チキン・デビル   作:ムラムリ

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ポケモン小説スクエア、というサイトの2017年の覆面作家企画6に投げたものを改稿したもの。
1日1章で、計4章投稿します。


0.

 ずるずると、青色の竜を引き摺って、前へ進む。

 時は夜。

 僅かな明かりの中、流れ出る血が軌跡を作っている。

 余裕は無い。それが一番手っ取り早い方法だった。

 青色の竜。地中を泳ぎ、仲間を何体も引きずり込んで殺した青色の竜。今は動かない。皆で炎を浴びせて首を抉った。腕を蹴り折り足に爪を突き刺し、口の中に炎を流し込んだ。そして腹を食い破った。

 その死体を引き摺って、強い電気の流れる柵に押し当てた。体に電気は全く走らなかった。

 そして俺ともう数体の仲間が押し当てている間に、他の仲間達がその死体を蹴りつける。

 がしゃん、がしゃん!

 死体越しに柵が強い音を立てる。その内、べり、べり、ばりばりり、と柵が破れる音が聞こえてくる。この先はただの草原だった。自由になれる。この柵さえ破れば。

 希望が湧いて来る。

 でも、時間は無い。俺達が逃げようとしている事なんて、ニンゲン達にはもうとっくに知っているはずだ。

 水に溶けて自在に動き回れる四つ足の監視役を、その水ごと焼き殺してから。

 

**********

 

 監視役を焼き殺したのが全ての始まりだった。

 命を賭けた、失敗したらそれで終わりの脱走。

 最初の柵を、鍵の部分を何度も蹴って壊した。

 異変に気付いたもう一体の四つ足を皆で蹴り殺して。それでも反撃されて、仲間の数体が怪我を負い。

 でも怪我をしたとしても、その先は無かった。動けなくなったら、致命的な怪我を負ってしまったら、もうそこでお終いだった。治せる仲間も道具も何も無い。道具があったとしても、使い方を知らない。

 明かりのついた部屋の中へ踊り込む。焦る声で誰かに連絡を取っていたニンゲンと、護衛の敵が二体。見慣れた二体。いつも俺達を死へと誘った二体。岩の巨体と、青い竜。

 岩の巨体の両手から唐突に岩石が飛んで来て、当たった仲間の体はその瞬間に弾けていた。弾けた血肉が体にびしゃりと跳ね掛かった。とても強い青色の竜が地中へ潜り、泳いで、その地中から唐突に仲間を引きずり込んだ。食い千切る音。疳高い悲鳴。泣き叫び、唐突に尽きる命。

 それでももう、止まる事は許されなかった。

 数は力だった。

 岩の巨体に皆で飛び掛かった。皆で何度も何度も蹴った。とても硬い肉体も、蹴り続ければぼろぼろと崩れていく。暴れられて、壁に仲間が叩きつけられようとも。飛び出す岩石で仲間がぐちゃぐちゃになろうとも。仲間が踏み潰されようとも。その血が俺達に降りかかろうとも。

 地面に仲間が引きずり込まれる、その瞬間に炎を浴びせた。穴の中に炎を流し込んだ。熱さに耐えかねて青い竜が飛び出してくる。その瞬間に回りに群がった。もう何もさせないように。その鋭い爪の生えた腕をべきべきにへし折った。腹に噛みついて食い千切った。脚に俺達の爪を何度も突き刺した。倒れたその口を踏みつけ、鋭い歯を一本残らず踏み折った。そして炎を流し込んだ。首に爪を突き刺した。

 数は力だった。

 けれどその強敵の二体を倒した時、怯えるニンゲンを皆で焼き殺した時にはもう、数は少なくなっていた。

 数は、力だった。

 

