そういうとこだぞ北条!!   作:パンド

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やりやがったなぁ渋谷っ!!

 

 

「あのさ浮島、ちょっと頼みがあるんだけど」

「渋谷が俺に? 珍しいな」

 

 5月も終わりを迎えようとしていたある日の放課後、終礼が終わるや否や渋谷は俺の席までやって来て、座ったままの俺を見下ろしながら、そう言った。

 まぁ例え俺が立ち上がったところで、渋谷には見下ろされる他ないのだが……いや、人間20歳までは背が伸びると聞く、俺だって後20cmくらい伸びるはずだ。

 しかし、珍しいといえば渋谷と学校でこうして話すこと自体が珍しい気がする。

 暗黙の了解。って程じゃないにせよ、俺と渋谷の会話はほぼ花屋で行われていたから。

 

「今日は友達と遊びに行くから……その、今のうちに預かって欲しくて」

「あー、そういうこと。いいぜ、お安い御用だ」

 

 渋谷は俺の机に一枚の封筒を置く。

 シンプルな白地に若葉色のストライプ模様の封筒であった。

 封筒ということはつまり、まさか中身が空なんてオチはなく、当然のように便箋が入っているわけで。

 便箋、手紙。

 差出人は渋谷で、受取人は誰なのかと言えば。

 

「ありがと、北条さんによろしく言っておいて」

「あいよ、確かに受け取った」

 

 あの日、渋谷からクッキーを受け取った北条は、どんなお礼を返すか散々悩んだ末に、姉のアイデアにより手紙を書くことにした。

 だったら姉と北条の二人がかりで尋問されたあの時間は何だったんだと問いたくなるが、声を大にして抗議したいが、それはさて置き。

 北条は渋谷に、お礼として手紙を書いたのである。

 で、俺は快く配達員を務め、渋谷に北条からの手紙を届けた。

 すると渋谷が返事を書くと言い出したので、俺はそれも同じように配達したのだが……お察しのとおり、それから始まったのは手紙配達の日々だ。

 北条がお手紙を書き、俺が配達し。渋谷が返事を書いたら、俺が届ける。

 ペンフレンドの橋渡しというやつである。

 そんな日々が、ここ一ヶ月ほど続いている。

 いや、まぁ。それが疲れるだとか、そろそろ辞めたいと思っているだとか、嫌になったってわけではない。

 わけではないが、こんな風になるとは思ってもみなかったので、ほんの少しだけ驚いてはいる。

 直接お見舞いに行けばいいのにと俺は思ったけれど、第三者が言うべきことでもないし、二人は今の関係に満足しているようだったので、それでよいのかも知れない。

 

「それとさ、今日は店に……いや、やっぱいいや」

「おいなんだよ、そこまで言われたら気になるじゃんか」

 

 中途半端に話を切り上げて、渋谷は席を離れようとする。

 店に、なんだ。何があるんだ。

 

「そこは、ほら。行ってからのお楽しみってことで」

「余計に気になるんだけど??」

「じゃあ浮島、また明日ね」 

「あっ、おい渋谷!!」

 

 追求の目線と言葉を避けながら、鞄を手に取り友人と合流して、さっさと教室を後にする渋谷。

 マジで帰りやがったよあいつ……え、花屋に行くのが少し怖くなってきたんだけど。

 とはいえ、花を取り替えなければならない日であるのも事実なので、そして今更別の店に行く気にもならないので、結局は行かざるを得ないのだが。

 

「おい、浮島ぁ!! なんだ今のッ!! ま、まさか……ら、」 

「ラブレターとか抜かしやがったら許さんからな」

「んだよ違うのか……」

「つーか人の封筒に食いつくなよ」

 

 あからさまにホッとしやがったな後藤のやつ。

 ご丁寧に渋谷が友達と帰るまで、タイミングを見計らっていたらしい。

 迫りくるスポーツ刈りから封筒を逃がしながら、俺は後藤の胸板に逆水平を入れた。

 

