ぐっ、と足に力を込める。そして腕から炎を噴き出し、その反動も生かして蹴りを岩に叩きこんだ。
連撃じゃない、一発だけを。自分の目でももう全く追えない蹴り。
ガァン、と岩は弾けた。
「……砕けた」
いつもは止まる脚が、伸びきった。
ぱらぱらと落ちて来る岩の破片を受け止めながら、俺は自分の腕と脚を眺めた。
俺は確実に、強くなれている。
あの岩の巨体だろうが今は一撃で破壊出来るんじゃないか。
腕の炎を噴き出しながら横薙ぎを、蹴り上げ、踵落としを振るう。見えない蹴りが、横に、縦に空気が置いて行かれるような風切り音を引き連れながら振り抜かれる。
自分の目でも追えない、ただ、自分の感覚だけでしか追えなくなった蹴りだ。
でも、まだ、だろうか?
ニンゲンの事はまだ、俺は多く知らない。獣達の事もだ。
俺がニンゲン全てを敵に回すとして、まだ力が足りないのか、それとも足りているのか、それが分からない。
……。
がさり、と近くの草むらで音が鳴った。
振り向いても誰も居ない。
風、か?
見に行っても、何かが居た痕跡が僅かに残っているだけだった。
……何だ?
コテツ、ツメトギ、ミツバ。時間が経つに連れて少しずつ、実力差が付き始めていた。コテツ、ツメトギ、ミツバの順にその差が目に見えるほどに。ただ、どれも強くなっているとは言え、まだ、俺が離れるには多少心配が残る。
それに、誰もまだ俺のように進化はしていない。
俺から離れたくない為にわざと強くならないでいるとかそんな感じには見えないんだが、強くなるのがどうも遅いように見えた。
それとも、俺が速いのか?
……多分、そうなんだろうとも思う。
あの場所から脱走した時、どうして俺は進化したてであの屈強な獣達を倒せたのか、俺自身分かっていない。
それなのにコテツ達にそれを強いるのも結局無理な事だったのだろうと今は思う。
手合わせを何度かしてから、また今日も適当に木の実を取って来て飯にする。
その最中に俺は聞いた。
「なあ、今日、何か変な事あったか?」
「なんかあった?」
「いや」
「お兄ちゃん、何かあったの?」
「いや、何も」
見られていたかもしれない、程度の事だ。別にその程度の事、話す必要も余り無い。
食べ終えてから特に何事も無く、今日も夜を迎えた。
ふと、目が覚めた。
静かな夜。けれど、体の感覚がどうもざわついているというか、そんな感覚が体をなぞっていた。
何かの悪い兆候を俺の体が捉えていた。
目がすぐに覚める。コテツ達を起こすかどうか数瞬の間迷う。体はその違和を感じ取っていても、それがどのようなものなのか、どの位の強さの何かを感じ取っているのか、それまでは全く分からなかった。
「……」
起こしておくに越した事は無い、か。
コテツ達の体を揺する。
「……なに? お兄ちゃん」
「喋るな、じっとしてろ。何かが妙なんだ」
そう言うとすぐに黙った。
それから外に出ようとすると、小さな声で「……お兄ちゃん」と呼びかけられた。
「……大丈夫だ」
体は何かを感じ取っている。でも、それは大した事じゃない可能性だって大いにあり得る。
というより、まあ、そうだろう。
洞穴から外に出る。月は細い。明かりは少なく、僅かに何者かの気配を感じる。けれど、この暗さでは辺りを見回しても何も分からない。
ただの獣の感覚じゃない。それだったら、俺は起きてないだろう。
腕から炎を出して周りを明るくし、もう一度辺りを見回す。
その時、風を感じた。
上から巨体が降って来ていた。
横に躱すと、巨大な尾が地面に叩きつけられた。
着地したそいつは歯をむき出しにして、恨みの籠った顔で俺を見て来た。
「……」
姿形が何となく、俺があの場所から脱走した時に殺した一体と似ていた。
耳の大きい、尾の太い、紫色の怪獣だ。あの紫色の怪獣は見るからに雄っぽく、そしてこの青色の似た姿形の怪獣は見るからに雌っぽかった。
……なるほど。俺を恨んでいる訳だ。
どうして見つかったのか、そこは正直分からない。あの場所からはここはかなり遠くだろうと思うのに。
そんな事を思っていると、その太い腕で殴り掛かって来た。
受け止めて、蹴り飛ばした。
全力で蹴ってないのにも関わらず、ぼき、ぼき、と相手の骨が折れる感覚が伝わって来る。
明らかに格下なのは間違いない。それを相手も分かった筈だ。
けれど、その雌の怪獣は血を吐きながらも立ち上がって来た。強く地面に手を叩きつけ、膝から立ち上がり。
「……」
恨みを受け止める筋合いは無い。また攻撃を加えてこようとしたら、俺はこいつを殺す。
気持ちの良いものじゃない。
ただ、俺がこれから進もうとする道はこういう道ではあるのだろう。
まあ、もう俺は受け止める側にはならないが。
殺して殺して、殺しまくる方だ。気持ちの良い方だ。俺はお前みたいに弱くない。強くなれた。そう出来る力を持っている。
そのそいつは、俺がそんな事を思っている間に歯を食いしばって、半ば投げやりに、半ば叫ぶように吼えながらまた殴り掛かって来た。俺はそれを避けて、脚で首をひと思いに刎ね飛ばした。
もう面倒臭いというのもあった。
ぶしゅぶしゅと血が沢山出て、倒れる。
びく、びく、と体が僅かに動いていた。
……美味いかな、こいつ。
そんな事を思いながら倒れた死体をしゃがんで眺めると、視界の隅で何かが動いた気がした。
……?
