堕落した人のIS生活   作:番号26

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第22話

「答え合わせは、さっきの疑問に答えて終わりだろう」

 

そう言葉を絞り出す。

 

どうしたことか、彼女の感情がガラリと変わった。

先生と会った時のように全てが一つに向いている訳でもなく、今までのように混沌としているわけでもない。

 

ただ、訳の分からない感情だけがそこに有った。

 

「いいや、終わらない。終わらせない。君がそうであるならば、君は理解することがない。君の心に届かない。それでは意味がない」

 

訳が分からない。何を言っているのかさっぱりだ。

 

「何を言っているんだ」

 

「その発言が答えだよ」

 

「何がしたいんだ」

 

「その発言が答えだよ」

 

「どういうことか全く分からない」

 

「君は感情が分かるだろ。そこから読み取ってみろよ」

 

それはできない。

今の彼女からは、本当に感情が読み取れない。

しかし、それはこの人が篠ノ之束だからだろう。

 

「それは、お前が...」

 

「私が?言っておくけど、今は一つしか出してないからね」

 

どういうことだ。分からない。分からない。分からない。分からない。

 

「...分かってたけど、ほんっとうに重症だね。君」

 

「...それは始めからだ」

 

あの全てを投げ出したくなる感情を抱えている時点で、重症と言っていいだろうに。

今更何を言っているのだろうか。

 

「そっちじゃないよ。もっとありふれているものさ。ありふれて欲しくないものだけど」

 

それ以外。全く心当たりがない。

 

「さて、このままだと埒があかない。さっさと始めようか」

 

「...始めるって、何がだよ」

 

「さっきから何度も言っているし、やってきたじゃないか。答え合わせだよ。私が質問して、君が答える。それだけのものさ」

 

答え合わせ。あれは只の事実確認だった。せいぜい、相手の事を探るだけだった。

俺は必要としたが、篠ノ之束が必要だとは思わない。

俺がやってきたことに価値などないのに、どうしてそれを知ろうとするのか。

 

「何のためにそれをする」

 

 

 

 

「勿論、君のためだよ」

 

 

 

 

「───」

 

声が出なかった。

ついさきほど同じ言葉を言われた筈なのに。それはその言葉とは全く違うように聞こえた。

 

何故だ。今篠ノ之束が出しているその感情が原因か。

 

「じゃあ、一つ目だ。君は、人を救ったことがあるかな?」

 

戸惑いの中放たれた言葉は、酷く単純なものだった。

だからこそ、意図が読めない。

 

「...ああ。何度もやってきたことだ」

 

だから正直に答える。

答えを相手が握っている以上、そうすることしかできない。

 

「どうしてそういうことをしているの?」

 

「不条理が嫌いで、心から幸せそうにしている人を見るのが好きだったから」

 

「救った後はどうしていた?」

 

「ただ離れていった」

 

「何で?」

 

「人は、救われたことに喜びを見いだす。だが、救った人を見ると感情が濁る。そのさまは見たくない」

 

十年前ぐらいからだったろうか。ありがとうという言葉だけで終わらなくなってきたのは。

ただ幸せを享受することが無くなってきたのは。

 

ある人は男なんだから早くしろとがなりたててきた。

ある人は男なんかにと苦渋に満ちた感情を出した。

ある人はまた同じことになると未来に怯えた。

 

負の感情がへばりついている人が多くなった。

それでも幸せは感じていた。

 

その幸せすらもかきけす人も少数だが居た。

 

その人は俺を焦がす感情を抱いた。

それが何だか分かるわけではなかったが、とにかくそういうものだった。

 

そういう人に限って本当に美しいと感じた。

だけど、その美しさは俺に向けられる感情で霞んだ。

 

それは駄目だ。ただ美しいままでいてほしい。俺に感情を向けて、汚れないでほしい。

だから、離れていった。

 

「感情が濁る、ねぇ。例えばこういう感じかな?

