艦娘恋物語   作:青色3号

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蒼龍の場合

鎮守府本館の近くに厚生棟と呼ばれる建物がある。四階建ての煉瓦造りのその建物は天井の高い一階がぶち抜きの休憩スペースになっていて鎮守府所属の軍人・職員以外にも自由時間の艦娘が数多くたむろしている。各々の艦娘寮にも広い休憩室はあるのだが、厚生棟の休憩スペースに来る艦娘のおめあては―――

 

 

「ようみんな、調子はどうだ?」

 

「あ、司令官だぴょん!」

 

「司令官、お疲れ様です……あ、気を使わなくて、いい、です」

 

「卯月、弥生、元気そうだな」

 

 

―――こうして厚生棟にたまに顔を出す提督の存在である。艦娘寮は殿方立ち入り厳禁、提督といえども足を踏み入れられない。しかし厚生棟ならなんの問題もなく自由時間を謳歌する艦娘たちの姿が見られる。艦隊の最高司令官たる提督の登場に丸テーブルにしつらえられた椅子に座る軍人たちは緊張の空気を発するが駆逐艦娘たちは無邪気に提督になつく。

 

 

「司令官ももしかしてヒマだっぴょん?」

 

「卯月、それは失礼……」

 

「ははは、構わん、弥生。まあ時間が空いたのは確かだな」

 

 

軽く卯月と弥生に手を挙げ提督は大部屋をあてもなく歩き回る。その提督が自分の近くに来ないかとそわそわしている萌黄色の袴を纏った正規空母艦娘がひとり。はたして提督は別段意識しながらの様子もなくその空母娘の近くに来る。

 

 

「蒼龍、調子はどうだ?」

 

「は、はい!絶好調です!」

 

「ああ、腰を下ろしたままで構わん」

 

 

椅子から勢いよく立ち上がる蒼龍を提督は手で制する。

 

 

「この間の作戦もご苦労だったな。蒼龍のおかげで大きな戦果があげられた」

 

「えへへ、嬉しいなぁ」

 

 

椅子に腰を下ろし直し蒼龍は素直な笑顔を浮かべる。その蒼龍にひとつ微笑で頷くと提督はまた場所を移動する。その提督を目で追う蒼龍に、今戻ってきたばかりの飛龍が声をかける。

 

 

「蒼龍、冷たいもの持ってきたわよ」

 

「ありがとう」

 

 

蒼龍にドリンクバーから取ってきたジンジャーエールの入ったグラスを手渡しながら飛龍は少し呆れたような声を出す。

 

 

「あんな一瞬の逢瀬でそこまで嬉しそうな顔ができるものかしらね」

 

「み、見てたの?」

 

 

洒落た形状の椅子に腰を下ろしながら飛龍は蒼龍にツッコミを続ける。

 

 

「蒼龍は控え目すぎよ。もっと提督にアピールしなきゃ。今だってもう少し引き留めるとか……」

 

「提督はみんなの提督だもん。独り占めはよくないよ」

 

「真面目だなぁ~」

 

 

生真面目で大切な人相手には少し引っ込み思案な蒼龍、今も知らず微笑浮かべながら提督のことを目で追う蒼龍のことを飛龍は丸テーブルに肘をつきながら見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日演習場からの帰り、艤装も外して空母寮への道を戻りながら蒼龍はにやにや笑いを浮かべる。

 

 

「提督に褒められちゃった。嬉しいなぁ」

 

「なんというか、ケナゲ」

 

 

傍らを歩く飛龍がちょっとだけ呆れたような色を声に乗せ呟く。にやにや笑いを浮かべ続ける蒼龍の横顔を飛龍は見つめていたが、唐突に切り出す。

 

 

「告白とか、しないの?」

 

「いっ!?」

 

 

途端、驚いたような表情を蒼龍は見せるが、俯くと小さく答える。

 

 

「だって……提督は、みんなの提督だもん。独り占めはよくないよ」

 

「なんというか、真面目だなあ~」

 

 

あくまで生真面目な蒼龍の態度、その姿に飛龍も続ける言葉を失うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また日は流れ、翌日ヒトゴサンマル。艦娘たちの多くが自由時間を謳歌するその時間帯。蒼龍もまた何をしてもいい何もしなくてもいい時間を過ごす。鎮守府を散策し、慣れた足取りで建物の角を曲がったとき提督の後ろ姿が目に入る。

 

 

「あ、ていと……」

 

 

言いかけた蒼龍の言葉が止まったのは提督の目前に立つ瑞鶴の姿が目に入ったから。腰に片手を当て何やら提督の言葉を待っているらしい瑞鶴に提督はただ一言だけ言い放つ。

 

