です。私に出来る事があれば何でもしますので、よろしくお願いします」

 長い茶色の髪をさらさら流しながら、ぺこりと頭を下げた。はい、こちらこそ、と士郎もお辞儀をしたところで、凛が口を開く。

「それなら彼女の部屋、離れの一室もらっていいかしら。とりあえず私の家から服持ってきたから、まずその制服着替えて……」

「そちらの家で着替えてくればよかったのではありませんか、凛」

 セイバーがちらっと七海の服に視線を向けながら言う。

「それも考えたけど……七海の制服、この辺りじゃ見ないものでしょう。誰か、知ってる人いないかと思って」

「あぁ……いや、どうだろう」

「ちょっと分からないですね……」

 問われたものの、桜も士郎も首を傾げる。近隣の高校にはブレザーのところもあるが、七海が着ているようなデザインではない。

「七海。その校章、学校名が書いてあるんじゃない?」

「あ、うん。ちょっと待って」

 凛に指摘され、七海はブレザーを脱いで、黒のタートルネック姿になった。皆に見えるようにテーブルに上着を置くと、様々な色合いの頭が中央に寄せ集まる。

「……TUKUMIHARA HIGH SCHOOL……つくみはら学園、でしょうか」

「聞いた事ないわね……」

「うーん……藤ねえならもしかしたら他校の事知ってるかもしれないし、聞いてみるか」

「それよりパソコンあるんでしょ? ネットで調べてみれば一発じゃない?」

「あぁ、そうだな。って、遠坂が使うのか? パソコンを?」

「……何がいいたいのかしら、衛宮君」

「凛。あなたがパソコンとやらを使っても、満足な結果は得られないでしょう。先日は危うく壊しかけて、シロウに修理を依頼していたではありませんか」

「っ、セイバーあなたね、自分だって使えないくせに、人の失敗をそうはっきり言うもんじゃないわっ」

 制服を囲んで、ああでもないこうでもないと盛り上がる面々。その様子を見ていた七海が、

「……あのー、すみません。ちょっと、質問があるんですが、いいですか?」

 話の切れ目に口を挟んだ。そして、

「ぶしつけなんですけど……セイバーさんとライダーさんは、もしかしてサーヴァントの方ですか?」

 思いもかけない質問を投げかけてくる。途端、騒々しかった居間の空気が沈んだ。

 話を始める前に、この場にいるメンバーは軽く自己紹介をしているが、それも名前くらいなもので、詳しい説明はしていない。

 もちろん、セイバーとライダーはその存在自体が高位の霊格なので、魔術師であれば彼女らがただ者でないことは分かるだろうが……。

「……七海。あなた、サーヴァントを知ってるの?」

 それまでセイバーに食ってかかっていた凛が一転、厳しい口調で尋ねる。

「うん。セイバーもライダーもサーヴァントのクラス名だから、もしかしてと思って」

 さらりと答えた七海に、皆はまたもや顔を見合わせる。微妙な空気になってしまったのに気がつき、少女は肩をすぼませた。

「あの……すみません、いきなり失礼な事聞いちゃって」

「……いや、そういうわけじゃなくて」

 士郎がどう言ったものかと口ごもっていると、凛が「問題はそこじゃないわ」と口火を切った。

「七海。あなた、聖杯戦争を知ってるのね?」

「え? ……あ、うん、知ってる、みたい」

「そう。そういう事なら……そうね、あなた、もしかして聖杯にひかれて冬木に来たんじゃないかしら」

 凛の指摘に、魔術師とサーヴァント達の顔が引き締まる。

「では、彼女はマスターかもしれないと?」

 事が聖杯に関わるとあって、それまで静観していたライダーが七海へすっと視線を向ける。

 魔眼封じの眼鏡をしているとはいえ、常人とは異なる瞳で見据えられると、それだけで威圧感を覚えるものだ。視線を合わせて体を固くさせる七海の隣で、凛は続ける。

「空きのあるサーヴァントもいるから、それもあり得るわね。

 ……厳重に秘匿されてるわけじゃないけど、そもそも魔術師だからって、皆が皆、聖杯戦争を知ってるとは限らないわ。

 サーヴァントって単語が自然に出てくるなら、七海は元々、聖杯戦争に興味があったか、あるいは参加する意志があったって事じゃないかしら。

 それで冬木に来たはいいけど、何かもめ事に巻き込まれて記憶を無くしたのかもしれない。

 で、マスターかどうかは……」

 ちらっと七海へ視線を送り、凛は突然彼女の服の袖をまくり上げた。

「ひゃっ!?」

 いきなり両手の袖を押し上げられ、七海が奇声をあげたが、凛はいっこうに気にしない。露わになった細い腕をとってためつすがめつ眺め、

「とりあえず令呪は見あたらないわね。もしかしたら体のどこかにあるのかもしれないけど……」