「前に姉ちゃんが入院してるって言ったろ? 同じ部屋に俺らの同学年がいて、そいつと渋谷が手紙のやり取りしてるんだよ。で、俺はその配達員ってわけ」

 

 だからお前が考えてるような話じゃないぞと、俺は後藤に伝えたが、それで止まってくれればと思ったのだが。

 

「……北条か」

「あれ、知ってんの?」

 

 こちらの想像以上に、どこか神妙な声色で後藤は北条のことを口にした。

 

「1年の時に同級生だったんだ。それで、一回だけ学校で会ったんだけど……俺、北条のこと怒らせちゃってさ」

「ふぅん、まぁなんとなく想像はできるけど」

 

 おおかた、いつものテンションで話しかけた後藤を、出会った頃のような感じで北条が撃沈させたのだろう。

 

「なんとなくで想像された……いや、たぶん当たってる。でもそっか、北条と渋谷が……ん? いや待て、浮島お前渋谷に飽き足らず北条とも仲良くしてんの?! ざっけんなよこの役得チビ!!」

「人聞きの悪いこと言うんじゃねえ!! つーか言ってはならんことを言いやがったなスポーツハゲ野郎!!!!」

「これはハゲじゃねえよ!!!!!!」

 

 そこから先はよく覚えてないが、担任の(さえずり)先生が慌てて止めにくるまで後藤と取っ組み合いをしていた気がする。

 違うんですよ囀先生、後藤のやつが俺のことを顕微鏡サイズのマイクロバクテリアって言うから……

 

 

 

 ■ □ ■

 

 

 

「ったた。後藤のやつ思い切り引っ叩きやがってあの野郎……」

 

 少なく見積もっても2倍くらいは叩き返したはずだが、倍返しにしたはずだが、向こうの方が一撃は重いのでダメージ的にイーブンである。

 なので俺は謝らない。

 赤くなった頬を摩りつつ、渋谷のいない店内で今日の花を選ぶ。

 結局、渋谷が言いかけていた話の正体は分からずじまいだ。店には渋谷ではなく、彼女の母親がいて、それ以外はいつも通りである。

 でも……なんというか、変な感じだ。

 渋谷はあぁ見えて、いやご存知の通り面倒見が良いので、ほかに客が入ってない時は花選びを手伝ってくれる。だから、こうして一人で花を選ぶというのは、実のところ久しぶりなのだ。

 別に寂しいとか、そういうわけではないれけど。

 強いていていうなら、渋谷の含蓄がないと、ほんの少し物足りない。

 俺の花選びが難航していると、見かねた渋谷が声をかけてくる。

 そんないつものパターンも、今日はない。

 例えば、こんな風に花を吟味していても──

 

「少年、悩んでいるのかい?」

 

 話しかけてきたのは、同級生の渋谷ではなく、渋い外見のおじさんだった。

 白い生地に青のストライプ模様のシャツ。その上から紺のエプロンを身につけた、顎髭の生えた中年の男性だ。

 ドラマの中でしか見たことのないような、ダンディーな顎髭を整えており、これが世間でいうところのイケオジってやつなのだと俺は理解した。

 

「ははは、急にすまない──君が浮島くんだろう? 話は娘から聞いているよ」

 

 突然の出来事に固まっていると、男性は小さく笑いながら俺に確認をとる。

 うーん、外見を裏切らない深みのある声だ。俺もこんな声が出れば小学生に間違われたりしないのに……いや、羨ましがってる場合じゃない。

 もう察しはついている。

 服装と、セリフと──なにより小さく笑った口元から、俺はこの人が誰であるか気がつくことができた。

 

「えっと、初めまして、浮島幸太です。渋谷のお父さん…….ですよね?」

 

 一応聞いてみると、男性は快活な笑みを浮かべて。

 

