「はぁ……爆睡ですねこれは」
視察や取材といった各々の用事を済ませた早苗と文の2人は、神奈子の肩に頭を預けるフランドールの寝顔の覗いていた。
かれこれ数分は頭を乗せられている神奈子であったが、別段悪い気はしない様で満更でも無さそうな顔をしている。
「こういうの見てるとちょっと悪戯したくなっちゃうなぁ」
フランドールの寝顔に目を細めながら早苗は言う。
「あー分かりますねぇ」
如何やら、悪戯心が湧いてくるのは早苗だけではなかった様で文もフランドールを見ながら悪意のある笑みを浮かべている。
一方のフランドールは2人の悪意のこもった視線を受けながらも全く起きる様子は無い。
それがまた2人を悪戯心を助長する結果となってしまい、とうとう早苗が手を出し始めた。
フランドールの頬を軽く指でつつき始める。
起きないことを確認しながらではあるが、その行為は少しずつエスカレートしていく。
頬を軽く揉んだり引っ張ったりと好き放題である。
「ん、んぅ……」
「あ」
暫くの間やられ放題であったフランドールが、突如として寝言と共に身動ぎをしだしたので、2人は焦って手を止める。
2人の間に緊張が走り、その後のフランドールの様子を固唾を飲んで見守る。
「……セーフ、ですかね」
起きる様子もなくまたスヤスヤと寝息を立て始めたの見て、ようやく2人は息をついた。
ただ、2人にとってはこのリスクを負う行為も一興なのである。
より一層火が付いた2人は、先程の行為をまた楽しもうと手を伸ばし始めた。
すると、見かねた神奈子が2人に落ち着く様に諭し始める。
「こら、これ以上は起きちゃうわよ。寝不足らしいんだから寝かせてやりなさい」
「はーい」
2人は仕方なさそうにして、神奈子の言う通りにフランドールを弄る手を止める。
まだ物足りない気分ではあったが、これ以上やって怒られても困るのでここは素直に従う事にした。
「さてと、用事は済んだからそろそろ行こうか。ちょうどお昼ご飯の食べ時でしょう?」
そう言って神奈子は、フランドールを起こさない様にしながらゆっくりと彼女を背負い始める。
「神奈子様、私代わりますよ」
「いいのよこれくらい。あ、でも早苗にはこの吸血鬼の日傘を持ってもらえると助かるわ。下手に力を使って運ぼうとすると起きちゃうかもしれないし」
神奈子の言葉に頷き、早苗は立ててあった日傘を手に取った。
おぶられているフランドールが日の光に当たらない様にして日傘を差す。
ただ、神奈子の進む速さに合わせながら傘を差すというのは思っていたよりも大変であり、早苗の動きは何処かぎこちないものであった。
自分でやってみて初めて分かった事だが、苦を感じるでもなく主人に合わせて動く事の出来る咲夜というのは本当に完璧なのだなと早苗は感じた。
「ん、今日はもういいのかい?」
「ええ、大丈夫そうなのは分かりましたから」
装置内部からひょっこりとにとりが顔を出してきた。
此方の様子を確認しに、作業の手を止めてきた様である。
「あーそれにしても、神様が吸血鬼をおぶってるなんておかしな光景だねぇ……」
「まぁそうなりますよね……」
文もこの光景が面白い物だと考えたのかとにかくシャッターを切っている。
「ほら、あんまりぐすぐずしないの」
「はーい」
3人は河童達に別れを言うと、守矢神社への帰路に向かった。
フランドールは、自らの身体が支えられ、更に浮遊感の様なものを感じた事で意識が覚醒しだした。
「起きちゃった?」
それが自分の直ぐ近くから発せられている声であるのが分かったのは、彼女の意識が完全なものになった頃だった。
「ん……どうして私は貴方に背負われてるのかしら」
「帰る時になっても寝てたからね。こうやって運んであげてるのよ」
「意外だわ。神様なのにわざわざこんな事してくれるなんて」
「そうそう、ちゃんと感謝しなさい」
ほらもう直ぐ着くよと言って神奈子が降下を始めた。
フランドールが下を見ると、もう既に守矢神社の姿が確認でき、次第にそれは大きくなっていく。
離れる気も起きなかったので、フランドールはそのまま背負われる事にした。
初めに神奈子と早苗の2人が、続いて文が神社へと降り立つ。
「さ、到着」
3人共何か起こるわけでもなく無事に守矢神社へと辿り着いた訳だがしかし、ここで一つ問題が起こる。
いつまで経ってもフランドールが神奈子の背中から降りようとしないのだ。
「……まだ降りないの?」
「意外とこの状態が楽であることに気付いてしまったわ」
如何やら、フランドールは自分の足で歩かずに他人に運んで貰う事が存外に楽を出来るという事を知ってしまったらしい。
つまり言うと、神様を顎で使おうとしているのである。
「神様使って楽しようなんて、私が言うのも何だけど随分罰当たりな奴だね」
