艦娘恋物語   作:青色3号

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能代の場合

通信棟から鎮守府本館への帰りがけ、提督は公休日の外出から帰ってきたところの能代を見かけた。

 

 

「能代」

 

「あ、提督。お疲れ様です」

 

 

いつもと違う私服姿、黒のハイネックにモスグリーンのミニプリーツ、その上にスプリングコート姿といういで立ちの能代を提督はまじまじと見つめる。

 

 

「やはり、お前ら艦娘は私服姿だとずいぶん印象が変わるな」

 

「そうですか?服装が変われば印象が変わるのはどの女性でも同じだと思いますけど」

 

 

ごもっともな能代の言葉、その言葉に提督は少し笑う。

 

 

「どうだ、能代。少し散歩しないか?」

 

 

 

 

 

 

 

軍人が行きかう鎮守府の敷地内を提督と能代は並んで歩く。制服姿、あるいは作業服姿の軍人たちがすれ違いながら敬礼を残していくのに能代は丁寧にお辞儀を返す。軍事施設にあっては異質な私服姿の少女、その少女と連れ添いながら提督は口にする。

 

 

「そういう格好をしていると能代も普通の女の子と変わらんな」

 

「そうですか?私、これでも軽巡洋艦ですよ」

 

「それはそうなんだが……」

 

 

能代の言葉に提督は複雑な表情を見せる。そのまま無言でふたりはしばらく歩いていたが、やがて提督が再び口を開く。

 

 

「なんで、お前ら艦娘は少女の姿を持って生まれ変わってきたんだろうな」

 

「え?」

 

「時々思うんだよ。お前らが古の戦闘艦の生まれ変わりだというのなら、もっと人ならざる姿に……せめて、筋骨たくましい男性の姿に生まれ変わってきてくれたならな、と」

 

 

足を止め、自分の足元を見つめながら提督は締めくくる。

 

 

「普通の少女を戦わせることが正しいことなのかどうなのか、俺にはそうは思えん」

 

 

提督に振り向き、しばし能代は下を向き考える表情を見せる提督を見つめる。腕を後ろ手に微笑浮かべ、能代は提督に応える。

 

 

「なぜ私が少女の姿をして生まれ変わってきたか……私は、わかりますけれどね」

 

「そうなのか?なぜだ?」

 

「ナイショです」

 

 

悪戯っぽく笑って能代は提督をいなす。「そうですね」と少し考える顔になってから再び能代は笑顔広げ提督に告げる。

 

 

「そうですね。私の秘書艦担当、その最終日になったら教えてあげます」

 

「明日からだったな。よろしく頼むよ」

 

「はい」

 

 

いつのまにか夕暮れが訪れていた。朱色の光が能代の姿を照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

翌日、いつも通りの制服姿を纏った能代が提督執務室に姿を現す。

 

 

「本日より秘書艦任務を承った能代です。提督、よろしくお願いいたします」

 

「ああ、こちらこそよろしく。ひとつ気楽にやってくれ」

 

 

綺麗な敬礼を捧げる能代に提督は気さくな声を向ける。まもなく、ふたりの就業時間が始まる。すぐに提督はてきぱきと書類を片付けてゆく能代の手際に舌を巻くことになる。

 

 

「優秀だな」

 

「そうですか?ありがとうございます」

 

「優秀な秘書艦は今までにも何人もいたが……それにしても、素晴らしい」

 

 

提督の素直な賛辞に能代は嬉しそうな笑顔見せる。やがて仕事がひと段落したところで能代はノートPCから提督のスケジュールを呼び出し気がついたように提督に問う。

 

 

「提督?明日、午前半休を取られているようですが」

 

「ああ、ちょっと用事があってな。能代が秘書艦に着任した早々済まないが」

 

 

それ以上は能代も問わないが、かえって提督の方が申し訳なく思ったか気まずそうな顔を見せてちょっと能代から目を逸らし種明かしをする。

 

 

「洗濯済みのYシャツをうっかり切らしてしまってな……急いで、洗濯しなきゃいけないんだよ。しわくちゃのシャツで仕事は出来ん」

 

「え?提督、洗濯自分でやっているんですか?」

 

「他に誰がやるんだよ」

 

 

身の回りのお世話をする兵士なりなんなり提督にはついているものだと能代は思っていた。実際、食事などは提督には専属の料理人が付くという。料理は料理人付きで洗濯は自前というなんともアンバランスな軍高官の生活に新鮮な驚き感じながら能代は提督に言う。

 

 

「だったら私が洗濯いたしますよ。私の方が先にお仕事上がれますよね?その時、提督私室に伺います」

 

「え?いくら秘書艦とはいえそんなことまで頼むわけには……」

 

