智霊奇伝は読まなくて良いかもと言いましたが、文花帖などの書籍のネタもちょくちょく入れちゃってます。僕の悪い癖です。
深い霧がかかる竹林。完全な静寂で包まれたそれに2人の少女の姿があった。
「ほれ、ちゃんと先に名乗ってやったんだからお前の名前も聞かせな」
藤原妹紅と名乗った少女は、今度はフランドールに名乗るよう促し始めた。
どうやら彼女は、自らを簡単に殺してみせたフランドールに興味を持ち始めた様であった。
別段断る理由もないためにフランドールも名乗る事にする。
「私はフランドール・スカーレット。そこの紅い屋敷に住んでいるわ」
「あぁ、あの趣味の悪い屋敷か。という事はあの吸血鬼の嬢ちゃんと姉妹かなんかって訳か」
フランドールは、姉や紅魔館の事が思ったよりも知られている事実を少し意外に思った。
今まで外に出ずに過ごしてきたために外の勢力図を知らない事もそうであるが、いつも運命だのどうだの適当な事を言っている姉の事もあるために、紅魔館がそこまで大きな存在であるとは思っていなかったのだ。
しかし、道中で会った闇を使う野良妖怪も姉達の事を知っていた事からも、紅魔館は幻想郷内でもかなりの影響力を持つ存在であるという事が分かった。
あいつも思ったよりやるのね、と少しばかり姉を見直す。
「そういやレミリアとか言ったっけな、あのお嬢ちゃんは」
「そうよ。レミリアお姉様」
あぁ妹か、と納得したような表情であった妹紅だが、ふとフランドールの当初の目的を思い出した。
「そういえば、お前永遠亭に行くんだっけ。案内してやろうか?」
その誘いを聞いたフランドールだったが、当初の目的を思い出すと永遠亭に行く必要が無いことに気付く。
不老不死の存在を確かめる事が目的であった為に、妹紅との一連の出来事でその目的が既に済んでしまったのだ。
永遠亭自体に興味を持っていた訳では無かったので、永遠亭に行く理由はもうない。
フランドールはその事を妹紅に伝える。
「そうかい、じゃあ外まで送ってくよ。どうせ迷ってたんだろうしな」
妹紅の案内を受け、竹林から出ようと歩き始めた所で1人の足音と共に此方に話しかけてくる声が聞こえた。
「あー妹紅……と見ない顔ね」
そう言って此方に歩いてきたのは、笠を被り、背中に大きな籠を背負った少女の姿であった。
「鈴仙ちゃんか。薬売りにしては随分遅い時間じゃないか」
「色々あってねぇ、これじゃお師匠様に怒られちゃうわ」
どうやら2人は知り合いのようである。
また、薬売りの帰りと言う事やこの竹林を迷った様子もなく歩いて来たという事もあり、此方にやってきた少女がこの周辺に住んでいるのは容易に想像できた。
妹紅に関してもこの竹林に住んでいると聞いたので、知り合いなのも住んでいるのが近所だからなのだろう。
「それで、こっちのちっちゃいのは誰? 人間じゃないのは一目で分かるけどさ」
笠を被った少女は、フランドールに目を向けて妹紅に聞き始める。
「フランドール。あの紅い屋敷に住む吸血鬼の妹だってさ」
「へーあそこの吸血鬼のか。妹なんて居たんだ、全然知らなかったわ」
鈴仙と呼ばれた少女は暫くフランドールを見ていたが、段々と眉を顰めていく。
フランドールは、何故そんな表情をされるのか分からないでいたが、特に気にする様子もなく、2人の話を聞き続ける。
「貴方、波長がちょっとおかしい様な……?結構長めかと思ったら実はそうでも無さそうだし……」
笠を被った少女は、フランドールに向かって何やら喋っているようであった。
完全に意味は分からなくても、決して褒めている訳ではない事は理解できる。
「ふふっ、失礼ねぇ。私は至って普通だけれど」