いや、今、確かに動いたよ、な?
何かが動いたように見えた。でも、血がどくどくと首から流れ出ている方を見ても何も居ない。何も見えない。
「…………」
こいつだけじゃないのか? いや、だとしたら。他に仲間が居たとしても、どうしてこいつを見殺しにしたんだ?
分からない。
その時、いきなり目の前に何かが現れた。そして、弾けるような強い音が鳴った。
「!!??」
何だ、こい、つ。緑色の、獣。いきなり、血だまりから、現れた。
一瞬目を閉じてしまった。一瞬、驚いて身体が固まった。
怯んでしまってもそれは一瞬だ。すかさず反撃しようと思ったその時、黄色い獣が俺の目の前に。そして輪っかをぶらぶらとさせていた。
輪っかがゆらゆらと、ゆれている。
なんだ……? うん……?
なん、だろ、う……それだけなのに、きもちいい。
なんでだろ…………ああ、なんだろう……。
ああ、きもちいい。
……スリーパーさま……スリーパー? スリーパーって……ああ、目の前にいる……。
もっと、きもちよく……なりたい……。
スリーパーさま…………もっと、もっと……。
「お兄ちゃん!」
お兄ちゃん? あ、俺、何を。
動かそうとした腕が、緑色の獣の長い舌でいつの間にか締め付けられていた。
「お兄ちゃん!」
振り解かないと……あ……スリーパーさま……。ごめんなさい…………。
ずん、と音が聞こえた。金属の体を纏った、巨体。
「ひ……」
後退る、皆。
「にげろ……」
あれ、何で俺、こんな事言ってるんだっけ……。
スリーパーさま、教えてください……。
スリーパーさま……。
逃げていくのが見える……どうして俺は、ほっとしているんだろう。スリーパーさま。
追い掛けろ……流石にスリーパーさま、それは嫌です……。
どうして? それは、スリーパーさまと同じ位あいつらの事が好きだから……。
流石にスリーパーさまの命令でも、それは……。
それは、駄目です。
え、なんですかそのスリーパーさま……いや、俺、どうして……いや、記憶を分け与えてやるって何ですか……。
じゅわじゅわとした、お肉……。皮はパリっと、中はジューシーに焼き上がったお肉。
一口頬張って噛み千切ると、その皮と肉の食感が口の中で合わさって、熱々の適度な塩気の肉汁が口の中で広がって。ああ、美味しい、美味しい!
だめ、で、
油で衣をつけて揚げられたお肉。カリカリとした衣。酸っぱい木の実の汁を掛けても良し、甘酢とタルタルソースを掛けて食べても良し。美味しい。
いや、
ぷりぷりにゆで上げられたお肉。ゴマのソースで冷たく頂く。美味しい。辛めのソースで温かく頂く。美味しい。
ああ、
櫛に刺してタレを付けて炭火で焼いて。
美味しい。
そのまま焼いて、タレに付けて。
美味しい!
縛り上げてタレにつけ込みながら焼き上げて。
美味しい!!
ミンチにして、出汁とか野菜とかと混ぜて、茹で上げて汁と共に。
モーモーミルクと野菜と煮込んで。
食べたい!
