空が明るい。雲がゆらゆらと浮かんでいる。
「ねえ、お兄ちゃん」
「なんだ? ミツバ」
ミツバとコテツと、ツメトギ。皆、自分自身で名前を付けた。俺はタイヨウ。そして何故か俺は、その仲間達からお兄ちゃんと呼ばれるようになっていた。
やめろよって何度か言ってもやめる気は無さそうで結局諦めた。
だって、お兄ちゃんが居なければ私達死んでいたもの、とミツバは言っていた。
「私達、いつになったら進化出来るかなあ。お兄ちゃんみたいに早くなりたいよ」
「うーん……分からないなあ。毎日ちゃんと鍛えてるか?」
「うん。昨日はコテツとあのハゲ山まで登ってきたよ」
そう言って、雲が掛かっている高さの近くの山を指さした。
「そうか……。今度は俺も誘えよな」
お前達だけじゃちょっと心配だ、という言葉を飲み込んで俺はそう言った。
結局、俺はお兄ちゃんになっている。
「分かった!」
そう言って、ミツバはツメトギと手合わせを始めた。
足と手を巧みに使って、互いに傷が増えていく。けれど、そこに必死さはもう無かった。
……俺はあの状況だからこそ進化出来たんだろうと思う。けれど、何故俺だけが進化出来たのか。それは分からない。
誰よりも努力していたとか、そんな自覚も無い。あの状況じゃ、手合わせとか派手な事は殆ど出来なかったから、誰が一番強かったか、という事も分からなかった。
ツメトギがミツバを転ばせて爪を突きつけた所で手合わせは終わった。そして休憩を挟んでから、また手合わせが始まる。
暫くしてから俺は聞いた。
「コテツはどうしてるんだ?」
「今日もハゲ山に登って来るってー」
コテツだけだともっと不安だ。
「ちょっと様子見て来る」
そう言って、俺は走った。
崖の僅かな足場に爪を引っ掛けて高く跳ぶ。ひょい、ひょいと鳥が高さを稼ぐよりもより速く。
こつこつと斜面を登るのに、まだ進化前の皆はとても時間を掛けるのだろう。俺はそんな時間を掛けずに、一瞬で崖を跳んで行く。
でも、この脚もこの腕も、まだ足りない。
人やその味方の敵全てと戦うには。俺だけじゃ、あの五体全てを倒せなかった。
仲間達の犠牲が無ければ、俺も皆も死んでいた。
力が、欲しい。もっともっと、もっと強い力が。
頂上まですぐに着いた。手頃な岩があった。
蹴りを叩きこむ。五連で皹が入り、それから強い一撃を入れて一気に破壊した。
片足で六発。一瞬の連撃と、溜めのある蹴り。
これじゃまだ駄目だ。もっと短い時間で……相手が死んだと自覚する間もなく殺せなければ。
俺がこれから何をするべきか。長い時間を掛けて、自由の身で考えた。
そして出た結論は、俺がするべき事は、ニンゲンを殺す事だった。
生きるだけの生活は、森や様々な場所でただ幸せに生を謳歌するだけの生活は、俺にはもう耐えられなかった。寝る度に、時々あの時の光景が夢に出て来る。
俺だけではなく、皆も。ぐちゃぐちゃになった犠牲が。引きずり込まれた犠牲が。食べられた犠牲が。死んで行く、沢山の犠牲が。
その度に目が覚める。やるせなさが、申し訳なさが、恐怖が体に刻まれる。
深呼吸を何度もして、水を飲んで、体を動かして。刻まれる度に、それを受け止めようとする。
これは、ずっと続くのだろう。そんな中で幸せな生を謳歌するなんて、そもそも出来ない。
俺は逃げただけだ。俺達を育てて食べる奴等全てを、殺せてはいない。きっと今もどこかで、俺達を育てて食べる奴等はどこかに居る。
全てを、殺したい。
それが、俺の贖罪であり、生きる理由だ。
その為にも。
「力が、欲しい」
ただ、どうしたら良いのだろう。
悩みながらコテツを探しに行こうとすると、丁度目の先から黄色とオレンジの姿、コテツが見えて来た。
「あ、兄ちゃん。どうしてここに居るの?」
「ああ、コテツか」
ふぅ、ふぅ、と息を上がらせて俺の前まで走って来た。
「お前だけで山登りしたって聞いて、ちょっと心配になったんだよ」
「大丈夫だよ。ここ辺りには……あんな奴等は居ないし…………」
「まあ、な……」
途端に顔が暗くなる。
「でもね、兄ちゃんが守ってくれるよね」
……ああ。お前はもう、戦いたくないんだな。
そんな事を察しながら俺は言う。
「ああ。守ってやるよ」
コテツは進化出来ないだろう。
本気で強くなろうという意志が無い。
俺には、あるだろうか?
