艦娘恋物語   作:青色3号

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瑞鶴の場合

激しい足音が鎮守府の廊下を響き渡る。勢いよく提督執務室の扉が開かれる。何事?と秘書艦の加賀が振り返ると、この鎮守府の提督が転がるようにして執務室に走り込み、そのまま加賀の背後に隠れる。未だ状況を掴み切れない加賀の前で、扉のところに完全武装の瑞鶴が立ちはだかり矢を弓につがえて声を張り上げる。

 

 

「全機爆装、準備出来次第発艦!目標、執務室の提督!やっちゃって!」

 

「ままままままて瑞鶴、話し合えばわかる!」

 

「問答無用!」

 

「…いったい、なんの騒ぎ?」

 

 

呆れかえった表情を隠そうともせず背後の提督に加賀が問うと、提督が答えるより先に瑞鶴が矢をつがえた姿のまま高い声を上げる。

 

 

「空母寮のお風呂場の窓の下でうろうろしてたなんて目的はひとつ!このどスケベ提督!」

 

「誤解だ!あれは電たちと一緒に迷子になった猫を探してて…」

 

 

雷と電が鎮守府に紛れ込んだ子猫を可愛がっているところに提督が通りがかったのだ。思わず提督も手を子猫に伸ばしたが子猫は何を感じ取ったか逃げ出してしまった。必死に探す雷と電をそのままにしておくわけにもいかず提督も自ら子猫を探し回る羽目になり、ウロウロしているうちに空母寮の風呂場の窓の下に迷い込み、そこを通りがかった出撃帰りの瑞鶴に見つかって―――今に至るのであった。

 

 

そこまで誰も説明していないが素早く状況を読み取って加賀は瑞鶴にいつも通りの冷えた口調を向ける。

 

 

「五航戦、とにかくその矢を下ろしなさい。こんなところで艦爆を出撃させたら部屋が汚れてしまうわ。」

 

「俺は!?ねえ、俺の心配は!?」

 

「提督も女性の後ろに堂々と隠れないでください。さすがに気分が低迷します。」

 

「お願いします護ってください加賀様艦娘様大明神様!!!」

 

 

海原では無敵を誇る艦娘とて今の加賀がそうであるように艤装を外してしまえばただの妙齢の女性に変わらないのだが、今の提督ならくまのプーさんのぬいぐるみだったとて自分の盾にしただろう。額に指をあて首を振り、小さくため息を吐く加賀の耳に小さな足音がふたり分届く。執務室に姿を現わしたのは子猫を抱いた電とその隣で満顔の笑みを浮かべ胸を張る雷。

 

 

「提督さん、猫さん、見つかったのです!」

 

「ほーら私に任せれば大丈夫でしょ?…て、瑞鶴さん、なにしてるの艤装つけて?」

 

 

不思議そうに自分を見上げる電と雷の無垢な瞳にさすがに落ち着きを取り戻させられ、と同時にどうやら提督の言い分が間違ってなかったと思い知らされ、それでも素直には非を認められずに瑞鶴は渋い顔をして弓を下ろす。ふてくされた顔を浮かべてくるりと提督たちに背を向け、瑞鶴はその場を立ち去るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事件の発端となった空母寮大浴場、その湯船に身を浸しながら瑞鶴はぶつぶつ文句を言う。

 

 

「だいたいがあんなところわざわざ探すことないのよ。わざとらしいじゃない。絶対、あわよくばとか思ってたに違いないわあのスケベ提督!」

 

 

これはひとり言ではなく愚痴の相手にさせられているのは同じく湯船に身を沈める姉妹艦の翔鶴。血気盛んな妹と違い落ち着いた物腰の姉は今日もぷりぷり頬を膨らませる妹のなだめ役になる。

 

 

「そんなに疑うものじゃないわ、瑞鶴。ちょっと提督がかわいそうじゃない。」

 

「そんなこと言ったって…」

 

「ふふ、それにしても提督のお話をするときの瑞鶴は嬉しそうね。」

 

「はあ!?」

 

 

ジャバッ!と大げさに水音を立てて瑞鶴は翔鶴を見つめなおす。

 

 

「何言ってんの翔鶴姉!?私はアイツに腹を立てて…」

 

「嬉しそうに腹を立ててるってこと。」

 

「…意味わかんない。」

 

 

顔を半分湯に沈めブクブク泡を立てながら瑞鶴は翔鶴から目をそらす。顔が赤く熱い気がするのは湯船のせいだけではないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

