天彗ノ御魂 ~demon slayer alternative~ 作:レティス
田んぼ道を渡りながら、俺は最終選別の会場である藤襲山に向かう。
藤襲山…鬼殺隊入隊における最終選別の舞台。閃武さん曰く、あの山には鬼が苦手とする藤の花が一年中狂い咲きしているらしく、藤の花が結界の役目を果たしているという。言うなれば鬼の牢獄だ。藤襲山には腕利きの剣士に捕らえた鬼が閉じ込められており、最終選別はその“鬼の牢獄”の中で七日間生き延びる事が目標という事だ。
「にしても…田舎とはいえ、警察なんか来ないよな…?」
廃刀令などとっくの昔に施行されているこの明治末期。当然とはいえ鬼殺隊は非公式の組織…謂わば秘密結社。普通に帯刀しているところを見られようものなら即お縄だ。入隊したら何処かで適当な竹刀袋を手に入れよう。少なくとも偽装にはなるだろう。
「ん?」
藤襲山を目指して歩いていると、同じく藤襲山に向かっていると思われる少女の姿があった。花柄の着物を着ており、帯には育手から拝借した日輪刀を下げている。そして頭には微笑んでいるような狐の面をつけている。
「ねぇ、その君。」
「?」
「もしかして、君も藤襲山に?」
「うん。最終選別に向かう途中なの。」
「そうか。」
どうやらこの少女も最終選別に向かっているらしい。この可憐な少女が、鬼殺隊に入るための試練に。
「俺は豪鶻森羅。」
「私は真菰。よろしくね、森羅。」
「ああ。」
俺は真菰と名乗った少女と共に藤襲山に向かう。
鬼殺隊には殆どが男性の隊員だが、少人数ながら女性の隊員もいる。恐らく真菰のようなか弱い少女も隊員の中にはいる。家族のいない、あるいは家族を失った孤児が殆どだろう。俺はその両方に当てはまる。
鬼という存在は非常識な強さを誇る。相応の年月を費やしながら鍛練を重ねてやっと鬼に立ち向かえる人間と違い、鬼は喰らった人間の数だけ強くなる。つまり、やろうものなら短期間で強くなれる。それが人間と鬼の成長の差異だ。
「そういえば、森羅はどの呼吸を使うの?私は水の呼吸を使うんだけど。」
「俺か?俺は風の呼吸を使う。」
「そうなんだ…風の呼吸は使い手が少ないと聞いた事はあるけど。」
「まぁ水の呼吸と比べたら、あまり使い手は多くないな。」
真菰は水の呼吸を習ったらしい。閃武さんが言うには、呼吸の流派は水の呼吸の使い手が一番多いらしい。器によって形を自由自在に変えられる水の如く、臨機応変に対応できるのが一番の理由とのこと。
一方、俺が習った風の呼吸は攻撃に重点を置いた技が特徴。踏み込みからの強力な一撃を放つ炎と違い、風はその手数と範囲で鬼を木っ端微塵にする。厳密に言うと、俺には風の呼吸に加えて未完成の“宙の呼吸”というものがある。完成にはある程度実戦を重ねないといけないが、それは追々やっていけばいい。
「真菰、その狐のお面は?」
「これは私の師匠がくれたの。厄除の面っていうの。」
「厄除けか…。」
あの狐の面は厄除けのため師匠から貰ったものらしい。最終選別に挑むんだ…縁起は少しでも良い方が無難だ。
俺にも御守り的なものはある。あの日からずっと持ち続けているあの髪留めだ。形見になってしまったが、俺にとっては大事なものだ。
「…森羅?」
「…あ、ごめん。少しボーッとしてた。さぁ、早く藤襲山へ行こう。」
「うん…。」
いつの間にか無意識のうちに髪留めを出してしまったようだ…彼女への未練が二年立っても俺の脳裏から離れない。
俺は真菰に声を掛けられて我に返ると、髪留めを懐に仕舞いつつ、目的地である藤襲山へ向かう。
「どうして女の子の髪留めなんて持ってるんだろう?」
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「うわぁ……藤の花がいっぱい咲いてるね。まだ花が咲く季節じゃないのに。」
藤襲山に辿りついた俺達。閃武さんから聞いた通り、山には藤の花が狂い咲きしていた。俺達は藤の花を観賞しながら頂上へ登る。
「一年中狂い咲きしてるって事は、ずっと藤色を保ってるって訳なのか…?」
「そんな事分かるの?」
「なんというかその…“勘”なんだよ。いくら最終選別に藤襲山が使われるといっても、ずっと肥料撒いてる訳じゃないだろうし。多分、この山自体の養分が豊富なんだと思う。」
「へぇ~。実は森羅は風水師だったりするの?」
「いやいや、俺は風水師じゃないよ。」
俺はそこまで風水に詳しくないからなぁ…。
けど、二年の修行の副産物なのか、第六感がある程度働くようになっていった。これで危険を察知したり、今のように地面の養分を感じ取ったりと、戦闘にも日常にも使える。
「この藤の花って持って帰れるのかな?」
「いや流石に駄目だろ…鬼殺隊の所有地だし、勝手に取ったりしたら怒られるかもしれないぞ?」
「むぅ~…森羅は堅いなぁ…。」
いくら何でも、人んとこの物を勝手に取っちゃだめだからね。そもそも藤の花自体、単なる園芸じゃなく鬼の侵入・逃亡を阻害する大事な効果があるからね。万が一何かあったら大変だ。
「最終選別を無事に終われたら、その担当の人に交渉してみるよ。それでいいかい?」
「うん。ありがとう、森羅。」
藤花は最終選別を乗り切ってから交渉してみるって事で話がついた。持って帰っていいかは話は別だが…。
「まぁ…似合うから俺はありだと思うけど。」
「へっ…?」
俺の言葉で、唐突に真菰の顔がほんのり赤くなった。別に俺はごく普通な事を言っただけなんだけどなぁ…?