 それは裸にしないと分からないかしら、なんて呟いたので、七海はかぁっと赤くなった。ばっ、と凛の手を払い、

「な、無い! どこにも令呪なんて無いから! だ、大体、私みたいなよわよわ魔術師がマスターになんかなれないでしょ!?」

 慌てた様子で否定してくる。それはどうかしら、と凛は士郎へ視線を送り、にやっと笑った。

「まるっきり未熟な魔術師がマスターになった実例があるからね。力の嵩だけでマスターの資格があるかどうかなんて、分からないわ」

「悪かったな、未熟な魔術師で」

 未熟なりにこれでも努力してるんだ、と士郎は口をとがらせた。そして、あ、マスターなんだ、と目を丸くする七海に、改めて自分たちについて説明する。

 曰く、士郎は前回の聖杯戦争の勝者であり、セイバーのマスターである。

 曰く、桜はライダーのマスターであり、凛もまた、かつてサーヴァントと共に戦ったマスターなのだ、と。

「……じゃあ、他にもまだ、サーヴァントがいるの?」

 聖杯戦争に勝利した魔術師と敗北した魔術師、しかもそのサーヴァント達が一つ屋根の下で暮らしている、というとんでもない状況に目を白黒させながら、七海が問う。

「はい、いますよ。姉さんのサーヴァントも、その他、七人全員とも」

「…………」

 桜の肯定に、七海はむう、と考え込む様子を見せた。何かと思えば、

「……もしかして、アーチャーも、そう? こう、背が高くて、白い短髪で、肌が浅黒くて、目つきの鋭い……」

 まるで見てきたかのように、弓兵の外見を描写する。あら、と凛が目を瞬かせた。

「ええ、それはアーチャーに間違いないわ。彼は私のサーヴァントよ。今は契約結んでない状態だけど。……あ、そっか。あなた昨日、アーチャーに会ったのよね?」

 元はといえば七海の情報を持ってきたのはアーチャーだ。彼がどんな風に彼女を見つけたのかは知らないが、顔をあわせていてもおかしくはない。そう思って確認すると、七海は頷く。

「困ってるところを助けてもらって……その時、雰囲気が普通の人と違ってる感じがしたし、神父様が確かアーチャーって呼んでたから。それに」

 淀みない言葉が不意にぷつりと途切れる。

「どうかしましたか、七海」

 いつの間にか二つ目の大判焼きを平らげたセイバーが、突然の沈黙をいぶかしむ。七海は迷うように視線をさまよわせた後、小さくかぶりをふった。

「ううん……ただ、もう一度お礼をちゃんと言いたいなと思って」

「それなら、今度こっちに呼び出すわよ。七海を最初に助けたのはアーチャーなんだし、放りっぱなしはよくないわよね」

「遠坂、七海さんを最初に保護したのは神父なんじゃ」

「あの悪徳神父はカウントにいれる必要ないわよ。人でなしなんだから」

「人でないというのなら、アーチャーや私たちも同じです」

「そんな事無いわ、ライダー。あなたはいつも私を助けてくれてるもの」

 自身のサーヴァントへ微笑む桜の言葉で、緊張した場の空気が何となく和らぐ。

 そうして結局、士郎がネットで、凛が協会で七海について調べるということにまとまったので、ひとまず緊急会議は終わりを告げた。

「それじゃ、しばらくしたらお昼にするから、呼びにいく。七海さんは好き嫌いってある……か、分からないか」

 凛に連れられて離れへ向かおうとする七海に問いかけて、士郎は頭をかく。記憶喪失では、自分の好みも思い出せないかもしれない。七海は慌てて手を振った。

「そんな、お構いなく! お部屋を貸していただくだけでも、ありがたいですから」

「いや、そっちこそ遠慮せずに。苦手なものがあったら、都度言ってくれ。もし食べられなくても、どうせセイバーが全部引き受けてくれるし、次から出さないようにするから。

 あと、俺にも敬語使わなくていいよ。すぐには難しいだろうけど、ここを自分の家だと思って、気楽にしてほしい」

 言葉に込めた誠意は、とりあえず伝わったらしい。七海は白い頬をぽっと紅潮させると、

「あ、じゃあ、私も七海、でいいです……じゃない、いいよ。迷惑かけちゃうけど、よろしくお願いします」

 心底感謝した様子で、深々と頭を下げた。あ、いやこちらこそ、とまたもや二人でお辞儀しあっていたら、

「七海、ほらいつまでもお見合いしてないで、いくわよ。あとで買い物にもいくからね」

 あかいあくまが彼女の腕をさっとかっさらって、引きずっていってしまった。それを見送った士郎は、さっそく台所へと足を向ける。

 とりあえず、新しい同居人を歓迎する為に、気合いを入れた昼食を作らねば。

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