キュラキュラと金属の軋む音を立て、36.5㎝連装砲の砲塔が旋回する。迫りくる敵艦を射軸に捉え、戦艦娘が声をあげる。
「バ―――ニング、ラァァァァヴ!!!」
炎を吹き咆哮をあげる連装砲、宙を駆ける徹甲弾は敵戦艦に食らいこみ炸裂する。立ちあがる炎の中膝を水面につく戦艦ル級は反撃の一撃を食らわせようと砲身をあげるが、それより先に容赦なく金剛の第二斉射が放たれる。
「テイトクのheartを掴むのは、私デース!!」
空気を震わせる爆発音とともに吹き飛ぶル級の本体、残った残骸は波間に姿を消してゆく。水面から立ち上がる煙を見据え、金剛はようやく船速を落とすと強気な笑み顔に浮かべるのであった。
提督執務室の扉をバタン!と勢いよく開き金剛は室内に駆け込んでくる。
「テイトク、ただいまデース!」
笑顔満開の金剛の姿に提督の顔もついほころぶ。手にしていた書類から目を離し机から立ち上がると提督は金剛の前に歩み寄る。
「おかえり、金剛。お疲れ様だったな。」
「エヘヘ、テイトクのためならこのくらいなんでもないネー!」
無邪気な笑顔見せたまま腕を後ろ手に組んで健気に答えてみせる。今回の作戦の旗艦として、金剛は続いて戦況報告に入ろうとする。
「えーと、今回の作戦の結果はですネー…」
と、提督の机の上の黒電話がジリリ…と呼び出し音を鳴らす。開いた手だけで金剛を制すると、提督は受話器を持ち上げる。
「はい、提督執務室…ああ、大淀か。」
そういえば秘書艦の大淀の姿が見えなかったネー、どこかに行っていたのですかー、と金剛は首を傾げ考える。そんな金剛の見守る前で、提督は明らかに表情と声に興奮した様子を滲ませてゆく。
「…それは本当か!?もう準備はできて…え?こちらに向かってるって!?」
そのあと一言二言大淀と受話器越しに言葉を交わし提督は電話を切る。喜色を湛えた声を隠そうともせず、提督は浮かんでくる笑みを抑えきれぬまま金剛に説明しようとする。
「金剛、聞いてくれ!たった今、開発工廠で―――」
そのときコンコンと軽く扉がノックされる。「入ってくれ」との提督の声に答えて扉を開け姿を現したのは―――少し幼さを顔に残した、細身の、装甲空母娘。
「装甲空母・大鳳です。出迎え、ありがとうございます。提督…貴方と機動部隊に勝利を!」
ぴしり、ときれいな敬礼を捧げ着任したばかりの大鳳は名乗る。その大鳳に知らず手を差し伸べながら近づくと提督は嬉しさにうわずった声をかける。
「待ちかねたぞ、よく来てくれた…艤装は、もう入手したか?」
「いいえ、制服を着てすぐにここに来たので。」
「では二度手間で悪いんだが、一度開発工廠に戻ってくれ。明石が案内してくれるから――」
提督の笑顔を見つめていた金剛の胸に、どろりとした感触がよぎる。
…それが“嫉妬”だと気づくまで少し時間がかかった。知っている、大鳳を自艦隊に招き入れるため提督が何度も大量の資材を準備しては失敗していたこと、今その提督のひとつの苦労が報われたこと―――知っていてもなお、否、知っているからこそ、提督の喜びようが心を揺らす。
唇を噛み拳をぎゅっと握りしめ、下を向いて胸を渦巻く黒い感情の奔流に耐える。バタンと扉が閉まる音にハッと気が付いて顔をあげると、大鳳の去った後も提督はまだ笑顔で執務室の扉を見つめていた。
「いやー、ようやくこれで遠征組にも顔向けができる…ん?どうした、金剛?」
身体の向きを金剛に向けたところでようやく提督は金剛の様子がおかしいことに気がつく。身体を強張らせ自分を庇うように両腕を胸のところまであげる金剛に提督は近づき手を伸ばす。
「調子でも悪いのか?顔色が―――」
「触らないで!」
思わず差し伸べられた手を乾いた音を立てて払いのける。次の瞬間自分の行動が信じられなくて、金剛は茫然とした表情をすると同じように驚いた顔を見せる提督と目を合わせる。
「Sorry,テートク!」
「あ、金剛!」
提督が止める間もあらばこそ、金剛は執務室を駆けだす。戦況報告がまだだったな、と頭の片隅で考えるが、もう提督の顔を見られる自信がなかった。
桟橋に膝を抱えて座り込む。もう、提督にどんな顔をして会えばいいのかわからない。膝の間に顔を埋め、金剛は小さくクスンと鼻を鳴らす。
「お姉さま?」
聞きなれた声に顔をあげるとそこにいたのは姉妹艦の比叡。比叡は不思議そうな表情をすると金剛に向かって問いかける。