「遠慮しないでください。せっかくの半休、有意義に使ってください」

 

 

微笑む能代の提案は提督にとって魅力的に映る。しばらく逡巡したのちに、提督はひとつ頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜の巡洋艦娘寮地下室、洗濯スペースのあるその階。山となった洗濯前のYシャツを両手で抱えて能代は鼻歌交じりに廊下を歩く。廊下を進むと、向こうから姉妹艦が近づいてくるのが見える。

 

 

「阿賀野姉ぇもお洗濯?」

 

「うん。今、ぶらじゃとぱんつ洗濯機に放り込んだとこ」

 

「慎みを持ちなさい」

 

 

眉を寄せる能代の前で阿賀野は屈託なく「えへへ」と笑う。阿賀野の表情が不思議そうなそれに代わり、当然の問いが放たれる。

 

 

「そのYシャツの山、どうしたの?男物だよね」

 

「あ、えっとこれは……提督の……」

 

 

顔を仄かに染めて言いづらそうに告げる能代に阿賀野は「ほーん」と何かを悟ったような顔向ける。

 

 

「な、なによ!なにが言いたいのよ!」

 

「べっつにー。がんばってねー」

 

「な、なにをよ!」

 

 

能代の問いには答えず阿賀野は手をひらひらと振って意味深な笑み浮かべながらその場を離れる。その背中に向けてYシャツの山を抱えた能代は言葉にならない声を出す。

 

 

「もう!……もう!」

 

 

顔が真っ赤なのはわかっていた。その理由も、わかっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、昼過ぎに執務室に姿を現した提督に能代は綺麗にたたまれたYシャツの束を差し出す。

 

 

「提督、洗濯できました。何かあればお申しつけください」

 

「あ、ああ……ありがとう」

 

 

能代からYシャツの束を受け取りながら提督は恐縮しきった声を出す。

 

 

「つくづく済まないな、こんなことまで」

 

「このくらいのお世話、いつでもお任せください。今度は提督のお部屋のお掃除をしましょうか?」

 

「え?」

 

 

驚いたような提督の声に能代も自分が何を言ったかを悟る。顔を染める能代に向け、提督は言わずもがなの言葉向ける。

 

 

「いや、独身男性の部屋に女性を上げるのは……」

 

「そ、そうですよね。ごめんなさい」

 

 

慌てたように能代も自分の言葉を取り消しにかかる。ちょっと自分ががっかりしていることを能代は自覚していた。

 

 

 

 

 

 

 

始まったときはずっと先にあるような気もしてた3ヵ月という期間も、過ぎ去ってしまえば早い。能代が着任したときは微かに残暑の気配を孕んでいた風も、木枯らしに変わっていた。秘書艦任務最終日、いつもより少し早めに仕事を終え能代は机を挟んで提督の前に立つ。

 

 

「提督、お世話になりました」

 

「いや、こちらこそ」

 

 

何か他に言うべきことはあるような気がするが言葉が思いつかない。その場を離れがたく立ち尽くす能代に提督はいつぞやの問いを放つ。

 

 

「能代、能代はなぜ少女の姿で生まれ変わってきたんだ?」

 

「え?」

 

「いつか、言ってたじゃないか。自分にはなぜ自分が少女の姿で生まれ変わってきたかわかるって。その理由を、秘書艦任務の最終日に教えてくれるって」

 

 

そんな些細な会話を覚えていてくれたことが嬉しい。自分の言葉を、覚えていてくれたことが嬉しい。その嬉しさを勇気に変えて能代はひとつ息をつくと提督に言葉差し出す。

 

 

「私が少女の姿で生まれ変わってきた理由……それは、提督に恋をするためです」

 

 

ひと時の間が、訪れる。提督が、椅子から立ち上がる。机を回り込む提督の方に身体を向け、提督の姿を正面から見据える能代に提督が問いかける。

 

 

「そんな理由で?」

 

「それ以上に、重要な理由がありますか?」

 

 

微笑んで提督は首を横に振る。提督の手が能代の頬に伸びる。能代の頬を手のひらに収め、提督は能代に告げる。

 

 

「能代、お前に任務をひとつ授ける」

 

「はい」

 

「俺の終身秘書艦に任命する……ずっと、俺の隣にいてくれ」

 

「はい」

 

 

笑顔浮かべる能代の頬を伝う涙。嬉しくっても涙って出るんだな、と能代はぼんやり考える。木枯らしが微かに執務室の窓を揺らす。提督の温もり、頬に、全身に感じながら能代は想う。

 

 

 

 

ずっとこの人の隣にいよう。季節がいくつ巡っても。

 

 

 

 

 

 

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