……ってか、妙に距離感が近いな…。
そんな雑談をしながら階段を登っていくと、柱に囲われた広場に着いた。そこにはざっと30人以上の志願者達がおり、そして奥の最終選別へと続く入り口には白髪と黒髪の着物を来た双子の“少女”が提灯を持って立っていた…いや、黒髪の方は…“少年”か?なんで女装なんてしてるんだ?これも厄払い的な何かか?
「おい見ろよ、ガキまで最終選別受けるようだぜ。」
「ここはガキが容易く挑むような場所じゃねぇよ。」
「ってか、隣のやつなら分かるけど、あのチビに鬼の頸斬れんのか?斬れねぇだろ。」
「どの道喰われて死ぬのがオチさ。ま、俺は“安全に入隊したい”からそんな“子供”に構ってられないけどな。」
……おい野郎共、今なんて言った?確かに真菰は周りから見たら小柄だけど、ガキとかチビとか、鬼の頸斬れないとかよく言えたもんだな…?そんな大口叩けるんならてめぇらは鬼の頸を容易く斬れるんだな?あぁ?
そして“安全に入隊したい”とかほざいたやつ、てめぇは何しに最終選別に来た?金と権力のためだったらすぐに回れ右して帰りな。“バラバラになりたくなければな”。
俺は真菰を嘲笑うガキ共に青筋を浮かべる。だが俺よりも不機嫌なのは、やはり嘲笑の対象になっている真菰だ。鬼と戦う鬼殺隊に入るための最終選別。それ故に心のないクズ共に嘲笑われた真菰は、顔を強ばらせながら若干涙目になっていた。
そんな彼女に、俺はポンッと頭を置いて撫でる。
「し…森羅…?」
「気にすんなって。後で鬼やあいつらに目にもん見せてやればいいだけだよ。」
「今遠回しに私を子供扱いしなかった?」
「…けど少なくとも、俺は真菰を嘲笑ったりはしない。」
「えへへ…ありがとう。」
真菰の頬がまた若干赤くなった…なんだろうな…なんか旗が上がっていってるような感覚は気のせいか?
そして野郎共はその減らず口を叩き続けている。あんなホラ吹き共は放っておくのが一番。そもそも試験自体が命を落とす事のある内容故に、嘲笑してられるのも今の内だ。次の瞬間に萎縮間違い無しだ。
「ちょっと皆!いくら何でも女の子に向かって暴言はよくないよ!」
どうやら一人、こちら側に加勢した者がいたようだ。減らず口を叩く野郎共に注意する少年だ。加勢してくれるのは本当にありがたい。
「ん…?」
俺はふと見ると、入隊志望者達の中に一人の少女の姿が紛れ込んでいた。着物を来て、なおかつ“緋色の長い髪”をした少女だった………………え?
「…?」
硬直している内にやがて再び視界から外れてしまった。緋色の髪の少女………今のは……もしかして…?
……いや、気のせいだよな…?あいつはあの日…。
「森羅?」
「…はっ…!?えっ、えっと…何だ?」
「そろそろ始まるよ?」
真菰に言われて我に返った俺はある方向を向くと、先程の双子が選別場への入り口に立った。どうやら最終選別が開始されるようだ。もう夜だし、始まるならそろそろかと思ったが、ようやくか。
「皆様、今宵は最終選別にお集まり下さってありがとうございます。この藤襲山には鬼殺の剣士様方が生け捕りにしました鬼が閉じ込められてあり、外に出る事はできません。」
「山の麓から中腹にかけて鬼共の嫌う藤の花が“一年中狂い咲いている”からでございます。」
双子の主催者が交互に説明する。やはり鬼を隔離する目的で藤の花が狂い咲きしているらしい。もしかしたらの話だが、“藤の花を用いて鬼を仕留める方法”ができるのかな?
「しかしここから先には藤の花が咲いておりませんから鬼共がおります。この中で七日間生き抜く。」
「それが最終選別の合格条件でございます。では、いってらっしゃいませ。」
その一言と共に、俺達は鬼達がいるフィールドに一斉に走り出す。最終選別の合格条件は七日間生き抜く事。つまり、鬼を倒さずとも七日間生き抜けばいい。
そんな甘い世界じゃない。鬼を倒せる技量を持たなければ、この先を生き残れない。
「森羅、お互いに生き残ろうね。」
「ああ。真菰も気を付けろよ。」
俺と真菰はそう言って別れ、他の者達と同じく四方八方に散開した。
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四方八方に志願者達が散らばり、俺は何処かで休める場所を探す。七日間生き抜くためには、水や食料を自給自足しなければならない。
「何処かに水源があれば七日間は保つだろうけどな…。」
俺はそう呟きながら、野宿出来そうな場所を求めて山中を歩く。すると
「ケケケッ!来たぞ、獲物が来たぞ!」
「どけよっ!俺がそのガキを喰う!」
「ああっ!?最初に俺が見つけたんだ!てめぇらは邪魔だ!」
俺の目の前に、餌を求めて三体の鬼が姿を現した。肌が色白い、角を生やしている、竜人族のような耳など、普通の鬼と共通する部分だ。三体の鬼は俺を見つけるや否や、我先に喰おうとする者同士で口喧嘩していた。
閃武さんが言うには、鬼同士は互いに同族嫌悪しているらしく、例外を除いて群れて行動する事はないという。その上、飢餓の末に共食いまでするらしい……憐れだよな、基本的に不死身なのにカニバリズムも止さなければならないなんてな……。
「それなら一番先にあいつを喰えばいい話だぁ!!」
呉越同舟とはこの事か、鬼達は一番先に俺を喰おうと一斉に飛びかかってきた。
俺は刀を鞘から抜く。閃武さんから借用した緑色の刃を持つ日輪刀だ。
刀を構えながら『シィァァァァ』と旋風の如き音を鳴らして心肺に、血潮に、肉体に、骨格に酸素を取り入れる。
「(全集中・風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削ぎ!)」
ズバババババッ!!
