そういうとこだぞ北条!!   作:パンド

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こんにちは北条さん

 

 

 

 

「お会計2066円になります」

「ちょうどお預かりいたします」

「ありがとうございました」

 

 渋谷はそう言って頭を軽く下げ、お客さんを見送る。

 すげー、ちゃんと接客してる。

 なんか大人っぽいな、敬語だし。

 お見舞い用の花を買いに来たら、そこがクラスメイトの実家だった──なんて珍しい体験をした俺は、出会ったばかりの渋谷の働きっぷりになんとなく感心していた。

 が、肝心の花選びは難航しており。

 

「……駄目だ、ぜんっぜん分からん」

 

 俺は色とりどりの花が陳列された棚の前で、花の匂いに包まれながら、あーでもないこーでもないと、うんうん頭を捻っていた。

 姉の頼みというか要求に従って花を買いに来たはよいものの、お見舞いに持っていく花の良し悪しなんて分からないし、理不尽な命令で文明の利器もといスマホを封じられた俺は、花屋で迷子になっていたのである。

 病室は全体的に白っぽいカラーだったから、強い色が多いと悪目立ちするように思うし、かと言って色が薄いと存在感がないかもだし……さっきからこんな調子の堂々巡りだ。

 姉のことだから花言葉なんかも気にしてくるだろう。自分で調べることを禁じておいて、花言葉を起点に弄ってくるくらい平気でやるのが浮島真莉という人間だと、俺はよーく知っている。

 にしてもスマホで調べるな、とか意味不明な条件を付け加えてきやがってあのバカ姉は……調べられたら、ちゃんとした花を選んでやったのに。

 とりあえず、この黄色い……あータグに名前書いてあるな、黄色い菊なんか綺麗だし控えめでいいんじゃないか。

 

「ねぇ、浮島」

「うおっ、なんだ渋谷か」

 

 俺が菊を片手に悩んでいると、いつの間に近寄っていたのか、白いシャツにエプロン姿の渋谷が話しかけてきた。

 しかし彼女は俺の反応がお気に召さなかったようで、さきほどの立派な接客態度を放り投げたように眉を潜める。

 

「なんだって、なに?」

「うっ、悪い……店番はいいのか?」

「今、浮島しかいないし……なんか、悩んでるみたいだったから」

 

 なるほど、店員として助けに来てくれたらしい。正直、非常に助かるのだが……これはセーフだろうか? 確かスマホで調べることしか禁止されてないし、店員に聞くのはありだと思うけど。

 

「そっか、いや助かる。俺こういうの疎くってさ」

 

 まぁいいや、どっちにしろ断っちゃ声かけてくれた渋谷に悪い。

 

「ふーん、誰かに贈るの?」

「うん、そんなとこ。姉ちゃんに買ってく」

「どういう理由で贈るとか、聞いても大丈夫?」

 

 なんでそんな確認をするのかと思ったが、一応プライバシーだもんな、気遣いが凄い、本当に中3かよ。

 

「お見舞い用だよ。入院中なんだ、姉ちゃん」

 

 自分でもなぜかは分からないけれど、姉のことで気を使われるのがどうも癪に障ってしまうので、俺は努めてなんでもない風に言った。

 

「……そっか、だったら菊は戻したほうがいいかな。仏壇に置く花として定番だから」

「げっ、そうなのか」

 

 あえて菊を持っていくという選択肢もあるけれど、後が怖いし渋谷への説明が難しいので止めておこう。

 

「じゃあ、こっちのチューリップは?」

「花が落ちるのが良くないって理由で避けられがち」

「このスイセンとか」

「匂いが強いからちょっと考えた方がいいかも」

「……ちなみにそこのアジサイは」

「色の褪せ方がダメって意見があるよ」

 

 タブーが、タブーが多い……っ。

 もうどの花を選んでも見舞い用の花には適してないように見えてきた。

 だってこんなの言おうと思えばいくらでも言えるじゃん……

 

「……難しくね? 花選び」

 

 もはや正解が分からず困惑する俺に、渋谷は俺が指さしてきた花達を見つめて。

 

「でも、私が言ったのはあくまで一般論だから。チューリップが好きな人にはチューリップを贈っていいと思うし、なにか思い出の花があるならそれでもいい、大切なのは贈る人と、贈られる人の気持ちだから」

 

 真剣な顔でそんなことを言う彼女の横顔は、なんだかとても凛々しく見えた。

 贈る人と、贈られる人の気持ち、か。

 確かにそうだ。

 誰かのために贈る花なのだから、そうじゃなくっちゃ駄目だ。

 俺は自然に手を伸ばし、一本の花を手に取った。

 

「じゃあ、これにするよ。うん、これ買ってく」

「ふーん、いいんじゃない? お姉さんも喜ぶよ、きっと」

「だといいけど……ありがとな、渋谷」

 

 渋谷が声をかけてくれなかったら、多分まだ悩んでいたし、ここまでハッキリとした気持ちで花を選ぶことは出来なかっただろう。

 そう思うと、お礼の言葉も素直に言うことができる。

 すると、渋谷は小さく笑って。

 

「いいよ。浮島、真剣な顔で選んでたから……結構お姉さんっ子なんだね」

「そこだけは断固拒否する!!!!」

 

 

 

 ■ □ ■

 

 

 