意味わかんない、なんて嘘。

 

 

 

 

 

 

 

 

自分でも、この想いは自覚している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し頼りないけど、でもいざというときには頼りがいがあって、自分たちのことを大切にしてくれて優しくて―――でも、この気持ちをどう伝えたらいいのかなんてわからなくて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の昼下がり、提督は鎮守府の中庭のベンチに身を預け背もたれに腕を広げて空を仰ぐ。チチチ…と鳴きながら青空を横切るスズメたちをぼんやり目で追う提督の耳に届く声。

 

 

「提督、」

 

「榛名、どうしたんだこんなところで。」

 

「はい、榛名はお散歩中です。」

 

 

ニコリと笑い榛名は提督の隣に座る。考えていたことを問うてみるにはちょうどいいと思ったか、提督は空を見上げたまま隣の榛名にとも自分にともつかない口調で問いかける。

 

 

「俺って瑞鶴に嫌われてるのかなぁ…」

 

「え?この鎮守府に提督をキライな娘なんていません。」

 

「でもこないだ曙にもまた『クソ提督』って言われちゃったしなぁ…」

 

「曙さんも照れ屋さんですから。」

 

 

納得いったのかいかないのか「む~」と唸る提督を榛名は微笑みながら見つめる。昼下がりの陽光がふたりのことを照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

執務室の前を通りがかり、何とはなしに立ち止まる。瑞鶴は扉のノブに手をかけると、心なし遠慮がちに押し開ける。

 

 

「あら五航戦。提督ならいないわよ。……露骨に私の顔を見て顔をしかめるのはやめて頂戴。」

 

 

そう言う加賀の顔もいつもの無表情ながら心なしか歪んでいる。加賀の言葉には答えることなく瑞鶴は部屋に足を踏み入れると加賀の顔は見ないまま加賀にというより壁に向かってとでもいうかのように皮肉にも聞こえる口調で声を放つ。

 

 

「秘書艦さんは忙しいのね。提督がいなくても部屋詰めなんて。」

 

「ええ、そうね。あなたは無駄にヒマそうだけど。」

 

 

皮肉の切れ味なら加賀の方が一枚上手だ。黙って瑞鶴は眉をしかめる。つづく加賀の一言は、いつも通りの静かな口調なのに、いや、いつも通りの静かな口調だからこそ、瑞鶴の心臓に突き刺さった。

 

 

「提督はなぜあなたを一向に秘書艦にしようとしないのかしらね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鎮守府の秘書官は古株の艦娘たちが交代で務めあげる。秘書艦という職務は激務であり長い間務めることはその艦娘の負担になることと、逆に艦娘の技能向上に大きく役立つ職務のため多くの艦娘が経験することが望ましいことからだ。特に戦艦娘や空母娘はそのほとんどが秘書艦を一度は経験していた――――瑞鶴を除いて。

 

 

 

 

 

 

 

瑞鶴は、秘書艦に命じられたことがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初のうちはそれが自然だと思っていた。着任早々秘書艦が務まるわけもないからだ。そのうちそのうちと思ううちに月日は流れ、後任の艦娘が次第に秘書艦を命じられるようになっても放っておかれ、秘書艦を経験しない年月の長さに比例して心の澱は溜まっていき―――今、そのど真ん中を加賀の鋭い矢で射抜かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何か言い返そうとして言葉が見つからない。目頭が熱くなるのを頭の片隅で自覚する。ダメだ、ここを離れなきゃと思うけど足は固まって動いてくれない。ダメだダメだと思うのに、水滴に形を変えた想いは両の瞳から溢れ零れ、涙となって瑞鶴の頬を伝い落ちる。

 

 

「ぅぅぅ…」

 

 

よりにもよって加賀さんの前で、と頭のどこかで知覚する。きゅっと目をつぶってガマンしようとするけれど涙は瞼の隙間から溢れて止まらない。そんな瑞鶴の様子を加賀は無言で見つめていたが、目を閉じふぅ、と息をつくとゆっくりとその白い手を瑞鶴の頭の上に伸ばす。

 

 

「言い過ぎたわ。悪かったわね。」

 

 

頭をぽんぽん、と掌で軽く叩かれ撫でられる。暖かな感触が伝わってくる。つい、と瑞鶴から掌を外し、加賀は執務室を離れる寸前首だけを振り向かせて瑞鶴に告げる。

 

