天彗ノ御魂 ~demon slayer alternative~ 作:レティス
仕事が忙しいで候。
この光景を信じたくなかった。
目の前の光景を信じたくなかった。
俺の視界に映る、梨那の両親を喰らっている鬼の姿を。
今まで続いていた日常が“理不尽”という悪意に、塵一つ残らず焼き尽くされた事を。
「あ……あ……ああっ……!」
凄惨な光景に絶望する俺。そんな俺を罠に掛かった獲物のように見る鬼。
これは、運命が振り撒いた悪意の塊なのか、それとも災厄を呼び寄せる古龍としての因果なのか、俺には分からない。だが結果的に、鬼という災厄が昴斗家に降りかかってしまったのは確かだ。
「波奏さん…泰山さん…!」
失ってしまった。血が繋がらなくとも、俺を我が子のように面倒を見てくれた義両親を。
ほんの数時間までは生きていたはずなのに、今は辺りに血液と肉と内臓と骨とを撒き散らした物言わぬ肉塊と化した
目の前の存在によって…
「ん~?寄ってきた“餌”の癖に何ごちゃごちゃ言ってんだぁ?」
“餌”だと…?俺が…波奏さんが…?泰山さんが…?
梨那が……“餌”……だと…?
「………っ!!」
絶望に染まった顔から一転、その一言で俺の顔は徐々に強ばっていく。
俺達を餌と表現したあのクソ野郎を許せない。許してはいけない。殺してやる……!!
俺はふと地面を見ると、そこには刃に血がついた鉞が落ちていた。泰山さんの最期の抵抗だったのだろう。鬼に最期まで足掻いて死んでいった、泰山さんが薪割りに使っていた鉞。
「…。」
言うまでもなく俺は鉞を手に取る。鬼を殺すには十分だ。泰山さんを…波奏さんを殺したあのクソ野郎をここで
殺す!!!!!!!
「ケケケッ…!お前も喰ってやるっ!」
「っ…ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!」
龍の咆哮にも似た怒号を轟かせながら、鉞を構えて鬼に突撃する。渾身の力を腕に、鉞に込めて、その刃を鬼にぶつける。
ザシュッ! ザシュッ!
鬼から返り血が飛ぶが、知った事か。俺の義両親を殺したこいつを生かしてはおけない!
「うおおおおおおおっ!!」
ここで必ず仕留める。それまで、鉞を振るうのを止めない!
ガキンッ!
「っ!?」
「ケッ!煩いだけの餌がぁ。」
鉞が頚に当たったところで、弾かれた。確かに今まで刃が鬼の肉体を裂く感覚はあった。出血と切り傷を負っている限り、手応えはあった。常人なら確実に即死するだろう一撃だ。それを何度も繰り出した。だが、鬼は違う。
手応えはあったが、妙にピンピンしている。それに、こいつの頚は硬い…!まるで鉄塊を叩いているようだ…!
「鉞で鬼を殺せると思っているのかぁ?」
「っ…!?」
一瞬で…傷が塞がった…!?常人なら即死の攻撃を受けて平然としていて、頚は鉄塊並、おまけに自然治癒力まで非常識なのか…!?
「シャアッ!!」
「うっ…!?」
瞬間、飛びかかってきた鬼に対応出来ず、俺は倒れて鉞を手放してしまう。
「ケケケッ…!あの逃げた“メス餓鬼”の方が好みだったが、仕方ねぇ。お前の頚をへし負ってから喰ってやるとするかぁ…!」
あいつの言葉から察するに、梨那は逃げ切れたらしい。けど、鬼に捕まって身動きが取れない…!
くそ…!せめて……“前世の力”が使えれば…!
ブォン! バキィィッ!
「グギャッ!?」
刹那、鬼の横から棘鉄球が飛んできた。鬼はその鉄塊並に硬い頚ごと頭を粉砕された。さっきまで俺を拘束していた胴体は脱力して倒れた。そして頚の方から黒く炭化していき、やがて消滅していく。
「少年、怪我はないか。」
「あ…はい。」
その白目の男性は筋骨隆々な巨体を持ち、黒い隊服に『南無阿弥陀仏』と書かれた羽織と数珠を着け、鎖で繋がった棘鉄球と手斧を持った僧兵のようだった。鬼を倒す手段が見つからなかった俺にとって、色々な意味で奇跡とも言えるタイミングだった。
「…どうやら、一足遅れてしまったようだ。申し訳ない。」
俺の気持ちに共感しているのか、元々涙脆いかは知らないが、その男性は俺の義両親の亡骸のある方を向いて白目から涙を流していた。
何か忘れて……………はっ!?そうだ!
