そういうとこだぞ北条!!   作:パンド

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趣味:ネイル

 

 

 さて、言動はともかく、渋谷涼さんは単なる甘いマスクの面白おじさんではない。

 渋谷の父親であり『Flower Shop SHIBUYA』の店長、彼女にとっては花の師匠でもある。

 そんな渋谷さんが手伝ってくれたのだから、花選びは難航することなく、難なく終わった。

 花を選んでいる途中に、渋谷とのことを色々と、それこそ根掘り葉掘り、そして花掘り聞かれたけれど、必要経費というやつだろう。

 少なくとも俺には疚しいことなどない。

 渋谷は俺を弟キャラ扱いしてくるたまに愉快なクラスメイトである。

 それだけの話だ。

 あとでいっぺん〆る件については、今はまだ胸の内に秘めておこう。

 まぁ、そんなこんなで、俺は花屋を後にし病院へと向かった。

 いつもの病院の、いつもの病室、409号室へ。

 

「でね、ここはこの公式を当てはめるんだけど、注意しなくちゃいけないのが──」

「あっ、そっか。順番を間違えると不等号が逆になるんだ」

「そゆこと、加蓮ちゃん飲み込みが早いな〜、教え甲斐があるよ──どっかの幸太と違って」

「おいやめろ、弟を名指しで槍玉に挙げるな」

 

 で、いつもの409号室で。

 俺はなぜか、実の姉であるところの浮島真莉に、学力について叩かれていた。

 

「へー、幸太って勉強苦手なんだ。なんか意外」

「べ、別に苦手ってわけじゃない。本番に少し弱いだけだっ」

「そうだよね、その通りだよね。私が付きっきりで教えたのに、しょうもないミスで平均点を下回っただけだもんね。私全然気にしてないけど」

「思いっきり根に持ってんじゃねーか!!」

 

 根に持つどころか、話の枝葉を広げて、会話に花を咲かせてやがるじゃねーか。

 どうしてこんな話題になったんだったかな。

 あぁ、そうだ。

 思い出した。

 確か北条に渋谷から預かっていた手紙を渡したら、そこに6月末の定期考査について書かれていて、それで勉強の話になったんだ。

 おのれ渋谷。俺は義憤を燃やした。

 しかし、まぁ姉は頭がいいし、こうやって北条に教えている様子を見ていると、それに実際に教えられた身としては、姉の家庭教師としての適性の高さに疑いの余地はない。

 そんな姉のマンツーマンを受けながら、模擬試験では悪くない点数を取っておきながら、本番でプレッシャーに負けて平均点を下回った俺にも責任がないわけでもないのだ。

 

「ほら、幸太もノート出す。次はちゃんと点数とってきてよね?」

「うぐっ、分かってるよ……」

「なんかゴメンねー、私は課題だけだからさ」

 

 ぐぬぬ。

 試験を受けに学校へ行くことができない北条は、代わりとなる課題をこなすことでそれらを免除されている。

 しかし本人が望んで免除されているわけではないのに、そこへ言及するわけにもいかず、結果として俺は声にならない歯軋りをするしかなかった。

 

「でも、さっき意外って言ったのは本当だよ? 幸太、こういうの卒なくこなすイメージだったし」

「かなりの緊張しいだからねー、幸太ってば。その辺は私に似てないんだもん」

「仕方ないだろっ、だってさっき解いた問題とか、ミスしてないから気になるじゃんか」

 

 特に数学の文章題とか、答え出したあとに気になって戻って確認したくなるじゃん?

 俺が訴えかけると、姉は真顔で、当たり前のことを言うように。事実、姉にとっては当然のことなのだろう。呆れた声でこんなことを言う。

 

「それを気にし過ぎて時間が足りなくなってちゃ世話ないよ、ある程度は割り切って全体のクオリティ上げなきゃ」

「おっしゃる通りだよチクショウ!!」

「わーお、真莉姉さんマジレスじゃん」

 

 ダメだ今日も味方がいない。

 北条はこういう時、基本的に姉側に立つ。

 元はと言えば姉と北条が仲良くなって、俺は北条からすれば姉のオマケみたいなものなのだから、別におかしな話じゃないのだけれど。

 なんだか、会うたびに距離感が近づいている風に見える二人だ。

 あの3月末からは想像もつかない関係に、彼女達はなったと思う。

 姉に、そして俺にも刺々しい態度を貫いていた北条はもういない。俺が409号室の扉を開けば、姉と北条はそれこそ姉妹のように語らっていて、穏やかな時間が流れている。

 