 

「たまにはあの人の前でもそのくらい素直になってみせなさいな。」

 

 

それだけ告げると加賀は部屋を出ていく。自分をひとりにしてくれたのだとわかって瑞鶴は素直に感謝した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃中庭、ベンチの上。まだその場を動かない提督の横でこれまた動かない榛名が問いかける。

 

 

「なぜ、瑞鶴さんを秘書艦にしないのですか?」

 

「ん?んー…それやると、歯止めがかからなくなりそうでなぁ…」

 

 

何の、と問うほど榛名も鈍感ではない。なので問う代わりに榛名は眼を閉じクスリと笑って一言だけ答える。

 

 

「かけなくても、いいんじゃないですか?」

 

「む~…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鎮守府の本館の廊下を瑞鶴は歩く。眉を寄せ顎に指を添え考え事をしながら。と、向こうから見知った顔が近づいてくる。

 

 

「如月、」

 

「あら、瑞鶴さん。」

 

 

こんなことを聞くのもなんだとも思うが「素直になれ」とのアドバイスを頂いたばかりだ。なので瑞鶴は、すぅ、と息をひと息吸い込むと思い切って如月に聞く。

 

 

「ねえ如月…提と、じゃなくて、男の人に素直になるにはどうすればいいと思う?」

 

「え?そうねえ…一緒にお風呂に入ったり、添い寝してあげたりすれば?」

 

 

くるりと身を翻しその場を離れようとしながら、瑞鶴は背中越しに如月に言葉を投げる。

 

 

「他の子に聞く。」

 

「ああん、冗談よ…待って待って。」

 

 

このガキは、と思いながら怖い顔をしてそれでも瑞鶴は足を止め如月の方を振り向く。これ以上瑞鶴を怒らせる気もないのだろう、如月は少し考える顔になって告げる。

 

 

「そうねえ…プレゼントなんていいんじゃないかしら?」

 

「プレゼント?」

 

「そう。心のこもったプレゼント。」

 

 

別段素直になる方法を聞いただけで素直に想いを告げる方法まで聞いたわけではないがその辺額面通りに捉えるほど如月もおこちゃまではない。ついでに瑞鶴の強引なごまかし方など如月には看破されている。そんなことには気づくはずもなく瑞鶴は顎に指を添えて考える。考える瑞鶴を邪魔しないようにとでもいうかのように如月は黙ってその場を離れる。はっと気が付いた瑞鶴が顔を上げたときには如月はもういなかった。

 

 

「…お礼、言いそびれちゃったな…」

 

「瑞鶴?」

 

 

その声の方向に顔を向けると立っていたのは軽空母娘・瑞鳳。「こんなところで何を考え込んでいるのかしら?」と表情で訴える瑞鳳に瑞鶴はいきなり質問する。

 

 

「ねえ、瑞鳳。提と、じゃなくて男の人一般に喜ばれるプレゼントって何かな?」

 

「え?そうねえ、九九艦爆なんてどうかな?脚が可愛いのよ、脚が♪」

 

「…いやあなたへのプレゼントじゃなくて提と、じゃなくて男の人一般へのプレゼント。」

 

 

目を白黒させて瑞鳳は瑞鶴の真剣な顔を見つめ返す。よくまあそのボロの出し方で今まで持ってきましたねと思いはしても口には出さず、瑞鳳は素直に瑞鶴に答える。

 

 

「手料理なんかどうかな?」

 

「手料理?」

 

「ええ、手料理。男の人は女に人の手料理を喜ぶよ。この前作り過ぎた卵焼きあげたら、提督喜んで食べてくれたの。」

 

 

にっこり笑って告げる瑞鳳の笑顔が瑞鶴の中にひとつのイメージを作る。ほかほかふわふわの卵焼き。さらに乗せられ湯気を上げてなんだかとってもおいしそう。それを満顔の笑みで口にする提督。

 

 

ガシッ!と瑞鳳の肩を掴み瑞鶴は一気にまくし立てる。

 

 

「いい、それいい!瑞鳳、私に卵焼き教えて!お願い、瑞鳳先生!!!」

 

「え、は、はい…」

 

 

断ることなどとてもできない、そんな勢いの瑞鶴であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空母寮含む各艦娘寮には食堂が当然あるが、自炊したい艦娘や小腹のすいた艦娘用に小さな台所も設置されている。古びた道具が並ぶその台所に、エプロンをつけて瑞鶴は瑞鳳とともに立つ。