「そうだ…!梨那は何処に…っ!?」
先程の鬼の発言から、梨那がまだ生きている事を察した俺は、思い出したかの如く梨那の軌跡を探る。
恐らく、梨那も同じ光景を目の当たりにして何処かへ走り去っていったに違いない。探さないと…!
「少年…何処へ行くのだ?」
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「梨那っ!?…どこにいるんだ!?梨那!?」
俺は梨那の名前を叫びながら森の中を走る。頼む、無事でいてくれ。梨那!
夢中で梨那を探して森を進む内に、小道に出る……ん?
「この足跡は…!」
俺は小道についた足跡を見る。かなり慌てて走ったような痕跡らしい。こんな夜中に慌てて走るとしたら……間違いない、梨那の足跡だ…!
俺は足跡を辿りながら梨那の後を追い掛ける。しばらく走っていると、足跡が左の茂みの方に向いていた。だが、強引にかぎ分けられた形跡から、梨那が鬼からの追跡を逃れるように進路を曲げたらしい。そっちに行ったんだな、待ってろよ、すぐ行くから…!
「待ってろよ、梨那…!」
梨那の両親は死んだ。今俺に残っている最後の希望はただ一つ、梨那だけだった。俺はかぎ分けられた茂みを辿っていく。そしてその先には
「はぁ…はぁ…。」
その先は崖だった。向かい側の崖には同じように森が広がっていて、そして崖の下には川が流れていた。だが川の流れは速い。もし梨那が…崖から落ちてたりしたら…
「梨那…?」
俺は不安で一杯の中、梨那の名を呼ぶ。梨那、出てきてくれ。俺が…森ちゃんが迎えにきたぞ。だから、出てきてくれ。その辺りで隠れてるんだろ?
………
………
返事は返ってこない。川の流れが聞こえるだけだ……まさか、本当に崖から足を滑らせたんじゃないよなぁ…?
そんなはず無いよな…?
「……あ。」
地面に何か落ちていた。それを見つけた。いや、“見つけてしまった”。
俺はそれを見つけなければどれだけ理想を追い求め続けられたか。
そこには、梨那が大事にしていた“髪留め”が落ちていた。俺があげた、梨那へのブレゼントが。
そして近くには、“崖の先端が欠けた痕跡”があった。
「あ……あああああ……。」
それを見た瞬間、最後の希望は儚くも、消え去ってしまった。水底に沈んでいってしまった。
「梨………那…………ああっ………!」
「少年、唐突に走り出してどうしたと…少年?」
後ろから先程の巨体の男性が後をついていたようだが、今の俺には何も聞こえなかった。
梨那が崖から落ちた。崖の下は激流だ。落ちて助かる保障は何処にもない。
今ので確証した。梨那は
崖から落ちて死んだ。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
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「南無阿弥陀仏…南無阿弥陀仏…。」
「……。」
一夜にして空き屋となった“元”昴斗家の横に、“三つの墓”が作られた。鬼に喰われた泰山さんと波奏さん、そして崖から転落した梨那の三人だ。この日、昴斗家を…全てを失った俺は涙を流しながら、半ば放心に近い状態で墓の前で合掌する。巨体の男性も、お経を唱えながら涙を流しつつ合掌していた。
「「…。」」
互いに焚き火の前で黙祷する。俺の心は家族と大切な人を失った悲しみと、有象無象を喰い尽くした鬼に対する怒りで埋め尽くされていた。
「…。」
俺の手には数珠の代わりに梨那の髪留めが握られている。あの日、梨那にあげた髪留めだ。この惨劇が起きた今日まで、彼女はずっとこの髪留めを大事にしていた。それが……今日から一転して梨那の形見になってしまった。
「…それは…?」
「…幼馴染みに…梨那にあげた髪留めです……。今日まで…ずっと持っていた…梨那の…形見です…。」