 

「好きだ」

 

 

後頭部を殴られたような感覚を覚えた。足元が崩れさるような気がした。目にしてしまった提督の瑞鶴への告白現場、その現場から逃げるように蒼龍は建物の角に身を隠す。

 

 

仕方がない、そう自分に言い聞かせる。提督だって誰かを好きになる権利はある、それが自分でなかったとしても仕方がない。

 

 

……自分は、期待していたのだろうか。提督が、自分を好きになってくれることを。提督はみんなの提督と自分に諭しながら、心の奥底では提督が自分だけを見てくれることを願っていたのだろうか。

 

 

どちらにしても今となっては詮無きこと。選ばれたのは、自分ではなくて瑞鶴。その事実に閉じた瞳に涙浮かぶのを感じながら蒼龍は思う。

 

 

せめて自分にできることはふたりを祝福すること。おめでとう、と心から祝って提督のために身を引くこと。提督のことは諦めて―――

 

 

 

―――提督を、諦める?

 

 

 

まだ、何もしていないのに?

 

 

 

そんなの嫌だ!

 

 

 

建物の角から勢いよく飛び出し蒼龍はけたたましい声上げる。

 

 

「ちょっと待ってーっ!」

 

 

びっくりした顔で提督が振り向く。その奥の瑞鶴も目を見開く。そのふたりをぽろぽろ涙の零れ落ちる瞳で見据えながら蒼龍はしゃくりあげながら訴える。

 

 

「や、やだ!提督が瑞鶴ちゃんと結ばれるなんて、やだ!そ、そりゃ誰を好きになるかなんて提督の自由だけど、誰も口出しできないけれど―――」

 

 

身を折るようにして蒼龍は叫ぶ。

 

 

「私も、提督が好きなの!提督のお嫁さんに、なりたいの!その提督が、他の誰かのものになるなんて、いやだ!」

 

 

沈黙が、蒼龍の叫びの後を引き継ぐ。どれだけの時間が流れただろう、瑞鶴がぽつんと呟く。

 

 

「……誰が、誰と結ばれるって?」

 

「て、提督と瑞鶴ちゃんが……だって、提督が瑞鶴ちゃんに好きだ、って……」

 

「私が好きだって言われたわけじゃないわよ」

 

 

腰に片手を当て心底呆れかえったような口調で瑞鶴は溜息を吐きながら種明かしする。

 

 

「提督が野良猫を撫でていたから『猫は好きなの?』って訊いたのよ」

 

 

ちょうどそのタイミングで場を外していたらしい野良猫が瑞鶴の足元に戻ってきて「にゃあ」と鳴く。濡れた瞳を見開いて蒼龍は今起きていることの意味を確かめようとする。事の次第を悟った瞬間、爆発しそうな勢いで蒼龍の顔が朱に染まる。

 

 

「あ、あう……あうあうあう……」

 

「なんというか、ご苦労様」

 

 

ため息交じりの言葉を放ち瑞鶴は足を動かす。蒼龍とすれ違いながら微笑浮かべ、瑞鶴は背中越しに提督に言い放つ。

 

 

「じゃあ、お邪魔虫はこれで……提督、蒼龍さんを泣かせたら承知しないわよ」

 

 

その場にふたりっきりで残された蒼龍はどうしたらいいかわからない。飛び込む穴がないものかと、そんなことを考える。その蒼龍に近づきながら提督は蒼龍に声かける。

 

 

「蒼龍」

 

「は、はひっ!?」

 

「まずは、情熱的な告白ありがとう」

 

 

誰か殺して、と心底願う。先ほどとは違う意味で涙が溢れる。涙顔で硬直してしまう蒼龍の頬に提督は片手を添える。

 

 

「誰にでも平等であるように心がけていたつもりだったが……自分の身を固めることも、考えてもいいころ合いかな。その相手が蒼龍なら、こんなに嬉しいことはない」

 

 

提督の言葉の意味を探るように目を見開く。提督の瞳に答えを求めて、ひたすらに見つめる。そんな蒼龍を見つめ返しながら提督は「わかりづらかったかな」と独り言ちてから蒼龍に告げる。

 

 

「俺も好きだよ、蒼龍」

 

 

言葉が蒼龍を打ち抜く。蒼龍の膝ががくがくと震える。口元を覆い、涙堪えようと目を細め、それでも蒼龍は提督を見つめる。

 

 

 

 

 

 

ふたりの視線が交差する、ふたりの心が結び合う。

 

 

 

 

 

 

 

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