フランドールは、訝しげに思っている少女に微笑む。
失礼のお返しに少し脅かしてやろうと思って、少女の被る笠の『目』に狙いを定め握り潰す。
「うわっ!?」
少女の叫び声と共に笠がバラバラになって弾け飛ぶ。
少女は何が起こったか分からず、辺りを見渡し始めた。
「えっ?何で私の笠が爆発したの?」
「それだ!さっき私を殺したやつ!」
少女が、余計に訳が分からないといった表情で妹紅を見つめる。
妹紅の方は、フランドールが少女の笠を破壊した事に興味津々であるようだった。
妹紅はフランドールに対して、自分を殺した時の事も併せて説明しろと迫る。
フランドールは、いつか天狗が来た時も同じ様な事を聞かれたのを思い出しながら、彼女の質問に答える。
「全ての物には『目』って言う物があってねぇ。そこを潰しちゃえばドーカンと爆発するのよ。え? どうやって目を潰したかって? 私の手の上に既にあったのよ。私の力はあらゆる物の「目」をこの右手の上に存在させるものだもの」
一通り説明し終えたが、2人ともまだ良く分かっていないようであった。
2人は少しの間考えていた様であったが、多少納得したかの様にフランドールに尋ねる。
「簡単に言うと、つまりお前の力は何でも壊せるってことか?」
「そうそう。貴方はあの烏天狗より物分かりが良さそうね」
2人は、フランドールの力を何となくだが理解した事に少し満足していたが、笠を被っていた少女は、思えば自分の笠が壊されたことに気付き、慌てた様な怒った様な表情に変わる。
「あんたの力が分かったのはいいけど、私の笠を壊した事はどうしてくれるのよ!これじゃあ師匠に2倍増しで怒られちゃう!」
「別にそんな怒る程でも無いだろ。また新しいの買えばいいんだよ」
妹紅がその少女を宥めている様であったが、その焦りや怒りは少しも収まりそうに無かった。
すると、突然少女が妹紅とフランドールの腕を掴み、走り出す。
「おいおい、どうしたよ鈴仙ちゃん」
「笠壊した張本人を連れてってお師匠様のお仕置きを回避するの。あんたはその証人」
「だってさフランドール。お前はどうする?」
「人に引っ張られながら移動するのは初めてだからねぇ。せいぜい楽しんでおくわ」
能天気な奴等めと舌打ちをしながらも少女は走る速度を緩めなかった、それどころかどんどんと加速していく。
フランドールは、流れに身を委ねるってのも悪くないと思いながらも目まぐるしく変わる景色を楽しんでいた。
ふと妹紅の方を見てみると、彼女も大して気にしている様子はなく、フランドールと同じように身を任せたままであった。
「へぇ……これが永遠亭ね」
3人は永遠亭と呼ばれる巨大な屋敷の前に立っていた。
どういう訳か屋敷の周辺は霧が晴れており、月明かりが覗いている。
竹林に囲まれ、唯一月明かりが当たるその屋敷は、何処かこの世のものでは無いかのような、そんな幻想的な印象を受ける。
博麗神社にて初の和室を体験したフランドールであったが、この永遠亭の大きさはそれとは比べ物にならない程巨大な物であった為に少しばかり見惚れていた。
「なぁ鈴仙ちゃん、永琳のお仕置きって言ってもそんなにきつい訳じゃないだろ? 落ち着きなって」
「耳を掴まれて振り回されるのが痛くない訳無いじゃない。出来る事なら二度とやられたくないわ」
彼女の意思は固いようで、2人を連れて屋敷の中へと入っていく。
2人は、彼女に付いて永遠亭内を歩いていると、フランドールがある事に気付く。
前を歩く少女の頭には、人間には無い大きな耳が付いていたのだ。
「……兎?」
フランドールがそう呟くと、その呟きを妹紅が拾う。
「そうそう。鈴仙ちゃんは月から来た兎なんだ」