この平和な状況で、本気で今も強くなろうとしているだろうか?
していない。俺の中の生きる理由は、贖罪だけじゃない。
皆と生きていく。その、緩やかな理由も混じっている。
それは大切な事だ。とても。
でも俺はそれだけじゃ生きていけない。それも事実だ。
俺は、どうしたら良い?
でも、取り敢えず前を向こう。やれる事をやろう。
とにかく、前を。
夕方までそのハゲ山の頂上でコテツと鍛錬に勤しんだ。素早いキックとパンチの練習。それから口や手から炎を出して、体のエネルギーを使い果たさせる。毎日毎日そうしていれば体も鍛えられるし、より長く、より強く動けるようになる。それはあの場所に居た時から何となく分かっていた事だった。
余り動けなくても足や腕に負担を掛ける姿勢をずっと続けて、そうして鍛えて来た。
疲れ果てた所で持っていた木の実を食べてから、軽く走りながら山を下る。
ひぃ、ひぃ、ふぅ、ふぅ、と息を上げながらも、コテツは俺の後ろを必死について来る。
俺はそこらにあった木の実を跳んで複数捥いだ。
「食うか?」
「いや、帰ってからで、いい」
「分かった」
一旦休み、呼吸が落ち着いてきたところでコテツが話し掛けて来る。
「お兄ちゃんは疲れてないの?」
「疲れてるさ。でも、俺までそんなに疲れたらお前達を守れないだろ?」
「……ありがとう」
俺は、お兄ちゃんになった。それは俺が守りたいからというより、ミツバ、コテツ、ツメトギが俺にそういう役割を求めていたから、と言う方が強かった。
麓まで降りて来て、後もうちょっとだけ走る。ミツバとツメトギが、もう木の実とかを集めて夜飯の支度をしていた。
到着すると、ぜい、ぜい、はぁ、はぁ、と息を切らしながらコテツが地面に転がった。
「お帰り!」
「ただいまー」
「ただ、いま……」
俺も呼吸を整えてから、座った。
ふと、妙な気配を感じて後ろを振り返るとコテツが転がっていて、その先には白い爪を生やした黒い獣が居た。片耳が長く、赤い。
俺が気付いた事に気付くと、すぐに逃げていった。
「コテツ、危なかったぞ」
「えっ、なにっ?」
全く気付いていない、か。
俺は、顔には出さずに落胆していた。
ここでも命のやり取りはある。様々な命のやり取りを見て来たし、俺自身も偶に殺してそれを食べて来た。
でもそれは、あの場所であったような一方的な命のやり取りじゃない。
正しい、と言ったらそれは違うとも思うけれど、少なくともあの場所よりは正しい命のやり取りだ。
俺はそう思う。
ただ、まだその命のやり取りは、あそこを出てから俺以外誰もしていない。
何となくだが、危ない気がする。それは気のせいだろうか?