「ご名答。私は渋谷涼という、よろしく浮島くん。それにしても、よく分かったね」

「いや、その──口元が、似ていたので」

「なるほど……そうか、口元か」

 

 男性──渋谷涼さんは、これまた面白そうに笑いながら俺に言った。

 

「君は娘のことをよく見ているようだ──付き合っているのかい?」

「んぶふっ!!!!」

 

 あっさりと、世間話みたいな口調で言った。

 

「おや、その反応から察するに違うみたいだね」

「そ、そりゃ違いますよっ。ていうかなんで少し残念そうなんですか……」

 

 世の父親というのは、娘に彼氏ができることを嫌がる風潮にあるものだと、俺は勝手に思っていたのだけれど。そして、それは思い違いでないと考えていたのだけれど、どうも彼は違ったらしい。

 

「娘は……凛は父親の贔屓目を抜きにしても、とても芯のしっかりした子だからね。あの子が交際したいと思えるだけの相手に出会えたのなら、それは私にとっても喜ばしいことなんだよ」

 

 穏やかな口調で、渋谷さんは頷いた。

 なんというか、あの娘にして此の父親ありといった感じである。

 娘への、渋谷へ寄せる全幅の信頼。

 その姿勢の、思考のブレなさは渋谷に通ずるものがあって。

 

「だが、しかしだ。違ったのなら謝るよ、すまない浮島くん、おかしなことを訊いてしまったね」

「い、いえ。少し驚きましたけど、驚いただけなので、気にしてません」

 

 あぁ、この人は渋谷の父親なのだなと。俺は当たり前のことを、当たり前のように思った。

 まぁ彼女の父親にしては、茶目っ気が多い感じではあるけれど。

 

「そうかい? ならせめてのお詫び──いや、娘と仲良くしてくれているお礼に、今日の選花を私に手伝わせて欲しい」

 

 一体全体、渋谷がどこまで俺の話を父親にしていたのかは知らないが、少なくともこの人は俺が『Flower Shop SHIBUYA』に通って、花を選んで買っていることは知っているようだった。

 にしても渋谷め、なにを隠していたのかと思えばこのことか。

 父親がしばらく前に出張から戻ってきたという話は確かに聞いていた。その後の動向については流石に聞き及んでいなかったけれど、きっと渋谷のことだから黙っていた方が面白いと判断したに違いない。

 そういうとこあるからなぁ。

 思い直すと、渋谷は渋谷で悪ノリすることがあった……ばっちり親子だった。

 

「それは……願ってもないお話です。でも、渋谷さんも俺のこと、どうして分かったんですか?」

 

 もしかすると、その辺も渋谷から説明があったのだろうか。

 例えば、その、あくまで例え話であって、彼女がそんな説明をした可能性について言及するだけで、俺が意識してるってわけじゃ全然ないけど、背が低い男子。とか。

 あ、ダメだ。自分で言ってて結構心にきた。

 なんて、俺が一人で勝手にダメージを受けていると。

 自考自爆していると。

 渋谷さんは、ゆったりとした嬉しそうな声色で。

 

「凛が言っていたよ。『うちの制服を着た男子が真剣な顔で花を選んでいたら』それが君だとね」

 

 ……ったく、伝言が曖昧すぎる。

 俺以外の男子がここに来て、真剣に花を選んでいたらどうするつもりだったんだ。

 もしくは、仮に他に誰かがいたとしても、最初に来るのは俺だろうという確信のなせる技か。

 あー、もう。気恥ずかしいこと言ってくれるじゃないか渋谷のやつ。

 思わず、意図せず、グッときてしまった。

 

「そう、ですか……渋谷がそんなことを」

「うん、あとは身長が155cmくらいなら間違いないと──」

「やりやがったなぁ渋谷っ!!」

 

 決めた、あいつにはグーで1発入れよう。

 なぜか堪え損ねたように笑い始めた渋谷さんの渋い声をBGMに、俺はそう決意するのだった。

 

 

 

 

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