宵闇が降りてくるなか、辺り一面に虫達の声が鳴り響く。
幻想郷の住民にとっても騒々しいものではあるが、夏の風物詩の1つとして受け入れられていた。
しかしながら、どうした事か所々で虫達の声がぴたりと止んでいく。まるで何かに怯えるかの様に。
フランドールの周りは常に静寂で包まれていた。
夜の森に響くのは、彼女が地を踏み締める音のみである。
博麗神社を発ったフランドールの目的は、迷いの竹林、そして永遠亭であった。
永遠亭に住む何人かは、老いることも死ぬこともない、俗に言う不老不死というものらしい。さらに霊夢の話によると、その不老不死達は肉体が完全に消失する様な事があっても、その魂を存在の起点として好きな場所に肉体を再生出来るというのだ。
どうやらこれは吸血鬼の再生能力とは訳が違うらしい。
妖怪は、人間の様に肉体によってそのものの存在を維持するという訳ではない。故に、人間であれば致命傷である傷であっても、妖怪にはそこまで深刻なものにはなり得ない。傷を癒すことや戦闘によって力を全て使い果たしてしまう事が有れば話は別だが。
そんな妖怪達の中でも吸血鬼の再生能力は群を抜いていた。
頭が吹っ飛ばされない限りは、全身がどんなに酷い有様であっても一晩あればすぐに治る程である。
しかし、そんな吸血鬼であっても完全に肉体が消滅してしまえば、再生など不可能であった。
吸血鬼をも超える存在。
その存在は、フランドールにいくら経てども冷めない興奮を与えたのであった。
「今日はどうも森が静かだと思ったら、あんたが原因だったの」
フランドールを包んでいた静寂が、突如として1人の少女に破られた。
大して驚いた様子も見せず、フランドールは歩みを止める。
どうやらその声は彼女の背後から聞こえるようであった。
「さぁ? 何の事だか分からないけど」
ゆっくりと振り向きながら、フランドールは妖艶な微笑みを見せた。
強者としての余裕というものなのだろう。背後を取られるまで近付かれてなお、彼女は微笑みを崩さなかった。
普通の人間であれば、この夜の闇の為に声を掛けてきた少女が何処に居るかも分からなかっただろうが、フランドールは吸血鬼である。この暗さの中でもその少女の姿を捉えることは容易な事であった。
その少女は少しずつ此方に歩み寄ってきた。
髪はボブカットで鮮やかな黄色、白と黒で構成された洋服を着ている
「気付いてるかどうかはどうでも良いけど、あんたが出してるその妖気、虫達がびびっちゃってるし、私も全然落ち着かないから止めてよ」
その少女が言うには、森が静かな原因がフランドールの妖気にあるということらしい。
身に覚えは無かったが、言われた為に自分の周りを意識してみる。
「あっ」
言われた通りにだだ漏れであった。どうやら、垂れ流し状態で神社から歩いて来てしまったていたらしい。
妖気が溢れ出す程、かつそれに気付かない程にテンションが上がっていた事に自分でも驚く。
自分の変わりようを少し面白く思いながらも、少女の要望通りに妖気を止める。
「あーびっくりした。急にこんなのが来るんだから焦っちゃった。あんた、なんの妖怪?」
「人に名前を聞くときはまず自分からって言うでしょう?」
「あーはいはい、私はルーミア」
ルーミア、そう名乗った少女の周りに突然何も見えない闇が現れ始める。
その闇は、あっという間にルーミアとフランドールの2人を包み込んだ。
「こういう風に私は闇を操れるの。どう? どんなに夜目がきいても、光を一切通さない完全な闇の中なら何も見えないでしょ?」
確かに、吸血鬼であるフランドールでさえもこの闇の中では何も見えなかった。
だか、どうやらそれはルーミアの方も同じらしく全く見当違いの方に話しかけている。
「いいねぇ。これなら完璧に日光を遮れそうだわ。それに涼しそうだし」
「でしょ? でもここは私1人の楽園だから入れてあげないけどね」
日光嫌いの話で盛り上がる2人。
少しばかり話に夢中になっていたが、フランドールはふとまだ自分が名乗っていなかったことに気づく。
「そういえばまだ名乗ってなかったわね。私はフランドール。フランドール・スカーレットよ」
フランドールの名前を聞いたルーミアは少し考えるように沈黙を続けた。
そして、突然何かに気付いたかの様に声を上げる。
「スカーレットって……。あの真っ紅なお屋敷に住んでる……?」
「ええ。その当主が、私の姉のレミリアお姉様よ」
