京都 嵐山 昼
先生「では、早速宿泊研修について説明します。今回の宿泊研修の目的はただ1つ、皆さんの交流を深める事です。仰々しい名前の行事ではありますが、今日と明日の2日間はそういった事を忘れて楽しんでください。これから事前に決めた班で行動し、17時にはホテルまで帰ってきて下さい。では解散!」
千聖「風人くん、来れてよかったわね。」
「......どうしましょう。」
千聖「どうしたの?」
「宿泊研修と聞いたもので....思いっきり教材を持ってきてしまいました。」
千聖「えっ....」
花音「ほ、ほんとに持ってきたの?」
「はい....これ。」
風人くんが背負っていた袋を開き、中身を見せてくる。確かに、今朝チェックした通り、何もいじられていない。
千聖「私が確か行く前にちゃんと荷物は一通りチェックしたはず......おかしいわね....風人くん、事前にしおりは渡したわよね?」
「はい、これですよね?」
千聖「ええ、それよ。それの持ち物欄、ちゃんと見た?」
「勿論です。この通り。」
勿論、必要なものは持ってきている。.....しかも家も一緒に出たのに、一体どのタイミングで....
千聖「尚更分からないわ....一体どのタイミングで教科書が入ってきたの.....」
花音「だ、大丈夫?結構重くない?」
「大丈夫ですよ。この程度なら、幼少期の時に付けていた重しに比べたら全然です。」
花音「良かった....と、ところで風野くん。その、後ろにいる人は....?」
「後ろ....?」
そして、さっきから風人くんの後ろには以下にも使用人のような男性が控えている。この頼りなさのせいでよく忘れているけれど、風野家って格式ある一家なのよね......しかも、日本文化に精通している職人や達人、師範代とは軒並み顔見知り。
緒方「はっ、自己紹介が遅れました。私は緒方宏光、本日の来賓である風野風人様の送迎と身辺警護をしております。」
花音「あ、ど、どうもよろしくお願いします.....使用人って凄いね。」
「本日は何から何まで準備していただきありがとうございます......私は自分で自分の身は守れますので、今は下がって休憩していただいて構いませんよ。」
緒方「しかし.....ご主人様がくれぐれも風野家次期当主様にお手を煩わせるような事が無いようにもてなせと.....」
花音「もてなす、って事は.....風野くん、もしかして泊まる場所一緒じゃないの?」
緒方「はい。宿泊する場所や食事も含めて、本日はこちら側で全て準備しております。」
「.............」
風人くん、絶句。
「どうして、そこまで......」
緒方「ご主人様曰く『あの家のご子息は電子機器を扱うことすらままならない。おそらくだが、宿泊研修の旅行金を払うことが出来ていないであろう。だから我が家から宿泊場所を提供しなければならない』との事です。」
.....忘れていた。風人くんの両親が今海外にいて、しかも振込関連は入学の時だけやっていた。そのせいか、お金は払っていない。.....完全に見落としていた。
千聖「じゃあ、風人くんだけバスに乗らずに送迎車に乗っていたのも....」
緒方「はい、お金を払っていないからと。」
花音「じゃあ、ご飯とかも....」
緒方「別々、になりますね。」
「そ、そんな......」
風人くんが目に見えるくらいに落ち込む。それはそうだ。昨日も『普段のような合同稽古や仕事じゃない用事で京都に行く』とかなり喜んでいた。風野家次期当主とはいえ、風人くんも年頃の男の子。私が外の世界に連れ出して色々としていく内に、興味も湧いてきたのだと思う。
緒方「心中お察し致しますが、風人様。御身はそういう立場にあり、風野家は国も認める日本文化を継承する貴重な家なのです。その当主たるあなたを放ってはおけないのです。」
「....お金払ってないなら、別々なのは仕方ないよ。ところで、肇さんはその、自由時間は別にいいって言ってます?」
緒方「はい。そちらに関しましてはお楽しみくださいとの事です。」
「良かった....それもダメかと思った。」
風人くんの落ち着いた表情を見た後、花音と目が合う。花音もおそらく同じことを思っている。
千聖・花音((絶対、風人(風野)くんに楽しんでもらおう.....!!))
千聖「緒方さん、少しよろしいですか?少し、プランを練っておきたくて....こちらに住んでる方の知見をお借りしたいのですが。」
緒方「はい、お任せ下さい。」
花音「よ、よろしくお願いします!風野くん、ここでちょっとまってて!そこのお店でソフトクリーム食べてていいから。」
「あ、えっと.....」
風野くんに一旦お店にいてもらうよう頼み、緒方さんとテーブルのある所でプランの話し合いをする。
30分後
千聖「行くわよ風人くん。プランは練れたから私たちに付いてきてもらうわ。」
「........」
花音「風野くん、どうしたの?」
「......ソフトクリームって、どれ?」
千聖・花音『.......』
毎度の事ながら、どうしてここまで世間に疎いのかしら.....。火凛さんは一体どんな教育を......
緒方「風人様、こちらがソフトクリームとなっています。」
「あ、ありがとうございます......」
千聖「.......風人くん、食べながらでいいから行きましょう。それ、持ってるところも食べられるから全部食べたらいいわよ。」
「あ、ちょ、ちょっと待って!今食べ終わるから.....」
ソフトクリームのコーンを一気に口に入れ、1回噛んだだけで全部粉々に噛み砕いて飲み込んだ。すごい芸当ね.....
千聖「じゃあ、行きましょ!」
花音「うん、行こう!」
私と花音で両方からがっちりホールドして連れていく。折角楽しむもの。これくらいのスキンシップは許されるわよね。花音もいるのだから、週刊誌とかの目を気にする必要も無いし。
数時間後
千聖「旅行先が嵐山で良かったわ......移動で電車に乗る事がほとんど無くて。」
花音「道が真っ直ぐな所も多いよね。」
緒方(こうは言っていますが、この御二方、恐ろしい程に遠出に向いていない......)
緒方さんがこちらを疲れた目で見ている。言いたいことは分からなくもない。花音は回っている時に何回もはぐれそうになったし、路線の話になった時に私が真反対の方向や方面を話したりした.....おそらくそれね。
緒方「....この際失礼を承知でお伺いしますが、皆様、遠出の経験はどれほどあるのですか?」
「僕は何度も.....国内だけだけどね。」
花音「遠出する事はハロハピに入ってから多いけど.....皆がいるから大丈夫なんです。」
千聖「私も何度も。もちろん時間に余裕を持って出かけてますよ。」
緒方(では何故それで迷うのですか.....)
緒方「回答いただきありがとうございます.....風人様、そろそろ時間です。」
「もう時間か.....もう少し回りたかった。」
緒方「またいらしてください。私用であっても、私を呼んでくだされば喜んで案内しますよ。」
「緒方さん....先に、この2人を集合場所に送ってあげてください。」
緒方「はい、もちろんそのつもりです。皆様を送迎いたします。車は準備出来ていますのでどうぞお乗りください。」
花音「い、良いんですか?」
緒方「はい、もちろん。」
千聖「では、ご厚意に甘えて。ありがとうございます。」
花音「よ、よろしくお願いします。」
緒方「では参りましょう。こちらです。」
その後、緒方さんの運転する送迎車に乗り、集合時間の15分前にホテルに戻ることが出来た。改めて風人くんが普段どんな世界にいるのか思い知らされたわ.....
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九条家 居間
肇「お久しぶりですな、風人殿。また一段と逞しくなられましたな。」
「肇さん、お久しぶりです。そちらもお変わりないようで。」