 ドアを開くと、病室はまたもや静かだった。

 まさかと思ってグースカ寝てる姉を見てみるが、今回は普通に息をしていた。どうやら本当に眠っているらしい。

 チラッと横を見てみると、掛け布団の隙間からはボサボサの黒髪がはみ出していた。北条さんも寝てるようだ。

 あれから、つまり渋谷のとこで花を買ってから、俺はいったん帰宅して花瓶やら姉の着替えやらを用意し、1日ぶりにこの部屋を訪れていた。

 まぁ寝ているんなら仕方ない。

 わざわざ起こすのもなんだし、とりあえず用事を済ませて帰るとしよう。あとで起こさなかったことを怒られそうだが、寝てる方が悪いのだ。

 姉が脱いで仕舞っておいた衣服だとかタオルをカゴから回収し、洗濯済みのものをクローゼットに入れていく。

 姉の購読している週刊雑誌を最新号に取り替えて、なぜかこちらも購読している釣り新聞を古い物と入れ替える。本当なんで読んでるんだろ……退院してから買えばいいのに。

 後は暇つぶし用に買ってきたDVDプレイヤーと、よく分からん姉チョイスのディスク群。ゾンビシャークってもう名前からしてB級の薫りしかしないぞ。

 他にもいくつか、姉に頼まれて買ってきたものをベッド周りの棚やらクローゼットに放り込んでいく。

 これだけあれば当分は退屈しないだろう。

 大部屋の頃はひたすら周りの人とくっちゃべっていた姉だけど、北条さん相手じゃそうはならないだろうし。

 最後に、用意した花瓶に水を入れて、選んだ花を差していく。

 最後の一本を差し終えると、俺の選んだ花が、窓際で目立っている様子がなんだか恥ずかしくて、俺はそそくさと帰り支度を済ませた。

 そして、いざ帰ろうとした俺に。

 

「……いつも、こんなことしてるの?」

 

 静かな声だった。

 街中で聞けば、聞き逃してしまいそうな、そんな声。

 しかしここは病室で、ここにいるのは俺を含めて三人で、人間拡声機である姉がこういう声を出すことは天地がひっくり返ってもあり得ない以上、俺に話しかけてきた人物は一人に縛られる。

 振り返ると、そこには案の定、かけ布団から顔を覗かせる北条さんの姿があった。

 

「あー、その……こんにちは、北条さん」

 

 ひとまず、この間は出来なかった挨拶をする。よし、今度は最後まで言えた。

 

「……こんにちは」

 

 意外、なんて言うと失礼かもしれないが、北条さんから挨拶が帰ってきて、俺は少し驚いた。

 この間はマジで人を寄せ付けない雰囲気だったから。

 

「あの、この間はすみませんでした。騒がしくしちゃって」

「……そうだね、この人常に騒がしいし、ずっとくっちゃべってるし」

「すみません、本当うちのバカ姉がすみませんっ」

 

 なにやってんだぁバカ姉!!

 そりゃ北条さんも怒るよ、大部屋と同じノリで絡まれたら誰だってキレるよ、現に北条さん怒ってるよっ。

 

「別にそれは……まぁ、よくないけど。いつもこんなことしてるの? 着替えとか、雑誌とか……花とか」

 

 数十秒前と、同じ質問を繰り返す北条さん。

 こんなこと。というのは、俺が病室でやっていた一連の行動を示していたらしい。見られてたのか。

 

「えっと、はい。なんでこれからも、ちょくちょくお邪魔すると思います」

 

 花に関しては、今回が初めてだけど。

 

「…………そう」

 

 聞いた割に、俺の返事には大した興味もないようで、北条さんは部屋を見渡した。

 正確には、俺が持ち込んだあれやそれらを、見ていた。

 俺が着替えを入れていたクローゼットを見て、雑誌の並んだ棚を見て、机に置かれたDVDプレイヤーを見て。

 最後に窓枠に置かれた花を、眩しいものを見るような目で、俺の勘違いでなければ、だけど──どこか羨ましそうな瞳で、見ていた。

 そんな北条さんが酷く脆そうで、話しかけたら傷つけてしまいそうで、俺は二の句を紡げずにいた。

 北条さんもそれっきりなにも言わず、俺たちの間を沈黙が埋めていき、そして。

 

「あれ、幸太じゃん。来てたんだ、花は?」

「……今だけは姉ちゃんの平常運転が頼もしいよ、花はそっち」

 

 窓を指差し、俺はこちらを見つめてくる姉の視線を誘導する。

 見てみれば、北条さんは関わりたくないと言いたげに、すでに掛け布団を被っていた。

 

「……これ、幸太が選んだの? 本数も?」

「ん? いや、本数は店員さんが考えてくれた」

 

 俺は花を選んだけれど、一本じゃ寂しいかと思ってもう何本か選ぼうとしたのだ。そんな俺に渋谷が「選んであげようか」と言ったので、そこはプロに任せてみたのである。

 

「そっか、店員さんに相談したんだね」

「……なんだよ、それもアウトだってか?」

 

 渋谷が相談に乗ってくれたことを否定されたように思って、口を尖らせてしまう。

 しかし、姉はなぜか嬉しそうに。

 

「ううん、ちゃんと相談できたんだなって。うん、いいチョイスだ!! 褒めて使わそう!!」

「んだよ偉そうに」

「ふふっ、ありがとう幸太。すごく嬉しいよ」

「……おう、どういたしまして」

 

 珍しく真っ直ぐな姉の言葉に、俺は下手な照れ隠しをしてしまった。

 

「四日に一度は新しいの買ってきてね!!」

「初耳なんだが?!」

 

 え、また渋谷のとこ行かなくちゃならんのか。いや別に毎回あそこで買わなくちゃいけないって話でもないんだろうけどさ。

 はしゃぐ姉と、慌てる俺と。

 そんな俺たちを、花瓶に飾られたオレンジの薔薇が9本、静かに見守っていた。

 

 

 




オレンジの薔薇→「絆」
9本の薔薇→ 「いつもあなたを想っています」
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