脱力した状態のまま、弱々しく答える。
「……俺のせいだ…俺が…梨那と一緒に行っていれば…少なくとも梨那は失わずに済んだのに…。」
「否…君は家族を失ってまで、鬼に立ち向かった。だが世は残酷にして非情。仮に少女を連れていたとして、結果は変わらなかっただろう。この闇夜故だ…幾多の鬼が潜んでる可能性も否定出来ない。」
梨那を先に自宅へ行かせてしまった事、一緒についていかなかった事への後悔が俺の頭の中にあった。しかし、巨体の男性の言う通り、鬼はあの一体だけじゃない。各地に数多く潜んでいる。あの森に何体も隠れてる可能性も否定出来なかった。梨那が別の鬼に喰い殺された可能性もなくはなかっただろう。最終的に彼女は崖から転落して激流に飲み込まれた。喰い殺されようが、水底に沈もうが、死んだことに変わりはなかった。
「…あの…。」
「悲鳴嶼行冥と申す。」
「…豪鶻森羅と言います…。」
今更ながら名前が判明した悲鳴嶼さん。俺も自身の“今の名前”を名乗る。
「…悲鳴嶼さん…鬼を仕留めるには…どうしたらいいんですか…?」
「“鬼殺隊”への入隊。それが鬼を狩る唯一の方法だ。」
「鬼殺隊…?」
「そうだ。君は実際に鬼との戦いを生き抜いた。その勇気、その闘志、鬼殺隊に必要だ。」
鬼殺隊…初めて聞いた単語だが、それが今日まで噂されていた“鬼狩り様”の正体なのは確かだった。文字通り鬼を狩る集団……前世にて、俺達のような龍や獣達を狩猟する“ハンター”に似た存在だった。鬼を仕留める術を知るには、鬼を狩るハンター…鬼殺隊に入れという事だろう。皮肉だよな…前世ではハンター達に討伐された俺だが、今世では鬼を討伐するハンターになるというのは……。
「だがそのためには、相応の修練が必要不可欠。刃の如く腕を磨き、鋼の如く耐えればならない。」
「だったら…俺を弟子にしてくれませんか?お願いします!」
鬼殺隊に入るためには相応の修練を積まなければいけないのだという。
俺は悲鳴嶼さんに弟子として引き取ってもらえないかお願いする。しかし
「生憎だが、それは出来ない。」
「何故ですか…!?」
「私はこの僅かな時をも鬼との戦いに割かねばならない。故に、君を弟子に取る事は出来ない。」
「…。」
悲鳴嶼さんに断られた。確かに、最前線で活躍する隊士故に少しの時間も惜しいのだろう。それは仕方ない事だ…けど、どうすればいいんだ?もう当てがないというのに…
「岩柱殿、俺がこの少年を鍛えよう。」
「?」
刹那、何処からともなく壮年の男性がやって来た。歴戦の雰囲気を催す顔付きだ………ってか、“岩柱”?この人、悲鳴嶼さんの事を“岩柱”って言ったか?
「えっと…貴方は…。」
「俺は彩峰閃武。鬼殺隊に入る者達を鍛える“育手”だ。」
「豪鶻森羅と言います。」
互いの名前を名乗る俺と閃武さん。また分からない単語が出てきたが、どうやら俺を弟子として引き取ってくれるらしい。
「鬼を屠る術を知りたいか?少年。」
「…はい!」
「その心意気はよし。」
「私からもお願い申す。彼は亡き家族のために、鬼殺隊に入る志を宿している。」
「承知した、岩柱殿。」
悲鳴嶼さんからの推薦も貰い、弟子として迎え入れてくれる事が決まったようだ。
「豪鶻森羅。精進の果てに最終選別を乗り越え、無事に鬼殺隊に入れる事を祈る。」
そう言うと、悲鳴嶼さんは棘鉄球と手斧を持って、何処かへ去っていった。別の地域へ行って鬼に狩るのだろう。
「さて、俺達も行くぞ。ついてこい。離れたら命は無いと思え。」
「はいっ!」
俺達もすぐに出発する事にした。この真夜中だ、もしはぐれたりしたら鬼に喰われる事は確実だ。
俺と閃武さんは闇夜の中、全力疾走で道を走り抜ける。その度に、元昴斗家から遠ざかっていく………さようなら、泰山さん……波奏さん…………梨那………。