「ごはん、ごはん」
そう言って、コテツが起き上がって俺の隣に座った。目の前には色とりどりの木の実。
一個、手に取って口に入れた。
瑞々しくて、ちょっと酸っぱい、美味しい木の実。
焼いた方が美味い木の実と、そうじゃない木の実がある。俺の口に合わない木の実でも、他の誰かに合う木の実がある。
そんな事もあの場所では知れない事だった。あの場所で知っていた事なんて数える程しかない。
何もしなかったら死ぬ。飯は日が出て来た時間と日が沈む前に、二度出て来る。
不審な動きをしたら強制的に黙らされる。
その位の事だった。
知れる事は、今は沢山ある。とても沢山。あの時よりとは比べものにならない。多分、知っても知っても知れる事は増えていく。際限なく。
強くなると言う事は知る事だとも思う。それは多分合っている。
俺の贖罪を、殺しをしていくには、もっと様々な敵と立ち向かわなければいけないのだから。無知のまま万能感に酔いしれても勝てはしない事は、もうとっくに分かっている。
先は、遠い。もっと強くならなければいけない。もっと知らなければいけない。もっと、もっと。
俺は、そうしなければいけない。
夜。
皆が眠る前に、また走りに行く。今日は月明かりが良く出ていた。コテツを狙っていた奴の痕跡も何とか目で追えた。
とん、とんっ、と軽く、強く地面を踏みしめて森の中を走る。
一足一足の足跡は深く付くが、音は余り出ない。
余り時間を掛けない内にその獣特有の習性の、岩に刻まれたサインが見つかった。削った痕はまだ真新しい。触れてみればざらついた粉が少し指に付いた。
そして、足跡も見つかった。
息を整えて、足跡の続く方を見た。
……。
強くなろうとしたら木の実だけを食べているより、やっぱり肉を食わなくてはいけない事も段々と分かってきている。木の実よりも肉の方が自分の力になり易い。
そして、やはり肉は美味い。
分かりたくなかった事さえも、分かって来る。色んな肉を俺は食った。不味いものから美味いものまで、腹を壊すものから、眠れなくなる程に力が漲るようなものまで。
……多分、俺達の種族の肉は他の様々な獣達と比べても美味しいんだろう。力も付くのだろう。だからあんな事までして俺達を育てていた。食べる為に。
気持ち悪い。
けれど、この気持ちとはもうずっと、多分俺が死ぬまで付き合っていくしかないものなのだろう、とも分かりつつあった。
そして付き合う為にはやはり、俺は強くならなければいけない。肉を食わなければいけない。
弱者を殺して、食らうのだ。俺達がそうされて来たように。
まあ、死にたくなかったら足掻いて見せろ。そういう事だ。
俺は足掻けた。
歩いて行くと火が見えて来た。
……確か、あの獣は熱いのが苦手だったような。
そう思いながら近付いて行くと、そこにはニンゲンが居た。
ニンゲン。その姿を見るだけで、鮮明になっていくに連れて憎悪がふつふつと湧き上がって来た。俺達を食う為にただただあんな場所を作り上げた奴等。
手に力が籠る。俺の中の炎が抑えられなくなっていく。
そしてまた、ぞくぞくとしたものも込み上がって来た。
ニンゲンを殺せる。
まだ、大勢を相手にして戦えるような力量を俺は持っていない。あの青い竜でも数体までなら同時に相手取れるだろう。でも、人間が沢山住んでいるような場所で暴れ回れるまでには俺は強くない。
それにミツバ、コテツ、ツメトギを置いて遠くにも行けない。
だから、こんな近くでぽつんと居る人間を見つけて嬉しくなってきてもいた。
そう。嬉しい。
まだそれ程強くなくても俺は、この俺という命に染みついた怨嗟を人間に向ってぶちまけられる。
ざむ、と枯葉を踏みしめながら歩いて行く。
ぞくぞくとした気持ちが身体を支配していく。程なくして先に気付いた、その黒い獣が俺を見止めた。その瞬間に、黒い獣は後退った。
いいよお前は。もう、別に。
人間も俺に気付いてボールから獣をボンボンと出してくる。どれもこれも、そう大して強くはなかった。平凡に生きて来た、平凡な獣達だった。
歩いて行く。人間が獣達に何か指示をしているようだったが、どれも動かなかった。
どの獣も足ががくがくと震えていた。目は泳ぎ、俺が近付いて行くに連れて後退って行く。
人間が叫んだ。黒い獣が意を決して跳び掛かって来た。
首を掴んで、そのまま腕の炎で焼き殺す。黒ずみになってぽろぽろと手から落ちていった。
人間が崩れ落ちた。黒ずみになったその塊を虚ろな目で眺めていた。うわ言のように何かをしきりに呟き始めた。
獣達がその主人である人間を捨てて逃げて行った。
人間の言葉は理解出来ない。他の獣達の言葉も。
でも、その姿は見ていて心地良かった。
お前も俺達を食って来たんだろう?
