そういうとこだぞ北条!!   作:パンド

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そういうことかよ渋谷

 

 

 

「起立──礼っ」

 

 日直の号令でクラスメイトが頭を下げる。

 もちろん俺も下げる。

 そして顔を上げると、終礼の済んだ教室はガヤガヤとした喧騒に包まれていた。

 そそくさと帰る者、部活動に向かう者、周りの友達と駄弁る者。

 あとは、掃除当番だけど中々皆が帰らないから待ちぼうけている者──つまりは俺だ。

 中学校3年生の初日は、思っていた以上に普通だった。俺は転校生だけれど、引っ越してきたタイミングがタイミングだ。これが学期途中であればクラスメイトの前で挨拶なんかしていたのかも知れないが、今日は一学期の始まりである。

 同級生が300人近くいる学校で全員の名前を覚えている奴なんていないし、転校生がその中に混じったところで、クラス替えという名のシャッフルが行われた後じゃ大して目立たない。

 別に目立ちたいって願望があったわけではないけれど、劇的な展開を望んでいたわけでもないけれど、まぁこういうもんだよな。

 強いて言うなら、クラスメイトは大抵過去2年間にできた友達や部活仲間との小さなグループに分かれていて、割って入れる隙間を見つけられなかったことくらいか。

 このままだとぼっちルートに入ってしまう。

 いや、どうせ放課後は姉のところに行くので、そんなに友達に飢えてるって話でもないが……うん、寂しくなんてない。

 そう思いながら何気なしにスマホを開くと、メッセージアプリに姉からの連絡が来ていた。

 

『ねぇ幸太、花買ってきてよ。花瓶に入れるやつ』

 

 どうした急に、今までそんなこと言ってこなかったろ……いや、というかだ。

 

『お見舞いに花ってNGなんじゃないの?』

 

 確か花にアレルゲンが含まれている可能性があるとかなんとかで、地元の病院だと禁止になっている──という話を、姉と同じ大部屋に入院していたおっちゃんから聞いたことがある。

 

『今のとこは大丈夫らしいよ、後藤さんが言ってた。あ、後藤さんっていうのは新しい看護師さんね』

『ふーん、そうなんだ。分かった、なんか適当に買ってくよ』

『適当はダメですー、スマホで花のこと調べるのも禁止っ!!』

 

 おいおいハードルを上げるんじゃない。

 しかも俺がやろうとしていたことを的確に潰しやがった、花のこととか全く分からないんだけど。

 

『幸太の想像力に期待します──以上』

 

 以上、じゃないが。

 どうしよう……流石に花屋の場所を調べるのはありだよな? スマホを開いてマップを検索すると、幸いなことに15分ほど歩いた場所に花屋があることが分かった。

 よし、これなら寄れそうだ。

 そろそろ教室も空いてきたし、まずは掃除を済ませるとしよう。

 

「なぁ、えーっと……浮島だっけ? 浮島も掃除当番だったよな」

「ん? あぁ、そうだけど──」

 

 掃除用具の入ったロッカーに近づくと、クラスメイトの一人が声をかけてきた。名前は確か……向こうが覚えているのにこちらが間違えるわけにはいかんと、俺は必死に脳みそから記憶を絞り出す。

 体格が良いスポーツ刈り、身長は177cmはあると見た。羨ましい。

 そうだ、思い出した。

 

「後藤、で合ってるっけ?」

「おう、合ってる合ってる。俺野球部だからさ、早めに終わらせたいんだよなー。浮島はなんか部活やってんの?」

「いや、帰宅部。てか部活なら行ってきてもいいよ、今日は大して汚れてないし」

 

 始業式の今日は授業らしい授業もなく、そういう理由で床には然程ゴミも落ちていないし、なんなら黒板も綺麗だ。

 掃除当番は男女二人ずつの当番制であるが、俺と後藤が今日の担当だったことから分かるように、出席番号順でなく無作為に選ばれている。それはさて置き、このくらいならもう俺一人で片してしまってもいいくらいであるのは事実だ。

 

「マジで?! めっちゃ助かるけどなんか悪いな、今度の給食デザート譲るよ」 

「おう、んじゃそういうことで」

「ありがとな浮島っ、じゃまた明日ー!!」

 

 そう言って、スポーツ刈り野球青年もといクラスメイトの後藤は大手を振って教室を出て行った。

 なんというか爽やかな奴だった、きっと野球部でも人気者なのだろう……にしても後藤か、さっき姉とのやり取りでも出てきた名字だけれど、そこまで珍しい名字でもないから、まさか縁者ってこともあるまい、世間はそこまで狭くないはずだ。

 兎に角、これで入学初日に誰とも話せず終わるなんてオチは回避できたなと安堵して、俺は残りの掃除当番メンバーを確かめようとした。

 

「ありがとー凛!! 今度はこっちが変わるからさっ」

「うん、気にしないで。部活大変だろうし」

「恩に着るよ〜、じゃあね!!」

 

 そして振り向くと、なんだか似たようなやりとりをして、恐らく掃除当番であったのだろう女子が一人、後藤と同じく部活に行くのが見えた。

 残されたのは俺ともう一人、腰あたりまで黒髪を伸ばした背の高い女子──いや本当に高いな、俺が低身長だからそう見えるとかそういう話ではなく、全国平均から見ても高いと思う。名前は……確か、渋谷だったか。そんな名前だった気がする。