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閃武さんは恐らく還暦はいってるだろう。にも関わらず、俺を遠ざけんとばかりのハイスピードで疾走していく。身体能力を向上させる呼吸をしないと絶対にはぐれてしまう。先程育手と言っていたが、それ以前は現役だったのだろう。
夜中の田んぼ道を走り抜け、やがて山を登る。そして登り続けた先には、小屋があった。
「ついたぞ。ここだ。」
「はぁ……今日は何回速く走ったか…はぁ…。」
どうやらここが修練のためにお世話になる場所らしい。家に急行する際、梨那を探す際、そして閃武さんについていく際の合計三回は速く走った。
「本来だったら今から走り込みだったら、こんな夜中だ。今日は休め。」
「は…はい…。」
本来だったら着いた途端走り込みだったの!?まじか…けど、それが鬼殺隊に入る上での常識なんだろう…多分。
俺達は小屋に入る。中には必要最小限なものしかないが、修練する上ではそれで十分だろう。
「あの…。」
「何だ?」
「鬼殺隊とか、鬼とか、柱とか、俺には今初めて知った事が多いんです。教えてくれませんか?鬼が蔓延る世界がどうなっているのかを。」
各地に鬼が潜んでいる事自体は前から知っていた。だが、詳細な事までは全く知らない。あの場で分かった事は、鬼の生命力が前世における古龍並である事、度々言い伝えられてきた鬼狩り様の正体が鬼殺隊という組織である事、それぐらいだからだ。
「…いいだろう、修練をする前に鬼殺隊の知識を頭に入れておいた方がいいからな。」
俺が詳細を教えてもらうようお願いすると、閃武さんは了承した。
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鬼…それは700年前以上から存在する人喰いの化け物。その身体能力、再生力は異常な程高く、四肢を切断されてもすぐに再生してしまうという。おまけに通常の方法では如何なる手段を持ってしても死なない不死身の身体を持つ。
鬼殺隊…それは、闇に紛れて鬼を斬る政府非公認の組織。彼らは生身の身体で鬼に立ち向かう。鬼のように傷の治りは決して早くはなく、四肢を失えば二度と元に戻ることはない。“身体は数あれど我が物は一つ”。それでも彼らは人々を守るため、人知れず鬼に立ち向かう。
鬼を仕留める方法は二つ。太陽の光を浴びせる、もしくは太陽の光を吸収した鉄で造られた特殊な刀・“日輪刀”で頚を一刀両断する。この二つだ。
鬼殺隊の目標…それは鬼の始祖たる鬼舞辻無惨の討滅。全ての鬼は、無惨の手によって作られるという、鬼というよりは屍人に近いものだ。
そして無惨の血を分け与えられた、鬼の中でも格段に強い12体の鬼は“十二鬼月”は古龍と同じく超常現象を引き起こす血鬼術を用いるという。弦月にちなんで下弦と上弦に半分に分かれており、上弦はここ数百年討滅の例がないという…。
俺は前世で無惨に似た存在を知っている。黒蝕竜…そして成体である天廻龍だ。奴らが撒き散らすあの黒い鱗粉・狂竜ウイルスに侵された者は“動く屍”となる。そういった点では無惨と天廻龍は類似した部分がある。
柱…それは鬼殺隊の中でも特に優れた戦闘能力を持つ、戦力の中核を成す精鋭中の精鋭。鬼殺隊の中で実力が軒並み高い者から選ばれるらしく、伝統として、最大人数は決まって9人らしい。
鬼殺隊への入隊志願者達を鍛える“育手”は、柱として現役で活躍していた者達が多い。そのため、鍛練は育手の下で研鑽する事が望ましいとされる。稀に我流で鍛練した者が最終選別をクリアして入隊した例もあるが、大抵は質の低さで最終選別で死亡。入隊しても初陣で殉職する事が殆どだという。
ちなみに、俺を助けてくれた悲鳴嶼さんも“岩柱”という柱の一人らしい。
柱は鬼殺隊の中でも最強の隊士。その中でも岩柱が最強なのだという…別に声が似てるからって訳じゃないからな?