そうして俺達を作って、殺したものを食べてのうのうと生きて来たんだろう?
人間の顔を足の爪で抑えて、踏みつけた。
ぐりぐりと地面に押し付けると、人間は我を思い出したかのように必死に逃げようともがき出した。
その願いを、俺達の願いを、お前等は踏みにじって来ただろう?
じたばた、じたばたとするその体は見ていて心地良かった。そしてまた、こんな弱い人間にあんな目に遭わされていた事にとても腹が立って来た。
足を上げると、怯え切ったその顔が目に入る。そして、一気に踏み潰した。
ぐちゃり、と中身が飛び散る。
腹が立っていたのが一気にすっとしたようで、とても心地が良かった。踏みつける度にすっとする気持ちになる。
ただ、足にこびりついたそれらはどうも汚らしく思えて、また食う気にもなれなかった。
足を自ら燃やして血やら肉やらを焼き流してから、帰る事にした。
ああ、でも、ちょっと腹が減って来たな……。
でもな。
振り返って全身が潰れた人間を見る。
何故か人間を食う気にはなれなかった。
何故だろうか?
高揚から冷め始めた頭で考えれば、意外とすぐに分かった。
俺達を食ったその体を食いたくない。
それは当たり前だ。
唾を吐き捨てて帰る事にした。
腹は多少空いているが、悪い気分じゃない。今日は良く眠れそうだ。
**********
兄ちゃんはとても強い。
夜、洞穴の中で僕達はそんな事を偶に話す。
兄ちゃんが居ない時に限ってだけ。
兄ちゃんは、とても強い。いや、とんでもなく強い。
腕から噴き出る炎も、口から吐き出す炎も、両方とも僕達が出すような赤い炎じゃない。本気を出したらそれよりももっと熱い、青い炎が出る。
それは、同じ炎を扱う僕達でもきっと全く耐えられないような炎。お兄ちゃんが全力を出した炎は、大木をもぼろぼろの燃えカスにしてしまった。その炎を纏ったパンチは、一振りで獣の体なんて貫いてしまいそうな威力があった。
言わずもがな、脚もとんでもなく強い。
岩なんかも簡単に砕いてしまうその脚捌きは目では全く追えない。音がボボボボッて聞こえて、気付いたら岩が弾けている。その脚で崖なんかも簡単に登ってしまうし、全力で走ったら僕達が幾ら追いつこうとしても絶対に追いつけない。
でも、どうしてお兄ちゃんがそんなに強いのか僕達は全く分からなかった。
僕達が進化しても、あんな風にはなれない気がする。いや、なれないとしか思えない。
どうしてお兄ちゃんはあの時、あそこまで戦えたんだろう。どうしてお兄ちゃんは、沢山の敵を皆殺しに出来たんだろう。
あの時のお兄ちゃんはとても、とても格好良かった。もう駄目だと思っていた僕達が、もう死ぬしか無かった僕達が生きていられるのは、間違いなくお兄ちゃんのおかげだ。
でも……でも、ちょっと怖いのもあった。
正直、得体が知れないような怖さも感じる。
自然にお兄ちゃんと呼ぶようになった。それは、お兄ちゃんが頼りになるからだけじゃない。その怖さもあった。
がさがさと、草むらを掻き分ける音が強く聞こえてきた。
わざと強く掻き分けているその音は、お兄ちゃんが帰って来た音だった。
「ただいま」
「おかえりー」
でも、お兄ちゃんはお兄ちゃんだ。
怖さがあっても、お兄ちゃんが居なきゃ僕達は死んでいた。それは事実だし、やっぱり格好良いのも事実だった。
お兄ちゃんみたいにはなれないけれど、お兄ちゃんの事は好きだ。
崖の下、お兄ちゃんが岩壁を蹴り砕いたりして作った広い洞穴の中。