妹紅の話を聞いたフランドールは、いつか姉達が月に行ったという事を思い出した。
姉が向かうくらいなので月には何か面白い物があるという事は想像がついたが、こうして月から来たという少女に実際に会ってみると、姉が月に興味を持った事は何ら不思議では無いことが分かる。月に文明が存在すると知れば気になるのは至極当然の事だ。
そうこうしている間に、目的の部屋に着いたようであった。
兎耳の少女が失礼しますと言って戸を開ける。
開けた部屋の奥には、1人の女性が何かの液体が入った試験管と睨み合いをしていた。
腰まで届く程の長い銀髪を三つ編みで纏めているその女性は、部屋に入ってきた3人に気付くと、試験管を置いて此方に近づいて来る。
「ああ、ウドンゲ。随分遅かったのね。そっちは妹紅と……患者の方?」
「私の笠を勝手にぶっ壊した方です」
私はその証人だってさ、と妹紅が説明を続ける。
「言われてみると確かに笠が無いわね。それで、そこのお嬢さんが貴方の笠を壊したって?」
銀髪の女性がフランドールに視線を移す。
兎耳の少女の苛立ちや不安そうな表情を見るに何かあった事は察している様だが、フランドールが笠を壊したという事については理解が出来ていない様である。
「壊したって言ってもねぇ。この兎が急に失礼な事を言ってくるもんだからちょっと脅かしてやっただけよ。私は至って普通にしてるだけなのにねぇ」
「いまいち何が起きたのかよく分からないけど……そこの鈴仙が、貴方に何かしたっていうのだけは分かったわ」
段々と場の雰囲気が自分に良くない方向に向かっているのを察した兎耳の少女は、一段と焦りを感じている様で、必死で言い訳を考えていた。
私は何もしていないんです、夜遅くなったのも色々ありまして等々。
口は災いの元と言われるものだけあり、言い訳をすればするほど彼女の墓穴は増え続けた。
「遅くなったのはまた別として、患者でもない人を無理矢理連れて来るのは良い事とは言えないわね」
そう言うと、銀髪の女性は少女の兎耳を掴む。
少女は一瞬で顔が青ざめ、涙目になるがその女性は耳を掴むのを止めるどころか、戸を開けて、何処か奥の方へと少女を引き摺って行った。
少女の泣き声だったり呻き声だったりが聞こえていたが、暫くすると聞こえなくなった。
少女の声が聞こえなくなってからおおよそ1分くらいで、先程の女性が此方に戻ってきた。
「悪いわね。私の弟子はまだまだ未熟だから、許してやって頂戴。まぁ、折角来たんだし、お茶でも出すわよ。鈴仙が無理矢理連れてきた償いも兼ねて」
まぁ、貰えるなら貰っておこうとフランドールはその提案を二つ返事で受け入れる。
妹紅の方もフランドールと同意見な様で断る様子は無かった。
妹紅とフランドールは、永遠亭の縁側で月を眺めながら茶を飲んでいた。
フランドールにしては、たまに紅魔館から月を眺める事はあったが、こうして誰かと共に月を眺めることは思い出す限りは無かったと思う。
神社で霊夢達と食事を共にした時もそうであったが、誰かと共に行動するというのはフランドールが思っていたよりも案外悪くないものであった。
人間を襲う妖怪が、人間と仲良く食事をするというのも滑稽な話であったが、ある意味で人間と妖怪が対等なこの幻想郷では、それ程気にするものでもないのだろう。
「あら妹紅。いつの間に来てたの?」
突然、背後から声が掛けられる。
2人が振り向くと、絶世の美女と呼ばれるに相応しい少女の姿があった。
「あっ!輝夜!お前の方こそいつの間に!?」
輝夜と呼ばれた少女は妹紅の隣に座るフランドールに目を向ける。
「あら?見ない顔ね。妹紅のお友達?珍しいわねぇ、妹紅が誰か連れてくるなんて」
