「オルタ──」
深く、唇が重なり、息が出来なくなる。
喰われそうだ。ここでまた一度、思った。喰われそうなキスだった。朧気に感じた、鋭い歯の鋭い感触のせいだろうか。単に、肩に噛みついたように、噛みつくようなキスだったからか。
この行為の理由を、頭が求める。
魔力供給か、と最初に考えついたが、このタイミングが分からない。
だけれど、他の理由はと考えようとしても、一つとして出てこない。この状況のせいか?
舌を捕らえてきた熱いものは、オルタの舌だ。ひとつの生き物のように動くそれが、口内を蹂躙する。
抵抗、という文字なんて浮かばず、されるがままになっていたら、やがてその行為は終わっていた。
窓にもたれた状態で、顔を捕まえられていて。オルタの顔が、眼前にあった。
頭がまともに動かない。動け。意味が、状況が分からない。
「おまえが傷つくのを見ると、腹が立つ」
自分も噛んできた者が言うには、ひどい矛盾を含む言葉だった。
そんな言葉は出せず、頭の中で思い出したことがあった。いや、重なった言葉が、あった。
──「無闇に傷つくな」
他ならぬ彼が、以前のレイシフト先で言ったこと。
「……なんで。……つ、か、今噛んできたの、そっちだろ」
意味分かんないんだけど。
やっと喋ることができて、言うが、クー・フーリン【オルタ】の方はこちらの戸惑いなど知らないような様子。表情が変わらない。
赤い目が、こちらを見て、彼は口を開く。
熱い呼気が、唇にかかった。触れんばかりの距離で、今すぐにでも、先程のように口に噛みつかれる予感がしそうな距離。
「オレの前に無防備でいるおまえを見ると、噛みつきたくなる」
「……は?」
「おまえが傷つくのが気にくわない。オレだけが、おまえを傷つけてやる。──無防備なおまえが悪い」
──「オレの前で無防備になるな。おまえを差し出すな」
まさか、こういう、ことか。
いや、どういうことだ。
反射的に腑に落ちた気がして、やっぱり意味が分からなくなるという意味不明な状態に陥った。
だが、意味を解きほぐすべく、当人に聞く暇は与えられなかった。
距離が縮まる。
いつの間にか、頭の後ろに回されていた手に、頭を引き寄せられる。
「待っ──」
距離は、ゼロに。
噛みつくように、また、キスをされた。
一旦、一旦とりあえず離れようとついた手は、封じられた。
さすがサーヴァント。容易に手を捕まえられ、片手一つでぴくりとも動かせなくなる。
まるで、辛うじて獣を止めていた鎖が、ちぎれたようだった。
飢えた獣のごとく、何度も、何度も唇を合わせられ、口の中の熱さが増していく。
濡れた音が響き、耳を侵す。
まさか、そういう意味で?
オルタが?
肩の辺りを熱が撫でていって、ビクリと体が跳ねた。
無意識に動かしかけた手は、また動かなかった。これだから、サーヴァントと人間の自力の差は。
熱が触れた箇所が、ひりひりした。傷をつけられたところだ。
じくじくと痛んで、ひりひりとして。熱が触れて、場所を移って、また離れて。
「逃げたいなら、令呪を使え」
低く、濡れた声が、耳元で言う。
「オレはもう止まってやる気はない」
ぞくりと、背筋を、感じたことのない感覚が走った。
*
「……で、令呪使ったから欠けてんのか」
「……そ」と、短く小さく肯定した。
キャスターのクー・フーリンに会った。
クー・フーリン【オルタ】の元から去って、ぶつかったのが彼だった。
無意識に肩の傷を押さえていたらしく、指摘されて離したところを見られてしまって、おまけに欠けた令呪はどうしたのかと問われ、あったばかりのことを話すことになった。
クー・フーリン【オルタ】に令呪を使った。そして、逃げてきた。
「…………冗談抜きで、ライオンとかの肉食獣に照準定められた草食動物ってこんな気持ちかもって思った……」
まじで。
ついでに手当てをしてくれているキャスターのクー・フーリンは、わずかに首を傾げる。
「怖かったってことか?」
「怖かった、って言うか……。恐怖は感じなかったけど、危機感を感じたって言うか……」
「何だそりゃあ」
何だそれはと言われても、そうとしか言いようがない。
びっくりした。びっくりして訳が分からない中ながら、このままだと絶対駄目だと思ったから、最終手段である令呪を使ってしまっていた。
「……とりあえず、令呪戻るまで手袋しておこうかな」
「そうした方がいいな。じゃねえと、気づいた奴には絶対聞かれるぞ」
レイシフトもしていないのに、令呪を使う機会なんてないはずなのだから。
「で、オルタはどうするんだ?」
「……どうしよ?」
「俺に聞かれてもなあ」
「だろうね」
こちら個人のことだ。クー・フーリンはクー・フーリンでも、このクー・フーリンには関係のないこと。
だけれど──
「もっと分かんなくなった」
混乱が収まって、さっき起きたばかりのことを思い出した。言葉、行為、全部。
「どうすればいいのかも、分からなくなった」
欠けた令呪を見下ろして、次いで背後を振り返った。