 この俺達を育てて食べる為だけ場所から逃げ出す為に、皆で必死に、そしてこっそりと体を鍛えた。

 夜、見回りが居ない時間に蹴りを必死に鍛えた。より熱い炎を出す為に自らの体をも焦がした。爪を鋭くする為に、何度も研いだ。

 鍛えている最中にも仲間は容赦なく連れて行かれ、そして殺されていった。

 青色の竜に無理矢理連れて行かれて。水を操る敵に弱らされて。岩の巨体に締め上げられて。

 それでも俺達は必死に耐えた。自由になる為に、ここから脱出する為に、殺されていく仲間は誰しもが残った皆の為に黙って死んで行った。

 そして、進化したばかりの何も知らない若鶏が新しく入っても来る。

 この先にあるのは死であるという事実を知らないまま、新しく入って来てしまう。

 丁寧に進化するまで育てられたのは、殺される為。食べられる為。

 青い竜が、岩の巨体が、褒美として貰う仲間だった肉体の欠片を貰う時にそれは分かる。目の前で見せ開かすように美味しく食べている時にそれは分かる。

 絶望し、そして俺は決意した。皆も俺に続いた。

 ここから逃げると。

 必死に体を鍛えた。ばれないように。逃げる為に。

 

 もう、その仲間達は少なくなっていた。共に我慢し、体を鍛えた仲間達。闇夜の中で、共に必死に鍛えた仲間達。

 鍵を壊して、仲間達が連れて行かれた場所を通り抜ける。隠しきれない、濃い血の臭い。途中、闇夜の陰にぶらさがっている何かが見えた。吐いた仲間を必死に立ち上がらせて。怪我をした仲間の肩を担いで。

 けれど、外に通じる最後の柵にはとても強い電流が流れていた。炎を浴びせても全く破れる気配が無かった。

 考えている時間は無かった。でも、このままじゃこの柵を壊せなかった。外に出る為の最後の柵を。

 皆は必死に考えた。敵が来る前に。誰かが提案した。死体を使おうと。

 他に考えている時間は無かった。

 もう一度、その濃い血の臭い、仲間達の臭いがする場所を通り抜ける。

 岩の巨体が一番電気を通し辛そうだったけれど、一番重かった。青色の竜なら、引き摺ってなら持っていけそうだった。

 また、その場所を通り抜ける。

 気持ち悪い。

 

**********

 