刀に風のエフェクトを纏い、俺は目の前にいる三体の鬼に向かって地面を抉りながら突撃する。
俺の体を覆う螺旋状の風は刀と共に鬼の肉体を斬り裂き、宙へ舞った。その際、“硬い何か”を斬り裂く感覚が右腕に伝わった………斬れた…“鬼の頸を斬れた”。二年前までは鉞を振るっても斬れなかった鬼の頸が、今は斬れる……地獄の鍛練は決して無駄じゃなかった。これなら…………いや待て、頸を斬れた感覚は“二体分”だった。もう一体は…?
「邪魔者はいなくなったァ!あのガキは俺の獲物だあああッ!」
俺は足を止めて振り返ると、一体だけ頸が斬れてない鬼がいた。残った鬼は競合相手がいなくなった事をチャンスと見立てて、欠損した手足を再生しつつ、重力に身を任せて俺に向かって落下してきた………悪いが、鬼の胃袋の中はごめんだ。
「(肆ノ型 昇上砂塵乱!)」
俺はそのまま地面を巻き上げる勢いで生き残った鬼をその頸ごと木っ端微塵に斬り裂いた。
頸を断たれた鬼は断面の端から黒く炭化して消滅していく。日光を浴びた鬼が、日輪刀で頸を斬られた鬼が辿る末路は同じだ。
「…よし、一先ず片付いたな。」
いちいち鬼の最期を弔ってもいられない。鬼は人の血肉を求めて志願者達を襲ってくる。休息できる場所を探そう。可能な限り水源が近い場所を。
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しばらく歩いていると滝の音を聞こえたため、俺はすぐに音の聞こえる方へ走る。
…ビンゴ。音のする方へ辿り着くと、そこには滝が流れる水源があった。それに、水溜まりには淡水魚も何匹か泳いでいる。この近くなら食料と水には困らないだろう。寝床は…付近の木々を利用する他ないな。洞穴だと鬼が潜んでる可能性が高いからな。
俺は一旦水を飲もうと滝に近づく。
「あ、よかったぁ~。ここなら水不足に悩まされなくて済むよ。」
俺より遅れてもう一人滝に近づく者がいた。あの時、真菰を嘲笑っていた野郎共に注意を行った少年だった。
「ん?君は…。」
「よう、あの時はありがとな。」
「いいよいいよ。女の子を嘲笑うあいつらが許せなかっただけだから。」
「えーと…名前だったっけ?」
「僕は御影輝満(みかげ てるみ)だよ。」
「豪鶻森羅だ。」
輝満と名乗った少年と共に水を飲む俺達。心無い野郎共に注意する姿勢をとった輝満。対面して第一印象最悪な奴らばかりの中、輝満は信用してもいいと感じた。
「にしてもさ、あいつらは心が無いのか?真菰を嘲笑ったりして…。」
「仕方ないよ。今の時代、戦後故に不景気だからね。人身売買も止さないところもあるそうだし。」
戦後故に国全体が不景気…しかも人身売買も平然と行われてる…この国はそこまで荒んでたのか…。
「ってことは、あいつらが最終選別を受けたのは金のためか?」
「十中八九そうだろうね。鬼を倒せる実力さえあれば、給料も出るし、生活も安定する。」
なるほど…確かにハンターも鬼殺隊も似ている部分はある。ハンターがモンスター達を倒せばギルドから報酬が出るように、鬼殺隊員が鬼を倒せば上から給料が出る。俺が古龍だった頃にも、金目的でハンターになった奴らと対峙した事は幾度もあった。その度に返り討ちにしてやったが。
安全に入隊したいとかほざいていたあの“犀の目野郎”の心情にも頷ける。不景気故に稼げる拠り所が鬼殺隊しかないから、という事だろう……………そんな安全に出世が望める甘い世界じゃないんだよ。この世界も、あっちの世界も。
「そういえばさ、なんで輝満はこの最終選別を受けた?」
「僕はね、外国に憧れてるんだ。」
「外国?」
「うん。僕の家系は冒険家で、色んな世界を旅しているんだ。僕は世界中を旅したい。鬼殺隊に入隊しようと思ったのも、旅路用の路銀を手にいれるためと、自分を鍛え直すためなんだ。」
「へぇ~…でも、それだったら呼吸や剣術を修得する必要はないんじゃないか?」
「ははは…甘いよ森羅。外の世界だと、“吸血鬼”という鬼と似たような存在がいるって噂があるからね。その点でも全集中の呼吸を学んだ方が無難だよ。」
吸血鬼かぁ…俺のいた世界で吸血鬼というと、かの毒怪竜や喰血竜みたいなのが連想してくる。なるほど…全集中の呼吸は所謂“退魔の剣”みたいな役割があるのか…。
輝満が鬼殺隊に入る目的は、外国へ冒険するための路銀と身体能力向上、それから外国の知識の勉強か…。世界を冒険……大きい夢だな。
そう聞くと古龍だった頃を思い出す…龍気を用いて音速で空を飛んでいたからな…。
「森羅はどんな夢を持ってるの?」
「え?」
俺の夢………か……古龍としての俺はただ本能に身を任せて悠久の時を生きていただけ…そして生まれ変わった今では、全てを奪った鬼に対する“復讐”しか、俺の頭にはなかった……夢なんて、そんなもの抱いたことすらない。