お兄ちゃんは何度か背伸びをして体をぽきぽきと言わせてから、草を集めて作った柔らかい地面の上に座った。
ミツバがその様子を見て、何とはなしに聞いた。
「お兄ちゃん、何か良い事あったの?」
「あ、そんな体に出てたか?」
「うん、ちょっと違った」
お兄ちゃんは片脚を眺めて、ちょっと間を置いてから言った。
「ニンゲンをな、見つけたんだ」
ちょっと躊躇うような言葉遣いだった。
「踏み潰して殺した。それがな、嬉しかったんだ」
洞穴の中、ちょっとした炎の明かりの中で照らされるお兄ちゃんの顔。
お兄ちゃんの目は、口は、笑いを抑えきれないような顔だった。
ちょっと時間が空く。
その間、僕達は何も言えなかった。何も言えないのをお兄ちゃんは分かっていて、続けた。
「最初はコテツ、お前を狙ってた黒い獣を追っていたんだ。そうしたら、その獣はニンゲンと共に居た奴だったんだ」
堰を切るように、お兄ちゃんの口調は段々と速くなっていった。
「ニンゲンを見つけた瞬間、俺の中で何かが湧き上がって来たんだ」
「それはな、嬉しさだったんだ。嬉しくて堪らなかった。こんな人気の無い場所でニンゲンを殺せる事が嬉しくて堪らなかった」
「俺は歩いて行った。先にその黒い獣が気付いた。そしてまた気付いたニンゲンは、一瞬で恐怖して手持ちの獣を全て出して来た」
聞いている僕達も怖くなってくる。けれども、お兄ちゃんから目を離せなかった。
耳は勝手にお兄ちゃんの言葉を拾っていた。
「けれどどれも役に立たない。出た瞬間から皆、俺に怯えていたよ。足をがくがくと震わせて。そこに、俺はゆっくりと歩いて行った」
「それで、ニンゲンが獣達に命令するんだ。でも、全く動けない。段々人間の命令が荒くなっていく。それでも動けない」
「とうとうニンゲンが叫んで、意を決したように黒い獣が跳び掛かって来た。俺はそれを掴んで、焼き殺した。肉体が灰になってぼろぼろと崩れる程に強く、一瞬でな。するともう、他の獣達は逃げてしまう。主人をも放ってな」
「で、そのニンゲンも膝から崩れ落ちて、もうまるで悪夢を見ているようにな、その黒焦げの方をただ虚ろな目で見てぶつぶつ何か呟き続けていてな。その顔面を踏みつけると、我を思い出したかのようにじたばたじたばたと暴れはじめるんだ」
「食ってきた俺達に対して何も出来ない無様な様子が滑稽で滑稽で、溜まらなくてな」
「うん、そうだな、今思い出しても良い気持ちだった。久々にあんな良い気持ちになった。いや、今まで生きて来て一番良い気持ちだったかもしれない。でもな、やっぱりこんな弱っちい奴等に囚えられていたかと思うとちょっとムカムカもしてきてな」
「まあ、最後に足を持ち上げてその滑稽な顔を見てから、一気に踏み潰してきたんだ」
淡々と、嬉しそうに。
僕達の事を見透かしながら。僕達はお兄ちゃんみたいになれないという事を、お兄ちゃん自身も理解しながら。
……お兄ちゃん。お兄ちゃんは、これから何をしたいの?
……そしてお兄ちゃんは、僕達にどうなって欲しいの?
お兄ちゃんは一息吐くと、僕達の目をじっと見て来た。見定めるように。
お兄ちゃんは僕達を守っているのと同時に、何かをして欲しい。その何かはきっと、いや絶対、とても暴力的で、とても危険な事だ。
でも僕達はお兄ちゃんのようにはなれない。それは断言出来る。
進化出来てもお兄ちゃんのような強さが手に入るなんて、逆立ちしても思えない。
じゃあ、どうしたら良いの? 僕達は、お兄ちゃんは、これからどうしたらいいの?