 

 

「それでは、はじめましょうか。」

 

「はい!よろしくおねがいします、瑞鳳先生!」

 

 

瑞鳳の言うとおりに卵をかき混ぜ、瑞鳳の言うとおりに出汁と砂糖を混ぜ、瑞鳳の言うとおりに火にかけて、瑞鳳の言うとおりに玉子焼き器の中で卵を丸めて重ねて―――

 

 

―――やがてその”物体”はできあがった。

 

 

「…ねえ瑞鳳、なんでこの卵焼きは黒いの?」

 

「知らなければ教えてあげるけど、これは”卵焼き”とは呼ばず”炭”と呼ぶのよ瑞鶴。」

 

 

そっか、と悪びれもせず口にする瑞鶴の横で瑞鳳はこれは思ったより長い戦いになりそうだと気づかれぬよう溜息を吐くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悪戦苦闘の末、それでもなんとかそれっぽいものはできあがる。風呂敷に包んだ弁当箱に卵焼きを詰め込んで瑞鶴は執務室を訪れる。たどたどしく扉をノックし返事を待たずに扉を開け、おずおずと顔をのぞかせる。

 

 

「おう、瑞鶴。」

 

 

執務室にいたのは書類を手に部屋の真ん中に立つ提督だけ。加賀がいないことに安堵しながら、それでも部屋に入るのには踏ん切りが必要で何度か瑞鶴は躊躇した後執務室に足を踏み入れる。何から話せばいいのか分からないままもじもじと立ち尽くす瑞鶴には目を向けぬまま、提督は自然な口調で声をかける。

 

 

「瑞鶴さあ…」

 

「え?は、はい!」

 

「来月から、俺の秘書艦やってくんない?」

 

 

ふわっと足元が浮き上がる感覚がする。トクン、と心臓が高鳴る。言葉が完全に頭に染み込む前に「はい!」と反射的にお返事する。そのお返事にようやく提督は笑顔を向け、瑞鶴が持っている風呂敷包に気づく。

 

 

「瑞鶴、何持ってるの?」

 

「え?あ、あ!こ、これは!」

 

 

心臓がもう一段階激しく波打つ。ドクドクと耳元で音がする。顔が紅潮するのをいやというほど自覚しながら瑞鶴はぎゅっと目をつぶり両手でお弁当箱を突き出して掠れた声で叫ぶように言い放つ。

 

 

「た、卵焼き、作りすぎちゃったから、た、食べたければ食べたらどうですか!?」

 

「え?瑞鶴が作ってくれたの?」

 

 

瑞鶴の震える手からお弁当箱を受け取りソファに座る。テーブルにお弁当箱を置き風呂敷を広げてフタを開ける。並んだ黄金色の卵焼き、そのひとつに箸を伸ばし提督はひとつあんぐと口にする。

 

 

「うまい。」

 

「え、ホント!?」

 

 

ぱあっと瑞鶴の顔に笑顔が浮かぶ。テーブルに小走りに駆け寄って自分もひとつ指でつまむ。にこにこ笑顔のまま口に運び―――そのまま目を白黒させ思わず叫ぶ。

 

 

「マズい!なにこれ!?」

 

「そうかなあ、うまいよ。」

 

「提督、舌がどうにかしてるんじゃないですか!?これ食べ物と呼べるシロモノじゃないですよ!」

 

「そんなことない、うまいって。」

 

 

まだ何か言い返そうとする瑞鶴の前で提督はもうひとつ卵焼きに見える物体を口に運び、もぐもぐと咀嚼しながら瑞鶴には顔を向けないまま口にする。

 

 

 

「瑞鶴の作ってくれたものならなんでもうまい。」

 

 

 

言葉が瑞鶴の心に羽を与える。ぽわっと胸が温かくなる。どんな顔をしていいのか分からないとでもいうかのように呆けた表情さらしたまま、瑞鶴は小さな声で呟く。

 

 

「…となり、座っていいですか?」

 

「どうぞ。」

 

 

すとんとソファに腰掛ける。青年と少女の肩がくっつく。伝わる提督の体温が鼓動を早めるのを感じながら瑞鶴はもうひとつ卵焼きをつまみあげる。

 

 

「…やっぱりまずい。」

 

「うまいって。」

 

 

初めて作った卵焼きはあんまり美味しいとは言えなくて―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――でも少しだけ、甘かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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