途端に闇が引いていく。
2人の周りにあった闇が完全に無くなり、お互いの顔が見える。
完全な暗闇から露わになったルーミアの顔は少しばかり引き攣っている様に見えた。
無理もないだろう。幻想郷のパワーバランスの一角を成すレミリアは、弱い部類の妖怪にとっては畏怖の対象と言っても過言ではない。
そんなレミリアの妹なのだからとんでもない力を持っている筈である。
ルーミアはフランドールにちょっかいをかけた事を後悔しているようだった。
「ふふっ。別に取って食べたりなんてしないわよ」
「……壊してきそうな感じはするけどね」
「よく分かってるじゃない。今回はハズレだけどね」
ルーミアはフランドールの返答に首を傾げながらも、危害を加えられる事はなさそうである事が分かり、少し安心している様であった。
「さて、そろそろ行くわ。行きたい所があるからね」
そう言うと、フランドールはルーミアを背に再び歩み始める。道草を食ったが、彼女の目的は迷いの竹林にある永遠亭なのだ。
フランドールは、霊夢から貰った地図をもとに迷いの竹林へと向かった。
ルーミアはそんなフランドールの姿を見送った後、そそくさと森の奥へと入っていった。
「……迷った?」
迷いの竹林なるものに辿り着き、かれこれ1時間、フランドールは同じ景色を常に見続けていた。
迷いの竹林は、その名の通り入る者を迷わせる迷宮である。
常に深い霧が立ち込めており、緩やかな傾斜があるために段々と方向感覚が狂っていく。
始めは良かったのだ。初めて見る竹林は中々面白いものであり、暫くの間は同じ景色を歩き続けても飽きる事はなかった。
ただ、流石にこうも長時間同じ景色を見ながら歩き続けるのは苦痛と化してくる。
一度竹林の上空を飛んでみたが、霧が立ち込んでいて何も見えない状況であった。
永遠亭に着くのに1時間も掛かるほどの距離は無い筈ではあったが、どうも辿り着かない。
外に出ようと思っても、同じ光景が常に続くために出口までの道のりが分からないでいた。
辺一面、焼け野原か木っ端微塵にしようかと思い始めた頃に前方から人影が見え始めた。
「こんな時間に肝試しかい? お嬢さん」
此方に近付く人影が段々とはっきり見える様になってくる。
髪は白髪で長く、膝近くまで下ろしており、赤いもんぺの様な物を着ている少女であった。
「変わった羽だなぁ。何の妖怪かは知らんけど此処はまともな奴が来るところじゃないよ。来るのはせいぜい病人か変わり者だけさ」
彼女の言い方は、どうもこの竹林を熟知しているようなものであった。
この竹林に入りながら特に焦った様子もなく、真っ直ぐフランドールに向かって来た事からもその根拠となり得る。
かれこれ1時間も1人で彷徨い続けていたフランドールにとって、この竹林に詳しい人物は有難いものであった。
「なら私は後者になるのかねぇ。だって健康そのものだもの」
「違いないな。それで? 健康そのものなのにこんな所で何やってるの?」
「永遠亭ってのに行きたいのさ。不老不死が見れるって聞いてね」
フランドールの言葉を聞き、白髪の少女は少し驚いた表情をした後に本当に変わってる奴だったと笑い始める。
白髪の少女が一頻り笑い終わり、フランドールへと向き直る。
一方のフランドールは、白髪の少女が笑った理由が未だに分からないでいる。
「わざわざ不老不死を見に来るとか、そんな物好きは殆どいないよ。それに、私もあんたが探してる不老不死ってやつさ」
「え」
フランドールは、まさか自分の目の前にいる少女が会ってみたかった不老不死であることに驚きを隠せなかった。
白髪の少女は、探していた永遠亭の住人なのではないか、そうであればこの竹林について詳しいのにも納得がいく。
そう推測を立てたフランドールは白髪の少女にその事について聞いてみることにした。
「貴方、永遠亭に住んでるの? それだったら辻褄が合いそうだけど」
「まさか。私はここに住む人間だよ」
どうやら違ったようだ。
永遠亭の住人では無いのに不老不死である者がいた事は想定外だったが、この様子だと永遠亭についての道のりも知っている様なので好都合であった。
すると、白髪の少女がフランドールに対して疑問を投げ掛けてくる。
「そういえば、何で不老不死に会いたがってたんだ? 人間が興味を持つのは分かるけど、妖怪は基本不老不死なんぞに会いたがったりしないからな」
当然の疑問であろう。