でも……細やかなものならあるか。
「夢…とは言い切れないけど、今はこれかな。」
俺はそういって懐から一冊の手記を出す。宙の呼吸の研究ノートだ。
「それは?」
「全集中・宙の呼吸。これを完成させる事が俺の今の目標だな。」
「新しい呼吸の開発かぁ。すごいね!」
「そうか?俺の師匠から聞いたら、派生は珍しい事じゃないと言ってたけど。」
「それでも、自分自身で新しい呼吸を作るのは凄いと思うよ。」
呼吸の派生自体は珍しくない。それは閃武さんとの鍛練の際に聞いた事だ。剣士がどの呼吸に適しているかは各々の日輪刀の色で分かるらしく、その色の呼吸に適していなければ別のやつを使うか自力で編み出すしかない。
「その内完成すると思うから、夢でも何でもないけどな。夢とかそういうのは、俺は一度も考えた事なかったからな…。」
「まぁ、鬼殺隊に入ると夢を考えるどころじゃなくなるからね。気持ちは分からなくもないよ。でも、鬼との戦いが終わった後の事も考えてみるのも、悪くないと思うよ。自分の人生を、楽しく過ごすためにね。」
「戦いが終わった後か…考えてみるよ。俺も…その後の事を。」
「うん、きっと見つかるはずだよ。」
そう言うと、輝満は立ち上がる。一ヶ所に固まると鬼達が寄ってくるのを察したからだろう。
「じゃあ森羅、また後でね。」
「ああ。」
そうして輝満は俺との挨拶を交わした後、別の場所へと去っていった…………鬼との戦いが終わった後……かぁ……。
俺に、その後なんて…あるのかな…?元は古龍という、後先考えず生存本能に従って生きてきた俺に…………。
そうだ、一つ思い出したな…空の“もっと先だ”。空の向こうの……“宇宙”に憧れていたな。
古龍だった頃も、空の遥か先にある宇宙にまでは届かなかった。だからこそ、宇宙に強い憧れがあった。その記憶は生まれ変わってから薄れていたけど、前世での夢も捨てたもんじゃないな。その憧れを形にしたものが宙の呼吸なのかもしれない。自分にも“夢”はあったんだな…。
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最終選別から6日が経った。次の夜明けまで生き残れば、最終選別は合格となる。
最終選別の間、何体か鬼と遭遇したものの、問題なく倒した。それ以外は俺は水を汲んだり魚を獲ったり、宙の呼吸の型を開発したりして過ごしていた。
「あの二人…大丈夫かな?」
真菰と輝満はどうしてるんだろうか…まさか鬼に喰われたりしてないよな?……いや、駄目だ……二年前の光景を思い出してしまう…これ以上兎追いするのはやめよう…。
人間に生まれ変わると、こうも心配症になってしまうものなのか…………っ!?
「…っ!?」
刹那、俺の中で何かが危険を察知した。誰かが鬼に襲われてるのか…!?
俺は急いでその場所へ走る。何時でも刀を振れるようあらかじめ抜刀しておく。
「き、聞いてないぞ!何で大型の異形の鬼がここにいるんだよ!?」
俺が向かっていると、反対側から“異形の鬼”から逃げてきた少年と鉢合わせた……気配が妙に濃いと思ったけど、異形の鬼…つまり、血鬼術が使える鬼か…!
「どうした!?」
「おい、お前も逃げた方がいい!あっちには異形の鬼がいるんだぞ!」
「誰か戦ってるのか?」
「ええっと…女の子だ。“狐の面”を付けた….。」
「っ…!!」
刹那、俺は我武者羅に疾走する。逃げてきた少年の制止など知った事か。
真菰だ……あいつが今、異形の鬼と戦っている…!
嫌な記憶がどうしてこうも容易くフラッシュバックしてくるんだ……昴斗家を一夜で失ったトラウマが連想してしまう…!
頼む、無事でいてくれ…真菰…!!
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
私は今、目の前にいる大型の異形の鬼と対峙している。先程襲われていた男の子を助けてあげた私は、代わりにあの鬼に向けて刀を構える。
『おい、その狐の面を付けた小娘、鱗滝の弟子だな?』
「!?…鱗滝さんを知ってるの?」
『知ってるも何も、俺をこんな牢獄に閉じ込めたのはあの“クソ野郎”だからなぁ…!』
私の師匠である鱗滝さんを“クソ野郎”と罵倒する程に憎悪に満ちた声。
『十一、十二…そしてお前で十三人目だ。』
「何のこと…?」
『俺が喰らった鱗滝の弟子の数だ。あのクソ野郎の弟子はみーんな喰い殺すって決めてるからなぁ。厄除けの面とか言われてるが、実際はそれを付けたせいで俺という鬼に喰われて死んだ。鱗滝が殺したようなもんだ。まさに災厄って訳だ。』
「!?」
鱗滝さんの弟子達を…喰い殺した…?私があの岩を斬った時、最終選別に行かせる気はなかったと鱗滝さんは言っていたけど、これが原因だったってこと?……………目の前の“クソ野郎”が…鱗滝さんを散々悲しませた元凶…!
