「お、おじゃましまーす」
ドアを開けると、部屋はとても静かだった。
あまりに静かで、ドアの閉まる音すら場違いだと思えるくらいには。
俺が部屋へ踏み入り、足音が鳴っても、なんの返事もない。無反応の無応答だ。
呼ばれて来た身としては、少なからずリアクションがあるものだと思っていので、なんというか拍子抜けである。そこまで広い部屋でもなかったので、お目当てのもの──というか呼び人はすぐに見つかった。
視線の先にはベッドがあって、白いシーツの敷かれたその上に、一人の人間が横たわっている。
性別は女性。
白過ぎる肌は蛍光灯に照らされ際立ち、明るい茶髪が肩口まで伸びていて、毛先には緩いウェーブ。
目蓋はピッタリと閉じており、彼女が眠っていることは誰の目にも明らかだった。
……人のことを呼び出しといて、呑気に寝てくれちゃってまぁ。
「おーい、来たぞー」
「…………」
とりあえず呼びかけてみた。
……返答なし。
俺の声が届いた気配もなく、睫毛の一本も動きやしない。完全に熟睡してるなこれ……仕方ない。
「おいってば」
「…………」
そう言って、ユサユサと軽く肩を揺すってみる。
……またもや返答なし。
普通の人なら目を覚さないまでも、眉間にシワを寄せたり、喉を鳴らしたり、なにかしらの反応を見せてもおかしくないのに、全くの無反応であった。
「…………」
「…………」
無言でもう一度肩を揺する。
仰向けになっていた首が、コテっと横に倒れた。
でもそれ以外は無応答で、無音だ。
俺が黙ると、部屋には最初から誰もいなかったように、ただただ静かだった。
聞こえるのは自分の呼吸音くらいで……あれ? おかしい、それはおかしいぞ。
なにがおかしいって、聞こえる呼吸音が俺のだけだってとこだ。寝てる人間だって呼吸はする、むしろ意識がない分、無意識に規則正しく呼吸をするはずなのに、それらしき音がしない。
これじゃあまるで。
──まるでこの部屋に、呼吸をする人間が俺しかいないみたいじゃないか。
嫌な予感とともに、俺はそいつの胸元を見た。呼吸をしているのなら、肺の運動に合わせて、上下に動いているはずの胸元を。
動いてない。
ピクリともしない。
時が止まってしまったように、その胸は沈黙している。
「……うそ、だろ。なぁ、しっかりしろって!!」
慌てて肩に触れ、声をかけるがやっぱり反応してくれない。
今になって見てみれば、穏やかな顔はこの世に未練のない風に見えなくもなくて。
呼吸が荒くなる。
呼吸をしていない彼女との帳尻を合わせるように、酸素を取り込もうと肺が必死になる。そんなことをしたって、なんの意味もないと分かっていても。
でもなんで、こんな急に。
おかしいだろ、どうして……いや、今は早く助けを呼ばないと。
隠しきれない動揺を押し殺し、俺は助けを呼びに行こうとした。まだ間に合うかもしれない──違う、絶対に間に合わせる。
そう決意して、俺は部屋を出ようとした。
出ようとして、ベッドに向けていた左手を掴まれて思い切りつんのめった。
急なブレーキに旅立とうとする上半身を、気合いでなんとか押さえ込む。
……は? どういうこと?
振り向くと、鳶色の瞳と目があう。
そして、瞳の持ち主は俺に向かってニカっと笑い、屈託のない笑顔で言い放った。
「いぇーい、ドッキリ大成功!!」
ドッキリ、大成功。
投げかけられた、その言葉の意味を咀嚼する。一回噛み締めるたびに、荒れていた呼吸が落ち着いていく。
あぁ、そういうことか。
俺は察した。
つまり、こいつは死んだフリで俺に一杯食わせたわけだ。ご丁寧に呼吸を止めて、気づかれないように文字通り息を殺して。
ははぁーん、そうかそうか。そうやって本気になって慌てた俺を見て、密かにほくそ笑んでいたわけだ。
やってくれたなこのチクショウ。
そして俺は、こんなしょうもないドッキリに付き合わされて怒り心頭の俺は、自由になっている右手で手刀の構えを取り。
「あっ、ちょ──」
問答無用に、その能天気な脳天目がけて振り下ろした。
いや本当、そういうとこだぞ──!!