「連れてこられたのは合ってるけど、生憎、連れてきたのは貴方の所の兎なのだけれどねぇ」
「じゃあイナバのお友達?」
「寧ろ嫌われてるかも?」
輝夜と言われた少女が言うイナバとは、先程の兎耳の少女である鈴仙・優曇華院・イナバの事であろう。
彼女の名前は、彼女の師匠である八意永琳から聞いたものである。
弟子の非礼の詫びにとお茶を入れてくれた時に、ちょうど良い機会であるからと2人の名前を聞いたのだ。
「そういえば、さっき妹紅が貴方の事を輝夜って呼んでいたけれど、どっかで聞いたことあるような? 何だったけ、竹取物語のかぐや姫とか言ったような?」
いつの日か、いつも通り何もする事が無かったので、図書館に行って適当に本を漁っていた時があった。
その時、気まぐれで手に取った本が恐らく、竹取物語という古い話の本であった事を覚えている。
姉達が月に行っていた時であったので、同じ様に月の話題が出てきたことからも何となく関連付けて覚えていたのであった。
「あぁ、それ私ね」
「……?‥……本人?」
一瞬、その少女が何を言っているか分からなかった。
流石のフランドールでも、本の主人公が目の前に居るなんて状況は、理解が追いつかなかった。
暫くの間考えを巡らせていたフランドールであったが、幻想郷だしそんな事もあるだろうとすぐに受け入れて、冷静になる。
幻想郷だからというのは、これからにおいても役に立ちそうな言葉である予感がした。
「かぐや姫ってことは、貴方はお姫様ってやつ?」
「えぇ、そうよ。私は輝夜、蓬莱山輝夜」
「あら、お姫様からどうもご丁寧に。私はフランドール・スカーレット。そこの紅魔館の吸血鬼よ」
「あそこの紅い屋敷ね。確か前にも行ったことあるわ」
すると突然、妹紅がフランドールと輝夜の話に割って入る。
「おい、輝夜。今日は色々あって消化不良なんだ。ちょっと殺し合いに付き合え」
そう言って彼女は立ち上がり、勢い良く外に飛び出す。
妹紅は、ある程度離れると早く来いだのと色々と騒ぎ始めた。
「そういえば、最近は一切やってなかったわねぇ。まぁ、運動不足は良くないし、仕方がないから付き合ってあげましょうか」
また後でゆっくり話しましょうかとフランドールに微笑みながら輝夜は妹紅のもとへと飛び立っていった。
妹紅と輝夜の2人による、激しい弾幕の嵐が夜空に舞っていた。
永遠亭を照らす2人の光が夜空に咲き乱れる様子を見ると、どうにもこの世のものとは思えないような美しさであった。
フランドールにしてみれば、他人同士の弾幕遊びは初めて見るものであった。
弾幕の美しさをも競う決闘法とされているが、当の本人達はその美しさを中々楽しめるものではない。
かく言うフランドールも例外ではなかった。
弾幕を打ち、避け合うのみに夢中になり、美しさを楽しむほど周りを見る余裕は無かったとフランドールは思う。
こうしてこの弾幕遊びを客観的に見る事は、その美しさを充分堪能出来るものである事にフランドールは気付いた。
「……外を出てから気付かされる事ばっかりねぇ」
1人頬杖をつきながら呟く。
まだ外に出て1日も経っていないというのに、色々な事を体験しすぎた為に、少しばかり疲れを感じるが、別段気にするほどでもなかった。
なんだか外に興味を持たなかった頃よりも、物事を考える時間が増えた様に思える。地下にいた頃の方が時間が沢山あった筈なのに。
自分らしく無いような考えをしている事に気付いたフランドールは少し驚いたが、どうにも面白くなってしまい少しばかり頬が緩む。
今は考えるのはよそうと、フランドールは顔を上げてもう一度弾幕の嵐を見始めた。
学校始まったんで更新ペース落ちそう。
あと元々書くの遅いんで更にやばいです。