5月5日。
GWもそろそろ終わりを迎えようとしていたその日、例年より気温の高い今日は、例年通りこどもの日であった。
「まぁ、そうはいっても俺らもう中3だし、言うほど子供じゃあないし、今更こどもの日だからって、特別なにかをするわけでもないよな」
「……浮島、話が読めない」
「いや、今日はこどもの日だなって話」
そうなのだ。
確かに本日5月5日はこどもの日であるが、俺ぐらいの歳になると、なんというか単なるGWの休日その4やら5に過ぎず、俺は今日も今日とて病院へ行く前に見舞い用の花を購入しようと、『Flower Shop SHIBUYA』を訪れていた。
「ふーん、表通りに小さいこいのぼりが飾ってあるのは見たけど」
「あー、そういやあった気がする。あとはこども服が安くなってたりとか」
そこにいたのか、こどもの日要素。
危うく見逃すところだった。
ちなみに数百メートルほど離れた商業ビルの4階服飾フロアでは、こどもの日フェアと銘打って、こども服のセールを行っていたらしく、似たような催しがあちこちで、それこそ全国規模で行われているのだろうが、やっぱり俺たちには関係のない話である。
「……浮島なら、ギリギリ着られるんじゃない?」
「おい待てこら渋谷、誰がこども服サイズがジャストフィットのチビだ!! こどものお使いってか?!」
「いや、そこまでは言ってないし。冗談だって冗談」
どうどう、と
本当クールっつーか、起伏の乏しい表情をしている彼女は、表情筋に服を着せたような姉と違って
「そういえば、あのガーベラの子とは上手くいったの?」
「あぁ、おかげさまでな」
ガーベラの子。というのは4月末に俺がガーベラを贈った相手、姉のお隣さん、北条加蓮を指している。
姉と北条の関係が絶望的になる前に、どうにかならないかと苦悩した俺は、ベタで古典的でありきたりな手として、北条へプレゼントを贈ることにした。そして選ばれたのがオレンジ色のガーベラであり、購入するさいに渋谷へは少しだけ事情を説明していたのだった。
「結局、俺の取り越し苦労というか、取り越し苦悩だったっぽいけど……てかそいつ、俺らと同じ中学らしいんだよ。しかも学年まで一緒」
世間は狭く、北条と俺は同じ中学校に通っている同学年だと判明した。俺と同学年ってことはつまり、渋谷と北条も同学年になる。
すると渋谷は思い当たる節があったのか、しばらく思案顔になると。
「……もしかして、北条加蓮さん?」
「やっぱ知ってたのか」
「本当に知ってるだけだよ。去年同じクラスだったけど、北条さん学校に来られてなかったから」
それは、北条自身も認めていたことだ。
中学に上がってからは、ほとんどの時間を病院のあの部屋で過ごしていたと。
彼女がどんな気持ちで2年間もの間、入院生活を送っていたのかなんて、もちろん俺なんぞに推し量れるはずもない。
ただ、こうして実際にクラスメイトであったはずの渋谷が、北条の名前しか認識していなかった事実を知ると、ほんの少し胸が痛む。
本来であれば1年間同じクラスで、学校生活を共にして──もしかしたら、二人は友達になれていたのかも知れない。とか、そんなことを考えてしまう。
俺が考えたって、どうしようもない事なのに。
「……んじゃ、俺そろそろ行くよ」
「うん──あ、浮島。ちょっと待ってもらってもいいかな、時間大丈夫?」
「あぁ、時間は問題ないけど」
「待ってて、すぐ戻るから」
言うなりカウンターの奥にある、居住スペースに続いているのだろうドアを開けて行ってしまった渋谷。
おい、この状況でお客さんが来たらどうするんだよ。なんて考えてるうちに。
「お待たせ。はい、これ。持ってって」
差し出されたのは、透明なフィルムでラッピングされた焼き菓子だった。目算で20枚くらいの花を模したクッキーが、黄色のリボンの結ばれた袋に入っている。