つまり、俺はあの時に最強の柱と出会ったという幸運を貴重な体験をした訳だ。幸運なのか不幸なのか、惨劇を目の当たりにした俺には複雑でならなかった。だけど、悲鳴嶼さんのおかげで俺は生き延びれたのは確かだ。
「森羅、一つ問うぞ。お前は“鬼”はどう思っている?」
「敵です。この世から…いえ、この世に成してはならない敵です。鬼は…俺の家族を…全てを奪った。」
即答。鬼に対しての答えなど当に出来ている。いや、鬼共がその答えを植え付けた。俺は一夜にして全てを失った。だがまだ生きている…悲鳴嶼さんのおかげで。
だから奴らと戦う事が出来る。鬼殺隊に入って…人を喰い散らす鬼共を屠るために…。
「鬼殺隊を志す者の大抵はそういう者が多い。鬼に家族を喰われた子供達。入隊理由の第一が鬼への報復だという。だがな、森羅。」
「何ですか?」
「お前の中には鬼とは“比較にならない恐ろしいもの”が宿っている。」
「っ!?」
見抜いていた…!?俺の前世が人ではなく龍である事に…!?
「いいか?確かにその心意気はいい。だが復讐に染まる事だけは絶対になってはならない。分かったな?」
「… はい。」
冷や汗を掻きながら、俺は返事を返した。俺の前世が何なのかを見抜いたような発言…閃武さんが現役の頃に“何”に遭遇したのか、俺には分からない。だが少なくとも、“鬼よりも恐ろしいもの”に遭遇したのは確かだ。
「…分かったら早く寝ろ。明日から地獄の鍛練の開始だ。言っておくが、鍛練は厳しいぞ。下手したら“死ぬ”からな。」
「はい…。」
俺はそう言われて布団に入る。下手したら死ぬと言い切る程だ。相当厳しいのだろう。
眠り落ちた俺は夢の中だった。
前世の姿の俺が青空を飛びながら遺群嶺へ飛翔していく夢、昴斗家での幸せな日常を描いた夢、“銀色の軍刀を帯びた青年”と共に戦場を駆ける夢だった…ん?
いや待て…あの青年は誰だ?俺の記憶は古龍の前世と人間に生まれ変わった今世の二つだ。あの青年と戦場を駆けた記憶は何処にもないぞ…?
あの記憶は……何だったんだ?
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まずは言われた通り走り込みを行い続けた。とにかく走り込み、基礎体力を向上させる。
走り込む距離は日に日に長くなっていき、一日に山を一往復するのが当たり前になる程だった。次第にあちこちに罠が張り巡らされるようにもなった。無論、その罠は本物の凶器であるため、下手すれば死ぬ程痛いどころか本当に死ぬ。
数ヵ月が経過したら、今度は刀の素振りも行うようになった。刀を振る9つの基本動作を踏まえて、それぞれの方向に何百、何千、何万と刀を振った。
日輪刀を用いて頚を切断しなければならないため、左右への薙ぎ払いが基本戦法になる。
鬼を殺せる武器たる日輪刀は、強度的に普通の刀と変わりない。故に横から強い衝撃を加えられるとあっさる折れる。
刀に真っ直ぐ力を込める事。刃の向きと込める力は完全に一致しなければならない。そのため、刃の向きと力が少しでもずれたら刃毀れ、刀身がへし曲がる、最悪刀がポッキリ折れる。
「これは覚えておけ。刀に刃毀れ一つ起こしたら骨が“103本折れる”と。」
「いやあんたは鬼かっ!?」
「人間には“215本”も骨があるんだ。刀一本に対して骨103本は妥当だ。」
この人、“鬼”どころか“死神”じゃねぇか…。いや分かりますよ?鬼との戦いで刀に自分の命預けてるってのは分かりますよ?刃毀れ一つで骨を103本って……つまり、刃毀れ二つで全身骨折…即死じゃねぇか。
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また数ヵ月経過したら、更に受け身の特訓も行うようになった。閃武さんの攻撃で転倒しまくって、そこから素早く起き上がる特訓だ。鬼は人を喰うために執拗に襲いかかってくる。万が一攻撃を喰らってもすぐに態勢を立て直す速度を身に付ける。そこから更に、俺が刀を構えて、素手の状態の閃武さんに突撃。言うまでもなく投げ飛ばされてそこから受け身を取る特訓も行った。
閃武さんは何回も言った。“地面につく前に着地しろ”と。俺は足払いを喰らった際の勢いに乗り、そこから全身を同じ方向に捻る事で姿勢制御しつつ地面に着地する事に成功する…