『小娘、貴様も俺の手で喰い殺してやる。鱗滝への見せしめとなれ!』
「黙れ…アンタのようなクソ野郎が鱗滝さんを馬鹿にするなぁぁぁぁ!!」
私は憤怒に染まったまま、目の前の鬼に向かって突撃する。
こいつのせいで、私の兄弟子達は帰ってこなかった…師匠が今まで育ててきた弟子達が最終選別から帰ってこなかった。
だから…ここであの鬼を仕留める…!
異形の鬼はその体に何本も生やして巻き付けた腕の一部をこちらへ飛ばしてくる。師匠は言っていた…鬼は人を食べた数だけ強くなり、次第に怪しき術…“血鬼術”を使ってくると。あいつは、兄弟子達も含めて数十人は人を喰らっている…。
ならば、私が皆の無念を晴らすまで…!
私は一旦呼吸を整えて『ヒュゥゥゥゥゥ』と波風のような音を立てて、大量の酸素を身体に取り入れる。
いけない、怒りで呼吸が乱れるところだった。呼吸が乱れたらあいつに喰い殺される…落ち着いて、柔軟に…!
「(全集中・水の呼吸 玖ノ型 水流飛沫・乱!)」
私は鬼が放ってきた腕をジャンプして乗り、その腕の上を駆けていく。鬼が繰り出してくる無数の腕を飛び乗っていきながら、鬼の頸へ目掛けて全速力で走る。
こいつを倒して、師匠の…鱗滝さんのもとへ帰るんだ…!
『くくくっ…なかなかすばしっこい狐だ…なぁ!』
「っ!?…きゃっ!?」
鬼が不気味な笑みを浮かべると共に、突如として地面から生えてきた新しい腕によって、叩き落とされてしまった。
地面に叩きつけられた影響で、全身が痙攣する…だめ…こんなところで止まっちゃだめ…!
「!…ああっ…!」
鬼はそれを見て間髪入れず私の手と足を掴んで拘束した。
動けない…!力が強すぎる…!
『狐ごときが、喰い殺すのは容易だ。だが、俺は非常に機嫌が悪い。鱗滝の奴に、慶応の頃からこの牢獄の中で閉じ込められてから長く経つからなぁ…!』
私を拘束した鬼は師匠への憎悪を吐き続けた。そして次の瞬間、鬼の視線は卑しく不気味なものなり、私はそれに恐怖を感じた。
一体…何をする気なの…?
『そうだなぁ…今まで喰ってきた鱗滝の弟子達の中に“女の餓鬼”はいなかったなぁ…だから…!』
ビリィィィッ!
「えっ………?」
鬼の手が私の方へ近付いてきたや否や、私の着ていた着物を引き裂いた……直後に露出する私の裸体。
『ただ腕や足を引き千切っても面白くない。お前はただでは殺さない。もっと惨めに弄んでからだ…!』
「っ…嫌っ…!やめて…やめてよぉ……!」
私の脳裏に浮かんでくる光景…手足を千切られるどころじゃ済まない屈辱…!
犯される……!嫌だよ…!死ぬ前にこんな酷い仕打ちを受けるのは嫌……!!
助けて………
助けてよぉ………森羅……!
『鱗滝に引き取られた事を後悔するんだなぁ!』
「い………いやぁあああああああああああああああああああああああ!!」
ズバァァァッ!!
『ぐぅっ!?』
私に向かってその手が届く事はなかった。横から飛んできた誰かによって、その腕を切断されたからだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
真菰が異形の鬼と交戦しているという情報を聞き、俺はさっきの少年が逃げてきた方向へ全速力で突っ走る。
「…!…あいつか…!」
捉えた。奥にゴブリンみたいな色の巨体を持ち、無数に生えた腕を身体に巻き付けている異形の鬼だ。あいつが異形の鬼か…………っ!?
「真菰…!?」
俺は別の方向を見ると、異形の鬼に拘束された真菰の姿があった。そして鬼は今まさに、手を下そうとしていた。
このままだと、真菰が死ぬ……
俺が閃武さんに引き取られる前は、無力なままで、家族すら守れなかった……けど…俺はもう二年前とは違う…!
俺は全力疾走した上で目の前の木を思いっきり蹴り、その勢いで滑空しながら、真菰に向かって飛んでいく鬼の腕に突撃する。
俺はその際『キュィィィィイイイン!』と、かつて古龍の頃と同じ、そして閃武さんとの鍛練を積む前に行っていたジェットエンジンの如き甲高い呼吸音を鳴らして酸素を取り入れる。刹那、刀は星雲と彗星を連想させる光のエフェクトを纏う。宙の呼吸…まだ未完成だが構まない!