「んじゃ、数学からでいいのか?」

「そだね、今回の試験範囲的に数学は厚めにやっとかなきゃだし」

「私の課題もそんな感じー」

「そしたらテキストの四十九ページから、これが少しでも幸太の身になることを祈りながら、始めよっか」

「その句読点の間に挟んである一文必要だった??」

 

 願わくば、そんな時間が少しでも長く続けばと、思わずにいられなかった。

 ただし、俺への当て付けは続けなくていい、勉強に身が入らなくなってしまったらどうしてくれる。

 そんなことを心の中でぼやきながら、俺はペンを手に取るのだった。

 

 

 

 ■ □ ■

 

 

 

「そういえばさ、真莉姉さんはネイルってしたことある?」

 

 勉強会が始まってから2時間。

 そろそろ休憩しようか、と姉がペンを置くと、それを待っていたかのように北条は切り出した。

 ソワソワと、落ち着きのない様子で。

 言おうと思っていたけれど、タイミングを逃して言えていなかった言葉を、ようやっと言えた。 

 そんな感じだ。

 

「あるある、超あるよ。前の病院じゃネイルの名手として名を馳せていたんだから」

 

 尋ねられて、ドヤ顔とともに胸を張る姉から迷台詞が飛び出す。

 ネイルの名手って、微妙に胤を踏んでいるのが小癪だ。

 だいたい……馳せていたか?

 姉があの病院で打ち立てた、様々な記録を頭の中で総当たりする。

 どちらかと言えば、馳せていたのは……

 

「ホントっ? じゃあさ……その、私に教えて欲しいんだ、ネイルを」

「もちろんだよ〜!! 任せて加蓮ちゃん、ばっちりキメさせてあげちゃう!!」

 

 ほんの少し頬を赤らめて、恥ずかしそうに頼む北条と、頼られたのが嬉しかったらしくはしゃぐ姉。

 一抹の不安を拭えない構図である。

 にしても、ネイルか。

 急にどうしたのだろう。

 考えていて行き当たったのは、俺が届けた渋谷からの手紙だ。

 北条が手紙を読んでいる間、俺と姉は邪魔をしないように洗濯物の回収やら、消耗品の補充やらをして時間を潰すのだが、チラッと彼女の様子を見たときに、北条は左手に手紙を持ちながら右手の甲を眺めていたのだ。

 なるほど、アレは甲ではなく──爪を見ていたのか。

 きっと手紙の中で、渋谷がネイルについて触れていたのだろう。

 そうに違いない。

 なぜなら数日前、ネイルを教師に発見されてやんわりと注意を受けているクラスメイトがいたことを、今更ながらに思い出したからだ。

 まったく、こうなるんだったら、その一幕についても触れておけばよかった。

 これじゃあまるで、伏線の後張りみたいじゃないか。

 

「渋谷から聞いたのか?」

「うん……それに、実は前から興味があってさ」

 

 趣味らしい趣味も、特技らしい特技もない私だけど。

 北条はそう言って、両手の爪を見つめながら、小さく微笑む。

 自暴ではなく、自虐しているわけでもなく──だけど頑張ってみたい。そんな決意を込めているようだった。

 

「いいじゃん、これからたくさん増えていくんだよ。趣味も、特技もね」

 

 なんでもない風に姉は言ったが、その通りだと俺も思った。

 趣味も、特技も。

 これから増えて、増やしていくのだから、それらが無かった過去なんて、一々気にしていたらキリがない。

 そして、北条も同じ気持ちであることは、彼女の目を見れば明らかである。

 

「よーし、始めちゃおっか!! 幸太、下から三段目の箱取って」

「あいよ、てか本当に姉ちゃんがやるのか……」

「なに、文句あるの?」

「あるのは文句じゃなくて不安なんだよなぁ」

「…………??」

 

 会話の意味がピンと来ない様子の北条。

 俺は彼女に真実を告げるべきか悩んだけれど、物事の感じ方は人それぞれで、十人十色だ。

 俺がそう感じたからって、北条も同じ感想を抱くとは限らない。

 だから、最初から決めつけて話すのもよくないだろう。 

 そう考えて、自分を納得させて、あえて口は出さないことにした。

 決して姉の圧力に屈したわけではない。

 いや、でもやっぱり不安だな。姉ちゃん、頭はいいし基本的になんでもできるけど……

 などと俺が考えているうちに、姉は受け取った箱を手に、北条のベッドへ腰掛ける。

 

「加蓮ちゃん、右手出してもらっていいかな? こっちの台に乗せちゃう感じ」

 

 姉に催促され、右手を出す北条。

 その表情はどこか真剣で、強張っているようにも見えた。

 

「う、うん。よろしくお願いします」

「あははっ、緊張しなくても大丈夫だよ〜」

「いや、でも初めてだし……こういうお洒落とか、本当に分からなくて」

 