 俺と仲間数体が青色の竜の死体を抑えながら、それを仲間達が交互に跳んで蹴る。がしゃんがしゃんと音を立てて、暫くするとみしみしという音がする。

 更に暫くすると、べり、べりと破れる音が聞こえて来た。

 体が熱い。それは、とうとう外へ出られるという希望からか。それとも疲れた体が悲鳴を訴えているのか。急がなければという焦りからか。

 それは分からなかった。どれでもあるような気がした。今まで感じた事があるような、無いような、そんな経験の記憶が微妙にあるような感覚だった。

 抑えている間、皆が蹴る度に青色の竜から飛び出した臓腑が俺の顔を叩いていた。

 千切れた臓腑からは、どろどろに溶けたものが出て来ていた。それには仲間の血肉も混じっている。

 吐き気がする。体が熱い。

 そして、唐突に体が前に倒れた。柵がより一層強い音を立てて、千切れた。

「やった!」

「自由だ!」

「生きられる!」

「逃げられる!」

 皆が歓声を上げた。空を自由を飛ぶ鳥のように。俺達に翼が無くとも、ただの羽毛しかなくとも、俺達は自由になれた。

 でもうかうかしてられない。追手が来ているかもしれない。

 皆が外へ飛び出していく。俺も仲間に引っ張られて起き上がり、前を向いた。

 その目の前で、仲間の一体が宙に浮いていた。

「えっ、なにっ、だれか、たすけっ、ぶぇ」

 ぼき、と首が折れる音。宙で、だらりと力を失った、その姿。一瞬遅れて、地面に落ちた。

 もう、びくとも動かなかった。

 黄色い、首長の敵が強烈な明かりを放った。一瞬にして闇夜の中の俺達の姿が露わになる。

 首長の敵の隣には同じく黄色い、頭がでかくて大きな髭を持った、手に金属の何かを持っている敵。

 手を動かしただけでもう一体の仲間が、宙に浮いた。

「やだやだやだやだ助けてええええええあああああああああああああああびゅっ」

 体を捩じ折られて死んだ。また、死んだ。

 皆、一気に散り散りになった。

 それを皮切りに、暗闇から明かりの下へと敵がぞろぞろと出て来た。

 背中に頑強な防御を持ち、肩から筒を生やした青色の巨体。

 その筒から飛び出した強烈な水に仲間が撃ち抜かれて、そのまま遠くの木にまで叩きつけられた。血を吐いて咳き込んで、また血を吐いて倒れた。動かなくなった。

 空から唐突に巨大な鳥が舞い降りて来て、一体を空へ連れ去った。

「あああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 空へ遠ざかる悲鳴。

「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああっ」

 近付いて来る悲鳴。

 どちゃっ。

 地面に叩きつけられて、びく、びく、としか動かなくなった。

 大きな耳と大きな尻尾を持ったとげとげしい紫色の怪獣が、隣を駆け抜けようとした仲間に対して体を回転させた。その太い尻尾に叩きつけられて、仲間は宙を舞った。血を吐きながらぐるんぐるんと。落ちて、動かなくなった。

 逃げようとした俺達を、屠って行く。

 水の勢いで、不思議な力で、筋力で、電撃で、空から落として。容赦なく、一方的に。赤い血が撒き散らされる。

 体が、熱い。助けて。

「やだやだやだやだ」

「どうしてどうしてどうして」

「僕達が何かしたって言うの」

「ああああああああああああああああああ」

 死にたくない。体がどくどくと胸打つ。

 助けて、助けて!

「助けて、誰か、いやだいやだ」

「やめて殺さないで、何でもするから殺さばっ」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 どくどく、どくどくと、段々早くなっていく。仲間が目の前に落ちて来た。

「ひゅっーひゅっー」

 絶望に染まった顔が、空虚な顔が、俺の目の前に投げ出された。

 どこへ逃げようとも、皆殺されていく。

 ただ、安全な場所は一つだけあった。それは、元居た場所だった。そこへと追い詰められていた。そして、敵は容赦なかった。俺達同様に。逃げる事を完全に諦めない限り、容赦なく殺して来た。圧倒的な力で。俺達の努力を、犠牲を踏みにじって。ぐりぐりと踏みにじって。

 でも、それでも。柵の中へは死んでも帰りたくなかった。

 体がとても熱かった。こんな時なのに立ち上がる事さえ辛くなり始めた。

 どくどくと、体がみしみしと音を立て始めた。体を動かす事すらも辛くなっていた。でも、柵の中へは戻りたくなかった。

 そして、同時に思い出した。

 これは……これは、進化だ。

 その瞬間、俺の体がふっと宙に浮いた。鳥に強く掴まれた。痛い。でも、不思議と怖くなかった。

 体が胸打つ。みしみしと音を立てる。時間が緩やかになる感覚がした。

 俺を掴んで宙へ連れ去る鳥からひらひらと羽が散る。それがくっきりと見えた。羽毛の一本一本が。風に揺れる、その全てが。

 風が俺の体を撫でた。俺の体が急激に大きく、より強くなっていた。

 鳥から恐れを感じた。俺はそれを無感情に受け止めていた。太く長くなった腕を伸ばすと、掴まれていた肩を逆に掴めた。

 自然と腕から迸った強烈な炎が、鳥の全身を一瞬にして消し炭にした。悲鳴すら上げさせない、一瞬にして。それは進化前とは比べものにならない火力だった。

 同時に体が一気に落ちていく。風を感じる。地面が急激に近付いて来る。

 けれど、それは恐怖ではなかった。新しい力が今、俺には備わっていた。

 ほんの少し前、ぐちゃりと仲間が墜落したその光景。地面にはその動かなくなった死体がただ、あった。

 その隣に俺は腕と同様に強くなった脚で、完全に衝撃を受け止めて着地した。

 一瞬の静寂が訪れた。

 どさり、と黒焦げになった鳥が続けて落ちて来た。灰を撒き散らして、そしてぼろぼろと崩れた。

 俺は唐突に地面を蹴った。力だけではなく、気も満ち溢れていた。殺意はない。ただ、それは殺したくないとかそういうものではなかった。何でも出来そうな感覚、それが俺を満ち溢れさせていた。

 まず、青色の巨体に一歩、二歩で瞬時に迫る。遥か高くから着地出来る脚力、それは景色が置いて行かれるほどの速さを誇る脚力だった。肩の筒が俺に向けられた。飛んできた強烈な水を屈んで避けた。