「(全集中・宙の呼吸 壱ノ型 天狼双星!)」
『ぐぅっ!?』
俺は双子の狼の如き闘気を刀に纏わせつつ、二発の斬撃を鬼の腕に叩き込んで切断した。
俺は切断した鬼の腕を蹴りつけて、鬼のもとへ滑空。着地と同時にその場の地面を刀で擦り、砂を巻き上げながら『シィァァァァ』と風の呼吸に切り換える。
「(全集中・風の呼吸 陸ノ型 黒風烟嵐!)」
『ぐうっ!?くっ…目がっ…!?』
俺は巻き上げた砂を陸ノ型を用いて更に巻き上げる。頸は斬らない。まずは鬼の目を一時的に怯ませる。
そして鬼の身体を蹴って滑空し、今度は拘束されている真菰のもとへ向かう。
俺は真菰を拘束している腕を切断した。
「よっと…。」
俺は拘束を解かれた真菰を抱えて着地した。
「怪我はないか、真菰。」
「……森……羅………わ、私……私……う、うぇぇぇぇぇぇぇ……。」
助けた否や、真菰は泣き出してしまった。相当怖い思いをしたのだろう…言動から察するに、酷く狼狽してしまっている。
俺は泣いている真菰を慰めていると、あるものに視線が入った。ビリビリに引き裂かれた“花柄の布切れ”があちこちに散らばって……“そういう事か”……。
『ぐぅぅっ…!貴様ぁぁ!よくも邪魔してくれたな!?折角鱗滝の弟子を殺せると思ったのにぃぃぃ!』
「…黙ってろよ屑。」
目くらましから立ち直って逆上する鬼に、俺はドスの効いた声で返した。
「それがなんなんだよ。お前、自分が何したか分かってんのか?女の子にこんな事しやがって…斬られる覚悟あるんだろうな…!?」
目の前の糞野郎…あいつは真菰を犯してから殺そうとしやがった…絶対に生かしておけない…!
俺は目の前の“腕戦車”と対峙する……が、その前にやっておく事がある。真菰だ。今の彼女は現在、あの野郎に着物を破り捨てられて裸の状態だ。
「これを羽織って帯で絞めて。」
「森羅…。」
「隠れてて、俺が奴を仕留めるから…。」
俺は着ていた羽織と右肩に襷掛けしていた二本の帯を外し、それを真菰に渡す。泣き疲れて目元が涙で赤く腫れている真菰。最悪廃人になりかけたんだ。致し方ないだろう。
真菰から視線を変え、目の前の“腕戦車”に向ける顔は…“憎悪と憤怒”だけだ。
元々龍は憤怒を象徴とする生き物。それは古龍だった俺にも当てはまる。龍の如く怒り、爪で肉を引き裂き、顎で骨を咬み砕き、息吹で有象無象を焼き尽くす…それが俺だ。
「おいクソ野郎、小便は済ましたか?仏に参拝は?山の麓でガタガタ震えて命乞いする心の準備はOK?」
刀を構えて宣戦布告。恐怖など、狼狽など、微塵もない。
『…調子に乗るなよ餓鬼がぁああああああ!!』
とことん傲慢な腕戦車。逆上しつつ俺の周りに無数の腕を地面から生やしてきた。
「(全集中・宙の呼吸 拾壱ノ型 森羅万象)」
刹那、俺の視界は青くなり、物体がトラッキングされると同時に熱分布を表すようになった。全集中の呼吸は一度に大量の酸素を取り込み、それらを身体中に循環させて身体能力に瞬間的なブーストを掛ける技術だ。森羅万象はその取り込んだ酸素を全て脳に循環させる。これにより、鬼の行動パターン、血鬼術の解析を効率化させる。
あいつの体には目に見えるように無数の腕を体中に巻き付けて鎧として機能させている。それらを展開して文字通り手数で攻めてくるのだろう。弱点となる頸周りには腕が何重も巻き付いており、硬い頸も相まって断ち斬る事が困難になっている。
「っ!」
森羅万象を解除し、俺は酸素を身体中に循環させると、迫り来る腕を凌ぎながら突き進んでいく。鬼の再生力は凄まじい。いくら腕を切断しても再生する。ジリ貧になる前に突っ走る…現状それだけだ。
「(風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削ぎ!)」
螺旋状の風を纏いながら突撃し、迫り来る腕を次々にズタズタにしていきながら距離を縮める。このまま頸をぶった斬る…!
俺はそのまま接近しようとしたその時…
「っ…!?」
地面からの違和感を感じ取り、すぐさまブレーキを掛けて後ろに下がる。
すると、地面から腕が何本も生えてきた……あいつ、植物のように地面から腕を生やす…いや違う、腕を地面に隠していたのか。森羅万象を使って奴を分析してたけど、確かに地面にも妙な熱源があった。
地面を経由して伸びた腕はこちらに向けてまっすぐ迫ってくる。俺は跳躍中だ、普通なら避ける事は出来ない。
『くっくっくっ…空中では避けられないぞ餓鬼…!』
腕戦車は勝利を確信したかの如く不気味な笑みを浮かべていた。
俺は宙の呼吸に切り換えると、空中で身体を捻らせて姿勢を横にしていく。
腕戦車の腕の一本が俺の身体をギリギリで横切っていき、左手に持った刀に向かっていく。俺は鬼の腕が刀にぶつかる直前で刀を反転させて峰の方を向けた。
刀は横から強い衝撃を加えられるとあっさり折れる。これは閃武さんから執拗に教わった基礎だ。宙の呼吸を考案する際、俺は逆に考えた。“峰に真っ直ぐに衝撃が加わるとどうなるか”。
答えは単純、威力が強くなる。鬼の怪力を受け流してそれを反撃に用いる…それこそ…!