 髪とかも、結局は真莉姉さんに任せきりだったし。

 と、北条は小さく溢した。

 きっと、それが本音だったのだろう。

 初挑戦への不安。

 今の今まで触れてこなかった、向き合ったことのなかったことへ、正面から取り組むことは誰だって勇気がいる。

 

「それを言うなら、私も加蓮ちゃんみたいな可愛い子にネイルするのは初めてだよ?」

「……真莉姉さんがその台詞を言うのは、初めてじゃない気がする」

 

 ジトッとした北条の言葉は、はたして図星であったのか、姉は返事の代わりにニッコリと微笑んで、ネイル道具の入った箱を開くのだった。

 

 

 

 ■ □ ■

 

 

 

「それで、こうなっちゃったんだ」

「なっちゃいましたね……」

 

 なっちゃったなぁ。

 一通りの事情を聞いて、納得した様子の後藤さんに、俺は呟くように追従した。

 まぁ、俺としては予想の範囲内というか、むしろ予想通りの展開だが。

 なるべくしてなった結果なのだが。

 視線の先では、困った表情の北条が、こんもりと盛り上がった布団に対して話しかけている。

 

「真莉姉さんてば、機嫌治してよ〜」

「……ふんだ」

 

 二十歳の姉がリアルでふんだとか言い始めてしまった。

 これはかなりの重症だ。

 重症というか、重傷だ。 

 姉の負った傷は想像以上に深いらしい。

 

「もういいもん、どうせ私はダサいもん……」

「いやぁ、だから、それは……その」

 

 姉の言葉に、北条は言葉を濁した。

 けれど、それはもはや答えと言って差し支えなく、姉は布団のさらに奥へと潜っていく。

 さて、この光景を見れば、察しの良い人はすでに気がついているだろうけれど。

 改めて説明すると。

 端的に言ってしまうと。

 姉にネイルを施された北条が一言。

 

『えっ、ダサい』

 

 と、言葉を飾らず、歯に衣着せず、オブラートに包まず言ってしまったのだ。

 うん、北条が正しい。

 確かに姉はおおよそ弱点らしい弱点を持たない、ゲームでいうところの壊れキャラであるのだが。

 美的センスが、その……あれだ。

 一般人から、かけ離れている。

 北条に倣い遠慮せずに気を遣わずに言うと。

 そう、致命的にダサい。

 あり得ないレベルでダサい。

 どれくらいダサいかって、姉にベタ甘だった大部屋の患者たちが、揃いに揃って顔を痙攣らせるくらいにはダサい。

 それでも、あの人たちは決して姉には真実を告げようとせず、結果として姉は自分のセンスに自信を持ったままここまで来てしまったのである。

 その結果がこれだと思うと、肉親であるところの俺が、もっと早くに指摘してやるべきだったのかも知れない。

 

「ほらほら、ダメよ真莉ちゃん。加蓮ちゃんのことを困らせちゃ、さっき落とす前に見せてもらった加蓮ちゃんのネイルも……うん、配色とデザインと手順を変えればよくなるわ」

「全否定されたっ!!!!!!」

 

 後藤さんの追撃に耐えかねたらしく、姉は布団から飛び出すと、握った拳をポカポカと後藤へとぶつけ始めた。

 が、哀しかな。

 今の姉に、現役バリバリの看護師である後藤さんを打倒するだけの筋力があるはずもなく、あっという間に両肩を押さえつけられ、ベッドへ寝かしつけられてしまった。

 すると、北条が意外そうな声で。

 

「えっ、てかなに後藤さん、ネイル詳しいの?」

「人並みにはね。本当は人に教えられるほどじゃないんだけど、基礎でよければ教えられると思う」

「やった、ありがとっ」

 

 嬉しそうに北条は声を弾ませる。

 そして後藤さんも、楽しげな北条の返事に頬を緩ませた。

 

「ううん、せっかく加蓮ちゃんが興味を持ってくれたんだもの、これくらいはお安い御用ってね」

「……後藤さん。ホント、ありがとね」

 

 よく分からんが、なんだが若干蚊帳の外だが、どうやら丸くおさまったらしい。

 北条と後藤さんの関係について、俺は深く知らないし、掘り下げようとも思っていない。

 けれど、まぁ、好転している。のだろう。それは見てたら分かることだし、自分の周りの人間関係が良好であることに越したことはないのだから。

 

「……なんか、気がついたら私まで蚊帳の外なんだけど」

「そういうこともあるだろ。今回はそれでいいんだよ」

 

 いつの間にか移動して、隣でぼやく姉に、俺はそう返した。

 そうだ、今回はそれでいいんだ。というより、それがいいんだよ。

 

 

 

 

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