「お兄ちゃん……」
ミツバが半ば、恐る恐るというようにお兄ちゃんに聞いた。
「何だ?」
「私は……いや、私達は……お兄ちゃんのようにはなれないと思うの」
「そうだろうな」
あっさりと、お兄ちゃんも認めた。
「お兄ちゃんは、どうしたいの?」
お兄ちゃんは僕達の顔をまた見回してから言った。
「……先にそっちから聞こうか。ミツバ、ツメトギ、コテツ。お前達はこれからどうしたい? どうやって生きていきたい? どうやって忘れられないあの場所と、あの過去と付き合っていくんだ?」
僕達は顔を合わせて、そして何も言わずに頷いた。
僕は言った。それはもう、この平穏を手に入れてからずっとずっと、悪夢に苛まれようともふとした時に思い出してしまおうとも、忘れられないとしても、決まっていた事だった。
「忘れられなくとも僕は、僕達は、忘れて生きていきたい。失くせなくても、あの記憶を無かったものとして生きていきたい。ただただ平穏に、何事もなく、ゆっくりとニンゲンの居ない場所で楽しく生きていきたい」
お兄ちゃんの顔つきは、それを聞いても全く変わらなかった。
僕達のこの向き合い方を、逃げると、忘れるという事を選ぶのを分かっていたんだろう。
でも、ここまではっきりさせるのは、今日が最初でそして最後なんだと思う。
そしてお兄ちゃんは僕達と目を合わせ続けながら、口を開いた。
「俺は、忘れられないのならば、ずっと向き合って生きていく。この手足で、爪と炎で、ニンゲンどもを残らず焼き尽くしたい。俺達をこんな目に遭わせた奴等のその肉体の全てを、魂までをこの世から葬り去りたい。そして、きっと他の場所でも似たような目に遭っている俺達と同じ獣達を助けたい」
お兄ちゃんのその言葉は、本気だった。どこからどこまでも本気だった。お兄ちゃんは、お兄ちゃんだけでニンゲンという種族に立ち向かおうとしている。
その為にはお兄ちゃんにとって僕達はもう、枷でしかないのかもしれなかった。
「俺はその道を行くと、決めた。お前達も決めたんだろう? お前達はお前達でその道を行くと」
答えるのに少しだけ躊躇した。
その間にお兄ちゃんは続けた。
「……俺とお前達はいつか別れる。でも、それは今日じゃない。まだ、もうちょっとだけ先だ。
お前達がお前達だけでも、平穏になら生きていけるようになるまでは一緒に居るよ」
それは、お兄ちゃんの最大限の譲歩だった。
僕達はそれに対して「……うん」と頷くしか、出来なかった。
「じゃあ、今日はもう遅い。
もう、寝よう」
そう言って、お兄ちゃんは洞穴を明るくしていた炎を手でもみ消した。
「…………うん」
僕達は洞穴の奥の方で横になる。お兄ちゃんは洞窟の入り口の方で、座って壁に凭れ掛かっている。腕を組んで何が起きてもすぐ対応出来るような恰好だった。いつも、そうだった。
……お兄ちゃん。
僕はお兄ちゃんの事が怖いよ。
でも、やっぱりそれでも、お兄ちゃんの事はそれ以上に好きだよ。
居なくならないでって、言いたいよ。
でも、お兄ちゃん。
お兄ちゃん。
……お兄ちゃん。
僕達は、お兄ちゃんみたいにはなれない。
お兄ちゃんは、僕達みたいにはなれない。
僕達は、お兄ちゃんみたいになろうと思わない。
お兄ちゃんは、僕達みたいになろうと思わない。
互いに、互いに。
そしてそのまま、きっといつか別れが来る。
分かり合えない部分があっても、一緒に居たいと思うけど。でも、それは出来ない。
お兄ちゃんは逃げないで、立ち向かうんだ。
僕達はお兄ちゃんに助けられたけど、そのまま逃げるんだ。立ち向かえない。
…………ごめん、お兄ちゃん。
ワカシャモは
-
美味しい
-
不味い