「(宙の呼吸 伍ノ型 光帆!)」
『何っ!?』
腕戦車の腕が刀に接触。その怪力を受け流して迫ってくる腕を一気に切断した。
宙の呼吸が未完成である現状、これは一か八かの賭けだった。光帆は本来、森羅万象をフルで活用して相手の行動を見切らないと刀が折れてあの世逝きの反撃技だからだ。
俺は着地すると、一旦真菰のもとへ行く。俺が指示した通り、羽織を深く羽織って二本の帯で締めている。一本は腰回りに、もう一本は左肩から襷掛けで…………うん、これ以上は触れないでおこう。
「動けるか?」
「うん…多少は痛むけど…。」
俺が駆けつけた時はかなりの力で拘束されていたはずだ。あまり無理をさせず、離れた場所に逃げるよう言うのがいいな…。
『糞餓鬼共めぇ…バラバラに轢き潰してやるぅ!!!!!』
刹那、逆上した腕戦車は切断された腕を再生すると、そのままこちらに向けて走ってきた。その光景は、まるで“やばいものを加えられて突然変異した薔薇”のようだった。
「離れろ真菰!」
左右に別れて腕戦車の突進をかわす。俺は迫り来る腕を凌ぎながら突き進む……………って、何で真菰も突撃してるんだ!?
「何してるんだ真菰!?早く逃げろ!」
「あいつは、鱗滝さんの…私の兄弟子達を殺した!だから、ここで…皆の仇を取る!」
真菰の兄弟子達を殺した…!?そういや、さっき逃げてきた青年は異形の鬼がいるとは聞いてないって言ってたな…もしやあの鬼は、真菰の師匠…鱗滝という人に対する怨念だけでここまで生きてきたって事か…奴にとって鱗滝さんの弟子達を喰らう事が、鱗滝さんに対する一種の報復になるという訳か…。
真菰はその連鎖を断ち切ろうとしてる。仇を取るために…師匠である鱗滝という人のもとへ帰るために…。
「事情は分かった。けど、危なくなったらすぐに逃げろ!」
真菰だけであの鬼の頸を斬れるとは思えない。素早さはあるとはいえ、女性故の非力さがある。それに、拘束された影響で身体にダメージを負ってるはずだ。だったらやる事は一つ、彼女を援護する。あの腕戦車の頸をぶった斬るために!
「(水の呼吸 漆ノ型 雫波紋突き!)」
腕の上を走る真菰は波風のような呼吸音を立てて酸素を取り込むと、迫り来る腕に対して突きを繰り出した。刹那、腕戦車の腕に波紋が生じて威力が相殺された。
「っ!…はっ!」
斬ってもキリがない腕。多くは凌げないと判断したか、真菰は一旦腕を飛び降りて地上に着地しようとする。
『かかったなアホがぁ!』
着地狩りを狙おうとしたのか、腕戦車は着地地点に多くの腕を生やす。俺がいる事を忘れんなよ?
「(風の呼吸 参ノ型 晴嵐風樹!)」
俺は地面に生えた腕の中を潜り、それらを竜巻の如く斬り刻んだ。“障害物”を撤去した事で、真菰は問題なく着地した。
「ありがとう、森羅。」
「礼は後だ。あの野郎の頸を断つぞ。」
「うん。」
俺と真菰は腕戦車に向かって突撃する。腕戦車は切断された腕を再生して再びこちらに飛ばしてきた。
「ふっ、はあっ!」
迫り来る腕は俺が次々斬り裂いていく。これぐらいの腕の数なら何の問題もない。
「森羅、背中借りるよ!」
「ああ、行け!」
鬼の腕を斬ったところで俺は前のめりの態勢になる。そこを真菰が俺を踏み台にして跳躍し、再び腕戦車の腕を走っていく。俺もすぐにダッシュして腕戦車との距離を詰める。あともう少し…!
『ぐうっ…!とっとと死ねよ虫ケラァァァァァ!』
どこまでしつこいのか、腕戦車は俺と真菰の双方に大量の腕を飛ばしてくる。性懲りもないなあいつ…。
「(水の呼吸 玖ノ型 水流飛沫・乱!)」
「(風の呼吸 参ノ型 晴嵐風樹!)」
真菰は鬼の腕を次々飛び移りながら攻撃を搔い潜り、俺は迫り来る腕の数々を木っ端微塵にして突き進む。腕戦車が切断された腕をすぐに再生。俺達に向けて大量に飛ばそうとしたその時
「はあっ!!」
ザシュッ!!
『ぐわあああああっ!め、目がぁぁぁぁぁ!!?』
何者かが腕戦車の目を潰した。その瞬間、俺と真菰に向かってくる腕が全く違う場所にぶつかっていく。
あの黒髪の少年…もしかして…!
「輝満!」
「森羅、今だ!」
「ああ!」
咄嗟に駆けつけてくれた輝満のおかげでチャンスを得た俺と真菰。目の再生、それから腕を戻すのには少々の時間を要するらしい。再生と準備をさせる機会なんて与えない。これで決着をつける!