「最近、お母さんがクッキー焼くのにハマっててさ。友達にあげる分って持たされたんだよね」
「それ、俺が貰っちゃっていいのか?」
「私がいいって言ったんだから、いいんだよ。浮島とお姉さんと……あと、北条さんの分ってことで。今更かも知れないけど、さ」
渋谷は、どことなく気不味そうに、それでもクッキーを俺の手に持たせた。
今更。と渋谷が言ったのは、きっと去年クラスメイトだった頃に、なにもしなかった自分が、今になってお見舞い品を贈ることへの皮肉なのだろう。
「今更、なんてことはないだろ。きっと北条も喜ぶ」
「そうかな……そうだと、いいんだけど。なんかゴメンね浮島、勝手に間に挟んじゃって」
本当なら直接渡しに行くのが筋だと考えているようで、渋谷は申し訳なさそうに目線を落とした。
そこまで思い悩むことはないと思うが、根が真面目で真摯に考えたからこそ、彼女は罪悪感を抱いたはずで。
だから俺は。
「気にすんなって、クラスメイトだろ? これくらい、それこそ──こどものお使いみたいなもんだ」
今日はこどもの日で、こどもの日なのだから。今日くらいは、こどもっぽい事をしてやろうじゃないか。
茶化すように笑うと、釣られて渋谷も小さく笑う。
「そっか、じゃあ頼んじゃおっかな」
「おう、頼まれた」
■ □ ■
『ノミっているよなあ・・・ちっぽけな虫ケラのノミじゃよ! あの虫は我我巨大で頭のいい人間にところかまわず攻撃を仕掛けて 戦いを挑んでくるなあ!
巨大な敵に立ち向かうノミ・・・これは『勇気』と呼べるだろうかねェ、ノミどものは「勇気」とは呼べんなあ
それではジョジョ!「勇気」とはいったい何か!?
「勇気」とは「怖さ」を知ることッ!「恐怖」を我が物とすることじゃあッ!
人間讃歌は「勇気」の讃歌ッ!! 人間のすばらしさは勇気のすばらしさ!! いくら強くてもこいつら
「きゃー!! ツェペリ男爵カッコいい!!」
「…………」
「なんだこれ」
いや、本当になんだこれ。
どういう状況だ。
病室のドアを開けると、姉と北条がテレビに張り付いていた。
テレビに張り付いて、アニメを見ていた。
まぁ、姉はわかる。姉は結構なアニメ好きだし、俺もその手のBD/DVDを山ほど持ち込んでいるので、姉がこうなってるのはまだ分かる。
しかし北条まで同じように夢中になるとは……かなり真剣な表情で見てるし。
どこか琴線に触れるシーンでもあったのだろうか。
「幸太っ、いいところに来たねぇ〜。ほら、椅子に座った座った」
「待て姉ちゃん、ナチュラルにアニメ鑑賞に混ぜようとするな。挨拶くらいさせてくれ、こんにちは北条」
「ん、こんにちは幸太。今日もおつかれー」
せめて挨拶のときくらいは視線をこちらへ向けて欲しかった。
俺の扱いが雑なのは間違いなく疑いの余地なく、姉の態度を見習っているからだ。おのれバカ姉。
「そう思うならポジション代わってくれ……それ、面白いか?」
俺がテレビの画面を指差し、問いかけると北条はやっぱり真面目な顔で。
「うん、生きるってことの意味を考えさせられるっていうか。見てて熱くなってきちゃう感じ?」
「ふぅん……この間はあぁ言ってたけど、俺からすると北条の方がよっぽど大人に見えるよ」
少なくとも、俺が最初にこのアニメを見たとき、そこまで深い感想は抱けなかった。
「いやぁ、先週の例えが通じなかったのが悔しくってさ。加蓮ちゃんには1部から見てもらってるんだけど、適性があったみたいでなによりだよっ」
「おい最年長」
「一通り終わったら次はどのアニメに行こうかな〜、あえて古典アニメから入るというのも……」
「あー、うん。好きにしてくれ」
見るか否かは北条が決めることだし。
しかしどうだろう、この調子でこのペースだと、一年後にはやたら古いアニメに詳しい北条加蓮が爆誕してしまいそうだ。