それでも追撃で転ばしてくるか、もしくは掴んで投げ飛ばすなりしてくるが。
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全集中の呼吸…それは鬼殺隊が鬼狩りを行う上で最も重要な技術。著しく増強させた心肺により、一度に大量の酸素を血中に取り込んで瞬間的に身体能力を向上させ、鬼と同等の力を得た上で型に沿った必殺の剣戟を放つ。
型にはそれぞれ流派があり、そこから更に派生していくのは珍しいことではないという。
変幻自在で相手に苦痛を与えずに仕留める技を持つ『水』、力強い踏み込みから間合いを詰めて最大限の苦痛を与える斬撃を放つ『炎』、筋力に物を言わせた上で頑強な防御も行える攻防一体の『岩』、鎌鼬や竜巻の如く荒々しく斬り刻む『風』、脚に力を入れて瞬間的に鬼の頚を断つ抜刀術主体の『雷』。この五つが基本の流派だという。
身体能力を向上させる全集中の呼吸…俺が前世から行っていた呼吸がこれと似ていた。やはり三年前に呼吸の特訓をして正解だった。ちなみに、今までは睡眠妨害からの配慮から四六時中は出来なかったが、閃武さんに弟子入りしてからはお構い無しに行っている。
ちなみに、閃武さんは現役時代は“風柱”だったらしい。つまり俺は風の呼吸の型を教わるって事だ。
俺は閃武さんから風の呼吸の型を教わる。風の呼吸の型は全部で9つだ。どれも荒々しい動きから鬼を斬り刻むものが多い。呼吸の際に「シィァァァァ」と旋風のような声が聞こえた。そして剣戟の際、風のようなエフェクトが見えたが、それは決して演出などではなく、使い手によっては剣速と技量次第で鬼を斬り裂く本物の竜巻や鎌鼬となる。速度と範囲…所謂手数に優れた型だ。この動き、かの風翔龍を彷彿とさせるものだな…。
「よし森羅、これを一週間で全部習得しろ。」
「ふぁっ!?」
無茶苦茶だ…見ていきなり真似した上で一週間で習得って…やっぱりこの人、死神じゃないか。本当に…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
閃武さんのもとで修行してから2年の月日が経過した。全体的に理不尽な特訓が多かったが、それでも耐え抜いた。鬼殺隊に入って鬼と戦うために。
その修行中、俺は独自の呼吸の型を編み出した。その名も『宙(そら)の呼吸』。この呼吸の特徴は、高低差のある戦いと空中戦に優れている事だ。まだ未完成ではあるが、実戦投入できるものがいくつかある。
宙の呼吸の研究をしつつ、鍛練に明け暮れた。そして…
「よく俺の修行に耐えたな、森羅。」
「はい…!」
「この時が来たな、“藤襲山”での最終選別へ行く事を許可する。」
ついにこの時がやって来た。藤襲山という場所での最終選別。これを達成すれば俺も鬼殺隊の一員となる。
「いいか森羅、この最終選別を成したら終わりじゃない。そこからが本当の始まりだ。絶対に生き延びて帰ってこい。それ以外は許さん…いいな?」
「!…はい!」
普段は容赦ない閃武さんも、この言葉に温かさを感じた。最終選別へ行ったまま戻ってこなかった者達は数多くいる。あのやり過ぎと思える厳しさも、全てはこれ以上弟子を失いたくない気持ちで一杯だったかもしれない。
翌日、俺は身なりを整えた後、翡翠色の七宝つなぎ調の羽織を纏う。閃武さんから貸し与えられた日輪刀を帯刀する。これで準備は整った。
「行ってきます、閃武さん!」
「ああ。生きて帰ってこい。」
俺は閃武さんにそう言うと、藤襲山に向けて出発した。
OP『0-GRAVITY』GRANRODEO
ED『MEMORIA』藍井エイル
~大正こしょこしょ噂話~
森羅は鍛練の際、当初は日記を記していたが、過酷になるにつれて止めたらしい。理由は森羅曰く「“ゾンビになる過程みたいな内容”になったから」らしい。
~next voyager~
「私は真菰。よろしくね。」
「七日間生き残る事。」
「それが合格条件でございます。」
『狐ごときが、喰い殺すのは容易だ。だが…!』
「女の子にこんな事しやがって…斬られる覚悟あるんだろうな…!?」
次回『選別 -SPARTAN-』