「お姉さま、こんなところで何をして…て、お姉さま泣いてる!?どこの誰ですか、お姉さまを泣かせたのは!!!許せませんッ!!!」
「ひ、比叡、落ち着くネー…」
頭に血を登らせる比叡に金剛は手を伸ばし宥めようとする。頭から湯気を吐く比叡をどうどうとあやしながら、金剛はどう比叡に説明しようかと悩むのであった。
結局、金剛は全てを比叡に正直に話した。提督の悲願だった大鳳の着任があったこと、その提督のあまりの喜びように望まぬ嫉妬をしたこと、提督の手を払いのけ、逃げるように桟橋まで走ってきたこと―――
先ほどまでと同じ格好で両膝を抱えながら、金剛は隣に同じ姿勢で座りこちらに顔を向ける比叡に語りかける。
「自分が情けないデース…テイトクが嬉しいならワタシも喜ばなくちゃいけないのに…もう、テイトクに合わせる顔がないデース…」
「お姉さま…」
一部始終を聞き終え、比叡は両手で頬を挟むと悩みに悩む。
「こ、これはもしかして提督からお姉さまを取り返すチャンス!で、でもお姉さまは今の状況を悲しんでらっしゃる…ああどうしよう、どうしたら…」
「比叡?聞こえないヨー」
ブツブツ独り言とも言えない呟きを隣で漏らす比叡のことを金剛はきょとんと見つめる。その金剛の目前で、決心がついたか比叡は立ち上がるとガッツポーズを作りまだ座ったままの金剛見下ろし宣言する。
「お姉さま、戦いましょう!」
「戦い…?」
「そう、戦いです!恋する乙女として、その大鳳とやらと決着を…」
「あら?金剛さん?」
いきなり割って入る澄んだ声、その声に金剛は立ち上がり声の主に顔を向ける。
「…大鳳サン?」
「ヒッ!」
比叡が短い奇声をあげて金剛の背中にしがみつく。どう言葉を続けていいかわからない金剛の前で、大鳳は丁寧にお辞儀をする。
「先ほどはご挨拶もできないで失礼いたしました…改めまして、大鳳です。よろしくお願いいたします。」
「あ、こちらこそよろしくお願いシマース…」
「さっきまで提督と一緒だったのよ?」
その言葉にまたもどろりとしたものが胸に満ちるのを感じる。そしてそんな自分がイヤになる。そんな金剛の表情の変化には気づかないまま、大鳳は曲げた指を口元にあてるとクスリと小さな笑い声をあげる。
「提督ったらあなたの話ばっかり…何かわからないことがあったら金剛に聞くといい、金剛はうちの鎮守府のエースだ、金剛はスゴいやつなんだ、って…」
「え…」
「…そして、とっても可愛いヤツなんだ、って。」
すうっ、とそれまで胸にあった重い塊が氷解してゆく。胸を、あたたかな感情が包む。なんと言っていいか分からず、言葉を失ったまま立ち尽くす金剛に大鳳は変わらぬ笑顔向けると最後に付け足す。
「ああ、本当にあなたは提督にとって大切な人なんだって分かったわ…ちょっと、羨ましい。」
サンキュー、と思わず小さく口にしていた。目の前の大鳳に言ったのか、ここにはいない提督に向けたのかわからない。その小さな呟き果たして聞こえたか、「それじゃあ」と軽く手を挙げて大鳳はその場を離れてゆく。
比叡にしがみつかせたまま、金剛は大鳳の背中を見送る形になる。でも、その瞳は大鳳を捉えてはいなかった。もっと遠く、空の向こうを見つめていた。
コンコンと躊躇いがちに提督執務室の扉をノックする。「どうぞ」の声を待って、金剛は恐る恐る部屋の中に足を踏み入れる。
「ん?金剛か…さっきは、どうしたんだ?」
「テイトク、Sorryね…」
提督の目の前まで近づくと、指を背中で組み合わせつま先で床にのの字を書きながら、金剛は提督の顔を直視できないまま言い辛そうに小さな声で正直な想いを伝える。
「ワタシ、さっき大鳳サンにヤキモチ妬いたネー…テイトクを大鳳サンに持っていかれてしまうような気がして…それで、思わずあんなコトしたネー…」
涙が零れそうになるのを、きゅっと唇を噛んでガマンする。おずおずと提督を見上げ、怯えたような瞳で問いかける。
「…キライに、なりましたカー…?」
その手首を掴み引き寄せる。問答無用で抱きしめる。金剛の華奢な肢体が提督の腕の中に納まる。提督の広い胸板に包み込まれ、金剛の鼓動が跳ね上がる。
「キライになれるわけないじゃないか!ああもう、金剛はかわいいなぁ!!」
「テ、テイトク~!触ってもいいけどサ、時間と場所をわきまえなヨ~~~~!!」
弱弱しく金剛はあがくが本気で抵抗する様子はない。離すものか、と提督は思った。
了