それはそれで、怖いもの見たさで見てみたくもあるけれど。
とりあえずは、だ。
「楽しんでるとこ悪いけど、ちょいと一時停止頼む。二人にお届け物を預かってんだ」
「え、私にも?」
「おう、北条にも」
意外そうな顔をする北条。
きっと心当たりがなくて、差出人が分からず、加えて姉と同時にってとこが混乱を深めているに違いない。
俺は鞄からクッキーの入った袋を取り出して、二人に分かるよう掲げて見せる。
「花屋の……えっと、実家の花屋を手伝ってる同級生の渋谷から。北条とは去年クラスメイトだったらしいぞ」
「……そっか」
北条は、そう一言だけ呟いて、一言では言い表せない表情を浮かべクッキーを見つめていた。
彼女が、いったい何を思ったのか。
俺には分からなかった。
ただ、どこか困っているように見てなくもなく。
そんな北条に、俺は上手く言葉をかけられなくて。それを補うように、姉は端的に、それこそが正解なのだと言わんばかりに笑った。
「よかったね、加蓮ちゃん」
「真莉姉さん……」
「気持ちは、なんとなく分かるけど。きっとその渋谷さんも、勇気を出して贈ってくれたんだと思うから」
勇気。
そうだ、本人も迷いはしていたが、最終的に渋谷は俺にクッキーを託した。あの決断には、きっと勇気が必要だったはずだ。
あり得たかも知れない関係を、今日から、ゼロから始める決意を。
「そう、だね。そうだよね。幸太、私の代わりにお礼を言ってもらっても大丈夫?」
「あぁ、お安い御用だ。任せてくれ」
「ありがと。ホントは凄く嬉しいんだけどさ、なんて言うのかな……こういう時に、どう喜べばいいのか思い出せなくって」
多分、これが北条の嘘偽りのない、違えようのない本心だったのだろう。
長期に渡る入院生活で、彼女が失ってしまったものの一つ。
でも、失ったからといって、忘れてしまったからといって、それが永遠に続くわけじゃない。
失ったなら、取り戻せばいい。
忘れたなら、思い出せばいい。
今すぐには難しくても、いずれ時間をかけてゆっくりと、気が済むまで。
「で、幸太。その渋谷さんって子はさ、女の子なの?」
「えっ、うん、まぁそうだけど……」
唐突に聞かれて、俺はそう答えた。
答えてから、しまったと思った。
飢えた獣の目の前に、肉を担いで飛び出してしまった、と。
「へぇ、ふぅーん。私の知らない間に、女の子とクッキー貰うような仲になってたんだ。これは根掘り葉掘り聞かないとだねぇ?」
「待て待て待て、にじり寄って来るんじゃあないっ!! ただのクラスメイトで、よく行く花屋の店員ってだけだよ渋谷は。やれやれ、これだから直ぐに恋愛と結びつけたがる奴は困るぜ」
「スカしてるとこ悪いけど、そっちこそ入院生活長過ぎて恋バナに飢えた人間の貪欲さを舐めてもらっちゃあ困るよ。その証拠にほらッ!! 加蓮ちゃんも興味津々にこっちを見てるっ!!」
ズビシィッ!!
と、姉の人差し指が示した先を見てみれば。体はこちら側へ向けているのに、首だけ横に反らした北条がいた。
いや、誤魔化せると思ったのかそれで、本当に。
「ね、加蓮ちゃんも気になるよねー??」
「そ、そんなんじゃないけど……クッキー貰ったお礼もしたいし、どんな子なのかは気になる、かな」
言いながら、チラッと視線を向けてくる北条。
2対1になった瞬間である。
嘘だろ……嘘だと言ってくれ北条っ。
姉が臨戦態勢になっただけでもシンドイのに、北条までそちらに回ってしまったら打つ手がない。
万事休す。
進退窮まった。
「まずは馴れ初めからいこうか」
「お礼を贈るなら、性格も知っとかないといけないしさ……?」
前門の姉に、後門の北条。
退路を絶たれた俺は、絶体絶命の危機に追い込まれた俺は、活路を見出すべく。
怒られない程度の音量まで絞ると、病室の外へとこう言った。
「た、助けて後藤さん!!」