真菰は腕から本体の方へ跳躍していく。俺は腕戦車の近くまで寄ると、低い姿勢を取りながら宙の呼吸を行う。あいつの動きを見て察した事が一つある。奴は“頸周りの腕”だけは絶対に動かさない事だ。真菰だけじゃ頸を斬れないというのはこれが理由だ。恐らく保険だろう。腕を防具代わりに頸の防御力を高めているんだ。頸を斬るのを失敗したところをバラバラに引き裂こうというあいつなら考えている計算だろう。だったら、その“腕の鎧”を剥がすまでだ…!
「(宙の呼吸 陸ノ型 火箭・青龍鉤!)」
真上に跳躍すると同時に、頸を守っていた腕を切断した。だが気を抜くな。頚を斬れなきゃ、全てが水の泡だ。
俺は風の呼吸に切り換えながら、腕戦車に向けて滑空する。真菰も跳躍した状態から鬼の頸を斬る態勢に入った。これで終わりだ…お前の頸を…断ち斬る!!
『弱小者の餓鬼共がぁ!!俺がぁ……貴様ら如きにぃぃぃぃ!!』
「(水の呼吸 壱ノ型 水面斬り!)」
「(風の呼吸 捌ノ型 初烈風斬り!)」
ズバァッ!!!
『ぐわぁぁ…!』
二つの斬撃は、頑丈な腕戦車の頸を断ち斬った。鬼の頸が宙を舞い、そして地面に落ちる。
腕戦車の頸の断面から徐々に消滅が進行していく。
『ぐぅ…ううっ…!鱗…滝……めぇ…!鱗…滝………!』
消滅していく中、腕戦車は最期まで鱗滝に対する呪詛を延々と唱えて、跡形もなく消えた…。
俺達は最終選別の中、異形の鬼を討った。それだけの達成感は感じ取れる。
「ありがとう。森羅がいなかったら私、あのまま兄弟子達の仇すら取れずに…。」
「おいおい、もう過ぎた事は言うなよ。仇は取れたんだし、何より大怪我なくてよかったよ。」
あの鬼を倒して兄弟子達の仇を討った。その心情はにこやかな笑顔で想像が出来る。
「おーい、森羅ー!」
「輝満、お前も無事だったんだな。」
「うん、異形の鬼から逃げてきた人から、二人が戦ってるって聞いたから急いできたんだ。いざ来てみたらびっくりしたよ。選別の最中であんな大きな鬼がいるなんて予想外だったからね。」
輝満でさえ驚くのも無理はない。この最終選別には人を2、3人喰った程度の鬼しかいないと聞いた。けど予想外など何処にでもある。特に生存本能と執念だけで何十年も生きてきた先程の鬼は。
「ねぇ森羅、この人は?」
「輝満の事か。あの輩共に注意してた子だよ。」
「やっぱりそうだったんだ。私は真菰。よろしくね。」
「御影輝満だよ。うん、よろしく真菰ちゃん。」
そんなこんなで、自己紹介が終わった。すると輝満は俺のもとへやってくる。小声で話すつもりなのか、俺に顔を近づける。
「ところで森羅。」
「ん?」
「真菰ちゃんの服装、選別開始の「“そっから先”を言うな、いいな?」…うん、察したよ…。」
何か察したのか、静かに返事をした輝満。駆けつけたばかりだったから状況知らないのは仕方ないが、そこから先は触れてはいけない…嫌われ者になりたくなければ。
「ん?…もう日の出だね。」
「確か、7日間経ったはずだから、これで合格だね。」
「ああ、広場に戻ろうか。」
そうこうしてるうちに、日の出が出てきた。これで晴れて入隊か…ようやくか。
俺達は選別開始前の広場に戻ろうとしたその時
シュルルル………バサッ…
「ん…?」
「へっ…?」
刹那、何かが地面に落ちる音がした。それに反応して俺は“振り向いた”……いや、“振り向いてしまった”。
「………あっ……(汗)。」
「は……ぅぅぅ………!」
そう、“襷掛けしていた帯”が解けて落ちており、その影響で…………って、しまった………!!
「そ、そういや輝…満…あれ…?」
俺は振り返ると、輝満がいない事に気がついた。
あの野郎、一人だけで逃げやがったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!??
「う…ううううう…!」
「はっ…!?」
また振り返ると、いつの間にか涙目で顔を強ばらせ、刀(勿論納刀してある)を構えた真菰が………あっこれ、もうアカンやつだ…。
「まっ…真菰…真菰さん……これはその……不可抗力というか何というか……勘弁しt」
「この……馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
メメタァァァァ!!
「ボ ル ボ ロ ス ッ!」
真菰の会心の一発が見事に俺の顔面に直撃。その衝撃で俺は地面に倒れ伏した。羞恥心が有頂天まで昇ってしまった真菰は涙目で頬を膨らませながらスタスタと歩いていった。
どうして…どうしてこんなにも締まりが悪いんだ…。(´ ・ω・`)
~大正こしょこしょ噂話~
1.森羅(バルファルク)が開発している宙の呼吸の型は全部で“12個”あるらしい。
2.今回出てきた腕戦車は、手鬼と同じ姿だがあちらとは別個体。鱗滝との因縁諸々の設定は腕戦車に引き継がれております。
~next voyager~
「最終選別、合格おめでとうございます。」
「生きてた…生きてたんだ…!」
「貴方…誰なの?」
「俺は昔、鬼とは違う…“より厄介な存在”に遭遇してな…。」
「依頼されたお前の日輪刀、持ってきたぞ。」
次回『入隊 -WELCOME-』
「自分が何をやったか、分かっとんのか?」
「いや、あの…その」
「分”か”っ”と”ん”の”k”」
つ づ く