本来、不老不死は人類の夢として常に追い求められてきた。中国での道教が良い例である。そして現在でも不老不死の夢は潰えてはいない。
一方、妖怪からすると不老不死は邪魔なものでしかない。不老不死であれば妖怪を恐れる必要もなく、かと言って食べられるようなものでは無い。
妖怪にとっては邪魔なものでしかないのにも関わらず、不老不死に会いたがるなど少女には理解が出来ていない様だった。
「そうねぇ、一つ言うとほんとに何をしても死なないのか気になったのよ。私も吸血鬼だからね、再生能力には自信があるのだけどそれでも無限って訳じゃないもの。でも、何をしても死なないのならいくらでも再生出来るって事でしょう? それをこの目で見たかったのよ」
「なるほどねぇ。というかお嬢ちゃんは吸血鬼だったんだ。そういえばあの夜も確か吸血鬼のお嬢ちゃんが来たっけなぁ」
白髪の少女は言うあの夜とは、幻想郷内では永夜異変と呼ばれる異変が起きた後の夜である。
その異変は、事態をよく知らない者達にとってはただの夜が明けないという異変であったらしいが、本来は永遠亭の者達によって月がすり替えられるというものであった。
「それで、私の再生が見たいんだっけか」
白髪の少女は、ふと本来の目的に話題を戻してフランドールに聞く。
「ええ。もちろん」
フランドールの返答を聞いた少女は、突如にやりと笑い彼女を見つめる。
そして少女は、フランドールを煽る様な挑発的な態度を取り始めた。
「なら力尽くでやってみな! 久しぶり暴れてやるよ!」
途端、少女は飛び上がる。
月を背に舞い上がる少女の周りは紅蓮の炎に包まれる。少女の周りの炎は段々と形を作り、いつしか羽と呼べる様なものとなった。その様子はまさしく鳳凰そのものであると言えよう。
大抵はその光景に恐れを成して逃げ出すか、余りの神々しさに感嘆の声を上げて見惚れてしまうかのどちらかであろう。
しかし、フランドールは違った。
絶対的な強者としての余裕は持ち続け、艶やかな微笑みを崩す事は無かった。
「貴方は立場を理解してない。試すのは貴方では無く私の方だってことをね!」
フランドールはそう声を上げると同時に右手を握り締める。
瞬間、鳳凰を纏った少女の体が爆散する。
少女だった肉片は空中で四方八方に散らばり落ちていく。
その様子をフランドールはただ見つめるだけであった。
数分経っても何の変化も無かった。
依然として少女の肉片は地面に転がったままであり、特別何かが起きる事は無かった。
「やっぱり、何をしても死なないなんて事は無かったわね」
1人呟きながら、フランドールの不老不死に対する興味は完全に失われかけていた。
帰る方法聞くの忘れたなどという事を考えながら、フランドールはその場から背を向き歩き始めた。
すると、様々な場所に散りばめられていた肉塊達が一斉に消えていく。
「……なに?」
フランドールが驚き、後ろを振り返ると、少女が爆発した場所に猛々しい炎が咲いていた。
炎は徐々に勢いを弱めていき、同時に炎の中心に人影が形作られていった。
まさかと思ったフランドールはその様子を見続けた。
そうして炎が完全に鎮まった時、炎の中心で燃え続けていた人影は何事も無かったかの様に、地面に降り立った。
「お嬢ちゃん、あんた一体何をしたんだ?」
そうフランドールに尋ねた人物は先程の白髪の少女であった。
「驚いた。壊れても勝手に直るなんて初めてみたわ」
「それはこっちの台詞。急に私の体が爆発したんだもの、何が起きたのか全然わからないよ」
お互い何が起きたのか理解出来ず、暫く2人で見つめ合っていた。
しかし、このままだと埒が開かないと思ったのか、白髪の少女はフランドールに声を掛ける。
「なぁお嬢ちゃん、名前はなんて言うんだ?」
「あら、人に名前を聞く時はって言うでしょう?」
「あー、そんな言葉もあったけな」
少しはがり面倒くさそうに頭を掻きながら、一呼吸置いて少女はフランドールに目を向ける。
「妹紅。私の名前は藤原妹紅だ」
妹紅の口調は結構困ったんですよ。永夜抄とか文花帖ら辺だと結構女の子口調なんだけど、深秘録とか憑依華とかの黄昏フロンティアとの作品だと結構中性的な口調だったんでね。結構迷いました。結局は中性的な方にしたんですけどね。
フランちゃんと妹紅の組み合わせは結構前から考えてました。なんせ何やって死なないもんね。お互い結構好戦的ですし、割と合いそうな気がするんですよ。流行らないかなぁもこフラ。