 

 

───本当に、ありがとう」

 

 

戦慄。

 

篠ノ之束は、同じ感情を持った。

俺を焦がす、あの感情を。

 

「─どうして分かった」

 

「分かるさ。それぐらいは私でも想像できるものなんだから」

 

それに、さ。

 

言葉が紡がれる。

 

 

 

「これって、君が一番持っている感情じゃないか」

 

 

 

「...それは」

 

「そうだよ、救いたがり。君が持つその感情とこれは同じものだ」

 

いや、違う、違うはずだ。

 

「...正常な人が持っていいものではない」

 

「そんなわけあるかよ。君がちょっと行きすぎているだけで、これは正常な人ほど持ってないといけないものだ」

 

いや、いやいやいや。

 

「そんな訳がない。だって─」

 

「君の知る正常な人がこの感情を行動に移している所を見たことがないって?」

 

「...」

 

 

「やっぱりか。...元凶の私が言うのもなんだけどさ。この狂った世界の正常が正常であるわけないじゃん」

 

 

......ああ、そうだよ、そうだった。

この世界は、狂っていた。始めからそう思っていたではないか。

 

それを自覚したとたん、焦燥は消えた。

本能とも言えるこの感情は、人であるなら持ち得るものだと肯定できるようになった。

 

なるほど。自分を否定しないのは、かように心地よいものだったのか。

今まで異常を正常とし、それに外れていることに苦悩したことに笑えてくる。

 

どんなに取り繕ったとしても、異常は異常でしかない。

 

「視界は晴れたかな」

 

「ばっちりだ。...しかし、何故そうなるかがまだ分からない」

 

「まあ、だろうね。これは前段階に過ぎないし、君の問いの答えでも私が示したいものでもない」

 

これが、前段階。ならば、次はどうなるだろうか。

少なくとも、これ以上のものだろう。

自然と口角が上がる。

これなら、俺の抱えている感情も解決する。そう予感した。

 

「さて、君が私の答え合わせの有用性を理解してくれたところで二つ目だ。...君って、何でこんなことをするの?」

 

「いや、それはさっき答えたじゃないか」

 

「あれだけじゃ無いでしょ。だって、幸せにしている人が好きならそういう人と関わりを持てばいいだけだし、わざわざ嫌いな不条理に関わる必要なんてないじゃん。眼を背ければ無いのと同義だし」

 

「俺が俺だからじゃあ駄目か」

 

「勿論駄目に決まっているよ。それは思考停止でしかない。それの大元となったものを聞きたいんだ」

 

人を救う理由か。あまりにも当たり前すぎて見当がつかない。

 

「見当がつかないって感じだね」

 

「ああ、さっぱりだ」

 

「じゃあ質問を変えよう。─君はどういう状況だったら人を救わないのかな」

 

人を、救わない。そんなことはあり得ない...とは言えないだろう。

多分、どこかでそうしたことも有っただろう。

 

しかし、だ。問題は何処でそうしたのか。それに全く覚えがない。

その理由は確かに持っていたはずだが、何だったろうか。全く思い出せない。

 

それでもこれは、確かに知らなくては行けないものなのだろう。

 

悩んでいると、篠ノ之束の感情が変わる。

とても苦々しい感情だ。どうしたのだろうか。

 

「...ああそうだ。私はもう行かなくちゃならないから、後は自分で解いてね」

 

......え。

 

「...冗談だろ。ここまできてほったらかすのかよ」

 

おい。待ってくれ。やめてくれ。

ここまでやって、希望を見せて。

最後の最後に蜘蛛の糸を離すなよ。

 

「君とは全く関わりのないことのせいで君と二人きりで居るのを誤魔化さなくちゃいけないんだよ。これ以上は大変面倒なことになる。それに、ここまできてじゃなくてここまでしたんだよ」

 

「...何とかならないのか」

 

おい、天災。そんな感情を出しているのに、どうしてそんなこと言えるんだよ。

わが道を進めよ。進んで、答えを示してくれよ。

 

 

 

「ならないね。束さんは忙しいのだ。後はそれさえ解ければ大丈夫だから、ちゃんとやってね」

 

 

 

─────

 

「...ちゃんとやっておきますよ。そんじゃ、頑張ってくださいね」

 

「うん。じゃあねー」

 

ああ、そうだ。この人が今抱えている感情は、がんがらじめになっている人の感情だ。忌々しく思っても逃げられない人の声色だ。

 

...ちくしょう。

俺はそれを無視できるほど鈍感でも気にしないで自分を貫き通せるほど強くもない。

 

内に渦巻く慟哭を表に出さないようにしつつ、何でもないかのように言葉を放った。

 

 

 

 

 

 

 

何処からか出てきた人参の形のロケットに乗って飛んでいった篠ノ之束を見送った後。

 

山田先生と共用の部屋ではなく、反省文を書いていた部屋に戻って床に寝転がる。

 

夜遅いのもあるが、今は人と関わりたくなかった。

 

答え。答え。答え。早く、早く、見つけないと。

焦燥と慟哭の渦に呑み込まれながらも、意識は沈んでいった。




TIPS:口調は人の状態を図る上で重要になる。
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