フランドールに向かって、神奈子の呆れ声が伝えられる。
当のフランドールは全くと言って良いほど、気にしてはいない様子だった。
これ以上は付き合ってられないと、神奈子は抱えていないフランドールの足を離し、強制的に彼女を降ろす。
「あ……折角楽だったのに」
「これ以上やらすか」
降ろされた事に少々残念そうな顔をしながらもフランドールは早苗から渡された日傘を受け取った。
「さ、用事も済んだ事だしこれからどうしようか」
受け取った日傘を差しながら、フランドールは麓の景色を見やる。
妖怪の山を回るという目的も済ませた事だし、最早守矢神社に留まる理由もなかった。
しかし、毎度の事ではあるが次に何処に行こうなど全く決まっていなかったのだ。
「あれ、もう行っちゃうんですか?」
もうお昼時だというのに昼食も取らずに出発の意思を見せたフランドールに対して、早苗は意外そうな顔を向けた。
そんな早苗の問いに対して、フランドールは素直に頷いてみせた。
「えぇ、あんまり長居する気はないしね」
フランドールはそう言うと早苗に向かって微笑みを向けた。
「そっかー、残念だけど気を付けて行ってくださいね」
「うん、ありがとう」
早苗に礼を言い、山を下ろうと境内の外へ歩き出した時、ふと文がこれからも付いてくるのかどうかが気になった。
「ねぇ文、貴方これからも私に付いてくる気?」
突然のフランドールの言葉に、何処か不意を突かれた様な顔を見せた文であったが、少しの間考えてこう言った。
「そーですねぇ、中々にネタが溜まったので戻って記事を作ろうかなと。また密着取材させて下さいね? 凄くネタ探しが捗りますから」
「気が向いたらねぇ」
何処にいてもすぐに見つけちゃいますからねと文はフランドールに向かって真っ直ぐな笑みを見せる。
実際やりかねない所がこの射命丸文という天狗なのだという事は、まだ付き合いの短いフランドールでさえも容易に理解することが出来た。
フランドールはいっその事清々しく感じてしまったので、今度会う時はタダという条件付きではあるが新聞を読んでやるという事を文に伝えたのだった。
そうして早苗と文と神奈子の三人に別れを言うと、フランドールは山道へと向かう階段を下り始めた。
「ねぇ、もう帰っちゃうの?」
フランドールが階段を下っていると、何処からか何者かの気配を感じたので立ち止まると背後から声が聞こえた。
「あぁ、さっきの神社の神様でしょう? 洩矢の方の」
フランドールは後ろを振り返る事なく、いかにも悟っているかの様な微笑みを含めながらこう言った。
「あったりー」
明るい声を周囲に響かせながら、諏訪子はフランドールの前へと躍り出た。
ただの愉しげな雰囲気であったとしたのなら、同年代の少女が遊んでいるだけのように見えただろう。
しかし、諏訪子が纏っていた空気はもの恐ろしげであり、そして何処か悟った様なものを漂わせていた。
「貴方のお陰で早苗が楽しそうにしてたからねえ、お礼と言っちゃあ何だけど、一つ忠告しといてあげるよ」
諏訪子の言葉を聞いたフランドールは、その不穏な空気を読み取って、一瞬顔を顰めたものの直ぐに落ち着きを取り戻してみせた。
そうしてその忠告について訊こうとすると、諏訪子は此方の思考を読んだかのようにしてフランドールの言葉が出るのを遮った。
「まぁまぁ、直ぐに教えてあげるから。それでその忠告ってのはねぇ、貴方、誰かにずっと目をつけられてるよ」
「……目をつけられてる?」
言っている意味がよく分からなかった。
ここまで、何人かの者と会ってきたが別れた後は、文を除いて誰も付いて来ている様子は無かった。それ以外の者の気配だって恐らく無かった筈なのだ。
「分からない? でも何となく感じている筈よ。ほら、本当に小さいけれど妖気を感じるでしょ? まぁ小さすぎて妖気と呼べるかも分からないけどね」
言われた通りに周囲に意識を向けると、諏訪子が言った様にやはりほんの僅かな妖気を感じる事が出来た。
そしてフランドールはある事に気付く。
この妖気、何処かで感じた覚えがあったのだ。それに数回程も。
「これって……」
「気が付いた? とは言ってもやっぱり貴方も感じた事があったんでしょ。ただほんとに僅かな物だし、気配とも呼べる代物でもないからねぇ。今まで意識出来なかったのも無理は無いよ」
これまでの道のりで幾度か感じたこの感覚。
近くにいるだろう弱い妖怪の物であるとばかり思い気にしてはいなかったが、意識してみると、それはそんな物では無いという、何処か核心めいた思いが湧き上がってきた。
「ねぇ、この訳の分からない奴の正体って何?」
諏訪子はフランドールにぶつけられた問い掛けを受け、微笑を浮かべながら可愛らしくもわざとげに後ろに振り返ってみせた。
