艦娘恋物語   作:青色3号

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L.d.S.D.d.Abruzziの場合

あの人の隣に立ちたいと願う。だから、あの人の隣へと距離を詰めていく。

 

 

「Buongiorno、提督。今日もいい天気ですね」

 

「アブルッツィ、今日も顔を出してくれたのか」

 

 

最初は面倒くさい演習報告を代わってあげるなどして、次第に用がなくても提督執務室に顔を出せるようにして。秘書艦のいない時間もあらかじめ把握して、ふたりきりになれる時間を作っていく。

 

 

「カフェラテ、お淹れしますね」

 

「ありがとう。アブルッツィのカフェラテは美味いからな」

 

 

仕事の手を止めソファセットのところへ足を運ぶ提督の気配を感じながら、アブルッツィは手早くエスプレッソマシンから濃い珈琲をふたり分のカップに注ぎレンジで温めた牛乳を注いでいく。いつの間にか執務室に持ち込まれたエスプレッソマシン、いつのまにか戸棚にしまわれていたふたり分のカップ。

 

 

「どうですか?」

 

「ん、美味い。アブルッツィの淹れるエスプレッソは本当に美味いな」

 

「嬉しいです」

 

 

元々は提督は珈琲はブラック派。その彼にカフェラテの味を教えたのは自分。提督の好みに合わせてエスプレッソを少々多めに。少しづつ、彼の好みを作っていく。少しづつ、彼の好みに合わせていく。

 

 

ソファでふたり並んで座りとりとめのないお喋りをする。なんてことのない時間。だけど、なによりも重要な時間。

 

 

提督がエスプレッソを飲み終わったタイミングでカップを受け取る。一度、執務室の近くの給湯室へとカップを運ぶ。

 

 

執務室を離れた瞬間、ほっと息をつく。やはり想い人とふたりきりの時間は緊張する。でも、彼には気取らせない。自分の想いに気づかれることなく、彼の想いを手に入れてみせる。

 

 

「女優だものね」

 

 

軽く顔を伏せ小さく呟く。L.d.S.D.d.アブルッツィ、彼女の恋は秘めやかに燃え盛っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その数日後も提督執務室にアブルッツィの姿はあった。ソファセットにふたり並び、カフェオレを口に運ぶ。

 

 

そろそろ、何かの進展が欲しい。彼から決定的とは言わないまでも何か期待できるような言葉が欲しい。それだけの時間は積み重ねてきたと自負している。こくりとひとつ喉を鳴らし、アブルッツィは思い切って問う。

 

 

「提督は、この戦争が終わったらいかがなされるのですか?」

 

 

それは自分との未来を期待して放つ言葉。返答の中に、自分の名前があることを期待しての言葉。しかし、その期待には応えることはせず提督は逆にアブルッツィに問う。

 

 

「アブルッツィは、どうするんだ?」

 

 

薄紅の髪を揺らして動揺する。あなたの隣にいたい、その言葉が胸の奥で強く響く。そんなアブルッツィに向けて提督が放ったのは、しかしアブルッツィの期待を打ち砕く言葉。

 

 

「イタリアで、女優になるのかな。アブルッツィは美人だからな、きっと売れっ子になるぞ」

 

 

微笑とともに放たれる言葉、その言葉がアブルッツィの希望を砕いた。提督の未来に、自分の存在はなかった。遠く祖国に、提督と離れ離れに、自分は帰ることになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

軽巡寮にどうやって帰ってきたか覚えていない。ふらふらとおぼつかない足取りで部屋の扉を開ける。扉の開く音に部屋の奥で机に向かってハードカバーを読んでいたガリバルディが振り返る。

 

 

「おう、姉貴。帰ってきたのか。……って、どうしたんだ姉貴?顔が真っ青だぞ?」

 

 

聞きなれた妹の声に気が緩んだ。紅の瞳から、涙が零れ落ちた。

 

 

「あ、姉貴?」

 

 

慌ててガリバルディが腰を上げてこちらに近づいてくるのを感じながらアブルッツィはその場にへたり込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

一部始終を聞いたガリバルディは、ベッドの上でアブルッツィと並んで座りながら微笑む。

 

 

「提督らしいね」

 

 

言葉の意味が分からず濡れた瞳を自分に向けるアブルッツィの視線を横顔に受けながらガリバルディは続ける。

 

 

「姉貴は、イタリアに帰るのが一番だと思っているんだよ。艦娘のことを第一に考える提督らしい」

 

「でも私は……私の、願いは……」

 

「Fermare」

 

 

そこまで、と母国語で告げてガリバルディはアブルッツィに顔を向けて、その瞳を見つめながら丁寧に告げる。

 

 

「その続きを聞くべきは私じゃないよ。ちゃんと、伝えるべき人に伝えなきゃ」

 

「…………」

 

「外堀を埋めるのもいいけれど、最後は本丸を攻めなきゃ。でないと、戦には勝てない」

 

 

顔を前に戻しこくんとひとつ頷く。自分の想いは届くのか、初めてそんなことを考えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

夕暮れの埠頭にひとり立つ。海風に、薄紅の髪を靡かせながら。ほどなくして呼び出した相手の声が届く。

 

 

「アブルッツィ、どうしたんだ」

 

 

海から振り向きその人を見つめる。白い海軍将校制服に身を包んだ提督その人。自分の想い人。自分が、これから想いを告げる人。

 

 

「用があるならいつも通り執務室まで来てくれればいいのに……いや、どこでもいいんだが」

 

 

怖い。近づいてくる提督が怖い。今から自分がしようとしていることが、怖い。

 

 

「それで?用事というのは?」

 

 

それでも自分はやらなければならない。自分の未来を、掴もうと思うなら。

 

 

微笑向けてくる提督の前でひとつ大きく息を吸い、アブルッツィは簡単に告げる。

 

 

「提督、私は女優にはなりません」

 

「ん、そうなのか?じゃあイタリアで何を……」

 

「イタリアにも、戻りません」

 

 

その言葉に提督が目を見開く。言葉の続きを待つ提督に向かい、アブルッツィは胸に片手当て告白する。

 

 

「私は、あなたの隣にいたい。あなたの隣に、ずっといたい」

 

 

提督が大柄なその身を揺るがせる。女優アブルッツィの初めて見せた素顔が提督の胸を打つ。一歩アブルッツィの方に足を進め、その頬に片手を添えて提督は問う。

 

 

「イタリアに帰ることがお前の幸福だと思っていたが……俺の隣に、幸福を見出してくれるのか?」

 

「私の幸せは、その他にはありません」

 

 

アブルッツィを抱き寄せる。その華奢な肢体が提督の胸に収まる。海風から庇うように提督はアブルッツィをかき抱く。

 

 

 

 

 

埠頭で抱きしめあう一組の男女、映画のワンシーンのようなその光景。

 

 

 

 

 

 

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