 下へ潜り込んで腹を蹴り上げた。硬い。重い。でも構わない。その程度だ。あの岩の巨体よりは遥かに柔らかい。軽い。げぶぅと涎が飛んできた。足を大地にめり込ませ、爪を食いこませた。

 腕にぐ、と力を込めて炎を噴き出させ、腹を殴り上げる。蹴り上げる。更に蹴り上げて、殴り上げた。もっともっと、六、七八九十、そして足と腕に炎を、噴き出させた勢いも加えて膝を突きあげた。

 巨体が浮き上がる。血を吐いていた。閉じていた拳を開く。強靭な指、何でも貫けそうな鋭い爪がそこにはあった。そして何度も叩かれ、脆くなった腹。ぐ、と今度は指に力を入れた。鋭く尖った爪を上に向け。落ちて来るその腹に両手の爪を突き刺した。ぎゅ、と握り締め炎を臓腑へ流し込んだ。

「ガァァァァァッ」

 強烈な悲鳴の後に巨体は膨らみ、そして爆発した。びちゃびちゃと肉片が、血が体に降りかかった。

 振り返ると紫色の尾が迫っていた。血肉を握りしめたまま肘打ちで迎え撃ち、怯んだところを顔面を掴む。にちゃりとした血肉を擦り付けた。

 紫色の怪獣はいつの間にか、俺より小さくなっていた。

 振り解かれようとする前に手を離し、両手でそのでかい耳を掴んで顎を蹴り上げると、耳は引き千切れた。悲鳴、怒声、痛みをこらえて強い殺意で向き直ったその脳天に踵を落とす。脳天が地面に沈む。首に足の爪を食いこませて捻じ折った。

 次の敵へ向きなおろうとした時、唐突に体が動かなくなった。黄色の髭が俺に何かをしていた。

 体が浮き上がって行く。必死で抵抗するその間に、首長の敵が電気を溜めていた。腕から炎を迸らせる。

 ぐ、ぐ、と体を何かの力に抗わせる。動けないほどじゃない。体に力を込める。

 ……間に、合わない。

 どうする、どうしようもない!

「うおおおおおお!」

 電撃を身に受ける事を覚悟しようとしたその瞬間、仲間達がその首長に攻撃を仕掛けていた。放たれた電撃は俺ではなく、仲間達に向けられた。閃光の後、その仲間達が一気に倒れた。少しの間びぐびぐと体が不自然に動いて、そして止まった。

 くそ、くそ! 俺を縛っていた何かの力は、その数瞬に緩んでいた。黄色の髭は首長と仲間達の方に意識を割かれていた。

 俺はその隙に縛りを振り解いた。

 万能感で失せていた殺意が、一気に込み上げた。黄色の髭の慌てた顔。距離は遠くない!

 一足、二足で一気に迫った。距離を取ろうとした黄色の髭も速く、浮いて後ろへ逃げた。ただ、木にぶつかって頭をぶつけた。その顔面に蹴りを叩きこんだ。足の爪で切り裂きながら、突き刺しながら。一度、二度、三度で後ろの木が折れた。髭の大きな頭が、首から離れてぽろりと落ちた。

 残りは首長だけだ!

 けれど、振り返ると既に首長も倒れていた。周りには仲間も、沢山。

 生き残ったのは俺と、たった三体だけだった。

「ひ……」

 後はニンゲンが残っていた。

 その数人のニンゲンも追いかけて、全員殺した。

 そして今度こそ終わった。

 

 脱出は成功したと言えるのか。

 皆、黙っていた。何も口に出せなかった。沢山、沢山死んでしまった。

 ぐちゃぐちゃになって、へし折られて、落とされて、噛み砕かれて。

 途轍もなく辛い気持ちだった。必死に頑張って来たのに。皆、生きようとしてきたのに。

 もうこれ以上沈む事が出来ない程に沈んだ気持ちで、でも、俺は前を向いた。俺ともう三体は、前を向いた。

 生きなくてはいけない。

 僅かでも、自分達は生き残れたのだ。

 だから。皆の思いを無駄にしない為にも、俺達は生きなくてはいけない。そうしなくては、皆の犠牲は何にもならなくなってしまう。

 自由を手に入れたのだ。

 だから。

 俺達は。

 ……俺達は。

 …………何をする?

ワカシャモは

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