それがフランドールを焦らす行為であるのは容易に理解出来るものであったが、彼女は怒ることはなく、諏訪子の口からその疑問の答えが発せられるのを待ち続けた。
「鬼だよ」
「鬼?」
フランドールは全く予想していなかった答えが返ってきたので、呆気にとられた様な顔をしてしまった。
「鬼って、あの角が生えてるあの?」
「そう、その中でもこいつは相当強い部類さ」
諏訪子の言葉にフランドールはやはり釈然としないものを覚えたのであった。
鬼とは日本に於ける代表的な妖怪で、自慢の力で傍若無人な行為を繰り返していたというものではなかったのか。
こんな妖気の残滓に近い物が本当に鬼だと言うのか。
そういった思考からは諏訪子の言葉によって抜け出すことが出来た。
「鬼とは言っても、邪なもの全般を鬼と呼ぶみたいな時代もあったらしいけどね。ただ、今私が言ってるのは貴方の想像通りの鬼だよ。今こんな状態なのはそういった能力があるみたいなんだ。なんで姿を見せないかは私にも分からないけどね」
フランドールはここまでの情報を基にして現在に於ける状況を整理する。
詰まるところ、彼女はその鬼に追われているという事なのだ。
何の為にかは分からない。
文のように取材目的であるなら、質が悪いものではあるが理解出来なくもない。
ただ、そうでないのであれば一体何が目的なのだろうか。
此処まで少しの間考えたものの、やはり答えが出ることはなかった。
「まぁ、理由はあんまり興味無いわ。大事なのは私が追われてるっていう事実だしね」
「お、嫌いじゃないよ、そうやってさっぱりしてるの。さて、これで私からのお告げは以上。そろそろお昼ご飯が出来るだろうし、私はもう行くわ」
「えぇ、折角の託神なんだから有効的に使わせてもらうわ」
「そうして貰えると嬉しいよ。あ、たまには遊びに来なよ? 早苗も喜ぶしさ」
そして、じゃあねの一言と共に諏訪子はフランドールの前から去っていった。
フランドールが山を下る頃には、あれだけ高くにあった太陽もかなり落ち、完全に沈むまであと四時間程であった。
吸血鬼の体力は人間とは比べ物にならないほどであり、例え一日中歩いたとしても一切疲れを感じる事は無い。
ただ、歩く速度は人間のそれと一緒である。
いくら吸血鬼であるフランドールでも飛ぶ事をしなかったのならこれ程時間がかかってしまうのも無理は無かった。
「やっと来たかい、待ちくたびれたよ」
山を出て直ぐの場所に、少女が立っているのが見えた。
先程、フランドールに話しかけてきた声は恐らく彼女の物だろう。
「貴方が鬼ってやつ?」
「あれま、バレてたか。そうさ、私は伊吹萃香。あんたの言う鬼ってやつだよ」
萃香と名乗った少女が今までに感じていた妖気の正体であるのは、如何やら間違いない様であった。
その証拠は彼女の持つ妖気の強大さが物語っている。
これ程までの力をあの僅かなものにまで隠せていたのは並大抵の者では無い。
フランドールは、眼前に佇む自分と同じ程の背丈の少女を見てそう感じた。
「それで、私の事をずっと見てたみたいだけどどうしてなのかしら?」
「ん、そりゃあ普段外に出てこない奴がこうも外を出歩く様になったら興味が湧くでしょ」
「そんなもんなのかしら」
「そうそう。ま、あの吸血鬼の妹ってのもあったからかなぁ。あいつ、思ったよりやるから楽しかったしね」
「お姉様の事?」
「そうさ、あいつとやり合った時は中々楽しめたよ。そんでもって妹の方はどうなのかってなった訳」
萃香の言葉を聞いて、フランドールはいつかレミリアから聞かされた話を思い出した。
一時期、かなりの頻度で宴会が開かれていた時期があったのだそうだ。
後にそれは異変であった事が分かるのだが、その主犯が鬼であったのだという。
その時にレミリアも主犯と相対したというのだから恐らくこの萃香という鬼がその主犯なのだろうという事まで理解する事が出来た。
「あぁ、貴方っていつかの異変の時の主犯?」
「おや、其処まで分かってるのか」
「お姉様から話に聞いた事があったからね」
「いいねぇ、物分かりがいい奴は嫌いじゃない。ちょっと付き合ってもらおうか」
フランドールは、唐突な萃香の誘いに意図を掴むことが出来ず、少々困惑した表情になった。
「付き合うって何によ?」
「鬼の用事なんて決まってる。喧嘩か酒さ」
「……それで、私に求めるのはどっちかしら」
「何言ってんだよ、両方さ!」
面倒な妖怪に絡まれてしまった。
フランドールは目の前で不敵な笑みを浮かべる萃香を見ながら、そんな事を思った。
しかし、内側から滾ってくる様な、そんな高揚が自らを包むのに彼女が気付く事はなかった。
おんぶされるふらんちゃんかわいい
萃フラ書きたい