 すると渋谷もこちらの様子に気がついたらしく、互いの視線が交差した。そこから数瞬間が空いて。

 

「浮島、だったよね。もしかして、そっちも?」

「あ、あぁ。正直一人でも余裕あるから、渋谷も用事あるなら帰っても……」

 

 構わないぞ。と、言おうとした俺の言葉を遮るように、彼女はロッカーの前まで来て、ドアを開け放ち、気がついた時には箒を手に取っていた。

 

「特に用事もないし、やるよ。浮島は?」

「……いや、俺も特には」

「そっか、なら椅子上げてもらってもいいかな」

「おう、わかった」

 

 なんというか気の強そうな、有無を云わせぬ立ち振る舞いだった。俺はそれ以上なにも言わず、黙々と椅子を机に上げ始める。

 渋谷は俺が椅子を上げた場所から順に床を掃いて、ゴミを教卓付近に集めていく。

 後はバケツに水を汲み、絞った雑巾で机を拭けば終了である。

 どうやら渋谷は作業中に雑談をするタイプではないらしく、俺も似たようなもんだったので、結局俺たちは掃除が終わるまでほぼ一言も交わさず、掃除用具をロッカーに仕舞い終えてしまった。

 最後にドアをしっかり閉め、俺たちは教室を後にした。

 

「お疲れ、また明日ね」

「ああ、お疲れさん。じゃあな」

 

 軽く挨拶をして、下駄箱で別れる。

 そして俺と渋谷は下駄箱で靴を履き替えると、校門を出て、同じように右に曲がった。

 まぁ、右か左かの二択だし、こういうこともあるだろう。

 なので、俺はそこまで疑問に思わず、悔しいことに俺よりも10cmほど背の高い、つまり歩幅も大きい渋谷の後を追うように歩いていく。

 渋谷が右に曲がり、俺も右に曲がる。

 二回くらいならまだあり得るだろう。

 渋谷が左に曲がり、俺も左に曲がる。

 二度あることは三度あると言うし。

 渋谷が交差点を直進し、俺も直進する。

 この辺りで、俺はなんだかおかしいと思い始めた。

 流石に続き過ぎじゃね? と。

 そんなことが5回ほど続いたあたりで、信号に引っかかるたびに隣り合っていた俺たちの間に、微妙な空気が漂い始め──先に声をあげたのは渋谷だった。

 

「家、この辺なの?」

「いや、もうちょい西の方。こっちに来たのは買い物だよ」

 

 すると、渋谷はほんの少し目を細め。

 

「ふーん、用事あったんだ」

「急ぎじゃなかったし、渋谷一人にやらせるわけにもいかないだろ?」

 

 姉には買ってから行くんで遅くなると連絡していたから、掃除に多少の時間を取られたところで、どうってことはない。

 女子に掃除を押しつけて来たなんてバレた日には、それが俺の命日である。

 

「自分は一人でやろうとしてたじゃん」

「いや、まぁ……そうだけどさ」

 

 そう言われてしまうと、反論できない。

 自分はいいのに、他人は駄目というのは、方向性はさて置き、筋が通らない話だ。

 返す言葉を失った俺は、とりあえず会話を続けてみようとして話題を振った。

 

「渋谷はこの辺地元なのか?」

「うん、生まれてからずっとここ。浮島は?」

「地元は埼玉で、先月こっちに越してきたって感じ」

 

 そう返事をすると、渋谷は少し目を見開く。

 

「あれ、じゃあ転校生なんだ」

「まぁ一応。あんま実感ないけどな」

「ふーん。でも確かに、これまで顔見た記憶ないかも」

 

 2年間の体育祭やら文化祭やら、他クラスと関わる機会のある学校行事を振り返ってみても、渋谷の検索に俺の顔と名前はヒットしなかったらしく、彼女は納得するようにそう言った。

 その後も全ての交差点と信号を渋谷と共有した俺は、10分ほど横並びになって歩きつつ、取り止めのない会話を続けているうちに、目的地であるところの花屋を発見した。

 つまりこの奇妙な道中の、終わりが見えてきた。

 俺は隣の渋谷へ、足を止めずに話しかける。

 

「じゃあ渋谷、俺そろそろ店着くから」

「そう、私もそろそろ家だよ」

 

 へー、目的地まで近いとは。

 珍しいこともあるもんだなぁ、と呑気に考えながら、俺は花屋の店先に並んだ鮮やかな花に視線を向けて、店内に入った。

 ダークブラウンの木材を使った棚や装飾、所狭しと並べられた赤橙黄緑青藍紫とカラフルな花々、全体的に落ち着いた雰囲気で、初めて花屋にきた俺は、思わずキョロキョロと店内を見てしまう。

 ──すると、隣にはなぜか渋谷がいた。

 隣の渋谷は、緑色の瞳を開いて、さっきよりも驚いた表情で俺を見ていた。

 一体どうしたんだろう、というよりだ。

 

「あれ、帰るんじゃねえの?」

「今帰ったとこだけど」

「いや、ここ花屋じゃん」

 

 商業施設じゃん。

 そんな俺のツッコミを、さらりと流して、渋谷は足元──花屋の床を指差すと。

 

「だから、ここが私の家なんだって」

 

……そういうことかよ渋谷。

 

 世間は思っていたより狭いようで、今更のように察した俺の頭上で、『Flower Shop SHIBUYA』と印された旗が、風に揺られはためいていた。

 

 

 

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