「そうか。なら、捕まえてくれるね?」
「喜んで、スリーパー様!」
**********
いいか? 殺す時は、一瞬で殺すんだ。首を切り裂いてな。暴れられる程肉はまずくなる。
そしてまた、殺した後の事も重要だ。
血を出来るだけ早く抜くんだ。血が残ってるとそれもまた、不味くなってしまう原因だからね。
それからね、殺した後は出来るだけ早く私達の主人の元に持ってきてくれると嬉しい。そうすれば、主人が美味しく調理してくれるから。
「分かりました、スリーパー様!」
「あ、お兄ちゃん、無事だっ」
ざくっ。
「お兄ちゃん? どうし」
ざくっ。
「お兄ちゃん、どうして? どうしてなの? ねえ、お兄ちゃん! お兄ちゃん! だれか、だれか、助けて! だれかああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
ざくっ。
「おいしいおにくっ」
「良し、良くやったバシャーモ。おお、血抜きもしっかり出来てるじゃないか」
「スリーパー、カクレオン、ボスゴドラも良くやった。おかげでこんな強い奴を殺さずに味方に引き入れられた。何人も殺されたとは言え、この強さは勿体ないからな、いやあ良かったよ。ニドクインの事は残念だったが、止めても聞かなかったしな……しょうがないよな」
「じゃあ、帰るか。哀れなこいつの最後の洗脳のシメと行こう」
**********
「スリーパーさま、あとどの位待つんですか?」
スリーパーさまは、苦笑いしながら言った。
「何度聞くんだお前は。あの時計の長い針がもう一回転するまでだ」
「長いなあ。俺……ぼく、待ち切れないよ……」
スリーパーさまが俺の方を向いて来た。……俺? あれ? ぼく? 俺?
スリーパーさまはそんなぼくを見て不満気になって歩いてきた。
「……ちょっと、もう一度これを見てみな」
「分かりました」
ゆら、ゆら、と動く輪っか。
ああ、ああ。
ぼくは、スリーパーさまのしもべ。ぼくは、スリーパーさまのしもべ。ぼくは、ずっと、スリーパーさまのしもべ。
ぼく、ぼく。
ぼくは、スリーパーさまの、しもべ。
みんなの、しもべ。
ジュワジュワ、パチパチという音と共に、とても美味しそうな匂いが流れて来る。
あれ、僕、はじめてだっけ。この匂い、なんか嗅いだことがあるような。
「どうしたんだ?」
「スリーパーさま。なんか、この匂い嗅いだことがあるような気がする」
「ああ、そりゃそうだろ。俺の記憶を渡したんだからな」
「あ、そっかあ」
「まあ、もう少しだ。我慢しな」
「はい」
美味しいお肉。とても美味しいお肉。
でも、なんか、引っ掛かるんだよなあ。
どうしてか分からないけど。
そして、とうとうご主人がお肉を持ってやってきた。
とても良い匂いがする。涎が口の中で、たっぷりと出てきている。こんなの初めて。確か、初めて。
ボスゴドラが専用の椅子に座って、鉄板に置かれたチキンステーキを豪快に鉄板ごと食べている。
「うめーなー、やっぱり」
がりゅ、がりゅ、ごりゅ、ごりゅ、ごっくん、と飲み込んで。
カクレオンが蒸し鶏を長い舌を延ばして巻き付けて、そして一気にごっくんと飲み込む。
「やっぱり美味いよな、ワカシャモって。美味いのに飽きないし」
スリーパーが、焼き鳥を串から丁寧に外して、箸を使って食べている。
「やっぱりこの針から食べたくはないな……」
「それごと食っちまえよ」
「お前みたいな器ごと食う脳筋とは違うんですよ」
「軟弱め」
そうして軽く笑っている。
僕の前にも、チキンステーキが出て来た。
赤くて辛いソースが掛かった、アジア風のチキンステーキ。
……やっぱり、僕、この匂い嗅いだ事があるような気がするんだ。
でも、そんな事今はいっか。
とても美味しそうだし。
手で掴んで、がぶり、と食い千切る。
ああ、こんな味初めて! スリーパー様の記憶で味わったけど、本当に食べると全く違う! 美味しい! 辛いのに、でも、とても美味しい!
むちむちのお肉! パリパリな皮! とても、とーっても美味しい!
ああ、病みつきになっちゃう!
「沢山あるから、もっと食っていいぞ!」
「ありがとうございます!」
焼き鳥、クリームシチュー、鶏チャーシュー、チキンステーキ、チキンカツ、レバニラ、つみれ汁、ああ、どれもとても美味しい! どれもこれも味わうの、ぜーんぶ初めて!
手に付いた汁も舐めとって、指とかべたべただけど、とにかく何でも食べたい! 全部、ぜーんぶ美味しい!
美味しい! とってもおいしい!
……でも、やっぱり、チキンステーキだけだけど、なんか匂いが気になるっていうか。
まあいっか。美味しいんだから!
一番好きなのもチキンステーキ!
がぶり、と噛みつくと、汁が鼻の近くに付いた。
あ、思い出した。あの檻の中だ。
そうかあ、あの檻の中で、青い竜が人間に焼いて食べて貰ってたんだった。
……あれ?
俺、今、何食べてる?
…………。
……………………。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
ワカシャモは
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美味しい
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不味い